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ミステリの祭典

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人並由真さんの登録情報
平均点:6.34点 書評数:2199件

プロフィール| 書評

No.1779 7点 野獣の血
ジョー・ゴアズ
(2023/05/05 16:48登録)
(ネタバレなし)
 1968年のサン・フランシスコ。19歳でハンサムな不良少年リック(リッキー)・ディーンとその同年代の仲間たち3人は、リックの気に障った男性を半殺しにし、重傷を負わせた。だがその現場を「ロス・フェリス大学」の人類学教授カーティス(カート)・ハルステッドの美人の妻ポーラに目撃される。リックはガールフレンドのデビー(デボラ)・マースティンが同大学に在籍する縁も利用してポーラの素性を探り出し、カートの不在中に仲間とともにハルステッド家に乗り込み、彼女を輪姦し、沈黙を言い含めて退去した。だが暴行を受けたポーラは自殺。帰宅して惨劇を認めた43歳のカートは、妻を死に追いやった犯人たちを暴き、復讐することを誓う。

 1969年のアメリカ作品。ゴアズの処女長編で、MWA最優秀新人賞受賞作品。
 ガーフィールドの『狼よさらば』とかロバート・コルビーの『復讐のミッドナイト』などの諸作(実はどっちも評者はまだ未読だが)に通じる(のあであろう)、ワルの少年(青年)どもに妻を凌辱された(そしてそれ以上の悲劇を被る)夫の復讐もの。
 
 この手のものが厳密な意味でいつ頃からあり、広義のミステリの中で、どの作家のど作品が本当の先駆、オリジンとなるのかは寡聞にして知らないが、おそらくは第二次大戦後、ハンター、マッギヴァーンやハル・エルスンあたりの不良少年ものが隆盛した1950年代以降の産物だとは思う。

 読者側の現実世界とさほど距離のない作中のリアルで起きるショッキングな悲劇と、読者に半ば強制的に強いられる、主人公の復讐の原動への共感(アア、オレダッテ、マンガイチ、コウイウタチバニナッタラ、ソレクライカンガエテシマウダロウナア……)。
 この2つのファクターが最強すぎて、よほど外さなければ読み物としては一定水準以上にオモしろくなるであろう主題で設定だが、その辺はさすがゴアズ。そこ(大設定の面白さ)だけには、決して終わらない。
 かつて大戦中に少年兵だった(が、今は象牙の城のなかで体がなまってる)主人公が体を再鍛錬していく図も、消極的な動きの警察などを脇目に少しずつ標的に迫っていく図もしっかり細部で読ませる。
 終盤の決着はもちろんここでは書かないが、たぶんこの時点ではこの手のものの定石を良い意味で微妙に外しながら、きっちりエンターテインメントとして幕を下ろす。いやまあ、刊行年度のMWA新人賞は当然であろう。
(そーいえばゴアズって、短編『さらば故郷』でもMWA最優秀短編賞とってるんだよな。あれも名作だった。)

 ちなみに悲劇の序盤ヒロイン、ポーラの文芸設定というかキャラクター造形については思う所もあるのだが……まあ、これは、読んだ人同士でいつか話しましょう。


No.1778 7点 さえづちの眼
澤村伊智
(2023/05/05 16:06登録)
(ネタバレなし)
 比嘉姉妹シリーズ中編集と銘打って、シリーズ世界内設定の3本の(広義の?)連作を収録。

①問題児を預かって後見する市井の篤志家の住居、その周辺に怪異が……? の『母と』
②地方の旅館を老母と経営する中年男性。その彼が過去に遭遇した、そして今も引きずる怪異とは? の『あの日の光は今も』
③1960年代から語られる、都内の辺鄙な町での、あるお屋敷の……の表題作(眼には「まなこ」とルビ)。

 どれも新本格ティストのモダンJホラーで面白かったが、①は、ああ、その手か、②は、うむ、ソウクルカ、③は古典の海外怪談風の前半から……と、大枠は違えないものの、それぞれの作品の顔を見せている。

 なお②は、厳密には、比嘉姉妹は登場せず(これは書いてもいいだろう)、シリーズに慣れ親しんだ愛読者なら旧知の同じ世界観のキャラクターが登場、活躍する。なんか『汽車を見送る男』や『ドナデュの遺書』をメグレシリーズ、『大暗室』や『月と手袋』を明智小五郎シリーズとダイレクトに称して売るような感じだ。厳密には「シリーズ番外編」だよね? まあいいけど。

 現在の作者には、比嘉姉妹(とその仲間? たち)のシリーズなら、怪異(謎)の提示と、その解決、決着までの推移を語る上で、中編という形式がいちばん合ってるかもしれない?


No.1777 7点 猿島六人殺し 多田文治郎推理帖
鳴神響一
(2023/05/02 16:32登録)
(ネタバレなし)
 のちに書家、戯作者、そして学究の徒「沢田東江」として大成する、現在は26歳の学識に富んだ浪人、多田文治郎。彼は、学友で今は浦賀奉行所の青年与力となった宮本甚五左衛門と再会する。甚五左衛門は、江の島周辺の離島、「猿島」こと豊島で起きた六人もの男女が殺害される事件を担当しており、彼は文治郎の明晰な頭脳を見込み、捜査への協力を願った。惨状の殺人現場からは不可解な謎が浮かび上がり、文治郎たちは現地で見つけた、被害者の一人が書き綴っていた手記から事件の真相を探るが。

 時代小説の形質で書かれた、フーダニットパズラー。
 あらすじを読めば大方察しがつくと思うが『そして誰もいなくなった』オマージュの設定。最後のひとりまで殺されたと思しき被害者の面々以外、事件前後に出入りした形跡のない? 島での不可解な連続殺人の謎が語られる。

 主人公の文治郎こと沢田東江は実在の人物で、wikiなどによると、江戸時代の書道家・漢学者・儒学者。洒落本の戯作者。享保17年(1732年)~寛政8年6月15日(1796年7月19日)の生没で、本事件は1758年の出来事のようだ。

 文庫書き下ろしオリジナルの作品で、帯には「密室殺人の驚愕トリック」とあるが、実はことさら密室を強調する殺害現場の類はない(クローズドサークルの島は、広義の密室といえなくもないだろうが)。
 むしろ、原典の『そして~』同様、関係者(被害者)の最後の一人まで「殺された」!? ありえない! 謎の方が面白い。
 中盤で現場にあった手記が発見され、文治郎たちがそれを読み、先に検分した殺害現場の情報と照応しながら客観性を検証していくあたりも、『そして~』のもうひとつ向こうへ探偵役が挑む、謎解きパズラーの興味が濃い。
(フィリップ・マクドナルドの『迷路』とかに通じる、書記や手紙の文面を、作中の探偵役と読者が同時に推理する面白さもあるだろう。)

 真犯人を特定するロジックはなるほど、と思える一方、凶器についてかなり楽しい(昭和的というか)アイデアのトリックが出てきて喝采をあげた。似たようなのはどっかで読んだ気もするが、これとまんまなのは見た覚えがない。実にウケた。
 後半3~4分の1が、「金田一少年」シリーズ毎回の終盤のように、犯人側の事情の開陳になってしまうのは、良くも悪くも別のジャンル(謎解きミステリというより人間ドラマ)に雪崩れ込んだ感じだが、まあこれはこれで。
 優秀作というには、ちょっとだけ足りない気もするが、十分に佳作~秀作。

 なお多田文治郎の事件簿はシリーズ化もされているらしい。またその内、読んでみよう。


No.1776 6点 ゴースト・レディ
カーター・ブラウン
(2023/05/01 19:47登録)
(ネタバレなし)
 雷鳴が響く嵐の夜のパイン・シティ。「おれ」ことアル・ウィーラー警部は、お持ち帰りした黒髪の美人ジャッキーとお楽しみ寸前だったが、上司のレズニック保安官から突然の電話があり、殺人事件の捜査を命じられる。渋々、嵐のなか、愛車をとばしてウィーラーが出向いた先は、シティから離れた山周辺のオールド・キャニヨン・ロード。そこに住む大地主エリス・ハーヴェイ(60歳の男性)の屋敷で、事件は起こったようだ。被害者は、当主のうら若い次女マーサに求婚していた20代半ばのハンサムな詩人ヘンリー・スローカム。実は屋敷には、100年前に若死にした女性ディーリアの幽霊「灰色のレディ」が跋扈するとの噂があり、スローカムはその幽霊と対峙して度胸を示し、自分をマーサの婚約者としてアピールするつもりで、ひとりで施錠された部屋に入った。だが施錠を壊して室内に入ったウィーラーが認めたのは、頑丈に内側からロックされていた空間で、喉をかき切られたスローカムの死体だった。そして、さらに怪異な証拠として、死亡直前のスローカムと灰色のレディ、ディーリアとの会話を録音したテープなども発見される。

 1962年のクレジット作品。aga-searchの書誌データで、ウィーラーものの第23長編。
 「カーター・ブラウンの密室殺人もの」として一部マニアには有名な作品(笑)で、あらすじを読んでもらえばわかるように、怪奇オカルトミステリの要素もある。
(なお原題は「The Lady is Transparent」。淑女は透明、というか、お女性はスケスケ、というか。)
 ちなみに何十年前に一回読んでるが、内容は120%忘れてるので、再読じゃ。

 ウィーラーが自宅で楽しいことをしようと思ったら、殺人事件を告げるレズニックの電話で邪魔される導入部は『エキゾティック』とおなじ。たぶんしっかり調査すれば、このパターンは他の作品にもまだまだあるだろう? 
 怪異な、というよりは訳ありな100年前の伝承にまで話が広がり、ちょっとクセのある事件関係者と応酬を繰り広げるウィーラーの描写はなかなかテンポは良いが、マジメに不可能犯罪もの密室パズラーの興味で読むと、真相は拍子抜け。いやまあ、大方の読者は、もともとそんなに期待値は高くないとは思うが(笑)。
 謎の提示と雰囲気だけは悪くないので、話のタネに読みましょう。
 評点は0.5点オマケ。

 ちなみに、ウィーラーの無軌道ぶりを叱るレズニックのセリフで、いざとなったら、市警の殺人課に戻してやる、というのがあり、ちょっと興味津々。
 つまりウィーラーはもともと、市警の殺人課に所属し、選抜されて? 保安官事務所付けの上級刑事に栄転したということになるんだね?

 詳しいことは未訳の長編第1作『Blonde Verdict(金髪の評決)』とかで書かれてるのか? 日本語で読みたいな。ムリだろーな(涙)。


No.1775 5点 濃霧は危険
クリスチアナ・ブランド
(2023/04/30 05:16登録)
(ネタバレなし)
 英国のデヴォンシャー地方。大地主の嫡男で15歳のビル・レデヴンは、親の指示で同年代の女子がいる知人宅に向かい、そこでビル当人はさほど興が乗らないのに、二週間の休暇を過ごすよう指示されていた。だがレデヴン家の運転手で、ビルがひそかに兄貴分のように慕っていた青年ブランドンは、なぜか知人宅に送る途中のビルを車から強引に下ろし、濃霧がたちこめる荒野のなかに置き去りにしてしまう。

 1949年の英国作品。
 作者ブランドのジュブナイルで、少年を主人公にした半ば巻き込まれものの冒険スリラー。

 あれよあれよと事件が続き、話の起伏度は申し分ないが、一方で登場人物の行動の選択やなりゆきのあちこちで、なんでそうなるの? 的な疑問も目につき、読み手の方で辻褄が合うように何とか解釈し、フォローを求められる箇所も散見。

 あと、巻頭の登場人物一覧には、二言三言、ものを言いたい。これから読む人は、先に登場人物一覧を見ない方がいいかも。

 終盤のドンデン返し●連発は、ちょっとウケたが、先の方はともかく、あとの方は、良くも悪くもちょっとおとぎ話っぽいサプライズ。まあいいんだけど。

 小説の組み立てとしては、第一章の後半なんか、全体からすると浮いてるな~という感じもあり、ここはいろんな意味を踏まえて、主人公ビルの伝聞描写で、そういうことが起きてたらしい、でよかった気もする。子供向け作品のコツをまだ掴んでおらず、無駄に読み手に親切にした……とかいうことかね。
 評点はまさに「まあ、楽しめた」なのでこの点数で。6点でもいいかも。


No.1774 6点 カーテンの陰の死
ポール・アルテ
(2023/04/24 15:55登録)
(ネタバレなし)
 頭の皮剥ぎという猟奇事件に、主要人物それぞれの文芸を強引にリンクさせる手際は、ややあざとさを感じた。が、見方を変えれば、この作り物臭さが、フィクションとしてのフーダニットパズラーの外連味であり、醍醐味でもある。

 75年前の不可能殺人と現在形の不可能犯罪の相関など、メインの趣向もウハウハで、トータルで読むと……なるほど、出来がよいとはいいにくい面もあるとは思うが、作者のサービス精神には十分楽しまされた。で、さらに書き手が仕込んでいたあの趣向もふくめて、完成度はともかく、個人的にはこれまで読んだアルテ作品のなかでは、けっこう上の方にくるお気に入りかも?
 評点は7点に近いこの点数。

 最後に、巻末の霞先生の解説は楽しかったが、先行の下宿ものミステリの話題なら、フェラーズの『私が見たと蠅は言う』とか、アン・オースチンの『おうむの復讐』なども該当例に挙げていただきたかった。たぶん読んでいて、うっかりされたものと思うが。

※追記
 途中で、ツイスト博士の以前の事件簿としてよく知らない「赤髯王」の話題が出てきて、あれ? このシリーズは改めて最初から順番に読んでるはずなのに?! と思ったが、同作『赤髯王』についての本サイトのレビューを覗いて納得。この『カーテン~』の原書リリースの時点で、本国でもまだ未刊行の「まだ読者には語られていない、名探偵の過去の事件(作品)」だったのだな。


No.1773 5点 孤島の十人
グレッチェン・マクニール
(2023/04/23 15:05登録)
(ネタバレなし)
 カミアック高校の女生徒メグ・プリチャードは、少しややこしい関係の同性の友人ミニー(ミンス)とともに、フェリーで外洋の孤島に向かう。島にはスクールカースト上位の女生徒ジェシカ・ローレンスの父親が所有する別荘があり、そこで複数の高校生を集めたひそかな合宿パーティが開催される予定だった。だが集まった面々のなかには、メグの訳ありの元カレも予想外に参加しており、彼女は落ち着かない気分になる。そして、嵐と何者かの妨害によって外界との交信を遮断された島では、流血の惨劇が始まる。

 2012年のアメリカ作品。
 邦訳文庫の売り文句どおりに『そして誰もいなくなった』オマージュなのは間違いないが、「十三日の金曜日」系のカントリー・スプラッターものの趣も強い。
 タイトルロールの主要人物10人の高校生はそれなりに書き分けられ、特に大柄な粗暴タイプかと思いきや、実は校内では人気者で意外な一面を見せる男子ネイサンなど、ちょっと面白い。あと、殺人者の仕掛けた仕込みの罠のひとつは、軽くぞっとさせられた。

 とはいえミステリとしては、本当にアレな作りで、解説の千街氏の語る「ヤングアダルト層に向けた古典名作のカジュアルな翻案」という修辞は、正に言い得て妙。
 世の中の若い読者が、『そして誰もいなくなった』より先にこっちを読んでしまう事態だけは、極力起こらないようにしてほしいと切に願う。

 まあ、こういう方向で、世の中にミステリが量産されるようになったら、もう創作文芸としてのお兄ちゃ……いや、ミステリはおしまい! かもね。
(逆に言えば、ごくごくごくタマになら、いい……のか? まあ読者がそう割り切って、心得て読む限りは?)


No.1772 6点 秘密諜報員ジョン・ドレイク
リチャード・テルフェア
(2023/04/22 16:52登録)
(ネタバレなし)
 1962年のこと。「私」こと、NATO本部のワシントン特別区保安部員で「危険な人間(デンジャーマン)」の称号を持つ精鋭要員のひとり、ジョン・ドレイクは、休暇明けに上司のテニーから呼び出される。彼の語る内容は、ポルトガルのNATO駐在員で一時期ドレイクの僚友でもあった(表向きは)弁護士のキャル・ジェンキンズが何者かに殺された、そして被害者の周辺の情報から、現地に駐在するNATO加盟国の各国の外交官3人のなかに、裏切者の殺人者がいるらしいとのことだった。3人の容疑者に接近して調査するNATOの要員のひとりに選ばれたドレイクはポルトガルに向かうが。

 1962年のアメリカ作品。
 パトリック・マッグーハン(マクグハーン)(『プリズナーNo.6』の主演、『刑事コロンボ』のメインゲスト、各話監督ほか)が主役を務めた1960~61年のTVシリーズ『秘密指令』(Danger Man)の公式ノベライズで、本書は続編にあたる64~67年のTVシリーズ『秘密諜報員ジョン・ドレイク』(Danger Man Secret Agent)の日本放映に合わせるタイミングで、ポケミスに収録、翻訳紹介されたようである。
 ちなみに『プリズナーNo.6』は『秘密諜報員ジョン・ドレイク』の放映直後に本国アメリカでスタートしており、そちらの本名不明の元スパイの主人公「No.6」の正体は、そのままジョン・ドレイク当人だという説を、評者はこの数十年、あちこちで聞いている。公式な文芸かは知らないし、たぶん、そう解釈できる余地もある裏設定くらいのニュアンスではないかと勝手に思うが。
 
 でまあ『秘密指令』も『秘密諜報員ジョン・ドレイク』も海外版ならDVDは出てるみたいだし、研究書籍「『プリズナーNo.6』完全読本」にも関連作品として相応の解説もあるようなので、60年代の旧作海外テレビシリーズのなかでは恵まれている方ではないかと思うが、評者は2018年の「~完全読本」を買い逃し、さらに同書は版元・洋泉社の廃業によって、古書が稀覯本として高騰してるので敷居が高くなってしまった。
 要は原作のTVシリーズについては21世紀の現在、その気になってお金を使えば鑑賞も探求もできるのだが、現状でそこまでの意欲もなく、まったく手付かずという状態(汗)。
 
 というわけで、原作TVシリーズとの距離感も知らないまま、あくまで単品の60年代エスピオナージ(活劇スパイスリラー)として、まったくの思い付きで読み始めた本書だが、導入部は前述のように明快な幕開け。現地ポルトガルに向かったドレイクは、その該当の3人の容疑者のうちのひとりに直接接近する腹積もりでいたのだが、現場の指揮官の考えからその予定の容疑者当人ではなく、わけあってその容疑者の奥さんの方を調べてくれと指示され、その命令に従うことになる。その若い美人の奥さんが大変なカーマニア、さらに戦時中にはレジスタンスの闘志として戦い、仲間でもあった若い夫を失った過去などがあり、キャラクターを立てた作りこみをされていく。
 メインゲストヒロインがカーマニア云々のくだりは、自作モンティ・ナッシュシリーズや別名義の諸作などでギャンブル描写に傾注する作者テルフェアの趣味人的な叙述や作劇に一脈通じるものがあり、たぶん色んな専門分野に通じたヲタク作家的な気質なのだろうとも思った。

 終盤の展開は、けっこう大きなドンデン返しが最後の本文4分の1を残すあたりであり、その辺は先読みできる人は可能かもしれないが、油断していた評者はまんまと騙された。
 それ以降のクライマックスもかなり高い緊張感のなかで物語が錯綜し、しっかり手綱を握ってないと振り落とされそうな勢い。多国籍、当時の西側15か国が参加していたNATOという組織に属する主人公、という大設定はちゃんと機能させられていた、くらいまでは、ネタバレ警戒しながら、ぎりぎり書いてもいいだろう。
 
 繰り返して、原作TVシリーズはまったく未見の評者だが、勝手な印象だけいうなら、本ノベライズは、松田優作の『探偵物語』TVシリーズ本編と小鷹信光のメデイアミックス原作小説、あれくらいの共通項と相違のような感じ? 重ねて本作の場合、評者は厳密には現時点でTVシリーズとの比較はできないし、しちゃいけないんだけど、あえて予断も踏まえて、あのくらいに骨太な別ものになっているんじゃないかなあ、というムセキニンな感触はあった。
 評点は7点に近いこの点数で。

 任務を終えたドレイクの、事件後の苦さを噛み締めるクロージングも余韻がある。実はほんのちょっとだけ、ニヒリズムを気取った安っぽい感じもあるのだが、そこがまた良い。
 今のところ、高いお金を使って映像ソフトを購入したりする気はないんだけど、CSとかで放映される情報とか目についたら、原作TVシリーズの方も追っかけてみようかとも思う。
(まあそういいながら、しばらく前の深夜の『ナポレオン・ソロ』の再放送なんかも、かなりの話数が録画したまま未見で溜まっているのだけれど・汗。)

 最後に、本書の翻訳の川口正吉さんってよく名前見るけど、他にどういう訳書があるんだっけと思って、改めて調べたら、『ドーヴァー1』とかライバーの『闇よ、つどえ』とか楽しい作品もこの人であった。
 ディックの『高い城の男』の初訳もこの方で、うん、実はその辺は、前述の本書のメインゲストヒロインの過去設定などと接点があったりする。もしかすると、その辺を踏まえたハヤカワからの当時の仕事の依頼だったのか?


No.1771 7点 化石少女と七つの冒険
麻耶雄嵩
(2023/04/20 18:12登録)
(ネタバレなし)
 8~9年ぶりの続刊。
 前作は必ず読んでおいてほしい。

 一本一本の緊張感が並々ならず、そしてそれ以上に世界観そのもの(彰の眼に映り、彼が語る世界像)のテンションが半端ない。
 このちょっとよろけたら、真っ逆さまに奈落に落ちてしまいそうな感覚はなんだ。
 半ばの第4章(第4話)で少し小休止。しかし後半が……。
 
 単品ミステリとしてのベストはあえて言えば第6章だが、その……(中略)。で、そこは具体的にもうちょっと叙述してほしかった(とはいえ、もしかすると、それも……?)。

 で、ラストの第7章。
 このクロージングを見届けて思うことは多いが……、まあとにかく、めったに出逢えない一冊なのは間違いない。


No.1770 5点 悪魔の部屋
笹沢左保
(2023/04/20 17:01登録)
(ネタバレなし)
 23歳で処女の美女・松原世志子は、巨大財閥「シルバー興業」の代表取締役会長・伏島京太郎の一人息子で同社の課長職、29歳の裕之と恋愛結婚の末に結ばれた。新妻としての幸福に包まれていた世志子だが、彼女は夫の部下と称する青年、中戸川不時(なかとがわ ふじ)によって誘拐され、高級ホテルの密室に拘禁される。世志子を待つのは……。

 作者の官能サスペンスもの?「悪魔シリーズ」の第一弾。
 大昔に新刊書店で元版のカッパ・ノベルス版を手に取って、ドキドキしていたような記憶もうっすらあるが、結局、買った覚えも読んだ覚えもない。
 今回は、先日の出先のブックオフの100円コーナーで見かけた光文社文庫を、懐かしい(笑)タイトルだと思って購入。

 文庫版で350頁ほどの物語が、全編ほぼホテルの室内のみで進行。登場人物も主人公の男女コンビをふくめてぎりぎりまで絞られ、なるほどその辺は解説で権田萬次が語るとおり、ちょっとフランスミステリっぽいかもしれない。

 そっちの方向に本気になった笹沢作品なのでエロ描写は濃厚だが、おっさんが読んでドキドキワクワクするようないやらしさは希薄で、むしろあの手この手で官能描写を重ねる作者の手際に感心するばかりであった。エロとか官能とかいうより性愛小説に近いかも。
(あ、たぶん一番近いのは『サルまん』レディスコミック編の、作中サンプル・コミックだ。)

 ちなみに最もイヤラシイ、羞ずかしい、と思ったのは、ヒロインの世志子が自分に凌辱行為を重ねる中戸川に向けて、殺してやる! と刃物を突き立てたところ、中戸川の方がそれを黙って受け、流血の傷を見てなぜか罪悪感を抱いた世志子が、彼の手当てをする場面。ここが文句なしに一番いやらしい。顔が真っ赤になる。

 ミステリとしてはさしたるサプライズもなく、最後の決着も共感できる反面、今風にいうなら「めんどくさい」ものの考え方。
 そういう不器用さを最終的に作品の背骨にする笹沢の官能純愛ロマンが炸裂、という印象であった。

 ちなみにAmazonのレビューで初期の笹沢作品(『霧に溶ける』とか)みたいなのを期待して読んだら、こんなのだったのでガッカリした、星ひとつという評があって笑った。いや、そりゃ、あーた……。


No.1769 7点 デス・トリップ
マイケル・ブレット
(2023/04/19 07:10登録)
(ネタバレなし)
 「おれ」ことニューヨークの私立探偵ピーター(ピート)・マクグラスは、元カノの美人モデル、エレイン・ファーノールから相談を受ける。それは4カ月前に事故死したとされる、エレインの友人ベヴァリー・ハルショーに関するものだった。ベヴァリーは死んだ当日、LSDパーティに参加し、精神の均衡を失ったなかでビルの高い階から転落したと思われていた。だがそのベヴァリーの死後、ルームメイトのエレインの周辺が家探しされ、故人の遺品が散策されるなどの不審な気配がある。それで友人の死に事件性を感じたエレインは、再調査をマクグラスに求めたのだ。依頼に応じ、当日のLSDパーティの主催者や参加者に接触するマクグラスだが、そんな彼の周囲には続々と死体の山が築かれていく。

 1967年のアメリカ作品。
 1966年歳末~68年のわずか2年強のあいだに、いっきに10本もの長編作品が執筆刊行され、そしてその後、まるで嵐が過ぎ去るようにアメリカのミステリ文壇から完全に消えてしまった作者マイケル・ブレットによる、私立探偵ピーター・マクグラスものの第6長編。
 ちなみに本シリーズの邦訳は現在まで、河出書房新社の叢書「アメリカン・ハードボイルド・シリーズ」に収録された、この本作しかない。

 その叢書「アメリカン・ハードボイルド・シリーズ」の企画主幹で監修者の小鷹信光が、1970年代の前半からミステリマガジンの連載エッセイ「パパイラスの船」などで、まったく未訳のうちから話題にしていたシリーズである。
 だからその程度には、評者のような世代人ミステリファンには馴染みがあるシリーズだが、まあ2020年代の現在では、ほとんど無名な、忘れられた作家で私立探偵ヒーローで、そして邦訳作品であろう(苦笑)。
(ただし、くだんの「パパイラス」や、本作・本書の巻末の解説で紹介された、マクグラスシリーズ全10作のそれぞれの梗概をざっと覗くと、けっこう面白そうなものがいくつかある。)

 その紹介を務めた小鷹本人も語るとおり、主人公の私立探偵マクグラスのキャラクターそのものにはさしたる深い書き込みの類などはなく、事件のなかで真相の解明に努めてときに命がけの防衛戦にあたる、あくまで役割ヒーローだが、それはそれとして動的な物語の筋立てと、そのなかで運用される探偵ヒーローとの的確なマッチングは、なかなか心地よい。

 マクグラスは周囲の人間との距離感や互いの絆も、また内なる良心も、そして社会常識もかなり真っ当でクセがない(NY市警の友人であるダニエル・ファウラー警部との連携も潤滑で、極力、小細工なども避けて、事件の情報も適宜に官憲側に提供する)ので、ほとんど個性は強くない。
 先輩の私立探偵ヒーローたちでいうなら、記号要素をあまり実感できない、マイケル・アヴァロンのエド・ヌーンあたりに似ているかもしれない(まあ本書一冊読んだだけなので、そう多くの情報が得られたわけでもないのだろうが)。

 ただしそれだけに、本作のようなちょっとヒネった決着(もちろんここでは詳しくは書かないが)の場合、地味で無色感の強い私立探偵の迎えた事件の終焉が、妙にしみじみダイレクトに読み手の胸に染みて来る趣もある。主人公のクセのない等身大さゆえに、読者の共感を妙に手繰り寄せる感覚というか。この辺をもし書き手の計算で演出しているなら、結構な手際、ではある。
(もしかすると、その辺りの長所ゆえ、シリーズ全10作の中から本作が代表篇としてセレクトされたのか?)
 
 マクグラスが調査に歩き回る際、彼の視界にたまたま入るモブキャラの点描、たとえば夫婦喧嘩とか、恋人同士の愛のささやきとか、そういったニューヨーク市街の情景の断片を随時潜り込ませる小説作法などもちょっと印象的で、その辺の呼吸も慣れてくるとクセになるような引きがある。

 トータルでいうなら、ジョン・エヴァンズとかの一流半ランクにも届かない軽ハードボイルド私立探偵小説ミステリということになるかもしれないが、前述のようにフラットでシンプルな形質の私立探偵ミステリだからこそ、どこかに香ってくるような「苦くて切ないハードボイルド」の趣も認められ、好感のもてる佳作~秀作ではある。
(付け加えるなら、(中略)に思わせて、結局はちょっと(中略)っぽいポジションに落ち着く、某サブキャラとかもイイね。)

 シリーズの残りの未訳9長編のうち、あと2作3作、さらに今からでも紹介してくれれば嬉しいが、まあ……望みは薄いだろうな(苦笑)。
 これだから原書では何冊も書かれているのに、日本には一冊しか紹介されてないシリーズものの翻訳ミステリを読むのは、いつもいささか微妙な気分だ。
 もうちょっと付き合ってみたいな、この主人公やメインキャラにまた再会したいな、と思ったときの気持ちの行き場が、それこそないのだから(涙)。


No.1768 7点 不自然な死体
P・D・ジェイムズ
(2023/04/18 09:09登録)
(ネタバレなし)
 その年の10月。恋人デボラ・リスコーとの今後の関係に気を揉むアダム・ダルグリッシュ警視は、休暇を利用して、ロンドンから離れたモンタスミア岬に暮らす叔母ジェインのもとに向かう。すでに土地の人々の多くとはそれなりに面識のあるダルグリッシュだが、地元では作家モーリス・シートンが行方をくらましていた。やがて岬の周辺の海岸には、両手首を切断されたモーリスの死体を乗せたボートが漂着する。

 1967年の英国作品。ダルグリッシュものの長編第3弾。
 今回、ポケミスで読んだけど、当時の早川、これ、翻訳権独占してないんだな。ちょっと驚き。

 初期三冊の中では、良くも悪くも、一番フツーのミステリっぽい……ようなそうでないような。
 まあ、第二部のロンドンでの捜査パートなんか、いかにもプロ警察官が探偵役の英国ミステリ風なんだけど、妙にとんがった仕上がりぶりを感じる。ジェイムズのコアな筆致が、叙述対象のモチーフと化学反応を起こして、相応にヘビーな質感を生じさせたか。
 
 とはいえ終盤の、それまでの「タメ」を解放した盛り上げはかなりの迫力で、犯人像も相応に強烈。とはいえ、その辺が逆に、ジェイムズらしくない気もしないでもない。少なくともこの作品に関しては。
 
 しかし、うっかりすると読み落としそうになるくらい、さりげなく重い切ない叙述を忍ばせるあたりは、やっぱりこの作者らしい。

 ジェイムズの初期作品3冊のなかではさすがに一番落ちるんだけど、それでも6点はちょっと厳しすぎるということで、7点。
 まあ『ある殺意』は7点の上、こっちは7点の下、というところだ。

 最後に、地の文で、同じ登場人物の名前表記が、ときにファーストネーム、ときにハウス(セカンド)ネームになったりで、微妙にイライラさせられる。これって原文からそうで、邦訳がその辺のニュアンスを拾ってるのなら仕方ないけど。


No.1767 6点 都会の狼
高木彬光
(2023/04/17 04:57登録)
(ネタバレなし)
 昭和37年8月の宮城刑務所。暴力団・末広組の若手幹部で、対抗勢力の大物を射殺したのち自首して服役していた模範囚・安藤健司は、かねてより旧知の間柄だった死刑囚・小山栄太郎の刑の執行を見届ける。所内で健司と運命的に再開した小山は、終戦直後に健司と彼の母が大陸から引き上げる時に、命がけで面倒を見てくれた大恩人であった。その小山は強盗殺人の嫌疑で逮捕され、死刑の判決を受けていたが、最後まで己の無実を叫びながら、死刑台の露と消えた。そして昭和40年。仮釈放になった健司は、小山が「真犯人かもしれない」と告げた本名不明の男「ザキ町のジャック」を捜すが、かたや職務で小山の死刑に立ち会った青年検事・霧島三郎もまた、かの小山は冤罪ではなかったかと疑問を抱いていた。そんななか、健司の周辺で予期せぬ殺人事件が。

 霧島三郎シリーズ第四弾。これまでの三冊はカッパ・ノベルスで読んできた評者だが、これは本シリーズで初めて角川文庫版で通読。
 500頁の長丁場で読むのに二日かかったが、もともとが小刻みに山場を設けた新聞小説という形質のせいか、リーダビリティは良好でサクサク読める。

 作劇の上では霧島三郎と並んで、健司がもうひとりの主役だが、これはシリーズ4弾めに際して、少し幅を広げた方向でやってみようとした感じ。
 出所した主人公がヤクザ世界との距離感を絶えず気にしながら、ニセ私立探偵の風体で過去の事件を散策して回る図は、昭和の通俗ハードボイルドっぽいが、これはこれでなかなか面白い。
 読み進めるこっちも、どうせそのうちどっかのタイミングでパズラーっぽく転調するんだろうという期待感もあって、その辺のワクワクぶりも心地よい。

 でまあ、真犯人というか、事件の真相はかなり意外であった(といいつつ、先読みできた部分もあるんだけれど)。
 この長さに見合う密度? 結晶度? かというと、やや微妙だが、読んでるうちは楽しめて、最後の背負い投げはかなり鮮やかに決められた思いはある。
 評点は、7点に近い、この点数で、というところで。

 なお角川文庫版の解説は山村美紗が書いてるが、いささか無神経に自分の主張ばっか述べていて(その内容自体は、まあまあよいのだが)、かなりネタバレ気味なので、本文より先に読まない方がいいよ。 


No.1766 9点 わが子は殺人者
パトリック・クェンティン
(2023/04/15 21:02登録)
(ネタバレなし)
 1950年代のニューヨーク。「私」こと43歳の出版社代表ジェーク・ダールスは、19歳の息子ビルとの不順な関係に苦悩する。ジェークの妻でビルの母フェリシアは、3年前に謎の投身自殺を遂げ、その事実は遺された父と子の間にいまも暗い影を落としていた。そんななか、ジェークの元学友で先輩、そして現在は出版社の上格の共同経営者である52歳のロニイ(ロナルド)・シェルドンが、半年に及ぶ欧州での外遊兼出張から戻ってくる。ロニイは、英国のマイナーな中年作家ベージル・レイトンを埋もれた才能としてスカウト、その家族をともに随伴して帰国し、そしてベージルの一人娘で19歳の美少女ジェーンを年の離れた新妻として迎えていた。事件はここから幕を開ける。

 1954年のアメリカ作品。
 作家チームの組成が変遷したクェンティンの著作としては、ヒュー・キャリンガム・ホイーラーの単独執筆になってからの初期の長編のようだが、シリーズの流れとしてはおなじみピーター&アイリス夫婦もの(パズルシリーズ)、およびその派生作品としてスタートしたトラント警部(警部補)シリーズ、その双方の世界観を継承。本作でもその3人がメインキャラクターの一角として相応に活躍する(初登場の本作の主人公ジェークの実弟が、おなじみピーター)。

 ジェークとビルの為さぬ親子関係? ジェークとロニイとの長年の友情? の二つを表向きの主な機軸に物語は進むが、サスペンスフルかつドラマチックな作劇は、読者に向けて最大級の求心力を発揮。
 研ぎ澄まされた叙述のスマートかつ歯応えある小説技法も踏まえて、たぶん本作こそ、クェンティン作品類作のなかでのベストワンであろう(と言いるつつ、評者もまだまだ読んでない作品も多いけどね・汗)。

 終盤の、おお、ついに……と思いきや、そこから二重三重に引っかえされる真相のドンデン返しの高揚感、これでもかこれでもかと、すでにグロッキーの読者に続けて何発も手刀を打ち込んでくる重量級レスラーのような作者の手際で、まさにサプライズのつるべ打ち。
 そして最後にミステリとしての意外な真相が明かされたのちに際立つ、あまりにも(中略)な現実……。すげーな、おい……シムノンかロス・マクの上位作のごとき作品だよね、コレ。もちろん、あまり詳しくは書けませんが(あ、ことさら、特定の作品を連想した物言いではない。ネタバレ回避は意識してるので、念のため)。

 本サイトのレビューでも、総レビュー数こそ3本と少ないものの、平均点9点と異常なほどの高評価! 少し前に駅前の古書市で、たぶんすでに一冊持ってるんだけど、100円棚にあって安かったから購入した一冊を今回はじめて読んだけど、背骨がビビるほど面白かった。
 
 181頁目の、ジェークとトラントの会話、いいよね。
 236頁の最後の1行から、次の237頁の最初の2行までの3行、
 この短い3センテンスにどれだけの情報量が込められているか!?
 いや、サイコーだよね。

 パズルシリーズの正編は、もう全部楽しんじゃったとか言ってるそこの方、ぜひコレも忘れず読んでください。

 10点あげようか迷ったけれど、とりあえず、この評点は確保! として、まず9点。 


No.1765 7点 星くずの殺人
桃野雑派
(2023/04/13 13:27登録)
(ネタバレなし)
 20XX年(2020~30年代らしい)7月。民間企業ユニバーサルクルーズ社の雄翼型宇宙船「HOPE!!号」は2名の乗員と6名の乗客を乗せて、地球の軌道上にある宇宙ホテル「星くず」に向かう。だがホテルに到着した一同の前に、不可解な変死が発生した。

 先の乱歩賞受賞作は未読なので、この作者との縁は本書が初だが、設定が面白そうなので手に取ってみた。

 近未来SF的なシチュエーションは、殺人事件そのものの不可能性を高める演出の類に寄与するものでは特になく、その辺りは、期待したものといささかニュアンスは違った。
 が、舞台装置、あくまで少人数で進む作劇、話の転がし方、そして昭和の児童向け科学読み物に触れる際のそれっぽいサイエンス描写など、個人的には結構ツボにはまった作品であった。
(なにより全編に漂う、近未来時代的なロマン感が良い。)

 頭数が少ない分、登場人物の描き分けは悪くなかったが、後半、いささか思うところはある。ただし文句を言う筋のものでもないのであろうから、その辺はムニャムニャ……。
 動機に関しては、そういう文芸かと軽く驚いて、相応に感心。

 叙述や話の組み立てを整理しきらないで、書き手の書きたい気分なのであろう場面を優先して綴っちゃった部分もそこかしこにあるような印象もないでもないが、自分的にはトータルとして好感触の一冊ではある(あえていうなら不満は、さっきちょっと言いかけた……)。
 佳作~秀作。


No.1764 7点 ゴジラ
海原俊平
(2023/04/12 19:49登録)
(ネタバレなし)
 昭和29年8月17日の午後7時。南太平洋から日本に向かう貨物船・栄光丸が、謎の海難事故を起こして消息を絶った。その後も海洋の事件は続発。2年前の明神礁のように海底火山の影響かと思われるが、それこそは日本全国を、いや世界を震撼させる大事件の幕開けだった。

 1984年歳末の『(新)ゴジラ(「ゴジラ1984」)』公開に合わせたメディアミックス企画で刊行された、1954年の「初代ゴジラ」の方の公式ノベライズ。
「初代ゴジラ」のそれまでのノベライズ(メディアミックス原作)は、広義のものをふくめて香山滋のものが二つあったが、ひとつは映画に先行して放送されたラジオドラマがベースのシナリオ形式、もう一つはジュブナイルということで、一応は一般読者向けの小説版は当時のこれが初めてだった(そして2023年の現在でも、これが最後で最新の初代ゴジラの小説版ということになる)。
 まあ刊行レーベルは、やはり広い意味のジュブナイル叢書といえる、講談社X文庫だが。
 
 著者は海原俊平なる御仁。この一冊以外では全然、聞かない名前だが、たぶん講談社の周辺か、SFまたは特撮ファンダムゆかりの、どっかの業界人かセミプロの別名ではないかと思う。正体が判明したら、ああ、あの人だったのか、とかありそうだ。

 で、本小説版の内容は、原作映画とほぼ同じ。95%は映画の大筋をなぞるが、それでも小説の細部では、ゴジラが海上で暴れるオリジナルの描写とか、炎上する東京の大参事をテレビで観て改悛する山根博士の図とか、ゴジラ事件の推移に一喜一憂する市民の叙述とか、恵美子や芹沢博士の踏み込んだ内面描写など、本当に5~10%くらい小説独自の叙述があり、そこがこのノベライズ版の価値になっている(ちなみにあの有名な「もうじきおとうちゃまのところに……」の母子については、この小説独自の解釈で叙述。これを公式設定にしていいのかね?)。

 まあオトナも読める仕様とはいっても、あくまでX文庫での刊行だから文章は平易で間口は広く、その分、小説としてのコクはそんなに無いが、評者のように少年時代にNHKの夕方の放映で初めて原作映画に接し、そのまま数時間後に『ウルトラマン』「禁じられた言葉」を観て以来、すでに十数回、劇場やテレビ、パソコンで初代ゴジラを繰り返し再見してきた身には、なかなか興味深かったりする(もちろん、今回の通読も、久々の再読ではあるが)。
 
 ゴジラ小説としては他に、同じX文庫版の『モスラ対ゴジラ』(これは傑作)とか、『VSビオランテ』とか『VSギドラ』とか、小説独自の筆が暴走したとんがったものがいくつもあるので、トータルとしては地味めな本書(X文庫版初代ゴジラ)だが、今回再読してこれはこれで楽しめる一冊と実感。今さらながらに、当時のX文庫でもっと歴代ゴジラ映画の小説を出してほしかったな。
 2010~20年代のアニメ版ゴジラのノベライズも、そのうち読んでみよう。特にアニメ映画版の小説版は、かなり評判いいみたいだし。 


No.1763 8点 禁じられた館
ミシェル・エルベ―ル&ウジェーヌ・ヴィル
(2023/04/11 14:53登録)
(ネタバレなし)
 モンルージュ食品の社主で50歳代の独身富豪ナポレオン・ヴェルディナージュは、知人の公証人ラリドワールの斡旋で、郊外のマルシュノワール館を購入。だがそこには、最初の建築施工主で館の主のとき以来、不穏な出来事が断続していた。それでも気丈に館の主となるヴェルディナージュだが、そこに館から退去しろ、さもなくば身の危険が生じるとの差出人不明の警告状が繰り返し届く。そしてついに惨劇が起きるが、謎の殺人者は包囲された館から忽然と消え失せた?

 1932年のフランス作品。

 地味に昨年の後半から、Twitterでの訳者当人のつぶやきから、ミステリファンの間で鳴り物入りになった一冊。
 
 良い意味でごく直球、外連味ばっかのフーダニットパズラーで、なるほどとても楽しく読めた。
 犯人もシンプルながら、これはこれで意外。

 とはいえ、これ、密室の……(中略)。

 あと、306頁での年齢の自己申告、おかしくないですか? 若すぎるよね? 公の場でサバ読んでるのか。

 まあ、とにもかくにも、発掘翻訳がとても嬉しい作品ではあった。
 もっともこの好反響の熱気が、歳末~年明けのあちこちの本年度翻訳ミステリベスト投票の時期まで、テンション維持されるかというと、なんかちょっと不安な気もするのだが。
(逆に言えば、これが今年度のベスト上位クラスと、この時点でひとつ確定してしまっては、ちょっと物足りなくも思うのだ。)


No.1762 8点 まだ出会っていないあなたへ
柾木政宗
(2023/04/10 08:05登録)
(ネタバレなし)
 それぞれの場で語られる、個々に切ない思いを宿した者たちの4つの物語。それは――。

 ……どこかで、いやあちこちで、かつて見たような既視感もたしかに生じるのだが、その上で「とても良かった」と強い感慨を抱く、ヒューマンドラマミステリの優秀作。

 6年前にデビュー作『NO推理、NO探偵?』を書いた作者がずいぶん遠いところに来てしまったなあ、と、ほぼリアルタイムで全作、付き合ってきた身としてはしみじみ。

 で、単品での本作をホメること自体は、まったく、やぶさかではないものの、こっちの方向で実績を積んでいく(あるいは新規の読者に反響が広がる)と、作者のディフォルトの「アイとユウ」&「朝比奈うさぎ」の両シリーズがポロっと忘れられそうで、ソレだけがすこぶる心配(笑・汗)。双方のシリーズもまたそのうち、ぜひとも新作が読みたいもんです。

(つーか、作者が<新境地>に乗り出して、その反動でうっちゃられていった、かねてよりの新本格系の名探偵キャラクターって、存外に多いからなあ……。同じ轍を踏まないように、願いたいモンである。)


No.1761 7点 ねらった椅子
ジュリアン・シモンズ
(2023/04/09 16:38登録)
(ネタバレなし)
 その年の春。「わたし」こと、ロンドンの「グロス出版社」に勤務する37歳の編集者デイヴィッド(デイヴ)・ネルスンは、新創刊される犯罪実話系ミステリ雑誌の編集長の座を期待していた。が、社内でも下馬評は高かったはずだが、結果は年長の同僚で微妙になさぬ仲のウィリー・ストレイトにその座を奪われる。納得できないデイヴだが、やがて会社の周辺で予期せぬ殺人事件が発生。デイヴは事件に巻き込まれていくが、そんななか、彼は結婚8年目の32歳の妻ローズの意外な事実に触れる。

 1954年の英国作品。シモンズの第6長編で、作者の著作の日本での邦訳は、あの異色作の第4長編『二月三十一日』(原書は1950年)に続き、これが二冊目だった。
 
 旧クライムクラブ版で読んだが、実は数年前に何らかの流れで巻末の作品解説をリファレンスしようと思ったところ、終盤のページが目に入ってしまったようで? これこれこういうような記号的な立場の人物が犯人だと、認識してしまったつもりでいた(涙)。それゆえ読む意欲が相応に減退し、ずっと放ってあったが、昨夜は(自分にとっての)キズモノの作品をとりあえず一冊消化するような気分でページを開いた。
(先に結論だけ言っておくと、見たつもりの真犯人の情報はまったく錯覚であった(安堵)。まあ、こういう事は、さすがにちゃんと実物を読むまでわからないし(苦笑)。)

 内容の方は、あのニューロティックな『二月三十一日』の次の次の作品がこれかい? と後から思わず思わされるような、王道・正統派の半ば巻き込まれ、職場ものサスペンススリラー、一方でフーダニットパズラーの趣も濃厚。
 お話の流れもフレドリック・ブラウンのノンシリーズ編みたいな、良い意味で軽妙な50年代アメリカ作品のごとき作り。主人公の動きと、向こうから到来するイベントの組み合わせが心地よく、かなりリーダビリティは高い。
 作風に幅があり、いまいち作家性を大づかみに語りにくいシモンズだが、これは著作のなかでもトップクラスにとっつきやすい一冊であろう。
  
 前半から、先述のように、中規模のイベントが続出。そのなかで主人公デイヴがさる案件に着目し、そこからまた話が転がり、現状の事態の外側にストーリーが広がっていくあたりなど、実に小気味よい。
 ただし犯人(というか秘匿されていた……)は、ミスディレクションが見え見えで、あー、これは……と予期したら、大方は正解であった。というか、デイヴも<そっちの方>へも頭を回せよ、という部分がなきにしもあらず。
 そんなわけで謎解きミステリとしてはやや弱いなという部分と、それなりに組み上げた筋立ての良さが相半ばで、まあまあ佳作の上というところか。

 ただし全体のストーリーとしては、そんなミステリ部分の骨子すらひとつの大きなパーツとして取り込んだ50年代の欧米作品としてけっこう心地よい。単純に好感を持てるか否かといえば、間違いなく前者。
 なんというか、旧クライムクラブという叢書の雰囲気には、すごく似合った一作ではあった(あ、厳密にいうと、現代推理小説全集あたりの方が、よりピッタリだった感じもするか)。評価は0.25点くらいオマケして。


No.1760 8点 「新青年」の頃
評論・エッセイ
(2023/04/08 16:06登録)
(ネタバレなし)
「あの」夭逝した渡辺温の、その補欠要員的な立場で、博文館に入社。「新青年」の編集者として活躍したのち、後年は(本サイトの参加者なら周知のとおり)クリスティーやクロフツ、ガードナー、マクリーン、ポーターそのほかの海外ミステリの翻訳家としても多大な業績を遺した文人・乾信一郎の、青年時代を主軸にした自伝・半生記風のエッセイ集。

 ミステリマガジンに89~90年にわたって掲載された連載版は当時、楽しんで読んでいた記憶がうっすらあるが、定本としてまとまった書籍の形で読むのはこれが初めて。
(数日前に、気が付いたらもう始まっていた駅前の古書市で、帯付きのハードカバーを300円で買ってきて、すぐ読み出す。)

 新卒の著者が運命的ななりゆきで博文館に入ったら、同期の新入編集者で荒木なる中年の御仁がいて、これが実は橋本五郎(『疑問の三』)だと判明したり(お~~!)、前述の渡辺温の事故死が自分のもとに来る途中だったという縁から谷崎潤一郎がすごく罪悪感を覚えているという逸話が語られたり、とにかく昭和前半の博文館周辺の文壇の話題がすこぶる面白い(松野一夫だの、小栗虫太郎だの、延原謙だのに関しても、愉快なエピソードがいっぱい)。

 著者が、部数が落ちた博文館のエロ読物誌「講談雑誌」の立て直し? を任されて苦闘の末に挽回。その中で、捕物帖というジャンルを育てようと思い、横溝に『不知火甚左(不知火)捕物双紙』の執筆を打診。これがのちの『人形佐七』に繋がっていくことなども初めて知った(昔、ミステリマガジンで読んでいたら、確実にこの辺は忘れているな・汗)。
 乾信一郎がいなければ、日本の捕物帖という文藝ジャンルは、確実に別の進化の経路を辿っていたであろう。

 ご町内の好々爺から、問わず語りを聞くような趣の内容はしばし脱線もするが、ユーモラスな語り口での回顧譚は、その辺のブレ具合もまた味という印象に転じる。
 読んで本当に楽しかった一冊。

 論創から刊行が予定されている乾信一郎のミステリ実作集も、早く読みたい。

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