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ミステリの祭典

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いくさの底

作家 古処誠二
出版日2017年08月
平均点6.12点
書評数8人

No.8 5点 パメル
(2022/08/20 07:51登録)
ビルマを平定した日本だが、治安を乱す重慶軍に悩まされていた。閑職にあった賀川少尉は、急造された舞台を率いてヤムオイ村に向かう。少尉は7カ月前まで村にいて、村長を補佐する助役に清水次郎長一家から名を借りた渾名を付けていた。しかも現地で実戦も経験したらしい。村に到着した夜、少尉が首を大きく切られて殺された。その死は村人に伏せられたが2日後、村長が同じ手口で殺されてしまう。
犯人は日本兵か、村人かそれとも重慶軍か。外部との連絡が難しい閉鎖空間の村で、日本兵と村人が互いに疑うことで生まれる息苦しいまでのサスペンスは圧倒的。さらに戦時下の、ビルマ奥地の小村でしか成立しないトリックを使っているので、意外な犯人にも衝撃の動機にも驚かされるのではないか。
そして謎が解かれるにつれて、目の前の勝ちにこだわらず大局を見ず、現実より体面や建前を重視し、個人の良心を圧殺する日本軍の問題点も浮き彫りになってくる。これらの指摘は、現在の日本の組織が直面する課題とも無縁ではないだろう。

No.7 7点 ʖˋ ၊၂ ਡ
(2022/07/19 15:45登録)
第二次大戦中期のビルマの山村を舞台にしている。賀川少尉率いる警備隊がその村に配属された夜、何者かが少尉を殺害した。事件はごく限られた関係者以外には伏せられることになったが、そのためかえって疑心暗鬼が拡大する。犯人は敵である重慶軍か、村の住民か、それとも隊の内部にいるのか。
本書には激しい戦闘シーンはなく、村人たちは少なくとも表面上は日本軍に友好的である。重慶軍の襲撃の危機に晒されているとはいえ、登場する日本軍の兵士たちは凪のような状況にいる。しかし戦闘そのものは起きていなくても、戦争とは多くの人間ドラマが絶えず交錯するものだ。本書ではそれを、日本軍と現地の住人との交流として表現される。そこに突如投げ込まれる殺人事件という変事。だがそれは、この場所、このタイミングでしか起こり得ない出来事であったことが結末に至り明らかとなる。
謎解きの構成が、戦争小説としてのテーマと完璧に結びついている点といい、抑えた筆致が醸し出す不穏な緊張感といい完成度の高いミステリといえる。

No.6 6点 ぷちレコード
(2021/05/01 21:56登録)
日本人将校の殺害に端を発する物語。その犯人は一体誰なのか、というのが話のメインだが、終盤に連打されるどんでん返しが、まさにこの時代、この場所、この語り口でなくては成立しないものになっており、ミステリと戦争小説を融合した作品。

No.5 6点 八二一
(2020/08/09 14:34登録)
小さなコミュニティでの犯人当てから戦争という大状況を炙り出す。他に類のないスタイルを持った謎解き小説。

No.4 6点 ミステリ初心者
(2019/09/16 17:31登録)
ネタバレをしています。

 戦争中のビルマの村という、やや特殊な環境が舞台のミステリです。しかし、本の中での説明が簡潔で読みやすく、難なく物語へ入っていくことができました。
 賀川少尉と村長(偽)が殺害され、村長の真の姿が明らかになるにつれて、犯人の動機が分からなくなります。村長は殺されるとき無警戒である→村長は華僑であり重慶軍とパイプがある→日本軍ではなく、村の人間が殺した可能性が高い→しかし賀川少尉はなぜ殺されるのか? と考えが堂々巡りします。最後まで読んだとき、犯人の意外な正体と動機に納得しました。
 犯人につけられた(と錯覚させた)あだ名"イシマツ"のミスリードが見事で、自然と賀川少尉がつけたものと勘違いしてしまいました。しかも、このイシマツは、犯人の正体を推測する伏線にもなっていました。

 以下難癖。
 登場人物の名前がフルネームでないので、なんとなく感情が入らない。このへんはあだ名関連があって難しいのかもしれませんが。
 犯人の賀川少尉に対する殺意を抱いたシーンが淡々としすぎている気がする。もうすこしドラマティックでもよかったかも(?)

No.3 7点 HORNET
(2019/06/12 22:13登録)
 舞台は第二次大戦中期のビルマ。日本はビルマを戡定したが、情勢は落ち着かず、各地に警備隊として軍を配属していたころ、ある村に賀川少尉率いる一隊が配属された。しかし日本軍を優遇する村民との関係も良好に見え、平穏な任務―軍属として隊にいた日本人通訳の依井は、そんな風に思っていた。
 だがそんなある晩、何者かの手で少尉がビルマの刀「ダア」で一太刀のもと殺されてしまう。一対誰が、何のために?争う重慶軍の仕業か、村民か、それとも―?

 古処誠二はこのあたり(第二次大戦)を題材とした戦争ミステリで売る作家。物語の場面設定を理解するには歴史の知識が必要なところもあるが、だいたいは読んでわかる。戦時中の、いつ命のやり取りになるかわからない緊張感や、その中での軍人たちの力強い生き様が感じられて、それだけでも読んでいて面白い。
 本作は、「少尉を殺したのは誰か?」ということ共に「何のために?」ということがかなり重要な部分になる。戦況に関わる軍事的事情なのか、はたまた私怨なのか。主人公・依井の視点からさまざまな想像が巡らされるあたりはかなり面白い。
 新たな事実がいろいろと開陳されていくラストだが、想像の及ぶ範囲であったり、細かな手がかりが出されていたこともあったりして、後出し感はない。
 他に類をあまり見ないジャンルで「らしさ」を出している作家。強いと思う。

No.2 6点 人並由真
(2018/02/09 14:12登録)
 なかなか底の見えない動機の意外性、その背景にあった戦争中の秘話に話のフォーカスを当てていくうちに、ミステリから離れた戦争文学になってしまった印象である。
(といいつつ、筆者は『戦艦金剛』のレビューに書いたとおり、戦争文学に対してそんなに知悉はないのだけれど。)
 少なめの字数に比して読み応えはあったものの、最後の最後の真相は、まあ戦時下のいびつな状況ならそういうこともあるでしょうね(悲しいことではあるが)、と腑に落ちてしまった。それが良いような、良ろしくないような。

No.1 6点 小原庄助
(2017/12/29 08:50登録)
第二次世界大戦中期のビルマ山岳地帯を舞台にした戦争ミステリ。
警備隊を指揮していた賀川少尉が、駐屯当日の夜に何者かに殺される。私怨か、内紛か、それとも村に潜伏する敵の仕業か。
2008年の「メフェナーボウンのつどう道」以降、舞台をビルマに定めているようだ。一段と夾雑物を排し、戦争小説なのに劇的にしないで、静かに鋭く人間性を掘り下げている。注目すべきは、前作「中尉」からそうだが、ミステリとしての骨格が強まってきていることだ。
「そうです。賀川少尉を殺したのはわたしです」という告白で始まる物語は、犯人と動機を求めることが、戦争という状況下で善悪をこえて殺人を犯さざるを得ない悲劇の実相を掘り下げることとなっている。堂々たる語りの優れた戦争ミステリ。

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