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[ 本格 ]
黄色い部屋の謎
新聞記者ルールタビーユシリーズ 別題『黄色い部屋』『黄色い部屋の秘密』
ガストン・ルルー 出版月: 1956年01月 平均: 6.48点 書評数: 40件

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東京創元社
1956年01月

早川書房
1956年02月

新潮社
1959年01月

東京創元社
1960年01月

東都書房
1962年01月

集英社
1998年10月

早川書房
2015年10月

東京創元社
2020年06月

No.40 4点 いいちこ 2023/07/12 17:00
当該真犯人は、本作の刊行当時においては大きなサプライズであったろう。
しかし、現代ミステリを渉猟してきた人間であれば、「奇想天外な犯人にするなら、この人物だろう」と考える人物であり、そのような意味で意外性がない。
また、明かされた真相は拍子抜けであり、犯行プロセスにフィージビリティが感じられない。
このように見ると、現代においては、本作のミステリの歴史における位置づけ以外には、読む意味が見いだせない。
4点の下位

No.39 6点 バード 2022/11/07 21:32
犯人の意外性や密室の作り方といったミステリ的な面白さは書かれた時期を考慮すれば一級品と思う。だが個人的にトリックどうこうでなく、ストーリー展開が退屈だった。被害者とフィアンセが犯人を隠す理由も古臭いし(時代をふまえれば理解はできるけども)、ルールタビーユのキャラも鼻につく小僧という感じでイマイチ。

ミステリ的には7点。物語は4.5点。間をとって6点という評価である。

No.38 7点 文生 2022/06/09 09:56
中学に入ったばかりのころに読んで魅惑の謎のつるべ打ちにワクワクした作品。トリックが段々しょぼくなっていくのはあれですが、最初の密室トリックは発表当時としては考えに考え抜かれたもので十分に楽しめました。個人的には、密室好きになるきっかけを与えてくれた記念すべき作品でもあります。ただ、黄金期以降の本格ミステリと比べると随分と回りくどくて中盤がだるいのがマイナス点。

No.37 10点 クリスティ再読 2022/06/03 16:15
評者前から言っているように、密室モノって嫌いなんだ。密室の興味だけで読者を釣ろう、という作者の思惑が鼻につくケースが多いんだよね。しかも、「密室の作り方」というのは別解がいくらでもあるようなものの場合も多い。下手な密室物というのは作者の自己満足でしかないよ...とも注文を付けたくもなる。

本作は「長編密室物」の元祖のひとつに当たる。本作のキモというのは、「密室なんだけども、密室ではない可能性を否定できない」余地を最後までしっかり残してあるあたり。これに強い感銘を受けている。スタンガースン博士が一人になったときに、犯人の脱出を黙認した、という解釈が最後まで可能なのである。スタンガースン嬢と博士、婚約者ダルザック博士の黙秘っぷりが、そういう解釈を覆い隠すミスディレクションにもなっている....そう読むと、なかなか「モダン」な作品なのである。
いや、おっさんさまが「改装」を待つまでもなくて、本作こそが「モダン・ディテクティヴ」ではないか、というご指摘をなさっているのに完全に同意。本作ほど完璧な密室はないし、しかもそれが「当然な推理」によって解き明かされる。これを「バカミス」扱いにするのは、やはりマニアがマニアの常識にとらわれ過ぎた結果のようにも感じられる。今となってはまさに「マニアの裏をかく」ような「完璧な密室」なのである! これに腹を立てるのは...いや腹を立てる方が、悪いと思う。

もちろん廊下の犯人消失は、犯人のミスに起因するイチかバチかの追い詰められた末のギャンブルで説明されるわけで、これを模倣した乱歩通俗物の味わいとは全く別。それでもさらにこれを再現した森番殺しは不要だな....

いや、区切りになる作品が、これほどの傑作で良かったと、本当に感じます。これほど評者の嗜好に合う作品とは、思ってもいませんでした。あと、ステッキの件ナイスな推理だと思う....まったく忘れてたネタだけど、評者も気が付いた。

でルールタビーユ君、ハッタリの効いた駆け引きや、韜晦のキツさで、クラシックな「名探偵」らしさを存分に味わうことができる。ハッタリ的透視力は法水麟太郎顔負け。でも、パイプは吸うは酒は飲むわ、「天守楼」の女将にキワドいジョークを言って揶揄うとか、とってもじゃないけど18歳に見えんよ(苦笑)。でも、アメリカ行きの装束でホームズ・リスペクトしているのが、なんか素敵。

No.36 6点 虫暮部 2021/10/24 17:11
 最初の事件は、犯人の認識とは違う様相で表面化している。密室の謎は、犯人にとっても等しく謎だったわけだ。
 ではその後の行動は、犯人ゆえに事情を知っている特権で真相に逸早く気付き、罪を他者になすり付ける為のものだったのか。それとも自分以外にも悪意の持ち主が存在すると考えて、本気でそれを暴こうとしていたのか?

 私は、あの真相自体はアリだと思う。が、それに推理で辿り着けるのかなぁ? “被害者本人の意識的な芝居”と言う可能性を排除した理由は示されておらず、ぶっちゃけ山勘だよね。“そんな演出をしても犯人を庇う役には立たないだろう”って理屈だろうか? 推定無罪の温情推理?

No.35 6点 弾十六 2021/01/28 03:28
1908年出版。初出は仏週刊L’Illustration 1907-9-7〜11-30(12回) 集英社文庫(1998)で読了。45年くらい前に読んだのは新潮文庫の堀口訳。ぼんやりとした記憶の中では、好印象だった。
さてKindleのお試しでハヤカワ文庫(新訳2015)と創元文庫(新訳2020)と集英社文庫の冒頭を比較してみた。おっさんさまの書評のとおり、ハヤカワ新訳は、かなり無駄な言葉を補った問題訳。ふやかした文体が嫌いな私は評価しない。今後の読者の参考のために、以下、一例だけ挙げておこう。
原文: … même chez l’auteur du Double Assassinat, rue Morgue, même dans les inventions des sous-Edgar Poe et des truculents Conan Doyle…
♠️ハヤカワ: …それはあのエドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』の中にも見られないものだ。ましてや、ポーに追随した、ほかのつまらない作家の作品や、謎のつくりとしては大雑把すぎるコナン・ドイルの作品には決して見られるはずがないものである。
♣️創元: …「モルグ街の殺人」を書いたポオやその亜流たちの作品、それにコナン・ドイルが描く並外れた物語においてさえも…
❤︎集英: …『モルグ街の殺人』の著者の作品にも、エドガー・ポーやコナン・ドイルの亜流たちがひねり出したミステリーにも…
◆逐語訳(拙訳): …「モルグ街の殺人」の著者においても、エドガー・ポーの亜流たちや荒削りなコナン・ドイルの諸作においても… (※ドイルを形容してるtruculentが肯定的なのか否定的なのか、自信がないです…) (2021-1-29修正: 原文desなので「亜流」も「ドイルの創作」も複数。明確にしました。)
内容に戻ると、小説が下手だなあ、というのが第一印象。ずっと先輩のガボリオよりかなり落ちる。(ルルーが上述のようにポオやドイルには作中でたびたび言及してるのに、ガボリオを無視してるのは何故?) 構成が下手くそで人情がわかっていない感じ。全体としては謎めいた雰囲気に光るものがあり、文章は冗長だが結構楽しめた。
今回、再読してバカミスの嚆矢という印象を受けた。無理をムリムリ通してる感がありまくり。不思議を成立させるための工夫が、逆算感に溢れている。犯人や被害者の側から、物語を再構成してみたら、不自然極まりない筈だ。
でも、その人工的な感じが、逆に当時は新しかったのでは? ホームズや亜流は小説の伝統に沿ったものだが、この小説で史上初めて「(作者が企んだ)作り物のトリック」というのをクローズアップしてるように思う。(←根拠不足です。)
ところでJDCやアガサさんへの影響(『スタイルズ荘』を書いたのはこの小説がきっかけ、と自伝にある)が有名だが、実はかなりの影響関係にあるのでは?と思った大物作品がある。ブラウン神父シリーズだ。1910年7月から連載開始なので十分あり得る。まあ漠然とした印象だけなのだが…
さて、本作はいささか中途半端に終わっている。ずっと前から『黒衣夫人の香り』を積読していて、今回、やっと読めるかなあ、と思っていたのだが、正直、気が重い。続けて読むには文章がねえ… さらに『オペラ座の怪人』も勢いで買っちゃったし… まあぼつぼつ読むことにしよう。
トリビアを漁っていたら、色々意外なものが拾えた。徐々に披露します。
(以上2021-1-28記載)
まずGoogle Playで無料で初出L’Illustration誌合冊版が入手出来る。(もしかして、これが初版なのか?) 連載時のイラスト(Simont作、なかなか写実的な13枚、雑誌名が“Illustration”なのに1回連載当たり挿絵1枚しかないの?)もついてるので必見です!
これを見ると掲載の切れ目も分かる。第3章p35「ちっともばかばかしいとは思わないね」までが連載第1回目。続いて、第6章p56“閉じこめられていると知った。”(第2回目)、第7章p78「ご苦労なこって…」(第3回目)、第9章p99「いまにきっとわかるから」(第4回目)、第11章p122“まだ深い悲しみの色が浮かんでいた。”(第5回目)、第13章p157[電報のくだり](第6回目)、第14章p180「やつが来るとわかっているからさ」(第6回目)、第16章p202“消えていた!”(第7回目)、第19章p235「おなじくらい懸命にね」(第8回目)、第22章p257“階段の踊り場に達した。」(第9回目)、第26章p290“にわかにざわめいた。”(第10回目)、第27章p313“裁判長は休廷を宣した。”(第11回目)で、残りが最終回。
資料としては、仏Wikiには冒頭あたりの自筆原稿のリンクがあったが、流石に外人の流れる文字は読めず。
日本語Wikiには、連載時と初版ではルルタビユ(Rouletabille、伸ばさないのが好み)ではなく、ボワタビユ(Boitabille)だったが抗議があって変更…というような記述があったので、確認した。
確かに当初(連載第1回目と2回目)の名前(渾名)はボワタビユ。連載第3回目の冒頭付近に注釈があり、「前回掲載後、記者M. Garmondから抗議があり、ボワタビユとは彼が15年間使ってよく知られている筆名だというので、トラブルや混乱を避けるため作者が名前を変更した。」なので、連載途中で改名、というのが正解。
ボワタビユの由来は、初出ではこうなっている。
Il semblait avoir pris sa tête, ronde comme un boulet, dans une boite à billes, et c’est de là, pensai-je, que ses camarades de la presse du Palais, déterminés joueurs de billard, lui avaient donné ce surnom… 拙訳「砲弾みたいに丸い頭は、ボールを収める箱(boite à billes)から取り出したみたいに見える。それで、きっとビリヤードをやる記者仲間がそういう渾名をつけたんだろう。」ガボリオの「チロクレール」(タバレ親父の渾名)など、フランス人って渾名が好きだねえ。(戦前のフランス映画の俳優名で、渾名で表示してるのが結構多かった印象あり。)
(以上2021-1-30追記)
いろいろ発見があったのだが、詳しく書くのはめんどくさいので、概略だけ。
<その1>
実はシュルレアリストが
司祭館の風情も庭の美しさも、むかしと少しも変わらない(Le presbytère n’a rien perdu de son charme, ni le jardin de son éclat.)p55
を引用していて、そういえば暗闇で悪党が何かを書いてるシーンなんてなんとなく自動筆記っぽいなあ、とこの作品、ムードがシュールなところがある。
「これからはビフテキを食うしかない」(Maintenant, il va falloir manger du saignant)p108、なんて突然言うシーンも良い。(焼き加減の「セニャン」がキモの単語)
<その2>
実はルルタビユって新聞記者=探偵、という設定のかなり早い例。有名作品では嚆矢といって良いのでは?と思う。
<その3>
スタンジェルソン教授の研究ってのがなんか凄い
「エックス線撮影法について試みられた先駆的な研究で、のちのキュリー夫妻によるラジウムの発見につながるもの… 新しい理論、「物質の解離」… その理論は、「質量不変の法則」に基づく従来の科学を根底からゆるがすと予想…」(p11)
のだが、物語との関わりが… 私は「透明人間」(1897)で赤ニシンにするつもりだったのでは?と疑ってる。上手く繋げられなかったのか、別の雑誌が似たネタを発表してたらしいから止めたのか…(Monsieur… Rien ! Aventures extraordinaires d'un homme invisible 1907)
<その4>
これは小ネタだが
「ネーヴ裁判… メナルドちゃん殺人事件」p9
は、同じ実在事件のことを指している。1886年にシェール県(Cher)でMarquis de Nayveが妻の連れ子?Hippolyto Menaldoを殺害したとして、妻が1894年に夫を告発した事件のようだ。
(以上2022-1-23追記、未完)

No.34 3点 Akeru 2020/09/27 13:44
乱歩とカーが絶賛したから褒めざるを得ないような雰囲気が出てるというだけの一作。現代的視点で見ればトリックは稚拙で、文章も悪が強く読みづらい。謎についても主人公が「たまたま知ってた」的な解決をする上に、切り口もよくない。「この種のトリックに先鞭をつけた」という、歴史的価値があるだけの一作。

No.33 6点 Kingscorss 2020/09/23 17:20
古典的名作で密室といえばこの作品。遅まきながら読了しました。

総評としてはもちろん面白くて楽しめました。…が、いくらか気に入らない点もチラホラ。

まず良かったのはやはり最後まで謎がわからず早く解決編読ませてくれと切に願うほど引き込まれます。読んだのは創元版だったのですが、わりと読みやすく、翻訳とかは問題なかったです。そして超意外な犯人と密室トリック。そして最後のあの人間ドラマ。解決編での法廷アクションなんかは民衆ともども熱気に包まれてる臨場感を体験できとても良かったです。

(ここからプチネタバレあり)
さて、ここからは残念で悪かった点。まず、とにかく謎を含めた色々な隠し情報を最後まで引っ張るので、すごくヤキモキします。そのせいで途中冗長と感じる部分が結構あります。あと、犯人のもう一つの名前とか急に出てきて、誰コレ?この名前出てきたっけ?状態。『黒衣婦人の香り』とかいきなり意味不明ワードを用いたり、唐突に暗号みたいな合言葉(一応最後の方で理由はわかるが)みたいなので相手を黙らせたり、一瞬ついていけなくなるような展開がたくさんあり、あんまりいただけなかったです。そして最大の残念ポイントはやはり密室の謎。いや、夢とか偶然を密室に組み込んではダメでしょと思いました。黄色い部屋の完全密室にかなり期待してたので、ちょっとドン引きしました。あと、最後にルールタビーユの秘密?みたいな謎(まぁバレバレなんですが)が読者に明かされないまま終わっちゃうこと。

しかし、小説としては楽しんで読ませてもらいましたし、これを60年以上も前に書き上げたルルーには感服しかないです。ただ、このシリーズの続編は全て駄作揃いらしいのが悲しいですが…

No.32 5点 ◇・・ 2020/04/04 14:04
廊下のトリックはすぐに分かるし、拳銃の事件はごたごたして野暮ったい。お話自体も大時代的で、わくわくしたり驚いたりというものが無くて。
タイトルはかっこいい。歴史的意義は認める。

No.31 9点 zuso 2020/04/01 15:13
密室トリック、人間消失での心理トリック、そして意外な犯人と、三拍子揃った名作中の名作。黄金時代の乱歩ベストテンで唯一のフランス作品。

No.30 4点 レッドキング 2019/03/03 01:06
前半の密室トリックよりも、後半の人物消失トリックの方が面白い。それにしても・・・話がたるすぎ。

No.29 8点 おっさん 2018/11/10 16:43
《司祭館は何も魅力を失わず、庭の輝きもまた失われず》と、かつて幸福な日々を過ごした想い出の場所への郷愁を、手紙にしたためた人がいました。

遠い昔――あれは小3のとき。ポプラ社の、子ども向けのリライト版〈世界名探偵シリーズ〉ではじめて読んだ、ガストン・ルルーの『黄色い部屋の謎』の面白さを、筆者は生涯、忘れることはないでしょう。密室に響きわたる銃声から、少年探偵の登場、大人の刑事との知恵比べ、そして廊下で挟み撃ちにされた怪犯人の瞬間消失! と、目くるめく展開に夢中になり、犯人の正体暴露で驚き、最後の謎解きには、思わず溜息をつきました。それまで読んできた、ドイルやルブランの、そして乱歩の、どの本より面白かったのです。
しかし。
何年か経って――ある程度、大人向けの翻訳小説を読むようになってから、宮崎嶺雄訳の創元推理文庫版で再訪した『黄色い部屋』は……初読時の意外性に欠けるのは、当然のこととしても、文章から何からやたら大仰で(18歳の新聞記者が縦横に活躍する世界観自体がね、もう、児童書以外では、ぶっちゃけありえない)冗長に感じられ(とりわけ後半の森番殺しは蛇足。記憶違いでなければ、前述の、久米元一訳の子ども向けリライト版は、このくだりをカットして編集されていたような)、感心したはずのトリックもアラが目立ち(いろいろ難はあっても、導入部の密室構成の、アイデアの組み合わせは素晴らしい……でもあれだけワクワクさせられた中盤の見せ場、廊下での犯人の消失劇は、子供騙し)、残念ながら、作中の「司祭館」のごとく、往時の想いを喚起してはくれませんでした (T_T)。

ミステリの本場イギリスが、まだ短編主体の、“シャーロック・ホームズのライヴァルたち”の時代だった、1907年という発表年代を考えれば、新聞連載の制約のなかで、不可能犯罪を効果的なイベントとして各所に配し、その解明でクライマックスを向かえる創意に富んだ長編として、歴史的価値は計り知れませんが、なまじ、規定演技的な「本格」の要素が打ち出されているだけに、英米“黄金時代”のそれに親しみはじめた、生意気盛りの筆者には、ことさら達成の未熟さが意識されてしまった、というのは、あるかもしれません(同じ密室ミステリの古典でも、はなからパロディとして受け止めた、さながら自由演技ともいうべき、イズレイル・ザングウィルの『ビッグ・ボウの殺人』には、そうした不満は感じなかったので)。
ともあれ――
サンクスギビングメモリー。
筆者にとって、『黄色い部屋の謎』はそういう作品。通過儀礼。それでいい。

とまあ、ずっと思ってきたわけです。
ただ、このサイトに投稿するようになって、妙に作者ガストン・ルルーの名前を引き合いに出すことが多くなって、でも取り上げるのは決まって――『オペラ座の怪人』なんですよね。これはやはり、片手落ちではないかw
そこで、うん十年ぶりに読み返しを決意した次第です。創元推理文庫版は、2008年に改訂新版(巻末解説の書き手が、中島河太郎――長らくお世話になりました――から、同文庫の『黒衣婦人の香り』で解説を担当した、戸川安宣に変更)が出ており、こちらも所持はしていますが、今回は、最新訳ということで、ハヤカワ・ミステリ文庫版の『黄色い部屋の秘密』(高野優監訳・竹若理衣訳)を試してみることにしました。

おや、意外に読みやすいw
訳文についての感想は、後述します。
あれから幾星霜を経て、ストーリーの細部をすっかり忘れていたせいもあるでしょうが、今回は、いろいろ新鮮でした。
大仰で冗長でアラが目立つし、「本格」としての達成も未熟――といった不満は相変わらずですが、でも、もしかしたらこの作品、「モダーン・ディテクティヴ・ストーリイ」の第一歩だったんじゃないか!?
意外でしょう。
でも、じつは『黄色い部屋』って、犯人はヘマばかりやっているにもかかわらず、事件がどんどん「不可能犯罪」になっていってしまって、あとから、犯人が懸命にフォローにまわるお話だったんですよね(なので、トリック偏重を正す「モダーン・ディテクティヴ・ストーリイ」を提唱した、都筑道夫の長編評論が「黄色い部屋はいかに改装されたか?」と題されたのは、あらためて考えると、おかしな話ということに)。
その特徴がハッキリ出ているのが、「不思議な廊下」での消失劇です。「トリック」は「子供騙し」。バレますよ、普通。でも、ルルーは、犯人がそうせざるを得なかった状況設定を用意しています。そのまま黙っていたら破滅、ならば、のるかそるか、やってみるしかないでしょう(この点が、同じような「トリック」を、犯人の積極的なパフォーマンスに用いた、某国産ミステリ漫画との違いです)。あとは、迫真の演技でなんとか誤魔化したとww
まあ、あれですね、筆者、五十路をすぎてから視力の低下やら物忘れやらが激しくなって、作中の「状況設定」が他人事とは思えなくなったという事情もありますwww
そして、重要な小道具として使われているアレは、老いの象徴ですが、同時に、衰えをカヴァーし、以前のようなパワーをくだんの人物に供給するマジックアイテムのようなものだった――と見れば、その所有者の変更がドラマのターニング・ポイントになる、という流れは、良く出来ているのではないでしょうか。

本書のミステリとしてのクライマックスは、謎解きの開陳されるドラマチックな法廷場面ですが……今回、読み返して、筆者がいちばん『黄色い部屋の秘密』というドラマのクライマックスにふさわしいと思ったのは、書かれざる、名探偵と犯人の対決場面でした。いったいどんな会話がかわされ、火花が散ったのか。そこを、あえて隠したのは、読者の想像力を刺激するテクニックではありましょうが、勿体無い気がします。
続編『黒衣婦人の香り』との絡みでの、“省略”だったのかしらん。『黒衣婦人』は既読とはいえ、つまらなかったという印象だけ残して、内容は完全に忘却の彼方なので、こちらも再読する必要が……あるやなしや。う~む。
あ、ハヤカワ・ミステリ文庫版の、本書の訳者が作中で採用した表現にならえば、「黒い貴婦人の香り」となるわけですが、今後、早川さんからこちらの新訳が出ることは……ないだろうなあ。

新訳版『黄色い部屋の秘密』の読みやすさについては、先にちょっと触れました。
一例として、ある証拠物件を見つけた女性のセリフを、創元推理文庫版と比較してみましょう。
 
 「お嬢さまの寝室の床の羽目板の隙間にはさまるようにしてありました。掃除をしたときに見つけたんです」(本書)

 「床のへりの溝ぐりのところに!」(創元推理文庫版)

問題点もお分かりですね。訳者が、分かりやすく丁寧に補ってくれています。監訳者の高野優は「あとがき」で、主に原作の、細部の矛盾箇所を修整すべく訳文をつくったため「――原文とは違う情報が含まれたり、原文にはない情報が補足されていることをお断りしておく(したがって、本書は作品研究には向かない。作品研究をするのであれば、原書や既訳も参照していただきたい)」と断わっています。
ここまで、大胆かつ率直に書かれると、これはこれで意義のある試みに、思えなくもない。原文のどこを、どう変えたかの一覧を、資料として付けるべきではなかったか、という思いは、依然、残るにしても。
「この新訳をきっかけに、とりわけ若い読者の皆さんが、フランス・ミステリの古典である『黄色い部屋の秘密』の魅力を知ってくださることを願ってやまない」という、「あとがき」の結びの一文を、虚心に受け止め、ひとまず老害は口をつぐむことにします。

No.28 5点 nukkam 2016/09/23 01:04
(ネタバレなしです) フランスのガストン・ルルー(1868-1927)の作品では「オペラ座の怪人」(1910年)と並んで有名です。彼の作家としての本領はスリラー小説にあったようで、青年記者ルールタビーユの活躍する作品は本書も含めて8つの長編が書かれていますが本格派推理小説に属するのはどうも1907年に発表された第1作の本書だけらしく、ある意味で実験的な作品なのかもしれません。文章は表現が大げさであくが強く、時にまわりくどさを感じさせて必ずしも読みやすくはありません。密室ミステリーの古典としての地位を占める作品ですが文章の古臭さ故に現代の読者に推薦できるかはちょっと微妙な作品です。密室トリックは当時としてはかなり複雑に考え抜かれたもので、イズレイル・ザングウィルの「ビッグ・ボウの殺人」(1892年)のシンプルなトリックとは対象的です。それにしてもルールタビーユはまだ10代の若さの設定なのに態度や口ぶりは全然若者っぽくないな(笑)。

No.27 8点 makomako 2016/09/05 21:24
 40年ほど前にこの小説を読んだのですが、この時はまだミステリーにさほどはまっていたわけではなく、ただすごい密室のお話として記憶に残っていました。当時はルールタビーユの傍若無人で礼儀知らずのくせに、やたら自尊心が高いキャラクターにちょっとついていけない感じを抱いたものです。
 今から読むと本格物の探偵の変なキャラクターに慣れたせいか、まあフランス人にありがちな感じぐらいにしか思えない。人間経験の差によってずい分感じ方も変わるものだと実感しています。
 黄色い部屋の密室の謎だけの小説のような感じと記憶していましたが、今回読み返してみると廊下で犯人が消え失せてしまった方がさらに不思議に感じました。こんなにあからさまな犯人の消失が本当にありうるのかと、ハラハラして読んでいました。この話はすっかり忘れていたのです。
 登場人物が少ないので犯人は限られる。読んでいくと誰も犯人らしくない。被害者の女性はなぜか犯人がわかっているのにあかそうとしないし、誤認逮捕された婚約者も有罪死刑となりそうなのにやっぱり犯人の名前をあかさない。非常に変な感じを抱きますが、最後にはまあ納得する結論が提示されます。めでたしめでたし。
 今回読んだ新訳では昔読んだ訳よりはるかに読みやすく、多くな方が評されているような読みにくさはほとんど感じませんでした。
 名作にふさわしい内容と思います。ただ本格物としては「黒衣夫人の香り」などこの小説では意味をなさないところが散見されて、ちょっと中途半端な印象を受けのがマイナスです。
 なお黒衣夫人の香りは次作として書かれているが、このサイトで不評のようです。私も40年ほど前に気になったので読んだのですが、全くダメだったことのみ覚えています。勿論今回再読するつもりはありません。

No.26 6点 はっすー 2016/02/23 00:02
現代では多くの批判を受けそうな密室トリック
今の作家が描いたら間違いなく叩かれるでしょう
自分は読んだ時にこの手のトリックは初めてだったのでそこまで悪い印象は受けませんでした
やはり密室好きは一読すべき作品だと思います
ただ第二の事件で犯人が消失するトリックは例の作品によって完全にネタバレされていたので犯人までも分かってしまった…

No.25 6点 青い車 2016/01/22 20:25
これまでの僕の五つの書評はいずれもミステリー・ファンなら誰もが知っている古典名作ばかりで、実際素直に面白いと思いすべて10点を献上してきました。そして本作もまた世界的評価を得ている名作です。ただ、どういうわけか僕にははまれませんでした…。
何といってもとにかく読みづらい。一回では意味が呑み込めず二頁読んでは一頁戻るという繰り返しで、読書として楽しめたとは言い難いです。なんだかんだ言ってもやっぱりリーダビリティって大事だなぁ、と実感した次第です(僕の読解力の問題も当然あるのでしょうが)。またトリックもあまり感心できませんでした。それがありなら何でも許されるのでは…、と思ってしまった部分もあります。
ただ不満ばかりではありません。犯人の意外性は当時としては革新的なものだったのでしょうし、僕はあの人物は容疑者リストにすら入れておらずすっかり騙されました。この意外性の面白さを汲んで6点とします。

No.24 10点 斎藤警部 2015/10/31 19:09
ずっと読み逃していた大古典を初読です。ご他聞に漏れずネタはとうに割れてましたが、実物を手にして読んでみたらこれがアナタ、本当に本当に面白い大傑作ではないですか~~!

世に名高い大ネタトリックをまずは二つも抱えながら、更に巨大な意外なる眞相を最後に明かす。その上、物語の根幹を揺さぶりかねない予感に満ちた謎を残したまますぅっと終わる。。都合四つもの大トリック(三つと数えるも可)を見事に共栄させた、なんと器の大きな探偵小説であることか。

重厚甚大な悲劇感と強烈無比なゲーム性との奇跡の融合、この激烈交差点の只中に読者が立たねばならぬ不安定(サスペンス)感こそ、本作を永年王座に据え置いた真髄ではなかろうか!!

さて登場する探偵は二人。初老と言うには少し早い壮年探偵(名刑事)、青年と呼ぶにはちょっと早い少年探偵(この若さで新聞記者)、年の差ライヴァルの二人が一定の理解や友情、時に反目を見せつつ、事件解決に向けて正面対決。最後に「眞の探偵役」として残るのは果たして。。

殺人未遂の被害者が、何らかの重大な秘密が原因で、犯人を警察や司法の手に渡したくないらしい。 また、その秘密を (読者目線で)容疑濃厚な複数の人物がどうやら共有しているらしい。 被害者と犯人の間に在る、怖らくは過去に遡るただならない何かであろう想像し難い関係性こそ、最も大きな謎。

基本は「わたし」が語る形式で、所々少年探偵のメモが語り手に代わるが、一方で少年探偵に反感を持つ者の手記の形でストーリーを進行させる部分もあるなど、時としてユーモラスな叙述のギミックも楽しい。 
少年探偵は(時々核心をぼかしつつ)具体的に、壮年探偵も時々さわりだけ、自らの推理や直感を披瀝しながら物語が進む。そのせいもあってかストーリーの流れに淀みが無い。
壮年探偵の機敏な容疑者追跡は小気味良いが、少年探偵の読心マジック時間差種明かし癖も素敵だ。とてつも無い悲劇の顕出を予告するかの様に。。

大見得を切る眞相暴露シーンは、探偵役が裁判所に遅れて登場と言う絶妙な舞台装置もあってかリアリティと迫真力とを易々と兼備。
最後、事件を解くのみならず「物事の本当の解決」にまで上手に持ち込んだ探偵役の手腕には感動を覚えます。

眞相衝撃の後、傷みが退く快感を楽しむように探偵役の事件解説を滔々と拝聴。このバランスも見事。
全てが分かってあらためて、そう言やこれは殺人事件じゃないんだ、殺人未遂事件なんだ、そこで。。。。とストーリーの機微を反芻してみる。気持ち良く時代がかった犯罪ドラマの大きさに、ご都合主義の痕跡も吹っ飛びます。

伏線も至る所にあった。それも最終的な探偵役(壮年?or少年?)が眞犯人や眞相に気付いていた或いは疑いを抱いていた事への伏線までもが。
眞犯人は●●●。だからこそ一見無駄に思える偽嫌疑工作をねえ。。なぁるほどそりゃ気付かんかった。意図が深過ぎて。

蛇足ながら、門番や森番等、下人に属する登場人物たちの行動や発言がきちんと「立って」いるのも、謎やドラマの奥行きを際立たせるのに一役買っていると思われます。

ところで新訳ハヤカワ文庫の表紙、すごく格好良いんだけど、デザイン配置の関係で題名が一見『秘部壇蜜黄色いの』と読めてしまってね。彼女あそこが病気じゃないかと心配になるのですよ。




【最後に、ちょっとだけネタバレかも】

眞犯人の「本名」に伏線が無かったのはいかがなものか?
眞犯人は、言ってみりゃ「悪いルパン」ですよね。
密室問題より眞犯人の方を先に明かしたのにはびっくり。

No.23 6点 mini 2015/10/23 10:10
昨日に早川文庫からルルー「黄色い部屋の秘密」の新訳版が刊行された
最近は古典の発掘が減った早川だが、意外と新訳版への切り替えだけは地道に進めており、今回もその一環だろう
それにしても題名に関してクイーンでもそうだが、創元は「~の謎」が多いのに対して、早川は「~の秘密」と付けるのが好きだねえ(笑)
時々さぁ、創元に比べて早川は古典に冷たいなどと言う人が居るが、それは黄金時代のガチ本格派だけを念頭に置き過ぎた意見だと思うよ
案外とねえ、文庫じゃなくてポケミス版では黄金時代よりもっと前の古典的作品なども刊行してる
べロック・ローンズ、サックス・ローマーの怪人ヒュー・マンチュー、カミなどちょっと異色なところは創元だと手を出さなかった分野で、黄金時代中でもヒュー・ウォルポールやロード・ダンセイニなどもあるし
早川は古典を発掘しないというのは、例えば古典的スリラー小説なんか興味無いってタイプの読者がそういう意識で見るから誤解しているんじゃないだろうか、本格派だけが古典じゃないんだよね
むしろ古典的スリラーなんかは早川の方が良く手を出してくれていると思う
古典に関して早川よりも創元の方を多大にヨイショする読者っていうのは、絶対に本格派しか読まないってタイプか、あるいはポケミスの版型が嫌いで文庫版にしか手を出さないタイプの読者だと私は確信している

まぁそんなわけで、「黄色い部屋」も創元版だけじゃなくて早川文庫版も出たのですよ、しかも新訳ですよ
さてルルーってフランス作家だ
ところがさ古典時代に於いて、フランス作家って結構微妙な位置付けである
古くはミステリー創世紀にエミール・ガボリオを輩出し、その後も怪盗ルパンのモーリス・ルブランが登場したりするが、正面きった本格派作品というのは英米作品に比べたら少ない、と言うか古典時代では1907年の作である「黄色い部屋」が唯一の本格派みたいな感じだ
あまり偏見で見るのも良くないのかも知れないが、う~ん怪しい(笑)、本当にルルーは英米作家と同様な気持ちでこれ書いたのだろうか?
もちろんその可能性は有る、だって当時は英米作品も仏訳されてただろうし、当然ルルーもそれらの英米作品を知ってただろうしね
主人公は高名な探偵と謎解き合戦で張り合うアマチュア探偵
おお!このパターン、ホームズを相手に張り合うルパンを思わせるではないか
英米への対抗意識と言う意味でフランス人の誇りを感じさせて微笑ましい

No.22 7点 ロマン 2015/10/20 20:23
完全な密室。二人の探偵による推理合戦。そして廊下の謎。。。 廊下の謎から犯人の予想および特定が出来るがとても信じられないものだった。 言い回しやくどく感じる場面も多々あるが最後に明かされる謎たちを読んだ時の面白さがいっそう引き立てられると考えるとそれでよかった。 確かにこれはミステリの古典的作品だと感じる代物で是非一読すべきものだったと感じる。

No.21 8点 ボナンザ 2014/04/09 15:53
今更語るまでもない名作。


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