皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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[ サスペンス ] 牧神の影 |
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ヘレン・マクロイ | 出版月: 2018年06月 | 平均: 5.29点 | 書評数: 7件 |
筑摩書房 2018年06月 |
No.7 | 4点 | レッドキング | 2024/04/14 19:10 |
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これも対独(チョびっと真珠湾)戦時下の匂いのする暗号解読・・ここまで行くともう数学(?_?)・・小説、かつ、山小屋舞台の暗闇と静寂の恐慌(パン-ニック)サスペンス、かつ、盲目の犬と暗号に絡めたWhoダニットミステリ。ところで、英語アルファベットに熟達した人なら、あのオチって愉しく理解できんの? |
No.6 | 7点 | 小原庄助 | 2022/10/29 10:32 |
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ギリシャ古典文学者のフェリックス・マルホランドが自室で急死した。その義理の姪で秘書であるアリスンは、翌朝、陸軍情報部のアームストロング大佐の訪問を受け、フェリックスが開発していたという戦地用暗号の所在について訊ねられたが、アリスンには心当たりがない。やがて、人里離れた山中のコテージで暮らし始めた彼女を脅かすように不気味な出来事が続発し、とうとう殺人事件まで起きる。フェリックスが遺した暗号を狙う者の仕業なのだろうか。
暗号の素人であり数学が苦手なアリスンが、数学的な解法とは別の角度から暗号の解き方に迫ってゆくプロセスが本書の大きな読みどころだが、一方で、アリスンがコテージに移住してからのサスペンスの演出も素晴らしい。静寂の中、落ち葉を踏みながら歩いてくる何者かの足音と衣擦れの音。人間のものとは思えない奇妙な足跡。コテージのかつての住人に関する不吉な噂。「夫人」を名乗っていながら女装した男にしか見えない隣人。誰もいないのに揺れるロッキングチェア。月明かりの中で山羊のように跳ねながら歩く異様な影と、アリスンを脅かす数々の現象は、恐怖が霧のように濃くなってゆく過程がマクロイならではの繊細な筆致で綴られていて圧巻である。本書の暗号はいくらなんでも難解すぎてお手上げでも、このサスペンスの演出は堪能できた。 |
No.5 | 7点 | 弾十六 | 2022/03/21 09:43 |
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1944年出版。ちくま文庫で読了。
出版時はまだ戦時中なんだよね。だからサスペンスも切実。マクロイさんも暗号関係に関わってたのだろうか?それとも個人的な興味があったのか。いつも思うのだが、マクロイさんのテーマに対するアプローチって男っぽい部分がある。本作も堂々たるハード暗号ものに仕上がっている。小説のメインである自然描写と恐怖と情感の盛り上げ方も素晴らしい。 でもいつものコレジャナイ感も残った。メッセージ、長すぎない?必要なことだけチャチャっと伝えれば良いじゃない。 まあそれでも読んでる間は非常に心を動かされました。キャラ設定も上手で主人公を不安に陥れる人間関係。犬も印象的なキャラとして登場。マクロイさんは断然犬派だ。 でも本作が文句無しの傑作、とならないのは、マクロイさんの意図が読後に見えすぎるからなのかも、とふと思った。頭が良すぎて、冷めるのが早すぎる、そんな感じ。 調べると1972年に改訂してヴェトナム戦争の時代に移植したらしい… 何てことをしたもんだ、と思うが、ちょっと読んでみたい気もする。(訳者あとがきによると第二次大戦色をすっかり消し去ったバージョンらしい。後でそれは間違いだった、と作者自身が表明しているようだ) 文庫解説(山崎まどかさん)のファッション視点は私には全然イメージがわかないので、とても興味深かった。マクロイさんは趣味が良いようだ。 トリビアちょっとだけ。 マクロイ作品はDell Mapbackでお馴染み。本作もちゃんと地図が作成されていて、コテージ平面図もついてるので便利。Pinterestで panic mapback と検索すると見やすい図面が見つかります。 米国消費者物価指数基準1943/2022(16.40倍)で$1=1870円。300ドルは56万円。 p21 例の「オクシデンタル通信社」がまた登場している。 p71 昔のペニー銅貨に刻印されていたインディアン◆ Indian Head cent (1859-1909)、直径19.05mm、重さは1864–1909鋳造のものなら3.11g、リンカーンの前の1セント硬貨。図柄は英Wiki “Indian Head cent”で。 p83 十ドル紙幣◆1929年以降はアレキサンダー・ハミルトンの肖像、サイズ156x66mm。米国紙幣は額面にかかわらず全部同じサイズ。 p103 ター・ベビー(Tar Baby)◆Joel Chandler Harris(1848-1908)のUncle Remusシリーズ(1881-1907)に出てくる、ウサギどん捕獲目的で作られたタール人形。返事をしないタール人形に腹を立てたウサギどんがブン殴ったら、手がタールに絡めとられてしまう。蹴ると足もくっつく。知恵の回る、逃げ足の速いウサギどんでも、このような策略で捕まってしまいました、という話。『ウサギどん・キツネどん: リーマスじいやのした話』(岩波少年文庫1953)で子供の頃に読みました。 |
No.4 | 4点 | ボナンザ | 2020/03/03 21:19 |
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暗号ものの難しさがよくわかる作品。とんちみたいなのだと暗号として使えないじゃんという突っ込みが入るし、難しすぎると読者の興味を引けない。
話としてはマクロイらしい展開だけどもうひとひねり欲しかった。 |
No.3 | 6点 | E-BANKER | 2019/06/05 23:29 |
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マクロイというと、ヴェイジル・ウィリング博士が自然に思い浮かぶけど、本作はウィリングが登場しないノン・シリーズ作品。
1944年発表ということは、ちょうど「小鬼の市」と「逃げる幻」の間ということになる。 原題は“Panic”。 ~深夜、電話の音でアリスンは目が覚めた。それは伯父のフェリックスの急死を知らせる内線電話だった。死因は心臓発作とされたが、翌朝訪れた陸軍情報部の大佐は、伯父が軍のために戦地用暗号を開発していたという。その後、人里離れた山中のコテージでひとり暮らしを始めたアリスンの周囲でつぎつぎに怪しい出来事が・・・。暗号の謎とサスペンスが融合したマクロイ円熟期の傑作~ さすがにマクロイだけあって、繊細かつ端正なミステリー、だと思う。 これまでもマクロイ作品に関しては、そのレベルの高さや駄作の少なさを賞賛してきたけど、本作もまた「ハズレ」のない作家という冠に相応しい作品。 その割には他の方の評点が低いのはなぜかというと、「暗号」の分かりにくさに原因がある。 確かに、これは読者が挑戦して解読できるようなものではない。 暗号文や、その解読のための鍵、そして解読後の文章等が、それぞれ何ページにも亘って書かれている辺り、作者の暗号に対する並々ならぬ意欲が伺えるし、個人的にもここまで難解な暗号にお目にかかったことはない(と思う)。 殺人や主人公アリスンが脅かされる影などにも暗号が有機的に関係していくことはもちろん、まさか主人公のお供として付いてきた盲目の老犬が解読の鍵になるなんて(ネタバレだが・・・)、心憎い演出だと言える。 あとはやっぱりウィリング博士の不在(?)も大きいかな。 オカルティズムっぽい謎に対しても冷静な目と抜群の推理力で事件を解決する彼の存在は、やはりマクロイ作品には欠かせない。 本作はどちらかというとサスペンス寄りの作品ではあるものの、フーダニットなど本格要素もあるから、彼を登場させても良かったような気がする。 そして、原題の“パニック”。他の方も触れられてますが、「パニック」の語源が「牧神(パン)」だということ。これはトリビアだね。 いずれにしても、本格要素とサスペンスがバランスよく混合された良作という評価に落ち着く。 ただ、他の佳作と比べるとやや落ちるのは事実。 |
No.2 | 4点 | makomako | 2018/09/22 08:36 |
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マクロイの代表作の一つとされているそうです。この小説は暗号解読とサスペンスと推理が盛り込まれた力作です。というととてもよさそうに思えましたので読んでみたのですが、うーん確かに暗号は飛躍的に進歩したようです。ポーのような暗号では現実として簡単に解読されてしまうのでしょう。だからこのような複雑な暗号作成が必要であることは認めますが、普通の読者にとってあまりにも専門的で複雑すぎます。さらに解いた暗号が当然英語になるのですから日本人にとっては二重の暗号みたいになります。英語が母国語の人なら多少はましかもしれない。
実際何ページにもわたる暗号表が出てきて、これを複雑にいじって、となるとほとんどの人がお手上げとなりそうです(もちろん私もその一人)。途中から暗号解読のところは読み飛ばしてようやく読破となりました。 これを読むと暗号小説は現代の時代設定では読む側がよほどのマニアでないと無理なのだとわかります。 鉄道や飛行機を使ったアリバイ崩しなども、専門家が見たら一目でわかるし、最近のアプリならすぐ検索出来てしまいそうですが、お話の世界としての約束事みたいなものですから楽しく読めるのでは。 主人公はこんな怖くて辺鄙なところにどうしてたった一人で何日も住むのか。私なら一日で帰ってしまいそうですが。 丁寧に書いた作品なのだと思いますが、暗号のマニア以外はお勧めできそうもないと思います。 |
No.1 | 5点 | nukkam | 2018/07/23 09:29 |
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(ネタバレなしです) 簡潔に「Panic」という英語原題で1944年に発表された本書はサスペンス小説と本格派推理小説の両方の要素を織り込んでおり、ちくま文庫版の巻末解説ではどちらかといえば本格派として評価していますが個人的にはサスペンス小説の方が心に残ります。というのは謎解きのかなりの部分が暗号の解読で、「二日目」の章で紹介される暗号全文がアルファベットばかりで約3ページにもまたがっているのです。最後には解かれるのですがその解答も約2ページにまたがる英語の文章で(解答は和訳もついていますが)私にとっては二重の暗号に等しく、この謎解きはつらかった(笑)。色々な謎解き手掛かりを用意してはいるのですが大半が暗号に結びつきます。暗号ミステリーとして1級品だと思いますが、直接犯人当てにつながる伏線をもっと増やしてほしかったですね。サスペンス小説としてもよくできていて、ヒロイン役が心当たりがないのに誰かに狙われる可能性を巧妙に作り上げ、山荘に一人住まいすることになった彼女をじわじわと恐怖が襲うプロットもなかなかです。陽気で遊び好きなイメージの牧神(パン)がパニックの語源だったというのも私には新鮮な驚きでした。 |