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ミステリの祭典

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HORNETさんの登録情報
平均点:6.33点 書評数:1177件

プロフィール| 書評

No.857 5点 陰摩羅鬼の瑕
京極夏彦
(2021/11/23 19:20登録)
 作者の長々とした薀蓄、長口上は嫌いじゃないが(というかむしろそれが真骨頂?なのだが)、この仕掛だけでこの長さはちょっとやり過ぎかな。殺人が起こるまでに500ページ(ノベルスで読んだけど、文庫だったらもっと?)。
 しかも正直、この仕掛けは後半にかかったころから分かってしまっていた。
 儒学と仏教に関する薀蓄はそれなりに面白かったので、たのしい読書体験ではあったが、ミステリとしての驚きややられた感は弱い。
 ただ、嫌にはならない。やっぱり次も読みたいと思ってしまう。うーん。


No.856 6点 スワン
呉勝浩
(2021/11/20 15:42登録)
 劇場型の犯罪シーンによる派手な幕開けにより、導入から入り込んで読める。物語は、大量殺人をした末に犯人が自害した事件で、生き残った片岡いずみを主人公にして、いずみだけが知っている事件の真相を追う展開。
 冒頭に事件の舞台となったショッピングモールの見取り図が掲載されているが、事件時のそれぞれの人物の行動を検証する際には逐次見返しながら読み進めないと、なかなか全容が理解しづらかった。
 物語の中盤は、不審な死に方をしていた老女・吉村菊乃の死の真相解明に充てられているが、正直、その真相はが物語的にあまり魅力がなく、細かな検証にページを割いた意義はあまり感じられなかった。
 一番の謎・いずみのバレエのライヴァルである古館小梢が撃たれた真相については、魅力的な謎ではあったがラストが近づくにつれて概ね看破できた。
 疾走感のある展開で、止まることなく読み進めてしまう魅力はある作品だった。


No.855 6点 ブレイクニュース
薬丸岳
(2021/11/20 15:28登録)
 ユーチューブで人気のチャンネル「野依美鈴のブレイクニュース」。社会的な問題を独自に取材し配信。事件の当事者に直撃する取材は、訴えられてもおかしくない過激なものも。それでも美鈴の美貌も手伝って、視聴回数が1千万回を超えることも少なくない人気チャンネルに。週刊誌記者の真柄は、プロのメディアとしてそんな美鈴に反発を感じながら、美鈴の正体を探ろうとする。すると美鈴には意外な過去が……。
 いかにも旬な、現代的題材なので諸所に共感しながら非常に読み易く進められる。美鈴が追う事件ごとに章立てされた連作短編で、最後に美鈴の正体が明かされる。後半の章での展開から、その正体はうすうす分かって来てドンピシャだったので、ミステリとして大きな驚きがあるわけではないが、最近にありがちな事件像を取り上げて作られた各話は興味深く、楽しんで読むことができた。


No.854 5点 同姓同名
下村敦史
(2021/11/03 23:26登録)
 取り上げた素材は面白い。現代にマッチしたものでもあると思う。が、とにかく「大山正紀」がたくさん出てきて、どれがどの大山正紀なのか、こんがらがってしまう…(まぁそれが作者の仕掛けなのだが)。そのやり口に早々に気が付いて、「これはきっとあの大山正紀なんだな」なんて推理も交えて読んでいくのだが…
 おまけに各章の時制もかなり入り組んでいて(これもあとから分かる)、うまく伏線を仕組んでいるとは思うのだが、ラストで答え合わせをするのもなかなか難儀だった(笑)。
 よく仕組まれているとは思うが、ちょっとそれに走りすぎかな?


No.853 7点 奪取
真保裕一
(2021/11/03 23:20登録)
 クライムノベルのお手本みたいな名作。かなりの厚みだが、疾走感のある展開で全く苦にならず読み通せてしまう。
 印刷関連の詳細な説明は難解で正直ほとんど読み飛ばしたが、リアリティを感じさせる雰囲気は堪能した。それでも物語を楽しむことに影響は全くないので大丈夫。
 エピローグがまた粋でいいね。まさか登場人物の名前にそんな仕込みがあったとは…。綿密な構想のもと書き上げられた作品だということが十分に伝わってきた!


No.852 6点 おれたちの歌をうたえ
呉勝浩
(2021/10/30 18:13登録)
 元刑事の河辺のもとにある日、同郷の友人サトシが死んだとの電話がかかってきた。河辺とサトシ、コーショー、キンタ、フーカの5人は「栄光の5人組」として幼い頃いつも一緒の仲間だった。が、フーカの姉が殺され、フーカの父が犯人と目される男の家族に報復するという事件が起き、その後は散り散りになってそれぞれ大人になっていた。
 サトシは死に際して河辺に暗号を残していった。そこには40年前の事件の真相が隠されているのか。フーカの姉が死んだ日、本当は何があったのか。失ったものを取り戻すべく、河辺は動き出す。

 物語設定は面白く、興味をもってページを繰っていけるのだが、暗号とか符丁とかがちょっと入り組み過ぎているうえに、解読が多分に恣意的で、ちょっとついていけないところがあった。世に倦んだ元刑事やそれを取り巻く登場人物の描写も、カッコよさをねらって仰々しいのが少し鼻につく。
 後半は急展開に次ぐ急展開で、ついていくのがやっとだったが、言い方を変えれば最後まで物語が動的で面白かったとも言える。


No.851 8点 ミカエルの鼓動
柚月裕子
(2021/10/30 17:43登録)
 北中大病院の心臓外科医・西條は、手術支援ロボット「ミカエル」を使った外科手術の第一人者として脚光を浴び、院の中枢になる医師と目されていた。ところがそこへ、ドイツ帰りの天才医師・真木が現れ、西條の目の前で「ミカエル」を用いない従来の手術を、とてつもない速さで完遂する。
 あるとき、一人の難病の少年の治療方針をめぐって、二人は対立。ミカエルを用いた最先端医療か、従来の術式による開胸手術か―。そんな中、西條はある筋から、ミカエルの不具合が疑われるという情報を耳にする。自分が推進しようとしている医療は本当に間違いないのか。天才心臓外科医の正義と葛藤を描く。

 自身の病院での立場、出世に不可欠な医療用ロボットに疑念が生じた医師が、医療理念に基づいて正しく行動できるか。葛藤・苦悩する主人公・西條だが、その人間性には好感がもて、常に応援する気持ちで読める。ライバルである真木はこうした対立構造で定番的なキャラクター造形ではあるが、だからこそ面白さが安定している。
 人死にがあるミステリではないが、真木の過去や病院長の思惑など、「謎」の部分は諸所にあり、要素は十分にある。
 面白かった。

 


No.850 7点 奈落で踊れ
月村了衛
(2021/10/30 17:24登録)
 1996冬、接待汚職「ノーパンすき焼きスキャンダル」が発覚した大蔵省は大揺れに揺れていた。接待を受けていた88年入省組は処分を逃れるために、同期で『大蔵省始まって以来の変人』の異名を取る文書課課長補佐の香良洲圭一に協力を要請する。
 香良洲は元妻で与党・社倫党政治家秘書の花輪理代子から、政財官界の顧客リストの存在を告げられる。リストを探すために、香良洲はフリーライターの神庭絵里に調査を依頼、絵里は暴力団・征心会若頭の薄田に接近するが……。

 実際の「大蔵省ノーパンしゃぶしゃぶスキャンダル」をモデルに、官僚たちの生き残り競争、政界闘争、組織化での暗躍が描かれる。突き抜けた香良洲のキャラクターは小気味よく、暴力団組織も絡んだ裏のかきあいも面白い。
 取り上げた題材、目のつけどころがよかった。


No.849 5点 お孵り
滝川さり
(2021/10/21 19:58登録)
 橘佑二は、婚約者・乙瑠の結婚のあいさつのため、乙瑠の故郷である「冨茄子村」に行く。乙瑠の親族に挨拶をし、結婚を認めて貰えた佑二だったが、同時にその村の異様な風習、氏神信仰を知り戦慄する。それは、「太歳様」と呼ばれる氏神が村の新生児に宿り、村人たちの「生まれ変わり」を司るという狂信的なものだった。

 良くも悪くも、この類のホラーのテンプレートのような標準的出来栄え。だからそれなりに楽しいが、読み慣れている者にとっては意外性も弱い(太歳様の正体や、乙瑠の正体なども…最も「それらしい」オチ)。「リング」のような、ちょっと前の映像作品のようなイメージ。
 まぁ楽しめた。


No.848 6点 The Best Mysteries 2019
アンソロジー(出版社編)
(2021/10/21 19:42登録)
「学校は死の匂い」澤村伊智…比嘉姉妹シリーズ短編。一時期問題になった、学校の組み立て体操を題材にしたホラーミステリ。
「埋め合わせ」芦沢央…「汚れた手をそこで拭かない」に収録。その中で一番面白かった印象。
「ホームに佇む」有栖川有栖…心霊探偵・濱地健三郎シリーズの短編。そこそこ。
「イミテーション・ガールズ」逸木裕…森田みどりシリーズの過去話。標準的出来栄え。
「クレイジーキルト」宇佐美まこと…奥田英朗や桐野夏生、貫井徳郎もかな?の作品のようなイメージ。面白い。
「東京駅発6時00分 のぞみ1号博多行き」大倉崇裕…殺人犯が、犯行後の新幹線で刑事と隣席に。古畑任三郎みたい。
「くぎ」佐藤究…前半の話と後半の急展開があまりつながってないような。
「母の務め」曽根圭介…仕掛けは面白かった。が、結局「姉」はどこにいるのかという疑問が残ってやや消化不良。
「緋色の残響」長岡弘樹…同名の短編集に収録。シリーズとして通して読むのがオススメ。


No.847 4点 不可逆少年
五十嵐律人
(2021/10/20 19:15登録)
 ある少女が動画チャンネルで、4人の人間を順に殺害する様子を生放送。そんな衝撃的な事件が人々を震撼させる世の中で、主人公は家庭裁判所調査官として過ちを犯した少年たちの処分判定に携わっている。原則的に、教育的手段によって更生を促すことを旨とする職。しかしながら、ある女性上司は「生物学的要因によって非行に走る人間」がおり、その子たちには更生教育ではなく生物学的治療が必要だという。教育でやり直すことができないそれらの少年を、「不可逆少年」と彼女は呼んだ。

 魅力的な冒頭から始まり、「フォックス事件」に関わった少年たちの物語も興味深く、中盤まではかなり楽しんで読めた。ただ、この作者の特徴なのか、物語の核心に迫るあたりになってくるとだんだん情緒的な(不確定要素の)論理が入り込んできて、「こういう言動をしたから…こうなった」という帰結が素直にうなずけない。その因果関係もさながら、それを推理する側も、さも当然の帰結のように推理しているのがしっくりこない。辿っている道すじが、ほとんど「未必の故意」のような偶然に頼ったものというか…
 ひっくり返すことを狙いすぎると、糸のような頼りない道筋が「当然起こり得たこと」のように描かれることになっちゃうのかな。


No.846 7点 護られなかった者たちへ
中山七里
(2021/10/20 15:32登録)
 生活保護の受給、それを取り扱う福祉保険事務所と行政をテーマにした社会派ミステリ。
 全身をガムテープで拘束されたまま、放置されて餓死させられるという事件が連続して発生。手口は同一犯を思わせる共通したものだが、被害者のつながりが見出せない。しかし、被害者の過去を洗っていくうちについに、ある福祉保険事務所で同時期に勤務していたという共通項が見つかる。犯行は、生活保護対象者の逆恨みなのか―?

 相変わらず読ませる文章で、ノンストップで読破してしまうリーダビリティ。前半部で犯人も明らかにされ、両者のせめぎ合いが並行的に描かれていく倒叙形式かと思いきや…まぁ、ある意味想像の通り。
 ミステリとしては、登場の仕方や描き方で、真犯人もほぼ透けて見えるものだったが、生活保護問題というテーマ小説としての面白さがあるので、全体的には〇。


No.845 6点 The Best Mysteries 2021
アンソロジー(出版社編)
(2021/10/20 15:22登録)
 活躍中の新人~中堅どころ作家たちの短編集。「2021」という年号を関するにふさわしく、SNSやコロナ禍などの世相を反映したものが揃っている。

結城真一郎「#拡散希望」…YouTubeを題材にしたいかにも旬のネタ。そのことを上手く使った仕掛けも◎
青崎有吾「風ヶ丘合唱祭事件」…裏染天馬シリーズの学園短編。日常の謎。
芦沢央「九月某日の誓い」…超常的な力を題材にした特殊設定ミステリ。筆者の作にしてはいまひとつ。
一穂ミチ「ピクニック」…ワンオペ育児を題材にしたちょっとダークな話。
乾くるみ「夫の余命」…いかにもこの作者らしい仕掛け。
北山猛邦「すべての別れを終えた人」…コロナ禍が生んだ排他的な世相を映し出した良作。
櫻田智也「彼方の甲虫」…魞沢泉シリーズ。「蝉かえる」に収録。
降田天「顔」…学生が巻き込まれた電車での事件。結末の収斂ぶりはなかなか。


No.844 7点 ヨルガオ殺人事件
アンソニー・ホロヴィッツ
(2021/10/16 12:11登録)
 「カササギ殺人事件」から2年、編集者の職を辞したスーザン・ライランドは、クレタ島に移住して彼氏とホテルを共同経営していた。そんなスーザンのもとに、英国から夫妻が訪ねてくる。夫妻が言うには、経営するホテルで8年前に起きた殺人事件の真相を知ったらしい娘が行方不明になった。娘はある小説を読んで、真相に気付いたという。その小説こそ、かつてスーザンが編集に携わった故・アラン・コンウェイのミステリ「愚行の代償」だった。
 報酬を払うので、謎を解き、娘の行方探しに手を貸してほしいという夫妻。スーザンは再び英国に戻り、独自で調査を始める。

 前作同様、今回も「作中作」が挿入される二重構造で、上下巻合わせて800ページ以上の厚み。これも前回同様、作中作の「愚行の代償」は小説がまるまる一本入っていて(!)、氏の創作力には舌を巻くばかりだ。
 謎の中心はもちろん、コンウェイの「愚行の代償」に、真犯人を明らかにする何が隠されているか。当小説は英国夫妻が経営するホテルをモデルにして書かれたものということで、その作中作の登場人物と、実際の現実の人物の照応を考えながら読み進めることになり、外国人の名前を覚えるのが苦手な人はやや苦労するかも。
 とはいえラストには、そうした照応にはあまり意味はなかったことに気づかされるのだが―(笑)仕掛けは全く別のところにあり、そのことに気が付いても真相看破はなかなかできない仕組みだった。
 しかし、読みがいがある作品だった。


No.843 4点 ぬばたまの黒女
阿泉来堂
(2021/10/16 11:12登録)
 懐かしい同窓生たちに会うため、12年ぶりに故郷・皆方村に里帰りした井邑陽介。思い出話に花を咲かせる面々だったが、その中で陽介が村を出た後に皆の憧れの少女・三門霧絵が火事で亡くなっていたことを知らされる。さらに村では最近、全身の骨を砕かれるという異常な殺人事件が起こっていた。故郷の村で何が起こっているのか。疑心にかられる陽介たちの前に現れたのは、怪異譚を集めて回っているという変り者のホラー作家・那々木悠志郎だった。

 雰囲気はあって読み進めるのはそれなりに楽しかったのだが…村の怪異を解き明かす論理(?)がなんだが無理筋な気がして、なんとなくすっきりはしなかった。
 前作の方がよかったな。


No.842 6点 嗤う淑女二人
中山七里
(2021/10/16 10:53登録)
 「嗤う淑女」の蒲生美智留と、「連続殺人鬼カエル男」の有働さゆり、希代の悪女二人が夢の(?)共演。
 ホテルでの同窓会で起きた大量毒殺。ツアーバスの爆発事故。深夜の中学校での放火殺人。何の脈絡もないいくつもの事件だが、それらをつなぐのは被害者が身に付けていた「番号札」。
 2人の目的は何なのか。なぜ、タッグを組んでいるのか。
 別々の作品をまたいで登場する人物により展開される「中山七里ワールド」を楽しめる。


No.841 6点 隣はシリアルキラー
中山七里
(2021/10/16 10:37登録)
 毎晩アパートの隣室から、浴室で何かを解体しているような音が聞こえてくる…警察に知らせても本気で取り合ってもらえず、日に日に募る恐怖。並行して近隣で連続して起こっている女性のバラバラ殺人。隣人はシリアルキラーなのか―

<ネタバレ含む>
 主人公の妄想なのか、それとも本当に行われていることなのか。てっきり真実は前者で、それがどんでん返しになるのかと思ってたけど違ってた。その点では逆の意味で「裏切られた」かも。
 どんでん返しはちょっと変化球。でも、服装のことがさり気なく描写されている時点で何かあるとは思っていたので、予想の範疇だった。
 


No.840 8点 ヒポクラテスの悔恨
中山七里
(2021/09/26 17:27登録)
 斯界の権威・浦和医大法医学教室の光崎藤次郎教授がテレビ番組に出演。歯に衣着せぬいつもの物言いで、司法解剖についての現状を痛烈に批判した。すると、ネットを介してある犯行予告が届く。「あなたの死体の声を聞く耳とやらを試させてもらう。自然死にしか見えない形で一人、人を殺す」―疑わしい案件を全て解剖に回す羽目になった埼玉県警は大わらわ。果たして光崎はこの犯行を見抜けるのか―?

 相変わらず無駄なく、とはいえ物語性も損なわない絶妙のストーリーテーリング。氏は小説の執筆にあたって取材活動等は一切行わないそうなのだが、それでなぜこのような専門的な題材を克明に描写できるのか、本当に不思議(ご本人はこれまで読んだ膨大な書籍と、映画鑑賞とですべて賄えるとおっしゃっていた)
 連作短編の形になっており、全編を通して最後はネットで犯罪予告をした犯人解明に辿り着くのだが、登場人物が限られていることもあってその予想はだいたいついてしまう。しかしながら事件を事故に見せかける「ハウダニット」の解明部分が本作(本シリーズ)の幹なので、そのことによって魅力は損なわれない。
 光崎教授、キャシー、古手川のキャラクター造形の上手さが、飽きさせないシリーズとして続く大きな要因になっていると感じる。「御子柴シリーズ」と並ぶくらい、安定的に高いクオリティを提供してくれる。


No.839 8点 硝子の塔の殺人
知念実希人
(2021/09/26 16:55登録)
 遺伝子工学の分野で大きな功績と富を為した学者・神津島太郎。重度のミステリマニアとしても知られる神津島は、自身が建てた山奥の円錐形のガラスの塔に、名探偵、刑事、霊能力者、小説家などの面々を招待した。「今夜、重大な催しをする」―ところがその晩に、神津島は何者かに毒殺される。事件の真相解明に、招待客の一人、名探偵・蒼月夜が立ち上がった。

 異形の館、集められた客人、閉ざされた空間で起きる連続殺人、真相解明に乗り出す「名探偵」。この令和の時代にコッテコテの本格ミステリ、好きな人には諸手を挙げて歓迎されるだろう。
 内容も、密室、ダイイングメッセージ、さらには名探偵・月夜により披露される本格ミステリ薀蓄と、多少やり過ぎかと思うくらいの徹底度。ただ、それぞれの殺人のトリックは特に目を見張るものはなく、良くも悪くも「今さら…」と思えるような代物だったのだが……そのこと自体がラストの仕掛けの伏線となっていたという仕掛けには、素直に舌を巻いた。
 一旦解決を見たようにしておいて、その実さらにその裏側がある…という展開になるのは十分に予想できた(これ自体が最近ちょっとパターン化してないか?)し、真犯人自体もほぼ見当がついていたが、そこにもっていく全体の構成は非常に秀逸だった。
 ただ一つ、真犯人がこういうパターンのある意味「王道」だったので、逆に意外ではなくなってしまった。そこを外すと最高だったのに…という気もした。


No.838 5点 原因において自由な物語
五十嵐律人
(2021/09/26 16:15登録)
 二階堂紡季は、恋人の想護にプロットを書いてもらい、それを原稿に起こすことで作品を書いている作家。そのプロットは章ごとに順次もらっており、書いている紡季自身も物語の結末を知らない。今回のプロットは、「ルックスコア」という、顔写真で顔面偏差値を出すアプリが蔓延する世の中で、容姿が原因でいじめに遭っている男子高生が廃病院の屋上から飛び降りるシーンから始まっていた。ところがこれを原稿にして編集に渡したところ、編集者から「これって、フィクションなんですか?」…何と想護が書いたプロットは、1年前実際にあった事件を完全に再現した内容だった。恋人の真意を測りかねていたその矢先、その想護が当の廃病院屋上から転落したとの一報が入る―

 アプリや写真加工などの現代的なアイテムや、テンポの良い文体により、エンタメとしては面白かった。
 ただ、後半の真相に深く関わってくる、高校生や想護ら各人物の行動動機が多分に観念的・叙情的で、あまりすっきりしなかった。私はどちらかというとミステリの謎には論理性を求める方で、死生観や人の深層心理といった観念的要素が真相に深く関わってくると冷めてしまうところがある。まぁ好みの問題だと思う。
 プロットの作り手である想護が意識不明の重体になったことで、その先に書かれることになっていたであろう事件の真相を、恋人の主人公と弁護士が追うという大掛かりな仕組みだったが、行き着くところは学園で起きたいじめ事件の捜査であり、内容的には平均的だった。

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