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ミステリの祭典

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黒い罠

作家 ホイット・マスタスン
出版日1958年01月
平均点9.00点
書評数1人

No.1 9点 人並由真
(2022/05/14 06:25登録)
(ネタバレなし)
 1950年代のその年。一月後半のある日。メキシコ国境に近いカリフォルニア州のランドフォール岬で「リネカー木材鉄器」の社長ルーディー・リネカーが自宅にいたところ、ダイナマイトで何者かに爆殺される。地元の警察署長ラッセル・ケールドは引退したかつての敏腕警部ローレン・マッコイ(マック)を復職させ、現職時代のマッコイの部下だった部長刑事ハンク・クインランととも捜査に当たらせる。やがて名タッグとして知られた二人のベテラン捜査官は、リネカーのオールドミスの娘テーラの2つ年下の恋人で靴屋の店員の若者デルモント・シェイヨンが、自分たちの結婚をリネカーに反対されたのを恨み、さらにリネカーの財産を狙って犯行に及んだのだと結論を下した。だが地方検事補で検事局の特別捜査官である35歳のミッチェル(ミッチ)・ホルトは、マッコイ警部たちの判断に違和感を覚えて、独自の捜査を開始。やがてホルトはデルモントとは別に、真犯人の嫌疑が濃厚な人物を探り出す。だがホルトが見つけ出した真実は、それだけではなかった。

 1956年のアメリカ作品。
 オーソン・ウェルズが主演男優の一人だったノワール・サスペンス映画『黒い罠』の公開に合わせて翻訳された原作で、地方検事補のホルトを主人公にした捜査もの&社会派ミステリ。

 評者はウェルズの映画は10年ほど前にCSで放映された際に観た覚えがある。映画の技法的には評価の高い作品らしいが、正直、お話はさほどお面白いとは思えなかった。
 それで原作を読むのが映画の後先になったが、映画版の細部はほとんど忘れてるので、ちょうどいい。
 しかし読み始めると、すぐに小説のストーリーは映画とほとんど別ものではないかと思えてきて、実際に小説を読み終えたあとでWikipediaで映画の方の話を再確認すると、やはりほとんど完全に別の内容になっていた。いや部分的に原作の要素を抽出してはあるのだが。
 
 というわけで、あまり個人的に評価できない映画の件はひとまず置いて、純粋に小説だけの感想を言うなら、これがメチャクチャに面白かった&良かった。

 独自に社長殺人事件の捜査を進めたホルトがいったいどんな事実に遭遇したのかは、ここではナイショにするが(割と早く判明するけど)、それ自体はもしかしたら、割とよくある主題かもしれない。
 ただし評者個人としては、話がそっちの方に行くとは思ってなかったこともあって、かなり驚かされた。

 後半の展開も正に王道中の王道という感じではあるのだが、小説の細部にワンシーンのみの印象的な脇役を次から次へと配し、物語の臨場感とリアリティを高めていく作者たち(周知のように、作者のマスタースンは合作コンビ~のちに単独執筆)の手際が素晴らしい。
 50年代のアメリカ社会派ミステリの直球・剛球のような歯応えで、とても充実感を抱いた。

 まあ20世紀の後半~21世紀に、本作のような王道の作劇セオリーに則った感のある作品も多く出ているとは思うので、今さら読んで新鮮味はないと不満を抱く読者もいるかもしれないが、それでも評者などはこの手の作品の新古典らしい、ストレートにど真ん中の剛速球を放り込むような本物の力強さを感じた。
 いちばん近いところで言えば、やはりマッギヴァーンのヒューマン・ハードボイルドドラマ路線か。ただし細部のうまさでは、もしかしたら場面場面によっては、そちらよりもさらに上かもしれない?

 こういう作品に出合えるから、フリで思い付きで古いポケミスを読むのは楽しい。評者ひとりだけかもしれんが? とても満足度の高い一冊。

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