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ミステリの祭典

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平均点:6.11点 書評数:737件

プロフィール| 書評

No.737 7点 ノッキンオン・ロックドドア2
青崎有吾
(2026/02/17 10:06登録)
不可能専門の探偵・御殿場倒理と不可解専門の探偵・片無氷雨のコンビが活躍するシリーズ第2弾で6編からなる連作短編集。
「穴の開いた密室」密室状態で死体が見つかるが、部屋の壁には大きな穴が開いているという奇妙な事件。密室だけど密室ではないという二重の謎が仕掛けられている。アイデアとしては面白いものの、構造は比較的シンプルで驚きはない。
「時計にまつわるいくつかの嘘」女性が殺害され、時計にまつわるアリバイや証拠が重要な鍵となる事件。一見確かな証拠と思えるものでも、嘘として働く可能性があるというテーマで、論理の裏返しによって真相が見えてくるのが爽快。
「穿地警部補、事件です」著名なニュースサイト代表が謎の死を遂げる。捜査の過程で、穿地警部補の家系が警察一家であるという背景が明かされる。この編は探偵コンビではなく警部補目線で描かれる。登場人物の内面や警察組織の心理も絡んでおり、シリーズ全体の人間関係が深まる点が魅力的。
「消える少女追う少女」トンネル内で忽然と女子高生が姿を消し、倒理と氷雨がその謎を追う。失踪というシリアスなテーマながら、心理と状況の交錯が巧妙。予想を裏切る結末で、心情や動機に考えさせられる印象に残る一編。
「最も間抜けな溺死体」IT企業の社長が、水の入っていないはずのプールで溺死体となって発見される。トリックの独創性が高く、軽妙だが論理的な構成で謎解きの面白さが際立つ。
「ドアの鍵を開けるとき」大学時代、密室状態のアパートで倒理が何者かに首を切られ重傷を負った事件の全貌が明かされる。倒理、氷雨、穿地、美影の4人を縛り続けてきた過去が解明され、切なさと苦味の残る結末で作者らしい青春ミステリに仕上がっている。


No.736 6点 しおかぜ市一家殺害事件あるいは迷宮牢の殺人
早坂吝
(2026/02/12 08:46登録)
歪んだ正義感を持つ男が、一家三人を惨殺する「しおかぜ市一家殺害事件」が語られた後に、男女7人が迷宮状の建物の中で目を醒まし、デスゲームが強要される「迷宮牢の殺人」が描かれる。
主人公は名探偵の死宮遊歩。ゲームマスターの説明によると、いずれも未解決の凶悪事件に関わるとされる人物たちであり、各人に与えられた武器で殺し合い、生き残った者だけが解放されるという。真犯人は誰なのか、そして「しおかぜ一家殺害事件」と迷宮牢での出来事はどう結びついているのか。
序盤から散りばめられた違和感や伏線が、終盤に一気に回収され、事件同士の意外な関係性に驚かされる。一見ふざけたようなキャラクター設定がありつつも、中身はロジカルで緻密な本格ミステリである。仕掛けの多層性や読者の先入観を利用した騙しが冴え渡っている、


No.735 6点 撮ってはいけない家
矢樹純
(2026/02/07 09:33登録)
映像制作会社でディレクターを務める杉田佑季は、「家にまつわる呪い」をテーマにしたホラーモキュメンタリーの企画を託され、怪談が好きなADの阿南幹人と共に撮影予定地である山梨県の白土家を訪ねる。
二階へ上がってはいけない蔵、プロデューサーの息子が見る悪夢、半紙に記された謎の記号、奇妙な位牌やアルバム写真。撮影が進むにつれ、フィクションであるはずの脚本の内容が、現実の出来事と奇妙に一致し始める。
杉田は阿南と協力して白土家の複雑に絡み合った因縁を解きほぐしていく。この阿南のキャラクターが魅力的。阿南は変人ではあるが、オカルト知識と冷静な分析力で物語にロジカルな面白さを加えている。その過程で、物語全体に散りばめられた伏線が意外なところに回収される構成で、最後の一行まで気が抜けない怖さがある。
本作は実話怪談のようなリアリティと、綿密な謎解きを味わえるホラーミステリとして優れている。


No.734 6点 ブラックスワン
山田正紀
(2026/02/02 08:18登録)
物語は、東京・世田谷のテニスコートで白昼発生した凄惨な女性焼死事件から始まる。身元を調べた結果、18年前に突如として姿を消した亜矢子であることが判明する。
事件の真相を追う「現在」の時間軸と、当時の仲間たちが書き記した「過去の手記」が交互に差し挟まれる形で進行する。手記に記された微妙な食い違い、隠された愛憎、そして予期せぬ不吉な出来事が18年の時を経て、当時の若者たちの瑞々しくも残酷な秘密が解き明かされる。
誰が嘘をついているのか、どの記憶が正しいのかという疑念を抱かせながら、最後の一気呵成な畳みかけまでページをめくらせる筆力はさすが。単なる犯人捜しのミステリにとどまらず、若さゆえの過ちや自意識、男女の機微を繊細に描いた青春小説としても読ませる。ただ、登場人物の設定にやや苦しいように感じたのも事実。


No.733 6点 どこまでも殺されて
連城三紀彦
(2026/01/28 09:27登録)
高校教師の横田勝彦は、「殺されようとしているので助けてください」というメッセージを受け取る。それをきっかけに、彼は教室の黒板やノートに記された「僕」の様々なメッセージを受け取るようになるが、その正体は分からない。やがて女子生徒の苗場直美と学級委員の橋本安彦の協力で「僕」探しの計画が立てられる。
何度も殺されるという非現実的な手記の内容と、現実に起きようとしている殺人予告。この二つがどう結びつくのか。調査が進むにつれ、手記に記された「殺された」という言葉の真意と、ある家族の歪んだ愛、そして衝撃の真実が浮き彫りになっていく。この「僕」殺しの謎解きゲームから、作者ならではの捻りの効いた仕掛けが愉しめる。
読者の思い込みを利用したトリックが仕掛けられており、構図がガラリと変わる展開に驚かされる。不可能興味で惹きつけ、最後は人間心理の不可解さと悲劇に着地させる作者らしい幻想味あふれた本格ミステリ。


No.732 5点 絵馬と脅迫状
久坂部羊
(2026/01/23 08:40登録)
医療の現場を舞台にした、現役医師である作者の真骨頂を味わえる6編からなる短編集。
「爪の伸びた遺体」誠心会総合病院の神経内科医・木瀬礼治は、新卒の研修医・塙亮二を見て驚く。七年前に自殺した幼馴染みとそっくりだったからだ。謎が謎を呼ぶ演出で、ゾッとさせられる部分もあるが、もうひと捻りほしかった。
「闇の論文」研究員の丸山真一が、癌の診断に行われる生研が癌の転移を引き起こす可能性について、マウスで科学的に実証したにもかかわらず、論文提出を認められないという。理想と現実のギャップに苦しむ登場人物の姿に、組織で働く者の悲哀を感じる。
「悪いのはわたしか」精神科医の深見百合のもとに「二度と人前に出られなくしてやる」という脅迫状めいた投書が届く。怪文書の犯人もエスカレートしていくあたりは典型的なサスペンスだが、犯人対被害者の構図は終盤、見事にひっくり返る。大技が鮮やかに決まるサイコロジカル・スリラー。
「絵馬」科学のみを信奉し、信心が全くない内科医の小栗は、病院近くの神社で心臓外科の長谷部秀雄の筆跡らしい絵馬を手に取り、落として割ってしまい、それをゴミ箱に捨ててしまう。極限状態における人間心理の変容が、滑稽かつ残酷に描かれたホラーミステリ。
「貢献の病」落ち目のベストセラー作家が原作のアニメ化の莫大な著作権使用料を巡って裁判に打って出ようとする。善意の裏にあるエゴや、社会的な有用性を求めすぎる現代人の脆さを突きつけている。
「リアル若返りの泉」元小学校の男性教諭がある朝、薄かった頭髪が増えているのに気づいたのをきっかけに若返りを始める。若返ることは本当に幸せなのかという問い掛け、欲望の果てにある虚無感を描いている。


No.731 6点 我らが隣人の犯罪
宮部みゆき
(2026/01/18 10:07登録)
日常の何気ない風景の裏側に潜む謎や、人間ドラマを描き出した5編からなる短編集。
「我らが隣人の犯罪」隣人の飼い犬の鳴き声に悩まされた三田村家。叔父の毅彦は犬を誘拐する計画を立てる。近隣トラブルという身近なテーマから始まり、ユーモラスなやり取りを経て、最後には社会の闇を暴く結末へ繋がる構成は見事。
「この子誰の子」中学生・サトシの家を赤ん坊を抱いた見知らぬ女性・恵美が訪れてくる。彼女は「この子はあなたのお父さんの子」と言い、そのまま居座ってしまう。血縁という重いテーマを扱いながらも、ラストは不思議と温かい余韻が残る。
「サボテンの花」定年退職を控えた小学校の権藤教頭のもとに、卒業を控えた6年生たちが「サボテンには超能力がある」という研究結果を持ってくる。一見すると微笑ましい子供たちの実験だが、その背後には大人社会の理不尽さへの抵抗や、恩師への深い愛情が隠されている。
「祝・殺人」結婚式場でエレクトーン奏者として働く女性が、ある披露宴で起きた不可解な事件に巻き込まれる。結婚式という「表向きの幸せ」の場で、人間のエゴや嫉妬が浮き彫りになる様子が皮肉たっぷりに描かれている。
「気分は自殺志願」売れない若手作家の「僕」は、老紳士から「自分を殺してほしい」という奇妙な依頼を受ける。生きることの虚しさと可笑しさを描き出しており、深刻な内容だが読後感は爽やか。


No.730 6点 踊る手なが猿
島田荘司
(2026/01/14 08:44登録)
さまざまなジャンルの作品が楽しめる4編からなる短編集。
「踊る手なが猿」地下街の喫茶店で働く亀永純子は、向かいにあるケーキ屋のガラスケースにある猿の人形が気になっていた。純子が目にするたびに赤いリボンの位置が移動していたのだ。リボンの動きという違和感が思いも寄らぬ秘密へと繋がっていく構成は、作者の独特な発想力が光っている。最後のページの台詞で、人間心理の不可解な深淵をのぞかせている。
「Y字路」三田瑛子は自宅マンションに帰ると、見知らぬ男性の死体が転がっているのを発見する。婚約者と相談の上、事故を装う計画を立てる。玉の輿への執着から視野が狭くなった主人公の心理描写と、その哀れな運命が印象的。
「赤と白の殺意」主人公の「私」は、ある心理テストをきっかけに、自分には殺人の記憶が抑圧されているのではないかという疑念を抱くようになる。物足りなさはあるが、過去のトラウマと向き合う主人公の心理描写には独特の緊張感がある。
「暗闇団子」武士の身分を捨てて加賀から江戸へ出てきた若者と、吉原の花魁との悲恋物語。ミステリというよりは、江戸の下町を舞台にした純粋な恋愛小説として読ませる。作者の時代考証の丁寧さと人情描写の巧みさが存分に味わえる。


No.729 5点 キツネ狩り
寺嶌曜
(2026/01/08 09:13登録)
バイクの事故で婚約者を亡くし、同乗していた自身も右眼を失明するという重傷を負った女性警察官の尾崎冴子が主人公。その尾崎が、かつての事故現場を訪れたところ、フラッシュバックのような現象に襲われ、自己の再現映像を目にする。彼女と弓削拓海警部補と、深澤航軌警視正の三人は、継続捜査支援室というチームを結成し、この能力を活用した捜査を始める。
深澤は尾崎に未解決の一家四人惨殺事件の再捜査への協力を要請する。尾崎の能力は親友の担当医を含めた4人だけの秘密なので、尾崎がつかんだ情報に添うように搦め手を使いながら捜査を誘導していく工夫が読みどころ。
尾崎の能力には、見えるだけで過去に干渉できない、証拠として法的に扱えない、使用には肉体的・精神的負担が伴うという強い制約が設けられており、この制約により主人公たちは能力で得た現実の警察手続きに、どう落とし込むかという知恵比べを強いられる。これが設定の荒唐無稽さを抑制し、独特のもどかしさと緊張感を生み出す最大の魅力となっている。
傷を追いながら強く立ち向かう尾崎、元上司の弓削、策士の深澤、そして犯人の不気味さと人物造形が素晴らしい。作者はグラフィックデザイナーという経歴もあり、文章は映像的なので特殊能力をもう少し活用して手直しすれば、ドラマや映画化しても面白いと感じた。


No.728 8点 双月城の惨劇
加賀美雅之
(2026/01/03 09:21登録)
舞台は第一次大戦後のドイツで、ライン川流域の古城「双月城」。城主は美しい双子の姉妹のカレンとマリア。語り手であるパトリック・スミスが城を訪れた直後、満月の部屋で首と両手首を切断された死体が発見される。部屋は完全な密室状態だった。その後も第二、第三の悲劇は続く。
古城を舞台にしたゴシック調の暗鬱で神秘的な空気を醸成し、この世界観が事件の不可解さを増幅し、戦慄と没入感をもたらす。また密室トリック、首無し死体、双子姉妹、古城の伝説など古典的ガジェットを徹底的に活用しており魅了される。特に「満月の部屋」のトリックは、城の建築構造と心理的ミスリードが融合され完成度が高い。
パリ警察の予審判事・ベルトランの冷徹な推理力とその知性とカリスマ性が物語に緊張感を与えている。また甥であり助手のパトリックが語り手となる構成により、ベルトランの神秘性が際立つ一方、人間味も描かれる。この人間関係性が魅力的。
カーの贋作として構成され、バラコンの事件として書かれたらしいが、見事に怪奇的な作風を醸し出している。物理トリックや偽装など、多重の謎を層状に配置し、解けたつもりでも何度も裏切られる仕掛けが特徴的で、不可能犯罪の連打は板についた筆致である。本作は古典的ミステリの様式美を味わうべきであり、完全な論理的整合性を求める人には向いていないかもしれない。


No.727 6点 密室法典
五十嵐律人
(2025/12/28 08:04登録)
霞山大学のロースクールに進学した古城行成と自称助手の戸賀夏倫、そして新メンバーの矢野綾芽を交えた3人が様々な法律が関わる事件や謎を解決していく4編からなる連作短編集。
「密室法典」模擬法廷と呼ばれる教室で、恐竜の着ぐるみを着用したロースクール生が意識不明の状態で発見された。なぜ密室を作るのかという動機の部分に現代性を反映させている。作者の弁護士ならではの法律知識が活かされている。
「今際言伝」美容整形クリニックの創始者である祖父が亡くなるが、矛盾する2通りの遺言書を作成していた。さらに故人は便箋を握っており、そこには奇妙な図形が書かれていた。遺言、相続という法律問題を深く扱った社会派の一面とダイイングメッセージのミステリが結び付いた作者らしさが光る。
「閉鎖官庁」矢野綾芽は、就職活動で各省庁の面接を受けていた。そこで出会った高校時代のクラスメイトから失踪宣告にまつわる法律相談を持ち掛けられる。失踪宣告や相続手続きの猶予期間といった具体的な法律知識が、登場人物の切実な動機と深く結びついている。爽やかでありながらビターな後味。
「毒入生誕祭」コンセプトカフェで働く夏倫は、同じキャストのノエルの生誕祭を手伝うことになる。そこでシャンパンタワーを注文した客が嘔吐し救急搬送されてしまう。事件の真相は分かりやすく、叙述トリックとしての驚きもなかった。


No.726 5点 サンタクロースのせいにしよう
若竹七海
(2025/12/24 17:03登録)
クリスマスにあわせて読んでみた。
ユーモアとほろ苦さが絶妙にブレンドされた7編からなる連作短編集。
「あなただけを見つめる」彦坂夏見から、友人の松江銀子が同居人を探しているという電話があった。料理さえしてくれれば家賃は要らないという好条件だったので同居することになったのだが。不気味な老婆の幽霊を登場させるが、別のネタに繋げていくところが巧み。
「サンタクロースのせいにしよう」クリスマスイブの夜、近所のうるさ型の鈴木さんが、ゴミ捨て場から死体を発見したと大騒ぎになる。コミカルな展開と巧みな仕返しに爽快感を覚える。
「死を言うなかれ」銀子が姉の沓子から聞いた話。沓子の隣の家に住むおばあさんの庭から、チューリップが球根ごと無くなったというのだ。柊子と曽我竜郎との推理合戦が楽しめる。最後に明かされる真相とタイトルとの響き合いもいい。
「犬の足跡」最近立て直した山岡さんの家のガレージのコンクリートに犬の足跡が残っていた。コミカルな導入から一転、人間の孤独や切なさが描かれている。
「虚構通信」銀子の妹で女優の卯子が自殺。そんな時、柊子に夏見の友人・内気田しのぶから電話が掛かってきた。彼女は香港で卯子に殺されかけたことがあると語る。サスペンスのテイストを持った作品。作者らしい「毒」や「苦み」が強く表れている。
「空飛ぶマコト」柊子は台湾行きの飛行機の中で喧嘩する奇妙なカップルの会話に興味を惹かれる。少々、作為性が強すぎる感がある。
「子どものけんか」柊子と夏見、竜郎の三人で出掛けた公園の花見で、竜郎の大事なビデオカメラが壊されてしまい、夏見と竜郎は険悪になる。誰が壊したのかよりも、どのように対応するかという点にウエイトが置かれている。そして事件を通じて、新たな一歩を踏み出そうとする姿は清々しいものがある。


No.725 7点 青の炎
貴志祐介
(2025/12/19 08:50登録)
高校2年生の櫛森秀一は、母と妹と仲良く暮らしていたが、突然10年前に離婚した曽根隆司が現れ、家に居座るようになる。曽根は母に金を無心し暴力をふるい、妹にまで手を出そうとする。秀一は自らの手で曽根を殺害し、完全犯罪を成し遂げることを決意する。
綿密な殺人計画を立てるプロセスが詳細に描かれており、読み応えがある。秀一が法医学の本を読み漁り、アリバイ工作、必要な装置を手に入れるまでの描写は、完全犯罪の執念を感じさせ惹きつけられる。
この作品の最大の魅力は、秀一の繊細で複雑な心理描写の巧みさ。家族愛からやむにやまれぬ理由で殺人を犯すという純粋な正義と犯罪者になっていくことへの恐怖や葛藤が胸に深く突き刺さる。
タイトルの「青の炎」は赤い炎よりも高温で静かに燃える炎のことを指しているのだろう。これは秀一の心の内に静かに燃え上がり、やがて彼自身も焼き尽くしてしまう抑えられた怒りと純粋で直線的な信念を象徴しているようだ。結末は非常に哀切で、読後に長く心に残るタイプの物語。


No.724 6点 難問の多い料理店
結城真一郎
(2025/12/16 18:39登録)
ゴーストレストランを舞台に、オーナーシェフが配達員を使い、不可解な事件の謎を解く6編からなる連作短編集。オーナーシェフが構える店は、店は一つなのに店名を複数掲げて、世界中のあらゆる料理を出す。そして料理の特定の組み合わせでの注文は、オーナーへの謎解きの依頼なのだ。
「転んでもただでは起きないふわ玉豆苗スープ事件」大学生の梶原涼馬のアパートで起きた火災で、その焼け跡から彼の元交際相手である女性の焼死死体が発見される。火災中にアパートに駆け込んでいった女がいたという目撃証言があった。思わぬどんでん返しもあり、真実は必ずも一つではないというオーナーのスタンスが示される。
「おしどり夫婦のガリバタチキンスープ事件」交通事故で亡くなった夫の遺体の指が2本欠けていたことに気付いた妻が、指を欠損した理由を知りたいと依頼する。事件の謎以上に真実を知った結末に考えさせられる不気味な余韻が残る。
「ままならぬ世のオニオントマトスープ事件」空き巣未遂事件で捕まった犯人が、取り押さえられた直後に「嵌められた」と呟いた。事件の裏に誰かが糸を引いているのではないか、全貌を明らかにしてほしいと依頼する。虚偽の情報や誹謗中傷という現代的なテーマを扱っており、物語のテーマと語り手の私生活が巧みにリンクしており、他人事ではない感覚にさせられた。
「異常値レベルの具だくさんユッケジャンスープ事件」10回連続で同じ配達員が現れ、さらに注文していないマフラーが紙袋に入っていたという不可解な状況の調査を依頼する。オーナーが単なる謎解き人ではなく、自ら牙をむく者には容赦しない危険な存在であることを示唆し、物語のトーンが一気にダークな方向に傾く。
「悪霊退散手羽元サムゲタン風スープ事件」孤独死があったマンションの空室に、なぜか立て続けに置き配が届く。その不可解な現象について納得できる説明を依頼する。語り手がお笑い芸人ということもあり、ほっこりしながらも社会の裏側を覗いたような少し不気味な味わいがある作品。
「知らぬが仏のワンタンコチュジャンスープ事件」マンションの一室から住人が忽然と姿を消したという謎。連作短編として散りばめられてきた伏線が一気に回収される最終話。失踪した男・梶原の正体と、その結末は猟奇的ですらあるほどの凄惨なもので強い衝撃と戦慄を覚える。
本作は設定の新奇さ、各エピソードの現代性、そして連作としての伏線の回収が光る。物語は軽妙なタッチで始まり、ユーモラスな展開や心温まる場面もあるが、基本的にクールで不気味である。


No.723 5点 紙鑑定士の事件ファイル 偽りの刃の断罪
歌田年
(2025/12/12 08:10登録)
殺人事件絡みの依頼を受ける1編と日常の謎ともいえる2編で構成された連作短編集。
「猫と子供の円舞曲」小学生の梨花が紙粘土のようなものの鑑定を依頼に来る。公園で怪我をした猫の近くに落ちていたらしい。フィギュア作家の團の助けを借りながら、動物虐待の犯人探しに乗り出す。フィギュアの蘊蓄も興味深く読めたし、伏線の回収も巧みで、そこから導かれる真相も鮮やか。ほっこりとした結末。
「誰が為の英雄」父親を亡くして心を閉ざした少年・翔が、母親からプレゼントされたアメコミヒーローのフィギュアを不良品と言って突き返す。渡部は團と協力し、少年の心に迫るとともに、紙と印刷の専門知識から解き明かす。引きこもりの少年とその母親の関係、子育ての大変さにも触れる人間味あふれる物語。
「偽りの刃の断罪」刑事の石橋から、コスプレイヤー夫婦の殺人事件の捜査協力を依頼される。渡部は團のコスプレ知識や技術を手掛かりに、消えた凶器の謎と真相に迫る。事件解決後も「何が正解だったのか」と考えさせられ、人の命について深く考えさせられる作品。


No.722 6点 天使たちの探偵
原尞
(2025/12/08 08:35登録)
探偵沢崎シリーズ初の短編集で、未成年者が深く関わる6編からなる連作短編集。
「少年の見た男」沢崎の事務所に訪れた十歳の少年は、ある女性を守ってほしいと依頼する。問題の女性を尾行した先の銀行で強盗事件が発生し巻き込まれてしまう。少年の純粋な思いが引き金となる予想外の展開が印象的。悲しい話だが、家族間の絆が保たれた結末で救われる。
「子供を失った男」かつての恋人に宛てた手紙を二百万円で買い取れと電話で脅迫され、その翌日に轢き逃げで娘を失った男。脅迫と轢き逃げには何らかの関係はあるのか。複雑に絡み合う人間関係と、誰にでも起こり得る現実的な悲劇が胸に迫る。
「二四〇号室の男」娘の素行調査を依頼してきた男。しかし調査を進めるうちに、実はその娘が父の素行を調査していることが判明する。家族関係の歪みと、男の死にまつわる人間模様が冷徹に描かれ、皮肉な結末が考えさせられる。
「イニシアル”M”の男」深夜に沢崎の事務所に「これから自殺する」という女性からの間違い電話が掛かる。その翌日、人気女性歌手の自殺が報じられる。深夜の間違い電話という不気味な導入から、華やかな芸能界の裏側に潜む闇を抉りだす展開に圧倒される。
「歩道橋の男」同業者の女性調査員が沢崎の事務所を訪れ、ある女性からの依頼を受けないでくれと頼み込まれる。その依頼内容は、行方不明の孫を探すことだった。祖母の孫への想いと、凶悪な少年の実像という複雑な問題を扱っている。それぞれの事情や欲が絡み合い、後味の良い結末ではないが、だからこそ深く考えさせられる。
「選ばれる男」息子から「友達のジュンが死んでいて、身代りにされるかもしれない」という電話があったと探偵依頼が入る。選挙戦の真っ只中にある政治家が、地位よりも少年の救出を優先する姿勢に心打たれる。


No.721 5点 まだ出会っていないあなたへ
柾木政宗
(2025/12/04 13:31登録)
面接不合格者の自殺後、遺族から糾弾される人事部長の大地、小説家志望でブラック企業に派遣社員として勤める真一、SNSで「死にたい」と呟くコンビニ店員の梢、借金の取り立て先の子供に懐かれるヤクザの青葉。この一見、無関係な四人の人生が交錯する群像劇。
この四人には、いずれも誰にも知られたくないことを知られたり、標的にされるなど不本意なことが起きて人生の転機となる。誰かと出会ったことにより心情や立場に変化が生じる。この作品には派手な趣向はない。それぞれが、その人なりの生活をしている周辺で、生活に即したトラブルが発生し緊張状態を迎える。隠れていた相手の裏の顔、意識していなかった自分の本当の顔が浮き彫りになる。
「星々が無数に輝き、線を引くことで星座が生まれる」という比喩が物語全体を貫いている。これは「人との繋がりは偶然性がある」という抽象的なテーマを、詩的なイメージで暗示している。時間軸の操作や伏線の緻密な配置により、後半でそれぞれの繋がりが明らかになる仕掛けが驚きを生んでいる。
タイトルの「まだ出会っていないあなたへ」は、未知他者への手紙という意味以上に、物理的には出会えなくても、運命で繋がる人々を指している。この思想は、SNS時代の希薄な人間関係への批判と希望の両方に内包し、読後に静かな余韻を残す。


No.720 5点 ペッパーズゴースト
伊坂幸太郎
(2025/12/01 15:05登録)
主人公の壇千郷は、飛沫を介して相手の未来が見ることが出来る「先行上映」という不思議な能力を持った中学教師。
物語は、壇がある教え子の危険な未来を「先行上映」で知り、それを阻止しようと動き出す。それと同時に、もう一人の教え子である布藤鞠子が書いた小説の原稿が登場する。その原稿には「ネコジゴハンター」と名乗る二人組のロシアンブルとアメショーが猫を虐待する者たちに復讐する様子が描かれている。壇の現実の体験と、鞠子の書く小説の物語という二つの視点が交互に進行し、やがてこれらが思いも寄らない形で交錯し、複雑に絡み合っていく。このロシアンブルとアメショーのコンビの軽妙な掛け合いが魅力的。復讐を仕事とするハードな設定とは裏腹に、ユーモラスでどこか憎めない彼らの存在が、物語に軽妙なリズムを与えている。
タイトルの「ペッパーズゴースト」とは、劇場などで使われる視覚トリックの一種で、「実在しないものが存在しているように見える」というこの技術が、物語の構造やテーマを巧妙に暗示している。
複雑な事件や復讐の話が展開する中でも、物語の根底には人生に対する温かい眼差しがある。ニーチェの「ツァラトゥストラ」を引用し、理不尽なことがあっても、能動的に行動し、幸せを見出していくことの大切さを静かに問いかけている。しっかりと現実を見るが、理想も諦めないというバランスのとりかたが絶妙。


No.719 5点 ソロモンの犬
道尾秀介
(2025/11/28 17:15登録)
大学生の秋内静は、椎崎教授の息子である陽介が、愛犬に引っ張られ車道に飛び出し、車に轢かれて死亡する事故を目撃する。愛犬・オービーはなぜ、急に車道に走り出したのか。事故現場に居合わせた友江京也、巻坂ひろ子、羽住智佳の不可解な言動に疑問を抱いた秋内は真相を探るため、動物生態学に詳しい間宮未知夫助教授に相談を持ち掛ける。
本作は単なる謎解き小説ではなく、青春小説の要素が色濃く出ている。秋内の智佳への未熟で純粋な恋心や、友人たちとの関係に右往左往する様は、青春時代の切なさや輝きを鮮やかに描いている。そんな日々を悲劇が襲うというコントラストも作品に深みを与えている。
物語の発端となった犬のオービーの不可解な行動には、動物の習性と人間の事情が複雑に絡み合っている。この謎が解き明かされる過程は、納得させるものとなっている。作者の作品によくみられる「人の弱さ」がテーマとして描かれている。その登場人物たちの過去や弱さは、決して否定されるものではなく、時に滑稽でしかしそれ故に愛おしいものとして描かれ、考えさせられるものがある。


No.718 7点 法廷占拠 爆弾2
呉勝浩
(2025/11/25 17:15登録)
スズキタゴサクによる連続爆破事件から一年後、彼の裁判が東京裁判所で行われている最中、爆破事件の遺族の一人である柴咲奏多が法廷を占拠する。
柴咲が率いる集団と警察(高東、類家)とスズキタゴサクという三つ巴の駆け引きが読みどころ。事件の方向を見通すのは難しく、前作に匹適するスリルとサスペンスがあり、緊迫した心理戦が楽しめる。人質になっても、のらりくらりとした減らず口で周囲の神経を逆なでつつ、狡猾さを覗かせるスズキタゴサクという強烈なキャラクターには不思議な魅力がある。
柴咲が法廷占拠という凶行に走った背景には、社会の不条理や倫理、ルールの矛盾という絶望感があったとされており、本作は単なるエンターテインメントに留まらず、現代社会が抱える問題も浮き彫りにしている。
本作は前作の続編であり、それぞれのキャラクターの成長や変化を楽しむことができ、物語を一層深く味わえるため、前作から読まれることをお勧めします。ラストでは、衝撃の展開で物語が締めくくられ、次作へ続く期待を抱かせる。

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