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ミステリの祭典

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平均点:6.13点 書評数:622件

プロフィール| 書評

No.622 5点 残穢
小野不由美
(2024/11/21 19:31登録)
作者が綾辻行人の奥さんということを今頃知って興味を持ち読んでみた。
ホラー小説を執筆する作家の「私」は、怪談好きのライターの久保と知り合う。首都近郊にある賃貸マンションに引っ越した久保は、部屋で聞こえる奇妙な音に悩まされていた。怪異の原因を求めて、マンションを調べる二人。やがて調査はマンションの周囲一帯に広がり、時代も過去へと遡っていく。そして次々と明らかになる事件と怪異。自分をモデルにした「私」を語り手にすることで、本書は実話会談のスタイルを踏襲している。これが抜群に効果的。平山夢明や福澤徹三など実在する小説家も登場して、どこまでが作り物でどこまでが本物なのか惑わされて、より一層恐怖が染み入ってくる。作家の実生活に興味を引かれていると、いつの間にか時間と空間を超えて広がっていく怪異と向き合うことになる。
関係者に話を聞き、古い地図で土地の履歴を確認する。主人公たちの調査方法が、常識的なものだけに、そこから明らかになっていく怪異の不気味さが際立っている。また調査が進むにつれ、第三者の立場であったはずの「私」にまで怪異が忍び寄ってくる様子が恐ろしい。
さらに物語の途中で主人公たちが追う怪異が、連鎖の構図になっていることが判明するのだが、これが怖い。とはいえ、退屈と思ったことが多かったことも確かだ。結局のところ過去を振り返り、誰かに話を聞くということの繰り返しで、物語の起伏もそれほどなく終わりを迎えるところに不満が残る。


No.621 6点 首断ち六地蔵
霞流一
(2024/11/17 19:10登録)
豪凡寺にある六地蔵の首が何者かに切断され持ち去られる。その首が発見されるたびに、奇怪な殺人事件が起こるという連作短編集。オカルト現象の調査を担当している魚間岳士、霧間警部、豪凡寺の住職・風峰が推理合戦を繰り広げるという各話が、それぞれ幾通りかの推理がされる多重解決の構成となっている。
これでもかと言わんばかりのトリックと謎解きが詰め込まれており、ユニークな見立て、作者独特のギャグ、どう考えても実行は無理そうな物理トリックを受け入れることが出来るかで評価が分かれるのではないか。ラストは、どんでん返しも待ち構えており、伏線も巧妙に張られていることがよく分かる。以前の自分だったら、リアリティに乏しいと低評価にしていただろうと思える作品。今では、バカミスが受け入れられるようになったというよりも、どちらかと言えば好きになった。


No.620 4点 クローズド・ノート
雫井脩介
(2024/11/13 19:18登録)
主人公の大学生・堀井香恵は、吹奏楽サークルでマンドリンを吹いていて、近くの文具店でアルバイトをしている。香恵は部屋のクローゼットから、前の居住者が置き忘れたノートを発見する。それは小学校教師の伊吹という女性の日記だった。初めは興味本位で日記を読んでいた香恵が、徐々に伊吹という女性に気持ちをリンクさせていき、日記は確実に香恵に影響を与え、時に励ましてくれる存在となる。
バイト先に万年筆を買いに来た気になる男性。友達が留学しているのをいいことに誘ってくるその彼氏。香恵がバイトしている文具店の万年筆売り場での蘊蓄は楽しいし、伊吹先生の日記により、それまで確固とした将来の目標を持っていなかった香恵の自分をしっかり見つめていくところがいい。ごく普通の女子大学生の香恵の現在の生活に伊吹先生の日記がどのように絡んでくるかは、途中で見当がついてしまうのがミステリとしては残念。伊吹先生の思いを自らの内に消化し、最後に笑顔を見せる香恵の姿が、なんとも清々しい。この作品は、恋愛小説として読んだ方が楽しめるかもしれません。


No.619 7点 死体の汁を啜れ
白井智之
(2024/11/09 19:16登録)
タイトルからしてグロテスクな描写が満載な小説だろうと、覚悟していたためか思ったほどではなかった。
牟黒市という小さな港町が舞台。殺人の発生率が異常なほど高いこの町では、なぜか奇妙な死体が登場する事件は多発する。なぜ、このような死体が出来上がったのかという状況を解き明かすことが、謎解き小説としての核になっている。
各編で描かれる死体は、常人では想像のつかない異様なものばかり。一編目の「豚の顔をした死体」では、生きたまま頭の皮を剥がされた上に、豚の頭を被された死体が出てくる。どう見ても快楽殺人者の仕業にしか思えない状況だが、手掛かりを辿っていくと、そこには理にかなった人間の行動が隠されていることが分かる。表面上は奇怪で非合理的に見えるが、その裏には論理的かつ合理的な世界が広がっているのが分かる。
感心するのは、自然な感情の流れを謎解きパズルのピースとして巧みに利用している点である。「何もない死体」では、民家のガレージでギロチンで首と四肢を切断されたと思われる男の死体が描かれる。本作では死体以外にもおぞましい仕掛けが用意され度肝を抜かれるのだが、肝心な物理的な証拠のほかに、人間の意識を念頭に置くことで、初めて事件の全体像を掴めるようになっていることだ。最も戦慄的な死体が描かれる「死体の中の死体」も然り。狂気じみた謎が描かれるが、ここでも鍵となるのは登場人物たちの心理状態。「こういう状況ならば、こういう行動をとらざるを得ない」という思考の流れを丁寧に追っているからこそ、最後に明かされる真相は説得力を持つ。


No.618 5点 墓頭
真藤順丈
(2024/11/05 19:12登録)
双子の一方が死に、その死体を頭の中に入れたまま生まれたため「墓頭(ボズ)」と呼ばれた男。その男の数奇な生涯を語る物語。当時の医療では死体を取り出すことが出来ず、彼はその異様な容姿のまま世界を渡り歩く。だが際立った能力を持ち、またなぜか彼に関わった人が次々と死んでいき、破壊的なモンスターへと成長していく。
かつてボズと同じ施設で学び、ヒョウゴと呼ばれるボズに負けず劣らずの異能で特殊な人物が登場する。ボズは仲間を惨殺したヒョウゴと時に行動を共にし、時に距離を保ち、その様子が何となく、ある学園ものの壮大な後日談のようにも見えてくる。もう一つ特徴的なのが、全体としては手堅く唯物的に描かれているにもかかわらず、ボズの頭の中に死体に関わるところになると奇妙に唯心論的・想像的な記述が出て、物語は神話的なものに変容する。
その過程は陰惨な暴力に溢れているのに、不思議と静かな印象がある。ボズに旧来的な自己主張が薄いからだろう。激しい憎しみや恨み、疎外感といった分かりやすい情動によらず物語を進めようとする志向はいくつもの予見を裏切ってゆく。SFやバイオレンスアクションに哲学的詭弁と様々な要素があり、その過剰なほどの派手な演出は好みが分かれるかもしれない。


No.617 6点 瞬間移動死体
西澤保彦
(2024/11/01 19:19登録)
主人公の中島和義は、人気作家の中島景子と結婚してヒモ同然に日々を暮らしていたが、実は幼少の頃より密かに作家になる夢を抱いていた。しかし、その創作意欲を妻が心無い一言で否定したその時、和義は妻を殺す決意を固める。アリバイ工作は完璧だ。ロサンゼルスの別荘で妻が殺された時、自分は東京の自宅にいる。和義には、テレポーテーションの能力があるので可能なのだ。
だが、この能力にはいくつかの欠陥がある。まずテレポートするには一定量のアルコールを摂取しないといけない。下戸の和義は、テレポーテーションを試みる度に朦朧状態になってしまう。またテレポート先に行けるのは生身の体だけなので、衣服を身に着けることは出来ない。当然何も持って行けず、持ち帰ることも出来ない。加えて秀逸なのが、A地点からB地点にテレポートする時、B地点にあったものが何か一つ和義と入れ替わりにA地点に転送されてしまうこと。
和義の計画は思い通りに進まず、妻殺しの計画を断念した現場の別荘で見知らぬ白人男性の刺殺死体が見つかり事態は混迷の度合いを深める。殺人者になるはずだった和義は、奇しくも妻の妹と二人で謎めく殺人事件の探偵役を務めることになる。謎解きの面白さに加えて登場人物たちの異様な人間関係を通して、人の心の深いところにある欲望や浅ましさを描くところに作者らしさが発揮されている。
推理のルールは、テレポーテーションという突飛な能力であろうとしっかり固められている。非現実的な超常現象が存在するものと認められた世界で、しかし事の真相は地に足がついたロジックで詰め切られる。大胆な伏線の張り方や、終始コミカルながらドロドロしたところもあり、ほろ苦いストーリーも、まさに作者の真骨頂と言える。


No.616 7点 ちぎれた鎖と光の切れ端
荒木あかね
(2024/10/28 19:27登録)
島原湾に浮かぶ孤島・徒島の海上コテージを訪れた高校時代の仲良しグループを中心とする8人の男女。主人公は先輩の人生を破滅させた連中に報復するため、それも皆殺しするために毒物を忍ばせていた。偽りの友情を築いていたのもこの目的のため。しかし計画実行を目の前にして生じ始めた迷い。そんな彼をあざ笑うかのように殺人事件が起きてしまう。通信手段はない環境で次々と殺人は続く。被害者には、「前の殺人の第一発見者」という共通点があり、なぜか全ての遺体は舌が切り取られていた。犯人は誰でその目的は何なのか、果たして主人公は孤島のクローズド・サークルから生還できるのか。
第二部は、孤島の殺人事件から三年後。同居する男を「兄」と呼び、疑似家族の関係を築いて暮らしていた横島真莉愛はある朝、ごみ収集の仕事中に遺棄されたバラバラ死体を発見してしまう。そして真莉愛は、徒島事件の再来と思しき事件に巻き込まれていく。真莉愛の物語が第一部とどのような形で結びついていくのか、第一部の視点人物の立ち位置の工夫、意外な人間関係の妙味、その技巧に感嘆させられた。
多重性を重んじるこれからの社会を見据えた視線が、作品全体の大事な屋台骨になっていることが分かる。憎しみ一色に塗りつぶされた状態で始まった物語が、行き着く結末「ちぎれた鎖」という言葉がネガティブからポジティブな意味に変化する様が素晴らしい。


No.615 7点 冬期限定ボンボンショコラ事件
米澤穂信
(2024/10/24 19:19登録)
間もなく受験も迫ろうかという高校三年生の十二月。そんなある日、小鳩常悟朗は正面から来た車に撥ねられ轢き逃げに遭う。病院のベッドで昏睡から目覚めた彼が知ったのは、入院とリハビリを余儀なくされ、大学受験が絶望になったこと。そして事件に居合わせた小山内ゆきが、轢き逃げ犯を探り始めているようだが、なぜか小鳩君が眠っている時ばかりに訪れ、短いメモを残すだけだった。やがて小鳩君は中学時代に体験した過去の事件の記憶を振り返り始める。それは小鳩君と小山内さんが出逢うきっかけとなった謎、二人が「小市民」を志す原因となった出来事。互恵関係という、恋愛関係でも友情関係でもない関係性がどう始まったかが分かるシリーズものとしての面白さもある。
小鳩君の入院生活を描く現在と、彼が回想する苦々しい過去。物語は二つの異なる時間軸が交互に綴られていく構成となっていて、かつてのトラウマを連想させるような事件が現在の二人の前に再び立ちはだかってくる展開が熱い。
一見どこか隙がありそうだが、足を使った地道な捜査で強固な不可能性が確かめられていく過程は魅力的。また、小鳩君と小山内さんのユーモラスで愛らしいやり取りなど青春小説的な爽やかさも味わえて楽しい。
そして過去の事件が辿った顛末に打ちのめされ、登場人物たちと同じ無力感に苛まれる暇もなく明かされて現在の事件に関する驚きの真相。全く予想もしない角度から仕掛けられていた騙りの手筋に思わず唸った。まさに「語り」と「騙り」の技巧が結集することで織り上げられた作品と言える。


No.614 6点 赤々煉恋
朱川湊人
(2024/10/20 19:31登録)
愛する者に向ける妄執ともいえる激しい執着の果てに、モラルの埒外に行ってしまった者たちの姿を、ホラーという意匠を用い、エロス溢れる筆致で描いた背徳の作品集。
「死体写真師」若くして病死した妹。美しかった生前の姿をとどめたいと考えた姉とその恋人は、死体を着飾らせてポーズをとらせた姿を撮影する写真師がいるという葬儀社を探し出し、目を閉じていることを除けば生きているような、ウェディングドレス姿の美しい妹の写真を残すことが出来た。退廃美に彩られた死体写真の鮮やかなイメージ、姉が最後に知ることになるおぞましい事実と直面する恐怖。背徳的でグロテスクな味わいのダークホラー。
「レイニー・エレーン」出会い系サイトで知り合った女とホテルに入った時、渋谷で死んだ同級生を思い出した男が陥った物語。
「アタシの、いちばん、ほしいもの」生きている時に得られなかったあるものを求め、自殺した少女の心が漂う物語。ただ悲惨なだけでなく、やるせない気分になる。
「私はフランセス」両親に遺棄され、過酷な人生を歩んだ女性が自分を大切にしてくれる男と出会い、やがて愛し合い同居する。だが男には奇妙な性癖があることを知る。究極のマゾヒズムが描かれている。
「いつか、静かの海に」少年が出会った青年が育てていたものに惹かれる幻想的な物語。


No.613 7点 Butterfly World 最後の六日間
岡崎琢磨
(2024/10/16 19:27登録)
物語の舞台は、現実とVR空間(バタフライワールド)の二つの世界。バタフライワールドとは、蝶の翅が生えた人型アバターが生息するVR空間のこと。花沢亜紀は、学生時代のいじめがきっかけで引きこもりとなり、逃げ込むようにバタフライワールドへ。バタフライワールドは自分の好きな姿になれる理想郷。アキとして永遠にこの世界にいたいと願うほどだった。そんな中、ログアウトせずにとどまり続けている人々の噂を耳にする。彼らが共同生活を送る紅招館を目指す。だが、館に辿り着いたところでサイバー攻撃を受け、周辺一帯が孤立してしまう。
そして住人たちが閉じ込められた一帯で事件は起こる。館の住人ステラが、死体となって発見されたのである。だが、そもそもバタフライワールドは非暴力が徹底された世界なので、アバターが殺される事態など起こるはずがない。館に取り残された11人の中に、ステラを殺した犯人はいるのか。アキたちが手掛かりを探す中、第二第三の事件が立て続けて起きてしまう。
この暴力が許されない世界で、不可能犯罪が起きるという筋立てが実に魅力的。この作品は、不可能殺人の解決だけを主眼にした物語ではない。現実世界における亜紀の事情も並行して描かれ、それがバタフライワールドで起きた事件と有機的に結びついている。後半に挟まれた読者への挑戦状、もしくは嘆願書で5つの謎が提示され、バタフライワールドと現実が複雑に絡まった真相は、本格ミステリの面白さに満ちている。また亜紀が引きこもる原因となったルッキズムによる差別の本質にも迫っている。当初は部屋に引きこもり、バタフライワールドに惑溺していた亜紀。彼女が外の世界へ踏み出す勇気を得て、成長していく姿も本書の読みどころとなっている。


No.612 5点 午後のチャイムが鳴るまでは
阿津川辰海
(2024/10/12 19:38登録)
舞台となるのは九十九ヶ丘高校で、タイトル通り午後のチャイムが鳴るまでの65分間の昼休みに企てた完全犯罪を描いた5編からなる学園青春ミステリ。
「RUNラーメンRUN」外出禁止の校則を破り、学校を抜け出し人気のラーメン店でお昼を食べようとする生徒。
「いつになったら入稿完了?」部誌の原稿を仕上げるため、校内で徹夜合宿していた文芸部。締め切りが迫る中、表紙イラスト担当の部員が忽然と姿を消す。
「賭博師は恋に舞う」トランプの図柄を描いた消しゴムを使用する消しゴムポーカー。今回の優勝賞品は、誰もが憧れるクラスのマドンナに告白する権利。
「占いの館へおいで」教室の外から聞こえた「星占いなら仕方がない。木曜日ならなおさらだ」という声が妙に気になり、その一言から事情を推理する。
「過去からの挑戦」この最終話で全体の構成が明らかになる。脇役だった先生が主人公となり、高校生の名探偵が鮮やかに謎解きをする。体育教師の森山は、17年前の昼休みに囚われ続けていた。自分も生徒として通っていた時代、この学校の屋上で発生したある事件。淡い恋心とともに消失した女子生徒の身にあの時、何が起きていたのか。4話までに出てきた人物の秘密まで明かされ、大いに驚く仕掛けとなっている。
大人からすれば、くだらなく馬鹿馬鹿しい情熱なのかもしれない。でも誰でもそんな時があっただろう。今その瞬間を生きている、その思春期にしか分からない切実さがある。コロナ禍の学校生活に寄り添う描写とも併せ、一冊を通じて語られる「どんな青春も掛け替えのない青春なんだ」というメッセージには説得力があった。この馬鹿馬鹿しい青春群像劇が、魅力的な謎、緻密な伏線配置、的確な推理、加えて最後には連作を通した洒脱な趣向が明かされるミステリとしてよく出来ている。真相に察しがついてしまう話もあったが、青春小説として爽やかな読後感がある。


No.611 7点 傷痕のメッセージ
知念実希人
(2024/10/08 19:30登録)
外科から病理部に出向した水城千早は、顕微鏡を覗いてばかりの仕事にうんざりする毎日。千早を指導する同期の病理医・刀祢紫織ととも馴染めず、「早く外科に戻りたい」とばかり考えていた。そんな千早には、末期癌で入院中の父がいた。
ある日、見舞いに訪れた彼女に対し、父の穣は帰らぬ人となってしまう。悲嘆にくれる千早だったが、思わぬ事態はさらに続く。穣は「死後すぐに、自分の遺体を解剖して欲しい」という不可解な遺言を残しており、病理部で机を並べる紫織が執刀することになったのだ。解剖の結果、穣の胎内から見つかったのは胃壁に刻まれたメッセージ。父は内視鏡で胃粘膜を焼き、暗号のような文字列を残していた。死の間際、父はなぜ千早を突き放したのか。そして、胃に刻んだメッセージの意味するものは。その謎を解くため、千早と紫織は胃壁の暗号を解読しようと試みる。性格も価値観も全く違う二人が一つの謎に向き合ううち、不思議な連帯で結ばれていくもの面白い。
千早を驚かせたのは、胃壁から見つかったメッセージだけではない。穣の死を知って訪ねてきた桜井刑事からは、父がかつて捜査一課の刑事であり、28年前に起きた幼児連続殺人事件、通称「折り紙殺人事件」を追っていたと聞かされる。さらに、父が亡くなったその日から、当時を彷彿とさせる新たな殺人事件が発生。過去と現在の事件について捜査する警察側の動きも、桜井の視点で語られていく。
事件は二転三転し、千早と紫織、桜井刑事は各々の道筋から連続殺人犯の正体に辿り着く。それだけでは終わらず、千早と父をめぐる親子の物語も胸を大きく揺さぶる。冒頭で作品の柱となる大きな謎を提示し、それを解くための小さな謎が次々とやってくるという構成、スピード感のある展開、スリリングなサスペンスミステリとして楽しめる。死者の想いを聞き取る病理医だからこそたどり着ける結末が深い余韻を残す。


No.610 5点 家族解散まで千キロメートル
浅倉秋成
(2024/10/04 19:35登録)
老朽化した山梨県の実家を末っ子の周が結婚し、実家を出るのを機に取り壊すことになった喜佐家。父親は年中不在で、たまに帰ってきても厄介事しか持ち込まない。家族の解散に向けて片づけを進めていると倉庫から見たことない箱が。開けてみると仏像が入っており、ニュースで報じられている青森の神社で盗まれたご神体にそっくりだった。こんなことをするのは、父に決まっていると家族の意見は一致する。
かくして山梨県から青森県へと車で仏像を運ぶ周たちの行動を追う「車」パートと家に残って父の行方の手掛かりを探るあすなたちの「家」パートが交互に進行し、大小さまざまなトラブルがユーモラスに、そしてサスペンスを織り交ぜて進んでいく。
家族はそれぞれ何か事情があったり、問題を抱えたりしている。事件について考え、やり取りしているうちに家族が互いに隠していたことが明らかになる。それらを含めて随所に仕組まれた伏線が徐々に回収され、終盤にかけて意外性のある展開を見せてくれる。
従来の家族観を今一度、問い直してくる内容で家族の在り方とは、常識とは何かというような哲学的な問いを議論していく後半の展開は好みが分かれるでしょう。


No.609 6点 紙の梟 ハーシュソサエティ
貫井徳郎
(2024/09/30 19:39登録)
人を一人殺せば死刑になることが決まっている、架空の日本を舞台にした5編からなる短編集。
「見ざる、書かざる、言わざる」あるデザイナーが指を切り取られ、舌を切り落とされ、さらには両目も潰されるという凄惨な傷害事件。犯人は、なぜ彼をこんな酷い目に遭わせたのか。架空の設定と意外な動機を結び付けたロジカルなミステリ。
「籠のなかの鳥たち」外界から隔絶された山間の別荘で起きる連続殺人事件。外部からの侵入経路がないため内部犯行ではないかと疑心暗鬼になる。特殊設定を生かした、この世界でしか成立し得ない動機が描かれている。
「レミングの群れ」いじめによる自殺者が絶えない中、いじめの首謀者を突き止め、第三者が復讐する事件が続発する。こうした風潮に乗り、ある男が立てたおぞましい計画とは。意外な真相に背筋が寒くなる。
「猫は忘れない」殺された姉の復讐を果たすため、主人公は姉の元恋人をつけ狙うという、犯人の視点で綴られる倒叙ミステリ。周到な計画の綻びにハラハラする。自分勝手な思い込みが自分に跳ね返ってくる男の末路。
「紙の梟」笠間の恋人・紗弥が殺された。容疑者は逮捕されたが、それと同時に笠間は思いがけない事実を知る。彼女について調べる中、笠間が下した決断は。それまでの4編は「こういう社会に成ったら何が起きる?」と問題提起し、それを踏まえた上で、テーマ性の高いこの作品に繋がっている。一度罪を犯した者は許されないのか、人生をやり直せないのか、死刑制度の根幹に関わる問題が提示される。
SNSで誰かを叩く人は、それが悪いことだと思わず、むしろ良いことをしていると思っている。だから叩くのが気持ちよくてやめられないのだろう。自分が正しいと思い込んでいるスタンスを客観視することが必要だと訴えている作品集。


No.608 8点 向日葵を手折る
彩坂美月
(2024/09/26 19:43登録)
父を亡くし、母の実家がある山形の集落・桜沢に引っ越した小学六年生のみのり。そこは豊かな自然に囲まれた美しい場所だが、なぜか不穏な出来事が続いていた。うつろう季節の中で、少女の成長を描きながら社会問題を巧みに絡めた青春ミステリ。
みのりが出会うのは穏やかな怜、粗暴な隼人という同い年の少年。集落には灯籠を向日葵で飾り川に流す美しい祭りがある一方、子供の首を切り落とす向日葵男の存在も噂されている。折られた向日葵、埋められた子犬、いわくありの沼、少しずつ謎が積み重なり、緊張感を抱かせる。不穏で不気味なホラー要素の描写も秀逸。また田舎の小さい地域社会には連帯感があるが、田舎ゆえの閉鎖的な空気や悪意のない身内意識もあり、次第に微妙な人間関係も見えてくる。
そんな中でも精一杯に過ごし、成長するにつれて少年少女の間に淡い恋心が生まれ、それゆえに距離が出来てしまう様子は甘く切ない。甘さも傷みも込みで、みのりが変化をどう受け入れていくかというところが読みどころ。印象的なのが美術部顧問の教師・恭子。本書で生徒と接し、見守ってくれる彼女の言葉がいい。価値観が固定された狭い場所にいるみのりにとって大きな意味があったのではないだろうか。


No.607 5点 信長島の惨劇
田中啓文
(2024/09/22 19:28登録)
本能寺の変で織田信長を自害に追い込んだ明智光秀が羽柴秀吉軍に敗れた山崎合戦。その後の二週間に起きた事件の物語。
死んだはずの信長からの手紙により、秀吉、柴田勝家、高山右近、そして徳川家康が、三河湾に浮かぶ小島に呼び寄せられた。部下の帯同を禁じられ、船も返すように命じられた彼らは、待ち受けていた森蘭丸や千宗易(後の千利休)、お玉(後の細川ガラシャ)などとともに、島の館で過ごすことになる。だが、信長との面会が敵わぬうちに彼らは次々と殺されていった。今日で流行っている童歌の通りに。戦国版「そして誰もいなくなった」。
外界との往来を遮断された孤島における連続童謡殺人事件を、著名な戦国武将たちが演じるのである。しかも彼らは推理合戦を繰り広げたりもする。それも史実を踏まえて動機を語りつつである。その上で作者は島で起きた事件について、実に丁寧に一つ一つの要素を積み上げるようにして読者を裏切ってゆく。信長と光秀の関係が描かれる冒頭から、謎解きが終わり関係者のその後が語られる結末までぐいぐい読ませる。ツッコミどころは確かに多いが、エンタメ小説として十分楽しめる。


No.606 7点 ムシカ 鎮虫譜
井上真偽
(2024/09/18 19:17登録)
瀬戸内海に浮かぶ笛島と呼ばれる無人島が舞台。その島には音楽にご利益のある神社があるという噂があった。音楽大学に通う優一とその友人たちは、瀬戸内海クルージングを兼ねて、笛島へ向かう。優一たちは学科は違うものの、それぞれ壁に当たっており、打開策を求めていたのだ。
謎めいた島、謎めいた巫子、そして次々と襲いかかる虫たち。冒頭から息もつかせぬ怒涛の展開で引きずり込んでいく。なぜ虫を鎮めるのが上手くいかないのか、なぜ虫を鎮めるようになったのか。優一たちが島を冒険し、探索しながら少しずつ解き明かされていくのが楽しい。しかもただのパニックものではない。優一たちを襲う虫たちにはある習性があった。それは音楽に関わるものである。音楽の要素を入れることによって、RPGのようなゲーム性を帯びることになるが、ここが実に巧い。
解決するためには、音楽的に乗り越えなければいけない困難と向き合う必要があったが、それを乗り越えていく過程が瑞々しく描かれ、青春群像劇として読み応えがある。本格ミステリの謎解き要素もあり、総合的にエンタメ小説として完成度が高い。


No.605 6点 確証
今野敏
(2024/09/14 20:28登録)
警視庁捜査3課に所属する主人公・萩尾は、相棒の女性・秋穂によい印象を持っていない。自分は所轄の刑事時代から、窃盗事件などをコツコツ追ってきた「盗犯係」。だが秋穂は、華やかな捜査1課に憧れている。ただでさえ歳が離れているのに、女性ということで扱いに困惑する。捜査の過程でも、日々やりにくさを感じる。しかし、次第に刑事としても人間としても信頼し合っていく師弟物語として読ませる。
男と女、上司と部下、エリートとたたき上げ、といった人間関係も本書の読みどころ。各々の台詞や行動が、彼らの立場や性格を表しており、その光景が鮮明に目に浮かぶ。窃盗事件は捜査3課、強盗事件は捜査1課と担当が分かれるが、お互いのプライドをぶつけ合うドラマが迫力満点。事件解決にヒントをもたらすのは、秋穂の女性ならではの感性だ。その背景にも男と女、富裕と貧困といった構図が隠れている。社会問題も含め、いろいろと考えさせられた。
先が読めてしまう展開が残念であったが、証拠を探し出していく過程に読み応えがあり、読後感も爽やか。


No.604 7点 刑事弁護人
薬丸岳
(2024/09/09 19:40登録)
タイトル通り刑事事件の被疑者の弁護を請け負う弁護人にスポットを当てた作品で、凶悪犯に対する必要性をテーマにした法廷ミステリ。
既婚者の女性警察官・垂水涼香がホストクラブに通い、挙句そのホストを殺してしまったこの事件に世間の注目が集まる中、涼香の弁護を担当することになるのが持月凛子だ。これまで殺人事件の刑事弁護の経験はなく、所長の細川に助力を仰ぐが、いくつもの刑事事件の弁護団に加わっている多忙な細川にその余裕はない。そこで推薦されたのが西大輔。刑事事件関連の経験が豊富だというが、弁護士としての評判は正直芳しくなく、特に反省の色が見えない被疑者や被告人を嫌ったその弁護姿勢を凛子も問題視していた。
こうした反りの合わない二人が涼香の弁護人となって事件の概要を洗い直していくのだが、涼香は何か隠しているようで釈然としないことばかり。被疑者を擁護して少しでも量刑を軽くしようとする弁護人という存在を、否定的に捉える向きも少なからずあるだろう。本作は極めて複雑な背景を持った殺人事件を丹念に解きほぐしながら、被疑者の声に耳を傾けることの意義と、犯罪によって大きな喪失を経験してもなお、それが出来るのかを問う物語だ。
過去の事件の使い方が巧みで、さらに凛子や西の過去や人間関係も読みどころとなっている。もう一つのテーマとなるのが、犯罪被害者の癒えない傷。残された人をどうケアするべきかと考えさせられる。凛子と西は真実に辿り着き、涼香の殺人容疑を覆すことが出来るのかの臨場感に満ちたクライマックスの裁判シーンは読み応えがあった。


No.603 6点 ヴィンテージガール 
川瀬七緒
(2024/09/05 19:31登録)
寂れた団地の一室で、十代前半と思われる少女が撲殺された事件があった。十年の間、犯人はもとより少女の身元さえ不明だったため、警察は公開捜査に踏み切る。たまたまテレビ番組を見た高円寺で仕立屋を営む桐ケ谷京介は、遺留品である少女が着ていたワンピースに目を留め、引っ掛かりを覚える。
京介は高円寺南商店街に住む、仕立屋兼服飾ブローカーだ。メーカーと時代に取り残された凄腕職人の間を取り持っている。美術解剖学を専攻した彼は、人が着ている服のしわや歪みなどから、その人が受けた暴力や、抱えている疾患を読み取ることが出来るのだ。
この特異な能力は京介を苦しめてもいた。虐待されている子供や、DVを受けている女性を何人も発見してきたが、確かな根拠とならずに、通報しても無に帰すことが多々あったからだ。そんな経験と、非常に感情移入しやすい性格も加わり、十年経っても身元すら判明しない少女の境遇に心を揺さぶられた京介は、警察とは別のアプローチで事件解決にのめり込んでいく。さりげなく繰り出されるマニアックな専門知識を用いて、クールな面差しの裏側には温かな人間味が感じられる。
時代遅れな色柄で、少女向きではないが丁寧に作られたオーダー品。矛盾だらけの遺留品のワンピースを手掛かりに、真相に迫っていくプロセスが読みどころ。また京介とコンビを組むヴィンテージショップ店長・水森小春、手芸店の老女など脇役陣の造形も魅力たっぷり。物語としての深みもあり、謎解きの妙もある。服飾デザイナーでもある作者の服飾愛も随所から伝わってくる。

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