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ミステリの祭典

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小原庄助さんの登録情報
平均点:6.64点 書評数:267件

プロフィール| 書評

No.127 6点 近松よろず始末処
築山桂
(2018/08/02 09:06登録)
元禄時代の大阪を舞台にした、時代エンターテインメント小説。主人公は、人気浄瑠璃作者・近松門左衛門に命を救われた虎彦という若者。近松の裏稼業「近松の万始末処」に加わり、正体不明の美丈夫の剣士・少将や愛犬の鬼王丸と共に、人助けに奔走するのであった。
本書は全4巻で構成されている。冒頭の「お犬さま」は、生類憐みの令に反して、暴れ犬を斬った大坂東町奉行所同心を助けてくれという依頼を受け、虎彦たちが動きだす。一筋縄ではいかない事件の真相には驚いた。ミステリの面白さが堪能できるのだ。
これは他の章にもいえる。入り組んだストーリーや、史実の巧みな使い方など、読みどころは多い。また後半になると、近松が裏稼業をする思惑を通じて「創作者」の業と「物語」の持つ力も表現されている。ここも本書の重要なポイントなのだ。


No.126 6点 ロルドの恐怖劇場
アンドレ・ド・ロルド
(2018/07/24 09:24登録)
20世紀初頭、パリの小さな劇場で夜な夜な、殺人や復讐をめぐる陰惨な芝居が上演されていた。劇場の名はグラン・ギニョル座。そこにたくさんの恐ろしい戯曲を提供した当時の人気作家だったにもかかわらず、これまで日本ではほとんど作品に接することが出来なかったのが、アンドレ・ド・ロルドなのである。
クラシカルなタイプの恐怖小説好きにとっては乗ぜんの的。ロルドの目がとらえているのは、闇の奥に潜む非現実的な何かではなく、人間の心の内奥なのである。
人はなぜ恐れるのか。人は何を恐れるのか。人はどうやって狂気の道を突き進んでいってしまうのか。豪胆を誇る男が蝋人形館で過ごす夜。天才的な外科医にまつわる罪と罰。愛する娘を救ったつもりの父親を襲う絶望。父母を殺された男が果たす復讐。思い込みが育てる狂気。実直で誠実な夫が、妻への遺言で明かす驚愕の真実。死んだ妻の来訪を夜ごと待つ夫。
この短編集の中には、リアルで身近で普遍的な恐怖が詰まっている。


No.125 7点 大友二階崩れ
赤神諒
(2018/07/24 09:23登録)
今年、幾人かの歴史・時代小説の新人がデビューしている。その中で注目したいのが、この作者だ。
本書は、戦国時代の九州は豊後で起きた、戦国大名・大友家のお家騒動を題材にした歴史小説である。大友家の当主の義鑑が、愛妾の子を世継ぎにしようと、嫡男の義鎮(後の宗麟)の廃嫡を画策。これにより大友家は2派に割れ、襲撃された義鑑たちが死に、義鎮が新たな当主となった。一連の騒動は、襲撃場所が大友館の2階だったことから「二階崩れの変」と呼ばれている。
大友家の重臣の吉弘左近鑑理は、大きな犠牲を払いながら、一連の騒動を収めようとするも失敗。次第に苦しい立場に追い込まれながらも、自らの信じる「義」を貫こうとする。一方、弟の右近鑑広は激変する状況の中で、妻や子への「愛」を守り抜こうとしていた。
短編で、「大友二階崩れ」を扱った作品はあるが、長編は珍しい。そのように面白い題材を使い、作者は吉弘兄弟の「義と愛」の相克を描いた。史実を丹念にたどりながら、背後に大友家の謎の軍師・角隈石宗を置いて、物語の膨らみを出すなど、筆致は新人離れしている。


No.124 6点 下山事件 暗殺者たちの夏
柴田哲孝
(2018/07/15 10:40登録)
「下山事件 最後の証言」は、昭和史最大の謎と言われる下山事件に、自分の祖父が関係していた衝撃の事実を物語った。この作品は、前著から10年経ち、「小説だからこそ書けることがある」として虚構から事件の真実に迫る。
前著が”私ノンフィクション”として親族らにインタビューを重ね、事件の核心へと入り込む緊張感はただならぬものがあったけれど、逆に家族の物語が強すぎて、事件の全体像がかすんでしまった。
今回の小説化では、家族の部分を減らし、時系列で事件と背景を丹念に追い、全体像を明確にしている。労働運動の激化、GHQ内部の対立、”M”資金の行方、何よりも国鉄職員の大量解雇に苦悩した下山像が、くっきり浮かび上がる。
戦争の傷跡が生々しく残り、殺人や謀略が日常的な義務であった諜報機関同志の摩擦、さらに検察と警察を巻き込んだ他殺・自殺論争の政治的駆け引きなど、まことに迫力がある。下山事件の必読の副読本といえるのではないか。


No.123 6点 怨讐星域
梶尾真治
(2018/07/15 10:40登録)
地球が居住不能となる危機にさらされたとき、人類がどう行動するのかというのは、SFが繰り返し描いてきたテーマだ。この作品は地球を脱出し、移民する人々の壮大なドラマである。
危機をいち早く知った米国大統領は、数世代かけて人類が生存可能な別の星に移住する、極秘プロジェクトを計画。選ばれた少数の人々を乗せた宇宙船「ノアズ・アーク」号が地球をあとにする。一方、置き去りにされた人々は、絶望と戦いながら、宇宙空間を越える物質転送装置を開発し、ノアズ・アークが目指す惑星に先に到着することに成功。その星をエデンと名付け、開拓を続けながら、「裏切り者」の子孫を乗せた宇宙船を待ち受けることになる・・・。
極限状態で選択を強いられた人々のサバイバルSFとしての魅力に加えて、新世界建設のモチベーションにもなった裏切り者への怨念に、人々がいかに向き合っていくのかが読みどころだ。
世代を超えて伝えられた信念の何が残り、どう変質していくのか、著者のSF観・人間観の集大成ともいえる。


No.122 7点 絞首台の黙示録
神林長平
(2018/07/07 10:18登録)
死刑執行を間近に控えた死刑囚の思考というショッキングな視点から始まる。彼は最後の意地を見せるかのように、教誨師を相手に、神は虚構だと説きながら死んでいく。ところが・・・。
ある作家が、連絡の取れなくなった父の安否を確認するために久しぶりに帰省してみると、仏壇には自分の遺影が飾られている。しかもそこに、自分そっくりの男が現れ、「自分こそは本物のお前だ」と言い張る。
男は死んだはずの双子の兄なのか。それとも養父を殺した死刑囚の蘇りか。自分が乗っ取られそうな恐怖の中、元死刑囚かもしれない男と一対一で向き合う恐怖。死と自己認識をめぐる観念的な応酬が続くうち、次第に秘密の生体実験の存在が浮上する。
「もう一人の自分」はクローン人間なのか。それとも死刑囚のクローン、あるいは他人の意識を移植された存在なのか。時空も微妙に歪んでいる世界で、教誨師を交えて深まる議論は科学的次元と宗教的・神秘主義的空間が複雑に絡み合い、迷宮の様相を呈する。
自身の体験と主観からしか世界を把握できない不確かな人間は、真実にたどり着けるのか。手に汗握る先には切ない結末が待っている。


No.121 7点 ダ・フォース
ドン・ウィンズロウ
(2018/07/07 10:18登録)
とにかく熱くて厚い。ニューヨークの市警の剛腕刑事の栄光と失墜を描く物語である。
主人公のデニー・マローンは、マフィアと死闘を繰り広げ、麻薬を押収し、善良な市民を守る「刑事の王」。その目的を貫くためには、押収した麻薬を利用し、賄賂を受け取り、違法捜査も辞さない。そんな彼の不正が暴かれ、収監に至るのが物語の幕開け。そこから時間をさかのぼって、マローンが何をしてきたのかが語られる。
警察の腐敗を描いた作品、悪徳刑事もの、そう区分してしまうことはたやすい。だが、そんな型通りの区分を拒む熱いものがこの作品にはある。自らの正義を貫くために、悪に手を染めるマローン。単純に善意を割り切ることのできない世界で、自らの手を汚しながら罪に対峙するその姿に圧倒される。
決して、万人の共感を得るヒーローの物語ではない。だが、万人の心に突き刺さる物語であることは間違いない。


No.120 6点 異常探偵 宇宙船
前田司郎
(2018/06/28 10:37登録)
宇宙船というのは、スーパーのレジ打ちの主婦、遠藤君江の通称で、実は探偵。助手は美青年だが心は少年の米平、そして少年AとBの少年探偵団で、協力し合って小児性愛者の死の謎を追っていく。
このように紹介すると普通の探偵小説に見えるが、内実は全く異なる。そもそも宇宙船は頭の中から聞こえてくるさまざまな声を締め出すために頭巾をかぶっているし、夫のことを本気で宇宙人だと思っている。出てくる悪役たちも、壁を自由に登り下りできる怪人物空気ゴキブリだの、兜をかぶり続けている筋肉ムキムキの鉄頭人だのと全員が変態、異常なキャラクターだ。
にもかかわらず惹きつけられてしまうのは、小児性愛、窃視症、病的窃盗(下着泥棒)といったものを正気の視点から描くのではなく、変な言い方になるが、正常なる狂気から普通に描くからである。コミックノベルながらにゆがんだ笑いが拡大されて、正気と狂気の境界が分からなくなる。
さらに作者が頻繁に顔を出して「読者諸君はどうであろう?筆者である私は」誰が犯人であるか「はっきりと確信が持てない」などといって読者を煙にまき、探偵小説の法則からも自由になろうとする。しかし、それでいてきちんと人物を動かし、アクションも提供して謎を解き、驚くことに感動的な場面すら用意して、エンドマークをうつ。
突飛で、大胆で、実に挑戦的な、最高にくだらない小説だ。


No.119 6点 光秀の影武者
矢的竜
(2018/06/28 10:37登録)
浅井家に仕え、姉川の戦いでは織田信長をあと一歩まで追い詰めた磯野員昌を描いている。
姉川での奮戦が認められ、信長に召し抱えられた員昌だが、家臣を平然と使い捨て、罪のない非戦闘員を殺戮する信長を信頼していなかった。信長に些細なミスをとがめられた員昌は、命の危険を感じ明智光秀のもとへ身を寄せる。理性的で家族を愛し、庶民の痛みを知る光秀を天下人にしたいと考えた員昌は、信長の排除に動き出す。
本能寺の変を題材にした作品は多いが、その中でも本書は、歴史的解釈の斬新さ、員昌と信長が繰り広げる頭脳戦のスリルもあって完成度が高い。何より、信長という巨悪を倒す時も卑劣な手段を使わず、理想を実現するためなら死もいとわない員昌の覚悟は、深い感動を与えてくれるはずだ。


No.118 7点 探偵フレディの数学事件ファイル
ジェイムズ・D・スタイン
(2018/06/19 09:30登録)
主人公は結婚生活が破綻した私立探偵フレディ。妻リサと別居後、ニューヨークからロサンゼルスへと移り住み、スポーツ・ベッティング(賭け)好きの家主ピートと暮らし始める。妻への複雑な思いを抱えつつ、依頼された事件に取り組んだり、友人の金儲けや恋愛の相談に関わったりの日々を送る。
ピートはフレディの行動を冷静に見つめ、折に触れて有効な示唆を与える。探偵とその相棒が織り成す、ありがちな物語の展開とみせて、一見さえないピートの助言が意外にも数学の深い素養に基づいている点が、数学の教材として使うことも意識して書かれたこの連作短編小説の特徴だ。
フレディは到着時刻に遅れ、友人の淡い恋の行方を危うくした。その原因は往路で時速40マイル、復路を時速20マイルで走った時の平均速度を時速30マイルと誤解したため、とピートは指摘する。また統計学での正規分布の考え方に基づき、あるバスケットボール選手のフリースローの成功回数が異常に少ないと判断したピートは、フレディに選手の身辺調査を勧め、事件は解決する。
話の展開を妨げないよう、数学的な説明は全体の3分の1を占める付録に譲りつつ、割合や複利計算などのうっかり間違えがちな問題や、未知の出来事への効果的な対処の仕方を教える確率、統計、ゲーム理論に基づく謎解きを全14話で語っていく。
付録の部分の記述は数学の教科書風。小学校高学年から高校生程度の知識で理解でき、学校で習っていれば読み通すのにさほど困難は無い。しかし、その知識が「数学のための数学」にとどまっていれば、ピートのような謎解きは出来ないことにも次第に気付かされる。
数学を日常生活に役に立つ形で自分のものにするには、試験で高得点を取るよりも数倍深い理解が必要だ。ピートは賭けという趣味を通じ、実践的な数学の実力を身に付けたに違いない。話の運びは軽妙で楽しめるが、著者が読者に求めている数学的な知の水準は実は相当高い。


No.117 5点 バネ足ジャックと時空の罠
マーク・ホダー
(2018/06/19 09:30登録)
一部の機械技術が異常に発展した19世紀ロンドンを舞台にした驚天動地の歴史改変SF。
バネ足ジャックは実在の犯罪者の切り裂きジャックに先立って現れたとされる謎の人物であり、対する王室直属の密偵リチャード・バートンは実在の探検家がモデルだ。バートンには詩人のスウィンバーンという相棒がいるが、このコンビはシャーロック・ホームズとワトスンというより、スパイ小説「007」シリーズ的な風合いが強い。
不気味で冷酷な常軌を逸した科学者ダーウィンや人体改造好きの看護婦ナイティンゲールも登場し、悪趣味な笑いや派手な見せ場が盛りだくさんの快作だ。


No.116 8点 地下室の手記
フョードル・ドストエフスキー
(2018/06/08 13:13登録)
この作品を読んだのは、高校時代の定期テスト前夜だった。その内容と文体がいかに私の全身に染み渡ったか、奥付までのすべての文字をいかに貪るように味わったか、読了時にふと見れば、窓の外にまったき無音の闇夜が広がっていたその印象も含め、当時の心の動きを私は、鮮烈に覚えている。
よく議論の的になるのは、本作の2部構成の前半部であるが、私の心が揺さぶられるのは、昔も今も、より野暮ったい後半部のほうだ。より情緒的で物語的な、くどくどしい、自己言及と自己嫌悪に満ち満ちた第2部。ある種の自虐的喜びをもって痛快に読んだ。
物語のクライマックスもまた素晴らしい。いったん幸福感の頂点に至りながら自らそれを崩す。わが身にとっての幸福とはまやかしの瞬間芸にすぎないことを、彼はよく知っているからだ。
私の魂の一部はいまだ、あの試験前日の午前3時に漂っている。あのペテルブルグの地下室に進んで囚われている。あの夜更けに受けた衝撃を、呪いを、救済を、他の誰かに受け渡したくて仕方ない。


No.115 7点 明日と明日
トマス・スウェターリッチ
(2018/06/08 13:13登録)
ギブスンやディック、バロウズを彷彿させると謳われているこの作者のデビュー作。記憶(記録)と現実が相互に侵犯し合うような迷宮世界の物語だ。
大規模テロで家族を失った主人公は、仮想現実上に再現された「街」に入り浸る生活を送っている。だが女性殺害の映像を発見し、さらに何者かがそのデータを消そうと工作したことに気付いたことで、真実を求めて調査を開始する。
過去にとらわれていた男は、未来をつかめるのか。彼の「今」はどこにあるのか。いつの間にか読者も、思い出とデータ上の記憶、過去と現在、真実と幻影が入り交じった世界での、甘美で切ない冒険に誘い込まれている。


No.114 8点 シルトの梯子
グレッグ・イーガン
(2018/05/29 09:21登録)
現代物理学とは異なる架空の理論が支配する未来世界を舞台にした作品を好んで描くイーガンは、SFファンから熱い支持を集めているが、その魅力を未読の人に伝えるのは難しい。
本作は、「量子グラフ理論」「サルンペト則」「量子単集合プロセッサ」といった架空の用語が登場し、おまけに舞台は約2万年後という設定。「難しそう」と思う人は多いだろう。でも大丈夫。ここに出てくる理論がわかる人はほとんどいない。それでも面白く読ませるのがイーガンだ。
人類は自己をデータ化することで桁外れの寿命を獲得している時代。宇宙ステーションで行われたある実験が予想外の暴走を引き起こす。別の物理法則を持つ宇宙が発生してしまったのだ。「新真空」と命名されたこの宇宙は、元の宇宙を侵食し始める。
そして約600年後。拡大を続ける新真空との境界面近くの宇宙船では、新真空への人類の順応を模索する「譲渡派」と、新真空を破壊して元の宇宙を維持しようと考える「防御派」が対立を深めていた。
描かれるのは、自分たちの価値観や存在をも揺るがすような巨大な変化に対して行動する人々の姿だ。それは現在の私たちにも無関係ではない。
人類の存亡を懸けて、未知の「宇宙」へのさまざまな仮想理論を駆使しながら、アプローチを続ける知的挑戦に加え、対立するグループの駆け引きや暴走など冒険要素が満載。さらに両派に分かれた研究者の恋物語もある。理論は難解だが、ストーリーはサービス満点の、理系冒険大ロマンだ。


No.113 6点 化け札
吉川永青
(2018/05/29 09:21登録)
主人公は、戦国武将の真田昌幸。衰亡する武田家を見限ってから、徳川家の大軍を撃破した第一次上田合戦までの激動の時代が、硬質な筆致でつづられている。
戦乱の世で成り上がるために、何度も主君を変えた昌幸を、トランプの一種である「「天正加留多」で、他のすべての札に変えて使える化け札(ジョーカー)に擬し、その生き方を表現した作者の着眼点が優れていた。
さらに複雑怪奇な時代情勢を簡潔に説明しながら、昌幸の神算鬼謀を際立たせた、ストーリーもお見事。実在人物のみならず、下原村の新平という愉快なキャラクターを創造し、庶民の視点を挿入しているところも、注目すべきポイントだろう。


No.112 4点 モナ・リザ・ウイルス
ティボール・ローデ
(2018/05/20 10:25登録)
世界規模の壮大な陰謀に立ち向かう物語は、荒唐無稽なこともあるけれど、そのスケールの広がりこそが大きな魅力だ。この作品もそんな小説である。
米国のボストンに住むヘレンは、奇妙な電話に導かれ、娘の失踪の手掛かりを求めてポーランドのワルシャワへと向かう。一方、メキシコではミス・アメリカ候補の女性たち全員が誘拐され、FBI捜査官のミルナーが捜査に向かう。彼は一方で、原因不明のミツバチ大量死の謎も追う。さらに、写真や動画の醜くゆがめるコンピューターウイルスが猛威を振るい、世界中に被害をもたらす・・・。
ヘレンの物語とミルナーの物語を軸に、いくつもの事件が絡み合う。大風呂敷を広げながら、物語は陰謀黒幕との対決へと突き進む。
キーワードは「美」。美しさという概念そのものをテーマに謀略ものを描いた着想が面白い。ユニークで読ませる小説であるが、要素を詰め込みすぎたため、細部に粗さが目立つ。


No.111 6点 弁天の夢
矢野隆
(2018/05/20 10:25登録)
幕末の江戸が舞台。歌舞伎などでお馴染みの泥棒一味・白浪五人男が、時の大老である井伊直弼の命を受けた隠密集団に狙われる。その一方で、五人男のリーダーの日本駄右衛門に、水戸浪士の関鉄之助が接触。時代は桜田門外の変へと流れていくのだが、五人男にとって、そんな武家社会の闘争など関係ない。
自分たちの敵となった隠密たちに、真正面から殴り込む。チャンバラ、肉弾戦、けんか殺法・・・。クライマックスで爆発する、何でもありのアクションの連続は、興奮必至の面白さ。そして巨大な権力に立ち向かう、無類の魂の輝きに、留飲が下がるのである。


No.110 9点 H・P・ラヴクラフト 世界と人生に抗って
評論・エッセイ
(2018/05/12 09:52登録)
ラヴクラフトは不思議な作家だなと、本書を読みながら改めて思った。
1920年代から30年にかけて、米国の大衆エンターテインメント小説誌に、幻想と怪奇に満ちた作品の数々を発表したが、1冊の著書を出すこともなく不遇のうちに46歳で病没する。
ところが没後に刊行された作品集が、ホラーやSFのファン層を中心に熱狂的な愛読者を獲得、E・A・ポー、スティーヴン・キングと並ぶ米国ホラー三大家の一人に数えられるまでになる。とりわけ彼が生み出したクトゥルー神話(クトゥルーは異次元の神格の名で、他にクトゥルフ、ク・リトル・リトルなどの各種の訳語がある)と呼ばれる架空の神話大系は映画や漫画、現在ではワールドワイドな人気を博しているのである。
そればかりではない。本書に序文を寄せているキングをはじめ、アルゼンチンの文豪ボルヘス、英国の批評家コリン・ウィルストンから村上春樹や水木しげるに至るまで、多彩な著名作家がラヴクラフトに熱烈な関心を示し、自らクトゥルー神話の流れをくむ作品を執筆するなどしているのだ。
彼らの各人各様な反応ぶりを見ていると、あたかもラヴクラフト世界という鏡(照魔鏡!?)にそれぞれの文学観を投影させているかのようで、興味は尽きない。
その点では、著者が27年前に発表したデビュー作である本書も例外ではない。ラヴクラフトの特異な生涯をめぐる思索的エッセーであると同時に、ウエルベックというこれまた特異なプロフィルの作家-新作を世に問うたびに轟然たる反響とスキャンダルの数々を巻き起こしてきたフランス文学界きっての異端児をめぐる、裏返しの青春期、矯激な内容告白の書としても読むことができるのである。
著者の近未来小説に描かれる人種問題や人格転移、カルト宗教といったモチーフのルーツが、ラヴクラフトの作品世界に見いだされることにも一驚を喫するに違いない。


No.109 7点 人斬り草
武内涼
(2018/05/12 09:51登録)
舞台は京都で、池大雅、伊藤若冲などの絵師が登場する。主人公は、人の心の闇を苗床として、この世に芽吹く呪い草を刈る妖草師の庭田重奈雄。奇々怪々な植物に立ち向かうヒーローの活躍を描いた、ユニークな時代ホラーなのである。
本書には短編5作が収録されている。重奈雄と若冲の初顔合わせを描いた「若冲という男」や冤罪の怨念が妖草を呼び寄せる「西町奉行」など、どれも読み応えあり。しかも、妖草が「心の闇」のシンボルなら、次々と現れる芸術家たちは、己を高めていこうという、清々しい魂のシンボルとなっている。多くの絵師を登場させる作者の意図はここにあるのだ。


No.108 7点 ディア・ペイシェント
南杏子
(2018/05/05 09:09登録)
自己中心的で理不尽な要求をする患者と医療の今を鋭く射抜いたサスペンス。
真野千晶は佐々井記念病院に勤務する内科医だが、「患者優先」を唱える事務長のもと病院はサービス業と捉えられ、押し寄せる診察のみならず、わがままな患者の対応に時間をとられ疲弊していた。なかでも執拗な嫌がらせをする座間という患者に恐怖を覚えた。先輩医師の浜口陽子が励ましてくれるが、浜口も医療訴訟を抱えていた。
座間が、不気味なキャラクターを見せてなかなか怖い。追い込まれていく千晶の心理も説得力があり緊張感も高いし、事件の裏側にあるものが見えてくる過程も巧み。だが一番読ませるのは、病気と向き合う医師と患者の姿勢だろう。訴訟にまで発展する治療問題の内実を医師側から真摯に問いかけている(浜口の訴訟を巡る脇筋も印象深い)。
千晶の父親が「治すための医療だけじゃなくて、幸せに生きるための医療」とは何かを訴える場面には胸が熱くなる。これを読むと医師への見方、そして患者の心構えも変わるだろう。医療への信頼を改めて抱かせる力強く劇的な物語だ。

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