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miniさん
平均点: 5.97点 書評数: 728件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.728 8点 証拠は語る- マイケル・イネス 2017/11/07 10:54
ニコラス・ブレイク、エドマンド・クリスピン、シリル・ヘアー等と並ぶ、と言うより戦後の英国教養派(日本で言うところの新本格派)を代表する作家がマイケル・イネスである。

「証拠は語る」は凡そ中期ごろの作だと思うが、作風的にも軌道に乗って安定期に入った頃なんじゃないかな。
初期の「ある詩人への挽歌」や「ストップ・プレス」のような凄味は感じられず、またやはり中期の「アプルビイズ・エンド」みたいな異色性も無く、オーソドックスで無難な作である。
それでいながら数多く登場する大学教授や関係者などの造形には教養派の雄イネスらしさが横溢しており、ある意味最もイネスらしい作なんじゃないかなぁ
読者によっては「ストップ・プレス」みたいなものこそが本流ではという意見も出るかもしれないが、まぁあれはどう見たって初心者向きではないからね(笑)

舞台設定から言えば「証拠は語る」は大学を舞台にした学園ものである
しかしそこには青春ミステリ的な要素は皆無である
一応話の都合で女子学生もちょっとだけ出てくるのだけれど、基本的には老練な大学教授達とそれよりは若い助手たちしか出てこない。
しかも学園生活みたいな要素も僅かで、多くは学者たちの研究内容の話題が中心で、この辺いかにもなイネスワールドだ
たまにはアカデミックで大人の教養ミステリーが読みたい時には最適な作であろう、ってそんな気分の時ってあるのか、という御指摘には無視(笑)

No.727 7点 証拠は眠る- R・オースティン・フリーマン 2017/11/07 10:53
海外ミステリの長い歴史の中で、”理系ミステリ作家”のベストテンとかやったら誰が入る?
こう考えた時にまぁカーなんかも入っておかしくはないし、クイーンと並ぶアメリカ本格黄金時代の雄C・デイリー・キングなどもそんな要素は有るし、自身化学者だったJ・J・コニントンとかも当然入るだろうし、時代は下ってジャンルは異なるがハーバード大医学部のマイクル・クライトンはどう?って意見も出るだろう
しかしながら、2位以下の順位はその時の気分で変わるが、1位だけは絶対に動かない作家が存在する
それがオースティン・フリーマンである

フリーマンはホームズ時代から第一次大戦後の黄金時代まで書き続けた息の長い作家であり、この活動期間の長さは同じ英国のフィルポッツと似ている
しかしである、あんな二流作家のフィルポッツなんかとはレベルが違うのだ(笑)
フリーマンは古典作家の中で過小評価されている代表格と言ってもいい
過小評価されている原因の1つがあまりに理系色が強過ぎる点ではないだろうか
たしかに理系分野は嫌いという読者には最も受けないタイプの作家だろうと思う

フーダニットとしての真犯人隠蔽のテクニックが上手くない、探偵役が温厚な人柄過ぎてエキセントリックな魅力に乏しい、ハウダニット一本勝負な作が多く物語展開が平坦
等々欠点は数多い、尤も上記の3番目の欠点なんかはさ、ジョン・ロードにも如実に当て嵌まるんだけれどね
でもさジョン・ロードを好んで読む読者にもフリーマンだけは敬遠されたりするんだよね(苦笑)

そうした数々の欠点を補っているのが理系トリックの魅力である
この「証拠は眠る」でも、眠っていた殺害トリックをソーンダイク博士が揺り起こすわけだけれども、もしトリック自体がつまらなかったら平凡な作にしかなっていないと思う
しかしこのいかにもな理系トリックが魅力的で、見破れる読者は極めて少数だと思う
こう言うと理系トリックは読者側が推理できる代物じゃないから面白く無いというパズル主義な読者も必ず存在するんだ
私はそういう非難は嫌いである、ミステリーというものは読者が推理可能かどうかだけで価値が決まるものではないと思う
トリックだけを抜き出してそのトリックに魅力が有るなら、それはそれでいいのではと思うのだ
そしてこの作の理系ミステリとしての魅力はトリックだけではないのである
ソーンダイク博士が、グラフなどを用いて真相に迫っていく手法も理系ならではで、いわゆる文系ミステリでは出せない味わいだ

No.726 8点 リモート・コントロール- ハリー・カーマイケル 2017/03/07 09:32
先日に論創社からハリー・カーマイケル「ラスキン・テラスの亡霊」が刊行された
ハリー・カーマイケルと言えば、一昨年に出た論創社海外ミステリの中で意外な拾い物として一部の目利きに高く評価されていた「リモート・コントロール」を覚えておられる方も居られよう

よく”60年代は本格派不毛の時代”という言い方をする方が居られるが、この表現は本格派しか眼中にない視野の狭い視点であり基本的には正しくない
正しくは”スパイ小説の1人勝ち”、つまり”60年代はスパイ小説以外の全てのジャンルが不振だった時代”、という言い方が正しい
もちろんスパイ小説以外の全てのジャンルの中には本格派も含まれるわけだが
この60年代頃に活躍した本格派作家は特にアメリカでは確かに少ないが、英国では2人の作家が頑張っていた
1人は今では日本でも人気が定着したD・M・ディヴァインと、そしてもう1人がハリー・カーマイケルである
ただし両者は活躍年代的に大きな違いが有り、活躍した期間も短く実質的に60年代作家と呼んでいいディヴァインに対し、カーマイケルはそもそも50年代から70年代に渡って大量に書きまくった多作作家であり、別名義での私立探偵小説作品も数多い

ディヴァインと作風が似ていると言われるカーマイケルだが、初めて日本に紹介された「リモート・コントロール」を読むと、とにかくそのセンスの良さに驚かされる
私の印象では本格派作家としてはディヴァインよりもむしろ優れているのではとも思った
ミステリー小説に対しよくロジックを最重視する読者も多いが、私はロジックなんて全然重要だと思った事が無い読者である
私が最重要視する要素は、ずばりセンスと基本アイデアと雰囲気である
これらに才能が感じられるのであれば、少々の完成度の低さなんて問題にしないのがミステリー読者としての私の流儀である
特に結末にくどくどした説明を付けるなんて実は一番どうでもいい作業だと思っている
どちらかと言えば、ある一点が判明すれば全ての謎に納得がいくというのが理想である
つまり「リモート・コントロール」はそういう作品なのだ、まさにセンスとアイデアの良さが光る逸品である
「リモート・コントロール」に対し評価が低い人は、ミステリにやたらと懇切丁寧な説明とロジックを求める読者なのだろうと思う
しかしこの作品はそれをしては台無しであろう、くどい説明など殆どしない事で鮮やかさが際立つ
あともう1つ、この作品に不満に感じる読者タイプとしては、〇〇〇の存在を嫌うタイプの読者でしょうかね
もっとも〇〇〇の存在というのは絶対に駄目だとは私は思わなくて、要は使い方次第でしょう、特にこの作品の場合はそれが優れたアイデアに直結しているからね
実を言うとね、私は前半でほぼ作者の狙いを見破っちゃったんだよね
これは基本的にこういう真相ではないのかと思ったらその通りだった
ところが1つだけどうにも腑に落ちない出来事が有ってこれが分からなかったのだよなぁ
肝となる根本的真相に関してはほぼ確信していたが、ある出来事が有ってそれだけが確信した真相にマッチしていなくて読書中は悩んだのだよな
そして終盤にあるトリックが簡潔に説明されるのだが、それで全ての謎が氷解するのである
このトリック、すごく単純ではあるが指摘されると成程そうだよな、それしか考えられないよなと感心してしまった
そして真相解明シーン自体くどいロジックも説明も省略した真相解明なのだが、それで正解でしょう、この作品の場合は

No.725 8点 このミステリーがすごい! 2017年版- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 2017/02/04 12:33
ランキングされた個々の作品のレベルと、ランキング本それ自体の評価とは全くの別ものである
何故なら毎年出版されるミステリーのレベルの高低に対して、ランキング本側には何の責任も無いからだ、ただ単にランキングしているだけだし
したがってランキングされた個々の作品の評価はその各本で書評されればいいわけで、当然ながらランキング本自体の評価というのはあくまでもその編集内容で判断されるべきである
さてそういう意味では、編集内容に乏しかった昨年版に比べると、今回の『2017年版』には”オールタイム・ベスト、海外短編ミステリーベストテン”という目玉企画が有る
一昨年版の国内編に続いて要望に応えましたというところでしょう
ベストテン作品の解説や、アンケート(5位まで挙げるルール)に答えた評論家各氏のリストを眺めるだけでも楽しい
集計結果はまぁ多少のありきたり感はあるが、8位にストリブリング「ベナレスへの道」が入っているんだね、成程
20位以内にフォン・シーラッハが2作ってのは最近のアンケートらしい感じ
私としては森英俊氏の1位がカーシュ「豚の島の女王」だったのには流石と思った
あとマジック・ナポレオンズの植木さんの1位がなんとT・ゴドウィンの「冷たい方程式」、SF短編アンケートだったら上位に入りそうだけどね、あっでもあれか、SFという分野を超越してるような短編だからな

さて毎年恒例の”我が社の隠し玉”コーナーいくか

小学館:
ハーラン・コーベンの名を久々に聞いたな、コーベンは本持ってるけど積読で(苦笑)
あと、”アイスランドのクリスティ”って?

東京創元社:
創元のファンには本格派しか興味ないって読者も多そうだけど、創元は本格だけ出してるわけじゃないアピールですね

論創社:
最近はフレッチャーやウォーレスにも手を出してるが良い事です
デイリー・キング「鉄路のオべリスト」を、新訳じゃなくて昔光文社で出た時の鮎哲訳のまま出すのね

新潮社:
相変わらず冒険系に強い新潮社、思想的に右寄りと言われるぶれない姿勢が新潮らしい

原書房:
ここ壱番笑えた
終始コージー派の話題のみ、いかにもな本格ばかり期待されがちな原書房だけに、いやコージー派にも力入れてますよん、的なアピールなのでしょうか

(株)KADOKAWA:
昨年版で社名変更について説明したけど、まだ違和感が(笑)

集英社:
結構面白そうな企画を毎年打ち出すんだけど、我々読者側がなんとなく後回しにしてしまう出版社でもあるんだよなぁ、申し訳ありません

早川書房:
ここはねえ、ベテラン作家や安定路線よりも、新鋭に目が行ってしまう不思議な出版社
早川が手を出したのなら、という期待感があるんだよね

講談社:
早川とは逆で、既知の作家や安定シリーズに魅力が有る出版社(笑)
ただ今回のゴダードは凄そうだな、大作ぽいから手を出し難いけど(苦笑)

扶桑社:
安定化シリーズ路線と、たまに飛び道具的に出す超異色企画という両極端な出版社
ただ今年は安定志向ですかね

国書刊行会:
今年は何と言っても小説じゃなくて評論・研究部門
マーティン・エドワーズ「探偵小説の黄金時代」(森英俊訳)
まぁ国書だから本の単価高そうだけど(笑)

文藝春秋:
昨年版では惜しくもトリ逃したがついにゲット(笑)
個々の作家の名前の強みに助けられてる面も否定出来ないにしても、ここ毎年ランキングを賑わす好調さは健在、今年も強そうな顔触れですね


別のところで言ったんだけどさ、そろそろこの出版社メンバーの中に、”ちくま書房”を加えてもいいんじゃない、どうよ宝島社さん

No.724 8点 破局- ダフネ・デュ・モーリア 2017/02/01 10:13
大分遅ればせになってしまったが、先月12日に創元文庫からダフネ・デュ・モーリアの短編集『人形 (デュ・モーリア傑作集) 』が刊行された
創元文庫ではその前から『鳥』と『いま見てはいけない』という2冊の短編集が刊行済であり、今回が第3弾となる
日本では長編「レベッカ」のみで知られる感のあるデュ・モーリアであるが、例えば創元文庫からはもう1つの代表作「レイチェル」も刊行されており、決して「レベッカ」だけで語られるような作家ではないのである
さらにデュ・モーリアで忘れてはいけないのが短編作家としての側面で、切れ味勝負な作風じゃないからかこの方面で言及され難いが、そのクォリティの高さは本領は短編作家なのではないか?という意見が出てもおかしくはない
日本での出版社事情も加味すると、「レベッカ」が新潮文庫なので、あまり早川や創元のイメージを持つ読者は多くないかも知れない
しかしね、新潮文庫から出てるのはは「レベッカ」くらいなのですよ
むしろ巻数だったら長編だけでなく今回で短編集が全3巻になった創元文庫の貢献は重要である、そして早川では異色作家短編集全集の1巻にデュ・モーリアを入れている
私は以前にこの早川の全集の顔触れを眺めた時に、他のラインナップメンバーの名前と比べてデュ・モーリアの名が有る事に違和感を覚えていたが、でもそれは私の恥ずかしい偏見だったのである
実はデュ・モーリアという作家は作風のイメージからか古風に思われがちだが意外とモダンな作家で、他の異色短編作家達、コリアやダールやエリン等と比較しても活躍年代はそれ程大きくズレてはいない
出世作「レベッカ」が戦前(それも戦争のちょっと前)だったので古い作家みたいに思われてるだけで、そもそも「レベッカ」自体が初期作だし、活躍時期的にはデュ・モーリアは戦後作家だと言ってもいい

作者の短編集は以前に創元文庫版『鳥』を読んだが、その神々しいまでの格調と質の高さに驚いてしまった
今回読んだ早川の異色作家短編全集版は残念ながらそこまでの格調の高さを感じなかった
どちらかと言えばミステリー色が強く、この作者だから下世話ではないにしても、現実的な世界を舞台にした話が多い
つまりSFファンタジー的な『鳥』に対し、早川版のはミステリーっぽいのだ
ただしミステリー色が強いから質が高くなるわけじゃない(笑)
はっきり言わせてもらえば、質の高さに関しては創元文庫版『鳥』の方が上である
この早川の全集版は必ずしも作者の最良の部分が出ているか?というと若干疑問もある
ただし入門向けにはこちらの方が入りやすいかも知れない

No.723 7点 鏡よ、鏡- スタンリイ・エリン 2016/12/31 10:21
* 私的読書テーマ”生誕100周年作家を漁る”

今年は異色短編作家とB級スパイ小説作家の当たり年で、ダールとエリンという異色短編の2大巨頭が揃い踏みだった
第1弾はエリンから始まったが、年末を締めくくるのもエリンにしよう
”生誕100周年作家を漁る”、第1弾スタンリイ・エリンの4冊目

エリンは長編も結構数多く書いているが、やはりエリンと言えば短編でしょう
ところがね、エリンに関してはある不思議な読者層が存在するんですよ
エリンの長編での最高傑作の1つなのはMWA賞も取った「第八の地獄」だと思うけど、この作はハードボイルド色が強いのがおそらく理由なのだろうけど案外と読まれていない、ハードボイルドというだけで敬遠する読者って居るからね
そうなるとエリンの本領の短編分野となるわけで、まずは短編集『特別料理』から読むのが王道でしょう
ところがね、一部に短編も全く読まず、長編の中で唯一特定の1作しか読んでいないという読者層が存在するんですよ
私はその手の読者層が大嫌いなのだけれどね
でその特定の1作とは、それが「鏡よ、鏡」、つまりそういう読まれ方をする作なのですよ
エリンは「鏡よ、鏡」しか読んでないという読者は、十中八九エリンという作家自体に興味はないのだと思う
興味有るのだったら普通は『特別料理』にまず手を出すでしょ
じゃあ何故「鏡よ、鏡」にだけは手を出したのか?
多分だがその手の読者は、叙述トリックサスペンスものを漁っているんですよ、きっと、そして何かで「鏡よ、鏡」の噂を聞いて手を出したに違いないんだ
エリン作品で「鏡よ、鏡」だけしか読んでいないという読者の多くはこのパターンだと思っていいんじゃないかな
私がその手の読者層が大嫌いな理由は、つまりエリンという作家自体には全く興味が無く、ハードボイルドにも興味が無く、ただ叙述トリックものという観点だけの興味で探しているからである

たださ、じゃあ「鏡よ、鏡」がエリンの中で異色作かって言うと、結構エリンらしい作ではあるんだよね(笑)
エリンの短編分野での代表作の1つ、「パーティの夜」でもやってるからね、叙述
数多い異色短編作家の中でもエリンは技巧派だからねえ
でもエリンのよいこところは、技巧派でありながら話の展開に重厚感が有るところで、決して軽妙一辺倒にならないんだよね
今年の書評がエリンで始まりエリンで締めくくれたのは良かった、来年の”生誕100周年作家”はどんな顔触れになるのだろうか

No.722 4点 クッキー交換会の隣人たち- リヴィア・J・ウォッシュバーン 2016/12/24 10:45
* 季節だからね

お菓子グルメ系コージー派
お菓子作り好きな高齢者がレギュラー出演するウォッシュバーンのフィリス・ニューサム・シリーズの1冊で、クリスマス恒例のこれもクッキー交換会が季節の風物詩として背景にある
レスリー・メイヤーの「史上最悪のクリスマス・クッキー交換会」でも同様の行事が背景に有ったが、メイヤー作品の舞台は北東部のメーン州
これに対してウォッシュバーン作品の舞台は南部のテキサス州だから、つまりローカルな風習だとは思えない
まぁ西海岸は分からんけど、おそらくはアメリカ全土で行わなれている類の習慣なのだろうと思われるね、でも日本では殆ど知られていない

このウォッシュバーンという作家、コージー派作家の中では比較的にコージー派に対してさえも黄金時代本格的な視点で評価したがる読者に受けが良いように思えるのだよね
おそらくは話の展開がコージー派じゃなくて普通の本格派らしいからかも知れない
この作でも、隣家で事件が起こる発端あたりはコージー派っぽいが、その後は普通の本格っぽさがあるんだよね
私は正直言ってコージー派の中ではあまり好きな作家ではない、私はコージー派はコージー派だと割り切って読むタイプの読者なので、何かこうコージー派的な魅力を感じないんだよな

No.721 8点 史上最悪のクリスマスクッキー交換会- レスリー・メイヤー 2016/12/24 10:44
* 季節だからね

日本ではクリスマスに食べるものと言えば、まぁ七面鳥は流石にマイナーだろうけどケンタッキーとか、あとはお菓子系でケーキとかね
よくクリスマスにケーキという風習はやれ西洋行事のくだらない真似事だとか菓子屋の陰謀だとかいろいろと悪口叩く奴が居るけど、ケーキ食べる風習自体は私は別に悪い事だとは思わない
大体さ、歴史的に西洋の風習取り入れた行事なんざ戦国時代の昔から有るわけで、そんな国粋主義の馬鹿共はカステラを一切食べるなっつーの、そもそもそいつら日本の伝統的な祭りとか言うなら”博多どんたく”や”長崎くんち”に観光で行くなっての
クリスマスにケーキという風習はそりゃ西洋にも有るわけで、日本でも食べちゃいけない法はないだろ、というわけなのだが、私は1つ大きな問題点が有ると思う
それはさ、ケーキ自体は良いんですよ、問題はそれ自体じゃなくてさ

問題は、”ケーキの種類”、ここなんだよ

何が言いたいかってーと、つまりクリスマスに”苺ショート・ケーキ”というのは最悪の選択だったと思うわけ
おそらく世界でクリスマス・ケーキとして”苺のケーキ”を食らうのは日本だけだと思う
12月ですよ、12月、出回り始めているとは言っても、まだ時期的に明らかに早過ぎてかなり高価だ、つまり季節外れなんだよ
じゃあ海外ではどんなケーキの種類か?多分昔とは変化してきているかも知れないが、例えばフランス語で”クリスマスの薪(丸太)”を意味する『ビュッシュ・ド・ノエル』(英語でも切り株をブッシュと言う)などは定番で、形だけだとロール・ケーキに近い、ただしロール状にはなっていないが
味はココアパウダーを振り掛けたりで、チョコレート・ケーキに近いか、つまり季節に関係なく入手容易なチョコレート風味にするという発想が季節外れに陥っていないのだね
私は個人的な好みも有るが、秋の栗の収穫の後でもあるし、モンブランとかが広まってれば良かったと思う
結局のところケーキという表面的な部分だけ真似して、クリスマス時期にイチゴというケーキの種類まで考慮しなかったのが悪しき習慣を生んだのだろうな

何の話だ(笑)、そう、欧州だとケーキだろうけど、新興国アメリカではどうやら”クッキー交換会”というのが有るらしいのだ
舞台となる州が全然違う他のコージー派作品にも登場する習慣なので、ローカルな風習ではないと思う、おそらくアメリカ人なら定番なのかも知れぬ
クッキーならあれだね、高い苺使わないし、そもそも保存が利く
おせち料理と同じでさ、クリスマス・パーティでホステス役として忙しい主婦が、少しでも楽出来るように的な発想なのかもね

ドメスティック系コージー派
さて前置きが長くなったが(笑)、主婦探偵ルーシー・ストーン・シリーズの1冊である、うん、これは”史上最悪のクッキー交換会”だわ(さらに笑)
やはりね、コージー派に古典本格の視点で評価しても意味ないんじゃないかな、特にこの作なんかは
それと毎回このシリーズで好きなのが独特の社会派視点が有る事で、これまで読んだシリーズ作ではその要素が比較的に薄目だったが、この作では良い意味で社会派要素が濃厚、本格好きはすぐに社会派的要素を毛嫌いする傾向にあるが、私にはこの作での社会派という要素はポイント高い

No.720 9点 アラバマ物語- ハーパー・リー 2016/12/22 09:58
一昨日20日に早川書房から単行本形式でハーパー・リー「さあ、見張りを立てよ」が刊行された
ポケミスとかの版型じゃないのはこれが狭い意味でのミステリー小説ではないからだろう
「さあ、見張りを立てよ」は内容的には、あの戦後アメリカ文学の最高傑作とも言われる「アラバマ物語」の言わば後日譚なのだが、実は書かれたのは「さあ、見張りを立てよ」の方が先なのである、と言うか短編は別にすると作者が初めて書いた長編小説である
「さあ、見張りを立てよ」は各種新聞雑誌の書評などでは習作に過ぎないとか、これがあの「アラバマ物語」に先立って書かれたとは信じられないとか、封印したままにすべきだったとか、いろいろと書かれていた
そこで名前が挙がるのが書かれた当時の編集者、テレサ・フォン・ホホフである
ホホフは「さあ、見張りを立てよ」が気に入らず、設定を変えての書き直しを提案したらしいのだが、その2年後に書かれたのが「アラバマ物語」なわけで、著者にはその後に目立った小説が一切ない事を考えても、名作「アラバマ物語」の執筆は名編集者ホホフとの共同作業だったのではとの憶測さえ生む
長らく封印されてきた習作とも言われる「さあ、見張りを立てよ」が公になった事情は知る由もないが、「アラバマ物語」に対する見方が変わる可能性もあるだろう

作者ハーパー・リー氏は今年の2月に亡くなったが、世界的なニュースになり、私もNHKのニュースで採り上げられていたのは覚えている
当然ながら、”「アラバマ物語」の著者”という言い方での肩書が付けられていた
その時点で未読ではあったが本は所有していたのでいずれ書評すべきとは思っていたが、今回の新刊のタイミング以外に絶好の機会は無いでしょう

さてと、「アラバマ物語」である
アメリカではよく中低学年児童の課題図書に使われて、小さいころから親しまれているらしい
日本で言うなら、国語の教科書には必ず載っています的な、要するにそういう話なわけですよ
南部が舞台なだけに極めてアメリカ的、必ずしも中心テーマが世界的に普遍的か?と言ったら一概に言い切れない
やはり黒人差別問題というのは日本人には分かり難いしね
それでも黒人差別問題以外にもヒューマニズムとして読者に訴えるものは感じられる
ただし私はこの小説が小説として上手いとは思えない
翻訳だからではないと思う、おそらく原文もこんなたどたどしさが有るんじゃないかな、少なくともいわゆる名文ではないと思う
むしろ素人が書いたような文章だからこその迫力が魅力なのではと思うよ

ミステリーとしてはまぁ中心テーマが絡む裁判シーンも有るので一応は法廷ものとしてジャンル投票した
しかしそれも他に適切なジャンル候補が無かったからで、過去回想の語りだからと言って歴史ミステリーとも違うしね、むしろ最も適切なジャンルは”その他”なんじゃないかと言う気さえする

ところで作中に登場するあだ名がスカウトというお転婆な少女はもちろん著者自身がモデルで、その遊び仲間でディルという小柄で小生意気な少年が登場するのだが、実はこの少年ディルのモデルが作家トルーマン・カポーティらしい
幼い頃の著者ハーパー・リーとカポーティとは近所住まいの幼馴染みだったのである
カポーティの代表作の1つ「冷血」の取材旅行にハーパー・リーも助手として同行した事もあるし、カポーティの作中にはリーと思わしき人物も登場するらしいよ

No.719 8点 ルーフォック・オルメスの冒険- カミ 2016/12/16 10:13
先日10日に年末恒例の「このミス 2017年版」が刊行された、今回は内容も結構充実しておりこれも近日中には書評の必要ありだが、その前に

今回の「このミス」海外編の12位にランクされたのが、カミ「ルーフォック・オルメスの冒険」である、12位って意外と高いのかそれとも案外と低いのか微妙なところだが、ベストテン入りの可能性もあるかなと思ってたからまぁまぁな順位でしょうかね
皆様御存知のように、「このミス」のアンケートは各回答者が順位を付けて6冊挙げる回答方式なわけだけど、挙げた6冊は集計上は全く同じ点数じゃないわけですよね
それだったら順不同でいいわけで、当然ながら順位が上位な程ポイントも高くなるのですよね、つまり挙げた回答者の人数も重要だがそれ以上に各回答者の順位付けも重要なわけ
何でこんな事をクドクド言うかというと、「ルーフォック・オルメス」を挙げた人は人数的にはそれ程多くないんだよね
それでも総合順位が12位になった理由だけど、この作品に4位とか5位とか中途半端な順位を付けた回答者は少数派なのですよ
つまりこの作を挙げる回答者の多くは1~3位という高い順位にしているわけ、それで挙げた人数に比して総合順位がそこそこ高まったわけですね
おそらくは回答者によって、中途半端な順位に置くくらいなら別格として除外するか、挙げるのだったら思い切って1~2位に置くかの両極端な回答結果になったと思われるのだよね
要するに「ルーフォック・オルメス」とはそういう作品なのです

このところの私の書評はフランス作家に偏っていたので、どうせついでだこれもやっちゃえ
もうこれはね一言で言ってしまえば、単に馬鹿々々しい、の一言で済んじゃうわけでね、その馬鹿々々しさを楽しむものなわけで
これに伏線がどうのだのロジックがどうのなどという要素を採点に反映させても全くナンセンスなので、採点上はこの馬鹿々々しさに何点付けるかという問題な気がする
だからこのユーモアが大して面白くないと思うから低い点数にした、という考え方ならもちろんそれもアリなわけです
しかしマジな意味でのきちんとしたロジックで謎を解いていないとかの基準で低く採点しても、それだとこの作品に対しては全く意味が無い、まさかそんな人は居ないとは思いますが
実は作中ではオルメス流のロジックが展開されるのだけれど、それさえもユーモアの一環ということでしょうか、どちらかと言えば長編「エッフェル塔の潜水夫」の方が相当強引ではあっても最後は謎解きとして決着させていたかな
だから今後も増えるであろうこの作の書評上の採点は、読んだ人がこのユーモアが合うか合わないかとの違いに帰着されると思う
尚当サイトでkanamoriさんも御指摘されているが、今回の創元文庫版はとにかく翻訳が素晴らし過ぎ、私の採点にはこの翻訳の仕事に対する高評価もかなり入っていることを明記しておきたい

余談だが今年に創元文庫で刊行される以前にも抄訳的には過去にいくつか翻訳が有って、どうしても読みたかった私は出帆社版を中古で数年前に入手していたのですよ、それ読む前に創元文庫版が出ちゃったのだよね(苦笑)、絶版本に投資しない私としては珍しく中古本にそこそこの金額払ったのにな、えー今だとAmazonで4000円、ふー、買ったのが2000円未満の頃で良かったぁ(さらに苦笑)

No.718 4点 殺人者なき六つの殺人- ピエール・ボアロー 2016/12/11 10:52
論創社からピエール・ボアロー「震える石」と、S=A・ステーマン 「盗まれた指」が刊行された、今月分の配本は黄金時代のフランス本格派の競演という事ですな、両作共に舞台設定が古城だけにその手のばかり求めるような読者向きかも(笑)

クイーンなど合作作家は何人も居るが、それぞれが知名度の有った作家同士が合作を始めたというのは案外と例が少ない
逆に合作で地位を確立した後に何らかの理由で単独でも書き出した、という例なら枚挙に暇がないが
合作前のボアロー&ナルスジャックはそれぞれが単独でそれなりにミステリー作家としての地位を確立してたんだよね
特にピエール・ボアローはトリック中心のガチ本格ばかり書いていた作家で、後の合作での作風を考えると不思議な気さえする

今回の論創の新刊を除けばボアロー単独作で現在入手可能はものは、合本形式『大密室』所収の「三つの消失」(ただし雑誌『EQ』のバックナンバーでも可)と、もう1つが講談社文庫の「殺人者なき六つの殺人」の2冊でしょうね
実はもう1冊、読売新聞社が”フランス長編ミステリー傑作集”という新書版のシリーズをやった時、ボアローの「死のランデブー」というのが入っていたのだが、この叢書の中で最も入手困難な1冊である
おそらく発行部数の少なさも有ったのだろうこの読売の叢書は概ね入手し難いが、同叢書でもフレデリック・ダールやエクスブライヤなんかは比較的入手容易なんだよね
やはりこういう絶版ものまで探し出す読者ってのは本格派しか読みませんてなタイプが多いんだろうな
読売系は何故かフランスものに強くて、レオ・マレの”新編パリの秘密”シリーズを出したのも中公文庫だった

おっとフランス絡みで話が逸れた、で、講談社文庫の「殺人者なき六つの殺人」なんだけど、例の森事典でも酷評されていたな
まぁたしかに物語性に乏しく単なるトリック小説なわけだよな、ただしトリックメーカーとしてのボアローはアイデアは決してそんなに悪くない
作者はフーダニット面が超下手糞なので、折角のトリックが効果的に活かされてないんだよなぁ
私はトリックはそんなに悪くないと思った、題名通り犯人の姿の無い6つの不可能事件が起きるわけだけど、最初の3つ目までは結構良いんですよ
1つ目と2つ目の密室事件の真相は上手く説明されていると思う、トリックと言うよりはむしろ動機の隠し方の方が実に巧妙で、説明されてみれば成程納得なんだけど初心者レベルではまず見抜けないと思う
3つ目はトリックらしいトリック、悪く言えばトリックの為のトリックだから読者によって是非が分かれそうだけど、複雑なようで結構巧妙で、また犯人がそうしなければならなかった理由にも必然性が有って私は悪くないトリックだと思った
森事典では、あまりにも事件が次々に起こるので、もう少し各事件毎の間や余韻を持たせて欲しいと書いてあったが、う~んどうだろう?、各事件の発覚が間髪入れずなのには必然的な理由がちゃんとあるし、3つ目までは怒涛の不可能犯罪オンパレードでそれなりに効果は有る気がするけどね
ただそれぞれの事件発覚までの時間上の短さは仕方ないにしても、たしかにページ数的にもっと詳細に書き込んでも良かったのではという感は有る
問題は4つ目以降なんだよね、第4の事件だけは舞台を遠隔地に設定していてプロット上の工夫は評価出来るんだけど、第3のトリック以上にトリックの為のトリック感が強く密室状態にする必然性が弱い
さらに拙いのが第5の密室事件で、もうトリック自体が古臭い上にフーダニット面での下手糞さを露呈してしまっていて殆ど蛇足と言ってもいいレベル
最後の第6の事件に至っては、普通に頭の働く読者ならば真相は見え見えでしょう

結論としては、第1~から第3までの不可能事件のトリックは決して悪くないだけに、序盤の展開にもっとページ数を割いて手堅く纏めていたらもう少しマシな感じになったのではと思った
密室とか不可能犯罪のオンパレードに作者自身が酔ってしまった感が有るんだよね

No.717 5点 マネキン人形殺害事件- S=A・ステーマン 2016/12/10 09:57
論創社からピエール・ボアロー「震える石」と、S=A・ステーマン 「盗まれた指」が刊行された、今月分の配本は黄金時代のフランス本格派の競演という事ですな、両作共に舞台設定が古城だけにその手のばかり求めるような読者向きかも(笑)
ただしステーマンはフランス語圏ではあるが厳密にはベルギー作家である、名字がフランスというよりはドイツかオランダ風なのはそういう血筋なのでしょう、ベルギーという国はフランス、ドイツ、オランダの各文化圏の十字路みたいな地理関係に在るからね

S=A・ステーマンには探偵役で分類すると、マレーズ警部もの、ウェンズ氏もの、あと2作だけだが両者が競演するものとがある
今回論創から刊行されたのは、マレーズ警部が単独で探偵役となるシリーズ第1作である
次作では探偵役がマレーズ警部からウェンズ氏に代わるが、それが創元文庫から出て「21番地」と並んで現在入手容易な「六死人」である
「六死人」はウェンズ氏単独のシリーズ第1作だが、以降も単独だと交互に探偵役を務めるので、途中で探偵役を切り替えたのではなく最初から2つのシリーズを並行して書いていたという事になる
「六死人」も私は既読なんだけど、これは上記のようにウェンズ氏単独ものなので、今回の論創刊行の探偵役とは合わないから書評はまたの機会に

さて両探偵役の競演パターンだが面白い事に競演する2作はどちらも邦訳が有り、1つは昔に倒産した現代教養文庫で出たまま放置されている「ウェンズ氏の切り札」、そしてもう1作がこれも角川文庫で出たまま絶版状態の「マネキン人形殺害事件」なのである
2人のシリーズ探偵競演の両作はどちらも代表作の2つみたいに宣伝されて前評判だけは高かったが、いざ訳されてみると読者の反応は悪く以後話題にもならなかったという点も共通である
「マネキン人形殺害事件」は説明したように2人の探偵役が競演する作で、マレーズ警部が事件に巻き込まれ捜査の中心となり、ウェンズ氏は安楽椅子探偵に徹するという役割分担となっている
この作の最大の弱点は、当サイトでkanamoriさんも指摘しておられるように、マネキン人形が轢殺されなければならなかった納得出来る明確な理由付けが無い点で、単に読者に対する演出効果位の意味しか感じられない
この点は例の森事典でも指摘されているが、森氏は”中心トリックも唖然とさせられるような類ものである”、と酷評している
しかし私はトリックに関してはそんなに悪いとは思わなかった
特にプロローグで剥製屋事件の裁判が描写されるが、一見すると本題の事件とは何も関係無さそうなこの事件の直接手を下した犯人(?)が最後の最後で判明する趣向はなかなか面白い

No.716 3点 三つの消失- ピエール・ボアロー 2016/12/08 09:32
論創社からピエール・ボアロー「震える石」と、S=A・ステーマン 「盗まれた指」が刊行された、今月分の配本は黄金時代のフランス本格派の競演という事ですな、両作共に舞台設定が古城だけにその手のばかり求めるような読者向きかも(笑)
ピエール・ボアローは説明の要もないでしょうが、要するに後のボアロー&ナルスジャックが合作前に別々に単独執筆してたわけです
合作後はまぁ一般的にサスペンス小説に分類される両名だけど、合作前はそれぞれ本格色が強く、と言うかボアローに至っては不可能ものを中心とする悪い意味でのガチなトリック本格ばかり書いていたのは有名
ボアローの「三つの消失」は、日本での翻訳刊行は雑誌『EQ誌』に連載後、ナルスジャックの単独作品と共に合本という形で単行本化された、私が読んだのはバックナンバーの雑誌掲載版
当サイトでは書籍単位という原則が有るのだけれど、短編集ならともかく、長編の合本形式をトータルな形で書評するのは面倒なので、例外的にこちらにも書評書きます

「三つの消失」は題名通り消失事件が3つ起こるわけ、それも第1は絵画の消失、第2は人間の消失、第3は自動車の消失といった具合に段々とスケールアップするわけですよ
こう聞くと第1<第2<第3となるにつれて面白くなると思うでしょ、実は逆(笑)
奇術でもさ、現象がスケールアップするほどネタを明かせばくだらない場合が多い、まぁ舞台上に助手が居てその手しかないだろみたいな(笑)
むしろステージマジックよりも小規模なテーブルマジックの方が信じられない位不思議だったりするわけで
つまり引田天功よりもマリックやセロの超魔術の方が現象としてはええー?だったりするのと同じ、現象のスケールの大きさとマジックの面白さとは比例しないんですよね
で、「三つの消失」も根幹を成すトリックは第1の絵画消失のトリックなのです、この唖然とするような特異なトリックの真相が作品を特徴付けているのですねえ
まぁ勘の良い人なら閃くでしょうけどね
そしてこの特異なトリックが後のプロットと有機的に結びついてくるのでやはり第1のトリックこそが重要で、て言うか第1のトリックが奇抜過ぎて第2第3のトリックがオマケみたいになっちゃっているのが笑える

第1の絵画の消失トリックが面白いだけに上手く書けば不可能ものの佳作にもなり得たのだけれど、どうもボアローという作家は「殺人者なき六つの殺人」にしてもそうだが、トリックのアイデアが優れている割にフーダニットが下手糞である
この作などはそもそもフーダニットになっていない、ハウダニットだけの作と言ってもいい、あっ犯人グループ側の取引の提案には一種のホワイダニットな面も有るか
後に別のある作家がボアローの了承を得て、「三つの消失」の基本アイデアを利用して、フーダニットにも考慮した作を書いたらしい

No.715 7点 屍衣の流行- マージェリー・アリンガム 2016/11/30 10:32
本日30日に創元文庫からマージェリー・アリンガム『「クリスマスの朝に」 キャンピオン氏の事件簿』が刊行される、登録する時にはちゃんと”キャンピオン氏の事件簿”までシリーズ欄じゃなくて題名中に織り込んでね、出版社側からすれば短編集である事を題名中に明示しているわけだからね
創元文庫からキャンピオン氏ものの短編集が出るのは3冊目で、まぁそういう仕事をしてくれる事に関してあまりケチは付けたくないのだが、その仕事ぶりは流石は創元編集部と言える反面、企画という観点からは私にとっての創元の嫌いな面も感じられるので今回も書きたい
私が創元という出版社の嫌いなところは、要するに編集部がその能力の高さで気をまわし過ぎる点なのである
何が言いたいかですって?、こういう事ですよ
昔その昔、浅羽訳で長編刊行を始める以前、創元のセイヤーズと言えば短編集が先だった、それも2冊もだ
そしてアリンガム、またしても長編を殆ど出してないくせに短編集がこれで3冊目、あっ、絶版の「反逆者の財布」が有るか、っていつの話だよ
アリンガムに関しては、長編刊行は論創社など他の出版社におまかせという意味なのか?、いずれにしても短編集だけ出してるのがいやらしいんだよ
え?何が言いたいのか分からんだって?言いたいのはですねえ
セイヤーズとかアリンガムですよ、まぁナイオ・マーシュには短編集が無いからね(笑)
つまりさ、これらの作家は英国色が強く、今ではセイヤーズも受け入れられているけど、おそらく刊行当時は日本の読者受けするか自信が無かったんだろ創元的には
だから短編集で様子を見よう的ないやらしさを感じるんだよ
分かる人には分かってもらえるよね、私の言いたい事
それと創元独自に編集しているんでしょ、まあね、アリンガムの短編集は原著自体が同じ短編が複数の短編集に収録されたりとややこしいんだけどね、”クイーンの定員”に選ばれた『キャンピオン氏他』にしても独自のオリジナル短編集じゃないみたいだし
その内にアリンガムの長編の刊行も検討しているんだろうか、例えば「屍衣の流行」の文庫化とか?、いやもしかして「手をやく捜査網」の新訳とか?

アリンガムには業界3部作とも言えるような中期の作が有って、「判事への花束」「クロエへの挽歌」そしてこの「屍衣の流行」である
ただ業界との関りが濃厚かというと、作中での描写という意味ではそれほど濃厚じゃない
セイヤーズの「殺人は広告する」に比べたら業界色は薄いと思う(笑)
逆に悪く言えばセイヤーズはやり過ぎとも言える、そういうところがアリンガムは良くも悪くも上品だと言われる所以なんだろうな

No.714 7点 二壜の調味料- ロード・ダンセイニ 2016/11/23 09:58
昨日22日に早川文庫からロード・ダンセイニ『二壜の調味料』が刊行された
元々はポケミスだったものの単純な文庫化だと思う

アンソロジー中に断片的に掲載されて昔から超有名な短編でありながら、それが収録されたオリジナルの個人短編集自体は翻訳されずに実態が謎に包まれていた短編集というのはよくある
まぁそれはそれでいいのだが、その断片的な短編に尖ったトリックなどが含まれていると、従来から誤解を招き易いというはこれもよくある話である
でね、そういうのってトリックにしか興味の無い連中が出版社に要望する訳ですよ、やれこの短編が元々収録されていた原著準拠の短編集を出せってね
ところがさ、いざそれが翻訳されてみると、”何だこれ、イメージしてたものと全然違う”、みたいな論評するわけですよ
こういう場合はね、最初からトリックにしか注目しない読者側の姿勢に問題が有るわけだよね
例えばさ有名な所ではトマス・W・ハンシューの「ライオンの微笑」(短編集『四十面相クリーク』所収)とか
その手のって従来からトリックネタ本などでトリックだけは超有名だったのだだけれど、問題は該当する短編が収録された短編集全体の中でどういう位置付けだったのかというのが結構重要なわけ
中には連作短編集の一部だったなんて場合は、断片的に特定の短編だけを抜き出して論じてもあまり適切じゃないし

さて「二壜の調味料」などは上で述べたパターンに当て嵌まる代表的短編の1つだった
私は大昔にこの短編を読んだ時、これはそもそも一般的意味でのトリックという概念とは違うのではないかという印象を持っていて、もし収録の短編集を読んでみるとトリック中心の短編集では無いのではと思っていた
その予想は半分当たり半分外れといったところかな

作者ロード・ダンセイニのロードというのはもちろん名前ではない
ピーター・ウィムジイ卿などと呼ぶ場合の”卿”に相当する敬称で、つまりはダンセイニ卿という意味である
作者は基本的にファンタジー作家であり、純粋なミステリー専門作家ではない
この『二壜の調味料』収録の諸短編は書かれたのは年月をかけてで中には古い短編も含まれているのではという予想は、作者が戦前から活躍している作家である事を考えると可能性は有ると思う
しかしながら、短編集として纏められたのは1950年代と意外に遅く、出版された年代を考えても、また作者の本領がファンタジーである事を鑑みても、要するに一種のパロディーなのではないかと思われる
実際に読んでみると、意外とトリッキーな短編も多いのである
ところがそのトリックというのがもうパロディー的なトリックで、マジなトリックものを期待していた読者にはいささか肩透かしだったんじゃないだろうか
やはりこれパロディー気分の短編集でしょ
そう考えるとさ、断片的に「二壜の調味料」を短編単独で読んだ印象と、短編集全体とがそう大きく遊離してはいないと思う

No.713 6点 赤い拇指紋- R・オースティン・フリーマン 2016/11/09 10:01
本日9日に、ちくま文庫からオースティン・フリーマン「オシリスの眼」が刊行される、どうやら例の”藤原編集室”のお仕事のようだ、ちくま文庫とのタッグも定番になってきたね
ちくま文庫ってさ、最近は結構ミステリ分野に貢献しているんだよね、年末恒例の『このミス』の”我が社の隠し玉”コーナーに新規参加してもいいんじゃない?
ただ、ちくま文庫のミステリ分野での仕事っていうのは、全くの未訳作の発掘とかじゃなくて、落穂拾いとも違うな、何て言うのか、例えば他社で出てた文庫版以外の版型での絶版本の文庫化みたいな仕事とか、あとは他社でも翻訳が有る作品の別訳とかなんだよね
”藤原編集室”絡みだと、国書刊行会とかで出てたハードカバー本の文庫化とかね
まぁそういったちょっとニッチな仕事なんで注目され難いのかも
今回の「オシリスの眼」も渕上さんの翻訳で、要するにあの”ROM叢書”からの文庫化なのです
関係者には申し訳ないんだけど、実は私は”ROM叢書”が嫌いでね(苦笑)
やはり同人出版じゃなくて、そりゃ採算の問題もあるのでしょうが、堂々と商業出版をして欲しいと思います
まぁ雑誌みたいなものならね、そりゃ同人誌もいいとは思いますが、単行本の形式での同人出版という考え方には賛成しかねますね

「オシリスの眼」がシリーズ第2作、一部で初期の代表作とも噂されている作なのに対して、シリーズ第1作が「赤い拇指紋」である
ここでシリーズ第1作と表現したがデビュー作としなかったのには理由がある
ミステリデビュー作は実は単独執筆ではなく、職業も同じ医師のピトケインとの合作短編集『ロムニー・プリングルの冒険』で名義もクリフォード・アッシュダウン名義である、この短編集、歴史的重要性で”クイーンの定員”に選ばれているのだけれど、翻訳刊行の可能性は?
さて「赤い拇指紋」であるが、ソーンダイク博士がホームズのライヴァルとして短編シリーズで活躍するより先で、この辺はホームズが短編シリーズで人気を決定付ける以前に長編で先行デビューしていたのと似ている

戦前黄金時代までのミステリ作家の中で、典型的な”理系ミステリ作家”は誰だ?と考えた場合、私なら次の3名を選ぶ
3、4が無くて第5位は化学者作家J・J・コニントンである
第2位はやはり理系トリックの宝庫ジョン・ロードで決まり
そして第1位は、これはもう誰が異論をぶつけてこようが、絶対にオースティン・フリーマンで揺るがない
そりゃ弱点も多々有るのだけれど、それも魅力の内、良くも悪くも典型的な理系作家である

「赤い拇指紋」だって欠点だらけなんだよね、フーダニット面では全く魅力が無い
当サイトでnukkamさんもミスリードの弱さを指摘されておられるが同感で、上手い下手というよりそもそも読者をミスリードしようという気が感じられないんだもん
もしかするとフリーマンって、ミスリードを潔い手法とは認めなかったんじゃないかねえ、あ、でも短編「モアブ語の暗号」みたいなのあるか、でもあれはミスリードと言うか・・(笑)
ロマンスなど決して科学だけじゃなくてヒューマニズム面にも優れていた作者だけれど、「赤い拇指紋」が歴史的に名を残しているのは当然ながら指紋トリックが使われる危険性をこの時代に提唱していたという1点に尽きよう
単純過ぎるプロットとか欠点は数々あれど、小説創りの上達は後のシリーズ作品に任せるとして、この第1作目では良い意味での歴史的価値だけで評価したいと思う

No.712 7点 料理長が多すぎる- レックス・スタウト 2016/11/03 10:27
論創社から、スタンリー・ハイランド「緑の髪の娘」と、レックス・スタウト「アーチー・グッドウィン少佐編―ネロ・ウルフの事件簿」が刊行された
ハイランドはあの「国会議事堂の死体」のハイランドですよ、全部で3作しか知られていませんが2作目で、「国会議事堂」ほどの風変りな趣向は無いみたいだけど、例の森事典では好意的な評価だったな
スタウトのはここ続いている中編集、これ登録したい人にお願いしますが、ちゃんと「ネロ・ウルフの事件簿」まで題名中に織り込んで欲しいですね、もし題名分割して登録されたら私は即編集で修正するつもりです
これは出版社の意図からして中編集である事を明示する為に題名に組み込んでいるのは明らかだから、題名分割して当サイトの”シリーズ欄”に入れるのは出版社の意向に反します
”シリーズ欄”には『ネロ・ウルフ、中編集』とでもしておけばいいでしょう、”シリーズ欄”は当サイト独自の設定だけど、題名というのは一般的なものですから、ちゃんとAmazonでも題名に「ネロ・ウルフの事件簿」まで込みで登録されています

「ラバー・バンド」「赤い箱」など本は所持しているのだけれど未読の初期作もあるので確固たる事は言えませんが、既読のシリーズ前期作の中で私が2トップだと思うのが「シーザーの埋葬」とこの「料理長が多すぎる」である
ただし両作とも代表作とは思わない、代表作というのは出来は3~4番手でも構わないから、入門者が読んだ時にその作者の特徴が十分伝わるというのが条件なわけ
ところが上記の両作、いずれも珍しくウルフが外出するんですよ、しかも外出先で事件に巻き込まれるんだよね
ウルフ=自宅、助手アーチー=調査担当、というシリーズのお約束からすれば、両作は異色作なわけで、その作家での異色作は代表作に有らずという私の定義に反する
もちろん代表作とは呼べない最高傑作を別個に持つ作家は大量に居るので、この作もシリーズ中でも出来の良い方だと私は思う、真犯人の設定なども上手いもんだ、アンフェアだとは思わないな
私はミステリー小説において読者が推理可能かどうかなどは大して重要だとは思わない、日本の読者はそういう点を過分に重要視し過ぎていると思う
あとね各シェフの描き分けだけど、まぁ職業が同一なので仕方ないかなと(笑)
これが前作「腰抜け連盟」だと、各連盟メンバーの職業は雑多なのに誰が誰だかよく分からないというのがすごく気になったんだけど

ただ翻訳が良くないねこれ、当サイトでガーネットさんも指摘されておられたけど、やはりアーチーは『ぼく』ですよね

No.711 7点 死を呼ぶペルシュロン- ジョン・フランクリン・バーディン 2016/10/24 09:54
* 私的読書テーマ”生誕100周年作家を漁る”、また今年2016年が生誕100周年に当たる作家に戻そう、第8弾はジョン・フランクリン・バーディンだ

1940年代に早過ぎた作品を3作だけ残して一時は幻と化していたJ・F・バーディン
それを作家兼評論家ジュリアン・シモンズが発掘し、現在では高く評価されている作家バーディンのデビュー作がこの「死を呼ぶペルシュロン」だ
読んで驚いたのは、あの「青尾蠅」のバーディンにしては割とマトモな謎解きミステリーな事だ
ええ!何処が?、と普段本格派しか読まないような読者が読んだら異様なプロット展開に面食らうと思うが(笑)、少なくとも「青尾蠅」に比べたら「ペルシュロン」では謎は合理的に解決されるし不条理感は無い、一応きちんと犯人らしい犯人も存在するしね
まぁ話の展開が異様というだけなのである
一種の記憶喪失ものと言えなくもないが、”記憶喪失もの”は下手に使うとセンスの無さを露呈するだけになるのだが、この作では謎解きの根幹のような使い方をしていないのでセンスが光る
つまり記憶喪失をメインテーマとして扱わず、プロットの異様さを強調する目的のような使われ方をしているのが良い
書き方によっては黄金時代本格派風にも書けそうな内容を、最早戦前とは時代が違いミステリー小説自体が質的変化を起こしているというのを時代に先駆けて具現化したバーディンらしいデビュー作である
ただねえ、3作目の「青尾蠅」があまりにも凄過ぎて、やはり採点として「青尾蠅」と同等の点数は付けられないなぁ
ちなみに2作目の「殺意のシナリオ」も本は所持しているのだけど、将来的には読むだろうがもったいないから時間が空いた時にでも、いやバーディンを続けて読むのはキツいっすよ(笑)

No.710 6点 友だち殺し- ラング・ルイス 2016/10/19 11:17
* 私的読書テーマ”生誕100周年作家を漁る”、番外編その第2弾、昨年2015年度の生誕100周年作家を2名ほど落穂拾いの2人目
実は昨年後半は私生活的に多忙だったのであまり読書冊数をこなせなかったのも理由なのだけれど、昨年の生誕100周年作家が豊作な年回りだったので予定数を拾いきれなかった事情も有るのだよね
そこで補遺ということで、2作ほど遅ればせながら今年に書評しようと思うわけ、今年は昨年より読書時間が取れるのと、何と言っても大物作家が多くて豊作だった昨年に比べると、今年の生誕100周年作家は平年並みで予定していた作家は現在全て読了しているので余裕が出来たわけね
本来なら昨年読む予定で今年にずれ込んだ2名を昨年度の拾遺として今年に書評します、第2弾はラング・ルイス

ラング・ルイスは別名義のサスペンス小説1作を含めてもたった6作しか残さなかったが、マイナー作家扱いなのが惜しいほど魅力にあふれた作風である
大男のタック警部補シリーズは全5作でその内最終作だけは50年代になって発表されたが、デビューから4作目まではほぼ戦中作家と言っていいい時期に書かれており、やはり作品数だけじゃなくて活躍時期のタイミングの悪さもメジャーになれなかった一因な気がする
何年か前に代表作と言っていい「死のバースデイ」が論創社から出た後、他の作品も続けて出ます的な文が解説に有ったのだが、結局昨年になるまで音沙汰無し
まぁ派手な作風でも無いし、読者側の要望も無かったのかねえ
大体ねえ昨今の読者はというと、やれ密室だの不可能犯罪系だの、その手の作家ばかり出版社に要望するからねえ、最近はそうでもないが4~5年前は海外古典の発掘と言えばそうした風潮が有ったんだよね
それが昨年久々にラング・ルイスのデビュー作が同じ論創社から翻訳刊行されたんだよね、昨年が生誕100周年だったのに合わせたんですかね
私の方も私生活的事情で昨年後半が多忙だったので今年にずれ込んじゃったけどね、やはりこの作者は読んでおきたかったしね
「死のバースデイ」でも思ったのだがこの作者、決して派手ではないけど華やかでカラフル
色彩感覚溢れた視覚的イメージの作風が魅力なわけだけど、父親が画家兼漫画家という事で納得、成程血筋なんだろうね、本人自身も大学は芸術分野専攻だったようだ
このデビュー作でもそれは感じられ、さらに部下との粋な会話の応酬もユーモアに溢れて魅力的、特に「死のバースデイ」には登場していなかったおとり役の女性警察官とのやりとりなどはこの作ならではだ
一方で謎解き要素では、解説にもあるが被害者の性格が重要な鍵を握っているという共通性もある、この被害者の性格に照明を当てるのは作者の謎解き面での持ち味なのだろう
ただ舞台設定がカレッジミステリなせいか、「死のバースデイ」に比べるとこの作者にしてはやや華やかさに欠ける印象が有って、「死のバースデイ」に比較するとちょっと落ちるかなぁ
やはり「死のバースデイ」は傑作だったんだなとあらためて思った

No.709 8点 恐怖への明るい道- リチャード・マーティン・スターン 2016/10/17 10:28
* 私的読書テーマ”生誕100周年作家を漁る”、今回は番外編、昨年2015年度の生誕100周年作家を2名ほど落穂拾い
実は昨年後半は私生活的に多忙だったのであまり読書冊数をこなせなかったのも理由なのだけれど、昨年の生誕100周年作家が豊作な年回りだったので拾いきれなかった事情も有るのだよね
そこで補遺ということで、2作ほど遅ればせながら今年に書評しようと思うわけ、今年は昨年より読書時間が取れるのと、何と言っても大物作家が多くて豊作だった昨年に比べると、今年の生誕100周年作家は平年並みで予定していた作家は現在全て読了しているので余裕が出来たわけね、読了はしていても未だ未書評の作品も1冊有るので月内にはアップしたいけど、その前に2冊ほど
本来なら昨年読む予定で今年にずれ込んだ2名を昨年度の拾遺として今年に書評します、その第1弾はリチャード・マーティン・スターン

1959年度のMWA賞新人賞受賞作がリチャード・マーティン・スターン「恐怖への明るい道」である
大体が戦後に創設されたMWA賞の性格として、型にはまったような従来通りのスタイルの作品はまず受賞しないわけですよね、これは方針としてでしょう
黄金時代の作風ばかり求めるような読者は、これを戦後作品の質的低下みたいにすぐ言うけど、それは読者側の保守的な姿勢の方が問題なわけですよ、MWA賞はそうした保守的な作品はそもそも受賞しないのですよね
「恐怖への明るい道」も何となく有りがちな設定の犯罪小説に見えて、案外と類似の作品を思い付かない
ジャンルもさ、形式的に見るなら麻薬組織が背景の”クライムノベル”になっちゃうけど、これは犯罪小説的な感性では書かれていないと思う、私は敢えて意図的に”サスペンス”にジャンル投票した
だってこれ登場人物の心理を描くのが主体だと思うわけ
その心理描写も決して深くはない、むしろ抑制の利いた心理描写だからこそこの作品を魅力的なものにしているとしか思えないですね
これをさ、こってりした心理描写で書いちゃったら単なるメロドラマにしかならないわけ
下手に書くと平凡な犯罪小説にしか成り得ないような題材を用いながら、新人賞受賞作らしい瑞々しい感性と落ち付いた筆致とが一体となって極上の心理サスペンスに昇華している、そんな感じ

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