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ミステリの祭典

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最初の刑事:ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件

作家 ケイト・サマースケイル
出版日2011年05月
平均点8.00点
書評数2人

No.2 7点 弾十六
(2020/03/29 10:28登録)
2013年製作の英国製TVドラマ、The Suspicions of Mr. Whicher 四話シリーズの第1作目The Murder at Road Hill Houseは、本書の映像化。(日本語題名は『ウィッチャーの事件簿』) 素晴らしい時代感覚で1860年代の英国を再現しています。列車のコンパートメントや裁判所や旧家の邸宅、それぞれの衣装、様々な使用人たち、刑事、ジャーナリスト、市井の人々… 文句なしです。英国の当時もの好きは是非御覧ください。
早速、本書も発注しました。読んだら感想を書きます…
(2020-3-29記載)
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本が届いたので、早速、読んでいます。記述がかなり詳細で、これ誰だっけ?と登場人物一覧を見ながら読み進めています。終えるまで時間がかかりそう…
探偵小説風味が強い実録物。屋敷の見取り図や家系図がそれっぽい雰囲気(いや実話だから)
細かい値段が明記されてるので、価格マニアとしては当時の物価の記録としても使えそうで嬉しい限り。
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ただし、著者が冒頭p24に書いてる現在価値換算には異議あり。
「1860年の£1は、現在(2008)の貨幣で65ポンド分の価値があった… この換算率は小売物価指数によるものであり、交通機関や飲食物など、日常的なものの相対的な価格を計算するのに役立つだろう。
ただし、給与などの価値に関しては、1860年の£100の収入が現在の約60000ポンドに相当するという換算率のほうが適切である。」(米国人経済学教授の計算だという)
つまりパンの値段が£1なら現在の65ポンド相当だが、給料として支給された£1ならどこからともなく9.23倍の価値が生じて現在の600ポンド相当になるって… パン代£1と給料£1に違いがあるわけないだろう。
この換算法、磯田道史(監修)『江戸の家計簿』(宝島新書)の「現代価格(物価の換算、一両=63000円)」と「現代感覚(給料の換算、一両=30万円)」(こちらは4.76倍)と称して事柄により換算率を分ける考え方とそっくり。歴史研究で広く用いられているアホ概念なんですかね?
彼らが言いたい(らしい)のは、一律換算すると、物価に比べて給料が低過ぎるので、現在の感覚に合わなくなってしまい、都合が悪いということだと思うが、それじゃ当時の実感はわからない。実際に執事やメイドや労働者の給与水準は低かったのだ。色々な事物で異なる換算率を使うのであれば、換算する意味がない。
私が常用してるサイトによると、英国消費者物価指数基準1860/2008で91.13倍。同基準1860/2020だと122.39倍、£1=17365円。以下はこの換算率で現在価値を円表記する。
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さて代表的な事物の価格を拾うと…(以下s.はシリング、d.はペンス)
p92 宿代は一泊1s.6d.=1302円。
p103 ウィッチャーは1842年に部長刑事(サージャント)に昇進し、昇給して年収£50=87万円から£73=127万円となった。
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別の資料からだが、当時(1865)のパン1斤(a pound of bread)の値段は1.8d.=130円。ハウスメイド(1850)は多いほうで年収£14=24万円(住込なので食住は無料)。牛肉(1870年代後半)は重さ1ポンドあたり8.5d.=615円(100g換算で135円)。ビール(1888)は3パイントで3s.1/2d.=2641円(500ml換算で775円)。ロンドンの下宿代(朝食付き, 1865)は1日3s.=2605円。洗濯女(洗剤と食事込み, 1844)は年£6.13s.=11万5千円。
以上、現在から見てビール、パンや牛肉はまあ順当だが、給与や部屋代はかなり安い。(衣食住のうち「衣」が抜けているが、衣はピンキリなので未調査) この結果を見ると辻褄合わせで換算率を二種類用意したくなるのもある程度理解できる。
---(以下、修正あり)
当時の所得税は3%ほどで年収£150以上が対象だったようだ。社会保険料も徴収されない。つまり収入額=ほぼ手取り額なので現在の収入額面より使いでがある。英国の国民負担率は45.9%なので収入額を1.85倍すれば現代の税控除前の収入額と比較出来る。まあそれでも安いが…
上の米国経済学者の数字を借りると9.23/1.85=4.99倍すれば(多分、学者は現代の税込収入額との比較で考えている)現代で言えばどのくらいの収入レベルなのか比較出来そう。この率で計算しなおすと、ヒラ刑事は手取り年収434万円レベル、部長刑事は同634万円レベル、ハウスメイドは同120万円レベル、洗濯女は同57万円レベルとなる。多分、米国経済学者が本当に言いたかったのは、そーゆーことであろう。(貨幣の交換レートと収入額による社会階層の当てはめを混同したのが間違いの原因)
(2020-4-3記載、2020-4-5修正)

No.1 9点 小原庄助
(2017/11/12 10:38登録)
のどかで美しい英国の田園地帯にたたずむカントリーハウス。富裕層の富と権力の象徴であったこの田舎の大邸宅は、ジェイン・オースティンの「高慢と偏見」をはじめ、いくつもの古典文学の舞台として、愛用され、多くの読者を魅了してきた。と同時に、シャーロック・ホームズやエルキューレ・ポアロといった名探偵が鮮やかな推理を披露する場として、世界中のミステリファンに親しまれてきた。
幸福な外見の裏に多くの秘密を抱えた善良な一族、怪しげな使用人、一族に反感を抱く地元民、無能かつ尊大な田舎の警察官、そして奇矯な振る舞いとは裏腹に鋭い推理で意外な真相を見抜く名探偵。誰もが一度は触れたことがあるに違いない定番ともいえるこのスタイルは、いつごろ、どうして誕生したのか?そんな疑問に答えてくれるのが本書だ。
1860年初夏、イングランド南西部の閑静な村に立つ「ロード・ヒル・ハヴィ」で、3歳になる当主の息子が惨殺された。スコットランド・ヤードから派遣された刑事課のプリンス、ウィッチャー警部は、現場の状況から内部の者による犯行だと確信。だが、プライバシーと家庭生活を礼賛する「常識」の壁の向こうで、欺瞞と隠蔽が複雑に絡み合う中、捜査は暗礁に乗り上げる。当時普及し始めたメディアである新聞が事件を書き立て、ビクトリア朝時代の大帝国に、他人の罪や受難をのぞき、詮索し、つつき回したいという探偵熱が巻き起こる。
ウィルキー・コリンズやコナン・ドイルといった大衆文学作家に多大な影響を与え、英国探偵小説の定番が誕生する礎となったこの事件を、作者は当時の一次資料を基に伝説的なミステリの手法を駆使して鮮やかかつスリリングに再構築した。事実のみが与え得る意外な真相に思わずため息が出るノンフィクションであると同時に、謎解きミステリとしても堪能出来る傑作。

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