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[ 本格 ]
逃げる幻
ベイジル・ウィリングシリーズ
ヘレン・マクロイ 出版月: 2014年08月 平均: 6.56点 書評数: 9件

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東京創元社
2014年08月

No.9 6点 いいちこ 2022/11/28 20:14
まず事件の発端そのものが、真犯人を大胆かつ巧妙に隠蔽している。
人間の消失と密室殺人の真相そのものには見るべき点がないが、残されたノート、ダイイング・メッセージ(欧米人以外には通じないのが難点であるが)、数式等、数々の手がかりと、巧みなミス・ディレクションは見事で、真相解明に至るプロセスはよくできている。
明かされた真相、そして読後に浮き彫りになるテーマも十分な説得力をもっている。
作品全体としてインパクトには欠けるものの、細部に至るまで確かな構築力を感じさせる作品

No.8 6点 弾十六 2022/02/15 03:33
1945年出版。駒月さんの翻訳は堅実。
やられましたよ。ああ、完璧にね。私は全く予備知識を入れないで読んだので、シリーズものかどうかも知らず読み進めました。多分、その方が面白いと思います。でもいつものように、最後はコレジャナイ感があるんですよ… JDCなら、うわっ、やられた!と気持ち良く終われたと思うけど、本作はなんだかスッキリしないんです。まだ違和感の正体が掴めていないのですが「私」は女性のほうがよかったのではないかなあ。視点が男っぽくない感じ。中で戦わされる議論も上滑りした感じ。全く乗れませんでした。本作の取り柄は全編に溢れるスコットランド色ですね。まあ旅行者の視点なのですが、登場人物とともにその地に佇む感覚を得ることが出来ました。
ヨーロッパにおけるドイツ協力者への反感がうかがわれる作品。表立って協力していないが思想的にはナチ賛美者である者をやっつけてしまいたいが、残念ながら上手く立ち回るものは裁けないもどかしさが、登場人物ヒューゴー・ブレインとなって出現している。
小説家が出てくるのだが、もしかして自分たち(夫ブレット・ハリディ、結婚1946だからちょっと違うか)のパロディ?
マクロイさんは苗字から考えるとスコットランド系なのでしょう。本作は冒頭からスコットランド色満載。スコットランド好きの私には非常に興味深い作品でした。合理的だが幻想も大好きなスコットランド人。マクロイさんとJDCの共通項もそーゆーことなのかも。後半でピクト人の話題が出てきます。私のイメージはHaT 6005 Picts 1:72 Scale Figuresで見られるようなものなのですが、合ってる?
あとフランス留学経験のある作者なのでフランス語が結構出て来る。私は面白かったが、皆さんはどうかなあ。
以下トリビア。原文入手出来ませんでした。
他のマクロイ作品同様、これもDellのMapback(#355)になっています。地図が欲しくなったら検索してみてくださいね。
作中年代は1945年8月以降(p231) 夏の感じではないから秋?
p15 ジェイムズ・ボズウェルは高地(ハイランド)ではなく低地(ローランド)の人間だからキルトスカートは着るはずがない
p21 戦前に製造されたロールスロイス
p21 グレンガリー◆ Glengarry、ハイランドの帽子。Wikiのイラストを見れば、あああれか、と分かります。
p25 けったいな◆スコットランドの爺の表現。原文はなんでしょうね。
p31 トリルビー◆ジョージ・デュ・モーリアの小説Trilby(1895)の主人公。多分、ここは映画『悪魔スヴェンガリ』(1931)のイメージ。レベッカのダフネはジョージの孫。
p35 一シリングの駄賃◆子供への。半分でもよかったかな?と「私」は後悔している。英国消費者物価指数基準1945/2022(45.99倍)で£1=7176円。1S.=359円。
p36 ヨーロッパの都市部ではドイツが駆逐された現在… 深刻な食糧不足◆1945年5月8日ドイツ降伏。
p37 昔の子守歌… 坊ちゃん、お嬢ちゃん、遊びに出ておいで/月が昼間のように明るく輝いているよ◆ Girls and boys, come out to play,/The moon doth shine as bright as day(Roud Folk Song Index #5452) 1708年ごろの記録あり。某Tubeで歌も聴ける。
p60 ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』を思い出しません?◆南條訳を推す。
p63 探偵小説の読みすぎ
p67 一ポンド… 4ドル4セント◆当時の換算レートのようだ。米国消費者物価指数基準1945/2022(15.62倍)で$1=1781円。$4¢4=7195円。
p69 伝統的なスコットランド法の評決、“証拠不充分”◆Not Proven、イングランドの評決Not Guiltyに相当。有罪はProven(=Guilty)、なかなか深みがあり、より正確な言い方だ。(この項2022-3-27追記)
p81 小数点◆英米式とヨーロッパ式の違い。私も最初なんじゃこりゃ、と思いました。Dudenの絵入り辞書で見たのが初めてだったかなあ。
p84 子供の推理ゲーム◆原文は何だろう guessing game か。
p85 ヒューゴー・ブレイン◆架空人物。
p108 フランス人との議論◆ここはマクロイさんの体験っぽい。
p115 パレート◆私は昔から「パレート最適」という考え方が大嫌いなのだが、コイツ、ファシストだったのか!
p115 スタヴィスキー… シアップ警視総監◆フランス映画『薔薇のスタビスキー』(1974主演ジャン=ポール・ベルモンド)で有名かな?Jean Chiappe(1878-1940)は事件の関係者。
p119 半クラウン貨…50セント貨と同じくらいの大きさのコイン◆当時の半クラウン貨はジョージ6世の肖像。1937-1947のものは .500 Silver, 14.15g, 直径32mm。半ドル貨はWalking Liberty、1916-1947製造、.90 Silver, 12.50g, 直径30.63mm。
p122 ここら辺のシーンが私は好きなんですが…
p126 『詩人への挽歌』◆William Dunbar (1459 or 1460 – 1530), Lament for the Makaris (c.1505) マイケル・イネス『ある詩人への挽歌』(1938)の元ネタですね。この作品、本作にも何か関連があるのかな?私は未読なので早速読まなくては…
p130 トッド・ラプレイク… ロブ・ロイ・マクレガー◆訳注あり。有名なスコットランド小説の登場人物。ここら辺は常識の範疇なのか。
p143 フランス語の諺 “すべてが過ぎ去る、すべてが崩れ去る、すべてにうんざりだ”◆Tout passe, tout casse, tout lasseか。直訳「すべては過ぎる、すべては壊れる、すべては飽きられる」意味は「栄枯盛衰は世の習い、諸行無常」ということらしい。
p148 ハムスン… パウンド… モンテルラン◆訳注はちょっとズレてる。いずれもファシズムを支持して戦後非難された。Knut Hamsun(ナチス賛美)、Ezra Pound(ムッソリーニに熱狂)、Henry de Montherlant(ヴィシー協力者)
p161 ピクチャレスク◆ picturesque、(especially of a place) attractive in appearance, especially in an old-fashioned way (ケンブリッジ辞典より)。無理に日本語にしたら「歴史を感じさせる絵画的情景」か。奈良とか京都とかのイメージで良い?
p164 《フラワーズ・オブ・フラワー》◆調べつかず。
p178 シュペングラー… 似非ファシズム臭がぷんぷん
p195 J’en ai◆ここら辺のフランス語は日本語訳を付けなくても良かったのでは?後で(p205)考察するんだし…
p231 上とは異なり、ここのフランス語は逐語訳を付けていない(不充分な概要が示されるだけ)。日本語訳をつけた方が良いと思う。なお冒頭のle 16 août 1945は「1945年8月16日」、事件はこれ以降に起きた、ということになる。
p247 われわれが“後知恵(キャブ・ウイット)”と呼ぶもの… フランス語では階段の知恵(エスプリ・デスカリエ)と表現される◆a cab witとl’esprit de l’escalierの対比… と思ったらcab witが辞書やWebに全然出てこない。フランス語の表現はwikiにも出てくるのだが…
p248 ミュンヒハウゼン◆ここも訳注ズレ。ほら男爵を知らないのかなあ。Baron Munchausen's Narrative of his Marvellous Travels and Campaigns in Russia(1785)は英語で書かれた独逸人Rudolf Erich Raspeの作。元は実在のホラ吹き男爵Hieronymus Karl Friedrich, Freiherr von Münchhausen (1720–1797)のエピソード(ベルリン1781年、著者不明)にRaspeが色々付け加えて英国で出版したもの。岩波文庫にビュルガー版がある。
p251 フェイ◆fey、ハイランド人による解説あり。アガサさん『ゴルフ場の殺人』にこの単語が出てきます。
p267 オレステース◆教養人にとってアイスキュロスや『イーリアス』は常識なんでしょうね。

No.7 7点 2020/07/13 10:35
 ドイツの降伏によってヨーロッパでの戦闘に幕が下りた第二次世界大戦末期。アメリカ軍の予備役大尉ピーター・ダンバーは、クロイドンへ向かう機内で偶然出会ったスコットランドの伯爵・ネス卿と懇意になる。ダンバーはアルドライという羊牧場で休暇を過ごす予定だったが、村全体を含むグレン・トーの谷は丸ごと、警察署長を務めるネス卿の所有地だったのだ。
 精神科医でもあるダンバーはアルドライに送り届けられる途中、卿に質問される。「恵まれた家庭で暮らす普通の子供が家出をする場合、どんな原因が考えられるのか?」「それも一度や二度ではなく、何度も繰り返したとして」
 彼は地元警察の長として、本宅のクラドッホ・ハウスを借りた作家エリック・ストックトンの息子、ジョニーの度重なる失踪に心を痛めていたのだ。卿はダンバーに語る。「あの子をとりまくどこから見ても申し分のない環境の裏で、邪悪なものがうごめいている」と。ジョニーは二日前、トー川付近のムア(荒れ野)で「まるで空気に溶け込んだみたいに」姿を消したまま、完全に行方を絶っていた。
 羊牧場で家主であるグレイム夫人に出迎えられるダンバー。彼はそのままコテージに通され高緯度地域の夜を過ごすが、ふと二階の空き部屋からかすかなきしみ音を聞きつける。ドアを勢いよく開け懐中電灯のスイッチを押すと、部屋の中には追いつめられた動物のようにうずくまっている、十四か十五くらいの少年がいた。彼はそのままぱっと身を躍らせると、一瞬の躊躇もなくダンバーに襲いかかるのだった・・・
 『小鬼の市』に続くウィリングシリーズ第七長篇で、1945年発表。大戦終了後の刊行かどうかは不明ですが、内容的には戦中ミステリに分類されるもの。陽光溢れるカリブからハイランドのムアに舞台を移し、不穏な雰囲気と怪奇性に満ちたムーディーなストーリーが展開されます。
 小味な要素の組み合わせで、シンプルながら真相は意外。加えて語り手となる精神科医ダンバーの的確な人物描写と、〈びんの口のように〉ベン・トー山に扼された峡谷や湖の地形、古代から中世にかけて積み重ねられたスコットランドの歴史や民族性、"小さな黒い犬"に代表される迷信が物語を補強しています。雰囲気的にはドイルの『バスカヴィル家の犬』みたいな感じですね。ダートムアとハイランドでは、また微妙に違うんでしょうが。
 トリック的には『小鬼の市』よりやや上。好みとしてはあっちですが、こちらの方はよりスマートに仕上げています。主人公ダンバーはほぼ角の取れてないウィリング博士ですが、鋭さと強靭さを兼ね備えた常識人で好感の持てる人物です。

No.6 6点 ボナンザ 2019/11/28 23:05
単純な仕掛けでもこれだけ読ませて感銘を与えるのはすごいことだと思う。

No.5 7点 HORNET 2017/01/07 19:23
 マクロイ作品初読だが、「なんて上手い作家なんだろう」というのが素直な感想。大戦後のヨーロッパの社会情勢、玄人好みの上質な書を書くが売れない作家の夫と大衆的で低俗だが売れている作家の妻という夫婦事情、その他複雑な家庭事情・人間模様が見事にクロスして描かれ、精密に絡んでいる。衆人環視化の中での人間消失、ムアでの殺人、密室殺人と魅力的な謎が順次提示され、様々な謎が積み重ねられていくのだが、ウィリングによる謎の解明がまた見事。
 密室の真相がちょっと拍子抜けしたが、それ(密室トリック)だけが単独にならず、犯人解明のライン上に乗っていたので〇。
 ただ、当時についての知識があまりないので、特にムア(?)などの描写についてイメージがあまり浮かばなかったのが難点…。

No.4 6点 あびびび 2015/11/22 18:18
相変わらずうまいし、重厚な世界観を醸し出している。舞台はスコットランドで、独特の歴史感、自然感がミステリ度を加速させる…。

訳ありの?少年が何度も家出をし、家族を含む捜索隊が彼を追うのだが、ある場所に来ると、神隠しのように消えてしまう。その謎は、「それしかない」と思うほど簡単なトリックだったが、問題は少年そのものだった。まさに、「逃げる幻」だったのである。

No.3 7点 E-BANKER 2015/08/23 21:08
1945年発表の第九長編。
作者のメイン・キャラクターであるベイジル・ウィリング博士を探偵役とするシリーズ作品のひとつ。

~幾度も家出を繰り返していた少年が開けた荒野の真ん中から忽然と消えた・・・。ハイランド地方を訪れたアメリカの軍人ダンバー大尉が地元の貴族ネス卿の娘に聞かされたのは、そんな不可解な出来事だった。宿泊先のコテージで話に出た家出少年を偶然発見したダンバーはその目に恐怖が浮かんでいることに気付く。スコットランドを舞台に名探偵ウィリング博士が人間消失と密室殺人に挑む謎解きミステリー~

マクロイらしい“旨さ”が光る作品。
まずは舞台設定が見事。
他の方も触れてますが、スコットランドの陰鬱かつ荒涼とした大地、第二次世界大戦直後という暗い時代背景・・・それらが事件全体に影を落としている。
スコットランドの成り立ちや歴史までもが本作の謎に関わってくるのだ。
(本作を読んでると、イングランドとスコットランドは違う国なんだと改めて認識させられる)

本作のメインテーマは、紹介文のとおり「人間消失」なのだが、その真相はやや拍子抜け気味。
(消えるまでに多少のタイムラグはあるのだろうから、後ろから見ていれば気づきそうなものだが・・・)
密室についてもトリックと呼べるような水準ではない。
終章までは粛々と謎が語られ、家出少年ジョニーを探す展開が続き(密室殺人が出てくるのも何と終章なのだ!)、一体どんな結末を付けてくるのかと心配になってきた矢先にウィリング博士の口から発せられる事件の構図。

これには「成る程」と唸るほかない。
完全に作者に裏をかかれた、っていうこの感覚。
確かに伏線はあからさまだった。(特に二回も登場したあの「数式」・・・)
“旨い”よねぇ・・・
作者の技巧を堪能させていただきました。小説としてもなかなか秀逸。
ただし、インパクトという点ではイマイチかな・・・

No.2 7点 kanamori 2014/09/14 21:40
米海軍情報局のダンバー大尉は、スコットランドのハイランド地方に向かう軍用機内で、偶然乗り合わせた当地の伯爵からある相談を受ける。それは、伯爵の領地内に住むストックトン家の息子ジョニーの不可解な行動に関するもので--------。

開けた荒野の真ん中から突如少年が消えるという”人間消失”の謎や、後半には”密室殺人”も起こりますが、2つの不可能状況の真相は大したことはなく、作者もそのハウダニットに重点を置いてはいません。少年が家出を繰り返す”ホワイ”が終始”謎の中核”となっており、それが、精神科医でもある「私」ダンバー大尉の本来の目的とどう関係するのかが本書の読みどころでしょう。読後にふり返ってみると、伏線が結構あからさまなのでかえって驚きましたw
シリーズ前作「小鬼の市」の冒険スリラー風とはガラッと雰囲気が変わって、荒涼としたハイランド地方が舞台のためか、今作はゴシック・サスペンスの趣がありますが、その一方で、戦争の影(ヨーロッパ戦線の終結直後です)が重要なファクターである点や、ベイジル・ウィリング博士の登場の仕方とタイミングなど、2作は対になっている感じもします。姉妹編というほど明確ではないので、「小鬼の市」の従妹編といったところでしょうか。

No.1 7点 nukkam 2014/08/26 14:27
(ネタバレなしです) スコッドランドを舞台にしてさりげなく自然描写を織り込んでいます。やっぱりこの地は霧が似合いますね。ここも第二次世界大戦と無縁でなかったのはジョン・ディクスン・カーの「連続殺人事件」(1941年)を読んだ読者なら先刻ご承知でしょうけど、1945年発表のベイジル・ウィリングシリーズ第7作の本書もまた時代性を強く感じさせる本格派推理小説です。謎解き伏線も豊富ですが専門知識を求めるものが多いのがちょっと弱点でしょうか。でもこれだけ丁寧に真相説明されるとそれさえ大きな弱点には感じませんでしたが。


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