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ミステリの祭典

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昼と夜の顔

作家 北村鱒夫
出版日1963年01月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 人並由真
(2023/05/28 08:26登録)
(ネタバレなし)
 1960年代前半の東京。新橋駅西口に編集部がある二流芸能誌「ムービー・タイムス」の記者で30歳前後の佐塚茂は、ある日「多田」と名乗る60歳位の男からネタの売り込みを受ける。多田が持ち込んだ情報は、大手映画会社「国映」の人気時代劇青年スター、深沢圭吾の過去の女性スキャンダルにからむものだった。人気スターの醜聞ネタはいっとき、発行物の部数を増やすが、映画会社からは睨まれ、さらに万が一ガセネタならば購読者にそっぽを向かれる危険性があると判断した佐塚は慎重策をとる。多田の提示した情報は、圭吾の元内縁の妻で、今は薬物中毒のホステスという女・稲垣サチの存在であり、佐塚は多田の導きをもとに、まずサチの友人という女性・真田浮子を訪ねるが。

 少し前に気が向いて、ヤフオクの「文学・小説カテゴリー」のうち「ミステリー」の項目の落札履歴を「落札価格の高い順」に検索。その検索当日の時点から半年以内の稀覯本そのほかが高価な落札順に出てくるが、その中に一冊、7万円以上の落札額(!)で、入札数ものべウン十件という、しかし作者名も書名も、評者の全然知らない作品がある。
 なんじゃこれ? と思って、ネットで探すと同じ本が某所で3万円以上なら売ってるが、もちろんさすがに買う気はない。しかしタダなら読んでみたい、と思っていたら、あっという間に某経路から、すぐに借りられた(笑)。で、一読。

 内容は上述のあらすじのごとくであるが、作者・北村鱒夫(きたむらますお)は裏表紙の紹介によると、1925年12月京都生まれ。中学卒業後、郵便局員を振り出しに鋳造工、水夫、ブローカー、雑誌記者、商業デザイナーなど十数種の職種を転業、そのかたわら「新日本文学」「群像」「宝石」に作品を発表、とある。まるでエヴァン・ハンター(エド・マクベイン)みたいな経歴だが、すまん、まるで知らなかった(汗)。

 で、一読しての感想だが、スキャンダルに喰いつくやさぐれ芸能ジャーナリストの主人公の視点から入っていく導入部は、王道ながらそれなりに快調。文章もなかなか味があり、弱肉強食の芸能界のせちがらさを憐れむとも揶揄するともつかぬ随所のレトリックなど悪くない(もちろん昭和ティスト満々だけどな)。
 キーパーソンとなる男優・圭吾、そしてその周辺の女性との関係性が少しずつ覗けてくる一方、主人公・佐塚自身の少しややこしい過去像なども見えてくる筋捌きなど、前半はそれなりに読ませる。
 ただ正直、中盤からは、話の接ぎ穂をいささか強引に行った感があり、登場人物の煩雑化、ストーリーの焦点が定まらなくなってくるなど、次第にヤワになってくる。かなりノープランで書き始め、なまじある筆力で強引にお話を最後まで引っ張って、結局はあまり面白くないものができてしまった、というのが正直なところ。特に最後、3章にわたって延々と某・登場人物の述懐が続くのは、なにか軽い裏ギャグかとも思えた(いやまあ、作中の当人はシリアスな告白ではあるのだが)。
 
 ぶっちゃけ、これに7万円払うヒトがいるんだから、いくら今の日本が不況だのビンボーだのと言っても、まだまだ余裕あるでしょ、というところ。
 それとも格差社会の本当に一部の上流階級のみが、こんなもん買っているのか? こっちはタダで読ませてもらって、それなりの業界(映画業界)風俗ミステリだと思ってるからいいけれど、実際に大枚払ってこれ買って、読んだ人のホンネの感想を聞いてみたいもんである。

 評点は0.25点ほどオマケ。細部には(小説として)いいな、と思うところもあるにはあった。

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