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エラリー・クイーン 推理の芸術
フランシス・M・ネヴィンズ著
伝記・評伝 出版月: 2016年11月 平均: 8.50点 書評数: 2件

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国書刊行会
2016年11月

No.2 9点 小原庄助 2023/04/29 16:20
エラリー・クイーンは、ユダヤ系移民の子としてブルックリンで生まれた従兄弟、マンフレッド・リーとフレデリック・ダネイの合作ペンネーム。
本書は二人の作者と被造物である「クイーン」の足跡をたどった評伝で、ダネイの存命中に発表された「エラリイ・クイーンの世界」を大幅に増補した決定版。この増補版では作者のプライベートな側面が重視され、金銭事情やメディア社会学的な視点も加わって、より複雑で視野の広い本に生まれ変わった。長年の議論の的だった代表者問題や、60年代に量産されたペーパーバック・オリジナルの内幕が公にされたことは、ミステリ読者にとって大きな意味を持つはずだ。
ダネイとリーは「合作方法の秘密」というクイーン最大の謎を最後まで明かさなかった。ネヴィンズは関係者の証言や書簡等からこの秘密に迫り、ある程度の役割分担まで突き止めているが、核心部分は藪の中だ。愛憎半ばするダネイとリーの危うい分業関係は、彼らの精神的息子というべき評論家アントニー・バウチャーが二人の間で引き裂かれていく姿からもうかがえる。これほど性格も文学観も異なるライバル同士が、壮絶な議論と衝突の果てにあれだけの傑作群を生み出せたのは、奇跡としか言いようがない。

No.1 8点 クリスティ再読 2020/03/03 22:57
「推理の芸術」によると...なんて評者、クイーンの作品評についつい書きがちだったわけだが、やはり長編を扱ってる部分を拾い読みしちゃってて、しっかり通読したことがなかった。それも失礼なので今回通読。
評者年寄りなんでつい「王家の血統」の増補改訂...というイメージがある。確かに「王家の血統」というか「エラリー・クイーンの世界」というかは、その昔日本のマニアの評価が中期重視の英米の評価と大きくズレていることを明白に指摘することになっちゃって、日本のマニア界隈にショックを与えたんだよね。クリスティでも自薦ベスト10が日本のマニア評価と大きくズレていることも評者は知ってたから、自分の好みが日本のマニアの好みとズレていても、海外評価と妙に合致しているあたりを面白く思ってたんだ。まあネヴィンズの作品評価は当然、「王家の血統」から本質的に変わるわけがない。宗教的にきわどいテーマの「十日間の不思議」に信心深いバウチャーが反発した...なんて反応を書いているも、英米での受容を直接伝える情報として貴重である。
とはいえ、決定版のこの本は、第二期のラジオドラマに関する話(ラジオドラマの梗概が戦後の短編の原型になっているケースがかなり多い)、存命だったダネイに遠慮して書けなかった代作物の「ペーパーバック・クイーン」の真相、著者が生前に直接知友を得たほどではなかったリーに関する資料(とくにリー&バウチャー書簡が貢献度大)を集めて、明らかになったリーの人柄とダネイ&リーの合作の実際、それからアンソニー・バウチャーの隠れた貢献...と、エラリー・クイーンの小説以上に、「エラリー・クイーンというビジネス」について舞台裏を赤裸々に明かしている労作である。
実際、本を書く、というのも特に商業的な小説の場合には、それ自体一つのビジネスであって、いろいろな外的状況にも左右されれば、あからさまにお金や契約によって束縛されることも往々にしてある。そういう舞台裏の臨場感が伝わる評伝、というあたりに本作の意義もあろうというものだ。