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ミステリの祭典

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小原庄助さんの登録情報
平均点:6.64点 書評数:267件

プロフィール| 書評

No.67 7点 湖畔荘
ケイト・モートン
(2017/12/05 09:56登録)
物理的に重厚な上下巻に、見た目だけで威圧されてしまうかもしれない。構成も決してシンプルではない。だが、読むことの楽しさをじっくり味わえる作品。
物語は過去と現在を行き来し、複数の視点から語られる。さまざまな人々の記憶の断片が並べられ、最初のうちは五里霧中の感覚を味わうことでしょう。
やがて断片同士が徐々につながり始めたところに、そのつながりをひっくり返すような意外な断片が投げ込まれる。ここまで来ると、もう逃れられない。全体像がどうなるのかを見届けるまで、夢中で読み進めることになる。複雑ながら一気に読ませる、驚きに満ちた物語。


No.66 6点 天地明察
冲方丁
(2017/11/29 10:40登録)
江戸時代に、世事に背を向けて、算術と暦術と囲碁に打ち込んだ渋川春海と彼をめぐる人々の物語である。
主人公の生きた世界には、鬱陶しいものは何もない。描かれるのは、才能あふれた闊達な名家の青年が、権力と見識を併せ持つ立派な年長者たちに見いだされて、その才能をあやまたず評価され、順調に出世し、良きライバルに出会い、清潔な恋をして、ライフワークを成し遂げ、幸福な家庭生活を全うしましたという、たいへん気分のいいお話である。
たぶん、こんな幸福な青年は江戸時代にだって、(どの時代だって)そういたはずはない。けれども、そのような「幸福な青年」を虚構を通じてであれ、一つのロールモデルとして提示することがなければ、当今の若い人たちはそのような「気分のいい生き方」があることを想像することも、願うことさえないかもしれないということは考えてみてもいい。
現在の純文学には「何か」が足りないと思っていたけれど、それは「こういう生き方っていいよね」という素直で朗らかなロールモデルの提示だったということに、この本を読んで気付かされた。
このような作風を「批評性がない」「問題意識が欠けている」と難じる評論家もいるかもしれない。けれども、人間の「暗部」には一切触れまいとする作家の決然たる態度のうちに、強い方法的自覚を感じるのである。


No.65 6点 柿のへた
梶よう子
(2017/11/29 10:39登録)
小石川御薬園で働く同心の水上草介が、薬草の知識と温和な人柄で、さまざまなトラブルを解決する人情捕物帳の連作集。
事件を通して弱者の苦労を知った草介が、薬草栽培の特技を生かして、社会を改革するために、小さな一歩を踏み出す展開は、若者の成長を描く青春小説としても秀逸。また、草介は誰も傷つけず、問題を穏やかに終息させるために尽力するので、読むだけで優しい気持ちになれる。
草介に片思いをしている女剣客の千歳と、恋愛への関心が薄い草介との仲がどのようになるかも物語に花を添えていて、最後まで飽きさせない。人の和と思いやりを第一にして地道に生きる草介は、出世や金儲けに汲々とするのとは別の価値観があることを教えてくれているようにも思える。


No.64 6点 ローラ・フェイとの最後の会話
トマス・H・クック
(2017/11/25 08:48登録)
大学教授である主人公のルークが、新しい著書の宣伝のために訪れたセントルイスで、故郷の町出身のローラ・フェイと再会するところから始まる。
いまや47歳の中年女性になっているローラ・フェイだが、かつては肉感的な若い女性で、ルークの運命をある意味で左右した存在でもあった。なぜ今になって彼女が自分に会いに来たのか、と内心動揺するルークだったが、誘われるままに酒を飲み昔話をする。
物語は、現在の二人の会話に過去の回想が挟み込まれる形で進み、やがてルークの父親にまつわる過去の真相が少しずつ明らかにされていく。途切れぬ緊張感といい、過去と現在の職人芸的な切り替えといいクックの腕はさえわたっている。
人生の汚点はぬぐえるのか、そして、いかにして「人生の最終的で最大の希望」を得られるのか。読み終わった時にそんなことを考えた。その判断は読者一人一人に委ねられているに違いない。胸にしみる作品である。


No.63 7点 悪と仮面のルール
中村文則
(2017/11/22 09:28登録)
人間の悪意とは何かを徹底的に問い詰めた小説。
私たちの身の回りにある小さないじめから、殺人、戦争による大量虐殺まであらゆる悪について、登場人物同士の対話を通し読者に問いかけている。これは、まさしく哲学小説である。
表層に流れているのは「邪」の家系に生まれた主人公の男が、父親の悪の継承者としての刻印を乗り越え、恋愛を貫き通して、邪の家系を断ち切ろうとする物語だ。
刑事、探偵、テログループなどが登場し、ミステリタッチで描かれ、悪の象徴である父親を殺す話は、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」と呼応している。また登場人物による長い哲学論議は、埴谷雄高を想起させる。現代文学は哲学的な要素を欠く作品が多いが、前作「掏摸」に続いて悪の問題に固執する作者の姿勢に脱帽する。
「幸福」とは、苦しみや悲痛を持つ人間たちを無視し、飢えや貧困を無視した上に成り立つ、との忌むべき父親の言葉が妙にリアリティーを持つのは何故なのか。作者は、巻末で絶対悪に対して、愛の力や可能性を提示する。ドストエフスキーは「神」という概念でその愛を表現したが、現代を生きる私たちに果たして希望はあるのかと考えさせられた。


No.62 7点 サトリ
ドン・ウィンズロウ
(2017/11/20 07:52登録)
トレヴェニアンの傑作冒険スパイ小説「シブミ」の主人公の殺し屋ニコライ・ヘル。その若き日の冒険が、この作者によってよみがえった。
1951年、米軍の捕虜として東京で幽閉されていたニコライは、フランス人武器商人になりすまして北京に潜入し、ロシア人高官を暗殺する任務をCIAから与えられる。訓練係の美しいフランス人女性ソランジュと愛し合うようになり逃亡も考えるが、自由を勝ち取るために中国に渡る。しかし、そこでは各国の思惑が入り乱れ、危険な陰謀が待ち構えていた。
「シブミ」で描かれた東洋的な思想が本書でも引き継がれている。日本の将軍に教育を受けたニコライは武術にたけ、囲碁の思考方法を駆使して、相手の次の動きを読もうとする。
作者は西洋人がアジアを描く時の紋切り型を避けるために、文献を読み込んだようだが、その成果が見事に作品に結実している。「シブミ」の魅力をさらに際立たせ、疾走感あふれる冒険小説に仕立て上げた作者に脱帽だ。


No.61 8点 大江戸釣客伝
夢枕獏
(2017/11/17 10:42登録)
江戸時代は大変な釣りブームであった。武士から庶民まで、われもわれもと釣りに出掛けた。釣りの入門書、釣技の秘伝書、釣場案内、魚料理の本などが数多く書かれ、釣り針なども魚種ごとにさまざまなものが作られていた。すぐ目の前に、豊富な魚介類に恵まれた江戸前の海があったればこそである。
本書は17世紀後半から18世紀までの、江戸の町と海を舞台に、釣客すなわち釣りに興じた人々を描いた物語である。史実と虚構を織り交ぜ、実在の人物を配しながらのミステリであるとともに、元禄期の時代相や当時の釣りの模様を記すエッセーであるという、なかなかユニークな作品である。
物語は、小舟でキス釣りに出た宝井其角と多賀朝湖が、釣りざおを握った老人の土佐衛門を釣ってしまうところから始まる。やがて津軽采女が登場し、紀伊国屋文左衛門や吉良上野介義央、水戸光圀、さらに徳川綱吉らが話に絡んでくる。采女は、実在の四千石の旗本で、わが国初の詳細な釣りと釣り具の解説書「何羨録」を著した人物である。
物語の背景にある二つの歴史的な事件も、分かりやすく語られる。一つは1684年の大老堀田正俊暗殺事件。もう一つは殿中松之廊下の刃傷に始まる赤穂事件。いずれも綱吉の治世で、江戸城中で起こった事件だが、物語にどう絡むのかは、ぜひ本書をお読みいただきたい。
本書の核心は「何羨録」に先立つ幻の釣技秘伝書とされる「釣秘伝百箇條」の作者、投竿翁についての部分である。投竿翁とは何者なのか・・・。
本書は主に、キスとハゼの江戸期の釣りを記すが、釣りファンであれば読み進むに従い、早く竿を握りたくてむずむずするに違いない。


No.60 6点 大幽霊烏賊 名探偵 面鏡真澄
首藤瓜於
(2017/11/15 10:07登録)
江戸川乱歩賞を受賞したデビュー作「脳男」とは大きく異なるタイプのサイコミステリ。
昭和の初め、新米医師の使降は、日本で最初にできた精神科専門病院へ赴任してきた。実在する病院をモデルに、昭和初期の精神医療の実態を背景にしながらも、作者ならではの迷宮世界を構築して、読者をどこまでも惑わせる小説になっており、あらゆる登場人物が怪しげだ。
いくつかの仕掛けや真相は、勘のいい読者ならば途中で気付く場合もあるでしょう。だが、そうした細部だけにこだわるのは、やぼというもの。
さまざまな人物の心の謎、精神の不可思議な世界をめぐるミステリとして堪能しつつ、不気味さの漂うホラー及び壮大なほら話の一種としてたっぷりと楽しんでほしい。


No.59 9点 最初の刑事:ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件
ケイト・サマースケイル
(2017/11/12 10:38登録)
のどかで美しい英国の田園地帯にたたずむカントリーハウス。富裕層の富と権力の象徴であったこの田舎の大邸宅は、ジェイン・オースティンの「高慢と偏見」をはじめ、いくつもの古典文学の舞台として、愛用され、多くの読者を魅了してきた。と同時に、シャーロック・ホームズやエルキューレ・ポアロといった名探偵が鮮やかな推理を披露する場として、世界中のミステリファンに親しまれてきた。
幸福な外見の裏に多くの秘密を抱えた善良な一族、怪しげな使用人、一族に反感を抱く地元民、無能かつ尊大な田舎の警察官、そして奇矯な振る舞いとは裏腹に鋭い推理で意外な真相を見抜く名探偵。誰もが一度は触れたことがあるに違いない定番ともいえるこのスタイルは、いつごろ、どうして誕生したのか?そんな疑問に答えてくれるのが本書だ。
1860年初夏、イングランド南西部の閑静な村に立つ「ロード・ヒル・ハヴィ」で、3歳になる当主の息子が惨殺された。スコットランド・ヤードから派遣された刑事課のプリンス、ウィッチャー警部は、現場の状況から内部の者による犯行だと確信。だが、プライバシーと家庭生活を礼賛する「常識」の壁の向こうで、欺瞞と隠蔽が複雑に絡み合う中、捜査は暗礁に乗り上げる。当時普及し始めたメディアである新聞が事件を書き立て、ビクトリア朝時代の大帝国に、他人の罪や受難をのぞき、詮索し、つつき回したいという探偵熱が巻き起こる。
ウィルキー・コリンズやコナン・ドイルといった大衆文学作家に多大な影響を与え、英国探偵小説の定番が誕生する礎となったこの事件を、作者は当時の一次資料を基に伝説的なミステリの手法を駆使して鮮やかかつスリリングに再構築した。事実のみが与え得る意外な真相に思わずため息が出るノンフィクションであると同時に、謎解きミステリとしても堪能出来る傑作。


No.58 6点 有楽斎の戦
天野純希
(2017/11/11 10:27登録)
本書には短編6作が収録されている。そのうちの3作で主人公を務めのが織田有楽斎。織田信長の弟でありながら、戦が嫌いで、茶の湯を愛する。戦国武人から臆病者として、侮られている人間だ。
その有楽斎が、本能寺の変、関ケ原の戦い、大阪の陣という戦国の転換点で、ぶざまな姿を見せ続ける。でも、それがいい。荒々しい戦国時代になじむことが出来なかった有楽斎が、最後に得た希望から、人の生きる意味が見えてくるのだ。
さらに有楽斎の人生に重ね合わせるように、本能寺の変に遭遇した博多商人の島井宗室、関ケ原の戦いを引っかき回す小早川秀秋、大阪の陣で失意にまみれる松平忠信の物語が収録されている。
これにより戦国時代が、立体的に感じられるようになっているのだ。各作品の面白さは当然として、ユニークな構成が、本書の価値をより高めているのである。


No.57 6点 ルパン、最後の恋
モーリス・ルブラン
(2017/11/09 09:41登録)
知性の権化のようなシャーロック・ホームズと違い、洒脱なる言動に激情を秘めたルパンの冒険は、謎とロマンに満ちた壮大な舞台設定が真骨頂。
この作品も、英仏帝国にまたがる国際的陰謀から高貴なヒロインを救うべく、縦横無尽の活躍を見せる。強きをくじき弱きを助ける”義賊魂”も枯れていない。
ただ、そんな生き方に「もう飽き飽き」と語り、疲れを感じさせる場面も。スラムの子供たちを励まし、教育を通じた社会改革を熱く語る姿は、「奇岩城」「813」の彼とは明らかに異質。
訳者あとがきには、手書きの推敲が残る約160枚のタイプ原稿がお蔵入りとなった後、自宅クロゼットにしまい込んだ孫娘が、解禁するまでの経緯も綴られ、興味深い。


No.56 7点 都市と都市
チャイナ・ミエヴィル
(2017/11/09 09:40登録)
2009年発表直後から評判を呼び、SF、ファンタジーの両分野で主要5賞に輝いた作品。
もっとも、冒頭は一見ごく普通の警察ミステリ。時は現代、所は南欧の(架空)都市国家ベジェル。
郊外で若い女性の刺殺死体が見つかり、ボルル警部補は、所轄の若い女性刑事とコンビを組んで捜査を開始する。だが、舞台の都市は全然普通じゃない。
ベジェルにはもうひとつの都市国家ウル・コーマが地理的に重なって存在するが、両国の国民は互いに相手国が存在しないかのようにふるまう。たとえ目の前にいても(建前上は)相手国民の姿は見えず、声も聞こえない。
この突拍子もない設定が、作者の手にかかるとだんだんリアルに思えてくるから不思議。
SFのテーマを警察ハードボイルドのスタイルで描く、前代未聞の都市小説。


No.55 4点 弁護士探偵物語 天使の分け前
法坂一広
(2017/11/06 12:05登録)
もしフィリップ・マーロウが日本の弁護士だったら・・・と表現するならそんな小説。
主人公の「私」は福岡県の弁護士。被告人の弁護を担当した母子殺害事件をめぐって、お役所体質の裁判所や検察と真っ向から衝突。司法に見切りをつけた「私」は逆境を乗り越え、事件の裏に隠された巨悪を暴いていく。
全編が主人公のマーロウ風の語りで進行。ブルースをBGMにウイスキーを飲み、危機的な場面でもシニカルに自嘲してみせる。美人に対しては、挑発的なせりふで愛を表現。ただし、マーロウほどの達観した印象はなく、やや意固地に感じられるときもある。そこに人間くさい愛嬌を見出すか、鼻につく自己愛だと受け止めるかが、好き嫌いの分かれ目でしょう。
本作の刑事司法のリアルな内幕描写には、現場に身を置く弁護士ならではの説得力がある。作品の底流に作者の切実な問題意識があるのでしょう。シニカルな語り口は、正義の代弁者然となってしまうことを避けようとした、作者の照れ隠しとも取れる。


No.54 7点 銀の島
山本兼一
(2017/11/04 18:59登録)
フランシスコ・ザビエル来日の裏で進められていたポルトガルの陰謀を壮大なスケールで描いている。
アジアで布教を行っていたザビエルは、ゴアで洗礼を受けた安次郎らとともに来日する。そのころ、日本に多量の銀があるとの情報をつかんだポルトガルの軍人バラッタは、国王に石見銀山の占領を進言、敵情視察のため日本を訪れる。やはりポルトガル国王の支援を受けてきたザビエルも、バラッタの陰謀に巻き込まれていくが、それを知った安次郎はザビエルと決別。明の大海賊・王直に助けを求める。
石見銀山の占領計画はフィクションだろうが、アメとムチを使い分けて南米やアジアに広大な植民地を築いた西欧列強の手法をベースにしているので、本当にあったのではと思わせる迫真力がある。それだけに、外交能力も軍事力も劣っている日本が、バラッタに戦いを挑む展開は、政治サスペンスとしても、海洋冒険小説としても秀逸だ。
多くの武将が石見銀山を狙っている事実を知ったバラッタは、特定の武将に武器と資金を提供することで銀山の開発権を手に入れようとするが、これは現代の先進国が、資源の豊富な発展途上国に介入するときの構図と同じである。
まだ途上国だった日本が直面する外交的な危機は、今や先進国になった日本が、適切な外交をしているかを考えるきっかけになるのではないだろうか。


No.53 8点 アンダー・ザ・ドーム
スティーヴン・キング
(2017/11/03 13:09登録)
良くも悪くも過剰に物語るのがキングである。
小さな町が突如、透明なドームに囲まれてしまう。空高く、また地中深くまで障壁が及び、かろうじて空気と水と電流を通すのみで、住民たちはパニックに陥り、すさまじい戦いが発生する。
という紹介をするとドームの存在の解明と新たな戦闘を期待してしまうが、それは終盤あっさりと片付けられる。作者の眼目はあくまでも町を舞台にした群像劇にある。住民たちが持つ恐れ、憧れ、悔い、憎しみといったものが異常な状況下で顕在化し、エスカレートしていく恐怖をとことん描いている。そして数十人の人生模様を鮮やかに交錯させていく。
同じくモダン・ホラーの旗手ディーン・クーンツなら急発進、急ブレーキ、急ターンのジェットコースターを体験させてくれるが、キングはあくまでも優しく劇的に進路を変え、住民たちの人生と内面をクルージングする。
クーンツは愛と希望を主人公に即して感情豊かにうたいあげるけれど、キングは感情を表白させつつも象徴の極みへと向かう。
冗長だが、代表作であることは間違いないでしょう。


No.52 5点 遠い唇
北村薫
(2017/11/03 13:08登録)
七編からなる短編集でそのうちの数編は女性が語り手。
ミステリとしてはある男性人物の視点から江戸川乱歩の「二銭銅貨」の裏側を推理する「続・二銭銅貨」も興味深いが、やはり女性作家と名探偵がダイイングメッセージを解き明かす「ビスケット」が面白い。
短詩型に造詣の深い作者は、巧みに俳句や短歌を引用して、隠された人物の思いを引き出し、女性たちの心象風景をしっとり映し出す。
完成度はやや甘いけれど、叙情が心に残る。


No.51 7点 深い疵
ネレ・ノイハウス
(2017/10/30 19:02登録)
ドイツで累計200万部を超えたベストセラーシリーズの初翻訳。
ホロコーストを生き延びたユダヤ人として著名だった92歳の男性が殺害され、現場に謎の数字が残された。捜査にのりだす首席警部オリヴァーと部下の女性警部ピア。司法解剖の結果、被害者はナチスの武装親衛隊員だったという信じがたい事実が判明。第二、第三の殺人現場にも同じ数字が残され、被害者とナチスとの深い関係が浮かび上がる。
被害者たちの間にどんな関係があり、暗く悲惨な歴史と事件のつながりは何か?オリヴァーとピアはカギを握るとみられる旧家を調べ始める。
2人の緻密で精力的な捜査と並行して、一族をはじめ旧家に出入りする癖のある面々のたくらみや行動が多面的に描かれ、ストーリーはぐんぐん加速していく。
主人公たちの人物造形とプライベートの描写も興味深い。ベストセラーになったのも深くうなづける上質のミステリ。


No.50 7点 フィルムノワール/黒色影片
矢作俊彦
(2017/10/30 19:01登録)
神奈川県警の主人公が、往年の美人女優から幻のフィルムと若者の行方を捜してくれないかと頼まれて、香港に飛んで調査する物語。
相変わらず生きのいい軽口、シニカルな観察、華麗な修辞と、”日本のチャンドラー”の真骨頂を見せているのだが、驚くのは次々と映画の引用と蘊蓄が繰り出されること。
映画オタク向けのレベルなので映画の知識がないと堪能しきれない面はあるが、失踪人捜しというハードボイルドの王道の設定をかりながら、ハリウッドや日活&東映映画、香港映画まで縦横に論じて、文化と精神風土をつまびらかにしていく才能は稀有である。


No.49 6点 暗闇の蝶
マーティン・ブース
(2017/10/27 10:52登録)
この作品は派手な仕掛けは一つもない。しかし読み終わったときに静かに心に染み入ってくる。
蝶を描く画家だというふれこみの男は、地元の人々と穏やかに交流しながら、ワインと美食を楽しみ、静かに暮らしている。ただし誰に対しても一定の距離を置き、決して本当の自分をさらけだすことはない。
一人称で語られる物語によって、少しづつ男の過去が浮かび上がり、やがて過去が影のように男につきまといはじめる。現在の穏やかな暮らしを愛しはじめていた男にとって、それはつらい選択を意味した。
かすかに諦念の漂う語り口と、芸術、文学、美食、ワインと多岐にわたる話題に魅了された。美しく、そして切ない小説である。


No.48 8点 白の祝宴
森谷明子
(2017/10/25 11:30登録)
紫式部を探偵役にした時代ミステリ。
帝の寵妃・中谷彰子は、出産を記録するため女房たちに日記を書くことを命じ、まとめ役に香子(紫式部)を指名した。若君誕生の日、定子皇后の忘れ形見・敦康親王の屋敷に賊が侵入、手傷を負った賊は、彰子が宿下がりしていた土御門邸に逃げ込むものの、忽然と姿を消してしまう。
賊はただの物取りなのか、それとも彰子の子供を皇太子にするために、敦康の命を狙ったのか、香子は捜査を開始するが、今度は一条院内裏で呪符が見つかってしまう。
産婦に使える女房は白の衣装を着ていたなど、作中には平安朝の風俗も丹念に描かれているが、それが謎解きの鍵にもなっているので、緻密な構成には驚かされるでしょう。
女の嫉妬と欲望が渦巻く後官が舞台だけに、事件を複雑怪奇にする人間関係は”大奥もの”のような楽しさもある。盗賊消失の謎と呪符を置いた犯人が浮かび上がるにつれ、なぜ「紫式部日記」が書かれたのかという歴史の謎、文学の謎も明らかになるので、王朝文学が好きな人も満足できるように思える。

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