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ミステリの祭典

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ʖˋ ၊၂ ਡさんの登録情報
平均点:5.92点 書評数:102件

プロフィール| 書評

No.102 6点 検事の本懐
柚月裕子
(2024/07/08 13:32登録)
北国の架空都市・米崎市の地検に勤務する若手検事・佐方貞人が主人公を兼ねて、狂言回しを務める。物語はおおむね、佐方以外の人物の視点で語られ、そこから佐方の人物像を浮き彫りにする、という手法がとられている。唯一の例外は、苦境に陥った幼馴染の元恋人に頼まれ、トラブル解決に佐方自身が乗り出す「恩を返す」のみ。ここでは元恋人のほか、彼女を恐喝する悪徳刑事、そして佐方の視点が交互に出てきてサスペンスを盛り上げる。
「樹を見る」、「罪を押す」、「拳を握る」はいずれも、証拠から明らかに有罪と思える事件を扱う。場合によっては、被疑者が自白までした事件に、佐方が疑問を呈して再調査し、無罪を立証するという構成をとる。警察捜査が、やや杜撰すぎるきらいもあるが、佐方の粘り強さがよく出ていて、最後まで飽きさせない。「本懐を知る」は、佐方の亡父の過去の謎めいた事件を取り上げる。ルポライター・兼先の視点で、その秘密が次第に明らかにされる展開は読み応えがある。


No.101 5点 フェイク・インフルエンサー
白鳥あずさ
(2024/07/08 13:22登録)
五人組のガールズバンドのメインボーカル・大家叶多。彼女は集客のためにSNSを巧みに利用していたが、ある日、限られた人間しか知らないはずの隠したい過去をネットで何者かに暴露されてしまう。
情報をリークした犯人を探るうちに、疑心暗鬼でぎごちなくなる仲間たちとの関係性。そんな中、突然バンドメンバーの一人が殺害される事件が起きてしまう。だが、皮肉なことにその騒ぎのせいで、バンドの注目度は高まっていく。
主人公はSNSによって事件に巻き込まれ、運転士である彼女の父親は、電車の事故によって運命を狂わされる。その二つの事件がこの小説の重要なポイントになっている。
誰も意識しないうちに日常に自然と溶け込んでいるものが、事件をきっかけに表層に浮かび上がる。その時、見慣れた穏やかなものに、実は暴力装置の側面があることに気づかされる。


No.100 5点 走る凶気が私を殺りにくる
三浦晴海
(2024/07/08 13:12登録)
千晶は介護タクシーの運転手。認知症の老人を送迎の途中、煽り運転に遭遇する。車は執拗に彼女のタクシーを追い続ける。老人を助手席に乗せたまま逃げ続ける千晶は、煽り運転の主が自分の過去とかかわっているのではないかと推測する。
置かれた状況からリチャード・マシスンの「激突」を連想したものの、本書は主人公の過去が少しずつ語られて、煽り運転の主の正体が見えてくる過程に重点を置いている。助手席の老人もなかなか忘れがたいキャラクター。車を走らせながらの恐怖の一夜、そのサスペンスを満喫できる。


No.99 8点 殺人犯 対 殺人鬼
早坂吝
(2024/05/13 14:19登録)
大人たちが出払い、島が嵐によって隔離状態となった晩、養護施設の入所者で中学生の網走一人は恨みを抱く入所者のボス・剛竜寺とその仲間を殺害しようと試みるが、剛竜寺はすでに殺害されていた。さらに片目の眼球が金柑と交換されていたという出だしからして、一筋縄ではいかない孤島ものになることは明らか。
本作は、連続殺人を実行しようとする主人公が、先を越していく連続殺人犯を探しながら、自らも計画を実行しようとする異様なツイストの効いた作品である。別々の意志を持った実行者が二人いることで、偶然の要素によって物語が常に揺らぎ続ける様が読みどころ。


No.98 6点 歴史は不運の繰り返し セント・メアリー歴史学研究所報告
ジョディ・テイラー
(2024/05/13 14:11登録)
赤毛の女性マックスは、歴史を学んだ後に職を求めてセント・メアリー歴史学研究所に勤めることになるのだが、実はそこはタイムトラベルを駆使して過去の歴史を実地調査する特殊な研究機関で、そこで歴史の荒波に揉まれていく。
展開はスピーディで、第一次大戦に飛んだかと思えば、すぐに白亜紀に飛んで恐竜の観察をし、未来のセント・メアリー研究所から危機を報せる未来人がやってきてと、てんてこまい。ほんわかした雰囲気だが、歴史は厳しく襲い掛かり仲間たちは容赦なく死んでいくというシビアな展開も悪くない。


No.97 6点 濱地健三郎の呪える事件簿
有栖川有栖
(2024/05/13 14:04登録)
怪異と論理の切れ味で、時に哀しみまで交えて語る心霊探偵シリーズ第三作。
今回特に注目すべきは、執筆時のリアルタイムを反映し、コロナ禍中においていったい怪異はどのように現れるのかを追求した点にある。そして、社会状況に応じて様態や人間側の受け止め方に変化はありつつも、決して怪異自体は途切れることはない、というあたりに作家としての矜持が垣間見える。
また、ミステリにおける探偵という存在について心霊探偵ならではの、つまりホラーであればこそのアプローチをしているところも興味深い。


No.96 6点 暗黒自治区
亀野仁
(2024/02/22 15:36登録)
中国を模した国家によって自治権を奪われた架空の日本を舞台にした活劇小説。国土は分割され、国連暫定統治区となった東京で、犯罪者グループの一員となった旧日本人の佐野由佳。彼女は初仕事として党高官の拉致計画に参加するが、作戦は失敗に終わり、公安局に身柄を確保されてしまう。暫定統治区への護送中に何者かの襲撃を受けた由佳は、銃撃戦の最中、護送役である神奈川公安局の雑賀から突然「お前を逃がす」と告げられる。
激しい銃撃シーンを経て、謎めいた警察官の雑賀と由佳の二人きりの逃亡が始まる。両者の関係の進展に加え、パラレルワールドの詳細な設定、アクション及び銃火器の精密な描写といった背景部分へのこだわりが大きな説得力となってシンプルな逃亡劇に奥行きを与えている。


No.95 5点 じょかい
井上宮
(2024/02/22 15:28登録)
表情・服装・行動とも精神が壊れているかのような女と、多重人格のごとく振る舞う少年、悪臭漂う謎の流動食という神経・生理的な嫌悪感を伴う恐怖に、日常が不条理に侵食されていく不安。
主人公のネガティブな精神状況にかけられる追い打ち。そして、ある仕掛けから明らかになっていく伝奇的な広がりの妙。都市伝説を情報の問題ではなく、あえて実態としてとらえたB級ホラーの怪作。


No.94 7点 擬傷の鳥はつかまらない
荻堂顕
(2024/02/22 15:22登録)
主人公のサチは、表の顔はネイルサロン経営者だが、裏では顧客に偽りの身分を与える「アリバイ会社」を新宿歌舞伎町で営んでいる。そんな彼女の更に裏の稼業は、この世に居場所を失い絶望した人間を「門」の向こうの異界へと逃がすこと。サチはある日、二人の少女から「門」の向こうに逃亡したいと懇願される。だが数日後、そのうちの一人が転落死した。
サチは依頼者を逃がし、なおかつ暴力団幹部からある指示に従うという難題をこなすべく危うい綱渡りを開始するが、関係者の誰もが裏切る可能性がある状況下、一歩判断を間違えれば命を奪われかねない剣呑な騙し合いが火花を散らす。そして中盤からは、「門」の向こうの世界へ行った人間はどうなるのかという秘密を軸に、絶望と希望のあわいで自分の重い過去と真摯に向き合おうとする人々の姿が描かれる。特殊設定とハードボイルドが見事に融合された作品。


No.93 7点 仮面法廷
和久峻三
(2023/12/22 13:10登録)
民事事件を扱った異色の法廷ミステリ。
設立後間もない不動産会社で、琵琶湖を見下ろす時価数億円の土地の売買契約が成立した。しかし、売り主の権利証、印鑑証明などはすべて偽造されたものと判明する。数日後、売り主を自称していた美貌の女性によって、買い主が振り出した多額の小切手が引き出されていた。事件はやがて殺人事件へと発展していく。
コンゲームミステリと本格物を組み合わせた構成の面白さもさることながら、民事事件を初めて法廷物に取り入れた作品として忘れがたい。


No.92 6点 アルキメデスは手を汚さない
小峰元
(2023/12/22 13:03登録)
妊娠中絶のミスで女子高生の娘を亡くした父親が「アルキメデス」というダイイング・メッセージを手掛かりに相手の男を探り出そうとすると、娘のいたクラスで毒殺未遂事件が起きる。さらにクラスメイトの姉が自殺し、その愛人が殺されるという事件が続き、謎はますます深まっていく。
ダイイング・メッセージ、アリバイ崩し、日本間の密室など盛り沢山の趣向に加えて、反体制的でしかも保守的な当代の高校生の生態描写が新鮮で、時代と年齢を超えて楽しめる青春ミステリに仕上がっている。


No.91 6点 影の斜坑
草野唯雄
(2023/12/22 12:57登録)
舞台は閉山をまじかに控えた北九州の炭鉱。密室状態の社員クラブで、この炭鉱に派遣された調査官の撲殺死体が発見された。数日後、今度は坑内で一人の機電係員が忽然と消えるという怪事件が発生、事件の謎が深まっていく。
密室殺人と人間消失を組み合わせた推理的な興趣もさることながら、斜陽化した石炭産業の実態がリアルに描かれていて、ずっしりと重い読後感がある。


No.90 5点 呪いと殺しは飯のタネ
烏丸尚奇
(2023/11/13 12:22登録)
フィクションを生み出すことに行き詰まり、伝記を書いていた作家・烏丸尚奇。
ある企業の依頼を受けて創業者の伝記を書くことになった彼は、長野県にある創業者の家を訪ねる。一家について調べるうちに、数々の不幸な出来事と不穏な痕跡を見出した烏丸は、ついに自分が書きたかったテーマと巡りあえたことを実感する。後戻りできなくなった彼は、禁断の謎を解き明かそうとするが。
小説家を主人公に据えて、創作者としての焦燥と渇望を根底に据えた小説。解き明かされる真相は強引なところもあるけれど、主人公を突き動かす欲求と重なり合って、刺激に満ちた物語に仕上げられている。


No.89 5点 SFにさよならをいう方法 飛浩隆評論随筆集
評論・エッセイ
(2023/11/13 12:14登録)
日本SF大賞受賞作家のエッセイ集。
書評などに集めた「読んだもののことなど」と、受賞の言葉をはじめ自作についての述懐を集めた「書くこととその周辺」の二部構成。
ジャンルの枠にとらわれないSFの読み方や自作の奥にあるものの解説など、読書へのヒントがある。


No.88 6点 廃墟の白墨
遠田潤子
(2023/11/13 12:10登録)
奇妙で深い愛と欺瞞と犯罪の物語。
三十歳の和久井ミモザは、病床の父に届いた手紙に導かれ、大阪の古いビルに赴く。そこに暮らしていた三人の老いた男たちは、ミモザに昔の話を語り始めた。一九七〇年頃、そのビルに住んでいた白墨という幼い娘と、その母について。
老人たちの語り口から過去の犯罪や嘘が浮かび上がり、それが現在のミモザに徐々に結びついていく展開が刺激的。語りの連続の中に意外な変化も織り込まれていて飽きさせない。


No.87 6点 試練 護衛艦あおぎり艦長 早乙女碧
時武里帆
(2023/11/13 12:04登録)
海上自衛隊護衛艦の新任女性艦長が、画主人公のシリーズ第二弾。
女性自衛官として初めて遠洋練習航海に参加した著者の一作で、艦内の緊急事態や遭難者の救助などを指揮官として乗り越えていくエンターテインメントとして上出来。脇役の活かし方も巧みで、海上サスペンスとしても組織小説としてもスリリングである。


No.86 5点 ラス・マンチャス通信
平山瑞穂
(2023/11/13 11:58登録)
離人症めいた青年の現実とも幻想ともつかない世間的彷徨を、奇怪で粘的な挿話、ディテールによって淡々と描いている。
異様な存在が、ごく当たり前に日常を横切っていく無機質な日々の繰り返しは、断裂的な構成とともに、この世界が有機的に結びつかない断片の連なりによって出来上がっていることを静かに示している。


No.85 5点 女王ジェーン・グレイは九度死ぬ 時戻りを繰り返す少女と騎士の物語
藍川竜樹
(2023/10/12 13:26登録)
悲劇的な人生ゆえに、しきりに絵画・文芸分野で題材に取り上げられてきた英国初の女王ジェーン・グレイ。
彼女がバッドエンドを迎えるたびに過去をやり直す「ハープもの」の物語設定によって、彼女の悲劇性が際立った仕組みになっている。歴史に翻弄され、過酷なる人生を運命づけられた少女は果たして幸せになれるのか。エンタメである故に到達できる救いが本書にはある


No.84 5点 悪い弁護士は死んだ
レイフ・G・W・ペーション
(2023/10/12 13:19登録)
強烈な個性を持つベックストレーム警部が活躍するシリーズ第三弾。
弁護士が殺された。だが被害者の飼っていた犬の殺害は、主人の死の四時間後だったことが発覚し、捜査は混乱する。犯人はわざわざ引き返して犬を殺したのか。
ロシア皇帝ニコライ二世が登場の「ピノキオの鼻の本当の物語」が作中に挿入されるなど、いったい話がどこに着地するのか見当がつかない怪作だ。


No.83 7点 I’m sorry、mama.
桐野夏生
(2023/10/12 13:12登録)
最凶、最悪の中年女・アイ子の蛮行が炸裂する。彼女は孤児院から脱出した後は、生き抜くために職を変えながら平気で殺人、金品の強奪、放火を繰り返してきた。
乾ききった内面に渦巻くのはただ一つ。母に会いたいという切なる願いだけ。全編を覆いつくすブラックユーモアが痛快。アイ子の行く先に立ち現れるホテル・グループの女社長、家族の世話に追われるだけの主婦、元娼婦の老婆等々。誰もが人生に苦悩しつつ、振る舞いは滑稽にならざるを得ない。アイ子は悩める女性の内面を露にする一種のトリックスターなのだ。

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