人並由真さんの登録情報 | |
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平均点:6.33点 | 書評数:2109件 |
No.1309 | 7点 | 六月はイニシャルトークDE連続誘拐 霧舎巧 |
(2021/10/01 13:36登録) (ネタバレなし) 六月下旬の私立霧舎学園。高校二年生の羽月琴葉とその彼氏の小日向棚彦は、校内図書館で奇妙な二冊の本を目にする。それは彼らが四月と五月にこの学園で遭遇した、ふたつの怪事件を語った内容だった。さらにその本には続巻があり、そこには誘拐を題材にした六月の事件が描かれていた。そんなとき、まさにその本に呼応するように誘拐事件が発生。しかもその被害者のなかには琴葉たちも含まれていた。 シリーズ第三弾。 相変わらずの読みやすさでスラスラ頁がめくれるが、中身の方の仕込みはかなり入り組んでおり、現状まで評者が読んだシリーズ初期3冊の中では一番の手ごたえを感じた。 (なお誠に恐縮ながら、本サイトの先行のレビューのうち、505さんと江守森江さんの投稿はそれぞれいささかネタバレなので、注意されたし~汗~。) それで自分もまた、これから本作を楽しまれる方のネタバレを気にかけながら書くが、本作は作者の著作の別路線で、世界観を共有する「あかずの扉研究会シリーズ」の某作品と相応にリンク。 本作単品でも読めるように一応以上の配慮はされているが、それでも興趣を満喫するなら、絶対にそちらのシリーズも嗜んでからの方がよい(これ以上は詳しいことは言わない方がいい)。 しかし技巧派の新本格ミステリ作家としてこういう趣向(自分の別作品とのリンク)をやりたかった気持ちはなんとなくよくわかるし、前述のように本作単独でも楽しめる用意はされているのだが、一方である意味、読者を選ぶ作品ともいえる。この辺はまったく痛し痒しだ(ここまで、本作の犯人やメイントリックなどの興味には、まったく触れてないハズ)。 とはいえそれでも終盤で明かされる本作独自のぶっとんだ大技には、拍手喝采であった。いや前二作に引き続き、本シリーズらしいギミックなんだけれど、ある意味で(中略)的といえる発想には爆笑した。昭和30年代の某国産ミステリの、あの仕掛けも連想する。 シリーズの残りは9冊。まだまだ先は長いが、かなり楽しめそうである。 |
No.1308 | 6点 | エデンの妙薬 ジョン・ラング |
(2021/09/30 19:28登録) (ネタバレなし) 1968年のロスアンジェルス。大手「メモリアル病院」の28歳の内科医ロジャー・クラークは、暴走族の急患アーサー・ルイスこと「リトル・キリスト」の尿が青色だと知って驚く。原因は不明で、クラークは同僚や他の病院と臨床例の情報交換を行うが、真相は曖昧だった。そんな騒ぎのなか、新人女優で人気が出始めた21歳のシャロン・ワイルダーがクラークの患者となり、彼女もまた青い尿を排出する。シャロンが別の病院で服用した薬物に手掛かりが? と見当をつけたクラークは独自の調査を進行。だがそんなクラークを待っていたのは悪夢の迷宮のような現実だった。 1970年のアメリカ作品。 マイクル(マイケル)・クライトンのラング名義での第6長編。 評者はラング名義の作品はこれで4冊目だが、それぞれ一応の面白さは担保しながら各作の方向性や作りはバラバラで、掴みどころがない。広義のスリラーという共通項もあるが。 本作では青年主人公のクラークが、ファム・ファタール的なヒロインのシャロンと会ったあたりから流れが転調。さらにうさんくさい組織との接触を経て、蟻地獄にはまるように、立場を転落させていく。後半にはクライトン名義の『ターミナル・マン』の筋立てを裏側から語るような趣の展開も披露。 なんというか暗闇の出口が見えない迷宮の中を徘徊するような気分は、チェイスかボワロー&ナルスジャック、それぞれの一部の作品に通じる息苦しさであった。 ラング(クライトン)が、こういう種類のダークトーンの物語を書くとはね。 ラストの組み立てについてはもちろんここでは書かないが、余韻がある一方で息苦しさが抜けず呼吸が整わないまま放り出されるような気分で、かなり独特な後味。 多才な作家の実験的な小説としては、その意味で成功しているのかもしれない。 佳作~秀作未満。 |
No.1307 | 8点 | 鑢 フィリップ・マクドナルド |
(2021/09/29 15:56登録) (ネタバレなし) 第一次世界大戦を経た1920年台の英国。時の大蔵大臣で50歳代のジョン・フード卿が、自宅の邸宅「アボッツホール」で、何者かに殺害された。凶器とその手段は木工用の棒鑢(ぼうやすり)で撲殺という、ちょっと変わったもの。新聞「梟(オウル)」紙の発行人兼編集長のスペンサー・ヘイスティングスは、秘書マーガレット・ウォンが早速、聞きつけてきた事件の情報を入手。さらに詳しい事件の調査記事を書かせようと思い、「梟」新聞の出資者で嘱託の執筆者でもある友人アントニイ・ゲスリン大佐を、アボッツホールに向かわせる。すでにアマチュア探偵として幅広い才能の一端を発揮していたゲスリンは現場で再会した知己の面々とも旧交を温めながら捜査にかかるが、そんな彼には邸宅の近所に住む魅力的な未亡人ルーシア・ルメジュラーとの出会いが待っていた。 1924年の英国作品。 作者フィリップ・マクドナルドのミステリ処女作で、もちろんゲスリン大佐シリーズの第一作。 評者は少年時代に、当時まだ稀覯本のポケミス版の古書を入手。自分で読みもしないうちにSRの会の会員仲間に貸してやったりしていたが、なんとなく興味が湧いて読むのは、これが初めて。 当然のこと(?)今回は創元文庫の新訳版で読んだが、これは買ってあるかどうか記憶になく蔵書も見つからないので、古書をAmazon経由で安めに購入した。 小林晋さんの長大で精緻な巻末の解説によると、もともとマクドナルドは本作のみでミステリ執筆を打ち止めにする気もあったそうで、そんな作品に主人公探偵の恋愛ドラマがからむので『トレント最後の事件』(1913年)を連想したりする。(こう書いても双方のミステリとしてのネタバレにはなっていないハズ。) 黄金時代全盛期の<大邸宅で起きた殺人もの>だが、ほどよいバランスでかき分けられた登場人物の配置、主人公ゲスリン大佐やほかのキャラクターたちのどこかラブコメチックな恋愛模様などが功を奏して、サクサク楽しめる。ミステリファンとして、自分をデュパン、ルコック、ホームズ、フォーチュン氏(おお!)、ルルタビーユになぞらえる青年探偵ゲスリンの口上などもイカす。 予想以上にハイテンポな作劇と楽しい登場人物たちの描写に惹きつけられていっきに一晩で読んだが、ある部分のホワイダニットなどは予想がついたものの(大体あたった)、犯人に関してはこちらが推理を組み立てる前に先にゲスリンに暴かれてしまった。しかしその段取りが、なかなかのエンターテインメント! 名探偵キャラの劇中での大技としては、1960年台のある後進の英国作家に継承されているような感じがある。いやゲスリンの作戦はかなりトンデモなんだけど、そのあとの展開が……(中略)。 あとは犯人のキャラクターの鮮烈さ。小林さんの解説では動機に説得力が……とやや批判的だが、これはこれでまた別の60年台の英国作家のアレの先駆ではないだろうか。そういう意味では、かなり攻めの姿勢を感じたりした。 真犯人の発覚後のゲスリンの解説はかなり長いが、ロジックを整理するボリューム感と、笑っちゃうようなコワイような(中略)トリックの実態がそれぞれなかなか強烈。 トータルとしての結論は、文句なしに、予想以上に面白かった! 先行のミステリ分野の諸作を踏まえた、そういう意味での処女作ゆえの勢いがプラスになった、という意味ではジェイムズの『女の顔を覆え』に似た手ごたえも感じたりする。 しかしP・マクドナルド、気が付くと翻訳されたものはいつの間にかほとんど読んでしまったな。まだまだ未訳があるみたいだから、どんどん出してほしい。多少の凡作でもたぶんそれなりに楽しめる自信はあるぞ(本作は秀作だと思うが)。 |
No.1306 | 5点 | その灯を消すな 島田一男 |
(2021/09/28 14:59登録) (ネタバレなし) 「わたし」こと37歳の刑事弁護士の南郷次郎は、鬼怒川の「蚊太(かぶと)の里」から、旧友の那須正彦の訃報を受け取る。蚊太の里はもともと平家の落ち武者の隠れ里であり、10年前に南郷と那須は現地に赴き、土地の旧家・小松家の美人三姉妹、濯子(すぎこ)、浪子、都と親しくなった経緯があった。その長女の濯子が那須とそのまま結ばれて、那須夫婦は現地で事業を営んでいた。南郷は早速、当地に向かうが、そんな彼を待っていたのは、予想もしない連続殺人事件であった。 先行作の『上を見るな』に比べて連続殺人ミステリ、フーダニットとしての練度は格段に上がったが、一方でその分破天荒さが薄れて、全体に地味になってしまった感じ。 南郷と旧知の三姉妹を軸にして広がっていく人間関係の綾や、細密なアリバイの検証、土地の食わせ物の捜査官、石橋刑事(南郷はイヤミというか半ばからかって、名前を忘れたふりをして「土橋」と呼び続ける)などの要素で、小説、ミステリとしての楽しみどころはそれなりにあるのだが、どうも今ひとつ、マジメすぎて心に響かない印象だ。 ちなみに題名の「その灯」とは、序盤の事件の被害者の周辺で不自然に? 照明やライトが消えていたことに由来。さらに南郷がたまたまラジオで聞いた古典落語「死神」の、生命の炎を灯した蝋燭のイメージにも連なっていく。 最後に明かされる真犯人の動機はこの作品のキモで、もしかしたら当時としてはかなりのサプライズであったかも知れない。ただし21世紀の現在の視点では、ある意味で新本格的な発想に寄ってきたような感覚もあり、逆にそっちの尺度で受け取るとインパクトが弱いように思えた。むずかしいところだ。 残念ながら個人的には、あまりシンクロできなかった感じ。もしかしたら違うT・P・Oで読んでいたら、もうちょっと面白く読めたかもしれない。 あ、斎藤警部さんが引用している箇所は、評者もインパクト絶大でした(笑)。 金丸京子女史、いいねえ。 |
No.1305 | 8点 | 凶鳥の如き忌むもの 三津田信三 |
(2021/09/27 08:26登録) (ネタバレなし) シリーズ第二弾、クローズド・サークルもの、人間消失ネタ、モンスターまたは妖怪は鳥の属性、という程度の予備知識で読み出す。 中盤の仮説&ロジックの討議合戦はやや手ごわかったが、それでも気が付くとあっという間に200ページ以上になり、そのままクライマックスまで一直線であった。それで迎える、サプライズの連続の果ての最後の真相……。 いや、文句なしに度肝を抜かれました!!! こういう方向の意味でのリアリティとか、こんな考えする人間いるか!? とか言ってもまるで無意味で、ある種の狂気の域に達した当該キャラクターの(中略)に、ただただ畏怖するのみ。 腹が立つというか不愉快な描写が細部にあったから減点しようかとも思ったが、これだけパワフルで破格なパズラーを読ませられては、それもしにくい。 それでもあえて言えば、18年前の事件の方の形成でちょっとひっかかる気もしないでもないんだけど、まあそれも解釈のしようでイクスキューズ可能な範疇ではあろう。 個人的には第1作目よりもさらに面白かった。 評価が割れるのもわからないでもないが、このシリーズをこれからまだまだ楽しめるのは非常にウレシイ。 しかし本シリーズの長編は、まずはみんな原書房のハードカバー版が元版と思っていたんだけど、これは講談社ノベルスが先だったんですな。 たまたまその講談社ノベルス版で読んだけど、あとから改めて意識して軽くびっくりしました。 |
No.1304 | 5点 | フランス式捜査法 サン・アントニオ |
(2021/09/25 16:01登録) (ネタバレなし) 自分を「警察のスーパーマン」と「謙遜」する「私」ことサン・アントニオ警視は、友人で部下の「デブ」ことベリュリエ警部とともに、とある所轄の警察署に立ち寄った。そこには知己のサルモン警視がおり、若いオランダ人、ヴァン・クノッセンを取り調べていた。クノッセンの妻コルネリアはホテルで何か異物を口にしたまま昏睡状態にあり、事件性があるので事情を問われているようだ。そんな中、デブがクノッセンから煙草を分けてほしいと願うと、そのままクノッセンは隠していた小型拳銃で自殺した。クノッセンの紙巻き煙草の紙の裏側には何か怪しげな文言が書かれており、さらなる犯罪の匂いを感じたアントニオとデブは、クノッセン夫婦の故郷のオランダに向かうが。 フランスの1959年作品。 フレデリック・ダールが別名サン・アントニオ(EQと同様に作者と探偵が同名の趣向)で書いた、全部で184作あるらしいサン・アントニオ警視シリーズの一本。 生前の小泉喜美子が本作をやたら推していたのは覚えているが、日本ではまるでウケず売れなかったそうで、そのことは小泉自身も慨嘆している。ちなみに本シリーズの邦訳も、この一冊だけだ。 まあちょっと冒頭を齧るだけで、主人公としてか作者としてか判然としないサン・アントニオのものらしいマイペースなくっちゃべりが滔滔と始まり、しかもその笑いを取るネタがどうやらフランス文化の些末な歴史や風俗にちなむらしいものばっか。これはもう絶対に日本でウケるわけないね。 さらに翻訳は「中村智生」という東大仏文科卒の仏文学者の人が担当しているが、聞きなれない名前なのでAmazonで検索すると、確認できたほかの訳書は、フランスホラーの『マドモアセルB』一冊のみ(この作品も、小泉は好きだったらしい)。 いや、最後まで読むとそんなに日本語としてヒドくはないのだが、一方で固有名詞の表記はブレるし、前述の続発するフランスの文化ネタに注釈をつける気などもまるでないし、最初はかなり読みにくい訳文であった。特になんだろうなと思ったのが、警察の階級としては下位のはずのデブ(ベリュリエ)警部の方が、警視のアントニオとタメ口、いやところどころ警視よりエラそうな物言い。 もしかしたら原作の文芸設定で何か、そういう翻訳にした方がいい理由があるのかもしれないが、特に訳者あとがきでもそれについてのイクスキューズはないし、この不自然さはダメだろ。 早川の編集部は当時は長島良三がメインで、校閲(そんなものがあればだが)もかなり甘かったのでは? と思わせる。 とはいえ舞台がオランダに移ってからは、独身らしいサン・アントニオと妙にいい仲になるゲストメインヒロイン・ヒルデガルデも登場。事件の内容も(中略)にからむ悪党たちの犯罪計画と判明して、まあまあ読めるようになる(その、汚い身なりで登場してくるがどこか品のあるヒルデガルデのキャラクターには、ちょっと萌える)。 ただしリアリティとかアクチュアリティとかは不問にした方がいい世界観で、なんというか一番近いイメージでは、あれほど話が弾まない、ナンセンスにならないルーフォック・オルメスみたいな感じ。 最終的にはまあまあ楽しめたけれど、21世紀のネットで感想を探してもレビューなどはほぼ皆無。ちょっとだけ、語られざるユーモアミステリの収穫みたいに言っている人もいるみたいだけど。 まあみんな序盤だけ読んで逃げ出してるんじゃないかと。 本サイトの中にも、本書を手に取るだけ取った方はいらっしゃいますか? ツマンネー、ワケわからない、と最低の気分でページをめくっていた時は2点か3点つけてやろうかとも思ったが、最後まで読むとまあまあこの評点くらいはあげてもいいかな、というくらいの気分にはなる。 ただしもし万が一、21世紀のこれからこのシリーズを発掘翻訳・再紹介したいというあまりにも奇特な出版社がいるとしたら(120%いないだろうが)、よほど腰を据えて翻訳と編集に気を使い、シリーズの中でも面白そうな、そして日本人にも通用しそうなものをしっかりセレクトしてくださいね、というところで。 |
No.1303 | 5点 | トリックスターズL 久住四季 |
(2021/09/25 04:34登録) (ネタバレなし) 魔術研究が「魔学」として、一般にも公認された世界。魔学を学究する学舎「城翠大学」の一年生で「ぼく」こと天乃原周(あまのはらあまね)は、恩師である美青年魔術師・佐杏冴奈(さきょうしいな)やほかのゼミ仲間とともに、世界有数の魔術師の訪日を迎える。二人の魔術師の邂逅の目的は高度な魔術の実験であり、そのために一同は城翠大学の特別実験室に閉じこもる。だがそこで不可解な殺人事件が発生し、現場はさながら「嵐の山荘」ミステリを模したような状況であった!? メディアワークス文庫の改定版で読了。 こういう特殊設定でのシリーズ第二弾だから、どうしても前作のネタバレになるものかと思いきや、実にうまいこと、はぐらかしてある作者の筆さばきには感心する。そういう意味では、前作を読まないでコレから読んでもたぶん大丈夫です(基本的には順を追って読んだ方がいいが。) 密室殺人ミステリとしては、前作よりもちょっと面白かった。 ただしいくつか仕掛けてある大ネタ小ネタのうち、かなり大きなものが当初から予想がつく。悪い意味で、定石どおりに過ぎる感じだ。 中盤で語られる密室の謎解きトリックの真相は良い意味でバカバカしくて結構、と一瞬思ったが、よくよく考えてみれば数十年前に新本格で似たようなギミックの先例がある。アレのバリエーションとして見ればまあまあ、かな。それに気づいたところで減点。前例を思い出していなければ、割と高く評価していたかもしれない。 メディアワークス版初版の帯には「掟破りの連続にまどわされ、その結末にあなたは必ず驚く!」と大小の級数のフォントでメリハリをつけながら仰々しく読者を煽っているが、正直、そこまでのものでは決してない。 それでも前作の「ナンダ21世紀ニ今サラ、コンナネタデ勝負スルノカ!?」と思わされたあの手の失望感のようなものはなく、ソコソコは楽しめた。 前作は純粋に5点だが、今回は6点に近い5点。 さてシリーズ第3作はどうしよう? 少なくとも、慌てて読まなくてもいいな。 |
No.1302 | 7点 | トロピカル・ヒート ジョン・ラッツ |
(2021/09/24 04:42登録) (ネタバレなし) その年の6月のフロリダ。元警官で45歳の私立探偵フレッド・カーヴァーは、魅力的な女性エドウィナ・タルボットから仕事の依頼を受ける。エドウィナは不動産関係のOLだが、彼女の同業で別の会社に勤務する恋人ウィリス・デイヴィスが、一週間前に身投げ自殺を思わせる状況で姿を消していた。恋人がまだどこかに生きていると信じたいエドウィナはカーヴァーに、ウィリスの捜索を願う。だがカーヴァーが調査を進めると、ウィリスについて意外な事実が判明。やがて事件は予想もしない方向へと広がりを見せていく。 1986年のアメリカ作品。 作者ラッツの看板キャラ、アロイシアス・ナジャーと並ぶもう一人のレギュラーキャラの私立探偵ヒーローがこのカーヴァーだが、「臆病者」という属性を与えられたナジャーに対し、こちらのカーヴァーは性格的にはもう少しコワモテ。 (といいつつ、しばらく前に読んだナジャーものの長編『稲妻に乗れ』では、ナジャーがそんなに弱虫にも見えなかったりしたが)。 カーヴァーに与えられた個性というかキャラ付けは、半年前に押し込み強盗に左ひざを射抜かれ、左脚が半ば不自由になったこと。この重傷がもとで退職し、今は水泳などで全身を鍛えてはいるが、歩行の際に左脚を庇う杖は手放せない。 こんな設定に触れると、日本版「マンハント」に慣れ親しんだ自分などは、一昔前の、片足が義足の私立探偵マンヴィル・ムーン(リチャード・デミング)などを思い出す。ムーンはとうとう日本では、長編は一本も紹介されないままで終わった。 読み終えたあとに訳者あとがきに接すると、作者ラッツの「一度読み始めたら途中でやめられない作品を書く」という自負の言葉が紹介されている。 うん、確かにストーリーのテンポは良く、主人公カーヴァーを中心にした登場人物たちの配置も明確でいい。 小説の形態としてはカーヴァーを物語の軸とした三人称一視点のスタイルだが、途中で読者にカーヴァーの視界の外で危機が迫っている状況を伝える際には、あまり形式にこだわらず自由に視点も変える。そういう小技を本当に必要最低限やっているので、メリハリがつく感じで、これはこれでいい。こんなのは、あまり多用されると散漫になりそうな、小説テクニックだが。 調査の進行で事件の様相が変遷するととともに、登場人物同士の関係性も進展してゆくキャラクター小説の趣もある作品。 そういう意味であまり具体的に感想を書かない方がいいと思うが、最後の1行がある種類のフィニッシング・ストロークになっており、これはやられた、という思い。作者ラッツ、後半のカーヴァーと某メインキャラのやりとりも含めて、意地悪で硬派だね。 でも80年台ネオハードボイルドのカオスななかで、これはあり、だとも思う。時代のなかであちこちに目配せしながら、それでも隙を窺うように骨っぽいハードボイルドを書きたいという作者の気概はしっかり実感した。 ミステリとしては後半でやや唐突に飛び込んでくる事件のパーツに違和感を覚えながら、クライマックスまで読み進めて……そう来たか!? という感じ。 ちょっと少し思うところもないでもないが、紙幅が残り少なくなっていくなかで事件の全貌が見えないサスペンス、そして最後に明かされる意外性のサプライスは結構なものではある。いやどちらかというと、事件の真相は「そっちかい!?」というヤツか。 (で、それでも、なんのかんの言っても、結局は前述の「最後の1行」が全部もって行った思いもあるのだが。) トータルとしては普通以上、期待以上に十分、面白かった。 ただあえて不満を言えば、なんか全体にあれやこれやの余剰の部分さえ踏まえて、優等生っぽい作品の感じが気に障らないでもないところか。 ちなみにコレは作者のお遊びだろうけど、カーヴァーはR・B・パーカーのスペンサーとも知り合いらしい。名前が出ないで、ボストンの食通の私立探偵とも面識がある旨の叙述がある。 シャロン・マコ-ン&名無しの探偵&ヘイスティングス警部、DKAとあちらやこちら、みたいにこの時代のアメリカミステリ界は作中でリーグを組みまくってるのかもね。結構なことである。 |
No.1301 | 6点 | #指令ゲーム 明利英司 |
(2021/09/23 04:45登録) (ネタバレなし) 大学卒業後、ずっとフリーター生活を送る25歳の福山鞆広(ともひろ)は、一年三か月働いた居酒屋のバイトを、店側の人件費削減という理由で辞めることになる。恋人のOL・稲取鈴香の前で、今後の展望を語る鞆広。そんな彼は、大学時代の先輩で金持ちの令嬢である27歳の美女・城之内祥子と数年ぶりに再会した。鞆広の失業を聞いた鈴香は、父の後援を受けて自分が社長を務める新会社の幹部社員に、鞆広を誘った。祥子の語る業務とは、何かを客に売る商売だという。鞆広は祥子の指示で、ルームシェアをしている友人・山口遼太の出社を見送ったあと、マンションでその商品のサンプルらしきものが届くのを待つが……。 文庫書き下ろしの昨年の新刊。久々にこの作者の作品を読んだ。 (今日びの若手作家の水準からすれば、もともとそんなに著作が多い方でもないが。) どこがどう面白いかも、あまりここで語らない方がいい種類の作品で内容。変遷する事態のなかに放り込まれる主人公・鞆広の対応は傍から見ると、ちょっとあまりに考えなし、という局面もいくつかあるが、ジェットコースター的なお話の流れを進めるためには、まあギリギリ許容範囲……かな。 ホワットダニットテーマのミステリとしては実はそんなに練りこんだものでもない気もするが、終盤で見えてくる作者のやりたいことというかこの作品の狙いが了解できれば、その意味では一応の成果はあげている。 ただしネタバレになりかけているので、巻末の作者あとがきは本文より先には決して読まないように。 2時間ほどで読み終えて、ちょっと古いタイプの技巧派フランスミステリ、その和製版に触れたような味わい。 小品の佳作ぐらいには、なっていると思う。 |
No.1300 | 7点 | 快傑ゾロ ジョンストン・マッカレー |
(2021/09/22 16:02登録) (ネタバレなし) 19世紀初頭。スペイン統治下にある当時のカリフォルニアの一角、サンファン・カピストラノ。そこはスペインの総督のいい加減な治世のもと、悪徳役人や不良軍人が一般市民や原住民を泣かせていた。だがそんな悪徳の地に、謎の仮面の義賊「ゾロ」が出没。ゾロは殺生を嫌うが、卑劣な権力者や金持ちには容赦なく処罰を下し、悪人の財産を奪っていた。そんななか、政争に巻き込まれて没落した大農園主ドン・カルロス・プリドは、美しい18歳の娘ロリータを、別の権勢を誇る大農園主ドン・アレハンドロ・ベガの一人息子で24歳のドン・ディエゴ・ベガと婚姻させて、ベガ家の財産と権力を頼りに家の立て直しを図る。だが肝心のロリータは、自分に想いを寄せる若者ドン・ディエゴの、人は悪くないのだろうがまるで男らしくない態度に業を煮やしていた。そんなロリータそしてプリド家の前に、あの仮面の青年ゾロが登場。ロリータは毅然とした言動で紳士的な義賊に、瞬く間に心惹かれてしまうが。 1920年(1919年説もあり)のアメリカ作品。 先日、本サイトに投稿された同じ作者マッカレーの『仮面の住人』レビュー(空さんがご執筆された)を拝見。評者もそちらは数年前に新刊刊行時に読んでいたが、そういえばこの作者の一番の代表作をまだ読んでなかったと思い、ネットで古書を注文して一読してみる。 評者が読んだのは、角川文庫の平成10年の改版初版。当時の新作映画『マスク・オブ・ゾロ』の公開に合わせたもので、訳者が『ファイヤフォックス』(早川の新訳の方)の広瀬順弘だから、1990年台後半の新訳かと思ったら、1975年の元版の訳文がベースだった。広瀬サンって古かったのね。おかげで21世紀になりかかった時代の改版初版ながら平気で「インディアン」なんて言葉がポンポン飛び出してくる。手を入れないのかい。2000年前後当時の角川の編集部。 内容の方は<謎の仮面ヒーロー>の大きなひとつの源流となる名作活劇だから、さすがに面白い。21世紀の今読めば、もちろん旧作として時代のズレもあるのだが、逆に「この頃からもうこんなことを!」的に感心・感銘ずるところも多々ある。 ポイントは謎の仮面ヒーロー「ゾロ」の正体(もちろん読む前から知ってるが)がどのように小説(広義のミステリ)の技法として隠されているか。そしてゾロ、ドン・ディエゴ、ロリータの<お約束のあの種の三角関係>はどうなるか、だ。 前者に関しては主要キャラクターの内面描写の抑制、噓を書かないが省略法は活用する技法など、ある種の叙述トリックに接近するような趣が面白い。後年のミステリ作家たちも少なからず影響を受けた連中はいるのではないか、と。 ついでに言えば、ゾロの設定は言うまでもなくのちのクラーク・ケントやブルース・ウェイン、さらには中村主水あたりにまで影響を与えて、彼らの先駆かつ広義の生みの親になっているともいえるのだが、ヒロインのロリータのラブコメチックな苦悩っぷりもまんまロイス・レーンのソレだ。 ゾロ以前にさらに、この謎のヒーローの系譜の原型キャラクターがいなかったわけでもないだろうが、ゾロ以前と以降の活劇&ミステリフイクションのありようの変化などいつか何らかの形で確認してみたい。 (なお「必殺シリーズ」ファンには有名な話だが、1990年代に日本の朝日放送と松竹映画のテレビ部は当時のアラン・ドロンを招き、同じ「二つの顔を持つヒーロー」同士として中村主水と何らかの舞台装置のなかで共演させるスペシャル編の企画を進めていたが、ボツになっている。返す返すもこのとんでもない企画の頓挫が惜しまれる。) 閑話休題。 改めて本作のこのメイントリックといえる(?)文芸設定は、もちろん一世紀も前の旧作、ロマン活劇だから許せる、という面も多いのだが、ミステリの叙述的な技法の面から読んでもちょっと興味深いものではあった。 お話そのものの旧作ロマン活劇、そのあっけらかんとした楽しさを存分に味わうと同時に、そういう当時の小説テクニックの辺りにもちょっと意識を向けて読んでみてもいいかとも思う。 |
No.1299 | 6点 | 武蔵野殺人√4の密室 水野泰治 |
(2021/09/21 15:30登録) (ネタバレなし) その年の3月中旬、警視庁捜査一課に所属する26歳の美人刑事・鮎川阿加子は、上司の課長で48歳の宮脇岩友とラブホテルで濃厚なセックスを楽しんでいた。その情事の最中、宮脇にポケットベルの呼び出しがある。東京と埼玉の県境の朝霞で、数百億円の資本金の大企業「徳永興業」の会長で77歳の未亡人・徳永志保が殺されたらしい。しかも彼女の邸宅「土筆庵」の敷地内の殺人現場は密室状況だった。濃密な人間関係を巡って憎悪の念と欲望が渦巻くなか、やがて事態は徳永興業の母体である八雲一族周辺での、連続密室殺人事件へと移行する。 nukkamさんのレビューを拝見して興味を惹かれて、ネットで注文した講談社文庫版の古書で読了。 冒頭のポルノ描写は笑いながら読んだが、中身の方はいろんな意味で破天荒というかパワフルな作りのパズラーで、途中から襟を正してページをめくる。 特に中盤の展開はなるほどショッキングで、nukkamさんのおっしゃる通りに文庫版の裏表紙のあらすじは見ちゃダメ。評者はせっかくのご注意を失念しておりました(すみません)が、なんとか回避して本文を読了しました。 読んでいる最中に、あ、ココは伏線だな、という箇所が二つ三つ目につくのだが、そのあとのジェットコースター的な展開に目を奪われているうちに忘れていた。こちらがうっかり屋さんなのはたしかだが、ある意味ではよくできている? といえるかもしれない。 密室状況がバラエティに富んで、しかも一部はかなり特殊な構造というか屋内施設でのもの(ちゃんと主要なものには図面入り)。 さらに20数年前の故人の幽霊騒ぎなどもからんで外連味は十分だが、肝心の密室を作る意味がもうひとつ見えないような……。 あと最後のサプライズは、作者的にはちゃんと当初から構想はしていたものなんだろうが、うーん、これはアリか? まあオモシロかったが。 とにもかくにもいびつなパワーは随所に感じさせる一作。水野作品はこれが初めてだが、もうちょっと読みたくなってまた古書を購入してしまった。評点は7点にかなり近いこの点数で。 |
No.1298 | 6点 | 正直者ディーラーの秘密 フランク・グルーバー |
(2021/09/20 15:31登録) (ネタバレなし) その年の7月。ラスヴェガスから少し離れたデスバレーで、実用本の行商セールスマン、ジョニー・フレッチャーとその相棒サム・クラッグは、重傷の男に出会う。介抱する余地も名前を聞く余裕もなく、男は「ニックに渡して欲しい」と懐中のいくつかの小物を預けかけて息絶えた。ジョニーたちは男から託された小物を携えてラスヴェガスに向かい、途中でヒッチハイク中のブロンドの美人ジェーン・ラングフォードとも出会う。ジョニーは、死んだ男から接触を頼まれた「ニック」がラスヴェガスにいると考えて捜索する一方、人のいい警官マリガンから買ってもらった本の売上1ドルを元手に、カジノで強運に憑かれたように勝ちまくるが。 1947年のアメリカ作品。 評者がこのシリーズで前回読んだ『ゴースト・タウンの謎』に続くシリーズ第9弾で、今回はうまい具合にシリーズの順番とこちらの読む順番がシンクロした。 論創のハードカバーで本文は200ページほど、シリーズの中でも短めの方だと思うが、見せ場はそれなりに多くて、いつもどおりこのシリーズとして普通に楽しめる。 年中素寒貧のジョニー(とサム)がツキまくって、カジノのギャンブルで連勝。ラスヴェガスのいくつかの胴元を破産の危機? に追い込みかけるという逆転の趣向が笑いを誘うが、事態の決着のほどは読んでからのお楽しみ。 ミステリとしては冒頭に、ジョニー&サムの三人称一視点から乖離したなんか技巧派っぽい叙述のプロローグがあり、これが今回の仕掛けか? と期待したが、これも詳しいことは書かない方がいいだろう。まあなんにせよ、ちょっと緊張感を抱かせる導入部で悪くはなかった。 クライマックスの謎解きはやや書き飛ばした感じだが、一応の意外性はあってそれなりに楽しめる。 地元のお金にガメツイ夫婦探偵とジョニーとの連携や、元ハンターでかなりややこしい結婚歴&離婚歴の警官「生け捕りのマリガン」などとのやりとりもポイント。 当然、ギャンブル小説としての興味も豊潤で、山場のカード勝負はなかなか熱が入っている。 これまで読んだシリーズの中ではそんなに上位の方に行く感じではないが、それでも十分に面白かった。未読の分が楽しみ。このあとの未訳の分に期待。 |
No.1297 | 6点 | 仮面の祝祭2/3 笠原卓 |
(2021/09/19 06:18登録) (ネタバレなし) その年の12月28日。鎌倉の路上の車内で、29歳のフォークソング歌手・緒方信大(のぶお)の殺害された死体が見つかる。実際の犯行現場は自宅のアパートと思われるが、殺人が行われたと思しいクリスマスの当日、そのアパート周辺でサンタクロースの衣装を着た女性が目撃された。ちょうどその頃、近所の商店街では3人の女子大生がサンタの衣装と濃厚なメイクで宣伝活動をしている。神奈川県県警と警視庁捜査一課の捜査陣は、3人の女子大生のひとりが実行犯で、ほかの二人が共謀してアリバイを仕立てている、あるいは捜査を攪乱しているのでは? と仮説を立てた。だが捜査陣の前には、さらなる事件の展開が生じる? 創元文庫版で読了。 1970年代に「週刊少年チャンピオン」に連載された闇の処刑人ものコミック『カリュウド』(原作・日向葵、作画・望月あきら)の連作エピソードのひとつで、主人公の少年・良がその事件でのゲスト殺人犯と対峙。しかし相手は双子で、最後までそのどちらが本当の殺人者か不明であり、良が翻弄されるようにしながら終わる回があった。 (今から思うと、元ネタはマッカレーの『双生児の復讐』かもしれない?~ネタバレにはなってないハズ~) 本作の趣向というか序盤の展開を聞いたときに思い出したのは正にソレで、3人のサンタコスのJDの中に真犯人がいるらしいのだが、それが誰か特定できない、というのはなかなか興味をそそる謎の提示である。 さらに加えて、その攪乱行為自体が結局は犯人側にとってもいろいろとリスキーなハズで、なんでそんな犯行手段をとったのかというホワイダニットの謎も付随する。 これはなかなか面白そうと思ってネットで購入した古書を読みだしたが……長い、長いよ。 本文は460ページ弱とそれなりに厚め。まあそれだけならまだしも、創元文庫の巻頭には25人前後の登場人物の名前が並んでいるが、実際にメモを取ると劇中キャラクターはその4倍のおよそ100人。名前が出るキャラだけで90人前後いる。 とにかく良くも悪くも、描写が丁寧で細かい。捜査の手順ゆえに、こうなって、ああなって……を、作者がなるべくリアルに語ろうとするため、それぞれの捜査の局面での捜査陣の右往左往がいちいちつぶさに描写される。当然のごとく、モブキャラの総数も膨大な数になる。 だからかなり重要なはずのキャラクターの名前も、巻頭の登場人物一覧リストから、ボロボロ落ちてるしな(汗)。 でもって、これはネタバレになりそうなのでなるべく言いたくないが、その460ページのうちの300ページ過ぎてから、作者はかなり序盤にちょっとだけ登場させておいた人物を思い出すことを、読者に要求。そんなのが結構あって、送り手はどこまで読み手の記憶力に依存しているんだよ、という感じだ。 評者は例によって、登場人物メモを取りながら読んだからなんとかなったけど、たぶんそれをしないと相当にキツイぞ。 (というわけで、この作品にこれから挑戦してみようという人は、絶対にメモを取りながら読み進めることを、お勧めします。) 読了後にTwitterなどで感想を拾うと「冗長」という声もチラホラ目についたけど、個人的にはソコまでしんどくはなかった。場面場面の並べ方や筋立てそのものは、まあまあ円滑な流れで楽しめる。問題なのはとにもかくにも前述の細かい丁寧な叙述の累積であって。 逆に言えば、それでも一応は退屈はしなかったのだから、それなりに読ませる作品だともいえるのかもしれない。 でもってこの作品、たしかに大枠のジャンルとしてはフーダニットのパズラーだけど、手がかりや情報が警察の捜査の流れで順々に出てくる面もあるので、フツーに読者が謎解きにチャレンジするのはややシンドイです。とはいえ最大の手がかりそのものは、一応は中盤には閃く人は閃くようにしてあるのかな? まあそのためにはさっき言った、登場人物全体のかなり俯瞰的な把握が必須ではあるが。 小技を組み合わせたトリックは、なんかいかにも昭和的だったな。 この作品で印象に残ったのは真犯人の動機とその背景、これは小説的な意味で、かなり心に響いた。 力作だとは思うけれど、すでに新本格の隆盛が始まりかけていた時代には、まったく合わなかった形質の一冊。いま読むとその辺は一回りしてオールドファッション的に楽しめるか、それともやはりキツイか、微妙なところ。 重ねて力作ではあることは認められて、そしてそれなりに好感を持てる作品、ではある。 で、一方で、ヒトに勧められるかというと……うーん……。 【2021年9月26日追記】 あとから思い出したが、この手の<どっちかがやったはずだが、どちらが真犯人か判然としない>設定のものでは西村京太郎の『殺しの双曲線』などもあった。 (もちろん、こう書くからには、同作のネタバレにも本作のネタバレにもなってはいない。) まだ何か忘れてる類作が、あったかもしれないが。 【同年10月9日追記】 有栖川作品『マジックミラー』も該当みたいですな。 (これもネタバレにはなってないハズ。) これもそのうち読んでみます。 |
No.1296 | 7点 | 海の秘密 F・W・クロフツ |
(2021/09/17 15:46登録) (ネタバレなし) その年の秋。ウェールズの洋上で釣りをしていた工場長のモーガンとその息子エヴァンは、大きめの木箱を引っ掛ける。海岸まで係留したその箱の中には、腐乱しかけた顔を潰された他殺死体が入っていた。スコットランドヤードのジョセフ・フレンチ警部が捜査陣に参列し、やがて綿密な調査の末に木箱は、ダートムア周辺のアシュバートンにある「ヴィダ事務用品製造会社」から出庫したものとわかる。検死の結果、死体は発見された時点での死後5~6週間のものと推定。フレンチはアシュバートン警察に協力を求めると、ちょうどそのひと月半ほど前にダートムアの底なし沼で、ヴィダ社員の二人の男性が行方不明になっていることが判明した。フレンチはダートムアの底なし沼事件とウェールズの殺人事件の関連を調べるが。 1928年の英国作品。フレンチ警部シリーズの長編第四弾。 先に本サイトで空さんからも教えていただいていたが、本編の序盤でフレンチが 「数年前に私の友人のバーンリー警部が担当した事件を、思い出しますね。彼はもう退職しましたが。それは、こういう事件でした。一個の樽がフランスからロンドンへ送られたが、その中には若い結婚したフランス婦人の死体が詰めてあった」 と語る。 1920年の処女長編で、クロフツの著作としては一応はノンシリーズ長編であった『樽』が、この時点で公然とフレンチシリーズの世界観の一角に迎えられたワケで、この趣向に拍手。 【ただし本作の方で『樽』のネタバレを相応にしているので、そこは注意のこと。】 フレンチ不在の『ポンスン事件』の主役探偵タナー(タンナー)警部も本作にも登場するが、こちらはすでにどっかでフレンチ世界とリンクしていたっけ? まあクロフツの頭の中では同一の世界線のスコットランドヤードに、手持ちの探偵キャラたちが並存して群雄割拠していたんだろうけれど。 (さらに本作では、少し前のこととして『スターヴェル』の事件もフレンチの脳裏に浮かぶ。) 物語の方は、なかなかショッキングな序盤から、箱の経路を追いかける地味で細密な捜査に突入。この辺はのちのヒラリイ・ウォーあたりの系譜に連なってゆくパズラー風警察小説の趣で実に面白い。 とはいえ皆さんおっしゃっているけれど、あんまり「海の」秘密じゃないね。 いやまあ、フレンチが実直に海流の動きを調査するあたりなどはソレっぽいけれど、それ以上にダートムアの底なし沼での行方不明事件に犯罪性があったかの検証にかなりの紙幅が費やされている。これじゃ「沼の秘密」だ。 ひとりひとり容疑者を検分し、そのあとでようやく事件の真実が?……という流れは、いかにもクロフツらしくて良かった。終盤の展開もああ、そうくるか、なるほどね、という感じ。 最後のフレンチと犯人との描写など、クロフツが商業作家として良い意味で書き慣れてきた感じがする一方、初期作品らしい若々しい感じもあって心地よい一編。8点あげてもいいけれど、面白さのポイントが少し散らばった感触もあるので、この点数で。もちろん十分以上に秀作です。 |
No.1295 | 6点 | 太陽と砂 西村京太郎 |
(2021/09/16 15:27登録) (ネタバレなし) 21世紀を直前に控えた時代の日本。26歳の才能ある技師・沢木哲也は、アフリカの砂漠に大規模な太陽発電所を建造する国連のプロジェクトに参加した。沢木は、恋人の女子大生・井崎加代子と大学時代からの友人で若手能楽師の前島世良(セーラ)に送り出される。高名な能楽師・前島徳太郎(観世新栄)の息子で、亡き母ヴェラがアメリカ人だった出自の前島は21世紀が迫る時代にあって能のありようを模索して苦悩。一方で沢木は前島には友情の絆を感じながら能はもはや衰退する文化だと諦観していた。やがて3人の若者は、20世紀の最後の日々のなか、おのおのの現実に向かい合う。 1967年作品。西村京太郎の第四長編で、当時の総理府が主催した懸賞企画「二十一世紀の日本」の作品募集(創作の部)で総理大臣賞(最優秀賞)を受賞した作品。 すでに『四つの終止符』『天使の傷痕』などごく初期の秀作ミステリを刊行していた作者だが、懸賞の趣旨は21世紀の日本を展望した内容の小説ということだったようで、特にミステリ要素を意識しないまったくの普通小説(当時の時点での近未来設定)ではある。 ただしこのあとさらに加速的にミステリ界で大成してゆく西村の作家性はすでに随所に感じられ、その意味では西村ファンや作者の名前を意識して諸作に接するミステリ好きの読者にも、やはり重要な作品といえるだろう。 評者は今回、昭和46年8月に刊行の春陽文庫の初版で読了。この版は現状のAmazonの登録にない。 アフリカに渡り大自然の脅威と葛藤、その一方で母国の文化を鑑みる沢木の描写は悪い意味で余裕がありすぎる気もしないでもないが、読んでいる間はこれがそんなに気にならない。加代子が外地で読んでくださいと託した松尾芭蕉の俳句集も小道具として効果を上げている。現地で沢木が接する技師仲間たちの言動を介して語られる、諸国と日本文化の比較も意味がある。 とはいえ本当に切実なのは、日本人の能楽への関心が薄れて観客が外人(外国人)ばかり、しかも表層の物珍しさでしか接していないことに危機感を覚えるもう一人の主人公・前島の方で、彼の見せる苦闘と逆境からの反転のドラマはかなり読み手の心を捉える。本作の軸のドラマは前島の方に比重がある。 そして沢木の恋人ながら、日本で彼氏の友人として縁ができた前島に接するうちに、次第に彼にも惹かれていき、そんな心の分断に純粋に苦悩する加代子の描写はやや図式的だが、のちのちの諸作のなかで広がりを見せていく西村の女性観の原石のひとつをうかがうようで興味深い。 沢木と前島の学友で今は新聞紙の学芸記者のレズ女性・市橋雅子や、日本の文化を相対化しながら見やる役割で登場するサブヒロインたちなどの脇役の使い方もうまく、(昭和風俗的な意味もこめて)すらすら読めるが、後半で予想を外れた展開が生じる。そこでその現実に対するある主要人物の内面の叙述は、いささかショッキングだ(というか、ある種のハードボイルドといっていい)。さらにそれをまた相対化し、緩和するアフリカ現地の無名の警部がいい味の芝居を見せている。 ラストは非常に絵になる感じで、しかもこれ以上なく余韻のある終わり方を見せる。良い意味で、よくまとめた、という感慨が湧き上がる。 一部の登場人物のものの考え方が20世紀とか昭和的というのではなく(いや、そういう面もやはりあるかもしれないが)、あまりに古風なところもあり、それに21世紀の今接すると摩擦感を覚えないでもない。だがそれはそういう選択肢を取った当該の人物の心の決着でもあろう。 いずれにしろ、のちの量産作家という印象を改めて初期化させる、創作者としての黎明期の力作ではある。 |
No.1294 | 7点 | 殺人株式会社 ジャック・ロンドン |
(2021/09/16 04:54登録) (ネタバレなし) 1911年のニューヨーク。富裕な名家の出身ながら、労働階級に与する33歳の社会主義者ウインター・ホールは、この20世紀初頭、全米でひそかに法で裁けない悪党どもを抹殺している秘密の「殺人株式会社」の存在を気取る。その組織の社長イワン・ドラゴミロフは、奇しくもホール青年の恋人グルーニャ・コンスタンティンの伯父(実は実父)セルギウス・コンスタンティンの別名でもあった。ドラゴミロフと対峙したホールは、殺人株式会社がある意味では<闇の正義の活動>をしていることは認めつつ、やはりこのまま放っておけないものとして「殺人の依頼にきた、標的はあなた=ドラゴミロフ社長自身です」と言い放つ。それはホールからしてみれば、ドラゴミロフに現在の殺し屋稼業を止めてほしいという婉曲な請願だった。だがドラゴミロフはその言葉に刺激されて、全米に潜む各支部の数十人の「社員」に向けて「自分=ドラゴミロフを殺せ、ただしこちらも生きるために応戦する」との指令を放つ。かくして一年間の期限内に仕事を果たすことを条件に、全米を股にかけた「殺人株式会社」社員同士の殺人ゲームが始まった。 1963年のアメリカ作品。 もともとは「あの」ジャック・ロンドンが1916年11月に自殺するまで、全体の3分の2ほどの部分を執筆していた未完の長編。その後の展開は構想メモが残されていたが、それをもとにおよそ半世紀が過ぎてから別のアメリカ作家によって補作がなされ、63年に刊行された。 で、その補遺部分を担当した当時の新世代作家が「あの」シュロック・ホームズ、『ブリット』のロバート・L・フィッシュ(!)。 この作品がアメリカで63年に刊行されたことは、今からウン十年前に少年時代に古本屋で入手した「日本語版EQMM」のバックナンバーかどっかの海外ニュース記事コラムで、見知った覚えがある。そんな大昔に「こんなものがあるの! 読みてええ~~!」と瞬間的に思ったことを、ごくうっすらと記憶している。 と言いながら歳月が経ち、そんなイロモノ作品(?)のことはすっかり念頭から欠落していた(笑・汗)が、少し前に何らかの考えでジャック・ロンドンの書誌を探る機会があり、実はこの長編、一回だけ日本で翻訳が出ていたことを初めて知って、ぶっとんだ(それがこの叢書「全集・現代世界文学の発見」の2巻、その巻頭に収録の長編だ)。 しかもAmazonで古書で買えば、そんなに高くない。 そーゆーことでウハウハと購入し、ちょっと間を置いた本日になって読んでみた。 (現状でAmazonの該当ページにリンクしにくいが 学芸書林の「全集・現代世界文学の発見〈第2〉危機に立つ人間」 (1970年)ね。 ) あらすじの通り内容はよく言えば前衛的、敷居の低い言い方で言えばかなりクレイジーな筋運び。 ぶっちゃけて言えば「必殺シリーズ」(特に裏稼業の集団・寅の会の登場する『新・必殺仕置人』)プラス『飢えた遺産(なめくじに聞いてみろ)』プラス『殺人よさらば』それに加えて『ホップスコッチ』だ。 物語の骨格だけ言えば、ある種の裏ブラックコメディのノワールクライムスリラーなのだが、本人自身が社会主義者でジャーナリストだったロンドンのこと、社会改革を願いながら自分の手は汚そうとしないアナーキストへの揶揄、そして何より正義のタテマエのもとの殺人稼業についての思弁などにもたっぷりと筆が割かれている。 作中の殺人株式会社は殺しの依頼を受けてもすぐそのまま実行に移すようなただの殺し屋ではなく、事前に十全な調査をしてから相手が法で罰せられない外道の時のみ実行。標的候補がそこまでの悪人でないと判断した場合は、調査手数料として事前に預かった依頼金の10%のみをいただいて後は返金するという律儀なシステムを守る。この辺もブラックなユーモア。 さらに青年主人公のホールは、実質的な主人公のドラゴミロフ社長によって組織の臨時書記に半ば強引に迎えられ、事態の見届け役を任されるが、そこで出会う殺人株式会社社内の殺し屋たちはどいつもこいつも第一級のインテリや知識人、紳士ばかりで、それぞれの思想や理想に立脚して殺人を行っている。この辺も小説がはらむ深い思弁を実感させる一方で、あまりにもパワフルに愉快すぎる。 当初はドヤ顔で裏社会の暗部の首根っこを抑えたつもりのホール青年が、予想のはるか斜め上を行きまくる事態の推移に翻弄され、しかし殺人株式会社の面々とひとりひとり、インテリ同士として妙に気ごころを通じてゆくあたりも笑わせる。 ドラゴミロフVSほかの社員たち、一対多数の殺人ゲームの進展と行く末はかなりスリリングで、ビジュアル的な見せ場も豊富。さすがに半世紀も経ってから後出しじゃんけんで執筆したフィッシュの担当パートも面白い。 ちなみに日本で知られているフィッシュのシリーズものといえばシュロック・ホームズ以外では、「殺人同盟」三部作だが、こちらは本国では1968年に第一作『懐かしい殺人』が刊行。当然、フィッシュの念頭には数年前に書き上げた本作『殺人株式会社』のことがあったんだろうなあ、と思わせる。 全体の評価としては、母体が20世紀初頭の旧作としてはかなりのリーダビリティで、そこはもちろん評価。ただ一方で、登場人物の言いたいことはなんとなくわかるけれど、もうちょっと平易な物言いに、という部分もなきにしもあらず(これは翻訳のせいもあるかもしれないが)。 ある意味じゃ大人向けの黒いおとぎ話みたいな側面もある作品なので、登場人物の言動のリアリティとアクチュアリティはおかしな形で受け取らないようにしたい。 人(外道の悪人)を殺すことも、他者のヒューマニズムに涙することも等価に考えるような人間をきちんと書けているということは、それはそれで小説の狙いとして、とてもまっとうで結構なことだと思う。 |
No.1293 | 6点 | 傷のある女 リチャード・S・プラザー |
(2021/09/15 07:42登録) (ネタバレなし) 1951年5月上旬。「おれ」ことロサンジェルスの30歳の私立探偵シェル・スコットは、近隣の町ガーディナのナイトクラブに来ていた。用向きは、先日、初老の依頼人から、実の娘が数か月前から失踪しているので探してほしい、という頼みに応えたからだ。いなくなった女性イザベルは、29歳の美人。実はスコットの前に別の私立探偵ウィリアム・カーターがイザベル捜索のために動いていたが、ナイトクラブのダンザー、ローレン・マンデルが何かイザベルの情報を知っていると情報を掴んだのち、探偵のカーター自身も音信不通になっていた。スコットはローレン、またはカーターとの接触を求めてナイトクラブ「ペリカンクラブ」に乗り込むが。 1951年のアメリカ作品。 シェル・スコットシリーズの第四長編。 今回の物語の舞台は序盤のガーディナを経てラスヴェガスに飛ぶが、そこで事件に巻き込まれる形で、スコットの周囲に犠牲が出てしまう。 スコットはマイク・ハマーばりの復讐の激情に駆られ、何かの目的から彼に妨害や攻撃をしかけてくる荒事師たちに反撃。 理性では殺す必要がないと分かっている状況でも、怒りと戦闘の本能のままに暴れまくる。 シリーズ前作『人みな銃をもつ』も、後年のR・B・パーカーのスペンサーの先駆のような趣があったが、今回はさらにそれっぽい。 ラスヴェガスの市街が五月の祭事「ヘルドラド」の人出で賑わうなか、往来で悪党に自由を奪われ、殺されるばかりの窮地に陥ったスコット。そのピンチの描写はなかなかのテンションで、さらにメインゲストヒロインのうちのひとりをからめてのその逆境からの脱出ぶりも、印象的だ。 そういうわけで今回も活劇&バイオレンス展開主体かな、と思っていたら、残りの数十ページで意表をついて、マトモなミステリ(ハードボイルド推理小説)の方向に転調。 しかも(中略)トリックがかなり意識的に設けられており、なかなかイカす長編ミステリの正体をここで現した。 劇中には3人のメインゲストヒロインが登場するが、その中でいちばんもうけ訳をもらった22歳の離婚美女コリーン・ショーンとスコットのからみがなかなか。クライマックス、謎解きに向かうスコットに追いすがる「行かないで」パターンの挙動なんか、照れ笑いしつつもなんかイイ。 仕掛けられたミステリのギミックが効果を上げた作品なんだけど、一方でもうちょっとオモシロクできるよなあ、という軽い不満もある。 それにポケミス164ページ、スコットが内心で「事件の全貌が見えた!」的に直感するシーンもそこで盛り上げるだけ盛り上げておいて、あとから見るとややチョンボ。そういうわけで、この評点で。 いや、完成度というか練りの足りなさに妥協すれば、十分に面白かったけどね。真相を小出しにする演出は、ああ、そういうことかと、ワクワクの気分ではあった。 ちなみに「傷のある女」とは、捜査対象のイザベルの(中略)に、子供の頃のヤケドで4インチほどの傷があるということ。 まあ、あなたが大体お察しの方向のネタの設定だ。 |
No.1292 | 7点 | 真夏の日の夢 静月遠火 |
(2021/09/14 18:34登録) (ネタバレなし) 「僕」こと大学二年生の旭修太郎は、同じサークル「劇研」こと演劇研究会の代表・龍太郎先輩(大学7年生)、同学年の「メガネ」の3人で、小さなボロアパート「GS屋敷」で細々と生活していた。だがサークルは秋からの演劇公演のために、相当の予算が必要である。そんなとき、大学の心理学の教授で変人と名高い寒川真一が<火星行きロケットでの航行生活を模した、閉鎖空間で7人の男女がひと月まったく外に出ず、同居生活する実験>を提案し、相応のバイト代を提示した。かくして当初からGS屋敷に暮らす修太郎たち3人をふくめて劇研の仲間7人が同所に集結。ため込んだ水や食料を頼りに、ネットやテレビ、携帯電話とも遮断された生活を始めるが、やがてその仲間のひとりが忽然と密室空間から消失する。 ミステリファンの古参サークル「SRの会」が会誌「SRマンスリー」誌上で数年前に行った特集企画「新本格ジャンルが誕生してから30年の間に書かれた、あまり語られざる佳作・秀作」のなかで、そのひとつに選ばれた作品。 メディアワークス文庫で刊行された「第15回電撃小説大賞<金賞>」受賞作品で、当然ながらスラスラ軽快に読める。 内容は、間違いなく、あまり多くを語らない方がいい種類の青春ミステリ&パズルストーリーだが、個人的には何より220ページを過ぎてから明かされるサプライズと、そのために仕掛けられた(中略)に大受けした(爆笑)。 こういうものを伏線というか(中略)に使うとは! 評者のようなタイプの読者は当然、夜中に読んでいて、一人で大はしゃぎであったが、さてほかの人はどうであろう? 大技中技の組み合わせも小気味よく、ボロアパート「GS屋敷」という舞台装置もとてもよい。 で、うん、たしかにこれは、まず何よりも青春ミステリ、だね。 |
No.1291 | 6点 | 私の愛した悪党 多岐川恭 |
(2021/09/13 07:31登録) (ネタバレなし) 創元文庫でカップリングの『変人島』をすでに読了しているため、こちらもそろそろ片付けようという気分で読みだした。 作風は、CSの衛星劇場か日本映画専門チャンネルで、旧作・白黒の庶民派コメディ映画(雑居アパートもの)を観ているような味わい。雪さんのおっしゃる天藤真っぽいというのは、自分もまったく同感だった。 良くも悪くもミステリとして、どのくらいまで深い浅い程度のものを提示してくれるのか、終盤までまったく読めない。 だから基調のコメディ小説という感触の方に寄り添って読んだが、そういう尺度で測ると好感は持てるしつまらなくはないが、一方でどこをどう褒めるほど面白くもない、という印象であった。小林信彦くらいの戯作っぽさがあったなら、もっと話が弾んだだろうなあ。 誘拐された娘が現在は結局は誰かは、評者のような(中略)読み方をしている人間には伏線というか手がかりが明白で、すぐにわかってしまう。だからソコは表向きのミスディレクションで、もうひとひねりあるのではと期待したが。 一方で明らかに浮いた感じの殺人劇とフーダニットの方に関しては、とにもかくにも印象的ではあった。トリックの描写が段階的な部分で読み手のビジュアル志向を刺激するのは『変人島』によく似ている。 それでも読み終えてみれば、メインの若い恋人たちにはちゃんと好感とそれなりの思い入れは育まれていた。 なんか掴みどころのないというか、こちらの指の間をすり抜けていく種類の魅力が全開の一冊という感触もあるが、それこそこの作品の個性でもあろう。 |
No.1290 | 6点 | 白いパスポート 生島治郎 |
(2021/09/12 15:32登録) (ネタバレなし) 1970年代の半ば。大手商社「三友商事」の本社内に爆弾が持ち込まれ、27歳のOL・横堀伊都子が爆死する。「私」こと同社の第二営業課係長で、伊都子の婚約者でもあった35歳の日疋(ひびき)守は、くだんの爆弾が伊都子の弟で過激派である真人によって社内にもたらされたらしい、そして伊都子は弟の行為を知って爆弾の被害を軽減しようとして死んだ可能性を認めた。こんな事件と前後して、日疋は上司・草刈志津雄部長から、ベイルートへ長期出張の相談を受けていた。現在のベイルート支部長は伊都子と真人の叔父である横堀正人である。正人も伊都子も真人の過激派活動に必ずしも協力的ではないが、一方で真人が叔父との縁も踏まえて政治的に不穏なレバノンに逃亡した形跡もあった。恋人の死の真実の調査と彼女の復讐を願う日疋はベイルートに向かうが。 「週刊小説」の昭和50年9月26日号から翌年の1月2日・9日合併号まで連載された生島のノンシリーズ長編。 評者は今回、大昔に買ったままだった集英社文庫版で読了。同文庫の巻末には尾崎秀樹による詳細な解説がついている(ただし何故か、元版の実業之日本社版についての書誌的な言及はまったく無い。集英社と実業之日本社の仲が悪いのか? あるいは生島と実業之日本社の間でなんかあったか?)。 主人公・日疋は、渡航中の機内で知り合った「中央日報」社会部の記者で巨漢の晴野伸之の協力を得ながら、ベイルートで現地の活動家たち(通称「コマンドス」)に接触。かたや上司の草刈からも何やら裏の事情を含む業務の指示、そしてそれに見合ったある程度の自由度と予算を与えられており、中盤の物語は欧州に向かうオリエント急行での電車旅にもからむ。 現実の1970年代前半のオリエント急行は、71年に国際寝台車会社が寝台車の営業事業から撤退し、やがて77年にはダイレクト・オリエント急行が廃止されるなど衰退。かつての栄華が薄れた不衛生でサービスも悪いローカル線になっていたようだが、作者の生島はこの70年代初頭に実際に当時のオリエント急行に取材旅行に赴いたそうで、本作での同列車内の臨場感はかなり生々しい。日疋と、考え合って彼のバディ格となった晴野が体験する車内の喧騒の数々の大半は、たぶん作者の実体験か周辺での見聞に基づくものだろう。 ミステリとしてはいくつかの物語上の二転三転はあるが、強烈なサプライズや意外性を主体にした作品ではない。むしろ主人公・日疋の基本は能動的な調査&復讐行、さらに半ば巻き込まれた状況のなかでの立場や精神的な姿勢を追うことが主軸。集英社文庫の解説で尾崎は「巻き込まれ型冒険小説」といった修辞よりは、あくまで生島流ハードボイルドの系列で本作を語っているが、それも頷けるものだ。 ちなみに題名の「白い」とは、中盤から物語の表面に大きく出てくるヘロインのこと。禁断の麻薬だが、この扱いに向かい合う日疋の姿勢は現実的ながらあくまでまっとうで、そこも本作の読みどころのひとつとなる。 全体の読み応え、相棒の晴野のいかにも生島サブヒーロー的な魅力、そして何より最後まで貫徹される主人公の気骨などから評価して7点でもいいかとも思ったが、作者がオリエント急行の思い出をくっちゃべる部分がちょっと多すぎる気もするので、この評点。 まあベテラン作家がいい感じに肩の力を抜きながら、一方で情感を盛り込んだ好編だとは思う。 ちなみに実にどうでもいいことだけれど、一時期、この作品は発表時期と何よりこのタイトルから、田宮二郎の連作テレビドラマ「白い」シリーズの関係作品(原作か原案か)とか勘違いしていた。実際にはまったく関係はなかったのだが。 そもそもヘロインという主題が前面に出てくる内容は、毎回ストーリーがひと区切りする事件ものの各話ごとのネタならともかく、連続ドラマ向けではないな。 |