人並由真さんの登録情報 | |
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平均点:6.33点 | 書評数:2106件 |
No.1806 | 7点 | クローズドサスペンスヘブン 五条紀夫 |
(2023/06/06 07:02登録) (ネタバレなし) 首を切られた男は、気が付くとリゾートビーチと西洋館がある場所にいた。そして男の前には、すでに先にここに来ていた5人の男女がいた。彼らは全員、現実の世界で首を斬られて殺され、記憶を失くした状態でこの「天国屋敷」に来ているらしかった。誰が誰なのか? 事件の真相は? そして犯人はなぜ、一同を殺したのか? 殺人事件に関わって死亡した人間たちの残留思念が、いわゆる成仏できずに天国めいた場を形成。そこではその世界の条理に則したことは可能だが、そうでないことは許されない。 そんな特殊設定のなかで語られるフーダニットパズラー。 300ページない紙幅で、リーダビリティも高い内容なのでスラスラ読めるが、中味は相応に練られてはいる。 で、ネットでは一部、部分的にインチキとかズルではとかの声もあるが、評者的にはさほど気にならない。ただし真相が割れたのち、何人かの登場人物の言動に、そうなっちゃうのかな? 的な摩擦感を覚える箇所はあった。もちろん詳しくは言えないが。 器用に話を転がし、妙な抒情性の雰囲気の特殊設定パズラーとしてまとめてあるとは思うが、なんであそこで? 不自然やろ? 的にツッコム人は出そうだ。まあ、その辺は。 あと、世界観の設定が、話の都合に合わせ過ぎるとか感じる人もいるかもね。 ただし、それらの辺を考えても、得点的には十分以上に面白くはあった。 青臭い感じもあるが、それはこの作品の場合、魅力に思える。 |
No.1805 | 6点 | 北太平洋の壁 福本和也 |
(2023/06/05 14:55登録) (ネタバレなし) 1989年5月4日、ワシントンのシアトルで4人の日本人が射殺された。被害者はそれぞれ日本で純金売買投資にからみ、老人からあくどい詐偽を働いていた商社犯罪の中核らしい。シアトル警察の捜査で容疑者が浮上する。が、その容疑者当人は、すでに4月の末に日本に向かうヨットでの太平洋横断の航海に出ており、やがて日本に到着するはずだった。どんなに急いでも相応の日数がかかりアリバイは保証され、最短距離とされる北太平洋ルートなら、ぎりぎり引き換えしての犯行は可能だった可能性もあるが、その北太平洋ルートは荒海、濃霧などの超難関航路で、現実にはその航路もまた無理のはずだった? 太平洋航海を股にかけたアリバイ崩し、という趣旨の裏表紙での煽り文句が面白そうだったので、ブックオフの100円棚でしばらく前に文庫版を購入。今回読む。 当初から容疑者が絞られるアリバイ崩しものなので、フーダニットの興味は薄いハウダニットパズラー? それとも……とか、ちょっと期待して読む。 良くも悪くも通俗ミステリ作家としての実績が長い作者で、しかもたぶん現実にあった昭和末期の大手詐偽事件をネタにしているらしいので、ガチガチのパズラーという訳でもなく、読み物としての雑駁な要素も多い作品。 しかも主人公の探偵役はメインどころが二人登場し、ひとりは本庁二課のベテラン刑事・南郷だが、もうひとりは、大物ヤクザの息子(今は、父から受け継いだ組を表向きはクリーンな会社にしているが、実質的にはやっぱり裏社会の人間)で同時に国際線のパイロットでもある美青年・酒巻(新本格のキャラものみたいに、人物設定を盛りすぎである)で、その酒巻の設定をもとに、作者の十八番の航空ネタの話題も広がっていく。 ただし中盤以降もパズラーの本分をまったく忘れたわけではなく、途中で大ネタを明かし、謎解きものとしてはここで底を割って、あとは完全に通俗ミステリか? と思いきやそこでまたひっくり返し、広義の不可能犯罪パズラーの興味を煽る。あんまり詳しく言っちゃいけないけれど、この辺はなかなか面白かった。 とはいえ事件の真相に関しては、アレヤコレや……のパターンで、まあそっちでしょうね、という感じ。まあそれはそれで、それなりに楽しめた。全体としては佳作、くらいか。 なお思わせぶりに書かれたプロローグが(以下略)。これって、まったくの計算違いか構想の破綻の結果だよね? この部分は、カットしてもよかったのでは? |
No.1804 | 5点 | 群がる鳥に網を張れ ハドリー・チェイス |
(2023/06/05 04:24登録) (ネタバレなし) 保険会社「ナショナル・フィデリティ」の青年外交員ジョン・アンソンはやり手で高収入だが、一方で女とギャンブルが好きで支出も多く、いつも金策に追われていた。そんなアンソンは、40過ぎの園芸家フィリップ・バーロウの若くて美しい妻メグと、保険の契約の件で知り合う。ひそかに作家志望というメグは、夫殺しの女を主題にした創作の案を語るが、アンソンはそれが現実に、夫を殺して保険金をとろうと願い出る彼女の意思表示なのだと気づく。 1963年の英国作品。 本作の主人公アンソンが悪女メグとともに犯罪計画を企てるクライムノワール・スリラーだが、アンソンの勤務する保険会社の調査課長(不正な保険金詐欺がないか監督する)の中年男マドックスを主軸とする「マドックス・シリーズ」の一本でもある。 (同シリーズは大昔に『ダブル・ショック』を読み、それは今でも部分的に、結構内容を記憶しているつもり。) まぎれもないチェイス作品ではあるのだが、なんか話の題材というか主題がそれ以上にJ・M・ケインの諸作という感じのクライムストーリー。 話の流れは良くも悪くも、まあそうなるだろうな、とか、ああ、やっぱりね、なるほどね、という感じの展開が連鎖していき、退屈はしないが、さほどの緊張感も湧かない。 つまらなくはないが、良くない意味でこの手のものの定食という印象。 お腹はふくれるが美味かったかというと微妙な料理、みたいな手ごたえであった。 チェイスとしてはそこそこ、の方であろう。 評点は、正に「まあ楽しめた」なので、この点数で。 |
No.1803 | 7点 | 魔女の標的 平井和正 |
(2023/06/03 18:04登録) (ネタバレなし) たぶん(当時の)角川文庫のオリジナル中短編集。全部が広義のSF、またはホラー、ファンタジー。 表題作、『悪戯』『"女狼"リツコ』の三本の中編(または長めの短編)がハシラで、あとは長くても10ページちょっと~ショートショートの小品が8本。 ちょっと電車で出かけるので、車中のお供にと、大昔に購入したままで、少し前に自宅の奥から出てきたこれを手にとった。 表題作は、美貌の新任魔女教師が、主人公のいる学園を蹂躙する話。眉村卓の『闇からのゆうわく』によく似た設定だが、広い目で見れば漫画やドラマをふくめて21世紀の今ならあちこちにありそうな話。最後のメッセージ性というか主張は、この時期の平井らしい。 『悪戯』は、近未来の科学文明がいびつに進化した世界で、学生たちが新任の男性教師にあるイタズラを試みる話。1960~70年代の旧作だろうが、のちに出て来る某作品を想起させたりした。 『"女狼"リツコ』はもともとこれが目当てで購入(でもウン十年読まずに放っておいた・汗)で、少年ウルフガイ系の作品というから『博徳学園』みたいな、少年・明シリーズのパラレルワールド編だと思っていたら、嬉しいことに正編だった? 『狼の紋章』の直前の時期の世界線のエピソードとして、矛盾はないと思う。何か気づかない不整合があったら、教えてたもれ。 得した気分と同時に、さすがにこれはもっと早く読んでおけばよかったと軽く後悔。 残りの短編群は玉石混交という感じで、オチものらしいがそのオチがよくわからない話(『壁の奥の恋人』)がある一方で、21世紀の今なら「✕✕✕……」ものとして一言で片づけられそうな着想に真摯に純朴に向き合ってるなあと感慨を抱くような作品(『淋しい草原に』)などもある。ただ全般的に、昭和の旧作SF感は良くも悪くも……である。 ハシラの中編3本が得点を稼いで、それを何本か短編が応援して、この評点で。 |
No.1802 | 8点 | 悪の教典 貴志祐介 |
(2023/06/03 17:25登録) (ネタバレなし) ブックオフの100円コーナーに、新刊本みたいにきれいな帯付きの文庫本・上下2冊(2012年版の初版)があった。話題作としてタイトルくらいは知ってる作品なので、嗜みとして読んでみようと購入した。そこまでが、だいたい半年くらい前? の話。 で、今回読んだが、さすがに読了までは2日かかった。 とはいえ初日で約600ページ(下巻の半ばまで)読み進められて目の疲れを感じなければ最後までいっきに読了していたかもしれんかった。なるほど、リーダビリティは確かに申し分ない。 後半~山場にかけて、ハスミンのキャラクターは確かに転調した気配はあるが、もともと、そして最後でまた、己の足場を器用にずらすタイプのニンゲンなので、さほど気にならなかった。 山場の行為もなりゆき・プラス・試みてみたい己の関心の結果であろう。 文庫版のあとがきで三池監督が騒ぐほど、究極の自由を追ったキャラクターだともダークヒーローだとも思わないし、デスノートのニア風に言えば、ただの知能の高めのイカれた人間でしかない。そしてその上での何らかの接点は、たしかにどこかに覚えないでもないのだが。 お話は強烈な一方でまとまりがよく、最後のクライマックス、決着がどこでどうなるかについて、ミスディレクションを張りまくる作者のサービス精神には感嘆(感心でも感銘でもなく、感嘆)。 作風は相応に違うが、キングの一級作品に通じる量感はたしかにあり、それがそのまま読み手の快感になった。8点は妥当だとは思う。 |
No.1801 | 7点 | 決闘は血を見てやめる カトリーヌ・アルレー |
(2023/06/01 10:48登録) (ネタバレなし) 23歳のパリ娘で洋装店の美人店員パトリシア(パット)・ディメルジュは、アメリカ人の実業家で米国の外交特使を務める48歳の紳士クリス・メッシンジャーと知り合う。クリスは、パリ在住の間の秘書兼家政婦兼セックスフレンドとしてパトリシアと契約を結び、経済支援を初めとして優遇するが、他の男との浮気だけは認めなかった。そんなパトリシアはクリス不在中に暇を持てあまし、元学友で今は離婚女性のミッタから、評判のロシア人の女占い術師アラ・バリノフを紹介された。そんなバリノフが、パトリシアに告げた宣託は。 1973年のフランス作品。アルレーの第13長編。 愛人契約のようなものを結んだヒロインがやがて……の、マジメな艶談ドラマという感じでストーリーが展開。 フツーにぐいぐい読ませるが、犯罪性もミステリ味もほとんどなく、どこでミステリに転調するのだろ、と思っていたら、後半は結構サスペンス度が高くなった。 現実のすぐ隣で生じそうな人間模様で、その意味でのリアルでなかなかコワイ。(詳しくはナイショだが。) しかし最後まで読んで、けっこう驚かされた。いや、サプライズはあるだろう、とは予期していたが、また別の方向に行くだろうと考えていたので。 バカミス一歩手前の良い感じに熟した(腐った)どんでん返しで、こーゆーいかにもミステリらしい? プリミティヴな驚きが心地よい(早めに、先の驚きが分かる人は、何かしら、分かるかもしれんけどね)。 個人的にはアルレーの中では上の下か中の上。 2時間でサクサク読める、佳作~秀作であった。 なお本作は76年に映画化され、入手した75年初版の創元文庫の初版にも映画ジャケットがついてるけど、事情があって日本での公開はオクラ入りになったらしい。とりあえず、そこまで知っておいてください。 お蔵入りの事情に関しては、本作(原作)のネタバレになるかもしれんので、原作を未読の人は、あまり詳しく調べないように。 |
No.1800 | 6点 | メグレと深夜の十字路 ジョルジュ・シムノン |
(2023/05/30 16:03登録) (ネタバレなし) 少年時代に当時稀覯本のポケミスも古書で購入。しかし結局は今回初めて、長島版で読了。 評判が良いので期待したが、いささか複雑な印象。 初期編のメグレは、成熟期のメグレとはまた少し違う心構えや歩幅で楽しむものだ、ということはアタマでは十二分の理解していたつもりだが、本作の場合、それでもその初期編らしいミステリとしての練り込みぶりや意外なトリッキィさの部分が、若干、邪魔に思えた。 特に途中で起こる、さらなる事件の新展開など、違和感すら覚える。 いや本当はここで改めて、おお、メグレの初期編はこのくらいに幅の広がりがあったのだな、と感銘すべきところなのだろうが。 (いや『怪盗レトン』も『死んだギャレ氏』も大好きだよ。大昔に読んだきりだけど。) 結局、一番心に残ったのは、キーパーソンふたりの屈折した、しかしどこか(中略)な内面の実相であった。 ……しかしこれはたぶん誰が読んでも、同じような感慨を覚えるであろうことで、例えるなら24時間TVの手塚アニメ『バンダーブック』を観て、「一番心に残ったのは「過去は変えられないが、未来は今からだって変えられる」という一言でした」というようなアホな感想を語るようなものであろう(大昔、アニメージュの読者欄でそーゆー、誰に聞いてもまず出て来るであろう決まり切った述懐を平然と語る輩の無神経さに、めちゃくちゃ腹が立った覚えがある)。 閑話休題。 結局、本作は、メグレシリーズの大系を俯瞰するうえでは相応の意味がある作品ということになろうが、自分にとってはいささか摩擦感のある一冊であった(汗・涙)。 ただしエピローグはいい。シムノンらしい人間喜劇(といっていいのか)の刹那の一幕で、地味に心に染みる。 |
No.1799 | 8点 | 人狼部隊 イブ・メルキオー |
(2023/05/30 05:18登録) (ネタバレなし) 連合軍の侵攻を受け、陥落寸前の1945年4月のベルリン。ヒトラーは総統専用の地下室に要人を集め、かねてよりアルプスに建造を進めている巨大要塞に拠点を移す、水際の一大反攻作戦を語る。そのための主力となるのが、数年前からナチスドイツの最後の切り札として編成されていた精鋭殺人工作集団「人狼部隊」であった。そんななかドイツ国内に侵攻し、敵軍を解体・無力化しつつある連合国側、アメリカ軍防諜部隊の「ラースG-8」ことエリック・ラーセンは、とある動きを掴んだ。 1972年の米国作品。作者メルキオーの処女長編で、本国でかなりの反響を呼び、日本でも翻訳刊行当時、当時の海外ミステリ界、冒険小説ファンの間で、マイナーメジャー的に話題になった。 ちなみにタイトルだけ聞くと、当時まだリアルタイムで進行中の平井和正のアダルトウルフガイシリーズの一編のようだが、その平井自身もシャレで、アダルトウルフガイシリーズの後期作『人狼白書』の前半で、本作を劇中に登場させるお遊びをしている。 21世紀に入った頃から読もう読もうと思っていた作品だが、翻訳刊行直後に購入したハズの本が家のなかから見つからないいつものパターンで、今まで順延。近所の図書館にもないし、と思っていたら、ネットで珍しく比較的安値で古書を買えたので、ようやく通読した。 ナチス側の作戦というか計画の大ネタがもうひとつあり、邦訳書(ハードカバー)のジャケット折り返しのあらすじにも書いてあるが、一応ここでは黙っておく。 大半のナチス軍人の残虐ぶり、さらにそれと戦うために人間性を切り捨てていく一部の連合軍兵士の描写なども踏まえて、戦争のなかで剥き出されていく人間の獣性の叙述に、読む側もそれが他人ごとではないという迫真性でテンションが高まる(同時に胸糞が悪くなる)が、その時点ですでに作品世界のなかに引きずり込まれてしまっている訳で、少なくともこの作品には、世の中から高い評価を一般に受ける某・戦争冒険小説のような細部のウソはさほど感じなかった(それでも全くスキがない、というわけにはいかないが)。 何十年も読むのを待ち、どんな作品なんだろうという期待値があまりにも高まってしまったのは、本書の評価にとって不公平ではあろうが、その辺をさっぴいてもなかなか面白い。 ただし作中のメインストーリーがリアルタイムの時間の流れの上ではたったの二週間、特に4分の3くらいは三日間の出来事(これは目次からわかるのでネタバレにはならないな?)なので、お話は最高級にスピーディではあるものの、全体のボリューム感はある意味で弱いかもしれない。 逆に言えば数日間の時のなかで、かなり高密度の凝縮したドラマが語られるのであるが。 面白かったか? 秀作か? といえば文句なしにイエス。しかし優秀作か? と問われれば、少し逡巡した上でイエス。傑作か? と尋ねられれば、たぶん、メルキオーの諸作のなかでは、力作ではあるものの、まだ習作の面もあろう、という感じ。 処女作としては、フランシスの『本命』に近いけれど、決してマクリーンの『ユリシーズ』ではないのだな。いやまあ、それでも十分に大したものではあるが。 評点は0.2点くらい、ほんのわずかにオマケして。 |
No.1798 | 5点 | 昼と夜の顔 北村鱒夫 |
(2023/05/28 08:26登録) (ネタバレなし) 1960年代前半の東京。新橋駅西口に編集部がある二流芸能誌「ムービー・タイムス」の記者で30歳前後の佐塚茂は、ある日「多田」と名乗る60歳位の男からネタの売り込みを受ける。多田が持ち込んだ情報は、大手映画会社「国映」の人気時代劇青年スター、深沢圭吾の過去の女性スキャンダルにからむものだった。人気スターの醜聞ネタはいっとき、発行物の部数を増やすが、映画会社からは睨まれ、さらに万が一ガセネタならば購読者にそっぽを向かれる危険性があると判断した佐塚は慎重策をとる。多田の提示した情報は、圭吾の元内縁の妻で、今は薬物中毒のホステスという女・稲垣サチの存在であり、佐塚は多田の導きをもとに、まずサチの友人という女性・真田浮子を訪ねるが。 少し前に気が向いて、ヤフオクの「文学・小説カテゴリー」のうち「ミステリー」の項目の落札履歴を「落札価格の高い順」に検索。その検索当日の時点から半年以内の稀覯本そのほかが高価な落札順に出てくるが、その中に一冊、7万円以上の落札額(!)で、入札数ものべウン十件という、しかし作者名も書名も、評者の全然知らない作品がある。 なんじゃこれ? と思って、ネットで探すと同じ本が某所で3万円以上なら売ってるが、もちろんさすがに買う気はない。しかしタダなら読んでみたい、と思っていたら、あっという間に某経路から、すぐに借りられた(笑)。で、一読。 内容は上述のあらすじのごとくであるが、作者・北村鱒夫(きたむらますお)は裏表紙の紹介によると、1925年12月京都生まれ。中学卒業後、郵便局員を振り出しに鋳造工、水夫、ブローカー、雑誌記者、商業デザイナーなど十数種の職種を転業、そのかたわら「新日本文学」「群像」「宝石」に作品を発表、とある。まるでエヴァン・ハンター(エド・マクベイン)みたいな経歴だが、すまん、まるで知らなかった(汗)。 で、一読しての感想だが、スキャンダルに喰いつくやさぐれ芸能ジャーナリストの主人公の視点から入っていく導入部は、王道ながらそれなりに快調。文章もなかなか味があり、弱肉強食の芸能界のせちがらさを憐れむとも揶揄するともつかぬ随所のレトリックなど悪くない(もちろん昭和ティスト満々だけどな)。 キーパーソンとなる男優・圭吾、そしてその周辺の女性との関係性が少しずつ覗けてくる一方、主人公・佐塚自身の少しややこしい過去像なども見えてくる筋捌きなど、前半はそれなりに読ませる。 ただ正直、中盤からは、話の接ぎ穂をいささか強引に行った感があり、登場人物の煩雑化、ストーリーの焦点が定まらなくなってくるなど、次第にヤワになってくる。かなりノープランで書き始め、なまじある筆力で強引にお話を最後まで引っ張って、結局はあまり面白くないものができてしまった、というのが正直なところ。特に最後、3章にわたって延々と某・登場人物の述懐が続くのは、なにか軽い裏ギャグかとも思えた(いやまあ、作中の当人はシリアスな告白ではあるのだが)。 ぶっちゃけ、これに7万円払うヒトがいるんだから、いくら今の日本が不況だのビンボーだのと言っても、まだまだ余裕あるでしょ、というところ。 それとも格差社会の本当に一部の上流階級のみが、こんなもん買っているのか? こっちはタダで読ませてもらって、それなりの業界(映画業界)風俗ミステリだと思ってるからいいけれど、実際に大枚払ってこれ買って、読んだ人のホンネの感想を聞いてみたいもんである。 評点は0.25点ほどオマケ。細部には(小説として)いいな、と思うところもあるにはあった。 |
No.1797 | 6点 | 死と奇術師 トム・ミード |
(2023/05/26 22:27登録) (ネタバレなし) それなり(以上)には楽しめた。 トリックがこの程度なのは、さほど減点要素にも失望の理由にもならない。 しかし感心するところもいくつか目につく一方、実は、特化してこれ、というポイントもそうなかった。 フーダニットパズラーとしては、伏線もオカルト? っぽい要素も、犯人側の(中略)も、あれもこれも一通りそろえた、幕の内弁当みたいな手ごたえの一冊であった。良くも悪くも。 7点でもいいかとも思うが、文生さんが6点か7点か迷って7点だそうなので、じゃあ同じ迷いの自分は、バランスをとって6点にしておこう。 |
No.1796 | 7点 | 悪魔のワルツ フレッド・M・スチュワート |
(2023/05/24 16:37登録) (ネタバレなし) 1960年代後半のニューヨーク。かつてピアニストを志しながら挫折した32歳の青年マイルズ・クラークソンは、今は、元学友だった愛妻ポーラと支え合い、7歳の愛娘アビーを慈しみながら、文筆業に励んでいた。そんなある日、マイルズは、マスコミ嫌いで知られる70歳代の世界的に高名なピアニスト、ダンカン・エリーの取材の許可をもらう。対面するとダンカンは以前にピアニストだったマイルズの経歴に興味を抱き、そして彼の指に関心を見せてくる。やがてマイルズはポーラともども、ダンカンと彼の美しい娘ロクサーヌの周辺の上流階級の集まりの場に招かれるようになるが……。 1969年のアメリカ作品。未来設定のSFから、純然たる青春小説? まで幅広い作風の著作を残した(著作数はそんなに多くない?)作者フレッド・マスタード・ステュワートのデビュー長編で、60年代後半~70年半ばの第一次モダンホラーブームを代表する名作長編のひとつ。なお作者スチュワート自身も、一時期はコンサート・ピアニストを目指した経歴があるらしい。 評者は本小説は今回が初読だが、ウン十年に(たぶんテレビ放映か何かの機会で)本作の映画化作品は観ていたのを半ば忘れていて、当時いっしょに観た記憶のある家人にその事実を指摘されて思い出した。言われてみれば、映画の後半の印象的なビジュアルイメージなど、甦ってくるような気もする。 都会の中の(中略)というモダンホラーとしての大設定でいえば、『ローズマリー』の原作が67年、同じく『エクソシスト』が71年だから、これはちょうどその中間の作品。 本作の(中略)が何をやりたいかは、早々に読者の誰の目にもまずわかってくると思うが、一応、ここでは黙っておく。評者は、日本の某・怪奇漫画家の有名作品を思い出した。 文体は非常に読みやすく、特に序盤の方は会話ばかりで紙面が埋まり、良くも悪くも軽い軽い。しかし作中のリアルとしては静かに地味に、結局は確かに怪異は進行していくので、その辺の呼吸に慣れてくると、これはこれでうっすらと体温が下がってくる。 邦訳の元版(ハードカバー)が刊行された1971年当時、ミステリマガジンの新刊評で松坂健が取り上げていて、『ローズマリー』などより通俗っぽいといった主旨のことを言っているが、よくわかる。個人的には、『エクソシスト』がキングなら、こっちはクーンツという感じだ。 半世紀も前のこのジャンルでの新古典なので、展開は2020年代の目で見るとお約束の部分も多く、先読みできるところも少なくないが、王道のモダンホラーのクラシックというつもりで付き合うならば、それなりにというか普通に楽しめる。 この手のジャンルのものがスキな人なら、(大傑作などは期待せず、里程標的な「名作のひとつ」に接する気分で)一度は読んでおいていいかとも思う。 評点は0.25点くらい加点。 |
No.1795 | 6点 | 霧の晩餐―四重交換殺人事件 笹沢左保 |
(2023/05/23 22:51登録) (ネタバレ なし) 都内でフラワーショップを経営する29歳の女性・奈良井律子は、岩手県遠野市を一人旅の最中、雨宿りの場で、他の初対面同士の女3人と知り合う。4人それぞれが一人旅で言葉を交わし合った女性たちは、近所の名所に向かうが、そこでは何者かに殺害されかけた重傷の血まみれの男が倒れていた。衝撃のなか、動転した女たちは警察や病院への通報もせず、男を見捨てて逃げるが、その行為に引け目を感じた女たちの間には次第に妙な連帯感が生じていく。やがてそのいびつな絆は……。 良い意味で、視聴者の目をぐいぐい引き寄せる、良く出来た2時間ドラマみたいな内容、そしてそんな感じの加速感。 さらに後半の筋運びは、終盤の大技的なサプライズまで含めて、かなりの捻り具合、ではある。 というわけで一気読みする程度には十分おもしろかったのだが、ここでホメきるわけにはいかない。 リーダビリティの高さと後半~最後のどんでん返しを確保するために、この作品が対価にしたものは……その分の強引さと無理筋の発生(笑)。 うん。蓋然性からいえば絶対にありえない! とは言い切れない筋立てなのだが、まず、これは、ねえ……。 |
No.1794 | 6点 | 自殺志願者 ミシェル・ルブラン |
(2023/05/22 19:25登録) (ネタバレなし) ペンタゴンで半年前から、経路不明の機密漏洩事件が続発。その中でフィラデルフィア出身の「フィリップ」なる男が消息を絶った。CIAのニューヨーク支局に呼ばれた諜報員リチャード(リック)・サヴィルは、上司のミスター・スミスから、同僚で前線復帰した「ハードボイルド」こと大物諜報員ウィリアム(ウィル)・ストーンがこの件に関わっていたことを知る。ストーンの後を引き継ぐ形のサヴィルだが、CIA側はさらにサヴィルの知らない陰でバックアップ要員を動かしていた。 1957年のフランス作品。 リチャード・サヴィルを主人公に据えたシリーズものの第3長編で、日本ではシリーズ第2長編『ミッドウェイ水爆事件』とカップリングで刊行。『ミッドウェイ~』の方が表題作になっている。 サヴィルが疑惑のあるペンタゴン関係者の周辺を嗅ぎまわる一方、東側スパイたちの暗躍も並行して、三人称多視点で叙述。そもそも物語は、サヴィルの前任者ストーンにからんで幕を開ける。 CIAには各支局ごとにいささか複雑な連携体制があるらしく(少なくとも本作の世界観では)、サヴィルのボスでニューヨーク支局のトップのスミスが、サヴィルの知らないところでワシントン支局と結託。ワシントンから送られてきた諜報員のチャールズ・コルビィなる御仁が実質的なもうひとりの主人公格となり、考えあって(というより上の意向で)サヴィル当人には気づかれないように陰からサヴィルをバックアップ。 二人の主人公の動向が並行して語られながら物語が進んでいく、いささかヘンな作りの作品。まあ、諜報工作組織が、不測の事態を勘案して二重三重に要員を用意しておくというのは、プロスパイとしてのリアリズムではあるのだが。 それはそれとして、肝心の情報漏洩に関しては、一応以上のサプライズを用意していたりするから、小癪といえばコシャクな作品だ。 未訳のシリーズ第四作では、今回、作中で固まった人間関係や文芸設定とかをもとに、さらに描写の進展があった可能性などもある? 創元文庫の巻末には、作者ルブランへの書簡インタビュー集が掲載されていて、これがなかなか面白い。 日本のミステリファンの認識からすると、ルブランの作品のなかでは変化球っぽい? スパイものの最後にこういう企画記事がついているということでそのインタビュー記事そのものの存在も知らない人もいるかもしれないが、機会があったらちょっと覗いてみてほしい。妙にクセのあるウィットの効いた物言いが、笑わせる。 |
No.1793 | 6点 | 航空救難隊 ジョン・ボール |
(2023/05/21 07:16登録) (ネタバレなし) 強烈なハリケーンがカリブ海のトレス・サントス島に迫るなか、民間航空巡察隊所属の小型飛行機パイロット、リチャード(ディック)・ロイド・シルヴェスター大尉は、相棒のエドマンド(エド)・ピーター・チャン中尉ともども、小型機を島に不時着させる。もともと海上遭難者を捜索するため、近くの海域を小型機で飛行していた二人だった。両人は、故障した小型機で島からの離陸は困難になるが、島には民間航空会社の四発エンジンの大型旅客機「スーパー・コンストレーション(コニー)型」が、なぜか関係者も不在のまま残されていた。そして島の宣教師フェララ神父は、医者もいないこの島に、盲腸炎の若者と大やけどを負った少女、二人の急患が出たのだとシルヴェスターたちに訴え、この大型機でアメリカ本土に急行するよう願い出る。小型機しか操縦の経験のない二人は意を決して、患者たちを乗せたコニーを離陸させるが、ハリケーンの猛威を恐れたフェララ神父は善意の独断で、80人近い島の住民全員を機内に収容させていた。そしてさらに、放置されていたコニーには、とある重大な秘密があった。 1966年のアメリカ作品。 アメリカ空軍で操縦教官をしていた経験もある作者ジョン・ボールが蘊蓄を傾けた、リアル派航空冒険小説の名作。 かの(ディック・フランシス作品ファンとして高名で、もともと大のミステリファンだった)俳優の児玉清が生前に、最も好きなポケミスの一冊に本作を選んでいたとも記憶する。 もちろん通常の意味の狭義のミステリ(推理小説)の要素などカケラもない純然たる冒険小説であり、しかも悪人はおろか敵役の登場人物すらひとりも出てこない。そんな悪役・敵役不在のポケミスといえば、たぶんこれと、シャーロット・アームストロングの『毒薬の小壜』くらいだけなのではないか? (……と言いつつ、まだもうちょっと何かありそうだな?) で、内容の方は期待通りによく練られた、航空サスペンス冒険小説であり、さらに同時に見事なヒューマンドラマ……なのだが、しかしてその一方で、かなりの部分が、航空冒険小説の先駆の名作、ヘイリーとキャッスルの『O-8滑走路(714便応答せよ)』に似通ってしまってるのが、キツイなあ、というのも正直なところ(←どこがどうとかは、ネタバレになるので言いません。自分の目で読み比べて、確かめて下さい)。 いやまあ、クライシス・シチュエーションの王道を追う限り、作中人物の対応や動向がある程度、定型をなぞるのは全く仕方がないのだが(多くの人命がかかった事態である以上、いつだって誰だって、どうしたって、何を差し置いても穏当な最適解を探るので)、小型機しか操縦経験のない、大型機の操縦に関してはほとんどシロートの人間が大勢の人間の生命をやむなく預かって……の大設定から始まり、あれやこれや<まんま>すぎる。 (でもって正直、場面の見せ場としては、先のヘイリーとキャッスル組の方があざとい位に、熱く盛り上げてるし。) まあ、航空機マニアが読むと、描写の踏み込み、細部のリアリティの点でボールの本作の方が一日の長があるのかもしれんし、小説的にも本作の終盤のフェララ神父の言動とか味のある叙述も目立つんだけど、大枠では二番煎じの印象は免れない……これは、丁寧にこの作品を綴った作者に酷か? いずれにしろ、この手の航空冒険小説の系譜(広義の巻き込まれクライシスもの)をもっときちんと整理して追っかけていくと、いつ頃まで定石が続き、どの辺の誰のどの作品から、何かもうひと匙……が出て来るのか見えてくるのかも知れない。その辺りは確かに、興味深くはある。 ……いや、単品で読む限り、本作も確かに、いい作品ではあるんだよ。 でも一方で『O-8滑走路』の、<先駆にして、あまりの完成度の高さ>を改めてつくづく再実感してしまった、そんな一冊でもあった。 |
No.1792 | 6点 | レモンと殺人鬼 くわがきあゆ |
(2023/05/20 16:08登録) (ネタバレなし) 派遣社員として大学の事務員を務める「私」こと20歳前後の小林美桜は、別居していた双子の妹・妃奈が何者かに殺害されたことを知る。妃奈は生前、生命保険の外交員をしており、その妃奈は彼氏らしい男性の死亡時に、多額の保険金を受け取っていたことが明らかになった。妹が保険金殺人を働いていた? 信じられない美桜は独自の調査を始めようとするが、そんな彼女のもとに一人の男性が近づいてくる。 今年の新刊で話題になってるので、読んでみた。 妙に腰の据わった、ポキポキと音を立てるような文体は、戸川昌子とかあの手の昭和の女流作家を想起させるものがあり、そういう意味では読みやすい。物語を積み上げる要素も、有力者に寄りかかり庇う地元住民とか、知恵遅れの女性の運用とか、どこか昭和的だ。 どんでん返しの物量で勝負しているような作品で、そこが魅力なのは確かだが、一方でこれだけ手数が多いとどうしても無理筋めいたものや不自然なものも目についてしまい、それまでウソがウソと露見しなかった都合の良さも気にかかる(叙述的には、作者はいろいろと気を使って書いている、のはわかるのだが)。 あと、反転の物量が過剰なため、最後の方になると驚きが驚きでなくなってくる。 まあこれは、作者(作品)と受け手との距離感や相性も大きいとは思うが。 いびつな力作、なのはたぶん間違いないだろう。 タイトリングの「レモン」の寓意には、ちょっと感心(そんなに深いものはない? が)。 |
No.1791 | 6点 | ドーヴァー1 ジョイス・ポーター |
(2023/05/19 09:34登録) (ネタバレなし) 英国のクリードン地方で、18歳のメイド、ジュリエット・ラッグが姿を消した。事件性を感じた現地の警察署長バートレットは、前任者がかつて殺人事件の捜査でミスを起こし、引退するまでその汚名が付いて回ったのを気にし、面識のあるスコットランドヤードの副総監に連絡。応援を求めた。かくして送られてきたのは、何かと悪評の高い警視庁主任警部ウィルフレッド・ドーヴァーと、その部下で有能な美青年の部長刑事チャールズ・エドワード・マクレガーだった。二人は現地の関係者の聞き込みに回るが、やがて男性関係に奔放だったジュリエットの素顔が見えてくる。そして事態は更なる展開を見せた。 1964年の英国作品。ドーヴァーシリーズの第一弾。 自宅内からウン十年前に一度読んだきりのポケミスが出てきて、細部を全く忘れてるので、興味が湧いて再読する。 とはいえ印象的な大ネタだけはさすがに覚えており、そこから類推しながら読み進めると、忘れていた終盤の展開とか、そのほかも、何となく思い出してしまった(なるべくネタバレにならないよう、配慮しております・汗)。 しかし再読して思ったのは、本作ではまだそれほど、ドーヴァーがアンチ名探偵ではないこと、そして話のテンポが非常にいいこと、の二つ。 ポーターがやりたかったのは、この時点の英国ミステリ界における、日本での80年代前半における新本格の到来のような、カントリーパズラーのパラダイムシフトの転換だと思う。 (……とはいえ、ベントリーもノックスもバークリーも、まあみんな、その手の先駆といえば先駆、だよな?) あんまり具体的に詳しくは書けないけれど、たぶんこの作品からしてすでに、11年後にデビューするデクスター辺りにも影響を与えたんじゃないかと(これも、どっちのネタバレにはギリギリなってないとは思う)。 さすがに2020年代に改めて読むと、新古典になってしまった作品ではあるが、お話の端々に感じるミステリ作家としてのセンスは今読んでも光ってる。 でも、昔読んだときは、個人的には『ドーヴァー2』『3』の方が好きだった。そっちもそのうち、再読してみよう。 |
No.1790 | 8点 | 魔のプール ロス・マクドナルド |
(2023/05/18 18:32登録) (ネタバレなし) 「わたし」こと私立探偵リュウ・アーチャーは、30代半ばの美人の人妻モード・スロカムから相談を受ける。モードは劇団俳優の夫ジェイムズ、娘や姑とともに暮らしていたが、彼女の不倫事実を密告する、夫への匿名の手紙があった。モードは密告状が夫の手に渡る前に抑えたが、今後のこともあるので、謎の密告の主を捜してほしいという。捜索範囲が広すぎることに難を感じながら、アーチャーはスロカム家の周囲、そしてジェイムズが所属する「クイント劇団」に接触するが、やがてその周辺でひとりの人物の生命が失われる。 1950年のアメリカ作品。アーチャーシリーズの長編第二弾。 本シリーズの初期編(の創元文庫版)は『動く標的』と『凶悪の浜』は青春時代に読んだ覚えがあるが、これはどうだったかな? と確認の意を込めてページを開く。 ……うん、完全に未読だった。 で、内容の方だが、個人的にはかなりアタリ。 確かにこの時点でのアーチャーの人物造形は、のちの成熟した中年キャラクターとは相応に異なるが、しばしいきがったところを見せながらも、随時のちのキャラに通じる深みを見せる。その辺の感覚が、中期以降のアーチャー像になじんでしまった者の目から見るととても新鮮でいい。ヤング・リュー(リュウ)・アーチャーだ(といっても本作の時点で、三十代半ばの設定ではあろうが)。 登場人物の配置と、ドラマ上での運用ぶりも、妙なクセを感じさせてそこがまた良い。 先の方の指摘にあるように、どこか『長いお別れ』を想起させる面もある(初老世代の大物に管理された、後継世代の窮屈さ、とか)が、それすらもモザイク状に組み立てられていく本作の作劇のなかでは、比重の大きいしかしあくまで真部分集合的なパーツでしかなく、物語の味わいどころが芳醇に富んでいる。 読後にネットなどで評価やウワサを拾うと、初期作の中では例外的に中期以降の秀作群と肩を並べるという声もあるようで、ああ、さもありなん、の気分。 ベクトル感の多様な物語の仕上がりを散漫とみるか、ドラマの厚みとみるか、で受け手の評価が相応に変わる作品、ということはよくわかるし、評者などは確実に後者の方なので、本作をかなり気に入ってしまっている。 ミステリとしての意外な犯人は、ぎりぎり予想がつかないでもないが、そのサプライズをもってさらにまた物語をかき混ぜた感があり、ソコもかなり評価。 あと、あぶく銭(?)の1万ドルに対してのアーチャーの処遇、これがすごくいい。チャンドラーの『高い窓』での、秘書の女の子にやさしくしてやる場面のマーロウを思い出した(こう書いてもネタバレにはなってないと思うが)。さらに本作のアーチャーの場合は、さらにその行為の実働を経て、自らの内省を二重に噛み締め、ソノ辺もまた実に良し。 でまあ、ラストのあの「裁定」に関しては、本来、文明社会のモラルを範とすべし現代ミステリの枠内にあっては、名探偵と(中略)がそれをやっていいのか、と道義を問われかねない気もするが、そこもまた、ああいう男と男の儀式を経ることで、物語というかドラマとしては、まんまと見事にチャラにしている(この見解に異論のある人もあろうが、1950年代のハードボイルド私立探偵小説としては、これでいい。某先輩大作家のあの名作への返歌の趣すらある)。 うむ……いつも見知っているロスマクとも、見慣れたアーチャーとも、相応に違う作者でレギュラー探偵。 でもやっぱり、本書の作者はロス・マクドナルドであって、主人公は(若き日の)リュウ・アーチャーだったと思う(笑)。 ※アーチャーのフルネームが「リュー・B・アーチャー」だとか、妻とは本作の一年前に離婚したばかりで、今その彼女はネヴァダにいるとか、妙な情報が手に入った。 全部の登場作品を検分し、レギュラー探偵としてのアーチャーのシャーッロキアン的な情報を集積・整理したファンというのも、たぶん世の中のあちこちにいるのであろう。 評点は0.5点オマケ。 |
No.1789 | 6点 | カインの末裔 マリー・ルイゼ・フィッシャー |
(2023/05/17 07:27登録) (ネタバレなし) 第二次大戦を経た西ドイツのミュンヘン。「わたし」こと若手女流シナリオライターのモンテ・ファン・ミレドンクはその年の大晦日の夜を、ボーイフレンドのひとりで米独のハーフである文化評論家ロバート(ロッビィ)・S・ベネットの誘いで、若手美人女優クレオ・ジンテジウスの屋敷で過ごすことにする。屋敷では年越しパーティが開かれ、モンテの知己の男女も何人か参加していた。が、その参加者の一人が急死。当初は突然の病死と思われたその死は、やがて事件性を帯びて来る。 西ドイツで、戦後に書かれた短めの長編。 (原書の刊行年は未詳。戦後の作品なのは、劇中でナチス批判の話題などが出て来ることなどから、間違いないようだが)。 邦訳は当初、シムノンの紹介でも知られる翻訳家・伊東鍈太郎の訳出で『宝石』1956年8月号に一挙掲載。そののち、たぶん同じ訳文? が、1956年に刊行の芸術社の翻訳ミステリ叢書「推理選書」の第7巻に収録された。 同書はドイツ系のミステリ作品をまとめる趣で、ほかにワルタア・エーベルトの短めの中編『少年殺人犯』とミヒャエル・グラーフ・ゾルチコフの短編『泥棒日記』が併録されている。 なお現状で同書はAmazonの登録データにない。 また、本書の表紙周りの著者名は「M・L・フイッシャー」と表記。 (正確と思える作者名のカタカナ表記の典拠は、ネットでのミステリ研究サイトの情報に拠った。) 大晦日に芸能人、文化人の間で起きた殺人事件に、高価な宝石の遺贈の件や雑駁な人間関係などがからみ、主人公のモンテの視点で事件の謎が追いかけられていく内容。 関係者全員の動機や機会などの検証を済ませたころに第二の事件が起き、やがて意外な真相が明かされる流れは、弘通に正統派のフーダニットパズラーっぽい。 サプライズのネタは時たま欧米作品などで目につくものだが、独自の動機のありようと合わせて、そこそこ面白い。 ただし紙幅の短さに準じてお話を性急に語り過ぎた感もあり、もっと長めの物語にして演出を盛り上げればさらに良い作品になったような気がする。 解決の説明が真犯人自身の述懐にかなり負うのも、本作の場合、良くも悪くも、であろう。 ちなみにこれも少年時代から、たまによく古書店の棚で見かけて気を惹かれた、しかして内容のよくわからなかった、そんな種類の作品。 ウチにも大昔からどっかに一冊あるはずだが、しばらく前から見つからなくなっていて、少し前の古書市で見つけてもう一冊200円で買ってきて、今夜読んだ。ああ、こういう話だったのね、である。 評点は0.5点オマケ。 |
No.1788 | 6点 | スポンサーから一言 フレドリック・ブラウン |
(2023/05/16 06:43登録) (ネタバレなし) ショートショートと、通常~やや長め?(中編とまではいかない)の短編群を混ぜこぜにして、21編収録。 大昔、少年時代に初めて手にしたときは、全部がショートショートではないという不均一ぶりに何か引っかかりを覚え、途中で読むのをヤメていた。 それからウン十年、家の中から出てきた本を、最初から読み直してみる。 前半にほぼ集中して掲載されている、口当たりの良いショートショートのうちでは、その手のものが多い本書のなかでも特に寓意的な『武器』がベスト。 少し長めのもののなかでは、ブラウンというよりブラッドベリ風の寂しい詩情だ、という感じの『ドーム』がお気に入り。 原書では表題作の『地獄の蜜月旅行』は、月のクレーター「ヘル」を合流地点にして、月面ランデブー生活を送ろうとする米ソの男女宇宙パイロットの話だが「そういう」方向に行くとは思わなかった、と軽く度肝を抜かれた。 『闘技場』『スポンサーから一言』は名作という定評が先走って予断が付いて回った感もあるが、実作を読んで初めて感じる思いもあり、ちょっとしみじみ。 『かくて神々は笑いき』は、藤子・F先生の某作品の某エピソードの元ネタかな? 58年に原書が刊行された旧作SF短編集としては、良くも悪くもこんなものだろう、という手ごたえ。 鬼才の傑作短編集とか妙な持ち上げ方しなければ、それなりに楽しめる。 (正直、タルいものもいくつか・汗。) たしか丸々一冊ショートショート集だった『未来世界から来た男(悪夢とジーゼンスタックス)』の方が単純に楽しめた気もするが、ソレは何十年も前の記憶なので、21世紀の視点の感想的には、当てにならない? ブラウンの持ち味そのものは、たぶんこっち(本書)の方が、断然出ている気はする。 |
No.1787 | 6点 | 未熟の獣 黒崎緑 |
(2023/05/15 21:19登録) (ネタバレなし) その年の三月。とある公園で、未就学児の女子の殺害された死体が発見される。謎の犯人による誘拐殺人と思しきその事件は、やがて次の展開へと……。一方、恋愛小説作家で34歳の独身、年下の恋人がいる「カッキ」こと桂木まゆみは、かつての級友・雨宮真弓と旧交を温めるが……。 お名前は以前からあちこちで(本サイトも含めて)拝見している作者だが、実作は今回が初読み。 先日、Twitterでサプライズ度の高い(高そうな)作品、という評価を見かけたので、興味が湧いて読んでみた。 連続幼女誘拐~殺人事件を主題にした筋立てだが、陰惨度はそんなにひどくない筆致でカラっとしている。それでも適度にザワザワした感触の、どこか気を惹かれる心地悪さは、なんとなくあの、リチャード・ニーリィの諸作に通じるものがある。 一読すると、期待していたほどの大技は用意されていなかったが、イヤンな手数の多さはそれなりに、ボディーブローのジャブとなってこちらに効いてくるところはある。そういう意味ではそこそこ、の出来ではあろう。 リーダビリティはかなり高く、読んでいる間はそれなりに楽しめた。 |