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ミステリの祭典

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雪割草

作家 横溝正史
出版日2018年03月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 小原庄助
(2018/08/18 10:27登録)
「我々はいま、有史以来の異常な時局に直面している。この激しい痛烈な時代の真唯中にあって、最も要求されることは女性の強さという事である」
新潟毎日新聞(現新潟日報)に掲載された連載予告に横溝はこう書き記している。「有史以来の異常な時局」とは1941年6月、日米開戦直前のことだ。この時局のせいで探偵小説などの依頼は途切れ、窮地の中で横溝はこの一般小説を書き続けた。長年幻となっていた本作が77年ぶりに世に出たのは、編者である山口直孝氏らの粘り強い探索と研究の結果である。
物語は長野県上諏訪の緒方家の娘として生まれた有為子が婚儀の前夜に突然、破断を告げられるところから始まる。父順三は一方的な婚約破棄に逆上し、脳出血で帰らぬ人に。自分がその実の娘ではないと教わった有為子は、真実の父を知る人物に会いに上京する。
連載が進む過程で、現実世界の日本は米国と開戦し、本格的な戦時へと移行した。その影響が連載時の展開にも影響する。有為子の身に起こる事件はもとより、登場人物の描き方にも修正や変更が加わったことは想像に難くない。
しかし、変わらぬもの、変えられぬものもあった。横溝は予告に「最も要求されることは女性の強さ」と書いた、と最初に引用した。それは当時「男勝り」という形で表現されるような強さだけではない。
有為子は幼なじみの木實、素直で明るい令嬢の美奈子、銀座に店を構える女性経営者の葛野京子らと、生まれや立場を超えて友情を育み、それを生きる強さに変えていく。戦争の進行とともに、軍部や官憲の目に映ずることのない女性たちの互いを励まし団結する強さが、横溝にはまぶしく見えていたのかもしれない。
戦後横溝の本格推理物には戦地から引き揚げ者がしばしば登場する。思えば、それは女性たちとは逆に、この小説に描かれた時代にのみ込まれていった男たちの行く末ではなかったか。

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