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エラリー・クイーン創作の秘密 往復書簡1947―1950年
ジョゼフ・グッドリッチ編著
伝記・評伝 出版月: 2021年06月 平均: 8.00点 書評数: 1件

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国書刊行会
2021年06月

No.1 8点 人並由真 2022/02/03 08:26
(ネタバレなし)
 アメリカの小説家&劇作家ジョゼフ・グッドリッチによって発掘、確保、編纂された1947~50年の4年間(さらにもうちょっと)の期間における、リーとダネイの創作討議のための意見交換書簡集。原書は2012年に刊行。

 この1947~50年の時期に生み出された新作長編は『十日間の不思議』『九尾の猫』『悪の起源』の3本で、これらのメイキングが本文の主眼(正確には『ダブル・ダブル』もこのシークエンスに該当するのだが、なぜかそれだけは関連の書簡が残ってないらしい?)。

 時代とともに形質が変遷するエラリイ(エラリー)・クイーンシリーズの新作、そのミステリとしての完成度を高めるための構想&意見交換、そして、より多くの収入を得るために雑誌掲載(連載)や映画化を視野に入れた、新作によるビジネス戦略など、作家コンビの思惟が実に赤裸々に語られるが、それらミステリファンの関心を募る案件と並行して、双方の家族のやリー&ダネイ本人のプライベートな生活や健康なども話題になる(が、しかし……)。

 ラジオドラマが終わって収入の減退を憂う話題とか、ダネイのみが実働する「EQMM」編集の話題とか、高級紙「コスモポリタン」の編集部がチャンドラーの新作『かわいい女』のクズみたいなコンデンス版(たぶんチャンドラー自身も消極的にダイジェストしたものとEQコンビは観測)を高価で買ったのに、こっちの『九尾』の新作原稿にはハナもひっかけてくれないととルサンチマンをぶちまけるあたりとか、それぞれ実に面白い。
 ちなみに前述の三長編のなかで最もメイキング事情が豊富に語られているのは『九尾の猫』で、それから『十日間』『悪の起源』の順番で紙幅を費やしている。各作品の幻に終わったタイトリングの中にも、なかなか味のあるものがあったりする。 
 なかでも『九尾の猫』のデティルを討議するあたりは本書の白眉で、特に被害者のジェンダーや人種にこだわり、意見を交換するあたりが圧巻。なぜそれでなくてはならないか、のロジックを表明しあう辺りは、正にクイーンのミステリ作中でのエラリイの推理シーンのごとしであった。

 20世紀最大のパズラー作家コンビの一時期の内実を明け透けに覗ける、限りなく興味深い一冊である。

 ちなみに『十日間』が「エラリイ最後の事件」として構想されていたであろう可能性~事実は、すでに評者をふくめて多くの読者が予見していたところだが、その発想が小説叙述役のリー側ではなく、プロット創案役のダネイの方から出ていたらしいのには、けっこう驚いた。
 もちろん作者コンビは、国名シリーズとハリウッドものを終えてライツヴィルものほかの中期路線に突入したなかで、探偵ヒーローのエラリイの扱いにはかなりセンシティブになっていた。
 だから評者などは、より自在な方向性でミステリ小説を書きたいリーの方が、使い込んだエラリイとお別れしたいと思っていたのだと、以前からなんとなく考えていたので。
 が、そもそもダネイが何を契機にエラリイを一度表舞台から降ろそうと思ったかは、本書のなかでははっきりと明言されていない。本書の直前の書簡集ほかの資料でも刊行されれば、その辺はさらに詳しく明らかになるのかもしれないが。
(まあ、当時にして「エラリイをシリーズ探偵として、ある意味、使い尽くしてしまった感」が作者コンビの頭をよぎっていたであろうことは、想像に難くない。)

 親切で丁寧な注釈もふくめてほぼ満足。

 あえて言えば、本文ページのそれぞれの肩の部分に書簡が出されたときの年月日が入っているが、その年月日のあとに(リー)(ダネイ)と常に一瞥しただけでわかるようにしてくれれば、さらに丁寧な編集であった(一冊の本を読む間には、何度か栞を挟んで中座することもあるので、また読み始める際、そういう配慮があると、現実的に便利なんだよ)。
 
 ところでスタージョンやデビッドソンたちの(遺族の?)ところには、ダネイとのやりとりの手紙とか、残ってないのかしらね。それはそれで読んでみたい。
 
 本サイトへの登録ジャンルは広義の「評伝」ということで。厳密には「ミステリ関連の資料」とかそういう項目を新設していただいた方がいいかもしれない。今後、機会を見て管理人さんに相談させていただこうか?