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ミステリの祭典

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パメルさんの登録情報
平均点:6.12点 書評数:700件

プロフィール| 書評

No.700 5点 ぬるくゆるやかに流れる黒い川
櫛木理宇
(2025/09/15 19:10登録)
栗山香那と進藤小雪は、中学生の時に家族を無差別殺人により惨殺された。犯人の武内譲が拘置所で自殺したため、犯行動機は不明のままとなってしまった。納得のいかない小雪は香那を誘い、「鑓戸二家族殺人事件」と呼ばれるこの事件を調べることとなった。
事件の背景には「からゆきさん」(海外へ売られた娼婦)の悲劇から続く、武内家の女性蔑視の歴史が横たわっている。特に武内チヤの手紙や彼女たちの悲惨な運命は、歴史的事実に基づく理不尽さを強調し、現代のジェンダー問題にも通じる重さを感じさせる。
無差別殺人事件というテーマを扱いながら、被害者遺族の心の葛藤や事件の背景にある社会問題を丁寧に描き出している。香那と小雪は家族を失ったトラウマを抱えながらも、事件の真相を追う過程で「正しい怒り」を見出し、信頼関係を築き、最終章で二人が前を向いて進む姿は、深い余韻が残った。


No.699 8点 千年のフーダニット
麻根重次
(2025/09/12 19:15登録)
人類初の冷凍睡眠実験に参加した男女七人が、千年の眠りから目覚めると七人の被験者の内の一人がミイラ化した他殺体として発見される。さらに巨大冷凍庫から顔を損壊された少年の遺体も見つかる。犯人は何らかの方法で建物に侵入した外部犯か、それとも被験者の誰かなのか。六人はシェルター近辺から探索を始めるが展開は、サバイバル要素と未来人類の邂逅を絡めアドベンチャー性を帯びてくる。道中では第三の殺人が起きてしまい、事態は混迷していく。
フーダニット、ハウダニット、ホワイダニットが楽しめる作品となっている。フーダニットとしては、容疑者が限定されるクローズド・サークルから始まり、外部世界へ拡大する中で犯人像が推移していき、最終的には意外な事実が明らかになる。ハウダニットとしては、冷凍睡眠中の殺害方法に加え、「顔のない死体」の意味が物語後半で明かされるなど、細部の伏線回収が緻密である。ホワイダニットとしては、本作最大の衝撃とされる要素で、「千年後の世界で自らの遺伝子を残す」という生物的な欲望が、殺人と未来社会の形成に直結するという構図が素晴らしい。
千年という時間をトリックの道具に変えつつ、人類の本質を問う哲学性を併せ持った構成力は、ミステリ好きやSF好きだけでなく、人間の根源的な欲望や時間の重みに触れたい人すべてにお薦めできる野心作である。


No.698 6点 きこえる
道尾秀介
(2025/09/08 19:10登録)
音声と文章から真相が浮かび上がる聴覚を用いて楽しむ5編からなる体験型ミステリ。各編の重要な場面でQRコードが登場し、それを読み取ると音声を聞くことが出来る。それにより文字だけでは表現しきれないニュアンスが出るように臨場感や不気味さを演出している。
「聞こえる」ライブハウス経営者の関ケ原良美と同居し、音楽活動をしていた夕紀乃は、何者かに殺されてしまう。幽霊の声が録音されたデモテープをめぐるミステリ。最後のメッセージが不気味に響きゾッとさせられた。
「にんげん玉」怪しげな資産運用ゼミナールに参加した主人公が講師の正体に気付き、一発逆転の賭けに出る。巧妙なミスリードが仕掛けられていて、体験型ミステリの醍醐味が詰まっている。
「セミ」富岡少年と「セミ」と呼ばれる同級生の友情を、カセットテープを軸に描いた勘違いが招く悲劇。世界の見え方がガラリと変わる真相と、子供の痛切な想いが胸に刺さる。
「ハリガネムシ」塾講師の主人公が、ある方法で生徒に迫る危機を察知するという緊迫感ある物語。最後の音声で急に声が大きくなることで真相が明らかになる。
「死者の耳」夫婦が奇妙な死を遂げたマンションで何が起こったのかを、ICレコーダーに記録された音声から推理する。音声だけでは分からない真相があり、読者を裏切る仕掛けが印象的。
「小説を読む」という行為に「音声を聞く」という要素を加えたこの作品集は、まさに現代ならではの実験的作品である。音声を聞き情報を読み解き、真相に辿り着く興奮を味わえる。


No.697 7点 六色の蛹
櫻田智也
(2025/09/04 19:10登録)
タイトル通り六色で象徴される短編が収録されている。各編は独立しているように見えながら、後半で物語が有機的に繋がるので順番通りに読むことをおすすめします。
魞沢は虫を求めて出向いた先で事件に出くわし、いつの間にか関係者の懐に入り込み、話を聞くうちに鋭い洞察力で真相に気が付く。
第一話の「白が揺れた」の銃弾消失トリックや第二話の「赤の記憶」のポインセチアに隠された真実は、物理的、心理的の両面のミステリとして完成度が高い。第三話の「黒いレプリカ」は捏造事件のトラウマ、第五話の「黄色い山」では誤射事件の罪悪感が描かれる。作中で魞沢は、「人間にも蛹の時期があれば過去の後悔を忘れて生まれ変わるかもしれない」と語る。これは登場人物が抱える「後悔」や「囚われ」を象徴している。第四話の「青い音」の楽譜の謎を解く過程は、関係者の心に寄り添う語り手として機能している。これまで「自分と関わる人が不幸になる」という自責の念や孤独感が描かれるが、最終話の「緑の再会」で、彼の存在が他者に希望を与える証ともなっている。
本作は「色」と「蛹」を二重のモチーフに、過去に囚われた人々が魞沢との出会いを経て、「羽化」する過程を詩的に描いている。本格ミステリとしての論理性と人間の内面に光を当てる文学性が融合した作品。


No.696 5点 遺品
若竹七海
(2025/09/01 19:19登録)
若くして謎の入水自殺を遂げた伝説的女優・曾根繭子。主人公の「わたし」は、金沢郊外の老舗ホテル「銀麟壮」で、曾根繭子のコレクターであるホテル創業者・大林一郎から整理と展示を依頼される。
「わたし」は、木箱を一つづつ開けていくが、狂気的な品々が次々と出てきて、不気味な様相を呈し、不可解な怪異現象が連鎖する。やがて主人公の外見が繭子に似始め、戯曲の内容を再現するように死傷事件が発生する。
ホラー作品でありながら、怪異現象には論理的な説明が試みられ、ミステリ的な合理性を持つ。本作では伝統的なホラーとしての怖さより、収集癖に表れる病的愛情や自己喪失への恐怖といった心理的ディストピア性に真価がある。葉村晶シリーズとは異なる毒とマイルド性が共存するやるせなさが残る物語。


No.695 6点 珊瑚色ラプソディ
岡嶋二人
(2025/08/29 19:10登録)
結婚式を目前に控え、仕事でシドニーに赴任していた里見耕三は、帰国した際に婚約者である彩子が沖縄旅行中に盲腸で倒れ入院したことを知らされる。彩子は無事に手術を終えたものの、なぜか2日間の記憶を失っており、一緒に旅行に行ったはずの友人・乃梨子は行方不明になっていた。里見は彼女たちの失われた2日間の出来事を知るべく調査に乗り出す。
謎の2日間の解明が、婚約者の不貞を暴くような気配を見せ始める前半から、風光明媚な南方の小島に俄かに排他的ムードが漂い始める後半まで、サスペンスを高めスムーズに流れていく。
物語の背景には「命を救う医師の存在価値」と「犯罪の隠蔽」という倫理的問題が横たわっている。離島の楽園イメージと隠された悲劇という対比が効果的な作品で、サスペンスとしての緊迫感には、ばらつきがあるものの沖縄の風土を活かした設定や、医療倫理、共同体の欺瞞といった社会的テーマを軽やかに包み込むところが作者らしい。爽やかながらも切ない物語。


No.694 7点 沈黙の教室
折原一
(2025/08/26 19:14登録)
青葉ヶ丘中学校の三年A組は、担任教師によって「沈黙の教室」と名付けられるほど、悪質ないじめが横行していた。クラス内では不気味な「恐怖新聞」が発行され、そこに書かれた人物が次のいじめの標的になる。いじめはエスカレートし、やがて残酷な結末を迎える。二十年後、同総会が開催されるが、同窓会の関係者が次々と不審な死を遂げる。
クラス全体が沈黙と恐怖に支配されている様子は、ホラー小説的な緊迫感をもたらしており手に汗握る。作者の代名詞である叙述トリックは本作でも駆使されているが、従来の意外性よりも過去と現在を行き来する時系列の錯綜や、視点の切り替えに重点が置かれている。記憶喪失の男性の正体、恐怖新聞の発行者、復讐者の正体など複数の謎が交錯する構造は読み応えがある。
タイトルの「沈黙の教室」が意味するものが、単に物理的な沈黙ではなく、生徒たちが抱える心の叫びや教師たちの見て見ぬふり、そして社会全体が抱える問題に対する沈黙が重くのしかかってくる。物語が終盤に差し掛かり、全てのピースがはまった時の衝撃はそれほどではないものの、それまでの登場人物たちの言動が全く違った意味を持って迫ってくる感覚は、まさに折原マジックという感じだった。


No.693 6点 ペルソナ探偵
黒田研二
(2025/08/23 19:20登録)
作家を志す六人の男女が集う会員制チャットルーム(星の海)。星の名前をハンドルネームに同人誌を作る彼らは、互いに面識はないが同じ志を持つ者同士、特別な絆で結ばれていた。それぞれの本名や住所、電話番号などの個人情報を明かさない約束事があり、知っているのは会長のカストルのみ。メンバーはカストルに自分の書いた小説やエッセーを送り、カストルが編集、製本し同人誌を発行していた。
チャットのメンバーが実際に遭遇した事件を小説化した短編の間に「インタールード」としてある女性にまつわる悲劇的な出来事の描写をカットインさせていくといった凝った構成。一見独立したエピソードが最終章で怒涛の展開に突入し、有機的に結びつく構成はよく出来ている。
切なくも前向きな力強さが感じられるエピローグが印象的。ペルソナとは仮面の意であり、本作は仮面の下の素顔を暴く過程を象徴し、ネット社会の闇を描いている。人は仮面を被って生きるが、その仮面こそが真実を暴くという、匿名社会のパラドックスをミステリの枠で見事に具現化している。


No.692 7点 木挽町のあだ討ち
永井紗耶子
(2025/08/19 19:12登録)
第169回直木賞と第36回山本周五郎賞のダブル受賞作。この作品は、芝居小屋で働く人々の証言を通じて、あだ討ちの真相が徐々に明らかになる構成となっている。
雪の降る夜、芝居小屋が立つ木挽町の裏通りで、菊之助は父親を殺めた下男を斬る。斬り取った首を高々と掲げ、菊之助のあだ討ちは見事に成功した。本書はそれから二年後、若侍が世に言う「木挽町の仇討」と顛末を知りたい、と木挽町へやってくるところから幕を開ける。
一幕ごとに異なる語り手たちの証言を元に、探偵役が過去に起きた殺人事件の真相に迫る。最後にきっちりとサプライズも待ち構えているのだが、実は本作の主眼は事件にまつわる証言とともに披露される、目撃者たちそれぞれの生き様にある。裏方として働く彼らはなぜ、当時「悪所」と呼ばれ蔑まれた芝居街に集まってきたのか。各章の語りの中に、仕事にまつわる普遍的なメッセージがたびたび顔を出す。
各章ごとに木戸芸者、殺陣師、衣装係、小道具師、戯作者が語り手となり彼らの人生とあだ討ちの関係を描くことで、物語に深みを与えている。語り手たちの過去が真相と絡み合い、最後に全てが繋がる展開が見事。堅苦しい時代小説のイメージを打破したミステリ的な構成と人間ドラマが融合した作品で、異色のお仕事小説でもある。


No.691 6点 それは令和のことでした、
歌野晶午
(2025/08/16 19:12登録)
令和時代の社会問題を鋭く切り取り、陰鬱な展開や心理描写に思いがけない仕掛けを秘めた、全8編(7つの短編と1つの掌編)からなる短編集。
「彼の名は」主人公の船橋太郎の母・和世は、世間の多数派に異を唱え、新しい価値観を見出そうとしている女性。息子に対しても本人の意思など構わずに胸元や袖口がフリルになったシャツやスカートで小学校に登校させる。当然のごとく太郎はいじめを受ける。早い段階で物語の前提の「何か」がおかしいと感じるが、その「何か」が言及されないまま進行するので、奇妙な読み心地に包まれる。オチは、現代の親子関係やジェンダー問題を鋭く突いている。
その他にも、良かれと思っての行為が全て裏目に出る「有情無情」、ひきこもりの姉と対立するようになった青年が主人公の「わたしが告発する!」など、現代の価値観を皮肉に扱いつつ、ブラックな余韻に突き落とす作品が多い。「彼の名は」や、母に厳格な育てられ方をした女性が自身の娘に対しても同じ行為を繰り返してしまう「死にゆく母にできること」、読後感という点では、収録作の中で異色の「彼女の煙が晴れるとき」などのように、作中の出来事の背景には歪な親子関係がある場合が多いのも本書の特色だ。
ミステリとしての秀逸さで際立つのが「君は認知障害で」。日雇い労働者の苛酷な現実と、そこに潜む犯罪の真相。暗号解読の要素もあり、満足できる仕掛けが詰まっている。「死にゆく母にできること」のホワイダニットの要素も強烈。ラスト一ページの切れ味が鋭いのが「無実が二人を分かつまで」。社会派的なテーマ性と、ミステリとしての完成度が両立している。


No.690 5点 Pの密室
島田荘司
(2025/08/12 19:20登録)
御手洗潔の幼少期にあった事件簿2編が収録されている。(「鈴蘭事件」は幼稚園の頃「Pの密室」は小学校2年生の頃)
「鈴蘭事件」えり子の両親は、横浜でトリスバーを経営していたが、ある日父の音造が死体となって発見される。幼い御手洗は、運転を誤っての事故死と見る巡査に異を唱え、あることを手掛かりに独自の捜査で犯人を追い詰める。事件は解決したものの、実は法では裁けぬ恐ろしい裏の真相があり、それが彼の女性観に繋がっていることが明かされる。一見、事件と関係のなさそうなタイトル名がどう真相に結びつくかが読みどころ。
「Pの密室」高名な画家が自宅で人妻とともに惨殺死体となって発見され、死んだ人妻の夫が逮捕されるが、現場は密室状態で、しかも床に真っ赤に塗られた絵が敷き詰めてあった。この謎めいた状況の中で、御手洗少年の推理が冴え渡る。奇妙な間取りの部屋、そこにピタゴラスの定理が用いられ、数学的発想を駆使した解決が特徴的。しかし間取り図は非現実的。
どちらの事件も不可解で、御手洗少年が事件を解決する様子は超人的で痛快。その能力は、故に周囲から理解されず、女性嫌いや、権威への不信感といった後年の性格形成につながる経緯が垣間見えて興味深く読めた。2編とも物語性重視となっており、トリック自体は小品で物足りなさを感じてしまった。しかし御手洗潔のルーツを知る上では貴重な作品なので、御手洗潔シリーズファンの方は一読の価値ありでしょう。


No.689 7点 脳髄工場
小林泰三
(2025/08/08 19:22登録)
SFとホラーが交錯する作者ならではの独特の世界観が堪能できるショートショートを含めた11編が収録されている。その中から6作品の感想を。
「脳髄工場」犯罪者の矯正が目的で開発された人工頭脳で、感情を制御する社会が描かれる。自由意志とは何か、人間にとって脳とは何かという命題に科学的、論理的アプローチを試みたような対話があるが、最終的には衝撃的の真実に直面する。決定論的な世界観の不気味さと、科学管理社会への警鐘とも読める。
「友達」内向的な少年が想像した理想の自分が実体化し、主体性を奪う。分身との対立は「自己否定」という心理的ホラーへ発展し、戦慄を味わうことになる。
「綺麗な子」ロボットペットが普及する社会で、生身の子供を「手間のかかる欠陥品」と見なす母親の狂気。技術依存が倫理観を侵食する過程が不気味。
「C市」クトゥルフ神話を下敷きに、科学者が異次元生命体「C」に対抗する自己進化型生命体を開発。しかし「塩の秘術」や呪文が突然登場し、科学とオカルトの境界を瓦解させる。
「アルデバランから来た男」バックアップされた意識が本体を消すディストピア社会を風刺。探偵たちの超能力やグロテスクな描写と軽妙な会話が奇妙に調和している。
「影の国」ビデオテープに記録された「影の王」の存在が、観測されること自体が現実を歪める恐怖を喚起。技術革新や社会制度の裏側に潜む倫理的闇を、ホラーの手法で可視化している。
SF的な設定を土台にしながら、人間の精神の脆弱性や社会の歪みをホラーとして昇華させた作品集。特に「穏やかな日常が少しずつ狂っていく」構成は、現代の技術依存、倫理の曖昧化を反映しており、単なる恐怖体験ではなく、人間存在そのものへの問いとして迫力を持っている。


No.688 6点 人影花
今邑彩
(2025/08/04 19:20登録)
ホラーとミステリの境界を描く独特の世界観が特徴的なバラエティ豊かな、ショートショートを含む9編が収録されている。
「私に似た人」主人公が受けた一本の間違い電話。つい、からかいたくなり適当に受け答えしてしまう。すると思わぬ方向に話が進む。最後の主人公側の真実が明らかになる展開が切れ味鋭い。「世にも奇妙な物語」的な味わいがある。
「神の目」ペット禁止のマンションで「猫を飼っている事実を告発する」と、神の目なる人物から手紙が届く。謎自体は気付きやすいが、探偵二人のやり取りがコミカルで楽しい。
「疵」婚約者に自殺され、打ちひしがれる主人公。そこに一通の手紙が届く。そこには自殺ではなく殺されたという内容が綴られていた。静かながら悲しみと狂気を感じさせる。
「人影花」椿が咲く家に住む自分の妹とその夫。夫は自分の幼馴染でもあるがある時、妻が書き置きを残して家を出て行ってしまったという知らせを受ける。椿の花の言い伝えがミステリアスな雰囲気を盛り上げるのに一役買っている。ラスト一行は息を飲む。
「ペシミスト」ある日、主人公のもとに友人が訪れる。友人は職を失ったばかりか、結婚生活も終わりを告げていた。わずか4ページのショートショート。オチのブラックユーモアが効いている。
「もういいかい・・・」老人が語った幼き日の残酷な思い出。これも短いエピソード。読者の想像に任された部分が多い作品。
「鳥の巣」友人に誘われて保養施設を訪れた主人公。到着してみると友人はおらず、代わりに和子という女性が現れる。和子はかつて、鳥の巣を雛鳥ごと焼き捨てた話をする。予想可能な展開でも、描写の巧みさで読後に背筋が冷たくなる余韻を残す。
「返してください」ある日、主人公は留守番電話にメッセージが入っていることに気付く。聞き覚えのない女性の声で、「あれを返してください」と訴えるものだった。常軌を逸した内容であり、留守番電話の謎が解けたと思ったら、もう一つの真実が明らかになり、それが鳥肌もの。
「いつまで」娘の結婚式が無事終わり、安堵感と寂しさを嚙みしめる夫婦。そんな中、妻が夫に離婚を切り出した。妻はかつて、こっそり産んだ子を餓死させてしまったことがあるという。化鳥伝説を通じた夫婦の贖罪が「怖さと切なさ」の両方を喚起し、ラストにほのかな救いを感じさせる。


No.687 6点 ぼくらは回収しない
真門浩平
(2025/07/31 19:29登録)
第19回ミステリーズ!新人賞受賞作「ルナティック・レトリーバー」を含む緻密な謎解きと深層心理を描き出した5編からなる短編集。
「街頭インタビュー」人間観察を趣味とする伊達桐人は、クラスメイトの藤原さんにSNSでの炎上を鎮めてほしいと頼まれる。炎上した動画の謎を解く過程で、現代のネット社会や匿名性への批評性が滲み出る。
「カエル殺し」賞レースで初優勝したお笑い芸人の墜落死事件と、蛙化現象を絡めている。芸人たちが日常的に演じるギャグやボケが、事件解明に伏線として機能している点が巧妙。
「追想の家」亡き祖父との生前の思い出を振り返る。書斎に残された手掛かりから過去の事件が再構成され、記憶の曖昧さと真実の相対性が問われる。 
「速水士郎を追いかけて」校内で起きた盗難事件の犯人に辿り着いた探偵役の推理を助手役が推理する。探偵小説への憧れと現実の乖離が描かれ、等身大の若者の挫折感や探究心が交錯する。
「ルナティック・レトリーバー」大学の学生寮で寮生の一人が死体となって見つかった。練炭自殺と思われたが、仲間が疑問を持ち真相を突き止めようとする。彼女の孤高性と周囲の無理解を浮き彫りにし、人間の「理解不能性」という普遍的なテーマを提示したビターな味わいを放つ青春ミステリ。
タイトルの「回収しない」が暗示するように、全ての謎や感情を解決に収束させず、余白を残すことで深い余韻を生んでいる。人間の内面に迫る文学として読み応えがある。


No.686 7点 作者不詳 ミステリ作家の読む本
三津田信三
(2025/07/28 19:10登録)
飛鳥信一郎が古本屋で購入した「迷宮草子」という同人誌。中身は小説なのか体験談なのか分からない話が収められていた。そしてある古書店主が調べたところによると、かつてこの本を所有していた人物が少なくとも二人、行方不明になっていることが分かる。
「迷宮草子」に収録された7編の短編を作中人物たちが読み、謎を解こうとする入れ子構造のような作品。現実世界で対応する怪異現象が発生するという設定で、各短編の謎を解くことが現実の怪異から逃れる手段となるため、「作中作の謎解き」と「現実のサバイバル」という二重の推理のプロセスに臨場感がある。このホラー的な演出と謎を合理的に解釈しようとする謎解きが巧みに融合しており、その展開は実にスリリング。
本作は「推理小説とは何か?」を読者に迫る実験作で、虚構と現実の境界を意図的に曖昧にし、物語を読む行為そのものが恐怖の源泉となる構成は、従来の本格ミステリの枠を超えている。特に「朱雀の化物」の叙述トリックや「首の館」の閉鎖空間サスペンスは圧巻。ラストのひっくり返し方は過剰と思ったが、ミステリに対する熱量と野心はとても伝わってきた。


No.685 6点 ボーンヤードは語らない
市川憂人
(2025/07/25 19:15登録)
マリア&蓮シリーズ第4弾で、4編からなる短編集。
「ボンヤードは語らない」飛行機の墓場「ボンヤード」と呼ばれる空軍基地でサソリに刺されて死んでいた兵士の隠された真実を明らかにする。トリックは小粒ながら、社会派テーマが強く打ち出されており、重い余韻を残す。
「赤鉛筆は要らない」蓮が高校生の頃に遭遇した雪密室殺人事件。古典的な密室トリックと、時を経て明かされる悲劇的な真相が印象的。
「レッドデビルは知らない」マリアが高校生の頃に遭遇した同級生の転落死事件。人種差別を背景にした痛ましい事件がテーマで、叙述トリックが使われ読者の先入観を揺さぶる構成が特徴的。
「スケープシープは笑わない」マリアと蓮が初めてコンビを組んだ事件を描いている。虐待疑惑を扱い、二人のキャラクターの掛け合いが光る。虐待事件が思いも寄らぬ構図を見せるところが素晴らしい。


No.684 8点 禁忌の子
山口未桜
(2025/07/22 19:20登録)
第34回鮎川哲也賞受賞作。
救急医の武田航は、溺死体の顔を見て自分とそっくりということに驚いた。武田は自分と死者との関係を知りたいと思い、同僚医師の城崎響介に相談する。
身元不明の遺体の正体や武田との関係を探る過程で、生殖医療や倫理的問題が絡む深い謎が展開される。作者が現役医師であるため、医療現場の描写や専門用語の使用に説得力がある。緊急救命のシーンや医療倫理の問題がリアルに描かれているが、わかりやすく解説されているので、医療知識がなくても理解しやすいのが嬉しい。
主人公の武田と探偵役の城崎が物語を牽引しているが、城崎の冷静な推理と武田の感情的な反応の対比が物語に深みを与えている。事件の鍵が〇〇〇〇にあることはすぐに分かるが、誰がどうやって、なぜという謎は、なかなか明確にならない。それだけに事件の全貌とタイトルの意味が判明した際の衝撃は大きい。本作は単なるエンターテインメントとしてではなく、生命の尊厳や倫理的問題を考えるきっかけを与える作品となっている。医療ミステリとして最後まで驚かせる巧みな構成と、重厚なテーマ性が融合した傑作。


No.683 6点 あなたが誰かを殺した
東野圭吾
(2025/07/18 19:34登録)
加賀恭一郎シリーズの第12作目で、連続殺人事件の真相を探る「検証会」を舞台に、人間の裏の顔と衝撃の真実が描かれた作品。
避暑地の別荘で恒例のバーベキュー大会が開かれた。参加者は総勢十五人。唯一この地に定住している一人暮らしの未亡人宅の裏庭が会場である。バーベキューをしたその日の深夜、何者かが各別荘を次々に襲い、六人が刺されそのうちの五人が死亡する惨劇が起きた。
犯人はすぐに逮捕され、凶器のナイフを見せ、自分が犯人であると告げる。だが犯人は身勝手な動機は語ったものの、犯行の詳細については一切語ろうとしなかった。数か月後、遺族たちは再び現地に集まり、事件の検証会を開く。検証会では加賀が司会進行役となり、生存者たちが当日に見聞きしたことの証言を集め、事件を再構築していく。その証言からは、犯人が語った動機とは矛盾する行動やそれと同時にその過程で、遺族たちが警察に口外しなかった事実も徐々に明らかになる。表面上では裕福で幸せに見える彼らが、実はそれぞれ深い闇を抱えていることが明らかになる。事件の背景には人間のエゴ、嫉妬、孤独が絡み合い、動機は衝撃的で、社会派ミステリの要素もある。「人はなぜ殺意を抱くのか」という深いテーマを追求しており、最後のどんでん返しが相まって強い印象を残す。


No.682 6点 ヨモツイクサ
知念実希人
(2025/07/14 19:27登録)
北海道の禁域「黄泉の森」を舞台にアイヌ伝承とバイオホラーを融合した作品。
主人公の佐原茜は、道央大学医学部付属病院に勤務する外科医。七年前、両親と祖母、姉の椿が神隠しのように失踪してしまい、その事件が深い心の傷となっている。ある日、椿の婚約者だった旭川東署の刑事・小此木からリゾート施設開発工事の作業員たちが消えたと知らされる。この二つの事件には関係があるのか。一連の事件を解決する手掛かりは黄泉の森にあると直感した茜は鍛冶とともに山に入るが、そこで意外なものを発見する。人を捕らえて神に捧げるという昔話の怪物・ヨモツイクサが実在するというのか。
物語は三幕構成で展開され、ヒグマの驚異からヨモツイクサの生態解明、最終的に「ベクター」の正体暴きと進み、ストーリー展開も一気に加速し衝撃のラストに突き進む。黄泉の森はまさしく人智を超えたものが彷徨う異界。次々に襲いかかる危機の中、茜、鍛冶、小此木それぞれの想いや人生が交錯する。
終わりのない絶望と恐怖。その先に待っているのは、常識を覆すような恐ろしい真相。さらにここで終わりと思ったら、もう一撃あり驚かされる。この作品は、伝承と科学を織り交ぜたホラーとして読者に生命の本質を問い掛けている。


No.681 5点 チェーン・ポイズン
本多孝好
(2025/07/11 19:13登録)
主人公は、生きる意味を失った独身のOL。ある日ふと「もう死にたい」とつぶやくのだった。だがそこに一人の人物が現れ、「本当に死ぬ気なら、一年待ちませんか?」と謎の提案をし、一年後にご褒美をあげると告げ去っていった。また物語は一方で連続する毒物自殺事件を追う週刊誌記者の視点が交錯しながら展開していく。
この作品は生と死という重いテーマを扱いながら、ミステリとしての面白さと人間の本質に迫るテーマ性を兼ね備えている。現代社会の闇を浮き彫りにしながら、どこか優しい光が射し込むような描写は、作者の真骨頂といえるでしょう。巧みな構成ではあるが、ミステリ的な仕掛けは目新しさはなく、違和感を覚えて気付く人も多いのではないでしょうか。

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