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ミステリの祭典

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平均点:6.11点 書評数:728件

プロフィール| 書評

No.728 8点 双月城の惨劇
加賀美雅之
(2026/01/03 09:21登録)
舞台は第一次大戦後のドイツで、ライン川流域の古城「双月城」。城主は美しい双子の姉妹のカレンとマリア。語り手であるパトリック・スミスが城を訪れた直後、満月の部屋で首と両手首を切断された死体が発見される。部屋は完全な密室状態だった。その後も第二、第三の悲劇は続く。
古城を舞台にしたゴシック調の暗鬱で神秘的な空気を醸成し、この世界観が事件の不可解さを増幅し、戦慄と没入感をもたらす。また密室トリック、首無し死体、双子姉妹、古城の伝説など古典的ガジェットを徹底的に活用しており魅了される。特に「満月の部屋」のトリックは、城の建築構造と心理的ミスリードが融合され完成度が高い。
パリ警察の予審判事・ベルトランの冷徹な推理力とその知性とカリスマ性が物語に緊張感を与えている。また甥であり助手のパトリックが語り手となる構成により、ベルトランの神秘性が際立つ一方、人間味も描かれる。この人間関係性が魅力的。
カーの贋作として構成され、バラコンの事件として書かれたらしいが、見事に怪奇的な作風を醸し出している。物理トリックや偽装など、多重の謎を層状に配置し、解けたつもりでも何度も裏切られる仕掛けが特徴的で、不可能犯罪の連打は板についた筆致である。本作は古典的ミステリの様式美を味わうべきであり、完全な論理的整合性を求める人には向いていないかもしれない。


No.727 6点 密室法典
五十嵐律人
(2025/12/28 08:04登録)
霞山大学のロースクールに進学した古城行成と自称助手の戸賀夏倫、そして新メンバーの矢野綾芽を交えた3人が様々な法律が関わる事件や謎を解決していく4編からなる連作短編集。
「密室法典」模擬法廷と呼ばれる教室で、恐竜の着ぐるみを着用したロースクール生が意識不明の状態で発見された。なぜ密室を作るのかという動機の部分に現代性を反映させている。作者の弁護士ならではの法律知識が活かされている。
「今際言伝」美容整形クリニックの創始者である祖父が亡くなるが、矛盾する2通りの遺言書を作成していた。さらに故人は便箋を握っており、そこには奇妙な図形が書かれていた。遺言、相続という法律問題を深く扱った社会派の一面とダイイングメッセージのミステリが結び付いた作者らしさが光る。
「閉鎖官庁」矢野綾芽は、就職活動で各省庁の面接を受けていた。そこで出会った高校時代のクラスメイトから失踪宣告にまつわる法律相談を持ち掛けられる。失踪宣告や相続手続きの猶予期間といった具体的な法律知識が、登場人物の切実な動機と深く結びついている。爽やかでありながらビターな後味。
「毒入生誕祭」コンセプトカフェで働く夏倫は、同じキャストのノエルの生誕祭を手伝うことになる。そこでシャンパンタワーを注文した客が嘔吐し救急搬送されてしまう。事件の真相は分かりやすく、叙述トリックとしての驚きもなかった。


No.726 5点 サンタクロースのせいにしよう
若竹七海
(2025/12/24 17:03登録)
クリスマスにあわせて読んでみた。
ユーモアとほろ苦さが絶妙にブレンドされた7編からなる連作短編集。
「あなただけを見つめる」彦坂夏見から、友人の松江銀子が同居人を探しているという電話があった。料理さえしてくれれば家賃は要らないという好条件だったので同居することになったのだが。不気味な老婆の幽霊を登場させるが、別のネタに繋げていくところが巧み。
「サンタクロースのせいにしよう」クリスマスイブの夜、近所のうるさ型の鈴木さんが、ゴミ捨て場から死体を発見したと大騒ぎになる。コミカルな展開と巧みな仕返しに爽快感を覚える。
「死を言うなかれ」銀子が姉の沓子から聞いた話。沓子の隣の家に住むおばあさんの庭から、チューリップが球根ごと無くなったというのだ。柊子と曽我竜郎との推理合戦が楽しめる。最後に明かされる真相とタイトルとの響き合いもいい。
「犬の足跡」最近立て直した山岡さんの家のガレージのコンクリートに犬の足跡が残っていた。コミカルな導入から一転、人間の孤独や切なさが描かれている。
「虚構通信」銀子の妹で女優の卯子が自殺。そんな時、柊子に夏見の友人・内気田しのぶから電話が掛かってきた。彼女は香港で卯子に殺されかけたことがあると語る。サスペンスのテイストを持った作品。作者らしい「毒」や「苦み」が強く表れている。
「空飛ぶマコト」柊子は台湾行きの飛行機の中で喧嘩する奇妙なカップルの会話に興味を惹かれる。少々、作為性が強すぎる感がある。
「子どものけんか」柊子と夏見、竜郎の三人で出掛けた公園の花見で、竜郎の大事なビデオカメラが壊されてしまい、夏見と竜郎は険悪になる。誰が壊したのかよりも、どのように対応するかという点にウエイトが置かれている。そして事件を通じて、新たな一歩を踏み出そうとする姿は清々しいものがある。


No.725 7点 青の炎
貴志祐介
(2025/12/19 08:50登録)
高校2年生の櫛森秀一は、母と妹と仲良く暮らしていたが、突然10年前に離婚した曽根隆司が現れ、家に居座るようになる。曽根は母に金を無心し暴力をふるい、妹にまで手を出そうとする。秀一は自らの手で曽根を殺害し、完全犯罪を成し遂げることを決意する。
綿密な殺人計画を立てるプロセスが詳細に描かれており、読み応えがある。秀一が法医学の本を読み漁り、アリバイ工作、必要な装置を手に入れるまでの描写は、完全犯罪の執念を感じさせ惹きつけられる。
この作品の最大の魅力は、秀一の繊細で複雑な心理描写の巧みさ。家族愛からやむにやまれぬ理由で殺人を犯すという純粋な正義と犯罪者になっていくことへの恐怖や葛藤が胸に深く突き刺さる。
タイトルの「青の炎」は赤い炎よりも高温で静かに燃える炎のことを指しているのだろう。これは秀一の心の内に静かに燃え上がり、やがて彼自身も焼き尽くしてしまう抑えられた怒りと純粋で直線的な信念を象徴しているようだ。結末は非常に哀切で、読後に長く心に残るタイプの物語。


No.724 6点 難問の多い料理店
結城真一郎
(2025/12/16 18:39登録)
ゴーストレストランを舞台に、オーナーシェフが配達員を使い、不可解な事件の謎を解く6編からなる連作短編集。オーナーシェフが構える店は、店は一つなのに店名を複数掲げて、世界中のあらゆる料理を出す。そして料理の特定の組み合わせでの注文は、オーナーへの謎解きの依頼なのだ。
「転んでもただでは起きないふわ玉豆苗スープ事件」大学生の梶原涼馬のアパートで起きた火災で、その焼け跡から彼の元交際相手である女性の焼死死体が発見される。火災中にアパートに駆け込んでいった女がいたという目撃証言があった。思わぬどんでん返しもあり、真実は必ずも一つではないというオーナーのスタンスが示される。
「おしどり夫婦のガリバタチキンスープ事件」交通事故で亡くなった夫の遺体の指が2本欠けていたことに気付いた妻が、指を欠損した理由を知りたいと依頼する。事件の謎以上に真実を知った結末に考えさせられる不気味な余韻が残る。
「ままならぬ世のオニオントマトスープ事件」空き巣未遂事件で捕まった犯人が、取り押さえられた直後に「嵌められた」と呟いた。事件の裏に誰かが糸を引いているのではないか、全貌を明らかにしてほしいと依頼する。虚偽の情報や誹謗中傷という現代的なテーマを扱っており、物語のテーマと語り手の私生活が巧みにリンクしており、他人事ではない感覚にさせられた。
「異常値レベルの具だくさんユッケジャンスープ事件」10回連続で同じ配達員が現れ、さらに注文していないマフラーが紙袋に入っていたという不可解な状況の調査を依頼する。オーナーが単なる謎解き人ではなく、自ら牙をむく者には容赦しない危険な存在であることを示唆し、物語のトーンが一気にダークな方向に傾く。
「悪霊退散手羽元サムゲタン風スープ事件」孤独死があったマンションの空室に、なぜか立て続けに置き配が届く。その不可解な現象について納得できる説明を依頼する。語り手がお笑い芸人ということもあり、ほっこりしながらも社会の裏側を覗いたような少し不気味な味わいがある作品。
「知らぬが仏のワンタンコチュジャンスープ事件」マンションの一室から住人が忽然と姿を消したという謎。連作短編として散りばめられてきた伏線が一気に回収される最終話。失踪した男・梶原の正体と、その結末は猟奇的ですらあるほどの凄惨なもので強い衝撃と戦慄を覚える。
本作は設定の新奇さ、各エピソードの現代性、そして連作としての伏線の回収が光る。物語は軽妙なタッチで始まり、ユーモラスな展開や心温まる場面もあるが、基本的にクールで不気味である。


No.723 5点 紙鑑定士の事件ファイル 偽りの刃の断罪
歌田年
(2025/12/12 08:10登録)
殺人事件絡みの依頼を受ける1編と日常の謎ともいえる2編で構成された連作短編集。
「猫と子供の円舞曲」小学生の梨花が紙粘土のようなものの鑑定を依頼に来る。公園で怪我をした猫の近くに落ちていたらしい。フィギュア作家の團の助けを借りながら、動物虐待の犯人探しに乗り出す。フィギュアの蘊蓄も興味深く読めたし、伏線の回収も巧みで、そこから導かれる真相も鮮やか。ほっこりとした結末。
「誰が為の英雄」父親を亡くして心を閉ざした少年・翔が、母親からプレゼントされたアメコミヒーローのフィギュアを不良品と言って突き返す。渡部は團と協力し、少年の心に迫るとともに、紙と印刷の専門知識から解き明かす。引きこもりの少年とその母親の関係、子育ての大変さにも触れる人間味あふれる物語。
「偽りの刃の断罪」刑事の石橋から、コスプレイヤー夫婦の殺人事件の捜査協力を依頼される。渡部は團のコスプレ知識や技術を手掛かりに、消えた凶器の謎と真相に迫る。事件解決後も「何が正解だったのか」と考えさせられ、人の命について深く考えさせられる作品。


No.722 6点 天使たちの探偵
原尞
(2025/12/08 08:35登録)
探偵沢崎シリーズ初の短編集で、未成年者が深く関わる6編からなる連作短編集。
「少年の見た男」沢崎の事務所に訪れた十歳の少年は、ある女性を守ってほしいと依頼する。問題の女性を尾行した先の銀行で強盗事件が発生し巻き込まれてしまう。少年の純粋な思いが引き金となる予想外の展開が印象的。悲しい話だが、家族間の絆が保たれた結末で救われる。
「子供を失った男」かつての恋人に宛てた手紙を二百万円で買い取れと電話で脅迫され、その翌日に轢き逃げで娘を失った男。脅迫と轢き逃げには何らかの関係はあるのか。複雑に絡み合う人間関係と、誰にでも起こり得る現実的な悲劇が胸に迫る。
「二四〇号室の男」娘の素行調査を依頼してきた男。しかし調査を進めるうちに、実はその娘が父の素行を調査していることが判明する。家族関係の歪みと、男の死にまつわる人間模様が冷徹に描かれ、皮肉な結末が考えさせられる。
「イニシアル”M”の男」深夜に沢崎の事務所に「これから自殺する」という女性からの間違い電話が掛かる。その翌日、人気女性歌手の自殺が報じられる。深夜の間違い電話という不気味な導入から、華やかな芸能界の裏側に潜む闇を抉りだす展開に圧倒される。
「歩道橋の男」同業者の女性調査員が沢崎の事務所を訪れ、ある女性からの依頼を受けないでくれと頼み込まれる。その依頼内容は、行方不明の孫を探すことだった。祖母の孫への想いと、凶悪な少年の実像という複雑な問題を扱っている。それぞれの事情や欲が絡み合い、後味の良い結末ではないが、だからこそ深く考えさせられる。
「選ばれる男」息子から「友達のジュンが死んでいて、身代りにされるかもしれない」という電話があったと探偵依頼が入る。選挙戦の真っ只中にある政治家が、地位よりも少年の救出を優先する姿勢に心打たれる。


No.721 5点 まだ出会っていないあなたへ
柾木政宗
(2025/12/04 13:31登録)
面接不合格者の自殺後、遺族から糾弾される人事部長の大地、小説家志望でブラック企業に派遣社員として勤める真一、SNSで「死にたい」と呟くコンビニ店員の梢、借金の取り立て先の子供に懐かれるヤクザの青葉。この一見、無関係な四人の人生が交錯する群像劇。
この四人には、いずれも誰にも知られたくないことを知られたり、標的にされるなど不本意なことが起きて人生の転機となる。誰かと出会ったことにより心情や立場に変化が生じる。この作品には派手な趣向はない。それぞれが、その人なりの生活をしている周辺で、生活に即したトラブルが発生し緊張状態を迎える。隠れていた相手の裏の顔、意識していなかった自分の本当の顔が浮き彫りになる。
「星々が無数に輝き、線を引くことで星座が生まれる」という比喩が物語全体を貫いている。これは「人との繋がりは偶然性がある」という抽象的なテーマを、詩的なイメージで暗示している。時間軸の操作や伏線の緻密な配置により、後半でそれぞれの繋がりが明らかになる仕掛けが驚きを生んでいる。
タイトルの「まだ出会っていないあなたへ」は、未知他者への手紙という意味以上に、物理的には出会えなくても、運命で繋がる人々を指している。この思想は、SNS時代の希薄な人間関係への批判と希望の両方に内包し、読後に静かな余韻を残す。


No.720 5点 ペッパーズゴースト
伊坂幸太郎
(2025/12/01 15:05登録)
主人公の壇千郷は、飛沫を介して相手の未来が見ることが出来る「先行上映」という不思議な能力を持った中学教師。
物語は、壇がある教え子の危険な未来を「先行上映」で知り、それを阻止しようと動き出す。それと同時に、もう一人の教え子である布藤鞠子が書いた小説の原稿が登場する。その原稿には「ネコジゴハンター」と名乗る二人組のロシアンブルとアメショーが猫を虐待する者たちに復讐する様子が描かれている。壇の現実の体験と、鞠子の書く小説の物語という二つの視点が交互に進行し、やがてこれらが思いも寄らない形で交錯し、複雑に絡み合っていく。このロシアンブルとアメショーのコンビの軽妙な掛け合いが魅力的。復讐を仕事とするハードな設定とは裏腹に、ユーモラスでどこか憎めない彼らの存在が、物語に軽妙なリズムを与えている。
タイトルの「ペッパーズゴースト」とは、劇場などで使われる視覚トリックの一種で、「実在しないものが存在しているように見える」というこの技術が、物語の構造やテーマを巧妙に暗示している。
複雑な事件や復讐の話が展開する中でも、物語の根底には人生に対する温かい眼差しがある。ニーチェの「ツァラトゥストラ」を引用し、理不尽なことがあっても、能動的に行動し、幸せを見出していくことの大切さを静かに問いかけている。しっかりと現実を見るが、理想も諦めないというバランスのとりかたが絶妙。


No.719 5点 ソロモンの犬
道尾秀介
(2025/11/28 17:15登録)
大学生の秋内静は、椎崎教授の息子である陽介が、愛犬に引っ張られ車道に飛び出し、車に轢かれて死亡する事故を目撃する。愛犬・オービーはなぜ、急に車道に走り出したのか。事故現場に居合わせた友江京也、巻坂ひろ子、羽住智佳の不可解な言動に疑問を抱いた秋内は真相を探るため、動物生態学に詳しい間宮未知夫助教授に相談を持ち掛ける。
本作は単なる謎解き小説ではなく、青春小説の要素が色濃く出ている。秋内の智佳への未熟で純粋な恋心や、友人たちとの関係に右往左往する様は、青春時代の切なさや輝きを鮮やかに描いている。そんな日々を悲劇が襲うというコントラストも作品に深みを与えている。
物語の発端となった犬のオービーの不可解な行動には、動物の習性と人間の事情が複雑に絡み合っている。この謎が解き明かされる過程は、納得させるものとなっている。作者の作品によくみられる「人の弱さ」がテーマとして描かれている。その登場人物たちの過去や弱さは、決して否定されるものではなく、時に滑稽でしかしそれ故に愛おしいものとして描かれ、考えさせられるものがある。


No.718 7点 法廷占拠 爆弾2
呉勝浩
(2025/11/25 17:15登録)
スズキタゴサクによる連続爆破事件から一年後、彼の裁判が東京裁判所で行われている最中、爆破事件の遺族の一人である柴咲奏多が法廷を占拠する。
柴咲が率いる集団と警察(高東、類家)とスズキタゴサクという三つ巴の駆け引きが読みどころ。事件の方向を見通すのは難しく、前作に匹適するスリルとサスペンスがあり、緊迫した心理戦が楽しめる。人質になっても、のらりくらりとした減らず口で周囲の神経を逆なでつつ、狡猾さを覗かせるスズキタゴサクという強烈なキャラクターには不思議な魅力がある。
柴咲が法廷占拠という凶行に走った背景には、社会の不条理や倫理、ルールの矛盾という絶望感があったとされており、本作は単なるエンターテインメントに留まらず、現代社会が抱える問題も浮き彫りにしている。
本作は前作の続編であり、それぞれのキャラクターの成長や変化を楽しむことができ、物語を一層深く味わえるため、前作から読まれることをお勧めします。ラストでは、衝撃の展開で物語が締めくくられ、次作へ続く期待を抱かせる。


No.717 7点 密室狂乱時代の殺人 絶海の孤島と七つのトリック
鴨崎暖炉
(2025/11/21 18:33登録)
舞台は日本有数の富豪でミステリーマニアの大富ケ原蒼大依が所有する金網島という絶海の孤島。富豪が主催する「密室トリックゲーム」に招待された葛白香澄ら参加者たちは、ゲームのはずが本物の連続密室殺人事件に巻き込まれていく。
前作を上回る7つの密室トリックが次々と登場し、独創的でスケールの大きなトリックや、バカミス的要素、叙述トリックを用いたどんでん返しなど、バリエーションの豊富さに圧倒される。登場人物のキャラクターも個性豊かで、コミカルなやり取りが楽しめる。
とにかく密室愛に溢れた作品で、密室マニアや物理トリック好きの人には多いにお薦めできる。トリックの現実的な再現性や厳密な論理性を重視する人や、重厚な物語や深い人物描写を求める人には向いていないかもしれない。


No.716 5点 人獣細工
小林泰三
(2025/11/17 19:32登録)
単なるホラーではなく、SF的設定と極めて繊細な心の揺らぎが融合した3編からなる短編集。
「人獣細工」先天性の病気でほとんどの臓器に欠陥があった少女は、医師である父親によってブタの臓器を身体の隅々まで移植されながら育つ。父の死後、彼女の出生の移植の背後に潜むおぞましい真相が明らかになる。「自分とは何か」、「どこまでが人間なのか」という深遠な問いを投げかける作品。淡々とした語り口で、父親の執着や倫理観の崩壊といった心理的恐怖を覚える。
「吸血狩り」祖父母の住む田舎で夏休みを過ごしていた「僕」は、従姉の優ちゃんが全身黒ずくめの男と行動を共にするようになり、優ちゃんは吸血鬼に魅入られたと信じ、彼女を守るため戦いを決意する。従姉を守るという純粋な思いが、凄惨な結末を招くという展開に、少年の無邪気な残酷さを感じた。
「本」小学校の同級生から麗美子のもとへ送られてきた古びた一冊の本。内容は不可解で奇妙な文章だった。この本を読んだ者たちは狂気にとりつかれ、その影響は受け取った者たちの間で連鎖していく。グロテスクな描写が多く、人が狂う過程が不気味さを際立たせている。やや唐突に感じられるところもあるが、それが独特の魅力でもある。


No.715 5点 火村英生に捧げる犯罪
有栖川有栖
(2025/11/12 19:31登録)
10ページ程度の掌編から中編まで長さの違う8編が収録されている。その中から4編の感想を。
「長い影」廃工場で男性の遺体が発見された。現場の向かいに住む夫婦が怪しい人影を目撃していた。終盤で明かされる犯人の動機がタイトルとリンクしている構成が巧い。
「あるいは四風荘殺人事件」社会派推理小説作家の里中泰成の遺稿から下書きが発見されるが、結末が書かれていない未完の状態だった。それは四風荘を舞台にした密室殺人を描いたものだった。娘の花織は結末を知りたいと依頼する。物理法則を利用した仕掛けは、本格ミステリらしいスケール感がある。
「火村英生に捧げる犯罪」火村英生のもとに犯行予告状がFAXで送られてくる。一方、推理作家の有栖川有栖にも盗作をほのめかす不気味な電話が掛かってくる。いつもは火村英生の助手的存在に見られがちなアリスが、盗作騒動を対処しながらも、現場で積極的に動き事件解決に大きく貢献する姿が描かれる。二人の役割に変化が生まれ、新鮮な味わいがある。
「雷雨の庭で」タクシー会社社長が自宅の庭で死んでいるのが発見された。遺体はなぜか雨合羽を着ており、軍手やスパナも遺されていた。アリバイ工作の巧妙さとそれを崩すための着眼点に爽快感を覚える。隣人トラブルというテーマを背景に、偶然が重なって起きた悲劇という人間ドラマとしての側面が強い。


No.714 6点 化物園
恒川光太郎
(2025/11/08 19:39登録)
ケシヨウという謎の存在を共通項に様々な時代や場所で繰り広げられる7つの怪異を納めた短編集。
「猫どろぼう猫」空き巣を繰り返す羽矢子は、ある家でサバトラ猫に引っかかれ、逃げ込んだ雑木林でケシヨウという魔物を追う老人に捕まってしまう。人間の行動や早合点が連鎖し、コメディタッチでありながらもホラーとしての緊張感がある。人間関係の欺瞞や歪んだ感情が浮き彫りにされている。
「窮鼠の旅」王司は死んだ父の遺体を家に放置するが、ケシヨウが現れ恐怖で家を飛び出す。旅先である女性に拾われるが、犯罪に巻き込まれていく。現実逃避と自尊心の狭間で引き起こされる主人公の破壊的な行動が胸に迫る。行き場のない不安な心情が、不気味な怪異と相まって強い印象を残す。
「十字路の蛇」子供の頃、十字路でギターを弾く男がいた。友人が彼にちょっかいを出した後、その家族に不幸が連続して訪れる。子供時代の根拠のない噂や妄想が、現実に災厄として跳ね返ってくる不気味さが印象的。わずかなきっかけで傷つけてしまう人間の心理や、噂が独り歩きする怖さが、ホラーとして見事に昇華されている。
「風のない夕暮れ、狐たちと」たえは、田舎の屋敷に住み込みのお手伝いとして雇われ、内気な息子の世話をする。この屋敷には狐たちの不気味な噂がつきまとっていた。一見平和で優雅な環境に潜む禍々しさが、じわりと迫ってくるような不気味さを持ち、読後に不安の残る物語。
「胡乱の山犬」幼い頃から生き物を殺すことに快感を覚える少年が、弟を殺そうとしたところで村を追われ、人買いによって陰間茶屋に売り飛ばされる。生来的な残虐性と、それを受け入れ利用する周囲の人間たちの描写が暗くも切ない感動を呼ぶ。
「日陰の鳥」浮浪児のリュクは、妖魔ダウォンから老女を助けたことをきっかけに、神性のある子供として寺院に引き取られる。寺院では「鳥丸」という安楽死の薬が作られており、人々の運命が大きく動いていく。言語や立場が不安定な少年が翻弄される様は、歴史ファンタジーの趣がある。人間と妖魔、信仰と現実が交錯する壮大な物語。
「音楽の子供たち」高い塀に囲まれたブロックで、12人の子供たちが妖精国の女王・風媧のために音楽を奏でる日々を送る。主人公の陽鍵はこの世界に疑問を抱き始める。閉鎖された環境で才能を磨くことの危うさ、そして外の世界への憧れが切ない筆致で描かれている。保護と支配、才能の育成と自由の剥奪というテーマを強く投げかけており、深い余韻を残す。
人間の内面の闇や愚かさ、社会や環境に飼い慣らされ、時に翻弄される人間の姿が通底しており、「自由」と「安全」の意味について考えさせられる作品。


No.713 6点 にわか名探偵 ワトソン力
大山誠一郎
(2025/11/05 19:20登録)
主人公の刑事・和戸宋志は、特に目立った手柄を立てるわけでも無い平凡な刑事だが、自身の周囲にいる人たちの推理力を飛躍的に高めてしまう特殊能力を持つシリーズの第二短編集。
「屍人たちの挽歌」ゾンビ映画を観ていた和戸は、劇場内で一人が殺されているのを発見する。扉は内側から細工され、密室状態だった。ゾンビ映画というメタフィクション的な要素を絡めた推理が鮮やか。
「ニッポンカチコミの謎」非番の日に祭りの屋台で飲んでいた和戸は、二次会の店へ向かう途中、誤って暴力団事務所に迷い込んでしまう。そこで男の遺体が発見される。暴力団組長がエラリイ・クイーンを崇拝している設定がユーモラスで、硬派な舞台設定と論理パズルのギャップが楽しめる。
「リタイア鈍行西へ」和戸は地方の駅で、急遽乗り換えた列車内で毒殺された遺体を発見する。旅情ミステリの要素を取り入れつつ、限定された空間での人間模様と推理の応酬が読みどころ。次々と解決の糸口を探り出す展開は、本格ミステリの醍醐味が詰まっている。
「二の奇劇」和戸は令嬢が主催する婿選びのパーティーに警護役として駆り出されるが、そこで参加者の一人が殺害されてしまう。令嬢の奇抜な発想と、それに負けない求婚者たちのワトソン力による頭脳戦が見事。
「電影パズル」和戸はMR技術を使った体験型アトラクションに参加するが、ゲーム中に参加者の一人が殺害されてしまう。デジタルな情報と現実の証拠が複雑に絡み合う。ワトソン力の影響を受けた人たちが、新しい視点や論理を導入して謎を解き明かすさまが読みどころ。
「服のない男」和戸は事件に巻き込まれ、身に着けていた全ての衣服を失った男が発見された現場に立ち会う。消失の謎に焦点を当てた純粋な本格パズル。論理的な手順を経て、服が消えたトリックとその背後にある犯人の意図が明らかになる過程が楽しめる。
「五人の推理する研究員」和戸はワトソン力という特殊能力を科学的に研究しているという謎の研究所に招かれる。研究員たちがその能力を自身に受けて推理を繰り広げるという、メタ的な構造を持った物語。論理的解決を追求しつつ、和戸刑事という存在の特異性を改めて印象付ける一編となっている。
和戸という地味ながらも善良な主人公と、時にユーモラスな推理を展開する登場人物たちによって、作品全体にほのぼのとした、ある種コミカルな空気が流れている。気軽に楽しめる推理小説を探している方に特におすすめ。


No.712 6点 殺し屋の営業術
野宮有
(2025/11/01 19:07登録)
第71回江戸川乱歩賞受賞作で、営業というビジネスの要素と殺し屋という犯罪サスペンスを独自に融合させた異色作。
主人公の鳥井一樹は、「ノルマを達成できなかったことが一度もない」と豪語する一流の営業マン。しかし、どれだけ売り上げを上げても心に虚しさを感じる日々を送っていた。そんなある夜、アポイント先で死体を発見するところから転がり始める。背後から襲われ、気づくと殺人請負会社「極東コンサルティング」の殺し屋たち・風間と耳津に口封じのため殺されそうになっていた。だが、ここから鳥井が本領を発揮する。自分に銃を突きつけている相手に命を懸けた商談を始めるのだ。
「殺し屋の営業」というこれまでにない設定がこの作品の最大の特徴で、殺されそうになった瞬間に営業トークを始めるという斬新さに惹きつけられた。また随所に散りばめられた営業トークや、ビジネス理論(パレートの法則、カクテルパーティ効果など)が、殺し屋との交渉や裏社会での駆け引きに活用されていく様は、ビジネス書のような説得力さえ感じさせた。
また、ずっと心に空虚を抱えて生きてきた鳥井が、ルール無用の文字通り命懸けの裏社会で能力を存分に発揮することで、生き生きしていくところが痛快。論理とハッタリが飛び交う騙し合い、仕掛け合いの頭脳戦が読ませる。鳥居をはじめ、極東コンサルティングの風間、耳津、籠原や周防商会の女性エージェントの鴎木美紅と相棒の殺し屋・百舌などキャラクターたちも個性豊かで魅力的である。終盤は、やや強引に感じたが、ある案件で敵対することになる鴎木美紅と百舌とのコンゲーム的展開は、ラストまでハラハラさせられた。


No.711 5点 TENGU
柴田哲孝
(2025/10/29 19:10登録)
群馬県の寒村で起きた奇怪な連続殺人事件。遺体は人間の仕業とは思えないような強大な力が加えられており、犯人はいつしか地方に伝わる伝説から「天狗」と称されるようになった。中央通信社の記者・道平慶一は、事件当時に犯人のものとされる体毛を保存していた。
過去の出来事と現在の再調査の様子が交互に描かれミステリのように始まるが、物語はDNA鑑定、古代人類学、国際政治陰謀など多岐にわたり、予想を裏切る展開を見せる。物語全体を通して流れる陰鬱な雰囲気や、全ての謎が解けてもすっきりしない後味を特徴とする作品である。
作者らしいノンフィクション的な筆致で描かれるため、荒唐無稽な設定でありながらも、現実にも起こり得るのではという不思議なリアリティを感じさせ、読後に大きな余韻を残す。


No.710 7点 天国からの銃弾
島田荘司
(2025/10/25 19:25登録)
作者らしい奇抜な発想と、どちらかというと暗くやるせない余韻を残す3編からなる中編集。
「ドアX」岩手県から上京し、女優を夢見る女性が主人公で、よく当たる易者に「Xと書かれたドアに夢を叶えてくれる人がいる」と言われ、そのドアを探し求めるようになる。作者らしい女性心理に迫った作品で、夢と現実の対比、強烈な自己認識の歪みを描いている。痛ましくも哀れな話で、やるせない気分が残る。
「首都高速の亡霊」桃代は誤ってマンションのベランダから植木鉢を落とし、通行人を死亡させてしまったと思ったところから物語は始まる。桃代は結婚を迫る男を利用して、死体を処理し事件を隠蔽しようと奔走する。一つの過失が全く別の悪意と交わり、予測不能な結末へと導く。皮肉な因果応報とも取れる結末で、社会の腐った部分(天下り、談合など)への批判的な視線も感じられる作品。
「天国からの銃弾」ソープランドの屋上に立つ自由の女神の目が時々、赤く光ることを発見した男が、そこには犯罪が隠されていることを知る。自由の女神の目が光る現象と息子の死という一見無関係に見える二つの出来事の謎を、父親自身の力で解明していく過程は、探偵小説的な面白さがある。


No.709 6点 すみせごの贄
澤村伊智
(2025/10/22 19:10登録)
比嘉姉妹やオカルトライターの野崎昆が怪異に遭遇するなど、独特の不気味さが味わえる6編からなる短編集。
「たなわれしょうき」滋賀県のある村に伝わる民族伝承と、それに絡む人間の嫉妬と欺瞞が描かれる。後味の悪さと恐怖が巧妙にブレンドされている。
「戸栗魅姫の仕事」霊能者・戸栗魅姫が、迷宮化した温泉ホテルから脱出を試みる物語。閉所的な空間での心理的駆け引きや、過去の告白が緊迫感を生んでいる。虚言癖の少女との交流を通して浮き彫りにされていくドラマが印象的。
「火曜夕方の客」毎週火曜日に、決まってカレーを二人前買い、一口だけ食べて持ち帰る客の正体を探る物語。真相は重く悲しい現実であり、読後に無力感を覚える。
「くろがねのわざ」特撮映画の造形師が遺した秘密と、それを褒める者へと降りかかる呪いを描いている。芸術家のこだわり、業界への複雑な思いが描かれる人間模様。釈然としない部分もあるが個性的で印象に残る。
「とこよだけ」野崎昆が先輩ライターと共に訪れた無人島で、奇妙なキノコによる幻覚現象に巻き込まれる物語。幻覚の中に現れる大切な人の姿が、恐怖と切なさを同時に呼び起こす。
「すみせごの贄」料理研究家・辻村ゆかりが招かれた教室では、不気味な事件が相次ぎ、講師の料理人が謎の失踪を遂げていた。ゆかりが教室内の歪んだ人間関係を炙りだし、彼女の恐ろしさとカリスマ性が際立つ作品。

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