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[ 本格 ]
小鬼の市
ベイジル・ウィリング&ウリサール警察署長
ヘレン・マクロイ 出版月: 2013年01月 平均: 5.38点 書評数: 8件

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東京創元社
2013年01月

No.8 5点 レッドキング 2024/02/22 21:54
いかにもな本格風タイトルだが、第二次大戦下カリブ海を舞台にした、ハードボイルド風味スパイサスペンス。米国作家だから、当然にドイツ主敵、日本副敵(決して「反日」ではない)、対スペインあんびばれんと。インディオにラテン及びカトリックが混合した、中南米独特の血生臭さい切なさ・・ブードゥー教・マカロニウエスタン・「百年の孤独」にも通底した・・が匂い立つ。ミステリとしては、「驚き」の人物ツイストてところか。

No.7 6点 2020/05/31 00:15
 第二次大戦さなかの一九四三年一月。東洋→中南米と世界を渡り歩き、スペインと深い関わりを持つカリブの島国サンタ・テレサに流れ着いた文無しの男性フィリップ・スタークは、アメリカ・オクシデンタル通信社の支局長ピーター・ハロランの急死を新聞で知るやいなや、すかさずオクシデンタル本社へ求職の電信を打ち、まんまとその後釜に居座った。
 スタークはそのまま本社の命を受け、ハロランの死をめぐる不審な状況を調べ始める。被害者が転落直前にタイプライターに打ち残した"fyi max"の意味、廊下側のドア床にこぼれた蠟燭の跡、台帳から持ち去られた一六〇番の電報用紙――そして、彼が死ぬ前に口にしていた謎の言葉"小鬼の市(ゴブリン・マーケット)"
 いくつかの証拠に加え、胃潰瘍だったハロランが飲むはずのないウィスキー瓶がオフィスに置かれていたことから、プエルタ・ビエハ警察に殺人事件としての捜査を要請するスターク。だが署長のウリサール警部は彼の指摘を黙殺し、いっかな動こうとはしない。
 ウリサールの反応に苛立つスタークだが、ふと署長の手首に、平行する三本の短い直線を覗き見て戦慄する。それは支局長に着任したばかりの昨夜のこと、波止場の暗闇から彼の首を折ろうと襲いかかってきた男の、手首にあった印と同じものだった――
 『家蠅とカナリア』に続くウィリング博士シリーズの第六長篇で、1943年発表の戦中ミステリ。解説によると「マクロイが大胆なシフトチェンジを試みた野心作」で、サスペンスの筆法ながら代表作の次作だけに謎解きにも手抜きのない、かなり贅沢な作品です。
 現地の警察署長すら信頼できず、主人公のスタークを含め〈どいつもこいつも怪しい〉状況下で進行するストーリー。"小鬼の市"をはじめとする暗号めいた被害者の置き土産や、意味ありげな証拠がてんこもり。トラブルの方から勝手に押し掛けてくる展開で飽きさせません。
 それでいて単調な味付けでもない。蠟燭に「人間の脂肪」が含まれていたと分かるシーンにはゾクっとします。このへんゴシックの香りが残るホームズ調サスペンスですね。謀略スリラーの一方では、丁寧にそういうのを踏んでます。
 その手のガジェットがわりとすぐ否定されていって、最後にさわやかに霧が晴れる構成。手掛かりが日本人向けでないのが難ですが、後出し気味のもあるとはいえ最後は怒濤の伏線攻撃。煌めくような所はそんなにありませんがキモとなる箇所は押さえており、十分に満足のいく出来栄えです。
 きびきびした筆致と女性作家らしい服飾センス、確かな美術知識なども良いアクセント。大戦中の状況などを知るともっと楽しめる作品。ただし佳作にはやや及ばず、点数は7点に近い6.5点。
 戦史だとこの頃はスターリングラードとミッドウェーとエル・アラメインの後で枢軸タコ殴り、大西洋では戦艦や巡洋艦が全部追っ払われて、頼みのUボートも二、三ヶ月後には駆逐されるんですよね。ナチズムへの嫌悪より"ゴブリン・マーケット"への反感が目立つのも、戦局が定まり先を見据える目線が生じたからだと思います。

No.6 6点 弾十六 2020/01/18 23:18
1943年出版。ウィリング第6作。本作もDellのMapbackになってて、サンタ・テレサ島の全体が見渡せます。同じDellの表紙に「小鬼」も描かれています。
肝心の内省が省かれてて、いつもの最後はコレジャナイ感。でも今回はストーリーとマッチして結構心地良いラスト。
あらためてマクロイさんは素直な人だな〜、と感じました。今まで読んだ本格ものの筋もよじれてないし、本作のように陰謀を描いてもストレート過ぎです。このさばさばしたあっさり味が、今はとても気に入って続けて読んでいます。全然、胃もたれしません。(探偵ウィリングのキャラも推理もあっさりしてますね。)
ところでカリブ海といえばヴードゥーかな?と思ったのですが、出てきません。そーゆーどことなくちゃんとしてるところがマクロイさんらしくて良いですね。
本作はスパイ冒険もの。格闘シーンも頑張ってます。(理屈優先過ぎですが…) 女性記者のキャラが良い。(もしかしてマクロイさんの自画像?根拠はありません…)
以下トリビア。
作中時間は1943年1月4日(p15)と明記。
現在価値は米国消費者物価指数基準1943/2020で14.85倍、1ドル=1620円で換算。
p39 あるフランス人女性は断頭台へ向かうとき「誰でも最後の一歩は絶対に踏みはずしたくないものです」(One would not wish one’s last step to be a faux pas): 調べつかず。
p48 生年月日1906年7月5日: とすると主人公フィリップ・スタークは現在36歳ということになる。ウィリングはWWIにも参加(『家蠅とカナリア』)、45歳くらいか。
p63 バートレット引用句辞典…ロジェ類語辞典: Bartlett's Familiar Quotations(初版1855)、米国人John Bartlett(1820-1905)編集。Roget's Thesaurus(初版1852)、英国人Peter Mark Roget(1779–1869)編集。
p69 ジョニー・ウォーカー: Johnnie Walker(このブランド名は1909から)、Kilmarnockのスコッチ・ウィスキー。 「ジョニ黒」という語は何か懐かしい。
p85 最近ニューヨークでホールドアップと呼ばれている路上強盗(casual muggers, as hold up men were now called in NewYork): この頃の言葉だったのか。
p86 幻という強い絆があれば、死者と生者はともに暮らしていけるのです(By the strong bond of illusion, the dead and the living are bound together): 訳注で「牡丹灯籠」より、とあるがラフカディオ・ハーンのA Passional Karma(In Ghostly Japan(1899)収録)には該当なし。調べつかず。
p90 五百エスクード: Escudo、架空の国サンタ・テレサの通貨単位。ポルトガル・エスクード換算だと金基準1943/1956で1.23倍、ポルトガル消費者物価指数基準1956/2020で100.62倍(=0.5ユーロ)なので合計123.76倍(=0.615ユーロ)、500エスクードは37144円。
p101 ラヴェルの曲: p232ではロマ音楽と言われています。Tzigane(1924)か。
p118 ホイッスラーの言う“マントルピースの上にある見苦しい興ざめな物”(Whistler's “something awful on the mantelpiece that gives the whole show away”): Symphony in White, No. 2: The Little White Girl(1864)のこと?調べつかず。
p124 キップリング… “新聞の威力”: 調べつかず。ジャーナリスト賛歌ですね。
ローマ教皇は禁止令を発令できる/大英帝国の命令も絶対である/しかし泡は必ずつつかれ、はじける/われわれのような者たちの手で
p132 トロイのの要塞と馬の頭(walls of Troy and the head of a horse): Who’s Calling?(1942)より。若干のネタバレ。
p133 五十ドル: 81000円。精神科医への謝礼。
p140 ペトラルカの手書き文字をもとに考案されたとされる優雅なイタリック体(the elegant italic script said to have been first copied from the handwriting of the poet Petrarch): 調べつかず。「ペトラルカ (1304-74) がCarolingian minusculeを真似て使い出したfere-humanisticaと呼ばれる書体」(国会図書館HP)というのがあったが、そちらはローマン体のようだ。
p154 百エスクード: ポルトガル・エスクード換算なら7428円。一ヶ月の生計費らしいので、サンタ・テレサのエスクードはポルトガル・エスクードより高い?(物価を考えると同じくらいなのかも。)
p155 コントラクト・ブリッジのお相手も出来ます(I can even play contract bridge): いろいろ役に立ちますよ、ということで、何か深い意味があるわけじゃない…と思う。
p160 通貨単位がエスクードじゃなくてドルだったら、払えなかった(If he'd had to pay in dollars instead of escudos, he couldn't have done it): ということはエスクードはドルより結構安いようだ。
p176 千ドル: 162万円。
p176 メキシコ・ドル: 8レアル銀貨(規定量目27.073グラム、規定品位90.28%)のことらしい。当時もメキシコの貨幣単位はpeso。1943年の銀価格は0.45ドル/オンスなので、1メキシコ・ドル=0.43ドル。
p178 半年間の給料が1000ドルにも満たない雑用係: 年収324万円以下。
p180 こちらとニューヨークは… 経度は同じ: サンタ・テレサの地理的な設定。ニューヨーク(74.0059)はカリブ海のハイチ(ポルトー・プランス72.3074)とジャマイカ(キングストン76.8099)の間。
p184 三百エスクード: p9の三週間分の下宿代(a board bill overdue for three weeks)、正確には294エスクード(p198)、ポルトガル・エスクード換算だと21840円、月額31548円。
p210 ホイッスラーが描いたフリュネーの裸体: Purple and Gold: Phryne the Superb! - Builder of Temples(1901) by James Abbott McNeill Whistlerのことか。
p228 イギリスでは“野生の蜂蜜”として知られる地元産の奇妙な果物… 見た目はカラーの花とパイナップルを合わせたような感じで、ラテン語名には“おいしい怪物”という意味がある(the odd native fruit known as “wild honey” in English—something between a calla lily and a pineapple with a Latin name meaning “delicious monster.”): 調べつかず。架空のものか。
p232 ロマ音楽(Gypsy music): 「ジプシー音楽」と訳せば良いような気がします。
p268 アメリカ人用の朝食、すなわちコーンフレーク、ポスト・トースティーズ、グレープナッツ、シュレッデッド・ホイートなどのシリアル類: Henry PerkyのShredded Wheatは1890年、KelloggのCorn Flakesは1894年、PostのGrape-Nutsは1897年、Post Toastiesは1904年。wikiのList of breakfast cereals参照。
p270 “記者は眠らない”(Newspaper correspondents seldom die and never sleep): We Never Sleepはピンカートン社のキャッチフレーズ。翻訳ではseldom dieが抜けてます。
p272 満州族による南京陥落: 清の曾国藩が1864年に太平天国の首都天京(南京)で行った大虐殺。
p272 ノルマン朝によるベリック占領: 1069-1070のWilliam's Harrying of the Northのことか。
p277 コルトの38口径のリヴォルヴァー: 当時ならOfficial Police、Detective Specialなど候補は豊富。Official Policeの戦時手抜きバージョンCommandoが適当か。
p280 カメラをぶら下げた能天気な観光客: 私も大嫌いです。
p313 A・E・W・メースンの小説: 連想からややネタバレ物件かも。読んだことがないので私には不明。
p352 スコットランドの東海岸: 珍しく次作The One That Got Away(1945)の予告か。

No.5 5点 HORNET 2017/02/04 17:51
 不審な死を遂げた報道機関の支局長・ハロランの後釜に上手いこと収まったフィリップ・スタークという主人公が、その死の真相を追っていく物語。現場に残された不可思議な状況からの謎の提示は魅力満点、その後のストーリーも平板な部分がなく、飽くことなく読み進められるが、ただ大戦中の政治事情が色濃く関係してくる点が難解だった。
 ラストは怒涛の勢いで伏線が回収され、マクロイの作りの巧みさが実感できる。ウィリングの登場の仕方は薄々わかっていたので驚かなかったが…。
 上記したように、当時の政治事情、各国の立ち位置についてそれほど知識がなく、その点で難しさを感じたので読者としてこの点数となった。作品のクオリティは高いと思う。

No.4 5点 nukkam 2016/02/03 14:33
(ネタバレなしです) 1943年発表のベイジル・ウィリングシリーズ第6作ですが、洗練された本格派推理小説だったシリーズ前作の「家蠅とカナリア」(1942年)とは作風が大きく異なっていたのに驚きます。カリブ海の島国サンタ・テレサを舞台とし、異国情緒や時代性を感じさせます。フィリップ・スタークという男を主人公にした冒険スリラー風のプロットですがスターク自身も謎めいた人物として描かれており、スパイ小説的な要素もあります。犯人当てとしての推理も充実したもので、ジャンルミックス型ミステリーとしてよくできた作品だと思います。ただ本書におけるベイジルの扱い方はかなり特殊なので、シリーズ作品として最初に読むべき作品ではないと思います。

No.3 5点 あびびび 2015/09/21 15:50
戦時下のスパイ潜入的サスペンス。難解ではないが、共感も薄い。使者の残したメッセージはある程度予測できるものだが、「まあ、あの時代はそういうこともあっただろうな?」という程度で、カタルシスは感じなかった。

No.2 5点 E-BANKER 2013/04/14 21:26
精神科医ベイジル・ウィリングを探偵役とするシリーズとしては六作目に当たる長編。
東京創元社による作者未訳作品の上梓ということで、期待して読み始めたのだが・・・

~カリブ海の島国サンタ・テレサに流れ着いた不敵な男性フィリップ・スタークは、アメリカの報道機関オクシデンタル通信社の支局長ハロランの死に乗じてまんまとその後釜に座った。着任早々、本社の命を受けてハロランの死をめぐる不審な状況を調べ始めたスタークは、死者が残した手掛かり=本者宛の電文や謎の言葉“コブリン・マーケット”=を追い掛けるうち、更なる死体と遭遇する。第二次大戦下の中米を舞台に、ウリサール警部とウィリング博士が共演する異色の大作~

正直なとこ、個人的な好みからは外れている。
マクロイでウィリング博士シリーズといえば、「家蝿とカナリア」にしろ「暗い鏡のなかに」にしろ、よく言えば重厚、悪く言えばジメジメした雰囲気、且つ端正&緻密な本格ミステリーというイメージだった。
本作は明らかに「本格ミステリー」ではなく、謎解き要素の多いスリラーとでも言うのが正しい。

紹介文のとおり、戦時管制下の島国という設定であり、最終的に解き明かされる事件の背景や動機にもそれが色濃く反映されている。
もちろん殺人事件に対するフーダニットもあるが、どちらかというと、舞台設定や背景を絡めた死者が残したメッセージの謎解きの方が本筋。でも言葉に関しては、日本人としてはちょっとピンとこない・・・。
タイトルにもなっている“コブリン・マーケット”がキーワードとして登場するのだが、こちらも何かピンボケなんだよなぁ・・・

大ラスに判明するのが本作に仕掛けられた一番の“大技”(!)が作者の面目躍如というところ。
なるほど・・・何となくそうじゃないかなと思ってたけど、やっぱりなぁ・・・
(そうじゃないと紹介文がおかしいことになるけど、さすがにそこはウマイ)

ということで、私のようにマクロイらしい端正な本格を期待すると裏切られることになるが、異色のスリラーとして読むのであればマズマズ楽しめるのかもしれない。
評価はちょっと辛めかな。
(本当に日本の柔術で簡単に首の骨は折れるのだろうか?)

No.1 6点 kanamori 2013/02/09 23:37
第二次大戦下の、ドイツの潜水艦が出没するカリブ海の小さな島国を舞台にした冒険スリラー風のミステリ。
これまでの本格寄りのシリーズ作品とかなりタイプが違ったのですが、最後に明らかになる趣向で、「さすが、マクロイ!」と唸らせてくれました。

主人公である通信社の新任支局長スタークが探る前任者が残した謎のスプーク・ネタは、登場人物が限られ時代設定を考えれば、それほどの意外性はないものの、黒幕を指摘するプロセスのロジカルさなどに本格派らしい持ち味を感じます。
ただ、「ひとりで歩く女」の翻訳が先になってしまったのは止むを得ないとしても、帯と内容紹介の一文は作者の意図に反すると思われるもので、セールスポイントを重視するあまりの版元の勇み足でしょう。誰もが途中まで読んで「あれ?」と思うはず。


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