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ミステリの祭典

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闇の航路
英国ではヒュー・マーロウ名義

作家 ジャック・ヒギンズ
出版日1986年01月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2022/05/30 16:30登録)
(ネタバレなし)
 1960年代の前半。かつてはハバナでサルベージ会社を営んでいた男性ハリー・マニングは、キューバ革命で会社を強引に接収された。今はナッソー周辺の港街で、持ち船であるモーター・クルーザー「グレイス・アバウンディング号」のチャーター業を営む四十歳前後のマニングだが、そんな矢先、恋人のクラブ歌手マリア・カラスを乗せた小型水上機が墜落したという知らせが入る。現場を確認し、同乗の乗客でキューバからの亡命者ペレスを暗殺する計画にマリアが巻き込まれた可能性を認めたマニングは、調査とそして復讐を開始するが。

 1964年の英国作品。原書では「ヒュー・マーロウ」名義で刊行。
 評者は翻訳の元版のパシフィカ版(1979年)で読了。パシフィカ版は現在、Amazonに登録がない。

 よくも悪くもお話が往年の日活アクション映画みたいにスラスラ進むのは、いかにも読み物でエンターテインメントといった風情の作品。しかし短い紙幅の割に中盤からは凝縮された二転三転のクライシスの連続で、人間の悪役ばかりか洋上の厳しい悪天候まで主人公とその仲間に牙を剥くあたりは、なかなかの歯応えがある。

 1962年頃のページ数が薄めの習作群と比べると、だいぶ小説の厚みが増している感じはする。19章終盤でのマニングが別の登場人物から心の屈折というか翳りを指摘されるところとか、クライマックスを経ての悪役の退場シーンのビジュアルイメージとか、はっとなる叙述がいくつかあるのも好感触。この辺からヒギンズの黄金時代は少しずつ始まっていった、という感じだ。
(まあそれでも、冒険小説としてはまだまだ主人公に甘い、と謗られそうな筋立てや文芸もまったくないわけではないが。)

 当時の英国作家のヒギンズにとっても、キューバ革命を経た同国でのキューバ危機(第三次世界大戦の可能性を秘めた、現地のミサイル配備問題)はやはり大きな関心だったようで、物語の主題がそちらの方に接近するなか、後半でちょっと変わったポジションの登場人物がマニングの相棒になるのも印象深い。執筆時のヒギンスがどういう心情で本作を綴り、どのような思いで該当の人物を活躍させたのか、ちょっと気になるところだ。

 ヒギンス作品としてはBの上かAの下というところ。ヒロインもなかなか魅力的である。

 なおパシフィカ版の裏表紙のあらすじは、とんでもないことに全部でおよそ220ページのうち、大体180ページ前後で迎えるサプライズの大ネタを書いてしまっているので、これから本書を読む気のある人は、絶対に裏表紙を見ないようにすること。かなりとんでもない。前もって警告しておく。

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