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[ 本格 ]
悪意の夜
ベイジル・ウィリングシリーズ
ヘレン・マクロイ 出版月: 2018年08月 平均: 4.40点 書評数: 5件

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東京創元社
2018年08月

No.5 5点 2021/05/20 05:37
 長年連れ添った夫ジョンを崖からの転落事故で喪ったばかりの未亡人、アリス・ハザードは、遺品整理中に鍵の掛かった小抽斗から、〈ミス・ラッシュ関連文書〉と書かれた外国製の気味悪い封筒を見つける。外側を薄汚れた赤い紐でくくられた、くすんだ緑の中身は空っぽだった。夫はわたしに隠しごとをしていたのだろうか?
 そこへ帰宅した息子のマルコムは、アリスにエキゾチックな美女を紹介する。彼女の名はクリスティーナ・ラッシュ・・・そして女性が去ったのち、緑色の封筒は忽然と消えていた。ミス・ラッシュとはいったい何者なのか? じわじわと緊張の高まる中、遂に起こる殺人。ウィリング博士もの最後の未訳長編。
 1955年 "Unfinished Crime"(未訳)に続いて発表された、ウィリングシリーズ十作目。同じく戦時中設定の『逃げる幻』(1945)辺りから、代表作『暗い鏡の中に』(1950)を経て目立ってきた〈分身テーマ〉が影を落とす作品で、ここで取り上げられるヒンズー教の神秘思想概念 "長い身体(ロング・ボディ)"もその一環。作中では「過去へと時間を遡行する、もっと暗くてよこしまな道」と形容されている。自動車事故で負傷したアリスが見知らぬ自分に直面する、第一部後半から第二部にかけてのサスペンス描写は読み応えがあり、本書のメインになっている。
 反面効果を優先した封筒の中身の記述からの結末は肩透かし気味で、悲劇として完結してはいるがやや物足りない。捻ってはいてもストーリーの根幹がシンプルなので仕方無いのだが。
 安定した人格の夫に支えられ、幸福な生活を送ってきたヒロインが夢中歩行を再発するのも、有効に機能していないのと相俟って何かそぐわない。もう少し熟成させれば佳作も狙えたであろう、色々と惜しい作品。国内枠の山田風太郎や連城三紀彦などと同じく、良作揃いな作家だけに損をしている面もある。

No.4 3点 八二一 2020/05/08 18:30
戦時を背景にした作品だが、当時の倫理観への妥協がプロットを生ぬるくして残念。

No.3 4点 ボナンザ 2020/02/18 20:29
前半の設定がうまく真相に生かされていないのが残念。もう一声で良作になったと思う。

No.2 5点 E-BANKER 2019/02/23 11:47
ベイジル・ウィリング博士を探偵役とするシリーズで十番目の長編に当たる。
原題は“The Long Body”
1955年の発表。

~夫を転落事故で喪ったアリスは、遺品のなかに“ミス・ラッシュ”なる女性の名前が書かれた空の封筒を見つける。そこへ息子のマルコムが美女を伴い帰宅した。彼女の名前はラッシュ・・・彼女は何者なのか? 息子に近づく目的、夫の死との関連は? 緊張と疑惑が深まるなか、ついに殺人が起きる・・・。迫真のサスペンスにして名探偵による謎解きでもあるウィリング博士もの最後の未訳長編~

“Long Body”・・・作中でウィリング博士がヒンズー教でいうところの『分身』という意味で使っている言葉。
宗教的でやや難解な説明なので分かりにくいけど、その人の本質という意味で理解した。
本作の主人公アリスは、「夢中歩行」という怪現象に悩まされることになる。(夢遊病と同意?)
自室や病室にいながら、肉体だけはそこから無意識に抜け出し、思いもよらぬ行動を取ってしまう。
そして気づくと部屋のなかにいる・・・という怪現象。まさに「分身」。

1955年というと作者中期の作品で、創元文庫で先に刊行された代表作「暗い鏡の中に」や「幽霊の2/3」と同じ頃ということになる。
「暗い鏡・・・」のドッペルゲンガーと同様、本作では「夢中歩行」が象徴的なテーマとして取り上げられたわけだ。
これが幻想的、神秘的な作品世界を醸成する効果を発揮しているのは確かなんだけど、本格ミステリーとしては決していい方向に出ていないのが玉に瑕。
登場人物が少ないことも相俟って、最初から真犯人が察しやすくなっている。
ウィリング博士の真相解明場面。
これも殆どが動機探しなんだけど、どうもオカルトや神秘性が果たして必要だったのかという思いを抱いてしまう。
要は復讐譚なわけで、個人的にはホームズものの「恐怖の谷」なんかを想起してしまった次第。
それだけ単純なプロットということだろう。

作者の作品は刊行されるごとに読了してきた。どの作品も一定水準以上の良質な作品ばかりと賞賛してきたけど本作は・・・うーん。
解説の佳多山氏も本作が最後の未訳作品となったのも頷けると評されているが、まぁそのとおりかな。
良作の間に挟まれたのが不運ということかもしれない。

No.1 5点 nukkam 2018/08/24 05:04
(ネタバレなしです) 1955年発表のベイジル・ウィリングシリーズ第10作の本格派推理小説ですが前半は完全にサスペンス小説のプロットです。不安、疑惑、恐怖、混乱と主人公の揺れ動く心理描写が秀逸で、驚きの決断と思わぬ結果(読者には意外でないかも)でサスペンスはピークに達します。時代性の描写にも力が入っている点では「逃げる幻」(1945年)を連想させ、また執筆時期の10年の時代差を感じさせます。最終章のベイジルの推理説明はほとんどが動機に関するもので物的証拠についてはこれからの捜査に期待という、本格派の謎解きとしては物足りないです。


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