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わが母なる暗黒 ジェイムズ・エルロイ |
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伝記・評伝 | 出版月: 1999年07月 | 平均: 5.00点 | 書評数: 1件 |
文藝春秋 1999年07月 |
No.1 | 5点 | tider-tiger | 2017/10/07 12:39 |
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1958年、絞殺死体で発見された赤毛の女、ジーン・エルロイ。
当時十歳だったリー・アール・エルロイ少年の母親だった。事件は未解決のまま、少年は心に傷を抱えたまま荒んだ生活を送り、やがて『ジェイムズ・エルロイ』となる。後に『狂犬』などと呼ばれるようになった作家エルロイは未解決に終わった母の事件の再調査を試みる。 結論から言ってしまうと、エルロイファンは必読。エルロイファン以外の方が本作を読んで面白いと思うかは疑問あり。少なくともエルロイ最初の一冊にはまったく向かない。 本作は四つの章から成り立つ。 一章「赤毛の女」母が殺害された一件をドキュメント風に綴っている。 二章「写真の少年」エルロイの自伝。※写真というのは母が殺害されたことを知ったばかりのエルロイ少年を撮影したもの。 三章「ストーナー」母の事件を再調査するに当たって、エルロイがパートナーに選んだ元警官ビル・ストーナーの人となりや警官時代の仕事が簡潔に綴られていく。 四章「ジニーヴァ・ヒリカー」母の事件の再調査を詳細に記述、そして、あまり会いたくはなかった母方の親族を訪ねることによって、エルロイは母を理解する。 客観的に見て、二章はかなり面白い。一章、三章はまあまあ。問題は六百頁のうちの約半分を占める四章で、エルロイに興味のない人からすればまったく面白くないと思う。ときおり顔を覗かせるエルロイの心情、変遷していく母への想いなど非常に興味深いものがあるが、全体的には冗長で退屈な部分が多い。 『ホワイトジャズ』の書評にも書いたが、私はエルロイ狂犬説には与しない立場だ。 (エルロイ自身がこの説の言い出しっぺだという話もあるが、そうであったとしてもである) 本書には狂犬説を後押しするような記述が多数ある。だが、私には反証材料も多く存在しているように思えた。 例えば、エルロイは少年時代から空想の世界に入り浸っていたが、その世界には犯罪、特に猟奇殺人が溢れていたという。例えばこんなことを考えていたらしい。 「猟奇殺人鬼に襲われている女の子を助けて、その子とセックスしたい」 誤解を懼れず言わせて貰うと、わりと健全だなあと思った。 エルロイの空想には猟奇殺人鬼が跳梁跋扈していた。だが、エルロイは自分が実際に女性を切り刻んでみたいと熱望したことはあるのだろうか? 本書には猟奇殺人のことばかり考えていたというエルロイの述懐はあっても、猟奇殺人鬼になりたいという願望はまったく窺えなかった。 本書を読んだときに思ったのは、エルロイは法の執行者(警察)の側に立って小説を書いている。その警察が純然たる正義の味方とはいえないのがエルロイ作品の特徴の一つだが、いずれにしても猟奇殺人者はエルロイにとって絶対的な悪なのだと、私はこのように理解した。 エルロイが狂犬であるにしても、この言葉にはいろいろな意味があるわけで、猟奇趣味だけの作家=狂犬であるかのように誤解され、敬遠されてしまうことは非常に残念だと思う。 ※エルロイが猟奇殺人鬼を一人称で描いた作品『キラー・オン・ザ・ロード』も読む必要があると思うが、ずいぶん前に購入したものの手をつけていない。 ※母親との関係は抜きにして、エルロイという人間が、誇張された形とはいえ、もっともストレートに伝わるのは、ロイド・ホプキンズ三部作ではないかと思う。 エルロイは犯罪者同然の生き方をしていた、とよく書かれている。これも誤解を招くと思う。エルロイはどのような悪事に手を染めていたのか、本書に詳しく描かれていた。 つまりはドラッグ、万引き、下着泥棒。留置所で自分の罪状を他の連中に話したら笑い者にされたとエルロイは書いているが、作品の中で彼が扱う犯罪と比較してあまりにもしょぼい。さらに妙に抑制の効いたところがあったりする。 下着泥棒にしても一度のお忍びで盗むのは一枚こっきりときちんとルールを決めていたり、いつも忍び込んでいた家に防犯システムが導入されるなり盗みを一切やめてしまったり。 この人は混沌ではなく、むしろ規律を志向する人間ではないかとそんな風にすら感じた。 この人はどうしてこんな話を書いたのだろう? この人を駆り立てた原動力、源泉はなんなのだろう? 面白い小説はたくさんあるが、こんなことを考えさせる小説はそれほど多くはない。 本作『わが母なる暗黒』は、『ブラック・ダリア』を読んだ時に芽生えた『どうして?』を考察する一助となってくれた。 本書を読むと、エルロイが作品の中に自身の体験を大いに組み込んでいることがわかる。 同じテーマを執拗に追いかけるタイプの作家であることもわかる。 誇張、二律背反といった特徴は彼の必然的なスタイルだったこともわかる。 エルロイは読者のことを念頭に置かずに書く作家ではない。受け狙いが転じて露悪趣味にまで走る。が、本書は自分のために書いている。 個人的には非常に興味深く、意義ある作品。 エルロイファンは必読なれど、一般的に受けるかという観点から採点は抑えます。 ※どうでもいいことだが、気になったこと 作中に登場したエイン・ランド(アイン・ランドのことだと思われる)について、~アメリカのSF作家。物質文明を批評する観念的な作品を得意とした。~こんな註がついているが、私の知っているアイン・ランドはこんな作家ではなかったような? |