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ミステリの祭典

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平均点:6.35点 書評数:2257件

プロフィール| 書評

No.1837 7点 毒蛇
レックス・スタウト
(2023/07/22 17:05登録)
(ネタバレなし)
 ネロ・ウルフのもとに、外注探偵チームのひとりフレッド・ダーネンが現れた。用件は、彼の妻ファニイの友人であるマリア・マフェイの兄で、金属細工師の青年カルロが行方不明なので、マリアの相談に乗ってほしいという。ウルフはマリアと面談ののち、「ぼく」ことアーチー・グッドウィンをカルロのアパートに調査に行かせる。アーチーはカルロのアパートで、彼がいなくなる直前、電話を受けるのを見たという女中頭で20歳くらいの娘アンナ・フィオレに出逢い、彼女をウルフの事務所に連れてきた。アンナに執拗な質問をしたウルフは、やがてとんでもない事を言い出す。

 1934年のアメリカ作品。スタウトの処女作(初のミステリ?)で、ウルフシリーズの第一弾。評者は、ポケミスの初版の佐倉潤吾訳の方で読了。

 何というか、単一の事件、一本の連続したお話ながら、読み進めるうちに作品の色彩がコロコロ変わる、カラフルなミステリという感じ。
 まったくの直感推理ながら、正に安楽椅子探偵の面目躍如のウルフの描写が前半から心地よく、この辺は確かによく言われるようにわずかな情報から仮説という名の真相を探り当てるホームズの直系。
 途中の主要&サブゲストキャラの物語の上での出し入れにも緩急があり、例によって登場人物表を作りながら読んだが、そういう面でも実に楽しい。
 ホワットダニットの興味、犯人捜しの謎解きものの興味、アーチーを軸にした私立探偵捜査ものの面白さ、そして途中でほぼ犯人が確定したのちは、探偵側と犯人との対決……と、取り揃えて、前述のように多層的な賞味部部が楽しめる。アーチーのぼやきユーモアもこの処女作の時点からすこぶる快調。
 まあ書き連ねていくと、あら? 思った以上にいつものウルフものじゃないの? という気が自分でもしてきたが、まあ本作はいきなり最初っから、その辺の諸要素のかみ合わせを、かなり良いバランスで消化している。そしてその配列というか、順々にいろんな興味を並べていく配材の仕方が絶妙で、つまりはそこが面白さの秘訣であろう。

 ちなみに終盤に関しては、もっと悪と正義の側の対決ものっぽいサスペンス感を演出すればいいのに、と思わないでもないが、まあその辺は同時代の欧米作品にいくつか、かなり強烈なその手の先行作品があるから、あえて差別化を図ったんだと勝手に観測。当たってるかどうかは知らんが。
 そう見ていくと、山場のウルフ一家のかなり狂騒曲的な作戦も、探偵たちの臨戦態勢の緊張感の裏返しという印象で面白かった。

 あとタイトルについて(中略)と予期していたら(後略)。

 雪さんのレビューにある、シリーズのなかでもかなり読みやすい一冊、というのはまったく同感。なんとなく結構ややこしそうで、悪い意味で歯応えのありそうな内容と予見していたら、口当たりの良さに驚いた。
 なんであの登場人物がああいう理屈に合わないことをしたのか、の細部での説明もなかなかいい。ああ、なるほどね、とストンと納得できる。

 良い意味で、8点はあげなくてもいいでしょ、と思うものの、結構な秀作。ウルフシリーズの長編のなかでも個人的に上位にくる一冊で、現状はこれか『ラバー・バンド』『黄金の蜘蛛』あたりかな。


No.1836 8点 首無の如き祟るもの
三津田信三
(2023/07/21 07:53登録)
(ネタバレなし)
 本シリーズの長編は、2018年以降の新刊分と並行して、既刊を第1作から順に読み始め、後者の流れでついに、本サイトオールタイムベストワン(現在は違うが1年くらい前はそうだった)のここまで来た。

 大技に関しては、国内ミステリの大名作へのリスペクトを感じたが、決してその一発芸だけの作品ではない。読者のツッコミをあれやこれやと書き手が予期して、イクスキューズを満遍なく用意しておく。浜尾四郎の『殺人鬼』のクライマックスみたいな丁寧さだ。

 終盤のエンドレス・シーゾーゲームといえる趣向には愕然としたが、一方でそのおかげで本作はシリーズのベストワンというより、異色作の方に行ってしまった感がなくもない。
 あと、120%野暮を承知で言うが、そもそも作中のリアルとしてくだんの大ネタ自体がかなり難しい、とも思う。

 読んで良かったとは確実に思うが、一方で現時点でさえ、シリーズ中のマイベストワンは他の作品にしたいなあ、という感じ。

 何にしろ、まだシリーズ正編のうちで、未読のものが長編3冊、短編集1冊あるよ。少しずつ消化するのが実に楽しみ。


No.1835 8点 八点鐘が鳴る時
アリステア・マクリーン
(2023/07/20 20:47登録)
(ネタバレなし)
 1960年代半ば(たぶん)のアイルランド諸島。海洋学者ピーターセンの偽名で現地に来ている「おれ」こと38歳のフィリップ・カルバートは、親しい二人の「仲間」を失い、自分自身も命の危機に晒された。自分の直属のボスでクセの強い人物「伯父(アンクル)アーサー」こと海軍少将アーサー・アーンフォード・ジェイスン卿の指示を仰ぎながら、カルバートは<とある事件>の実体を探るため、応援で派遣された海軍航空隊の青年スコット・ウィリアムズ中尉とともに、現地の調査を続けるが……。

 1966年の英国作品。別名義ふくめてマクリーンの第12作目の長編。完全に脂が乗って来た時期というか、十八番のマクリーン、パターン<いきなり(読者にとって)五里霧中のなかでの、主人公のクライシスシーン>に読み手を強引に付き合わせ、しかも危機状況のデティルを克明に描写。
 なんだなんだなんだ……と思わせながら、それでも読者の鼻面引き回して強引に作者のペースに持っていくマクリーンの盛り上げ方、今回もこれが全開である(笑)。

 マクリーンは、現代にいたる英国冒険小説の歩みの中で確実に「いったい何が起きているのか!?」という「ホワットダニット」の興味で読者を刺激する作法を最も有効に用いた作家のひとりだと思うが、とはいえもともと、こんな作法はヴェルヌの『二年間の休暇』など多くの先駆があるはずだし、決して珍しいものではない。
 
 もちろん、本作の先のレビューでTetchyさんがおっしゃられたような、いつまで読者に事件・事態の全体像を秘匿するのか、いい加減にしてほしい! という主旨のお怒りは、まったくもって素直で順当、健全な感慨だとは本気で思う。ときには私(評者)自身も、マクリーン作品に同様の感慨を抱くこともないではないからだ。

 一方で、評者は幸か不幸か、一番最初に十代半ばに出会ったマクリーン作品が、あの(当時、小林信彦や石川喬司とかが絶賛したような記憶がある)『恐怖の関門』である。冒頭いきなり、一人称の主人公が、裁判所から少女を人質に車で逃走、官憲そのほかの追撃をかわしながら、<いったい、なんで主人公は、なんのためにこんなことをしているのか!?>と当惑しながら読み進め、ようやく終盤になって愕然とする真相が明らかになる。
 いや、自分は、正にその『恐怖の関門』で原体験的に、絶頂期・黄金期マクリーンの醍醐味を知ったのだよ(笑)。

 先の『二年間の休暇』(十五少年漂流記)といえば、ドラえもんの中盤の某エピソードで、ドラがのび太に未来の道具を使って名作文学の面白さを啓蒙する回があり、そこで物語の冒頭、いきなり漂流シーンから始まった内容に接したのび太が「なんで子供だけでイカダ(船だったかな?)に乗ってるの?」とドラに尋ねる。そこでドラは一言「しー、黙って、物語に付き合っていれば、わかるよ」という主旨の言葉を返す。
 まさに、物語(のある種の作品)とはそーゆーものだと思うし、そしてまたのび太の反応も健全で自然だとは思うものの、読み手の方もまた、そういう種類のある種のじれったさをまた、送り手の演出として愉しむくらいの余裕があっていい、とも感じるのだ(くれぐれも、Tetchyさんに対して、不敬な物言いをする気などは毛頭ないのですが……汗)。
 
 つーわけで、良い意味で本作は評者の、マクリーン、かくあるべし! という期待の念に応えてくれた快作であった。
 ちなみに中盤からのストーリーの流れは、マクリーンがさる先輩の英国冒険小説作家の作品を意識し、自分なりにその本家取りをやりたかったんだろうな? という気配を感じるが、本作の中盤以降の展開のネタバレになりそうなので、その辺はムニャムニャ……。

 とはいえ、予期したように全体としては楽しい作品だったものの、実を言うと最後まで読むと、あるポイントで思うことがないこともなく、0.5点ほど減点しようかなあ、とも考えかけた。まあ、7点か迷った上で、この評点ということにしておく。

 やっぱ、エンターテインメント路線に本格的に舵を切った時期のマクリーン、改めて面白いわ。
 いまの時代、あまり読まれなくなっているのが、実に惜しい(涙)。


No.1834 6点 ナイチンゲールの屍衣
P・D・ジェイムズ
(2023/07/20 03:16登録)
(ネタバレなし)
 英国はサセックスとハンプシャーの境のスプリングフィールドの町。そこにある大病院「ジョン・カーペンター病院」の付属機関である看護婦養成所で、ある朝、実地訓練中に、一人の看護学生が毒殺される事件が起きる。犯人が分からないまま捜査は進むが、やがてまた第二の事件が……。

 1971年の英国作品。ダルグリッシュ警視(本作から主任警視)シリーズの第四弾。
 実は評者の手元にあるポケミスは、1976年7月30日に作者が来日した際、SRの会のメンバーの一人として合同インタビューした際に、本人から直接、為書き付でサインを戴いたもの(評者の本名を、書いていただいてある)。
 で、その本の中身は、それから30数年目にして、ようやく初めて今回、読むことになった(汗)。お待たせして、すみません。

 実のところ、シリーズの流れの上でこの作品から本全体の厚みがぐんと増すこと、またミステリマガジンで以前に目にした記憶のある「ミステリとして、前代未聞のトンデもない趣向をしてある!?」との噂からかなり期待していたが、どうも何かどっかで認識の齟齬があったようで、楽しみにしていた<その肝心の趣向>が、最後まで出てこない?
(いや、そのウワサの関連の事象そのものは、たしかに終盤の方に登場したのだが……。)
 これにはうーん、とだいぶ興を削がれた(結局、誰のせいなんだか)。

 で、先に何人かの方が指摘されているように、謎解きミステリとしては存外に大味な作りという面もある一方、小説としてはかなり読ませる。
 長いヘビーなストーリーな一方、物語の構造としてはさほど複雑でもなく、やたら多い登場人物の情報が累積していくのを、延々とメモをとってまとめる作業が楽しかった。
 特に後半のマスタースン巡査部長の捜査上の奮闘ぶりは、なにこれ? 笑劇? という感じで爆笑させられる。作者がこういう方向の英国ユーモアを書けるのだとは、ちょっと軽く驚いた(まあ、これまでもその手の叙述に接していて、忘れてしまっている可能性もあるが・汗)。
 
 なおポケミスの登場人物一覧は、最初に出てきてすぐにいなくなる中年女二人なんか要らないとも思う一方、看護学生の中でけっこう重要なジュリア・バードウとか、もっと入れておけばいいのに、という名前が何人か抜けていたりして、かなり雑な印象。この辺、ミステリ文庫版ではどうなっているんだろ。

 で、翻訳の隅田たけ子さんは、たしか、前述の作者インタビューの際に、早川側が協力・手配してくれた同時通訳の担当の方だったと記憶しているので、あまり本書の訳文に文句言っちゃいけないのだが(汗)、モーリンとシャーリーの双子姉妹をまとめた人称代名詞を「彼ら」はないでしょう。「彼女ら」「彼女たち」じゃいけなかったんですか? 
 (女性を「彼」って『半七捕物帳』か!)
 まあ、引っかかったのは、そこくらいだけどね。

 トータルとしては、決して悪い作品ではないと思うけれど、期待が高すぎたためか、総体の評価はちょっと弱い。
 シリーズ初期4作の中では、これが一番オチる、ということになるのかなあ。

 でも、このサイン本は、今後も大事にさせていただきますけれど(笑)。


No.1833 6点 裁くのは誰か?
ビル・プロンジーニ
(2023/07/18 08:55登録)
(ネタバレなし)
 眠い目をこすりながら、朝まで読んで、

「♪驚けば それでいいんだ
  サプライズ それがすべてさ
  ひねくれて本を閉じた 僕なのさ」

 と、思わず「みなしごのバラード」の替え歌を唄い出したくなるような、そんなオチであった(……)。

 こーゆーのはキライではないが、格段スキ、というわけでもない。
 なかなかA級作家になれないプロンジーニ(とその弟子筋……というべきか、のマルツバーグ)だからこそ許された(……のか?)一発芸であろう。
 まあ後にも先にも、バリエーションはあちこちにありそうな気もするけどね。


No.1832 7点 仮面幻双曲
大山誠一郎
(2023/07/17 08:31登録)
(ネタバレなし)
 昭和22年11月。戦死した父の後を継ぎ、私立探偵業を営む圭介と奈緒子の川宮兄妹は、依頼を受けて滋賀県は、琵琶湖周辺の双竜町に赴く。そこは地方の大企業「占部製糸」が権勢を利かす土地だったが、先代社長の未亡人・喜和子が依頼人だった。現在の占部製糸は、生前に先代社長が後見した甥の青年・占部文彦が社長を務めているが、その双子の弟・武彦が、さる事情から兄の命を狙っているという。しかも武彦は整形外科医に自分の顔を変えさせ、文彦の周囲に潜り込んでいる可能性がある? 喜和子の請願を受けて文彦の護衛につく川宮兄妹だが。

 全面改稿された文庫版で読了。旧版は読んでない。
 裏表紙を見ると大胆なトリックを売りにしているようだが、確かに手ごたえのあるトリックが用意されている一方、むしろ犯罪の組み立て方そのものの方が面白かった。ちょっと(中略)のよくやる手を想起する。

 ちなみに読後に、本サイトのみなさんの感想(時期的に、どれも元版のレビューのようだ)を拝見すると、中盤のトリックは相応に旧版と新版で刷新されたようで、なんかその点では旧版の方が評者の好みに合うような気もする? いつか機会を見て元版を読んでみようか。

 探偵役の川宮兄妹は、明確に、かの仁木兄妹のオマージュキャラっぽく、それが耕助や終盤の由利先生の活躍する時代にとびこんできたみたいな立ち位置で、なかなかいい感じである。
 今回こうやって改訂版という形で復活したということは、作者の方も今後改めて、シリーズ化させる思惑があるのだろうか。それならいいんだけれど。

 ところで本作の世界観は、カーのバンコランもののそれを借款。つまりは広義でフェル博士とも、同じ作品世界にいるという二次創作的な設定なのね。
 だったらいつか、セミパスティーシュとして、その辺の海の向こうの先輩探偵たちと共演させてやってください。


No.1831 7点 その謎を解いてはいけない
大滝瓶太
(2023/07/14 16:11登録)
(ネタバレなし)
 左眼のみ天性の翠色の女子高校生・小鳥遊唯(たかなし ゆい)は、さる経緯から、一年中、全身黒ずくめの26歳の探偵・暗黒院真実(あんこくいん まこと/本名・田中友治)の助手を務めていた。そんな彼らはいくつかの事件に遭遇する。

 鳴り物入りの作品なので読んでみた。全5エピソードの連作中編集で、最後の二編が前後篇(これは目次でわかる)。
 
 1986年生まれの作者は現代文学やSF畑で近年話題の新人で、本作は初の単著そしてミステリとのこと。

 なるほど、いわゆるこじれた文体を自覚的に綴っている感じの文章は独特のクセがあり、全編にからむキーワードは「厨二病」「黒歴史」とのこと。
 この辺の相性からかAmazonでのレビュー、感想などは正に毀誉褒貶だが、謎解きミステリとしては、各編が意識的に投げた変化球がそれぞれそれなり以上に「新本格」になっており、評者個人としては結構楽しく読めた。
(個人的には3話の謎解きの流れと、最終編のなんか、昭和の「宝石」系新人作家ティストなトリックが受けた。)
 
 とはいえ、こんなクセの強い一冊だけに、話のネタ・真相、そしてキャラクター描写そのほかで、最後まで読むといろいろ思うことはあったりする。
(ここであと一言、モノを言いたいのだが、広義のネタバレまで警戒して口をつぐむことにしよう。)

 トータルとしてはフツー以上に面白かった。
 それで、だから(以下略)。


No.1830 5点 盗まれた完全犯罪
大谷羊太郎
(2023/07/11 15:29登録)
(ネタバレなし)
 春から三年生となるR高校の男子、坂口恵一は、受験勉強の合間に、テレビの倒叙ミステリドラマ「大都会ジャングル」を視聴していた。その日は前後編の前編で、何やらトリックを使ったゲスト主人公が被害者を転落事故に見せかけて11階の密室状況のマンションから転落死させる回だった。だがドラマと同じ時間帯に坂口家の近所のマンションの同じ11階で、ほとんど同じ状況の転落死が発生。恵一は、ガールフレンドである学友の後輩・柏木紀久子の兄で、自分も兄貴分のように思っている26歳の青年・俊明が殺人の容疑者になっていると知る。

 「高3コース」に76年4月号から一年間連載された、ジュブナイルの側面もあるフーダニットパズラー。
 ミステリドラマの内容と同じ形質で、同じ放映時間に起きた殺人事件、という趣向はちょっと面白いが、その高層階の密室での殺害トリックそのものは、警察がドラマ製作者から事情を訊くので、割と早々に読者にも明かされる。
 
 じゃあなんで犯人はこんなややこしいことをしたのかというホワイダニットと、連続殺人に展開する事件の謎の犯人を追うフーダニットの興味で後半を引っ張るが、最後まで読んでどちらもシマらない。特に後者は、読者の挑戦めいたものも終盤にあるのだが、特に決め手になる手がかりもないような……。前者も、<その目的>で得られるプラス要素より、なんだかんだで事件を目立たせてしまう~真相が暴かれやすくなるマイナスの側面の方が大きい気もする。

 あと、逃げ回りながら、妹の紀久子とアマチュア探偵役の恵一に支援を求める俊明、という作劇はわかりやすいサスペンスを狙ったものだろうが、饒舌に当人が内面を語り、その分、よほどの超ド級アンフェアでもしない限り、彼が犯人ではない=ジュブナイルだからどうせ最後は無事に助かるだろう? と推察してしまうのでほとんどスリルもテンションも生じない。なんだかな。
 
 ちょっと見の趣向は面白そうな感じなのに、実際の本編はアレな作品。本書が謎解きミステリとの出会いになって、なんだ今のミステリ、パズラーってこんなものか、と興味が減退した当時の読者が少なければいいんだけど。
(よくいえば、作者のあの手この手のサービス精神はキライではないけどね。) 


No.1829 8点 鋼の虎
ジャック・ヒギンズ
(2023/07/10 15:36登録)
(ネタバレなし)
 1960年代の半ば。インドと友好関係を結ぶチベットの小国バルブール。そこはわずかな地元民族が生活する貧しく荒涼とした山岳地帯だが、人々は日々を必死に生きていた。元英国海軍航空隊の中佐で、今は個人営業の民間パイロットであるジャック・ドラモントは、個人営業の民間パイロット業を営む。危険な山岳地帯を器用にこまめに飛ぶ彼はそれなりに稼いで、地元の人々と親交も結んでいたが、あるとき、地元の太守(実質的な国王兼僧侶)の息子で8歳の少年カリームが眼を負傷。英国の専門医に施術させるため、クェーカー教徒のアメリカ人女性で看護婦の資格を持つジャネット・テイトが来訪する。ジャネットと親しくなるドラモントだが、一方、バルブールとそれまでは微妙な関係を結んでいた、近辺の中共軍がいきなり侵攻を開始した。理由は中国国内の政情が不安なため「近隣の不穏な小国を粛清した」という実績を強引にでっち上げ、人民の目をそらそうという中国政府の意向によるものだ。中共軍は同時に太守を暗殺し、息子カリームの後見を名目にバルブールを実質的に支配しようとするが、ドラモントとジャネット、そして多くの民間人を含むバルブールの仲間たちはカリーム少年を連れ、険しい山路を超えてインドへ脱出を図る。

 1966年の英国作品。
 62年からマーティン・ファロン名義で著作を出していたヒギンズだが、そのヒギンズ名義でのたぶん第三長編。(ネットや印刷媒体の書誌リストは情報がバラバラで、正直よくわかりにくい。)
 
 文庫版で本文240ページと紙幅的には薄めの一冊だが、あらら……内容は意外に濃い。たぶんこれまで読んだヒギンズ作品のなかでは、最も早くA級作品の風格と密度を感じさせるものである。特に山場となる後半のエクソダス編の書き込みが若々しく、そして描写に過不足がない。細部につっこめば甘い部分が皆無ではないが、同じ英国冒険小説の先輩イネスの諸作や、ほぼ同時代のマクリーンの一部の作品(『北極戦線』あたりとか)に通じる、過酷な自然と闘い、追撃してくる敵を振り切りながらの逃避行が実に読ませる。キャラクターの配置も、犠牲的精神の勇者、お荷物キャラ、裏切者と良くも悪くも駒を揃えた印象ではあるが、良い感じでそれぞれの役割を消化。短めの物語に良好なバランス感を授け、一冊読み終えた満腹感を読者に与える。
 脂が乗り始める時期のヒギンズの、いわゆる、スイッチが入った一作であろう。

 評価は0.25点くらいオマケして、この高めの評点。

 ただしまあこれは、まだ習作期の作品だろうとさほど期待しないで読んだ評者が良い方向に裏切られた感があるからこの評点なので、もしかしたらこのレビュー(感想)を読んで、結構、面白いらしい? と当初から期待を込めて読んだら、減点法評価が炸裂しちゃうかもしれん(汗)。
 まあこれから読む人は、良い意味でフラットな気分で手に取ってくださいな。
 読書におけるT・P・Oほどコワイものはない、とは、大昔にミステリマガジンで誰かが言っていた名文句である。

 末筆ながら、評者は本作を、しばらく前にどっかの古書店で買った帯のない古書で読んだが、Amazonの書影を見ると当時の新刊の帯に「あのヒギンズの処女作」という主旨の惹句があったようである。……いや本書そのものの巻末の訳者あとがきで、(少なくとも本書以前に)『獅子の怒り』と『闇の航路』(ともに64年作品。どっちも原書もヒギンズ名義だったはず)があると記述。なんだろね、このジャロロ案件。


No.1828 8点 しおかぜ市一家殺害事件あるいは迷宮牢の殺人
早坂吝
(2023/07/09 08:38登録)
(ネタバレなし)
 2年ぶりの新刊だが、小ネタと大技の融合、さらにその練り込み具合は、作者の著作中でも上位に来るであろう。

 なんでこんな作品の構造になるか? という疑問が半ばで生じた時点で(中略)だが、そこからの奥行きの広がりが、とにかくすさまじい。
 手数の多さの上に、さらにそれぞれのギミックごとの演出が活きている。
 
 いや、あるところまで見破る人は、それなりにいそうだけれど、本作の価値はさらにソコの向こうの(以下略)。

 3時間かけずに読み終えられるリーダビリティの高さだが、中味は濃い。
 正直、ホメきったら負けな気もしないでもないし、限定ポイント的な減点法で引きずり下ろせそうな感覚もあるのだが(笑・汗)、一方で、この詰め込み感が結局はモノを言っている。

 うん、いまのところこれが、現時点での今年の国産ベストワンか? 
 久々に(?)、実にくっきりした「新本格」を読んだ。


No.1827 7点 アウト・オブ・サイト
エルモア・レナード
(2023/07/08 17:00登録)
(ネタバレなし)
 1990年代後半のマイアミ。州刑務所で懲役30年の実刑に服していたプロの銀行強盗で47歳のジャック・フォーリーは、囚人仲間ホセ・チリノ(チノ)の脱獄計画を看守のバップに密告。そのチノの脱獄自体を陽動にして、自分自身が脱獄する。フォーリーは塀の外の犯罪者仲間バディ・ブラッグと、そのバディが呼んだ協力者グレン・マイケルズの支援を得て、脱獄に成功するが、たまたま刑務所の周囲に居合わせた29歳の美人の連邦執行官キャレン・シスコ―に遭遇。やむなく彼女を車のトランクに載せて、逃亡した。妙な流れから、互いに好きな映画や俳優が一致するとわかり、おかしな親近感を抱くフォーリーとキャレン。だが逃亡中にキャレンは隙を見て脱出し、フォーリーは脱獄犯として警察に追われることになるが、妙な出会いをした男女の間には犯罪者と司法関係者という立場とは別の妙な感情が育ち始めていた。

 1996年のアメリカ作品。たまにはレナードでも、と思って、未読の本の山(というか山脈)の中から手に取った一冊。

 サクサク話が進み(ベテラン訳者・高見浩の筆のノリもいいのだが)、主人公コンビの男女の関係性はオトナ向けの渋い(?)ラブコメみたいで、その辺も良い。
 劇中で話題になる映画にレッドフォード主演の『コンドル』が登場し、グレイディの原作『コンドルの六日間』にまで話が及ぶのも、同書をむかし読んでいる評者などにはちょっとウレシイ。

 かたや、囚人仲間で主人公にも便宜を図ってくれていたチノをフォーリーが利用する辺りは、それってどうなの? と思わないでもないが、まあその辺はギリギリの部分では弱肉強食、裏切りも駆け引きもある悪党仲間の世界での不文律、ということであろう。少なくとも叙述はドライな一方で、フォーリーの方も最低限、引け目を感じる描写もあるので、読者的にはなんとなく丸め込まれてしまう。

 メインキャラクターの周囲に絶妙にクセのあるサブキャラを配置し、群像劇を盛り立てていく作者の手際は今回も鮮やか。フォーリーの友人で副主人公格のバディは、やがてグレンの仲間で中堅プロ犯罪者の「スヌーピー」ことモーリス・ミラーと関わり合うことになる。そしてそのモーリスの妻がバディに向かい、「もうあんたもモーリスの仲間だよ(あたしたちといっしょに地獄の道連れだよ)」とそっと囁くあたりの、不気味にゾクゾクさせられるテンションとか、たまらない。
 終盤はかなりコンデンスな展開で、嵐の瞬間突風のような感じだが、これはこれで妙な余韻を感じさせたりする。クライムノワールものの、佳作~秀作。


No.1826 5点 見ざる聞かざる
ミニオン・G・エバハート
(2023/07/07 18:04登録)
(ネタバレなし)
 世界大戦の拡大が予感される1940年代の初頭。カリブ海のジャマイカ諸島の一角にあるモンテーゴ・ベイの町には、元少佐で今は現地で農場などを営む富豪の実業家、50歳のアメリカ人、ロバート(ボブ)・デイキンの屋敷があった。ロバートは数年前に前妻チャーミアンと離婚し、その直後に今は25歳の若妻で、もとは名門クールマン家の出身だった令嬢エリザベスと再婚していた。だがエリザベスは年の離れた夫の酒好きに手を焼き、その心はロバートのいとこの息子で、かつてのエリザベスのボーイフレンドでもあった青年ダイク・サンダースンの方に傾いていった。そんななか、屋敷にダイクが、ロバートの片腕といえる仕事上の要人の女性ルース・レディングトンとともに来訪。微妙な空気が漂うなか、一人の生命が何者かに奪われる。そしてその現場には、見ざる聞かざる言わざるの猿の模型が、残されていた。

 1941年のアメリカ作品。マイナーメジャー? な女流作家エバハートの作品だが、これまで本サイトでもレビューがないので、そのうち本を購入して読んで感想を書いてやろうと思っていたが、先日の出先のブックオフで2003年の再版を250円で入手。昨夜読んだ。
 ちなみに評者はエバハート作品は、これで4冊目。地味にそこそこ読んでいる。

 主人公ヒロイン、エリザベスのよろめきメロドラマを主軸にした人間模様に、フーダニットのパズラーめいた(劇中人物の証言をもとに構成される不可能犯罪ものの興味もある)殺人劇が絡んでいくつくりで、その狙いはそれなりに面白い。

 ただし登場人物に総じて魅力がなく(各キャラの容姿とはか素性とかはそれなりに書き込まれているが)、特に何人かの周辺の男性の間を右往左往するエリザベスも、彼女に言い寄る男連中もあまり感情移入できないので、お話がいまいち盛り上がらない。中盤、エリザベスの危機の描写なんか、もうちょっと盛りあげられたと思うんだがな。
 一方で、ロバートの先妻や、仕事上の片腕役など、年増の女性キャラはそこそこ存在感はあった。
 
 広義の密室(めいたもの)が形成された事情、最後の方で明かされる事件の真の構造など、ポイント的な得点としては評価できる面もあるが、全体的にごちゃごちゃした解決と、前述のキャラクター総体の色栄えの無さが悪い方に相乗して、最後まで読んでも、う~ん、きびしいな……がホンネ。いくつかの点で、劇中人物の思考の推移や、行動の選択もどうかと思えるものもある。

 もう少し話を整理して演出を際立たせればもっと面白くなったんだろうな、という印象。というか、こういう人間関係の図式の枠内で、お話としてもミステリとしても興趣豊かに読ませるのが、クリスティーの諸作だ。
 伏線の張り方など、もしかしたら、面白いと思う人はいるかもしれない。個人的には、できたもので面白かった面と、最初にその話題が出た以降で登場人物たちが掘り下げなかったことへの違和感めいた部分が、相半ばである。
 評点はちょっとキビしいかもしれんけど、こんなもんで。


No.1825 7点 ヨモツイクサ
知念実希人
(2023/07/06 22:33登録)
(ネタバレなし)
 北海道の旭川と富良野の周辺で、リゾート開発工事に従事していた作業員が行方不明になる。現地は、地獄から来た怪物が棲むという伝説が残る「黄泉の森」と呼ばれる一帯、またはその近隣だった。7年前に酪農を営んでいた両親、祖母、そして婦人警官だった姉が突如として一家丸ごと行方不明になるという怪異を体験し、いまだ解決の糸口さえ見えない30代半ばの女性外科医・佐原茜は今回の事件に関心を抱くが。

 話題作なので読んでみた。
 
 しかし期待値が高すぎたせいか(何しろ、評者が投票する前までの本サイトの平均点だけいけば、現時点でオールタイムベストワンなのだ!~まだ10票行ってないから、看板ページには掲示されないが)「あらら……こんなもんか」でもあった。
 いや、たしかに筆力のある、専門知識を持った作家の力作で、和製クライトンという感じなのだが、一方でそこにある面白さが全部、悪い意味でそれぞれのカテゴリーの内(ホラー、サスペンス、謎解きミステリの側面)に収まってしまっているというか。
 
 もしかしたら、こっちの読み方というか味わい方が悪いのかもしれん。
 懐かしの『包丁人味平』風にいえば、味平ライスを出されて「なんだチャーハンか」→「いや、これは!」と素直に驚けばいいものを、料理そのものは、お腹いっぱいにおいしくいただきながら「結局はチャーハンだね」とうそぶくような、そんな感じなのである。しかしそれが現状のホンネだから、仕方がない(汗)。

 まあ映画化の企画はどっかで動いてると思うけど、万が一実現したら、早く観たい、とは思う。


No.1824 6点 恐るべき太陽
ミシェル・ビュッシ
(2023/07/05 17:15登録)
(ネタバレなし)
 南太平洋フランス領ポリネシアのヒバオア島。そこで世界的に有名なベストセラー作家、「PYF」ことピエール=イヴ・フランソワを講師役に据えた、作家志望の幅広い世代の女性ファン5人による創作教室「創作アトリエ」が開催された。だがPYFは失踪し、そして殺人事件が起きる。

 2020年のフランス作品。
 上下二冊の『時は殺人者』だけめんどくさがって読まなかったので、評者これが三冊目のビュッシ作品。
 リーダビリティは高く、さらにほぼ20年前のパリの事件に話が絡むなどストーリーの組み立てに立体感はあるのだが、登場人物がそんなに多くないくせに550ページ以上の紙幅を持たせるものだから、どうしたって物語が冗長になる。殺人もそんなにテンポよく起きる訳でもなく、正直、中盤はうっすら眠かった(汗)。
 あ、『そして誰もいなくなって』っぽいとかいうウワサはとりあえず忘れてください。確かに連続殺人ものだけど。
(というかこの作品、クリスティーへのオマージュを気取ってるようだけど、いくら超メジャー作品とは言え『そして』や『アクロイド』のネタバレまで平気でしているので、その辺も注意だ。)

 なお終盤の展開は意外といえば意外だし、犯人もわからなかったが、一方でこういう作品でサプライズを仕掛けるなら、あそこら辺にああいう手で……と大方が読めてしまうので、あまりトキメキはない。
 この辺ももっと全体的に短くまとめたストーリーだったら、よくあるものながらそれなりの効果を得られたであろうに、緩慢な展開で間延びしてしまった仕上がりだ。
 
 ただし、犯人の動機というか事情だけは、心に染みた。
 エモーショナルな要因にからむ復讐者ならまだともかく、そうでもない人殺しに同情しては決していけないんだけれど、この犯人の場合は、ひたすら可哀そうである(もちろんそれでも殺人は許されないが)。
 
 ところで本書は最後に、実作者でミステリファンでもある阿津川先生の解説、読解が掲載されているが、新刊の初訳の現代作品の翻訳ものの文庫としては異例ながら、本書のようなギミックの比重の多い作品の場合、これは親切で良い。評者のようなスーダラな読者が意識しなかったポイントも、いくつか指摘・教示していただいた。


No.1823 7点 オパールの囚人
A・E・W・メイスン
(2023/07/03 16:01登録)
(ネタバレなし)
『薔薇荘にて』の事件を体験した元実業家のジュリアス・リカードは、知人の若い娘ジョイス・ウィップルから相談を受ける。それはジョイスの友人で、遺産を相続した若き城主ダイアナ・タスパーロウが何か訳ありでトラブルの気配があるので、事情を探り対応してほしいというものだ。ダイアナの城「シャトー・スブラック」の近所の別の城「シャトー・ミランドル」に縁があったリカードは、口実を設けてダイアナの城に赴くが、これと前後して『薔薇荘』事件でも面識のあるパリ警視庁の名警部アノーも事態に介入してくる。やがてダイアナの城の周辺では思わぬ事件が。

 1928年の英国作品。アノーシリーズの長編第三弾。
 
 名のみ聞いていた作品をようやっと、読みやすい新訳で読めて、とても嬉しい。
 なるほどタイトルの意味はよくわからん。作中での説明を聞いてもよくワカラン。
 
 以前に『薔薇荘にて』のレビューで、<ホームズ全盛期の時代と、黄金時代との過渡期的な作品>という主旨の感想を書いたと思うが、今回もそんな感じ。
 いい意味で紙芝居みたいな筋運びもお話の起伏を感じさせて、面白い。

 大ネタは、ああ! と驚いたが、そういえばこの真相は以前にどっかの本作の紹介文(たぶん海外作家のコメントの翻訳)で読んでいた(そして今回、読むまで完全に忘れていた)のを思い出した。

 このタイミング(原書刊行年の1928年)にこういう内容の作品があったという事実で、近代ミステリの進化の系譜のミッシングリンクが、ひとつ埋まった気もする。
 事件の構造、死体の左手が切られた理由、それぞれクラシック作品としてはなかなかの創意で、さらに22章のアレ、のちの欧米作家のかの名作に影響を与えたのでは? とも思う。

 こう書くとかなりの秀作っぽいんだけど、前述の大ネタがいささかミステリとしてはオフビートすぎる面もあり、素直な謎解きミステリの文法で語っていくと(以下略)。うん、クリスティーの某作品を想起させないでもない(こう書いてもネタバレには絶対にならないと思うが)。

 秀作、優秀作とはいいにくいし、かといって佳作として評価をまとめたくもない。ナナメ度の高い名作?
 もしかしたら、初期アノー三作の中では一番スキ……というより、心に接点を覚える作品かも。

 アノーもの、残りの最後の長編「彼らはチェスの駒ではない」の邦訳が楽しみである。


No.1822 8点 フランケンシュタインの工場
エドワード・D・ホック
(2023/06/30 17:33登録)
(ネタバレなし)
 時は21世紀の前半。メキシコ沖の孤島「ホースシューアイランド」には民間科学機関「国際低温工学研究所(ICI)」の施設が存在。そこでは代表ローレンス・ホッブズ博士が精鋭の医学者や科学者を選抜し、彼らとともに、長期冷凍保存された複数の肉体を接合して一人の人間を甦らせる実験をしていた。実験の記録役という立場を騙って施設内に潜入した、科学捜査機関「コンピュータ検察局(CIB)」の青年捜査官アール・ジャジーンは、不審なICIの内偵を進める。だが閉ざされた島の中で、ICIの関係者がひとりまたひとりと何者かに殺されていく。

 1975年のアメリカ作品。
 SFミステリシリーズ「コンピュータ検察局シリーズ」の長編・第三弾にして最終作。

 思い起こせば1970年代の半ば、木村二郎さんがミステリマガジンの連載エッセイで、リアルタイムで当時の新刊だった本作(もちろん未訳の原書)を
「作中で登場人物が語る通り、SFミステリ版『そして誰もいなくなった』である」
 と紹介。
 その一文に触れた評者はどれだけ「日本語で読みてぇぇぇぇ~~!」と願い、その後もウン十年、何回あちこちの場で、本作の邦訳を願う一ミステリファンとしての叫びを上げ続けてきたものか。いや感無量、感無量。
 もともと「コンピュータ検察局シリーズ」は当時、スキだったしね。

 とはいえさすがに待ち続けてウン十年、抱えすぎた思い入れが悪い方の反動となって、実際に読んでみたら「ナンダツマラナイ」となる可能性もさすがに経験上、予期していたので、そういう意味では、なるべく冷静に読んだつもり。

 で、まあ、普通に十分に面白かった。
 まあ、SFミステリとしての未来感や科学観はともかく、大設定であるコンピュータ検察局の文芸がほとんど活用されていないとかの弱点はあるけど、素直なクローズドサークルもののフーダニットパズラー、プラス、ちょっとクライトン的な医学サイエンススリラーとして期待以上に楽しめた。
 ここが良かった、のポイントは、たぶん誰でも同じところに目が向きそうな意味でわかりやすいんだけど、ふたつあり、個人的には後者の人を喰った趣向が好き(先に出る方も悪くない)。犯人の見せ方も結構、意外ではなかろうか。
 良い意味で一流半の、謎解きサスペンスパズラーである。

 ということで、評点はこっちの過剰な思い入れに一応以上に応えてくれた、という意味でこの点数。
 特に本作にもともと心の傾斜などない、白紙の状態で読むヒトはもっと低い評価になるだろうが、それはまあ、仕方がない。ただ素で読んでも佳作以上、だとは思うよ。

 つーわけで、私にとって叢書「(新生)奇想天外の本棚」はこの時点で5割くらい、役目をすでに果たしました(笑)。
 次の大きな楽しみは、原型版『ミス・ブランディッシュの蘭』の翻訳刊行あたりかしらね。いや、他にもまだまだ……。


No.1821 7点 真相崩壊
小早川真彦
(2023/06/28 16:01登録)
(ネタバレなし)
 1995年7月。その年、山梨県を襲った巨大台風は山岳の崩壊まで導き、ひとつのニュータウンを消滅させた。犠牲者は300人近くに及ぶ大惨事となるが、やがて発見された遺体のなかに、どうも天災以前に何者かによって殺害されていたらしい一家がいることが明らかになる。そして2010年、家族を当時の災害で失った青年・名取陽一郎は成人し、今は防災科学研究所のスタッフとして世間に知られる活躍をしていた。そしてそんな彼は、ある人物に再会。そしてほぼ時を同じくして、また過去の事件も新たな展開を見せる。

 論創社(いつもお世話になっております)による、国産ミステリを対象とした新人賞「論創ミステリ大賞」の第一回受賞作。同時に同社がスタートした、新作国産ミステリ専科の叢書「論創ノベルス」の第一弾である。

 帯で謳っている通り、作者は以前に気象予報官の経歴があり、その職歴のなかで得た知見も作品に投入。特殊分野を題材に社会派の要素もあるフーダニットパズラーを展開……こう書くと、正に昭和~平成の乱歩賞作品(の大半)だ。
 1961年生まれの作者は作家としてのデビューはやや高齢だが、ミステリファンだったらしく、作中にさりげなく笹沢佐保の天地シリーズとかの書名も登場。
 内容も、人間関係の組み立て方(特に良い意味でぬるい主人公とヒロインと、その周辺の人々の関係性とか)など、なんか懐かしい昭和ミステリの味わいがあるが、謎解き作品としては二転三転する犯人の意外性、事件の実態など、なかなか面白い。
 読後にTwitterでの感想を見ると、クイーンの某ライツヴィルものを連想させるとの感慨を語っている人もおり(こう書いても、特にネタバレになってないと思うが)、ああ、あの辺のことかな、と微笑んだりする。

 作者がアタマいいな、というか達者だな、と思ったところは、ムダにモブの作中人物に固有名詞を与えないことで、その辺は熟成期以降の清張みたいだが、おかげでとても読みやすい。登場人物メモでは30人強の名前のみ書いたが、映画的に言ってカメラが顔を映したレベルの劇中キャラはその倍は出ているだろう。
(アホな作家は、作品を、物語世界を作る送り手の万能感に酔って、本当の端役にまで固有名詞を与えるので、その分、小説が読みにくくなる。)

 優秀作、とは言わないし、どこか良くも悪くも古めの作風というところもあるんだけど、十分に秀作であろう。
 まあ乱歩賞に送っていたら、前述の意味であまりにもいかにも、な感じの作品という気もするので、その意味ではこっち(新設された賞)に応募して正解だっただろうね。

 評点は8点に近い、この点数。
 次作も期待しております。


No.1820 5点 虹へ、アヴァンチュール
鷹羽十九哉
(2023/06/27 13:13登録)
(ネタバレなし)
「おれ」こと29歳の独身フリーカメラマン、松平菊太郎は、愛用のバイクで九州を取材旅行中、岡村ミドリと名乗る22~23歳くらいの美人と知り合う。ミドリと一旦別れた菊太郎だが、やがて彼は、何者かに刺されたミドリに再会。しかも彼女は体に火までつけられていた。絶命するミドリから謎のダイイング・メッセージを受け取った菊太郎は、素人探偵として事件の真相を追うが。

 1983年から2003年までサントリー、文藝春秋、朝日放送が主催した、新作ミステリ新人賞「サントリーミステリ大賞」の第一回・大賞受賞作。

 新人賞だが、昭和3年生まれの作者はこの時点で55歳と、昭和の後半としてはやや年配。もともとは業界紙の記者だったというので文筆活動の経験はあったようだが、新聞記者出身にしては文体がかなり饒舌。
 しかもいきなり場面と劇中の時勢が変わったり、前置きもなく新たな登場人物の名前が出てきたりとかなり読みにくい。
 裾野が広がる話の流れは、やがて戦時中の秘話にまで及ぶが、正直、非常にシンドかった。例えるなら、田舎に行って、こちらが希望もしないのに、面識もない地元の爺様の私的な思い出話をいきなり延々と聞かされるかのごとし。

 ただし後半4分の1辺りからは妙な熱量を感じさせる勢いは確かにあり、世代人らしい戦争観、独自のものの見方などにも興味を惹かれた。終盤の大きな逆転も、実は結構面白いことを仕込んでいたのがようやく最後の方でよくわかるが、それを活かす演出が伴っていない感がある。

 力作だとは思うが、作者が書きたいことを詰め込み過ぎ、そしてその一方で、こなれの悪さで損をしてしまったような作品。途中の眠さは、久々に評点3~4点の作品かと思えたが、最後の方だけなら6点はあげたくなる。トータルとしての評点はまあこんなもの。
 
 なお評者は、先日の出先の古書店の店頭の50円均一の中から、帯付きの文庫本の本書を発掘。大昔にSRの例会に出ていた頃、このタイトル見たことがあったなあ、程度の気分で購入して一読した。
 その文庫版の解説は、サントリーミステリ大賞の受賞作は、主催者の一角である朝日放送の手でテレビドラマ化されるという事情があった縁で、朝日放送のプロデューサーの山内久司(世間には「必殺シリーズ」のプロデューサーとして有名)が書いており、その辺も当方には興味深かったが、山内氏は平然とその解説の中でメイントリックというか大ネタをバラしているので、もしこれから文庫版で読む人がいたら、注意のこと。


No.1819 5点 お電話かわりました名探偵です 復讐のジングル・ベル
佐藤青南
(2023/06/26 06:27登録)
(ネタバレなし)
 Z県警本部の通信指令室。要するに市民からの犯罪・事件の通報を受け、適宜な対応を行ない、必要な情報を適切な部署に回す役目の警察官。そんな役職のなかで「千里眼」ならぬ「万里眼」の異名をとる、一種の安楽椅子探偵・君野いぶきの事件簿。
 連作短編集形式のシリーズで、基本、各編はいぶきに憧れる年下の刑事、「僕」こと早乙女の視点から語られる(時たま、神様視点の三人称描写が混じる)。

 本書は5つの事件を収録。その5編をプロローグとエピローグがブックエンド風に挟む連作集。
 シリーズの一冊目かと思って手にしたら、一本目のエピソードを読んだ時点で、実はこれが三冊目だったと気づく。

 ……あらら。そういう勘違いした状況だったので当然、前二冊は未読。本書内のメインキャラの人間関係や配置はこれまでの二冊をしっかり踏まえたものらしいので、なんかハズした気分。いや、実際にハズしてるのだが(汗)。

 まあキャラクターもののミステリとしては、そこそこ楽しめました。
 第三話の自殺志願者の女の子のホワイダニットなど結構強引とかも思うけれど、まあ作中のリアルで登場人物がそう考えたんだろうね、と受け取れる程度のものでもある?
 サクサク読めるのは良かった(皮肉やイヤミでなく、素直な意味で)。


No.1818 6点 ローズマリーのあまき香り
島田荘司
(2023/06/23 08:21登録)
(ネタバレなし)
 1977年のニューヨーク。世界的に有名な美人バレリーナ、35歳のフランチェスカ・クレスパンの公演が行われるその夜、彼女の死体が地上50階の高層フロアの密室で見つかる。だが死亡推定時刻のその後も、彼女はプリマドンナとして舞台に立っていた!?

 魅力的な謎の設定だが、600ページ以上という本の厚さにウエ~となる。 
 しかし島田作品だから何となくそうなるんじゃないかと思っていたら、予想通りにスラスラ読めて二日で読了した(笑)。

 謎解きミステリとしての結末は、もしこの真相を新人作家が真顔で書いていたら、全国のミステリファンから総叩きに遭い、お前は才能ない、ミステリ作家やめて田舎に帰れ、と罵られそうなもの。あまりに豪快なので、一種の裏ギャグ的な冗談なのかとも、今でも半ば思っている。
(いや、実際にそうかもしれない?)

 ただしアレな謎解きパズラーである一方、とにかく読み物ミステリとしてのある種のダイナミズムは感じるのも確か。質的なベクトルは違うんだけど、乱歩の通俗長編に似た、読者を喰いつかせる独特のパワーを見やるというか。

 90~00年代の島田歴代作品にはほとんど縁がない、まったく島田ファンでない現在の評者には、現在に至るこの人の長編ってこーゆーのもアリなのかな、とも思ったりする(それでも10年代の半ば以降の新作長編は、一応、全部読んではいるんだよ・汗)。
 
 なお、この新刊の長編、帯には「「メフィスト」連載時から絶大な反響を受けた~」と謳われてるが、奥付手前のページには「本書は書き下ろしです」とある。どっちじゃい? ファンの方、教えてください。

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