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ミステリの祭典

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下山事件 暗殺者たちの夏

作家 柴田哲孝
出版日2015年06月
平均点6.00点
書評数2人

No.2 6点 小原庄助
(2018/07/15 10:40登録)
「下山事件 最後の証言」は、昭和史最大の謎と言われる下山事件に、自分の祖父が関係していた衝撃の事実を物語った。この作品は、前著から10年経ち、「小説だからこそ書けることがある」として虚構から事件の真実に迫る。
前著が”私ノンフィクション”として親族らにインタビューを重ね、事件の核心へと入り込む緊張感はただならぬものがあったけれど、逆に家族の物語が強すぎて、事件の全体像がかすんでしまった。
今回の小説化では、家族の部分を減らし、時系列で事件と背景を丹念に追い、全体像を明確にしている。労働運動の激化、GHQ内部の対立、”M”資金の行方、何よりも国鉄職員の大量解雇に苦悩した下山像が、くっきり浮かび上がる。
戦争の傷跡が生々しく残り、殺人や謀略が日常的な義務であった諜報機関同志の摩擦、さらに検察と警察を巻き込んだ他殺・自殺論争の政治的駆け引きなど、まことに迫力がある。下山事件の必読の副読本といえるのではないか。

No.1 6点 HORNET
(2016/01/23 15:31登録)
 昭和二十四年、鉄道総局は運輸省から独立し、「国鉄」として生まれ変わることとなった。その初代総裁に抜擢されたのが下山定則である。だが、この初代総裁の命題は、前代未聞の「職員10万人規模の人員整理(つまりクビ切り)」であった。当然、労組の激しい反発、社会不安の中、下山は団体交渉の矢面に立たされる日々。混乱の渦中、しかし7月4日についに、3万7000人の整理対象者を示した「第一次整理者名簿」を発表した。
 それから一夜明けた7月5日。いつものように自宅を出た下山総裁は、午前9時半ごろ、「5分くらいで戻る」と運転手に言い残して三越本店へ入ったきり、行方が分からなくなった。「国鉄下山総裁失踪」のニュースが流れる中、翌7月6日未明、足立区五反野、国鉄常盤線の下り線路上で、バラバラの轢死体となった下山総裁が発見された。
 これが戦後最大の謎とまでいわれる「下山事件」。史実である。

 警察による捜査はされたものの、事件についての明確な結論は公的に示されぬままに終わり、事実上の「迷宮入り」事件とされているが、時を経て多くの関係者の証言が明らかにされ、現在では当時の政治的実権を握っていた者、あるいは暗躍していた者たちによる「謀殺」であったというのが最も有力な説である。

 本書は、事件関係者と目される人物の孫である著者が、自身の取材活動により究明してきた真相を小説仕立てで書き上げたもので、実質、創作物語の娯楽ではなく事件の真相解明を主眼にしている。下山総裁の総裁就任から、迷宮入りとなるまでの顛末を時系列に沿って描き出している内容だ。
 柴田氏が調査によって「明らかになった事実」をつなぎ合わせていく中で、その「隙間」を想像による創作で埋めていった、という体である。だが、各場面でのかなり具体的な描写は、これが「事実」であったのだとすると、背筋が寒くなる思いである。史実に沿って描かれているので、政府要人や闇組織のメンバー、事件の目撃者など非常に多数の人物が登場するのが厄介だが、主要な人物さえ理解できていれば問題はない。むしろそれより、当時のGHQと日本政府、GHQ内部の各機関の状況、社会情勢等についてある程度の予備知識がないと、難解に感じるかもしれない。
 下山事件の推理では、清張の「日本の黒い霧」が有名だが、そういった他の著作を読んだり、ネットでのまとめを見たりしてから本書を読んだ方がよいかもしれない。

 それにしても、このころの日本の事件には謀略、謀殺といった説があるものが多い。事実だとすると、法にまで関わる高級公人が、裏で人を殺していたということであり、空恐ろしい。

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