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ミステリの祭典

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kanamoriさんの登録情報
平均点:5.89点 書評数:2426件

プロフィール| 書評

No.2366 6点 愚者たちの棺
コリン・ワトスン
(2016/04/12 21:54登録)
キャロブリート氏の葬儀は、町の名士にしては少ない参列者だけで寂しく執り行われた。その数か月後、今度は隣に住む新聞社の社主マーカス・グウィルが、送電用鉄塔の下で感電死体で発見される。地元警察のパーブライト警部は、殺人事件と判断し関係者である町の名士たちの聴取に乗り出すが--------。

イギリス東部にある架空の港町フラックスボローを舞台にするパーブライト警部シリーズの第1作。
コリン・ワトスンの作家としての活動期間(1958年~82年)がほぼ重なっているためか、内容紹介や解説ではD.M.ディヴァインの名前がよく引き合いに出てきますが、作風は全く異なり、本書を読む限りでは本格ミステリというより、軽いユーモアが入った警察小説というほうが個人的にしっくりきます。一癖も二癖もある個性的な登場人物たちの会話に含蓄があり、控えめながらシニカルでブラックなユーモアが漂うところは、いかにも英国ミステリらしい味わい。なかでも、ラストのチャブ警察署長の奥方のひと言に”らしさ”が凝縮されていますねw
厳格な意味では”本格”と言いずらいとはいえ、謎解きミステリとしての伏線の妙味と、真相の意外性はそれなりに兼ね備えており、解説の森英俊氏の「読み進めるほどに癖になる」という言葉を信じ、次の邦訳を期待することにしましょう。


No.2365 5点 イブの時代
多岐川恭
(2016/04/10 16:18登録)
200年間の冷凍冬眠から目覚めた時雄は、未来社会のポリス・チーフから、ヌード・ダンサー”乳色のイブ”が殺された事件の捜査を指示される。この22世紀の世界では、殺人はほとんど発生せず、捜査技術が劣化していたため、元検事の時雄を捜査にあたらせるため冬眠から覚醒させたという事情があった--------。

ぶっちゃけ謎解きミステリとして読むと、ちょっと微妙な出来と言わざるを得ません。
主人公が目覚めた200年後の世界は、貧富の差やつらい労働がなくなっており、はだか同然の姿をした男女が、毎日自由恋愛を楽しむユートピアのような社会ですが、作者の筆は、その未来社会のシステムを描くSF小説と、フリーセックスを描く官能小説(といっても淫靡な感じはなく、あっけらかんとしたセックス描写ですが)のほうに力点がおかれ、途中、謎解きミステリの要素がどこかへ行ってしまっているのです。
ミステリとしては、スタッフが見守るテレビ・スタジオという衆人環視状況下の殺人の謎が中核になるのですが、この真相は読者には分かりようがありません。ハウダニットの興味は持たないほうがいいですw  ただ、「ほとんどの犯罪者が自首を選択する」というこの世界の特殊設定があるなかで、なぜ犯人が名乗り出ないのか?という”ホワイ”の部分はそれなりに面白いといえるかな。


No.2364 6点 カクテルパーティー
エリザベス・フェラーズ
(2016/04/08 19:58登録)
ロンドン郊外の村で骨董店を営むライナム家で、女店主ファニーの義弟キットの婚約を祝うパーティが開かれていた。ところが、ファニーが料理したロブスター・パイを口にした招待客たちは、その苦い味に顔をしかめ食べるのを止めたが、一人食べ続けた男性が帰宅したのちヒ素中毒で亡くなる--------。

エリザベス・フェラーズ中期のサスペンス本格。
だれもが顔見知りで穏やかな村に、キットの婚約者ローラという異分子が現れることで、小さなコミュニティーの安寧が壊れ、やがて悲劇が起きる......と書くと割とありがちなストーリーかもしれませんが、重層的に提示される謎が効いていて、なかなか面白く読めました。
犯人はだれか?という謎はもちろんですが、ある”偶然”によって誤った毒殺だった可能性があるために”本来の被害者”がはっきりしないうえに、明確な探偵役を置かない三人称多視点によって、主要登場人物それぞれの思惑で仮説が披露される多重推理風の展開になっているため、誰が最終的に謎を解くのかも分からないのです。最後の最後の”どんでん返し”で、探偵役と真犯人が判るというこの構成は見事だと思います。また、クリスティがよく使用するようなミスディレクションも要所で効いていて、とくに隣人のコリンの行為やローラの終盤の言動には見事に騙されました。
結末の処理にはnukkamさんと同じ感想を持ちましたが、解説で”新本格”について触れているように1955年発表の本作も、”もはや黄金期ではない”本格ミステリということでしょうか。


No.2363 7点 恩讐の鎮魂曲
中山七里
(2016/04/06 20:10登録)
客船の沈没事故の際に、女性から救命具を暴力で奪った男が裁判にかけられるが、刑法の”緊急避難”が適用され男は無罪となった。一方、特別養護老人ホーム内で、医療少年院時代の恩師・稲見が介護士を撲殺した容疑で逮捕されたことを知った弁護士の御子柴は、父とも慕う元教官を救うべく強引に弁護に名乗りでるが、稲見は罪の償いをしたいと言い出す--------。

少年期に猟奇殺人を犯し、医療少年院に収監されていた過去を持つ弁護士・御子柴礼司を主人公とするシリーズの3作目。前作のアノ結末からは、続編が出ることが想像できなかったのですが、今作もリーダビリティ抜群で文字どおりの一気読みでした。
どんでん返しを期待するミステリという側面だけをみると、シリーズ前2作と比べ、今回は仕掛けがやや小粒かなと思います。隠された人間関係をつなげる”手掛かり”が都合よく次々と手に入る展開も気になるところです。
しかし、”贖罪”というシリーズを通した重いテーマを内包する人間ドラマ部分が非常に読み応えがありました。自分の信念を曲げない頑固者の被告・稲見を相手に、苦悩し、必死に奔走しながら、持てるカードを全て使って弁護に立つ、人間臭さをみせた今回の御子柴が魅力的で、”悪辣弁護士”といわれたころの面影はありません。ラストの手紙には(ちょっと反則技のようなあざとさがありますが)素直に感動させられました。


No.2362 6点 屠所の羊
A・A・フェア
(2016/04/04 18:48登録)
わけありの失業者「ぼく」こと、ドナルド・ラムは、大女のバーサ・クールが所長を務める探偵事務所に、めでたく雇われることになった。ラム君の初仕事は、贈賄事件の渦中にあり行方をくらました依頼人の夫を見つけ出して、離婚訴訟の召喚状を手渡すことだったが--------。

バーサ・クール&ドナルド・ラムの凸凹コンビ・シリーズの1作目。
ラム君の一人称語りという構成はネロ・ウルフシリーズのアーチー・グッドウィンを連想させますが、(本書を読む限りでは)ユーモアやワイズラックの味わいはさほどなく、キャラクターの魅力ではなくてプロット勝負という感じを受けます。
ホテルの部屋で起きた殺人事件の真相究明というのがメインではあるものの、ラム君がギャング組織に拉致され情報提供を強要されるというスリラー風の展開があったり、監視をすり抜けホテルの部屋に現れる被害者という不可能トリック風の謎があったり、最後は、ペリイ・メイスンばりの法網の穴をすりぬける法廷劇まであり、いろいろと盛りだくさん。読んでいるあいだは楽しめました。
ただ、振り返ってみると得心がいかないところもあります。ラム君の一世一代の法廷パフォーマンスが本書の一番の見どころではあるのですが、そういう遠回しの方法が必要だったのか、という疑問です。一応そうせざるを得なかったという説明はあるものの、いまいち納得がいかずモヤモヤ感が残りました。まあ、普通に謎解きを披露するだけだと、本書の持ち味がなくなるわけですが。


No.2361 6点 飛鳥高探偵小説選Ⅰ
飛鳥高
(2016/04/02 09:06登録)
昭和22年の宝石誌デビューから30年代前半までに雑誌に発表された中短編8篇と、長編第1作の「疑惑の夜」、その他エッセイ等が収録されています。

短編に関しては、河出文庫の本格ミステリ・コレクション「飛鳥高名作選 犯罪の場」で、めぼしい作品は大方出尽くしていると思っていたのですが、6篇の単行本初収録作品が案外と楽しめました。
その短編のなかでは、ディクスン・カーばりの怪奇現象と不可能トリックものの「白馬の怪」をベストに推す。白い馬が徐々に消えてゆくトリックはバカミスぽいですが、物語の背景描写や雰囲気作りがいいです。
浅間山のふもとに暮らす一家の中で発生した惨劇を描いた「火の山」は、読みごたえのある力作の中編。ただ、終盤が駆け足ぎみなのが残念な点で、これは十分長編で書けるのではと思えた。他の短編も含めて、不可能トリックを扱ったトリッキィなものが多いのですが、文章だけでは現場状況が分かりずらいものが多く、見取り図があればよかったかなと思う。
長編の「疑惑の夜」は、江戸川乱歩賞を仁木悦子「猫は知っていた」や土屋隆夫「天狗の面」と争った作者の長編デビュー作。「細い赤い糸」が「喪服のランデヴー」ならば、本作は部分的なプロットが「幻の女」を思わせるところがあり、ウールリッチの影響大と感じさせるところがあるものの、密室、人間消失のトリックなど、作者の長編の中では比較的本格ミステリ志向の強い作品です。


No.2360 7点 証言拒否
マイクル・コナリー
(2016/03/30 19:00登録)
ローン未払いにより住宅を差し押えられたシングルマザーが、大手銀行の担当重役を殺害した容疑で逮捕された。目撃証言や凶器のカナヅチ、被害者の血痕などの決定的な証拠と裁判妨害。辣腕弁護士ミッキー・ハラーは、またも勝算皆無の法廷に立つが-------

リンカーン弁護士シリーズの4作目は、上下巻850ページを超えるヴォリュームで読み応えがありました。
シリーズのこれまでの作品は、どちらかというと変化球のリーガルものという印象があったのだけど、今作は法廷劇が中心となっていて、現代アメリカの司法システムをリアルに踏まえた直球のリーガルサスペンスになっています。とくに下巻に入ってからのハラーと強敵検察官との怒涛のせめぎ合いは圧巻のひとことで、長さを感じさせないリーダビリティの高さは、さすがのコナリー印です。
これまでリンカーン車を事務所代わりにした”一匹狼”風の弁護士ミッキー・ハラーでしたが、今作ではオフィスを構えることになり、おそらく今後レギュラーとなるスタッフが加わったことで、愉しみも増えました。ロースクールを出たばかりの新人ジェニファーや、前科もちの運転手ロハス、危なそうな組織と繋がる調査員シスコと、個性的なメンバーが揃う。さらには元妻マギーと娘ヘイリーとの関係進展や、ラスト近くのハラーの爆弾宣言もあって、変貌必至の今後の展開が楽しみだ。


No.2359 6点 誰も僕を裁けない
早坂吝
(2016/03/24 18:48登録)
埼玉県に住む高校生・戸田公平は、偶然に知り合った女性・埼(みさき)に誘われ、彼女の部屋に忍び込むも、家人に見つかったことで逮捕される事態に。一方、女子高生・上木らいちは、期間限定のメイドとして雇われた都内の資産家のもとへ赴くが、その奇妙な外形をした館で連続殺人に遭遇する--------。

”援交探偵”こと、女子高生・上木らいちシリーズの3作目。
本作は、”本格ミステリと社会派ミステリの融合を目指す”と謳っているようですが、「僕は法廷にいる」というプロローグの一文で始まる男子高校生・戸田視点の回想パートは、あるテーマを内包した”社会派ミステリ”で、一方、「この館、ひょっとして回転するのでは?」と思わせる奇妙な外形の屋敷を舞台にした、上木らいち視点のパートはベタベタの”新本格”ということでしょう。この、埼玉と東京の2つの物語がどういう形で繋がるかが本作のキモで、確かに最終的にはうまく”融合”してますねw
ぶっちゃけ、機械的トリックや某タイプの誤認トリックなど個々の仕掛けは既視感があります(もしかすると作者はパロディとして書いているのかもしれません)が、社会派の要素と、個々のトリックを上手く組合わせることで、独自色を出しているように思います。ただ、個人的な好みでいえば破壊力のある前2作のほうがいいかな。


No.2358 4点 泡姫シルビアの探偵あそび
都筑道夫
(2016/03/22 21:17登録)
吉原「仮面舞踏会」のソープランド嬢・シルビア姐さんが、身辺で起きたトラブルや事件の謎を解いていく連作ミステリの第2弾。

再読ですが、記憶していた内容とちょっと違っていました。
ほとんどが、シルビア姐さんの同僚ソープ嬢が関わるトラブルを巡る様々な人間模様を描くことに重点が置かれ、謎解きミステリの興趣は前作と比べてかなり弱いです。また、ソープランドの特殊システム、裏話的なエピソードで横道にそれるのも(人情話はホロリとさせるところがありますけど)、ミステリを期待して手にした人には冗長に感じると思います。
提示される謎自体も日常的なものが大半なんですが、ロジカルな推理というより、直感にたよる謎解きが目立ち、読者が推理に参加できるものが少ないのが不満で、ミステリとしての採点はこれぐらいになりますね。
ちなみに、本シリーズは改題が多くて、1作目が「トルコ嬢シルビアの華麗な推理」から「泡姫シルビアの~」に変更(この辺の事情は本書1話目にさりげなく説明がある)、2作目の本作も文庫化に際して「ベッドディテクティヴ」と改題されています。


No.2357 5点 殊能将之 未発表短篇集
殊能将之
(2016/03/21 00:06登録)
タイトルどおり、2013年に49歳の若さで亡くなった殊能将之氏の未発表短編3作と、日記形式のエッセイ「ハサミ男の秘密の日記」とで構成された作品集。短編3作品の原稿は、講談社の古いダンボール箱内に長らく埋もれていて昨年発見されたものらしい。

「犬がこわい」は、隣家の飼い犬にからまれ続けた犬嫌いの主人公が苦情を申し出にいくが、という話。なんとなく途中でオチが読めるが、習作とは思えない洗練された筆致が良い。
「鬼ごっこ」は、暴力団ら3人の男達がひたすら逃亡者を追う話。これは、都筑道夫のショートショートか何かで似たアイデアのを読んだような記憶がありますが、個人的にコレが一番面白いと感じた。
「精霊もどし」は、友人が亡妻の霊を呼び戻すが、主人公にしか姿が見えないことから揉め事が起きる。これも趣向にさほど新味はないけれど、スマートにまとめたラストがマル。
「ハサミ男の秘密の日記」は、メフィスト賞受賞直後の顛末記といった内容の私小説風のエッセイで、姉の一家からみのエピソードなど、自虐的かつユーモラスな語りが愉快で、作者の人柄が偲ばれる。日記の最後にある(つづく)の文字がなんとも切ない。


No.2356 6点 目撃者 死角と錯覚の谷間
中町信
(2016/03/20 00:14登録)
幼い子供2人を犠牲にした轢き逃げ事件の目撃者・香織が、白骨温泉で不審な状況で死亡する。義兄の和南城健は、事故現場から姿を消したもう一人の目撃者が事件の鍵を握るとみて、妻の千絵とともに関係者を訪ね廻るが、さらに第2、第3の殺人が--------。

夫は売れない翻訳家で、妻は時代小説作家という、和南城夫妻を素人探偵コンビに据えたシリーズの第1作。探偵活動と謎解き披露のお膳立てまでを主導するのは妻の千絵だが、最後に真相を言い当てるのは夫.......キャラクターを変えても、基本設定は氏家周一郎シリーズと同じですw
本作も意味深なプロローグに始まり、真相を知る人物がバッタバッタと殺され、密室あり、ダイイングメッセージありで、中町ミステリお約束のガジェットが一通り揃っています。
密室からの犯人消失トリックはやや拍子抜け(しかも過去作の二番煎じ)ですが、部屋のブレーカーを落として暗闇にするというダイイングメッセージの”ホワイ”がユニークで意表を突かれます。これは考えましたね。
連続殺人の構図をミスリードする手際も相変わらず巧く、この時期の作品のなかではまずまずの出来と言ってもいいのではないでしょうか。


No.2355 6点 歪んだ朝
西村京太郎
(2016/03/19 22:11登録)
初期中短編集。昭和36年から48年に発表された5作品が収録されています(角川文庫版)。長編『四つの終止符』の系統に連なるような社会派寄りの2作品が個人的にマルでした。

表題作「歪んだ朝」は、扼殺死体で発見された少女の事件を、浅草署の刑事が追う捜査小説。山谷ドヤ街という社会の底辺で生きる人々を背景にした社会派の要素と、口紅を塗った少女の行為の謎とが結びつくプロットが秀逸な力作中編。やるせない気持ちにさせる哀切なラストの数行が非常に印象的です。
「蘇える過去」は、「歪んだ朝」同様に社会派の要素が前面にでた作品。週刊誌の記者を主人公にした本作のテーマは、米澤穂信の太刀洗万智シリーズとかなり重なる部分がありますね。
「黒い記憶」は、宝石誌の懸賞に応募したデビュー短編で、誘拐事件によって精神に障害を受けた少年の奇矯な行動を精神分析で謎解く話。しかし、この真相は素人目に見ても説得力がないように思う。
「優しい脅迫者」は、エラリー・クイーン編のアンソロジー「日本傑作推理12選」の第1集に採られ、米国・フランスでも翻訳出版されたという西村京太郎の海外デビュー作w ヘンリー・スレッサー風のツイストが効いていますが、脅迫者の職業が明らかになった時点で、オチが見えてしまうのではという気もします。
「夜の密戯」は、マンションの自室で女性が殺された事件を巡って状況証拠から推論を重ねていく話で、習作もしくは実験作のように思える作品。


No.2354 7点 オータム・タイガー
ボブ・ラングレー
(2016/03/15 20:36登録)
CIA退官を数日後に控えた事務部門の幹部タリーのもとに不可解な要請が入る。東ドイツの諜報機関の大物が、亡命時の身柄受入れ要員に部門外のタリーを指名してきたのだ。訝りながら引き渡しに赴いたパリで、その人物から示された古びたライターが、タリーに終戦直前のある秘密工作の記憶を呼び起こす---------。

山岳冒険小説の傑作「北壁の死闘」に続く1981年発表の長編第5作。今年復刊された新装文庫版で読了。
なぜ今、ボブ・ラングレー?という疑問は、文庫巻末の田口俊樹氏による”「解説」に代えて-------東江一紀さんの思い出”という文章で明らか。本書は一昨年に亡くなった東江(あがりえ)氏による翻訳で、いわば追悼の意を込めた復刊なのです。
名翻訳家といわれる人は、それぞれ”お抱えの作家”を持っていて、読者にとって作家と訳者が一心同体のようになっている人が何人かいます。本書の解説を書いた田口俊樹氏ならローレンス・ブロック、菊池光氏ならディック・フランシスという風に。東江氏なら一般的にはドン・ウィンズロウでしょうが、個人的には”ベルリン三部作”のフィリップ・カーの東江訳にも思い入れがあります。
さて本書ですが、タリーによる終戦直前の潜入工作を描いた回想パートが大部分を占める構成になっていますが、敵地潜入ではなく、ドイツ軍人を装った主人公の潜入先がアメリカ本国ルイジアナ州にあるドイツ軍捕虜収容所という設定がユニークです。「北壁の死闘」と比べると、冒険活劇よりスパイ謀略モノとしてよく出来ていて、ミスディレクションを効かせた”どんでん返し”が鮮やか。また、謀略モノには珍しく、感動的で余韻を残すラストシーンも非常に印象的です。


No.2353 7点 人形(ひとがた)
モー・ヘイダー
(2016/03/12 18:45登録)
犯罪歴のある精神異常者を収容する医療施設で、”ザ・モード”と呼ばれる亡霊が出没するという噂が職員の間で密かに蔓延していた。上級スタッフのA・Jは、最近連続する患者の不審死が、その亡霊騒ぎと関連するのではと疑い、院長のメラニーに無断で、キャフェリー警部に相談するが---------。

エドガー賞を受賞した「喪失」に続くジャック・キャフェリー警部シリーズの第6作。
精神科の医療施設を舞台にした謎解きミステリという点では、クェンティン「迷走パズル」、タッカー・コウ「蠟のりんご」などを連想させますが、キャフェリーがこの事件に関与してくるのは、小説の半ば200ページを過ぎたあたりから。前半は、施設職員のA・J・ルグランデ視点のメインの物語と、キャフェリーが担当する女性失踪事件が交互に並行して描かれます。キャフェリーと潜水捜索隊の女性隊長フリー・マーリーが絡むそのサブ・ストーリー部分は前作から続くエピソードで、メインの事件との関連性がなく、シリーズで読んでないと事情が分かりずらい面があります。前作からの継続的な要素が強すぎるのは、当シリーズに共通する難点ですね。
とはいっても、直近に療養所を退院した元患者と過去の猟奇的な事件に焦点があてられる後半は、予期せぬ展開の連続で、高いリーダビリティが最後まで持続します。亡霊ネタや呪いの人形というホラー・アイテムが出てきますが、初期作ほどのサイコ色はないので、作者の作品のなかではわりと万人向けかもしれません。


No.2352 6点 ウィルソン警視の休日
G・D・H&M・I・コール
(2016/03/10 18:13登録)
ミステリ史における重要な個人短編集をエラリークイーンがリストアップした”クイーンの定員”(Q'Q)にも選定されているウィルソン警視シリーズの第1短編集。ヘンリー・ウィルソンは、長編2作目「百万長者の死」の事件を契機に一旦警察を退職し、探偵事務所を立ち上げた経緯があり、収録作のうち3編(1、2、7話)が警視時代のもの、残りの5編が私立探偵として登場しています。

最初の「電話室にて」は、トリックの実現可能性の問題以前に、スマホ世代の読者には、その装置の形状自体が理解不能ではという難点がありますが、冒頭の伏線が最後に効いていて、その部分が印象に残る作品です。そういう意味では、タイトルは乱歩編『世界短編傑作集2』収録の「窓のふくろう」のほうがよかったのかな。
「ウィルソンの休日」は、現場の海岸に残された多くの痕跡から、ウィルソンが緻密な推理を積み重ね真相に至るオーソドックスな捜査モノ。もう足跡のある現場見取り図が出てきただけでテンションがあがるw
最後の「消えた准男爵」は、複数のトリックとなにげない伏線を活かした緻密なプロットがよく出来ていて、完成度の高い篇中の個人的ベスト作品。なぜ犯人がそのような複雑な工作を行ったのか?という理由が明快で感心してしまった。
ウィルソン警視の実直な造形もあって総体的に地味で、謎解きミステリとしても他の作品は底が浅いものが多いのですが、1920年代という発表時期を考慮すれば十分楽しめる作品集だと思います。


No.2351 6点 からくり探偵・百栗柿三郎 櫻の中の記憶          
伽古屋圭市
(2016/03/07 21:41登録)
大正時代の浅草を舞台に、キテレツ発明家探偵・百栗柿三郎と、女中兼助手・千代のコンビが怪事件に挑む、シリーズの2作目。前作と比べると、謎解きミステリの面では出来がやや落ちる印象があるが、4話ともに古典ミステリ作品の有名なネタを本歌取りした趣向が愉しめる連作ミステリ。

「殺意に満ちた館」は、悪名高い高利貸しが祝賀会の夜、雪の密室で殺されるという、絵にかいたような古典探偵小説な設定。超有名某作のネタをちらつかせて、さらにヒネリをいれている。
「屋根裏の観測者」では、乱歩の有名短編を下敷きにしたような設定の話が、反転を重ねた末に、最終的には別の乱歩作品を想起させるものに変貌する。次の「さる誘拐の話」も、”黄金蟲”の暗号ネタを発端とした事件が、別作品の”バカミス”ネタだったことがわかるが、これは仕掛けがバレバレのような。
最終話「櫻の中の記憶」は、推理の要素が少ない冒険スリラー風になっているが、魔犬の伝承やナポレオン像というホームズ・ネタは無理やり入れ込んだ感じでちょっと苦しい。
しかし、このところの国内ミステリの新刊で、古典ミステリのネタを下敷きにしたオマージュとか、パロディ、本歌取りといった作品がやけに目につく気がしますねえ。


No.2350 6点 死の月
シャーロット・ジェイ
(2016/03/05 09:51登録)
オーストラリアで暮らすエマのもとに、ニューギニア・マラパイ島の行政局に単身赴任中の夫で人類学者のデーヴィッドが自殺したという報せが入る。夫が生前に「何者かに殺されそうだ」という手紙を義父に送っていたことを知るエマは、真相を探るため一人で現地へ向かうが---------。

豪州出身の女性作家シャーロット・ジェイによる本書は、アメリカ探偵作家クラブ(MWA)が主催するエドガー賞・最優秀長編部門の第1回(1954年度)の受賞作ですが、翌年以降のレイモンド・チャンドラー「長いお別れ」、マーガレット・ミラー「狙った獣」、アームストロング「毒薬の小壜」、スタンリィ・エリン「第八の地獄」などの、50年代の錚々たる受賞作のなかにあって、現在ほとんど話題に上がることがなく、忘れ去られた作品といえそうです。アントニイ・バークリーは、ガーディアン紙の書評コーナーでジェイの未訳2作品を取り上げ、”切れ者”、”魅力ある作品”と評価する一方で、やや辛口なコメントもしています。
作者の長編2作目にあたる本作は、当時オーストラリアの統治下にあったニューギニア東部を舞台にしたエキゾチズム溢れる謎解きサスペンスです。あらすじ紹介だと、勇猛果敢な女性の探偵行と受け取られかねないのですが、実際は世間知らずで頼りないヒロインが、原住民(パプア人)と白人が混在して暮らす熱帯の未開の地で、非協力的な人々の妨害に遇いながらも真相を求め、自らも成長していく物語。例によって古いポケミスの訳文が少々読みづらく、事件の核心部分が明白なのに、なかなかそこに近づかないテンポの悪さも感じますが、ジャングル奥地の村で迎える終幕は、ちょっとした衝撃を味わえます。(でも、これがエドガー賞というのはどうかな~。異色の秘境スリラーという目新しさが評価された?)。 


No.2349 6点 岡田鯱彦探偵小説選 Ⅱ
岡田鯱彦
(2016/03/02 21:08登録)
国文学者で、平安朝ミステリ「薫大将と匂の宮」(別題「源氏物語殺人事件」)で知られる作者の作品集。2巻目の本書には、昭和27年初出の長編「幽溟荘の殺人」を目玉に、8つの短編と評論・随筆が収録されています。前巻と比べると、犯人当て、密室トリックなど、本格寄りの作品が多いという印象。

手掛かり索引と”読者への挑戦”付きの長編「幽溟荘の殺人」は、伊豆半島・石廊崎にある別荘を舞台にした連続殺人モノ。犯人当てとしては、”読者への挑戦”の段階で、容疑者二者択一状態なのがアレですが、殺人トリックがユニークで、その伏線もよく考えられている点は評価できます。また、”名探偵の定義”を問われた探偵役が「探偵が登場してから何人も殺されるようでは名探偵とはいえない」(大意)と、金田一耕助やファイロ・ヴァンスをdisるような発言wをしていて、それが最後の演出に効いています。
短編で印象に残ったものをいくつか挙げると、「52番目の密室」と「あざ笑う密室」の2編が、同じ密室がテーマの短編でも、その扱いが対照的なのが面白い。昭和20年代に発表された前者は、トリックのユニークさありきで小説としては面白みに欠ける。一方、30年代の後者は、トリックのオリジナリティに欠けるが、ストーリー運びが格段に上手くなっていて面白く読めました。
探偵作家クラブの前身である土曜会での余興の”犯人当て”として書かれた「夢魔」は、犯人を特定する決め手にキレがないのが物足りないですね。「妖婦の宿」や「達也が嗤う」レベルを期待するのは酷でしょうけど。


No.2348 6点 つきまとう死
アントニー・ギルバート
(2016/02/27 20:06登録)
父親と夫が不審な状況で死亡するも、2度とも証拠不十分で無罪放免になった過去をもつ若い女性ルースは、吝嗇で強権的な女主人が支配するディングル家に雇われる。やがて、ルースを気に入ったレディ・ディングルは、巨額の遺産を彼女に譲ると家族の前で宣言するが--------。

お屋敷に家族が集まった状況下、遺産相続が絡む軋轢が原因で殺人が起きるというのは、古典探偵小説の典型的な設定ですが、そこに”死がつきまとう”謎めいた女性が絡むことで、サスペンスを高めています。
ルースの”過去の2つの事件”が語られる序盤は、説明が少しモタツキぎみで物語に入り込みずらいのですが、ディングル家に舞台を据えてからの中盤は、ルースをはじめ登場人物たちの内面描写を最低限に抑えた三人称多視点が効果的で、なかなか事件が起こらないストーリーでも退屈はしません。 
〈私の依頼人はみな無罪〉をモットーとするシリーズ探偵・クルック弁護士の推理が冴えており、関係者を一堂に集めた終盤の謎解き場面も非常にスリリングで、これは、なかなか良質の本格ミステリです。
アントニー・ギルバートといえば、個人的に、ジョン・ロード、ECR・ロラックと並んで、新・3大”作品数はやたらと多いのに邦訳が少なく、ようやく翻訳された作品を読むと大したことなかった英国作家”、の一人なのですが、50作以上あるクルック弁護士シリーズで本書レベルのものが他にあるなら、ぜひ訳出してもらいたいですね。

ちなみに、バークリー書評集Vol.3(英国女性ミステリ作家編)に取り上げられているアントニー・ギルバートは全部で8作品あり、全てクルック弁護士もの(偶然にも「つきまとう死」の次作以降の8作品)でした。バークリーの評には、デビューから30年以上経つベテラン作家に対する敬意が感じられます。
面白いと思ったのはバークリーによる敬称で、当初は”ミス・アントニー・ギルバート”だったのが、途中から”ミスター”に変わっているところ。うっかり未公表情報を書いてしまったのを軌道修正したのか、それとも特に意味はないのか、この辺の裏事情を妄想するのは楽しい。


No.2347 6点 午後の脅迫者
西村京太郎
(2016/02/26 20:01登録)
9編収録のミステリ短編集。巻末の初出誌一覧を見ると、昭和40年から60年のショートショートまで、割と長いスパンの中から選ばれていますが、やはり昭和50年代初めまでの初期作品に良質なものが多いなと感じました。
印象に残った作品を挙げると--------

浮気を脅迫のネタにしようと謀る探偵社の不良調査員を主人公にした表題作「午後の脅迫者」は、練りに練られたプロットが秀逸。サプライズが予想外の方向から飛んで来て、最後のひと言でブラックな味わいが際立つ。
「柴田巡査の奇妙なアルバイト」も、ツイストを効かせたオチが素晴らしい。巻末解説にヘンリー・スレッサーの名前が出てきますが、編中で最もスレッサーを想起させる作品。
同じ刑事を主人公にした「密告」「二一・00時に殺せ」の2編は、やや粗削りで仕掛けがみえるところがありますが、ともにトリッキィな構図の反転が読みどころ。
特ダネを渇望する新聞記者が交通事故の裏の真相を探る「美談崩れ」と、三人の男を殺した主婦が法廷で明らかにする”意外すぎる動機”の「私は職業婦人」も捨てがたい。とくに、後者はホワイダニットものの”超怪作”といえるかもしれない。

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