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ミステリの祭典

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平均点:6.11点 書評数:756件

プロフィール| 書評

No.756 6点 白魔の檻
山口未桜
(2026/05/18 08:25登録)
研修医の春田は、医師の城崎と共に北海道の山奥にある病院へ派遣される。ところが到着後、病院一帯は濃霧に包まれ、さらに地震により硫化水素ガスが流れ込んでしまう。この極限状況の病院で次々と不可解な犯罪が起こる。
濃霧、地震、有毒ガスという三重の災厄が重なり、病院が完全に孤立する設定が災害パニック小説のような緊迫感で惹きつけられる。また作者が現役医師であるため、カルテの扱い、専門用語を用いた処置、限られた医療器具の対応など、医療現場の描写にリアリティがある。
頑張れば頑張るほど報われないという過疎地医療の厳しい現実や、命の選択を迫られる医療従事者の葛藤など、社会的なテーマも深く描かれており、単なる犯人探しに終わらない重厚な人間ドラマとして満足度が高い。ただ舞台設定は強力だが、それぞれの要素がストーリーに最大限絡んでいるかというとやや弱さを感じてしまう。ミステリとして、もうひと捻りほしかった。


No.755 7点 贋作ゲーム
山田正紀
(2026/05/14 07:18登録)
綿密な計画、専門技術、限界状況での判断という要素が絡み合ったプロの仕事としての犯罪や任務が描かれた4編からなる中短編集。
「贋作ゲーム」有名美術館で展示されようとしている絵画は実は贋作。それを阻止しようとする。困難な状況の中で、ほんのわずかな空隙を突いて目的を達成しようと、あの手この手でアプローチする展開は、まさに作者らしい冒険小説といえる。なんといってもゲームそのものが根底からひっくり返されるラストには爽快さを感じる。
「スエズに死す」爆発処理のプロの「俺」は、娘の命と引き替えに、パレスチナ・ゲリラから機雷を回収するようにという困難な依頼を受ける。「俺」は、パレスチナ・ゲリラの優秀な人物とタッグを組み、時間も材料も圧倒的に足りない中で頭をめぐらせながら、奇妙な方法で目的を達成しようとする。ラストはサプライズ・エンディングが待っている。伏線が見事。
「エアポート・81」公開前の洋画の海賊版を密輸する映画カメラマンの主人公が、それを盗まれたことからハイジャックする羽目になるプロセスをテンポ良く描き出している。周囲を警察と機動隊で包囲された状態の飛行機から脱出するというクライマックスは、少々現実味に欠けるが本作が最も楽しめた。
「ラスト・ワン」「俺」は愛する女のために、金融事務所の金庫から金を奪うことになった。その紙幣が所長の犯罪の証拠となるというのだ。極限状況の中で最後の一手に全てを賭ける作戦が描かれ、綿密な計画と突発的な判断が交錯する。「俺」自身のトラウマの克服も絡み読み応えがある。


No.754 6点 リング
鈴木光司
(2026/05/10 08:35登録)
横浜の自宅で留守番をしていた女子高生と品川の路上で信号待ちをしていた予備校生が、相次いで不審な死を遂げる。雑誌記者の浅川は、犠牲者の一人が自分の姪であったことから調査を開始する。そしてさらに二人の男女が同様の死に方をしていることを突き止める。
調査の過程で彼らに共通していたのが、あるビデオテープを見ていたことだと判明する。そのビデオの最後に出てくるメッセージは「この映像を見た者は一週間後に死ぬ」とあった。浅川は親友の高山に助けを求め、二人で死の呪いを解くメッセージを探し始める。
本書の特徴はホラーとしての怖さだけでなく、ミステリとしての謎解きの面白さが強いところ。呪いのビデオという超常現象を扱いながらも、原因や仕組みを理詰めで追っていく構成である。単なる怪談ではなく「なぜ死ぬのか」、「どうすれば回避できるのか」というロジックを重視している点が、この作品の独自性といえる。自分だけが助かるために誰を犠牲にするのかという究極のラストシーンは、鳥肌が立つような戦慄を感じさせる。
作者の鈴木光司氏が、一昨日の5/8にお亡くなりになられたそうです。ご冥福をお祈りいたします。


No.753 7点 たけまる文庫 謎の巻
我孫子武丸
(2026/05/06 08:53登録)
本格ミステリからブラックユーモア、サイコスリラーまで作者の多彩な引き出しが楽しめる8編からなる短編集。
「裏庭の死体」ある人物の家の裏庭から死体が発見される。容疑者にはアリバイがあり、犯行は不可能を思われる。トリック自体は比較的シンプルなのでやや物足りなさを感じる。
「バベルの塔の犯罪」超高層ビルを舞台にしたパズラーで、爆破予告事件に対し警察が奔走する。建物の構造そのものの錯誤を用いた仕掛けが特徴のキレのある作品。
「花嫁は涙を流さない」姉妹と一人の男を巡る三角関係がやがて殺意へと発展していく。最後に明かされるサイコな真相にはゾッとさせられる。心理描写の毒が効いている。
「EVERYBODY KILLS SOMEBODY」交換殺人を斡旋する謎の事務所。そこに依頼した主人公たちが思わぬ方向に転がり始める。皮肉なラストが見事なブラックコメディ。救いのない結末に作者らしさを感じる。
「夜のヒッチハイカー」夜道でヒッチハイクの男女を乗せたことから不気味な展開へと転じていく。オチは比較的シンプルながら、緊張感の演出が巧く短い中でしっかり怖さを感じさせる。
「青い鳥を探せ」自分自身の行動を調査してほしいと探偵に依頼する奇妙な男。その依頼の真意とは何なのか。設定の奇妙さが、そのままトリックに繋がっており構造が秀逸。
「小さな悪魔」塀の修理をしている時に庭を覗き込んでいた少年・コウジは、いなくなった犬を探しているのだと言う。暴力描写や心理的圧迫感が強く、読後にインパクトを残すホラー・スリラー。
「車中の出来事」深夜の電車で犯人を護送中の刑事に話しかけた男は、自分も刑事だと名乗る。二転三転する状況と最後の最後でひっくり返る「誰が何者なのか」という構図が鮮やか。


No.752 6点 キッド・ピストルズの妄想
山口雅也
(2026/05/02 09:20登録)
パラレルワールドの英国を舞台に、パンクな刑事・キッドがマザーグースになぞらえた奇妙な事件に挑む3編からなる中編集。
「神なき塔」反動の実験をすると言って塔から飛び降りたはずなのに、なぜか遺体は屋上にあった。不可能犯罪なトリックが鮮やかなのはもちろん、何より狂気の論理が支配するシリーズ独特の世界観が色濃く出ている。
「ノアの最後の航海」聖書を盲信する富豪ノア・クレイポールは、来るべく大洪水に備えて箱舟を建造していた。親族が集められたその箱舟の中で密室殺人事件が発生した。狂気を抱えた人物たちの振る舞いが滑稽でありながら、空恐ろしく、思想そのものがトリックに関与する構造が印象的。
「永劫の庭」広大な庭園を持つラドフォード伯爵邸で、伯爵自身が企画した宝探しゲームが開催される。しかし主催者である伯爵は行方不明。参加者たちがゲームのヒントに従って辿り着いたゴールで発見したのは伯爵の死体だった。単なるトリック解明ではなく、真相は美に対する異常な執着という人間の内面に帰着する。何とも言えない余韻が残る。


No.751 7点 嘘と隣人
芦沢央
(2026/04/28 09:05登録)
定年退職した元刑事・平良正太郎が主人公で、日常生活の中で遭遇する不可解な出来事と、その裏に潜む小さな嘘が引き起こす悲劇を描いた5編からなる連作短編集。
「かくれんぼ」DV加害者である元夫に居場所を隠していたはずなのに襲われてしまう。なぜ見つかってしまったのか。些細な保身や、善行に見える行動が取り返しのつかない事態を招く恐怖が描かれている。読後はゾっとするような冷たさが残る。
「アイランドキッチン」正太郎は不動産屋で勧められたマンションが、女性の転落死事件の現場だったことに気付く。自分を守るために嘘を重ねる人間の醜悪さが際立っており、不動産という大きな買い物に潜むトラブルのリアルさも相まってイヤミス全開な作品。
「祭り」正太郎はかつて捜査した外国人技能実習生の死体遺棄事件を回想する。不法就労や差別といった社会の歪みの中で、なぜ罪を犯すに至ったのかの真相が語られる。弱者がさらに弱い立場の人を追い詰める構造が描かれており、タイトルの「祭り」が持つ賑やかさと事件の虚無感とのギャップが胸に刺さる。
「最善」妻の友人の夫が駅で痴漢容疑で逮捕される。本人は否認しているが目撃証言もあり絶望的な状況。家族を守るための嘘が結果として家族を崩壊させていく皮肉な結末が作者らしいイヤミスの真髄を感じさせる。
「嘘と隣人」正太郎は同じマンションの住人から、SNSでの誹謗中傷や脅迫について相談される。現代的なSNSの問題を取り入れ、じわじわと隣にいる誰かの正体が見えてくる不気味さがある。読後には人間不信に近い余韻が残る。


No.750 5点 展望塔の殺人
島田荘司
(2026/04/23 08:44登録)
都会の歪みや社会問題をテーマにした6編からなる短編集。
「緑色の死」緑色に対して異常な嫌悪感を抱く男を主人公にしたサスペンス。耽美的で不気味な雰囲気があり、初期の島田作品らしい怪奇趣味が楽しめる。亡き父の手紙により緑色嫌悪の理由を悟るが、さらにどんでん返しが用意されており慄然とさせられる。
「都市の声」ヒロインが東京のどこへ逃げ回っても何者かからの脅迫電話がその場所に掛かってくるという不可能犯罪が扱われている。都会の冷淡さや孤独が事件を増幅される様子がリアルで日常が侵食される感覚が味わえる。
「発狂する重役」やり手の商社の重役が机の上にハイヒールを置いてそれを見つめながら発狂していた。一見オカルトに見える事件を、合理的に解き明かされる真相は鮮やか。
「展望塔の殺人」飛山公園の展望塔で、主婦の井上典子が売店で働く女子学生・矢部冨美子に殺される。接点のない二人の間に起きた動機なき殺人が、実は深刻な現代社会の歪みを秘めていたという社会派ミステリで不気味な余韻が残る。
「死聴率」視聴率アップのためにテレビディレクターが思いついた犯罪計画。どこか幻想的で皮肉な物語。数字に支配される現代人の姿を鋭く突いている。
「D坂の密室殺人」江戸川乱歩の名作を強く意識した一編で、レトロな雰囲気の中、密室殺人が解き明かされる。江戸川乱歩作品と錯覚するほど、退廃的で倒錯的な雰囲気が見事に再現されている。乱歩作品と同じテーマを扱いながら、意外な真相を提示し、社会に疑問を呈している。


No.749 4点 もつれっぱなし
井上夢人
(2026/04/18 07:43登録)
すべて男女2人の会話のみで構成されている6編からなる短編集。
「宇宙人の証明」女性が宇宙人を保護していると主張する。想像を超えるような結末を期待したが拍子抜け。
「四十四年後の証明」男性のもとに少女からの突然の電話。彼女は彼の孫だと主張する。SF的な設定を用いながら人生観に踏み込む余韻があり、感動よりの読後感が残る。
「呪いの証明」職場の嫌われ者の上司が転落死する。彼女は自分が殺したのだと主張する。会話の積み重ねで不気味さがじわじわと増していく。具体的な根拠が示されるので、ある程度は納得がいく。
「狼男の証明」売れっ子タレントの男性が、満月になると狼男になると告白し、コンサートの日程の変更を主張する。コミカルな入りから奇妙な方向に転がっていく作品で結末はやや脱力系。
「幽霊の証明」アパートを訪ねてきた彼女は、自分が幽霊なのだと主張する。会話が噛み合わないこと自体がテーマのような作品で、言い切らないオチによって想像の余地が残る構造となっている。
「嘘の証明」万引きをした女子高生を職員室に呼び出す教師。彼女は万引きしていないと主張する。会話だけで読者をミスリードし、最後に構図をひっくり返す手腕は見事。
非現実的なテーマを論理で証明する作品集で、テンポよく読めるが単調に感じることが多いので点数は低めになってしまう。


No.748 6点 謎亭論処 匠千暁の事件簿
西澤保彦
(2026/04/13 07:29登録)
タック、タカチ、ボアン、ウサコの4人が身近で起きた奇妙な事件について、推理合戦する8編からなる短編集。
「盗まれる答案用紙の問題」教師のボアン先輩こと辺見裕輔が忘れ物を取りに職員室に戻ってみると、不審な動きをする女性教師を目撃する。机の上に置いたはずのテストの答案用紙と、校門に停めていたはずの自分の車が消失していた。論理の積み重ねで意外な真相に至る。逆転的な状況設定が秀逸。
「見知らぬ督促状の問題」ウサコの友人である広末倫美はのもとに身に覚えのない家賃滞納の督促状が届く。人間関係の歪みや悪意を炙りだす作者らしいパズルが楽しめる。
「消えた上履きの問題」学校で大量の上履きが消えるという奇妙な事件が発生する。フェティシズム的な犯行に見せかけて、実は全く別の論理的な目的があるという逆転劇が鮮やか。
「呼び出された婚約者の問題」開業医をしている佐藤哲郎は、昔の婚約者・広田明子に呼び出されるが、彼女は車の中で死体となって発見される。行動に隠された意図とは何かといった点が検討され、筋の通った説明が与えられていく。人間関係の機微にも踏み込んでおり、単なるパズルではなく読み応えがあった。
「懲りない無礼者の問題」電車の中で、安槻市の悪口を言っている中年の男女。その話を聞いて我孫子鈴江は、その二人が一年前に同僚の息子を殺した犯人ではないかと疑う。人間の行動には単一の理由では説明しきれない部分があるという、いわば性格や行動原理に踏み込んだ謎であり、小さな違和感を論理で掘り下げる面白さがある。
「閉じ込められる容疑者の問題」娘夫婦に睡眠薬を盛り、その間に母親が密室状態の中で死んでいた。そもそも容疑者という前提は正しいのかといったことを疑う方向に進み、与えられた状況をそのまま受け取らず、解釈を何度もひっくり返す過程がスリリング。
「印字された不幸の手紙の問題」ウサコが家庭教師をしている少女のもとに不幸の手紙が届く。そこには一カ月以内に一番嫌いな相手にハガキをを出さないといけないと書かれていた。人間心理操作というテーマが潜んでおり、都市伝説的な題材を論理で解体する点が面白い。
「新・麦酒の家の冒険」タック、タカチ、ウサコの3人は、ボアン先輩に誘われ高級住宅街にある洋館へ行くが、そこには大量のビールがあった。元ネタを知っている人には、作品同士の対比が楽しめるが、あまりにも強引。


No.747 6点 学生街の殺人
東野圭吾
(2026/04/08 08:29登録)
かつては学生たちで賑わっていたものの、寂れてしまった旧学生街。主人公の津村光平は、大学を卒業したものの進路が定まらず、ビリヤード場「青木」でアルバイト生活を送っていた。ある日、ビリヤード場の主任・松木が何者かに殺され、さらに恋人の広美までもが殺されてしまう。その現場は密室状態のエレベーターの中だった。
連続する殺人と密室トリックを巡る謎は、やがて人間関係と心理の深い闇へと迫っていく。登場人物それぞれが抱える過去や秘密が事件の真相に結びつき、人間関係の謎が事件の進展とともに浮かび上がってくるところは、まさに謎解きサスペンスの醍醐味。主人公の成長や恋人・広美の意外な背景なども味わい深い。
この作品の最大の魅力は、事件そのものだけでなく出口の見えない若者の閉塞感が街の寂れた風景と見事にリンクしている点にある。淡々とした文体で物語全体に漂う少し暗くて湿り気のある雰囲気が、初期の東野作品らしい切なさを際立たせている。ミステリとしての驚きはもちろん、一人の青年が事件を通じて学生街という過去と決別し、一歩踏み出していく成長物語としても読ませる。


No.746 8点 少女には向かない完全犯罪
方丈貴恵
(2026/04/03 09:03登録)
裏社会に生きる完全犯罪請負人の黒羽烏由宇は、法で裁けない悪人たちに鉄槌を下してきた。しかし何者かにビルの屋上から突き落とされ、意識不明の重体となる。その数カ月後、心肺停止をきっかけに幽体離脱して幽霊となる。事件の翌日、依頼人と会うはずだった空き家を訪ねると、幽霊の姿が見えるという少女・音葉がいた。彼女の両親は事件当日、この空き家で密室状態で殺害されていた。観察、思考担当の黒羽と行動を担当する音葉の二人がコンビを組み犯人への復讐を誓う。
霊体が消滅するまでの7日間というタイムリミットの中、物理世界に干渉できない幽霊と、大人の世界に関われない少女は、出来ないことを見極めながら打開策を生み出し、地道に情報を集めていく。優れた洞察力や論理的思考で物事を進めたがる黒羽と、大人顔負けの聡明さを持ち、気が強く何事にも前のめりな音葉とのやりとりはどこか微笑ましく、互いに不足を補い合う関係性が最高。
ガジェット面では雪の密室、天井に残った足跡、毒入りチョコレートを巡る考察など、古今の名作の趣向が数多く取り入れられていて楽しい。ある人物との頭脳戦が展開する中盤以降、真相が二転三転する怒涛の多重解決が用意されていて、何度もひっくり返される展開が魅力的。本格ミステリでありながら、少女の成長物語としても味わい深く読める。本格ミステリとしてのロジックの強固さと、ファンタジー設定を活かしたエンタメ性を融合した傑作。


No.745 6点 悪の教典
貴志祐介
(2026/03/29 10:02登録)
私立高校で英語教師の蓮実聖司は、端正なルックスと爽やかな弁舌で、女生徒から「ハスミン」と呼ばれ慕われていた。しかし、その実態は他者への共感性を全く持たないサイコパスだった。蓮実は自分に不利益をもたらす者を冷酷に排除(殺害)していた。
本書では主に蓮実の視点で描かれている。圧倒的な悪のカリスマである蓮実の非常に論理的かつ合理的に排除を行う点に恐怖を感じる。特に学校という閉鎖空間での心理戦や、後半のパニック描写の緊迫感は圧巻。
救いがほとんどない、正義が機能しない、善悪の基準が揺さぶられるなど、この不快感こそがこの作品の核である。またグロテスクな描写や非道な展開が含まれるため読む人を選ぶが、善人の皮を被った怪物の思考を覗き見たい人にはお薦めできる。


No.744 5点 春のたましい 神祓いの記
黒木あるじ
(2026/03/24 08:35登録)
感染症の大流行と過疎化により、各地で祭りが行われなくなる。これまで祭りによって鎮められていた神々が怒り、妖怪めいた容姿と恐るべき怪異現象を示して暴れまわる。この事態に対処するため、祭祀保安協会が組織される。九重十一と八多岬が異変を解決し、荒ぶる神々を鎮め処分していく5編からなる連作短編集。
「春と殺し屋と七不思議」出羽原村に九重十一が訪れ、コロナで中断した村の祭りの復活を迫るが、村の廃校では不可解な怪異が起きていた。子供たちの視点で語られるミステリアスな導入と学校を舞台にした七不思議の怪異が展開される。
「われはうみのこ」海辺の町で大量の魚が打ち上げられる怪異が発生する。民俗学的な考察を交えながら、神事の由来と伝播を推理していく謎解き要素の強い一編。
「あそべやあそべ、ゆきわらし」雪深い限界集落に一人で住む老人・鉄吉を訪ねた九重たちは、彼が守り続ける古い屋敷と、そこに潜む「雪わらし」にまつわる秘密に触れる。過疎化という重いテーマと、老人の人生と信仰が織り成す哀愁と温かみが印象的。
「わたしはふしだら」アシスタントの八多岬が主役となる話で、巨大な異形の神「しどら」が登場する。八多の人物像や能力に焦点が当てられることで、バディものとして深みが増している。
「春のたましい」盲目の口寄せ巫女・キヨと関わる中で、九重自身の過去や存在意識に向き合う物語。103歳になる作者の祖母の実体験が反映された、壮絶だが達観した人生観が描かれ、物語全体に深い情感とまとまりを与える力作。
本作は単なる怪異退治ものではなく、コロナ禍や過疎化といった社会問題を、日本の深層に根ざす「祭祀」を通して描き出した風変わりな作品集。


No.743 6点 ぼくは化け物きみは怪物
白井智之
(2026/03/19 09:12登録)
奇想天外な設定と緻密なロジックが融合した5編からなる短編集。
「最初の事件」小学校で多数の死傷者を出した襲撃事件を、名探偵に憧れる小学生が解決しようとする。子供の無垢な視点と、背後で進行する残酷な世界の対比が凄まじい。
「大きな手の悪魔」圧倒的な力を持つ宇宙生命体が襲来し、滅亡寸前の地球が舞台。人類が切り札として投入したのはカリスマ性と言葉の力で他者を支配していた犯罪者の老婆だった。核となるアイデアは単純だが、手掛かりの隠し方が周到のため意表を突かれる。
「奈々子の中で死んだ男」裏社会の仕事で罠に掛けられ、遊郭街へ逃げ込むが、彼にあてがわれたのは遊女の死体だった。いくつかの先行作品に使われている趣向を舞台の特異性と結びつけることによって捻りを加えることに成功している。
「モーティリアンの手首」今を遡ること3万年前、先祖によって地球上から滅ぼされた異形の生物・モーティリアン。その化石を発掘して一獲千金を狙う彼らが遭遇したのは、切り離された手首だけが別の位置に埋められたモーティリアンの死体だった。過去に起こった事件を推理するという謎解き小説で、幾度となく描かれていたシチュエーションに奇天烈な味付けをみせた作品。
「天使と怪物」見世物小屋で暮らす異形の人々と予言者として崇められる「天使の子」の姉弟。天使の予言が的中する中で起きた不可能状況下での密室殺人。複数の推理が提示される多重解決に読み応えがある。宗教における奇跡の問題を予言の真実性を巡る考察として描き切っており素晴らしい。


No.742 5点 ミノタウロス現象
潮谷験
(2026/03/14 08:34登録)
世界各地に牛頭人身の怪物が出現するようになった近未来。人々が恐怖と混乱に陥りながらも徐々に順応しつつある中、市長に就任した利根川翼は、奇怪な事件に巻き込まれる。
市議会の開かれる議場に突如として現れた怪物、そして不可解な状況、異様な姿で殺害された遺体。自身を疑われることになった翼は、嫌疑を晴らすべく行動を開始する。市長として自らの志をいかに実現するのかと、怪物がどのように出現し、どのようにすれば退治できるかという謎の解明が中盤のメインとなっており、個性豊かなキャラクターが入り乱れ、パニック小説的な趣もある。
殺人事件の謎は一旦保留されて、中盤は怪物現象自体の解明に多くを費やされるところに不満はあるものの、最後には論理で真犯人を絞り込み作者らしさが出る。市長と秘書のバディものとしても読ませるし、政治、危機管理、世論といった要素を絡ませながらエンターテインメントとして仕上がっている点も評価できる。


No.741 9点 黒革の手帖
松本清張
(2026/03/09 09:02登録)
地味で目立たない銀行員だった原口元子が、横領をきっかけに銀座の夜の世界で、のし上がろうとする姿を描いたピカレスクロマン。
元子は、銀行員時代に記録していた裏口座や脱税の証拠を記録した黒革の手帖を武器に、不正している有力者たちを恐喝し勢力を広げていく。しかし、彼女が操っていたはずの男たちも策略を巡らせており、裏切りや罠によって元子は次第に追い詰められ、巨大な悪に飲み込まれていく。
元子は決して善人ではないが、後ろ楯も無くたった一人で男たちの権力社会に立ち向かっていく姿にかっこ良さを感じるし、悪党たちを翻弄するプロセスには圧倒的なカタルシスがある。また作者らしく、当時の銀行の仕組みや医師の脱税、銀座のクラブ経営の内幕が非常にリアルに描かれており、物語に深みと説得力を与えている。この成功と破滅の両方を感じさせ、緊張感が最後まで続き惹きつけられる。さらにラスト1ページで戦慄を覚えることになるという心憎い締め方。作者の最高傑作だと思う。


No.740 7点 目には目を
新川帆立
(2026/03/04 08:51登録)
かつて15歳で傷害致死事件を起こし、少年院で1年3カ月を過ごした少年Aが、娘を殺された母親によって殺害される。誰が殺された少年Aで、誰が少年Aの居場所を遺族に密告した少年Bなのか。元雑誌編集者の主人公が、当時少年院の同じ寮で過ごした6人に1人ずつ訪ね、取材していくという取材記の体裁で物語は進む。個性的な6人の少年時代の出来事や、彼らが抱えていた家庭環境の歪みが次第に浮き彫りになっていく。
証言の積み重ねによって人物像が少しずつ変化して見える構造は巧妙。少年犯罪、被害者遺族の感情、法と正義の限界といった重いテーマを扱いながら、後半に明かされる意外な真実やタイトルの真の意味など、ミステリとしての驚きも兼ね備え読み応えがある。個人的には救いのあるラストと思ったが、読者の倫理観によって意見が分かれる議論を呼ぶ作品と言えるだろう。


No.739 6点 いけない
道尾秀介
(2026/02/27 09:03登録)
各章の最後の1枚の絵(写真)によって真相が示され、読者が自分で謎を解くという参加型の要素が強い4編からなる連作短編集。
「弓投げの崖を見てはいけない」自殺の名所として知られる場所の近くで、交通死亡事故が発生する。この章の謎は最後に死んだのは誰なのかという点だが、読者をミスリードするトリックが仕掛けられていて真相は鳥肌もの。
「その話を聞かせてはいけない」クラスで孤立している少年がある日、殺人現場らしきものを目撃してしまう。少年は唯一の理解者である友人と共に真相を確かめようとする。現実と空想の曖昧さを巧みに扱っており、最後の写真で混乱を促す仕掛けとなっている。
「絵の謎に気づいてはいけない」新興宗教の女性幹部が首を吊って死んでいるのが発見される。自殺のような状況だが、捜査を通して真相が浮かび上がる。誰が誰を欺いていたのかという事実は衝撃的。人間心理の不可解さが際立っている。
「街の平和を信じてはいけない」これまでの3つの事件が起きた白沢市と蝦蟇倉市を舞台に物語の断片が一つに繋がる。最後の写真の意味を理解すると、このタイトルが持つ本当の意味が分かるようになっている。このタイトルは秀逸。


No.738 7点 正月十一日、鏡殺し
歌野晶午
(2026/02/22 09:22登録)
日常に潜む狂気や悪意、そして人間関係の歪みを鋭く描き出した7編からなる短編集。
「盗聴」予備校生の主人公が、謎めいた隠語交信を盗聴する。主人公はその言葉の正体と、その背後に隠された事件の真相を追う。ありふれた日常から少しずつ不穏さが滲む構成がいい。
「逃亡者大河内清秀」警察から逃げ続ける大河内清秀のこれまでの人生と、逃亡の果てに待ち受けていた衝撃の真実が明かされる。読者の思い込みを逆手に取った作者らしい巧みな構成が光る。
「猫部屋の亡者」猫を溺愛し、身勝手な振る舞いを繰り返す恋人を殺してしまった青年。しかし死んだはずの彼女の気配を感じるようになる。依存と執着がもたらす恐怖が描かれたイヤミス要素が強い作品。
「記憶の囚人」物語の主人公は、過去のある凄惨な事件によって精神を病み、記憶を失っている男。彼が必死に守ろうとしていた自己のイメージと客観的な事実の剥離が明らかになる。独特の雰囲気を味わえるが理解しづらい。
「美神崩壊」主人公は訪れたマンションで、美しかった彼女の顔が傷だらけになっているのを見る。美への執着や歪みがテーマとなっており、人間の本質的な醜悪さが美しさの対比で描かれている。
「プラットホームのカオス」中学生の問題児が、電車のプラットホームで事故に遭う。ゾワッとするような心理的恐怖と、人間の心の闇を覗き見るような感覚に陥る陰鬱さが漂う作品。
「正月十一日、鏡殺し」夫を亡くし険悪な仲の姑と同居する妻は、正月に限界が訪れる。嫁姑問題という日常的なテーマが最悪のかたちで結実するイヤミス全開の作品。


No.737 7点 ノッキンオン・ロックドドア2
青崎有吾
(2026/02/17 10:06登録)
不可能専門の探偵・御殿場倒理と不可解専門の探偵・片無氷雨のコンビが活躍するシリーズ第2弾で6編からなる連作短編集。
「穴の開いた密室」密室状態で死体が見つかるが、部屋の壁には大きな穴が開いているという奇妙な事件。密室だけど密室ではないという二重の謎が仕掛けられている。アイデアとしては面白いものの、構造は比較的シンプルで驚きはない。
「時計にまつわるいくつかの嘘」女性が殺害され、時計にまつわるアリバイや証拠が重要な鍵となる事件。一見確かな証拠と思えるものでも、嘘として働く可能性があるというテーマで、論理の裏返しによって真相が見えてくるのが爽快。
「穿地警部補、事件です」著名なニュースサイト代表が謎の死を遂げる。捜査の過程で、穿地警部補の家系が警察一家であるという背景が明かされる。この編は探偵コンビではなく警部補目線で描かれる。登場人物の内面や警察組織の心理も絡んでおり、シリーズ全体の人間関係が深まる点が魅力的。
「消える少女追う少女」トンネル内で忽然と女子高生が姿を消し、倒理と氷雨がその謎を追う。失踪というシリアスなテーマながら、心理と状況の交錯が巧妙。予想を裏切る結末で、心情や動機に考えさせられる印象に残る一編。
「最も間抜けな溺死体」IT企業の社長が、水の入っていないはずのプールで溺死体となって発見される。トリックの独創性が高く、軽妙だが論理的な構成で謎解きの面白さが際立つ。
「ドアの鍵を開けるとき」大学時代、密室状態のアパートで倒理が何者かに首を切られ重傷を負った事件の全貌が明かされる。倒理、氷雨、穿地、美影の4人を縛り続けてきた過去が解明され、切なさと苦味の残る結末で作者らしい青春ミステリに仕上がっている。

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