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ミステリの祭典

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名探偵ジャパンさんの登録情報
平均点:6.21点 書評数:370件

プロフィール| 書評

No.90 7点 災厄の町
エラリイ・クイーン
(2015/09/24 16:58登録)
「国名シリーズのようなパスラーはもう古い。これからは文学的ミステリだ」
と、クイーンが言ったかどうかは定かではないが、自身が本作を自作ナンバーワンに挙げているということから、そういう考えは持っていたのだろう。
他の方がおっしゃっているように、本作単体で取り出してみれば、まるで二時間ドラマのような印象を受ける。
「人間が描けていない」とは本格ミステリ糾弾の常套句だが、私は人間を描くよりも、優れたトリックを編み出すほうが凄いことだと思っている。しかし、当の作家にしてみれば、「小説」を書いている以上、そういった批判に無視を決め込むことはできないのだろう。
クイーンもそういった批判を受けたことがあるのだろうか。それに対する回答が本作なのか。
確かに本作の登場人物は、今までの国名シリーズに比較して、はるかに生き生きと描かれている。事件もなかなか起こらず、ミステリを読んでいるということを忘れてしまいそうになる。(「読者への挑戦」も姿を消した)
生き生きとした人間を描くことよりも、「あんたが『アメリカ銃』や『エジプト十字架』で作り出したトリックのほうがすげーよ」と、私はクイーンに言いたいのだ。


No.89 6点 午前零時のサンドリヨン
相沢沙呼
(2015/09/24 16:35登録)
「もっと早く、学生時代にこんなものが読みたかった」と感想を持った。
まあ、この作品が出版された時点で私は学生どころか、すでに見事におっさんだったわけですが…。
見当はずれの難点を言えば、おっさんには、本作のような軽快でポップな文章は読み進めるのが難儀でした。
なぜこれが鮎川哲也賞なのか? いや、難癖つけているわけではなく、こういう作品をライトノベル市場にぶち込めば、もっと若い本格ミステリファンを増やせると思うのだ。どこかアニメ化しませんかね。叙述トリックっぽい仕掛けもちょっとだけあるから無理かな。
殺人も起きず、登場人物は高校生ばかり。おまけに主人公の一人称の軽快な文章で、血みどろの殺人劇にすっかり浸かりまくっているおっさんミステリファンには、ページが眩しく感じられました。
されど鮎川哲也賞。この手のいわゆる「青春ミステリ」「日常の謎」系の作品の中では、かなりロジカルで本格ミステリ的仕掛けに納得のいく、「見た目より凄いぜ」的作品だと思います。


No.88 6点 王様のトリック
吉村達也
(2015/08/31 19:14登録)
大物政治家の招待状により、山中の館に呼び寄せられた五人。いずれも名字のイニシャルが「M」で始まることが共通項のメンバーたち。猛烈な吹雪で館に閉じ込められた五人は、「五人の中の二人が殺人者である」という意味のトランプによるメッセージを発見する。全く面識のない五人の中に疑心暗鬼が芽生え始め……

2012年に胃がんのため逝去した吉村達也の作品。
「吹雪の山荘」「イニシャルが同じ五人」「トランプで示される殺人予告」等、本格ファンが喜びそうなガジェットを詰め込んだ意欲作。
犯人が二人、と明示されているのが面白い。例によってメンバーは次々に殺されていくのだが、二人まで殺され三人になった時点で、犯人ではない人物は、もう自分以外の二人が共犯同士であると確信できてしまうわけだ。もちろん犯人は、「自分です」などと名乗ったりしない。通常であれば、「自分以外の二人のうちどちらかは味方だ」という一縷の希望があるわけだが、この場合にそれはない。三人が三人とも、「お前らがグルなんだろう」と警戒し始める。嘘をついているのは誰なのか。残り三人になってからの展開が見所。
だが、元々無理のある設定に収集をつけるために、多少強引な展開にしか持って行きようがなかったのは、残念というか、仕方のないことかも。

2005年に「ドクターM殺人事件」として出版されたものの改題、加筆バージョンだそうです。


No.87 7点 九尾の猫
エラリイ・クイーン
(2015/08/31 18:53登録)
角川の新訳版国名シリーズに触発されたのか、ハヤカワでもクイーンの新訳(角川版と同じ訳者)が始まったようだ。解説まで、同じクイーン研究家の飯城勇三が書いていることから、完全に角川の流れを引き継いだ仕様のようだ。クイーンの後期作品には、〈日本語翻訳権ハヤカワ独占〉という表記のものがいくつもあるため、今後はハヤカワがクイーン新訳を引き継ぐことになるのだろうか。(耽美系美青年風カバーイラストまでは受け継がなかった 笑)

殺人現場を足取りも軽く歩き回り、推理を披露してはその正誤に一喜一憂する。国名シリーズのような「推理機械探偵」から大きく変貌を遂げたクイーンが活躍することでおなじみの後期シリーズだが、その白眉が何と言っても本作だろう。
マンハッタン島を恐怖のるつぼに叩き落とす「猫」と呼称されるシリアルキラーと名探偵との対決という、盛り上がらないはずがない魅力的なガジェットの果てに待ち受けているラスト。
助長気味で、事件の内容の割りにはページ数が多いし、本格としては今ひとつ、という気はするが、「名探偵の抱える苦悩」みたいな「散々、本格もやり尽くされて、こういうのにスポットを当ててみるか」みたいな、ネタ切れの現代作家が書きそうなテーマを、四十年も前にすでにクイーンほどの大御所が書いていたというのはやはりすごい。
クイーンの前にも後にもクイーンはいないのだなと再認識させられた。
「猫」による殺人被害者よりも、市民が恐慌をきたして起きたパニック騒動による死者のほうが圧倒的に多いというのが、不謹慎だが笑ってしまった。


No.86 7点 生霊の如き重るもの
三津田信三
(2015/08/07 11:03登録)
刀城言耶シリーズ短編集第二弾。
・死霊の如き歩くもの
 この世ならざる怪異と、その正体である馬鹿馬鹿しいトリックのギャップが楽しい。

・天魔の如き跳ぶもの
 探偵刀城言耶のヒーロー性がよく現れた傑作。自分が引いて事が収まるなら、それでいい。何よりもまず被害者の身を案じ、しかし、悪には敢然とした態度を崩さない。本人がどう思おうが、刀城言耶はまぎれもない名探偵なのだ。トリックと、それにより派生した後始末など伏線も綺麗にまとまっている。

・屍蝋の如き滴るもの
 密室プラスアリバイ。ここら辺から、本シリーズ売りの多重解決が顕著になる。出来る? 出来ない? 出来るかも。運任せの博打ではない、確実な犯行方法が最後に現れてすっきりする。

・生霊の如き重ぶるもの
 表題作でもあることから、もっとも重厚な一作。とうとうドッペルゲンガーという西洋の怪異も登場。多重解決の先に待つちょっと切ない結末。

・顔無の如き覆うもの
 ちょっと無理があるように感じるが、当時の世相、市井の人々の意識などからすると、成立してしまうのだろうか。

 どの作品も、最後にあからさまに「怪異っぽいもの」の存在を匂わせて終わる。
 クロさんこと阿武隈川の滅茶苦茶なキャラ、父親のことを話されると表情が変わる刀城言耶など、お約束的キャライメージも確立してきた。
今後ますます期待されるシリーズだ。


No.85 5点 私たちが星座を盗んだ理由
北山猛邦
(2015/07/13 17:15登録)
とにかくバラエティに富んだ短編集。
舞台も現実世界からファンタジー、SFちっくな近未来まで多種多様。
「最後に世界が反転」とは、本書の帯に書かれた売り文句だが、読み終わっても何のことか分からない、「すぐには効かない考えオチビーム」というか、昔懐かし「ボキャブラ天国」的に言えば、「シブ知」といえるネタ。
いつもの『物理の北山』が、「バカパク」だとすれば、何と作風の幅広さを備えていることか。
「終の童話」は、完全なファンタジーだが、私も昔から気になっていた、「石になった人間を元に戻す」というファンタジーお約束な作業の疑問点を指摘してくれていて面白かった。


No.84 7点 水族館の殺人
青崎有吾
(2015/07/02 10:15登録)
前作「体育館の殺人」の続編のため、前作読了は必須。
別に続きのストーリーではないのだが、前作で容疑者だった人物が普通に登場したりしているので、先にこちらを読んでしまうと、「体育館の殺人」を読む時に大変なことになってしまう。
解決編での展開は、「みんな遅れないようについてこい」状態で、読むスピードがいつもの半分になってしまう。
卓球大会だの、妹登場、探偵の家族の秘密など、キャラクターものの側面も強めてきた。間違えて本作や、次巻以降から読んでしまう人が出ないように、シリーズナンバーを振るべきではないだろうか。
キャラクターものは、ばらまいた設定を読者が忘れないように、期間を置かずに出版することが求められるが、この作風ではシリーズを量産できない。作者、過酷な道を歩み始めたなぁ、と思った。頑張れ、とエールを送りたい。


No.83 6点 追憶のカシュガル
島田荘司
(2015/07/02 10:05登録)
新潮文庫nexにて、「御手洗潔と進々堂珈琲」の改題版で読了。

若き御手洗が世界各地で経験した出来事を綴った短編集。
皆さん書かれている通り、ミステリではない。(「戻り橋と彼岸花」のみ、島荘らしいトリック要素があるが)
権力への反抗。容易には窺い知れない人の心の深層。そして、弱者へのいたわり。中編集「Pの密室」と合わせて、後の名探偵御手洗潔のルーツを探ることができる。
御手洗ファン必読。ライトノベルの新鋭レーベル「新潮文庫nex」ということで手にし、初めて御手洗に触れた若い読者には、ぜひとも他の御手洗シリーズも読んでみてほしい。
構成上仕方がないのだが、御手洗の独白の長さが凄すぎ(笑)
御手洗の話を小説風に再構成した、とかではなく、回想の登場人物の台詞に『』が付いていることから、すべて御手洗が口述したそのままなのだ。この記憶力。アドリブでの口述にもかかわらず、この構成力。こんなところに、すでに超天才の片鱗が出ている。


No.82 5点 覇王の死
二階堂黎人
(2015/06/21 22:36登録)
名探偵二階堂蘭子と、魔王ラビリンス、ついに最終決戦!
本来なら否応なく盛り上がるべきところだが、「双面獣事件」でやらかしてしまっているため、「もう何でもありでしょ」と、読む方はちょっと冷ややか。
村で起こる数々の怪異の真相も、「まあ、そうだよね」と納得はするが驚きはしない。これだけ怪病、怪現象の存在を調べた作者の労力に頭が下がる。
うーん、色々と語ろうかと思っていたのに、全然言葉が出てこない。「双面獣事件」の爪痕は想像以上に深かったのかと再認識した。
あれをやられた後に、「名探偵と大犯罪者の最終決戦」と言われても、何をやってもハッタリにしかならない。竜頭蛇尾な終わり方だが、これ以外の落としどころはなくなってしまったのだろう。
もういっその事、蘭子もスーパーヒーローに変身して、双面獣やラビリンスと超能力バトルで決着をつけてくれたほうが楽しめたかも。


No.81 6点 消失グラデーション
長沢樹
(2015/06/21 22:17登録)
店頭で平積みされた本書の、表紙よりタイトルより、帯に書かれた文に先に目が行った。
「横溝正史ミステリ大賞受賞作」
表紙とタイトルを見直してみたら…。これはどう見てもケータイ小説か何かではないのか?「横溝正史」という大作家のイメージとあまりにかけ離れている…。これは読んでみるしか。と、レジへ。
表紙の印象通り、主人公である高校生の日常が始まる。一人称の語りから、早くも、「これはもしや、『あれ』では?」と怪しいスメルが漂ってくる。(最終的に的中してしまうが…)
バスケ部のエースを巡る問題、対立、主人公のいびつな恋愛模様。ちょっと複雑な青春の一ページ…。
私はここでブックカバーを外し、改めて帯の煽りをもう一度読む。
「横溝正史ミステリ大賞受賞作」?
出版社、帯を掛け間違えてないですか?
中盤に差し掛かる辺りでようやく事件が起きてミステリになるのだが、正直そこに至るまでが非常に辛かった。もう私はミステリしか読めない体になってしまったのかもしれない。
で、肝心のオチだが、皆さんおっしゃる通り、偶然と数々のラッキーが味方してくれた、場当たり的犯行で、ちょっと都合良すぎるな、と思ってしまった。
的中してしまった『あれ』については、私も腑に落ちない表記があるな、と感じた。
犯行(消失)動機についても、「そこまでするか? きちんと話し合えよ」と思わなくもない。そういう思慮の短絡さも踏まえての高校生、という設定なのか。
作者の「本格を書いてやろう」(読者を騙してやろう)という気概は大いに感じた。


No.80 5点 シャーロック・ノート
円居挽
(2015/06/19 15:51登録)
難読名字とキラキラネームの高校生たちが、推理合戦を繰り広げる第一章。主人公の過去に迫る第二章。主人公と爆弾魔との戦いを描く第三章。の三部構成。
三人称でありながら、特定の個人の心理描写のみ描かれる書き方は最近の流行りなのだろう。(一人称と三人称の間? 二人称というとまた意味が違ってくるが)未だに気になってしまうが、凄いのは第二章。
作中のキャラが他人から過去の話を聞く、伝聞として始まるのだが、その中でキャラクターの内面描写が書かれる。
「お前はどうしてそんなことまで知ってるんだよ!」と、突っ込んでしまいたくなるが、これは恐らく、伝聞が始まったと同時に過去に作中の視点が飛ぶという、ドラマやアニメではお馴染みの演出のつもりで書かれているのだろう。
見ただけでそうと認識できる映像作品と違い、文章しかない小説でそれをやられると分かりにくいよ。
「ラノベじゃない!」でお馴染みの新潮社NEXレーベルだけれど、まあ、ラノベだよね。


No.79 6点 春から夏、やがて冬
歌野晶午
(2015/06/01 09:31登録)
叙述トリックというものは、つくづく作家にとっては劇薬だなあと感じた。
もう、最初から疑ってかかって読んじゃうからね。「この登場人物の性別は? 年齢は? 舞台となっている時代は?」地の文でそれらを表す記述が出ると、ほっと胸をなで下ろす。しかし、「いやいや、この地の文自体が何者かの手記、という可能性も…」だめだ、全然話に入っていけない。もう頭からっぽの夢詰め込める状態で読もう。
結果、夢どころか、陰鬱な結末によるブルーな気持ちだけが詰め込まれてしまいました。悲しい話だ。悲しいだけならいいのだが、ヒロイン(?)を地獄の道に連れ込んだ人物に対する作中の解答がないまま終わってしまっている。確か、他の作家だが、「天使のナイフ」という作品でも同じような事を書いた記憶があるが、エンターテインメントなら、悪には作中できっちり裁きを下してもらいたい。社会派はエンターテインメントを標榜してるわけじゃないからいいのかなぁ?


No.78 6点 月光亭事件
太田忠司
(2015/05/25 13:22登録)
清潔感溢れる、悪い意味でなくあっさり風味の本格ミステリだった。
実現性に疑問符が付く、超大掛かりなトリック。主人公の意のままに従う子猫など、
ちょっとファンタジックな要素は、少年漫画的。
特にトリックは、映像化したら(その様子を想像したら)、かなりとんでもない画になると思われる。あれだけのものを動かすとなると、相当のエネルギーが必要となり、騒音も凄いはず。ある程度まで動かしたら、後は重力任せでいいとも思うが、それでは最後とんでもない音と振動が発生するはず。うまいことブレーキを掛ける動作も必要なはず。施工業者や特注されたはずの部品の入手ルートから、とても秘密は保てまい、などという突っ込みは野暮ですね。
今どき(といっても書かれたのは二十年も前か)珍しい純真な少年探偵に、それを温かく見守る後見人のおじさん探偵。探偵に理解を示す戦友の刑事など、気持ちの良い、応援したくなるレギュラー人物たちだ。
特に主人公の狩野俊介のキャラは抜群で、深夜の聞き込みに耐えきれず、大丈夫です、と言いながらも寝てしまうなど、その手のが好きなお姉様(と、お兄様)たちが放っておかない危険な魅力を出している。
トリック以上に、上に書いたように猫がとにかく凄い。うちの猫など、十年以上飼っているというのに、全く言うことなど聞いたことがないというのに。


No.77 5点 なつこ、孤島に囚われ。
西澤保彦
(2015/05/19 10:48登録)
人気トーク番組「アメトーーク」に、「どうした? 品川」という人気企画があった。これは、当時漫画原作、映画監督とその活動の幅を広げていた漫才コンビ「品川庄司」の品川に対し、他の芸人が茶々を入れたり叱咤激励するという、品川に対する、嫉妬と茶化しと愛とが溢れた名企画であった。
本書を読んだ私は、その人気企画に倣って、「どうした? 西澤」と言いたい気持ちになった。
私が読んだのは、2015年4月に、「小説家森奈津子の華麗なる事件簿」と題し、「なつこ、孤島に囚われ」と「キス」を再編集した文庫版だった。
「事件簿」といいつつ、ミステリ的事件が起きるのは、最初に収録された、「なつこ、孤島に囚われ」だけ。他は、ミステリだかSFだか官能小説だか分からない奇妙な短編が続く。
あとがきで作者は、本書を執筆するに至った経緯と、自らの性癖を暴露。何とも潔いというか、あの、「チョーモンインシリーズ」でおなじみの西澤保彦の別の面を見てしまった。
決してつまらなくはないし、ミステリ的仕掛けが施された話もあり、何より、作者の「これを書きたいんだ」という熱気が伝わってきて、力作といえる短編集に構成されたのではないか。
第一収録作「なつこ、孤島に囚われ」は、下ネタとミステリの融合ということで、早坂吝の「らいちシリーズ」の先駆けのような印象を受けた。


No.76 6点 毒入りチョコレート事件
アントニイ・バークリー
(2015/04/22 18:26登録)
「なるほど、これが『毒入りチョコレート事件』ですか」
話には聞いており、ミステリ批評書などにも度々その名を目にしてきた本作だが、私は不勉強ながら、今の今まで読む機会を得ずにいた。
結局真相が有耶無耶のまま幕を閉じる本作からは、他の方が書評にも書かれていた、「ミステリの推理なんてこんないい加減なものでしょ」「作者の都合のいい解釈を名探偵に言わせてるだけでしょ」という、ミステリ批判のようなものを感じた。
しかし、ミステリに描かれる事件が、「その世界に実際に起きた事件を小説化したもの」という設定である限り、真相はひとつだけ確実に存在しているはずで、(「三億円事件なんていくらでも都合のいい解釈ができる。いい加減な事件でしょ』などと言う人はいないだろう)そこを「アンチミステリ」的に突っつき回しても、「所詮この事件は作者が頭の中で考えた絵空事ですよ」「解釈なんていくらでもできますよ」と、読者に冷や水を浴びせているだけに思える。「これは現実に起きたことではありません」と、再三口を挟み、読者が作品世界に入り込むのを拒絶しているような感じを受ける。
「こんな小説にマジになっちゃってどうするの」と言うわけだ。
とはいえ、本作が後のミステリに与えた影響は大きなものだったはずで、作者の本心がどこにあったから分からないが、『毒入りチョコレート事件』は、「絵空事のミステリ」を好み作品世界に進んで入り込むディープなファン(と作家)に指示されているというのは皮肉に思える。


No.75 8点 戻り川心中
連城三紀彦
(2015/04/22 18:09登録)
本格ミステリ小説というものは、パズルに小説的演出を施したものか。小説にパズル的要素を持ち込んだものか。作品によって違いがあり、また、どちらが優れている、正解であるといった優劣は付けられないだろう。
文学と言って過言ではない美しい文体で綴られた、連城三紀彦の傑作「戻り川心中
」(もちろん表題作以外の短編も含む)はどちらだろうか。圧倒的に前者である。
作者は「まず謎ありき」で、その謎を不自然なく包み込める舞台、人物設定を構築している。まぎれもない本格ミステリの作り方だ。
連城三紀彦の文章が美しすぎるがため、ミステリというには気恥ずかしいくらい「文学」してしまっているのだ。もちろん私は、「文学のほうが本格ミステリよりも上である」などと思ったことは(その逆も)一度もない。本格ミステリだろうと、文学だろうと、ライトノベルだろうと、面白いものは面白い。
ジャンルに優劣はないが、文章に美醜はあるのだ。
文章だけではなく、ミステリ的トリック、仕掛けも秀逸。(多少無理のあるものもなくはないが)
昨今の作家であれば、「これひとつで長編に仕立ててやれ。『予想を裏切る結末!』とか帯に書いてもらって、映画化を狙ってやれ」と、水増し水増ししかねないようなものも、惜しげもなく短編に、きゅっと詰めてくる。粋だなぁ、と思った。


No.74 5点 ドッペルゲンガー宮「あかずの扉」研究会流氷館へ
霧舎巧
(2015/04/20 09:39登録)
「とっ散らかっている」というのが、読み終えた第一印象。
トリックや仕掛けをこれでもかと投入してくる。残りページ数を睨みながら、「まだ終わらないのか」と思ってしまった。
デビュー作ということで気合いが入ったのだろうけれど、詰め込みすぎ。個々のトリックや仕掛けには光るものがあるだけに残念だ。メイントリックの解説には図解を入れてほしかった。
メンバーの一人の、千里眼のような「常人が見えないものを見ることができる」という能力が出て来たのには面食らった。スパイス程度ではなく、探偵がその能力を全面的に信頼しており、推理の補完にしている。特殊能力ものだったのだ。


No.73 7点 水魑の如き沈むもの
三津田信三
(2015/04/15 11:15登録)
シリーズ最長編ということで、「間を置いたら中身を忘れる」と思い、休日を利用して一気に読んだが、初期作に比較して文章が格段に読みやすく、キャラクターも立ってきたこともあり、肩すかし的にすんなり読めた。
相変わらずトリックを設定(謎儀式)に組み入れるのがうまい。他の方の書評の通り、突っ込みどころは多々あるが、好きな作家(キャラクター)のひいき目かなぁ、私はあまり気にならなかった。
毎度おなじみ多重推理も今回は、「切羽詰まって、今ある手掛かりだけで見切り発車的にリアルタイムで考えながら推理を披露するしかない」という状況で説得力を持たせている。
結界、何かを見る力、など、あやふやな解答ではなく、超常的な現象ありきで話が進むようなところは気になったが。
ゲストキャラクター造形もしっかりしており、「がんばれ」と応援したり、「こいつ何だよ」と腹を立てたり、全編に渡って楽しめた。そして、数々の事件を経て成長した名探偵刀城言耶の頼もしさはどうだ。
全ての謎は明らかにされ、最後はハッピーエンド。これぞ本格ミステリエンタテインメントだ。


No.72 5点 密室殺人ゲーム王手飛車取り
歌野晶午
(2015/04/15 10:46登録)
ひどい設定だな、と思ったが、読み進めていくうちに、読者である自分もトリックについて推理しながら、良心よりも好奇心に駆られ読んでしまっていることに気が付く。
主人公たちがあれだけやっても、警察に尻尾を掴ませもしないという(そもそもこの世界の警察は働いているのか?)ところなど、この作品は完全なファンタジー。
「殺人鬼が何をやっても絶対に捕まらない」という特殊設定ありきで成り立っているミステリだ。
だから無辜の被害者が殺されまくっているというのに、不思議と嫌悪感はそれほどでもない。「人間が描けていない」とは、かつて新本格に浴びせられた批判だが、この作品の登場人物は主人公らも被害者も含め、全員人間ですらない。ファンタジー世界の駒、ゲームのキャラクターだ。読んでいて良心があまり痛まない原因もここにある。「ドラクエ」で、殺したスライムにかわいそうと思わないのと同じだ。
要は「ポケット推理クイズ」的な問題集に書かれた殺人被害者にいちいち同情したり、犯人に憤ったりしないのと同じ。
だから、最終章は蛇足だった。「たかがゲームの駒が何人間ぶってるんだよ」と。
ドラクエで、「あなたが殺したスライムたちにも家族がいたんですよ」とか、「竜王も悪の道に手を染めたことを悩んでいます」などと言われるような「ウザさ」がある。
読者に問題を提供する出題者でしかない駒が、出題以外の何をしようが興味はない。さっさと全員爆死して終わってくれ。と思った。
……ところが、終わらない。何これ。


No.71 5点 眼球堂の殺人~The Book~
周木律
(2015/04/10 11:18登録)
「館もの」も、ここまで来るともうSFの世界に片足突っ込んでいるのでは?
これだけの規模の建築物を建てるには、大型重機の使用は必要不可欠のはずで、その重機が現場へ乗り込むためには広く平坦な道路がいる。工事が終わった後にわざわざその広い道を元のような徒歩でしかたどり着けない山道に戻してしまったのだろうか。施工に関わった人間も数百人規模だろう。どこかから、「眼球堂っていう建物の施工に関わったんだけど、その建物には秘密があってね…」などと情報が漏れる可能性も大。「『館もの』でそこに突っ込むのは野暮だろ」と言われてしまうかもしれないが、本作の建築物があまりのスケールだったためそんなことに思いを馳せざるを得なかった。
大胆な館トリック。理解不能な殺害動機。ラストのどんでん返し。
やりたいことは分かるが、どれもがちぐはぐで分断されてしまっているような印象を受けた。
作者の続作のタイトルからして、「この路線で行くんだ」という覚悟のようなものが見えるのは好印象。「こういうもの」と割り切って楽しむのが正解か。

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