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探偵小説の黄金時代 マーティン・エドワーズ |
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伝記・評伝 | 出版月: 2018年10月 | 平均: 8.00点 | 書評数: 1件 |
国書刊行会 2018年10月 |
No.1 | 8点 | 人並由真 | 2020/02/25 14:00 |
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自宅内の周囲にずっと置きながら、その重量感に怖じてなかなかページを開かないでいた。
そうしたらある夜、家人が具合が悪くて早めに寝込み、中途半端に深夜にひとりだけ手持ち無沙汰になったので読み始めた。そうしたら(そうなる予感もあった(笑)のが)、正に止められない、止まらない! 1930~49年までの英国「ディテクション・クラブ」初期。その前夜から始まって、組織そのものと関係者、さらには参加していた作家たちに関わった現実の事態や事件が語られる(特に現実に特異な殺人事件が起きて、それがどう作家たちに影響を与えたかの記述部分はかなり多い)。 巻頭には角版で42人の作家の顔が並べられているが、中心人物はセイヤーズとバークリーの2人。クリスティーの扱いも大きく、後半になって登場するカーなどもドラマチックに語られるが、先の2人の記述には及ばない。個人的に評者はこの2人はどちらもまだまだ読むものが残っているので、先にその創作の軌跡にざっとでも触れたことは良かったかどうか(ネタバレの類は皆無ではないにせよ、意外に少なかったが)。 なおゴシップやスキャンダルの類には筆を控えた一冊、という主旨の文言が、巻末の森英俊氏の解説などにある。たしかに扇情的な記述などは少ないのだが、それでもセイヤーズの性遍歴などは相応に赤裸々に綴られ、ところどころそこまで踏み込まないのではいいのではないかとも思わされた(一方で名前のみ出てくる程度の作家も何人かいるし)。とはいえこの辺もセイヤーズの実作に通じた人なら、また違うものが見えてくるかもしれない。 個人的にはディテクション・クラブの創設に後を託す? ようなタイミングで逝去するドイルの逸話、大先輩であるオースティン・フリーマンの老体を息子か孫かのように気づかう若き日のカーの話題などが読めたのは、とても楽しかった(もしかしたらカーとフリーマンの逸話は『ジョン・ディクスン・カー―「奇蹟を解く男」』に書かれていたかもしれないが、だとしたら評者は読んでいて忘れている)。途中の写真で紹介される、同じ母校(オックスフォード)出身の、ともに若き日のマイケル・イネスとニコラス・ブレイクが笑い合う図なんか見ていて涙が出てくる。そしてここでもクリスチアナ・ブランドはやっぱり、意地悪婆さんであった(まあまだ当時は若いけど)。 ちなみにディテクション・クラブは、基本的に謎解き作家、あるいはサスペンス犯罪小説作家のみが参加を許され、冒険小説作家やスリラー作家は、たとえジョン・バカンのようにその業績が偉大だと万人に認められていても加入を許されなかったという。この規約はのちにギャビン・ライアルの入会によって破られるというが、そこに行くまでには英国のミステリ文壇にいろいろあったんだろうなあとも思わされる。できたら本書の続刊、ディテクション・クラブの50年代編以降も読みたい。 英国の作家勢が米国に隆盛してくる作家たちの動向をうかがう図なども興味深く、さらに当然のことながら本書で話題にされながらまだ日本に未訳の作品群などで面白そうなものもいくつもある。 一読しただけではとてもすべての情報量を吸収できるわけもないし、ヘイクラフトのかの著作同様に何度も繰り返し読む必要も価値もあると思う。 ただし(それ自体は誠に仕方がないと思うが)とにかく記述される作家の焦点に偏りがあるきらいがいささか残念。 あまり総花的になっても問題だが、結局のところはこういう本は、同じ主題に関して別の史家がまた別の視点からいつかまた何度も書き直し、大局的な見識を高めていくものかもしれないとも思う。 |