人並由真さんの登録情報 | |
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平均点:6.33点 | 書評数:2107件 |
No.1687 | 6点 | 飛鳥高探偵小説選VI 飛鳥高 |
(2022/12/11 08:19登録) (ネタバレなし) 昨年2月、満100歳の誕生日のちょうど一週間前に他界された、その時点でおそらく日本推理小説界最長老だった(だよな?)作者の、論創社版の作品集・第六弾。 今回は、現在の「小説推理」の前身だった「推理ストーリー」「推理」(ともに双葉社)に掲載された、これまで未書籍化だった中短編(ほとんどが短編)ばかり14編と、ボーナストラック的に短いエッセイ、雑文の類を本書内でのカウントで、数ページ分、集めてある。 お値段は高めだが、初めて本になる旧作ばかりでまるまる一冊というのは、なかなか嬉しい。 以下、簡単に各作品のメモ&感想。 『いなくなったあいつ』……新人作家とその友人たちの間で、ある殺意が芽生える。オチはおおかた読めるが、スレッサーとか懐かしのC・B・ギルフォードあたりを思わせるクライムストーリーの佳作。 『死刑』……年増の街娼が出会った青年の素性は? 広義のミステリではあるが、どちらかといえば昭和風の庶民派リリシズムに拠った内容というか。どことなくO・ヘンリーの諸作を想起させる味わいの作品。これも、別の趣で佳作。 『深い穴』……ある夜、工事現場で生じたひとりの若者の転落死。その向こうにある事件の概要とは。本書の巻末の解説では、当時の非行少年ものといったジャンル分けをしているが、そういえるようなそれともまた違うような。長めの割に焦点が定まらない感じで、これはいまひとつ。 『危険な預金』……エリートサラリーマンの過去の秘密とは? いわくありげなタイトルの意味は中盤で判明し、後半は意外なオチに向かう。どこかで読んだような感じもするが、これも和風スレッサー風の一本。 『不運なチャンス』……家庭に問題を抱え、そして不倫をしている男が自宅で見たものは? 『深い穴』同様、50ページ以上の短めの中編作品。テンポのいい内容をそのまま受け身で読んでいたら(中略)。本書中でもベスト1、2を争う秀作編。 『見えぬ交点』……60年代当時のスパイものブームを背景に書かれた、その筋の作品。こういうものも作者が書いていたかと軽く驚いたが、ドライな筋立てが意外に達者で、さらにキャラクターの立て方も部分的に印象に残る。まあ佳作。 『パリで会った男』……殺害された助教授の事件を調べる諜報員「私」。スパイものの二つ目(設定や人物は別のよう)で、こちらの方がやや通俗的で、シリーズものの一本のような味わい。 『殺しは人間にまかせろ』……電子計算機を導入し、合理化を図る職場で生じる殺意。大阪万博を目前に控えた69年の作品で、当時の未来科学観が窺える、広義の社会派作品。一冊読み終えたなかでは、あまり印象に残ってない。 『アウトロー』……海外の戦場で使われる武器を製造し、死の商人めいた業務をしている工場主の娘がさらわれた。誘拐ものだが、当人なりのいびつな正義感から事を行なった犯人側の主張と、主人公の工場主とその家族の言い分が対峙する、これも広義の社会派……というか昭和のキャラクタードラマみたいな話。題材やその作劇上の料理ぶりを含めて、妙に印象に残る。 『薄い刃』『無口な車掌』『分け前』……それぞれ読者向けの出題編と回答編を分けて掲載された小説形式のミステリークイズのような短編(掌編)だが、本書の収録はそういう仕様の作品群ということを明示しておらず、いささか不親切。オチというか真相としては、最初の『薄い刃』がちょっと面白かった。 以上、トータルではそれなりに楽しめた。作者の作品集第七集もいずれ出るというが、そちらも初書籍化作品が多めなコトを期待。 |
No.1686 | 7点 | 反撥 ジム・トンプスン |
(2022/12/10 15:29登録) (ネタバレなし) 「俺」ことパトリック(パット)・M・コスグローヴは、33歳の青年。もともとは大学進学を志した秀才だったが、18歳の時にノリで強盗事件(誰も傷つけてない)を起こしてしまい、15年も苦難の収監生活を送っている。身寄りのないコスグローヴは、保釈時の身元引受人になってくれる人物を求めて州内の各界の名士に陳情の手紙を送るが、ほとんど相手にされない。だが50歳前後の精神科医「ドク」こと、ローランド・ルーサー先生が出所後の後見役を買って出た。大喜びで、二度と刑務所に戻りたくないと、我が身を糺すコスグローヴ。だが彼は同時に、うまい話には何か裏があるはずだと、ドク自身とその周辺の面々の思惑を探り始める。 1953年のアメリカ作品。 すでに売れっ子作家になり、量産体制に入っていた時期に刊行されたトンプスンの著作だが、実際にはクライムライターとして物書き仕事の作風を方向転換した時局に書いた長編犯罪小説の二冊目、1949~50年頃の作品で、どこにも売れずに名を成してから上梓されたらしい。 邦訳本の巻末には評論家・大場正明氏による、トンプスンの映像化作品との比較を主軸にしたこってりした解説(もちろん本作の解題もふくむ)が掲載されているが、トンプスンの著作をさほど読んでない評者などには、いささかヘビー(笑・汗)。 というわけでこのレビューでは純粋に本作『反撥』の感想になるが、評者がこれまで読んできた何冊かのトンプスン作品とはかなり毛色が異なる。 簡単に言ってしまえば、トンプスンというよりウールリッチの巻き込まれ型サスペンスというか、フランク・グルーバーのノンシリーズものみたいな味だ。 いやトンプスン作品は、おおむね軸となるダークなノワール性の一方でどこか軽妙な陽性のユーモア(しばしかなりひねくれたものになるが)が常在しているとは思うし、極悪人ではない主人公の受難サスペンスの方も、クライムノワール作品と通じる面もあるのだろうから、決しておかしなことではないのだが、全編を読み終えて、あれれ? と軽く驚きながら解説を読み、得心が行った。 たぶん犯罪小説ジャンルに足を踏み入れた作者が、ある意味、習作的に前述のような既存作家の作風を倣って書いたものであろう、これは。 とはいえ、単に習作と軽く見るには非常によくできた作品(普通のミステリとして)だと思うし(主人公コスグローヴが徐々に真相に迫っていく中盤からの流れが秀逸)、さらに過酷な刑務所に戻りたくないと強く念じながら、ぎりぎりのグレイゾーンのヤバイ領域に自覚的に足を踏み入れるコスグローヴの行動のサジ加減もまた絶妙。後者の部分などは確実に、のちのトンプスン作品の萌芽を感じる(まだ読んだ作品が4~5冊目でいうことではないか・汗)。 そういう訳で、これはよくあるタイプのサスペンスものから後年のトンプスン作品への過渡期、グラデーション的な面白さと魅力を実感できた一冊。 正直、評者などは、こういう作風の時期の著作をもっともっと読みたかった面もあるが、たぶん過当競争のアメリカミステリ出版界のなかで、それでは現実に当時、やっていけない面もあったのかも知れない(似たようなタイプの作家は、すでに大家や中堅がいるのだから、という意味合いで)。 トンプスンの著作をもっともっとしっかり、大系的に読み込んでいる人ならさらに別のものも見えてくるかもしれんね。まあガチガチの愛好家の人は、物足りない、と思うかも知れない? とも観測しもするが(笑)。 |
No.1685 | 6点 | ばくうどの悪夢 澤村伊智 |
(2022/12/09 06:23登録) (ネタバレなし) 『ししりばの家』以来5年ぶりの長編版・比嘉姉妹シリーズ。 あらすじは書きにくい作品なのでパス。 どうしたって途中の大仕掛けはミエミエなのだが、さらに(中略)。 テクニカルぶりでは、シリーズ中でも上位の方であろう。 真琴と琴子のこれまでと違う一面? が見られるのはシリーズのファンには興味深かった(と言いつつ、評者はいまだ『ぼぎわん』を未読であった~汗~)。 しかし前作『ししりば』は元ネタが、あー、あのSFロボットアニメね、と読んですぐにピンときたが、今回のアイデア元はおそらく『ドラえもん』のあの名作エピソードであろう。いろいろと、読者に向けて作者が「わかるよね?」と、サインを忍ばせている感じもする。 期待どおりに面白かったが、シリーズの中ではちょっと変化球な感じもしないでもない(まあそれを言ったら『ししりば』も同じか)。 作者のシリーズ外作品『キリカ』に通じる、現実の一部のタイプの人間に向けた悪意と揶揄の盛り合わせはなかなか。今回の作品の軸はそこら辺であろう。 |
No.1684 | 7点 | かくて彼女はヘレンとなった キャロライン・B・クーニー |
(2022/12/08 16:44登録) (ネタバレなし) サウスカロライナ州の一角。シニアタウンのサンシティ。そこに住む70代の現役ラテン語教師ヘレン・スティーヴンスは、世話をやいている近所の偏屈な老人ドミニク(ドム)・スペサンテの家で、奇妙な形状のガラスパイプを見かけた。ヘレンはその情報を軽い気持ちで、メールをやり取りしている遠方の又甥(姪の息子)ベントレー(ベント)・マッキーゼンに伝える。だがそのパイプはさる犯罪に関わるものであり、ベントが不用意にSNSで話題にしたところ、怪しい男が動き出した。そんな状況のなかで殺人事件が発生。だが過去のある事情から、本名クレメンタイン(クレミー)とは別の今の名を名乗り続けてきたヘレンは、なんとしても警察と深い関わりになりたくなかった。 2020年のアメリカ作品。 現在形で進行する殺人事件を含む一連の騒ぎと、1950年代に少女クレミーがまだティーンエイジャーだった時代からの物語が交互に語られ、双方のストーリーはときに同じ章のなかで続けて(一行くらいは開けるが)語られる。登場人物もポケミスの巻頭には15人前後しか載ってないが、実際にはモブキャラを含めてその3倍の名前があるキャラクターが出て来る(しかも一回ちょっとだけ名前が出た近所の住人なども、その後しばらくしてからまたしれっと再登場してくることもしばし)。これは絶対に人名メモを作りながら読むことをオススメする。 とはいえ文章も筋運びも全体的にくっきりしており、作品そのものはかなり読みやすい。日本には初登場の作者だが、誕生は1947年、アメリカではティーンエイジャー向け作品を主体にすでに90冊以上の著作があるベテラン作家だそうである。さもありなん。 主題というか、作品の大きなポイントのひとつは、ネット、SNSなどを通じて便利になる反面、監視社会になってしまった現代と、個人情報の秘匿があまりにもあけすけで、またある種の犯罪(ここではネタバレになるので書かないが)に関して、被害者の権利や立場にあまり配慮がなかった、法整備が不順だった半世紀前からの時代との比較。そういう要点が、ヘレン(クレミー)の現在形と過去からの双方の物語で照射されていく。 現在形の物語は事件全体の流れがスリリングに展開する一方、フーダニットの興味がずっと伏在。さらに過去の話の方はサスペンスもの、プラスヒロインを主軸にしたある種のキャラクタードラマの趣で進行するが、それぞれに(中略)。 部分的に先読みできる面もないではないが、何よりストーリーテリングがうまく、また悪役像(特に過去編の)が強烈なので、ぐいぐい読まされてしまう。 ラストの着地点についてはもちろんここでは書かないが、本文ポケミスで360ページ強、それなりの量感の物語をじっくり楽しめる良作。クロージングの余韻も印象的である。 評点は8点に近いこの点数ということで。 |
No.1683 | 5点 | 明日をこえて ロバート・A・ハインライン |
(2022/12/07 06:34登録) (ネタバレなし) 中国と日本、両国の人種が融合した黄色人種国家「パンアジア帝国」の侵略によって支配されたアメリカ。今や全米の国土は帝国の皇太子によって統治され、生きのびたアメリカ市民の生活は上陸してきたパンアジア帝国の軍人や官僚たちに管理されていた。事実上、敗軍の残党となったアメリカ陸軍少佐ホワイティ・アードモアは、ロッキー山脈の中の秘密科学研究所に接触。そこで研究されている、白色人種には無害だが黄色人種のみを殺戮する殺人光線そしてその延長上の超兵器に、アメリカ奪回の希望を託した。そんなアードモアたちがさらに展開した戦略上の作戦は。 1941年に雑誌連載され、戦後1949年に書籍刊行されたハインラインの第四長編。唯一の未訳長編だと聞いたので、じゃあこれを逃すともうハインラインの長編を新刊で読める機会はないな、と思い、手にとった。しかし実は評者、ハインラインは初読みで、最初に読んだのが『宇宙の戦士』でも『夏への扉』でもなく、コレかよ、といささかフクザツな気分である(苦笑)。 もともとは大戦の影が色濃くなってきた時期に、白人上位主義者でWASPというレイシスト作家J・W・キャンベル(『影が行く』ほか)が基本アイデアを構想し、その骨子で当時まだ新人のハインラインに実作させた作品だそうである。 しかしナチスのホロコーストのごとく、強制収容所に隔離した一般アメリカ人を虐殺するパンアジア人の描写(痙攣光線なるけったいな武器で、赤ん坊を抱えた母親を親子ごと無残に殺す)とか、悪趣味というか作家倫理を疑う内容。1940年代の初め、キャンベルがいかにアジア人(というか日本人)を敵視、警戒していたか察せられる。 聞くところによると、矢野徹もこの作品だけは翻訳したくない、と敬遠したまま亡くなったそうで、あー、さもありなんと納得できる。 なんつーか、我が国の筒井康隆の初期作品(実はほとんど読んでないが)に対して評者が勝手に抱くナンセンスバイオレンスな作風のイメージ、あれを真顔で書く可哀そうな作家が実際にいたら、こんなのができるだろうな、という感じだ(いやそれが、現実にいたわけだが)。 とはいえ中盤以降の反乱作戦のユニーク(アホ)な段取りは、良くも悪くもSFのホラ話性を感じさせ、冷めきったアタマで単純にエンターテインメントとして読む(読めるのか?)なら、そこそこ面白くはある。 終盤、コトの大方が過ぎ去ったあとにもう一幕起きる、アホでどこかほんのちょっぴり切ない? ドタバタ騒ぎも、ああ、小説としてうまいな、と思わせる。 本当にこれ全部、作者が自覚的な冗談小説として書いてるんなら、いいんだけどね。それなら小林信彦の諸作みたいで。 40年代アメリカSFはまったく大系的には読んでいない評者だけど、当時こんな一作があったことは、今後も頭の隅に引っかかるでしょう。 さて繰り返すが、コレをいちばん最初に読んでしまったことは、評者の今後のハインライン作品遍歴の上で、どういう影響をもたらすか? (といいつつ、実際のところ、あんまし後々まで残らない、次の作品でまた作者の印象が初期化されてしまう、そんな予感もあるのだが・笑。) |
No.1682 | 6点 | ピラミッドの秘密 南洋一郎 |
(2022/12/06 15:45登録) (ネタバレなし) 怪盗紳士アルセーヌ・ルパンは12~13年前の冬、ブローンニュの森の中で、孤児らしい幼女エリザを保護。ルパンは自分のもうひとりの母ともいえる乳母ビクトワールのもとにエリザを預け、その成長を見守ってきた。だが数年前の犯罪組織の危機のなかでエリザと別れたルパンは、久々にハイティーンの美しい娘となった彼女と再会。別離中のエリザは詐欺師ニコラ夫婦の周辺で生活していたが、エリザ当人の気性は以前同様、健やかなままだった。エリザをまた保護したルパンは、同時にニコラ夫婦から黒い皮袋を奪うが、そこには驚くべき秘密が隠されていた。 世代人や多くのミステリファンには周知のとおり、昭和の少年少女を熱狂させたポプラ社の児童読み物「怪盗ルパン全集」は、ルブランの原作ルパンシリーズを下敷きに南洋一郎がジュブナイル作品に書き改めたものが主流(中にはルブランの非ルパンものや、ボアロー&ナルスジャックの贋作ルパンも下敷きになっている)。 その中の一編である本作『ピラミッドの秘密』が、部分的にルブランのルパンもの短編の要素を取り入れながら、実はほぼ全体が南洋一郎自身による創作譚だということも、現在では有名である。 (評者はいつごろ、その事実を知ったんだろ? 旧世紀の終わりあたりか?) その書誌的な事実を知った時はかなり驚いたが、一方で少年時代に読んだ『ピラミッド』が、はてどんな話だったか? というと、あまり詳しく思い出せない。 他の巻同様に面白かった(特に不満もなかった)ことだけは覚えていたが。 というわけでいつかそのうち、あくまで南洋一郎のパスティーシュルパンという視点で読み返してみたいと思っていた本作だが、近所の図書館から借りてようやくこのたび読み返す。 いや序盤の、屋敷の中での人間消失? のくだり(ここがルブランの原作がベース)以外、まったく忘れていた。 ちなみに読んだのは、最寄りの図書館にあったハードカバーの旧「怪盗ルパン全集」版。昭和63年で70刷目という超ロングセラーである。 (なおネットで読後に知った情報だが『ピラミッド』は内容に三つのバージョンがあり、序盤部分がないもの、終盤の一部がないものもあるらしい。それによると、今回、自分が読んだ旧ルパン全集の後期増刷分は、いちばん情報量が多いバージョンのはずだ。) 物語は、ゲストヒロインの美少女エリザの出自の謎、ルパンが入手した物品に秘められた秘密などをフックに、文字通り、ジェットコースター的な展開。早々と中盤から秘境冒険ものの様相を見せていく。 南洋一郎作品のオリジナル実作は、まだ『緑の無人島』しか読んでない評者だが、それでもおそらくは作者が自分のフィールド世界にルパンを放り込んで目いっぱい楽しんでいるのはよくわかる。 当初はルパンのライバル格として登場しながらも、<人殺しは嫌いな凶賊>として描かれていた犯罪者「アルザスの虎」ことアンドレーが一緒に窮地を潜り抜けるなか(中略)となる展開も、お約束ながらなかなか良い(後半、そのアンドレーがほとんど、ただそこにいるだけキャラクターになってしまうのは少し残念だが)。 秘境世界は、(たぶん)南洋一郎流にイマジネーション豊かに拡大していき、とても21世紀ではめったに出逢えないような流れ(いろいろな意味で)になるのは、実に新鮮。 白人文化賛美、未開の土着民を啓蒙してやるぜの上から目線的な部分もあるが、これはまあ、時代のなかでそういうものだったと了解(21世紀の現実のなかで改めてマジメに書かれたらナンではある描写だが)。 なお豹面の悪役「大神官」ガラハダのキャラクター設定は現在ではいささか問題で、この部分は「オリジナルを尊重」しない限り、21世紀の新刊としては素直に復刊できそうもない叙述だ。 ラスト、秘境から連れ帰った新たな仲間を脇に、パリの町の賑わいを楽しむルパンの図は、なかなか愉快で洒落ている。その辺は南洋一郎御大、とてもスタイリッシュ。 ご都合主義だの、偶然が過ぎるだのというのもあまり意味のない筋運びで、一方でところどころ、妙に印象的なシーンも登場し、いま改めて贋作ルパンの一本(で旧作ジュブナイル)として楽しむなら、その辺を得点的に評価したい。 瀬戸川猛資がルブランの原作よりも面白い、と公言した南洋一郎ルパン、そのひとつの形の凝縮である。 |
No.1681 | 7点 | invert II 覗き窓の死角 相沢沙呼 |
(2022/12/06 04:03登録) (ネタバレなし) シリーズ二冊目を未読のまま、こちらを読んだ。 それゆえ劇中に出て来る登場人物や固有名詞に、ところどころ摩擦感を抱く。まあ、その辺は間違いなくこっちがワルイ(笑)。 (ミステリとして楽しむ限り、二冊目をとばしても大きな問題はないと思うが。) 今回は、いろいろな意味で口当たりのいい前半の中編に比して、短めの長編のボリュームがある表題作は、けっこうヘビーな仕上がり。 最後の決着のつけ方は、コロンボの某編を想起した(←こう書いてもネタバレにはならないハズ)が、たぶん作者も意識しているとは思う。 デティルの矛盾や不審にいちいち突っ込んでくる翡翠に対し、それはこう解釈できるとひとつひとつやり返すゲスト主人公側の図はありがちな印象があるが、改めて記憶を探ると、これだけしつこくその趣向をやっている倒叙ミステリは、自分の読書遍歴のなかからすぐに思い浮かばない。そういう意味では、やはり丁寧に作られた秀作だろう。 ところで評者は現在放映中のテレビドラマ版を正編から「invert」編まで、ずっと観ている(ということでシリーズ二冊目の内容は先にそっちで知ってしまったことになる・苦笑)が、本書(『覗き窓』)の内容とあわせて、翡翠の<苦悩する名探偵>としてのキャラクターがどんどん際立っていくのがいささか意外。 いや、フツーのシリーズもの名探偵ならきわめて王道の流れではあるが、その王道を見せるタイプの主人公だとはついぞ思っていなかったので。 シリーズの先行きは期待半分、不安半分という現在の評者の気分だが、たぶんまちがいなく、作者は納得できる着地点を見せてくれるだろう。いつか。 しかし、これだけ翡翠の文芸設定、特に司法機関との関係性が匂わされると、割を食ったのは天祢涼の音宮美夜シリーズ(ニュクス事件ファイル)だなあ。最後の活躍からすでに5年、万が一来年あたり復活しても、「あー翡翠のマネしてる」と言われそうだ。いや、こっちの方がずっと先輩なんですが(笑・汗)。 最後に本書(『覗き窓』)の評点は、8点にしようかギリギリ迷った末の、この点数で。 |
No.1680 | 5点 | 巫女島の殺人 萩原麻里 |
(2022/12/05 07:21登録) (ネタバレなし) 「呪術島」こと赤江島の事件から帰還した幼馴染の女子大生・三嶋古陶里(ことり)と僕<秋津真白>は、民俗学の女性准教授・世志月伊読(よしつきいよみ)に呼び出された。実は世志月のもとに、瀬戸内海の小さな島「千駒島」からいわくありげな匿名の相談状が届いているという。奇妙な催事が行われるらしい千駒島が、赤江島同様、かの「呪殺島」ではないかとの疑念を胸に、一行は島へと向かうが。 「呪殺島」シリーズ二冊目。 それなりに楽しみにしていた二作目だが、読み進めるうちに、今回は前回以上に、雰囲気優先の昭和スリラー的B級パスラーだと改めて実感する。 困ったのは一番のサプライズのネタが早々とミエミエなことで、これに気が付かないミステリファンはそうはいないだろ、とも思う。 もうひとつの仕込み、島全体の真相の方はちょっと面白かったが、一方で21世紀に今さらこんな文芸設定を軸に勝負に来られてもなあ、という感じでもあった。そういう種類のもので、ソノ意味では微妙。 もちろん2020年代に書かれる国産パズラーがみな新本格の範疇になければならないということは決してないのだが、ここまでその手のトリッキィさやテクニカルさを放棄し、一方であからさまなサプライズ(あ、形容矛盾だ・笑)とやや強引な世界観を売りにされると、悪い意味で作品全体が古めかしい。 昭和から一部のタイプの作家によって綿々と書き継がれた、おどろおどろしさが真っ先にセールスポイントだった通俗スリラーパズラーの系譜、あの末裔と考えればいいか。 6点……あげてもいいけど、読後感を言葉にすると、正に「まぁ楽しめた」だなあ。よって、今回はこの評点で。 |
No.1679 | 6点 | 高島太一を殺したい五人 石持浅海 |
(2022/12/04 08:41登録) (ネタバレなし) 講師たちの間柄がアットホームな職場。それが未亡人の塾長・高島多恵子が今まで築き上げた学習塾の評判だった。だが塾生のひとり、中学三年生の枝元絵奈は秘密の連続殺人犯であった。多恵子の息子で塾講師のひとり・高島太一は、家業の塾の生徒が殺人者という醜聞を秘匿するため、絵奈を謎の殺人鬼当人に殺されたように見せかけて殺害する。だがそんな太一の行為はほかの講師たち5人にも露見しており、彼ら彼女らはそれぞれ別個の思惑から、太一を殺害しようとするが、そんな面々が見たものは……。 設定は、旧クライムクラブか1950年代のポケミスに散見した、当時の新時代の海外ミステリの波を思わせるようで面白かった。 主人公の5人が何を認めて何をしようとするのかはナイショだが、そのあとの贅肉をそぎ落とし、ひたすらロジックを弄する作劇の流れもおもしろい。 ただし弱点は、この物語の果て、やがて迎える終盤にサプライズを設けるなら、あの手しかないだろ、と思っていたら、まんまとその通りだったということ。 正直、このオチは、大半の読者がヨメるのではないか。 逆に言えば、あと、さらにもうひとひねりのツイストが用意されていれば、かなり高いコストパフォーマンスで最大級の効果を上げられたんじゃないかと思うんだけどな。 佳作、にはなってると思う。 |
No.1678 | 6点 | 骨 ビル・プロンジーニ |
(2022/12/03 09:02登録) (ネタバレなし) 「私」ことサン・フランシスコの私立探偵(オプ)は友人で元刑事のエバハートを仕事上の相棒に迎え、彼とともに複数の依頼を受けていた。そんなある日、設計技師の青年マイケル・キスカドンが、つい最近、実父の35年前の自殺を知った。その事実について調査を願いたいと申し出る。あまりに歳月が経っているため躊躇しかけたオプだが、キスカドンは当の父が著名なパルプマガジン作家のハーモン・クレインだったと説明。オプが探偵業界の中でも有名なパルプマガジンの収集家だと最初から知って、難しい案件を依頼にきたのだった。そんな依頼人の思惑にまんまと乗せられ、調査を開始するオプ。が、やがて白骨死体が予期せず発見される形で、過去の殺人事件が浮上してくる。 1985年のアメリカ作品。他作家との合作編(向こうのレギュラー探偵との共演編)2本を含めて、オプシリーズ12番目の長編。 巻頭でリスペクトの言葉とともにマクベインに献辞が捧げられているが、本作も本筋の事件を追うオプのメインストーリーと並行して、周辺キャラたちとの日常描写がふんだんに盛り込まれる。 その意味でまさに87分署ものを連想させなくもない。 ヤワい作りの多いプロンジーニのオプものにしては比較的、しっかりした方の謎解きミステリで、過去の作家クレインの死については閉ざされた室内での本当に自殺? まさか密室殺人? という方向に興味が誘導される。 以前にも密室・不可能犯罪ネタを扱ったことのある本シリーズだが、今回の方が解決は、いくぶんマシになったような(それでも半ばチョンボな密室トリックではあるが)。 というわけでストーリーそのものはそれなりに出来がいいし、作者が書き込んだメインキャラクターたちは相応の存在感だが、一方で送り手の興味のない登場人物は本当に影が薄い感じ。お話も作りは悪くないくせに、全編の緊張感が乏しいので、正直やや、かったるい。 それでもちょっと余韻のある? クロージングを含めて、トータルとしてはまあまあの仕上がり。評価は佳作でいいんじゃないの。 【余談その1】 中盤で、少し前から自分の事務所にエバハートという相棒を迎えたオプが、自分たちを同じサンフランシスコで1929年に活躍していたスペード&マイルズ・アーチャーと比較するのには笑った。いや、気分はわからないでもない。 【余談その2】 オプと恋人ケリーが自宅で『ゴジラ対モスラ』なる映画のテレビ放映を観る場面があるが、正確にはそんな日本語表記される作品はない。1985年でまだゴジラVSシリーズも始まっていない時期の作品だから、これはフツーに『モスラ対ゴジラ』の方だな。 |
No.1677 | 8点 | 名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件 白井智之 |
(2022/12/02 07:47登録) (ネタバレなし) う~む。全体的にはもちろん面白かったが、自分の場合は下馬評の高さが期待を過剰に煽りすぎ、それゆえ読んでる間は、いまひとつ盛り上がらない感も……(汗)。 ようやく本気で作品をスキになれたのは、最後の解決のくだりと、そのあとのエピローグの真相で、なのであった。 ただし、前者の最大の大ネタはもちろん、後者のサプライズにしても、どこかで読んだような気がするのは、いささか歯がゆい。 それでもトータルとしての加算で言えば、十分に力作で優秀作。 その評価には、何ら異存はない。 ちなみに最後のオチは、そういうことなのだろうと思って作者名と漢字一字を打ち込んでTwitterで検索したら、ああ、やっぱり……と腑に落ちた。 すみません、自分はまだ(以下略)。 7点にしようか8点にしようかギリギリ迷って、現状の気分でこの点数。 それにしても今年の国内作品は豊作だのう。 残りあとひと月、ダメ押しでどういう作品が出てくるか、楽しみではある。 |
No.1676 | 6点 | 密室演技 生島治郎 |
(2022/12/01 15:36登録) (ネタバレなし) 文庫オリジナル。1979~80年にかけて「小説推理」や中間小説誌に掲載された私立探偵・志田司郎主役編の短編を6本集めた連作集。 以下、簡単に感想、あらすじなどのメモ書き。 (なおブックオフで買った本だが、目次の各編のタイトルの上下に鉛筆で、これは「裏窓」とか「大鹿マロイ」とかネタ元、または連想されるキーワードが書いてあるのには笑った。) 『過去との清算』……不動産業で成功している夫が悪い女に引っかかり、手切れ金を要求されているということで、その支払い役を司郎に願う妻が依頼人。短い尺数にテンポの良い展開が詰め込まれ、真相の意外性もなかなか。 『密室演技』……さる秘密を抱えて司郎に相談してくる、人気アイドル俳優が依頼人。密室殺人が生じるパズラー要素のある、本シリーズでのたぶん異色編。トリックはどこかで見たようなものだが、そういう意味で名探偵役を務める司郎の図が楽しい。 『目撃』……創作中の気分転換に、こっそり町の人々のプライベートを双眼鏡で覗き見する趣味がある若手推理作家の目撃したものは? これが『裏窓』(原作はウールリッチの『窓』だっけ)ネタの話。早めに犯人側のトリックを半ば明かし、後半は別の興味に誘導。 『歪んだ道』……姿を見せない謎の女依頼人がヤクザとの交渉を司郎に願う。『追いつめる』で重要な物語要素だった大物ヤクザ組織の浜内組が再登場し、志田司郎ファンには嬉しい一本。事件の意外性も結構な感じ(ただし、ある趣向から、先読みできる部分もある)。手元の古書の目次には本篇の上に「Good」と書き込まれていた(笑)。 『ねじれた女』……司郎が六本木の酒場で出会った美女は、さる秘密を抱えていた。あまり詳しく言えないが、ファンには、シリーズの中でもちょっと印象に残る話になるかもしれない。クロージングが読み手の情感を煽る。 『悪運に乾杯』……刑務所帰りの初老の男が、悪い男に騙されて覚醒剤中毒になっている娘を救ってほしいと依頼してくる。「大鹿マロイ」と目次の鉛筆書きにあったので、まんまの元カノを捜す話を予期していたが、だいぶ印象が違う。佳作。 相変わらず、基本はやくざを相手に渡り合うトラブルシューター稼業の話が基本で、その上でそれなりのバラエティ感を抱かせるのは強み。 大半のエピソードが仕事がない、金がない、という司郎のボヤキから開幕。この辺の人間臭さが(いささかテンプレで定番ながら)、志田司郎というキャラクターが長らく生島ファンから愛された事由ではあろう。 いろんな長編ミステリの合間に、外出時の待ち時間や車内の読書用にもってこいの一冊であった。 |
No.1675 | 5点 | 幽霊は夜唄う 草川隆 |
(2022/12/01 07:32登録) (ネタバレなし) 1980年代半ばの東京。広告代理店の新卒社員・北川繁は、1960年代の懐かしのカルチャーに浸るのが趣味。そんな繁が古雑貨屋から購入した一枚のレコードは、1963年4月の本格デビューを目前に若死にした新人歌手・中谷ゆき(本名:山岸和子)の遺した楽曲だった。そしてそのレコードを聴いた繁の前に、生前の若いゆきの幽霊が出現。さらに彼女は繁の恋人の女子大生・原田昭子に憑りついて、夜の間のみ彼女の肉体を支配するが。 1984年の書き下ろし長編。フタバノベルス版で読了。 裏表紙には、幽霊のゆきが昭子の肉体を借りて再デビューしたのち、やがてゆきのおよそ20年前の死の真相を暴くミステリになる、といった主旨の内容紹介が書いてある。しかし実際に中身を読んでみると、犯人捜しのミステリ部は予想以上に浅く細く、これで「長編オカルト・ミステリー」を名乗るのはかなりスーズーしいんではないの? といささか呆れるほど。 実を言うと読み始める前は、フィニイの『マリオンの壁』みたいな、幽霊、そしてもうひとりのメインヒロインの肉体を共有する三角関係ファンタジーなので、そんな設定の上で、本作本来の独自性を獲得するために、後半は謎解きミステリになるのだな? と一風変わった作りを予期していた。 が、結局のところやがて暴かれるミステリ部分は正直、前述の程度のモノ。 なんつーか、小学館か学研、旺文社の学習雑誌の別冊付録につく、若手作家の書き下ろしジュブナイルミステリみたいな感じだ。悪い意味で。 作者自身が60年代カルチャーに興味があるっぽく、その辺を語るときは少し筆が弾むのは良かったが、芸能界の闇の部分は正にテンプレで書いた感じで、う~ん。 古い少女漫画風のラストは、よろしい。 評点は0,5点くらいオマケして、この点数で。 まかり間違っても、ミステリとして、ちょっとでも期待して読んではいけない(そんな人はいないと思うが)。 |
No.1674 | 7点 | シェリ=ビビの最初の冒険 ガストン・ルルー |
(2022/11/30 18:43登録) (ネタバレなし) たぶん20世紀の初め。フランスからギアナの流刑地カイエンヌに向かう、大型囚人護送船バイヤール号。その中には40人の女囚をふくむ800人の囚人がひしめき、さらに一部は家族連れで彼らの監視にあたる看守たちが乗船していた。そんな囚人たちの大半からカリスマ的な支持を受ける犯罪者は「シェリ=ビビ(大事な可愛い人)」の異名をとる青年ジャン・マスカール。もともとは肉屋の見習い職人で、地元の年上の令嬢セシリー・ブルリエに片想いの念を抱いていた。数奇な運命の繰り返しから闇の世界で一目置かれるようになったシェリ=ビビは、監房を脱出すると護送船上での反乱を開始したが。 1913年に初出連載された新聞小説で、定本は1921年に刊行されたルルーの悪漢主人公「シェリ=ビビ」ものの第一弾。 すでにルルーは1907年の『黄色い部屋の秘密』からルルタビーユものを始めており、そちらが軌道に乗ったなかで新しい主人公の活躍譚を求めて本作を執筆したらしい。 今回はじめて日本には、ジゴマやファントマと並ぶ「フランスの怪人的悪人」として紹介(第一作が完訳)されたわけだが、シェリ=ビビのキャラクターは「怪人」というよりは、等身大の青年犯罪者という感じで、あえて言えば、おのれの内面について饒舌になり、読者に妙な親近感を抱かせるときのルパンに近い。 殺人は行なうが、必要があればやむなくためらわず殺すものの、必要がなければ極力、殺傷はしないという線引きもかなりしっかりしている。 たとえば評者が読んでみて、(最終的な倫理の善悪の枠内での是非はともかく)シェリ=ビビのあまたの殺戮で、その行為の原動が理解できないものは皆無だった。この辺は読み手と作品の距離感の上で、重要な要素であろう。 物語はハイテンポに進んで退屈することはまったくないが、洋上の反乱劇の第一部と、後半、舞台を変えての第二部。本文一段組ながらハードカバーで通算500ページ以上のボリュームがあり、さすがに軽く疲れた。 ちなみに本気で物語のサプライズを味わいたいのなら、国書の翻訳書のジャケットカバー折り返しのあらすじも読まない方がいい。中盤の大きなイベントを明かしてしまっているので。 全体にお話作りは悪くないものの、主要登場人物のなかでしっかりキャラが立っているものと、けっこう悪い意味で記号的に語られて済まされてしまっているものが混在し、その辺はちょっとよろしくない。 とはいえ印象的なシーンとか、ツボにハマるような細部の描写はなかなかなので、トータルとしては佳作~秀作。クライマックスの死闘のくだりも、なかなか迫力がある。 なお本書の巻末の解説では触れられておらず、どっかネットで見聴きした情報だと思うが、シェリ=ビビはのちのシリーズのどこかで、我らがルルタビーユとも共演しているらしい(嬉!)。いつかその該当作だけでも翻訳してほしいものですな。 |
No.1673 | 6点 | コンプレックス作戦 リチャード・テルフェア |
(2022/11/28 07:11登録) (ネタバレなし) 「私」こと諜報員モンティ・ナッシュは、DCI(対敵諜報部)のアメリカ本部に呼び出された。そこで上司テイラーと、3人の上院議員、下院議員から受けた説明によると、アメリカ国内で某国の戦略核兵器製造計画が秘密裏に進行しているらしい。その謎の計画の鍵を握るのは、ナッシュのかつての学友で、敵陣衛に洗脳された気配のある不動産業者ニック・トーマスだが、彼はつい先だって死亡したという。暗躍する敵の暗号名は「コンプレックス」? テイラーたちは無制限の費用と人員の人事権をナッシュに託し、最大特権の単独工作員(ソロ・マン)として事態の調査と敵の作戦の阻止に当たらせる。だが、いざ任務に就いたナッシュの前には、敵味方そして一般市民も含めて、死体の山が築かれていく。 1959年のアメリカ作品。モンティ・ナッシュ、シリーズの二冊目。 わずかな情報を探りながらナッシュが動き回るうちに、冗談のごとく人死にの描写が続出。 80年代以降に書かれた、50~60年代スパイ活劇小説ジャンルを振り返ったブラックユーモアのパロディ作品のごときだが、そういう素性のものではなく、正に当該時期ど真ん中のその筋の一冊である。最終的にカウントされるナッシュの周辺で死亡する人間の数は20人近く。そのほとんどが一人ずつ死んでいき、そして最後には世の無常を嘆くナッシュの慨嘆でまとめる。 いや、ここまで割り切った作りだと、ある意味、潔い。 とはいえ物語の前半、標的の周辺に接近するため、あるいは探りの手を入れるため、手段を択ばないナッシュの準備の段取りはなかなか面白い。なんたってアメリカを核兵器から守るためという大義があるので、政府の秘密裏の公認でやりたい放題。 ギャンブル好きの目的の人物に近づくため、NY警察の上級職刑事の同伴付で刑務所から凄腕のイカサマギャンブラーを連れてこさせ、延々延々とカード賭博の特訓を受けるくだりなど、おお、さすがは『シンシナティ・キッド』の原作者! という感じ。最高潮のテンションである。 (コーチの任務を一通り終えて去っていく際の、教導役のベテランギャンブラーとナッシュとの間の妙な連帯感と距離感が、笑えて泣ける。) ほかにも初対面の美人エージェントを動員し、これまで任務のために男と寝たことがないという彼女に半ば強引にハニトラを指示するあたりのナッシュのワル? ぶりも印象的。その辺もみんな、アメリカ市民を守るためということで正当化だ。クレイジー。 テンプレといえばソレ以外の何ものでもない作りかもしれんが、作者の自覚的な毒気もあちこちに透けて見えて、なかなか面白かった。 といいつつどっかの局面で、DCI本部はナッシュのもとに増援をよこしてもいいんじゃないの? とも思ったが(なんせ、コトがコトだし)、その辺は結局は最終的には、現場判断のヒューマン・ワークということか(ん~?)。 B級の枠は微塵も超えないけれど、微熱にうかされたような勢いでいっきに読める作品ではある。終盤のドンデン返しもパターンといえばパターンながら、このお話の作りには似合うサプライズ。 ヒトによっては、くだらね~読み捨て旧作スパイ小説、と謗るだけの一冊かもしれんが、個人的にはちょっとあれこれ思ったり感じたりするとこはあった。 佳作……という言葉は、なんか違うな。まあその程度には十分、楽しめた。 |
No.1672 | 6点 | シェア 真梨幸子 |
(2022/11/27 08:28登録) (ネタバレなし) ユーチューバーとしての利殖に頓挫した40歳の喪女で処女の鹿島穂花は、相続した新宿区内の古い古い家をシェアハウスに改造して家賃を得ようとする。環境を整える一方、大手不動産会社「ガラスの靴」の斡旋で6人の同世代の女性入居者が集まってくる。……が。 久々に真梨作品を読んだ。 帯には「これぞイヤミス!」と惹句があり、今回もおなじみの? という作風を期待させた。 が、実際の前半の感触は、人間悲喜劇みたいな味わいでちょっとニュアンスが異なる印象。とはいえ中盤~後半からは(以下略)。 ミステリ的には大仕掛けのミスリードが露骨で、本サイトに集うような読み手ならまず最低限のラインは見破れると思う。 ただしそのあとのくだんの案件の処理は、よくもわるくも「実は~だったのだ」的な、情報を後出しする作劇が基本となる。 悪く言えば、作者が物語を組み立ててまとめる作業を勝手に進め、読者はそのあとをへいへいと言いながらついていくだけという思いだ。まあそれでもそれなりにパワフルに、いささかトンデモかつ悪趣味なドタバタ劇? をぐいぐい読ませてしまうあたりは、やはりベテランのお仕事であろう(と聞いた風なことを言うほど、評者はまだ実はこの作者の著作はそんなに読んでないのだが)。 なんのかんの言っても、戦後昭和史を何十年単位で振り返る作業もふくめて、やがて凸凹したひとつの物語像が浮かび上がってくるあたりの感覚は、なかなか面白くはある。 評点は7点に近いこの点数ということで。 |
No.1671 | 8点 | 殺しのフーガ テッド・ルュイス |
(2022/11/26 16:34登録) (ネタバレなし) 「俺」こと38歳のジャック・カーターは、ロンドン暗黒街の大物レズ&ジェラルド、フレッチャー兄弟のもとで働く荒事師。だが今はひそかにジェラルドの新妻オードリーを寝取り、そして新たなボスのもとに鞍替えしようと画策していた。そんななか、故郷の町で不仲だった兄フランクが、崖から車で転落死したという知らせが入る。ジャックは、フランクの死に何者かの陰謀を感じ、そしてフランクの遺した16歳の娘(もしかしたらジャックがフランクの妻ミューリアルと不倫して生ませた子供かもしれない)ドリーンの周辺に何かトラブルの影を認め、町での調査を開始する。だが土地の悪事の根は予期せぬ形で表れ、さらにロンドンのボスたちはジャックの動きに牽制をかけてきた。 1970年の英国作品。 当時の英国のマフィア的なシンジケートに属するプロ犯罪者の主人公ジャック・カーターを主役にしたクライムノワール系ハードボイルド連作シリーズの第一弾。 (とはいえたぶん作者は、この時点ではシリーズものにする気はなかったことは、本作を通読すると物語の中身から窺える。ちなみに第二弾以降はまだ未訳だ。) 現状のAmazonには書誌データの登録がないが、最初の翻訳『殺しのフーガ』は1973年に角川文庫から刊行。翻訳者は少し前に『ゴッドファーザー』の邦訳で稼いだ一ノ瀬直二。 本作の映画化作品(邦題『狙撃者』)の公開に合わせて刊行されたが、原作の邦題は『殺しのフーガ』と洒落たものがつけられている。評者は実際にこの作品を読むまで、その『殺しのフーガ』の邦題の映画が存在し、それに合わせて原作の日本語タイトルも決まったのだと思っていた。 近年、リメイク映画が公開され、そっちに合わせて原作の新訳も出たようだが、評者はそっちの現物は新刊でも古書でも見たこともない。 今回、評者は旧訳の角川文庫版で読了。 (少年時代の昔から、そのカッコイイ響きの邦題と、アンニュイそうに銃を持つ主人公らしき男のスチール写真が、気にはなっていたのだった。) 冷酷な荒事師の主人公ジャックはヤリチン男で、過去の非行少年時代の回想もふくめて頻繁にエロでワイセツな叙述はあるが、思った以上にリアルタイムの濡れ場は少ない。一方でメインヒロインの一角といえる16歳の少女ドリーンはすでに処女も喪失しており、その辺も含めてセンジュアリティよりは、エロティシズムの過激さを成分とするノワール。 実際にやがて露わになる事件の真相もたぶん原書の刊行時としては、かなりショッキングなハズだ。 とはいえジャックは冷酷で殺人も辞さない荒事師な一方、なさぬ仲だった兄フランクや自分の実の娘かもしれないドリーンとの肉親の絆は重視するし、自分の作戦に巻き込んでしまって被害が生じた場合など、相応に相手に負い目を感じたりもする。 その辺のキャラクター描写(というか性格設定)のバランス感に独特の味があり、なるほど読者から本書が好反応を得たというならシリーズ化もありうるだろうな、とは思う。 田舎町の情景描写や、思いがあちこちに飛ぶ心象の叙述を地の文で長々と書き込みながら、一方で主要キャラ同士の会話が始まると今度はジャックの内面描写は抑え気味にしながら、ダイアローグだけで物語が進行したりする。 つまり、かなりメリハリの効いた作りこみの小説で、巻末の訳者あとがきや表紙周りの文言では「ありふれた犯罪小説の域を超えさせた」とか「単なるスリラーでなく、文学作品」といった修辞が目につくが、なんとなく言いたいことはわかる。 基本はドライで苦いノワール・ハードボイルド。 そして、そこかしこに滲む妙な情感と、そこに身を預けようとしかけると、読み手をぞっとさせるバイオレンス&過激な描写との振幅で最後まで緊張感を維持させる秀作。 個人的にはここできれいに? 終わった方が良かった気もするが、ジャック主人公のシリーズが続いちゃったんなら、それはそれで。 ということでどっかから、続きの邦訳を出してくれ。 |
No.1670 | 7点 | 奔流の海 伊岡瞬 |
(2022/11/25 07:18登録) (ネタバレなし) 1968年の夏。静岡県の千里見町を襲った巨大台風は、未曾有の被害をもたらした。そんななか、赤ん坊を抱えた若夫婦は避難を試みる――。 それから20年。千里見町のさびれた旅館「清風館」に、東京からひとりの大学生、坂井裕二が宿泊する。女将である母・智恵子とともに、旅館を切り回すバイト女子・清田千遥(ちはる)は、そんな裕二に次第に関心を抱いていくが。 途中で一回、飲み物を取りに行ったくらいで、三時間前後でほぼ一気読み。 リーダビリティの高い新刊には今年も何冊も出会ったが、これもまたトップクラスの一冊だとは思う。 とはいえ何か物足りないのは、あまりにドラマのためのドラマとしてお話が進んでいくからで。大体、(中略)と思った(中略)がみんな(中略)。 何世紀もあとに残るようなおとぎ話の大人向け版をじっくりと読まされた感じで、ミステリ成分は確かにあるけど、それはあくまでドラマに、小説に奉仕するように組み込まれている。 あー、シドニイ・シェルドンあたりのA~S級通俗大衆向けエンターテインメントを、わさび醤油で煮込んだらこんな感じの作品になるかもしれヌ。 ひとばんじっくり読めて楽しめたし、伊岡作品の系列では懐かしの『もしも俺たちが天使なら』みたいなティストも感じたりもしたけど(どこがじゃ?)、個人的にはこーゆーある種の優等生的な作品には、イマイチ思い入れが育たない面もある。 (というか、第二部の六章の最後では、小説のあまりに(中略)な作り方に、おひおひ……いとうホンネであった・汗。) イヤミや悪口でなく、中高校生の頃に出会っていたら、もっと素直にナチュラルに、受け入れられたかもしれんな。そんなことを思ったりする作品。 これだけ不満タラタラ。でも一方で、力作だともいい作品だとも思うんだよ。 自分に苦笑しながら(もしかしたらこういう作品をキライになりきれない己に酔いながら)、この評点(汗)。 |
No.1669 | 5点 | 夜の刑事 ルドヴィコ・デンティーチェ |
(2022/11/24 08:20登録) (ネタバレなし) 「おれ」ことステン(ステファーノ)・ベッリは、ローマ警察外人課の警部。だがその裏では、金のために事件のもみ消しやでっち上げも辞さない悪徳刑事だった。そんなステンの裏の顔を知った弁護士マッシモ・フォンタナが、ひそかに頼みごとをしに現れた。用件は二つあり、ひとつはもうじき成人する息子ミノが、ユーゴスラビア人の恋人エルヴィ・ルポヴィクと交際し、抜き差しならぬ状況になっているので対処してほしいということ。もう一つは、フォンタナの妻でミノの義母であるヴェーラが後援している映画業界人マルコ・ロマーニの身元を調べてほしいということだった。大枚の謝礼を受け取り、公務の陰で動き出すステンだが、そんな彼は思わぬ殺人事件に遭遇する。 1968年のイタリア作品。 邦訳は、フランコ・ネロ主演の映画公開にあわせて公開されたようだが、くだんの映画は観てない。 なんとなくカッコイイ題名だけは、少年時代から気になっており、古書店の100円棚で出会ったポケミスを引き取ってきて読んでみる。 なお現状でAmazonに書誌データがないが、ポケミスは1110番。1970年5月15日の初版発行。 訳者の千種堅という人はあまり聞かない名だが、当然と言うかなんというか、やはりイタリア文学者らしい。全体的にヒドイ訳文ではないが、ところどころ固い言い回しは少し引っかかった。 それ以上に気になったのは、場面場面に登場してくる劇中人物、特に女性キャラの固有名詞を意図的に曖昧にしている気配のある気取った叙述。 具体的には「おれ」(ステン)が、誰かこれまですでに劇中に登場しているヒロインにまた出くわしたことはわかるのだが、名前をはっきり書かないので、一体誰と会ってるのかスムーズにわからない。地の文で髪の色とか目の色とかが描写され、人物メモを参照して、ああ……だな、とわかるとか、そんなことがしょっちゅうあった。作者は(もしかしたら訳者も)絶対に読者を振り回して面白がってるだろ? これ。 お話の方もチャンドラーのツギハギ長編みたいに事件の軸がズレて次の案件にスライドしていくような作劇に加え、さらにストーリーの整理が悪いときのロスマクみたいなややこしい人物関係が用意されている。 (そのくせ、結構芯となる部分の「実はあの人物は、あの人だったのだ」は、かなり、わかりやすい・笑。) いずれにしろ、ジャンル分類でいうなら一匹狼のセミ・ダーティ刑事が主人公のハードボイルドだな。実質、やってることは私立探偵の捜査だが、関係者に警察手帳やバッジを見せて話をスムーズに進める一方、横の仲間の刑事連中との摩擦も相応にあって、その辺はまあ悪くない。 情景描写の量感的な意味でのバランス、テンポの良さや印象的な場面の設置などの点では、米英のハードボイルドミステリをよく真似てあるとは思うのだが。 そーゆー訳で終盤の方は錯綜する物語の真実を楽しむというより、ついていくだけで必死で、ひたすら疲れた(汗)。エンターテインメントとしては、あんまり高い点数はやれない。 ただ、ラストの1ページだけはなかなかカッコイイ。 具体的には言わないが、ビジュアル的にも鮮烈で、確かにハードボイルドしている。 イタリアのミステリ事情なんて、21世紀の現在までほとんど知らない評者だが、本作の続編は書かれたのであろうか? 本当にちょっとだけ気になる。 評点は、まさに「まあ楽しめた」一冊なので、この点数で。 |
No.1668 | 6点 | 一千億のif 斉藤詠一 |
(2022/11/23 07:25登録) (ネタバレなし) 南武大学人文学部の三年・坂堂雄基は就活を控えて、企業とのコネがあると喧伝した准教授・有賀幸一郎のもとに足を運ぶ。歴史上のありえたかもしれないifの分岐について研究する有賀の研究室「有賀研」は、修士(大学院生)一年の女子・冬木小春のみが所属する弱小組織で、雄基は半ば強引にメンバーに加えられた。そんな雄基だが、実は彼の実家の坂堂家には、大きな、そして意外ないくつもの歴史上の秘密が伏在していた。 タイトルと帯に書かれたあらすじから、文春文庫の某・海外長編作品のような、歴史の記録の向こうに現実の世界とはまた違うパラレルワールドの存在が透けて来るSFミステリだろうと予期していたら、まったく違った(笑)。 スーパーナチュラルなことは基本的にほとんど起こらない、一応はリアルっぽい作品世界を舞台にした、広義の歴史探求ミステリ。 全4話(第一話のみ雑誌に掲載され、あとは書き下ろし)の連作短編っぽい構造だが、軸となる大きな謎はなかなか全貌を見せず、最後のエピソードでようやく明らかになる作りでもあり、やはりどちらかといえば長編に近い。 有名な、明治時代の(中略)消失の謎、さらには(中略)の行方を追う物語の主題など、なんやまったく某・先輩の乱歩賞作家の著作の世界やんけ、と思わされたが、さすがに少しはアレンジがされている。 しかし全体的になんというか、悪い意味でのジュブナイル作品か、あるいは赤川次郎のライトミステリを読んでるような印象の、あまりよろしくない軽さが全編につきまとっている感じであった。 こーゆーものはキライでなく、むしろ好きな方なんだけど、なんか送り手がツーランクわざと落としてまとめてみた、ヤングアダルト作品のような印象が免れない。 読後にネットで先に読んだヒト様のお声をうかがうと、古き良き冒険小説といった主旨でホメている方もいたが、評者とは「古めかしい」という部分の認識だけは共通する(汗)。 悪口じゃなく、おっさんではなく、十代~二十代前半のあんまり小説をよまない読者向けの作品だったかもしれん。 ただまあ、青春ミステリとして考えるなら、主役トリオのキャラクターはけっこうスキ。シリーズ化されるなら、それはそれで歓迎ではあるが、作者がそればっか書くようになったら困るしイヤだなあ、ともちょっぴり考えたりしている。 |