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ミステリの祭典

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虫暮部さんの登録情報
平均点:6.21点 書評数:2011件

プロフィール| 書評

No.1791 6点 冬期限定ボンボンショコラ事件
米澤穂信
(2024/09/13 12:01登録)
 ミステリ的には強引。同じ人が三年置いて同じような事故に偶然巻き込まれるのは如何なものか。新旧二つの件を平行して考証しているので紛らわしい。
 “旧” の方は腑に落ちた。問題は “新”。衝動的犯行、そして偶然その後も関わりが続く。そのへんまではまぁ良いが、正体を隠そうとした犯人の理屈は考え過ぎ。出口戦略が無いままの一時凌ぎで、余計な事後工作である。寧ろそのせいでバレてるよね。
 小鳩君達の心情の変遷を追う教養小説的要素は、いい感じと嫌な感じの背中合わせが一人称で巧みに描かれ期待通りなのだが、前述のように不安定な土台に載せてしまったのは戴けない。
 病院小説としてはなかなかの優れものじゃないだろうか。


No.1790 8点 詐欺師と詐欺師
川瀬七緒
(2024/09/05 12:02登録)
 詐欺師バディの魅力的、ではないけれど目を離せなくなるキャラクター造形が上手いところを突いている。良い意味でキチンと、整然とした文体も好印象(例えばみちるなど、作家によってはグダグダな日本語不自由な喋り方にするだろう)。
 スマートに人を騙すヒントや注意点が色々まとめられていて、あなたも今日から詐欺師になれる。物騒なネタもチラついているが、藍には理性的に引いている一線があるし、コン・ゲーム的な騙し合いで着地するんだろう。
 ――と楽しく読んでいたらかなりびびった。おいおい、なんちゅう企みだ。復讐心とビッグ・マネーが結び付くとこんなんなるのか。
 最終的に何処までが計画で何処からが想定外か曖昧な嫌いはあるが、飲み込んだ錠剤が胃の中で実はコンクリート・ブロックだったと気付いた、みたいな気分で吐き気を押さえつつ拍手。


No.1789 7点 硝子の塔の殺人
知念実希人
(2024/09/05 12:02登録)
 硝子の塔の図版を見て私は思った。中心の階段室を軸にして部屋が上下するに違いないと。部屋を全て下側に集めると、10Fが4Fの高さに来るわけだ(11Fの展望室は動かず)。
 だってエレヴェーター無しの10Fに70代が住んでいるなんて無茶じゃないか。

 書かれていないロジックに気付いた。
 二日目初頭のディスカッションで、神津島殺しについて。
 毒殺なら必ずしも犯人が現場で立ち会う必要は無いが、名探偵は言う。“犯人は犯行当時、壱の部屋にいたのではないかと思っています”。
 その根拠として “毒を前もって仕込むという方法では、殺害するタイミングを決められない。犯人は午後十時以前に殺したかったから、毒を手渡しうまく言いくるめて飲ませた、と考えられる” のように説明されているが、こうも考えられる。
 ――被害者は、ダイイング・メッセージを残す程に “これは毒殺だ” と確信していた。でも普通なら “何か悪いものでも食べたか?” ではないか。また、被害者は心筋梗塞を経験しているので、純粋な体調不良(って変な言い方だが)で苦しくなるケースも認識していた筈。にもかかわらず毒殺を確信したのは、犯人がその場にいてその口から聞かされたから、と言う可能性が高い。

 あのシリーズの新刊が出たら、ネタが一つ潰れちゃうね。
 マーガレット・ミラーは鏡じゃないぞ。


No.1788 7点 生ける屍の死
山口雅也
(2024/09/05 12:01登録)
 被害者は増えても容疑者が減らない画期的な連続殺人。 
 欧米文化のパロディ的なコンセプトは好きだが、その手法としては私の嗜好と食い違うところがあり、作品に対して若干の歩み寄りを余儀なくされたことは否定出来ない。
 その理由の一部は長さに起因するけれど、単なる “謎とその解明” ではなくタナトロジーの一大伽藍になるのは作品成立上の必然であって、余計な部分が沢山あるように見えてもでは何処を削れば良いのかと問われると判らない。

 不満を抱えつつ “これがあり得るベストの形” と受け入れるしかないのか。ホワイト・アルバムは1枚ものにまとめればもっと名盤になったのに、みたいな話?


No.1787 7点 宇宙大密室
都筑道夫
(2024/09/05 12:00登録)
 作者唯一のSFオンリー短編集、と紹介するには幅が広くて、SFとは? と尋ね返したくもなるが、それはともかく。
 都筑道夫のミステリの欠点は、奇妙な状況(密室に死体、等)が作られた “理由” を重視する割に、その説明が不自然で回りくどいことだと思う。SFならば奇妙な状況自体が前提(タイムマシンがあった、等)なので、説明に汲々とする必要が無い。
 だからかどうか、変なところに力が入らず自然に読める作品が揃っている。「頭の戦争」結末の落差に天を仰いだ私。

 コンセプトは割とありがちだが、【民話へのおかしな旅】のパートは “なめくじ長屋捕り物さわぎ” の派生物(とはちょっと違うかな?)、神も天狗も容疑者に含める世界観で、あちらはしかしやっぱり人間、こちらは本当に神が犯人もアリ、と言う対比になっているように思った。


No.1786 6点 狙われた女
川上宗薫
(2024/09/05 12:00登録)
 読み終えて振り返ると、嘘から出たまことと言うか、事態はかなりの偶然から始まっている。“あの店のあの人のあの客” みたいな説明で話が通じちゃって、夜の街の社交界(?)がごく狭い一つの商店街みたいな印象だけど、そういうものなんだろうか。
 理由になっているようでなっていない動機(褒めてる)を筆頭に、プロットとしては “奇妙な話” てことで許容は出来るが、それを成立させるには世界観に物足りなさが残る。
 “官能小説のソウクン” に期待した程の文章の巧みさは感じられず。会話で話の広げ方(そらし方?)は面白かった。


No.1785 8点 夏と花火と私の死体
乙一
(2024/08/29 13:10登録)
 サスペンスとしての構成の巧みさに、“私” の一人称記述を掛け合わせると、何気ない会話や田舎の情景描写(コレも上手い!)が微妙に色調の狂った画像のように見えて来る。何のツッコミも無しでそれが続くうち、自然にくふふと笑いがこぼれているのだった。
 手法としては一回限りの賭けだろうが、それでキチンと正解の中心を射止めた傑作。

 表題作だけで一冊に出来なかったことが欠点。


No.1784 7点 それは令和のことでした、
歌野晶午
(2024/08/29 13:10登録)
 本当にありそうな怖い話々。題材を物語にする技には安定感がある。但し突出した部分は見当たらないし、“近年社会問題化した事象を織り込む” と言う狙いが、こうやって一冊にまとめてしまうと約束事めいて少々鼻に付く。

 「わたしが告発する!」。死体が発見されなければ起訴も無いのだから、投了には早過ぎると思う。でも気持が折れちゃったんだね。


No.1783 7点 千一夜の館の殺人
芦辺拓
(2024/08/29 13:09登録)
 私、本作のフーダニットについては途轍も無く驚いた。と言うのは、絶対に真相はYだと確信していたからである。気持良い程見事に引っ掛かった。一瞬だけとはいえ “ホラやっぱり” と思わせる場面もあったし、作者の意図的なミスリードだと思うんだけどな。

 一方で、殺人がインフレ気味だし、茶室の密室以外は死に方に個性が乏しくて、“命を奪う” と言うより “データを削除した” みたい。悪い意味ではなく人間を駒にしたパズル小説。しかし作者はこれを物語性重視だと後書きで述べている。うーむ。


No.1782 6点 キング&クイーン
柳広司
(2024/08/29 13:09登録)
 ドカーンと突出したものは無いが、良く出来たエンタテインメント。但し真相はそれまでの展開からするとスケール・ダウンしたように感じた。
 ウォーカーのキャラクターについては、奇矯な中にも何かしら愛され要素が欲しかった。アレじゃ単なる嫌な奴だよ。如何にも “厄介だけど、実際にチェスが強いから仕方ない” と腫れ物扱いされそうだ。それなのに周囲の人達は割と好意的に手を差し伸べていて、そこが不自然に見えた。


No.1781 5点 暗殺をしてみますか?
生島治郎
(2024/08/29 13:08登録)
 前半、あぶれ者の孤独感みたいなものに今一つ説得力が感じられず。このへんの微妙な差ってどこで生じるんだろうか。
 後半、暗殺計画が存外にチャチに思える。頭脳戦と肉弾戦の半端な中間地点。ああいう準備をしておいてこんなもんか、と。特に、相手方の側近があれで寝返る展開は安直。
 読み終えてみると、能力のある作家がキチンと仕事をした、と言う以上の独自性は見出せなかった。タイトルから連想するようなユーモラスな筆致でもない。もうちょっと何か欲しいな。


No.1780 7点 クロコダイル路地
皆川博子
(2024/08/23 13:15登録)
 あくまで個人(しかも下っぱ)の視点で描いたフランス革命前後。しかしそもそもの生活環境の不潔さや不合理さに、どういう勢力が、どういう主張が、どういう根拠が、と言った事柄がどうでも良くなってしまう。結局 “そのカネをよこせ!” と言うのが革命だ、と思った。
 誰が主人公と言うわけでもない長々しき作品ゆえ、復讐にせよ裁判にせよ物語の核とは思えない。もう少し “決着” らしいものが欲しかった。しかしそれが “歴史” なのか。単にライフゴーズオンでは読者があっちから帰って来られない。
 貧民の子供達が臨時収入を見世物に費やしてしまうのがとても不思議だった。


No.1779 7点 わが一高時代の犯罪
高木彬光
(2024/08/23 13:14登録)
 ネタバレするがミステリ的には微妙であって、それは真相の一部が伝聞でしか伝えられていない点である。ドン・キホーテの死の状況はあれが真実なのか。
 反戦運動に対する憲兵の追及が厳しくなると、彼との交遊がリスキーだと感じる者もいるだろう。組織内での内輪揉めだってあり得る。それゆえ例えばあの二人が彼を追い詰めて自決を強いたのかもしれない。もしそうであっても、それ以降の展開(偽装工作)は作中の通りで成立しそうである。

 と言うイチャモンはあるのだが、それでも尚、コレはなかなか凄い。
 いかにも “作者の体験が反映されています” って感じだが、一高と言う “場” への愛慕、時代の影、そして青春への挽歌。魂を削って書き付けたような熱を孕んだ文章。色鮮やかなリアリティと随所に埋め込まれたリリシズム。やれば出来るじゃないか。下駄を鳴らして奴が来る。神津恭介は蛮カラ気質の中で目茶苦茶浮きそう。

 ところが併録の短編はどれもダラーッとしていて、別の人が書いたんじゃないかと思うくらいなのだった。


No.1778 7点 スフィアの死天使 天久鷹央の事件カルテ
知念実希人
(2024/08/23 13:13登録)
 専門知識を適度に噛み砕いて面白く読ませている。リアリティの度合いも題材を鑑みると丁度良い塩梅ではないか。
 ワトソン役・小鳥遊の察しの悪さはイラッとするねぇ。ああいう凡庸さを書くのって、主役の奇矯なキャラクターより難しそう。匙加減は今一つで、反応がわざとらしく感じられること多し。


No.1777 6点 キャットフード 名探偵三途川理と注文の多い館の殺人
森川智喜
(2024/08/23 13:06登録)
 奇天烈な設定に呼応して個性的な、しかもしっかり面白いロジックを展開。しかしオチは、ピースを嵌める代わりに力業で握り潰してしまった感じで満足出来なかった。


No.1776 5点 腕貫探偵
西澤保彦
(2024/08/23 13:06登録)
 目の付け所 “だけ” は良い。一話につきワン・ポイントは面白いアイデアを用意しているが、それを成立させる為に残りの部分では幾つもコジツケを積み重ねている。まぁそれはこの人のいつもの作風であって、それを承知で読む私はそのコジツケがまだ致命的ではないと思っているのだろう。


No.1775 7点 イレブン殺人事件
西村京太郎
(2024/08/15 13:02登録)
 個性的とは言えないが、“公式に素材を代入しただけ” みたいなパターンではなく、一編ごとにアイデアを練って書かれた感じで好感が持てる。
 「死体の値段」だけは今一つ。手掛かりがわざとらしいと言うか、死亡時刻くらい計算に入れて偽証しろよと思った。最後まで企みが成功しちゃう話でも良かったなぁ。
 テキトーな表題は何とかならなかったのか。一編一殺ではないから実際はもっと多いしね。


No.1774 6点 五人目の告白 小林泰三ミステリ傑作選
小林泰三
(2024/08/15 13:02登録)
 “ミステリ傑作選” と言っても小林泰三だからねぇ。一般的なものとは基準がまるで違うのである。
 SF傑作選である『時空争奪』と印象はほぼ同じ。どのジャンルを書いてもべったり “小林印” の刻印を押したような強烈な作風だから、ミステリだSFだと言うのはさほど重要な区分ではないのに、そこで区分してまとめてしまったわけで、コンセプトに無理があったんじゃないか。

 “入門編” としての機能性には少々疑問符が付く。“自己認識の混乱” は作者が多用したネタだが、だからと言ってこんなに重複して採らなくても。それより超限探偵とか因業探偵とか安楽探偵とか入れれば良かったのに。
 “ミステリ世界の地図” があるとして、その辺境にこんなものばかり書いている偏狭な小説家がいた、と言う記念碑にはなっているだろう。


No.1773 6点 巫女島の殺人
萩原麻里
(2024/08/15 13:01登録)
 この人達、何の権限も無いのに余所の事情に土足で踏み込み過ぎ。島の人が怒るのも判る。語り手は無神経な自己陶酔キャラだ。
 祀りに焦点が集まった結果、殺人事件が添え物みたいに感じられる。
 “島の秘儀” とは、事実としてオカルティックな事象が起きているのか、プラシーボ効果的な心理現象なのか、解釈の余地が残る。

 以上の要素は必ずしもマイナスではなく “そういう話” として楽しめるのだが、“中央の権力がマイノリティを蹂躙している” ようにも見える。


No.1772 6点 2084年のSF
アンソロジー(国内編集者)
(2024/08/15 13:01登録)
 表題はジョージ・オーウェル『1984年』の百年後、の謂。
 と言っても当該作のトリビュート集ではなく、【仮想】【環境】など題材は様々。そもそも未来を想像して描くのはSFの身上そのものであって、実はアンソロジーとしてのテーマ性がそこまで色濃く感じられるわけではない。明らかな駄作は流石に無いが、構成や文体に実験性を取り込んだ作品はあまり効果が上がっておらず、言ってしまえば “もっと普通の書き方をしたほうが面白くなったんじゃないの” と思う。
 23編中7編くらいは “SF風新本格ミステリ” と分類可能かも。安野貴博「フリーフォール」が素晴らしい収穫。

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