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真説 金田一耕助
横溝正史著
伝記・評伝 出版月: 1979年01月 平均: 8.00点 書評数: 1件

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KADOKAWA
1979年01月

柏書房
2022年05月

No.1 8点 クリスティ再読 2022/04/18 09:31
これは本当に懐かしい本。1976年の9月から一年間毎日新聞日曜版に連載された横溝正史のエッセイである。この時期、というのが実に凄い。まさに横溝ブームまっ盛りなのである。ブームをリアルタイムで、そのご本尊が体験したことを書いているエッセイなのだ。さらに単行本化で尺が足りないこともあって、この期間の横溝の日記を収録した本である。

この連載中に起きたこと
・東宝「犬神家」撮影~公開。横溝もカメオ出演。
・叙勲。勲三等瑞宝章。「若者にもらった勲章のようなものだから誇りに思う」
・旧友で、金田一耕助のモデルの一人でもある城昌幸、それにカーの死去で寂しい思いをする。
・映画化は「悪魔の手毬唄」と「八つ墓村」「獄門島」が続く。
・古谷金田一のテレビシリーズ開始(犬神家を本人がかなり褒めている)
・松方弘樹で人形佐七もテレビシリーズ開始。
・「野性時代」に連載していた「病院坂の首縊りの家」を脱稿。金田一耕助アメリカへ旅立つ..

このとき正史74歳。健康状態もあまりよくない中で、老いの身に降りかかった一大ブームのドキュメントとして、きわめて興味深い本でもある。日記側にはすさまじい頻度でかかる重版通知をこまめに記録しているし、一躍文壇長者番付第三位に浮上し、税金対策に苦慮するあたりも窺われる。
もちろん、軽妙でユーモアにあふれた筆致で、自作や海外ミステリに触れている個所も多いし、執筆当時の思い出話なども豊富に収録。よく文庫の解説に「著者は...」で狙いを説明したものの出典がこの連載にあることも多い。横溝正史論だと外せない貴重な資料である。

評者も本当に懐かしい本、というか、新聞の連載を楽しみにしていた。新聞に載っていた和田誠のイラストも本に収録されていて、当時の雰囲気がまざまざと思いだされる。
今にして思うと、この70年代は、戦前の「新青年」世代がまだ存命で、プレゼンスのあった最後の時代でもある。横溝もそんな生き残りの「戦友」たちである水谷準、西田政治、乾信一郎ともしきりに交流しているのが記録されている。この時代が戦前と今とをつなぐジョイントの時代のようにも回想される。この横溝ブームも一翼となる70年代の異端作家ブームによって、「ミステリの戦前」が埋もれることなく継承された、という印象があるのだが、いかがだろうか。(延原謙の訃報も日記にある...「新青年」歴代編集長は、長命な人が多い。「高森」と延原の通夜の日記に名前が出ている人は、おそらく「新青年」最後の編集長高森英次なんだろうね)

ちなみにバレンタインデーに「金田一耕助様」宛てでチョコが届いて、正史も金田一になりかわって頂くのだが、翌日の新聞で「青酸チョコ事件(オコレルミニクイニホンジンニ...ってあれ)」の報道を見て慄然とする....いやそんな時代。青酸コーラ事件も結局未解決だったなあ。