殺人交響曲 ミステリ珍本全集 |
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作家 | 蒼社廉三 |
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出版日 | 1963年01月 |
平均点 | 5.75点 |
書評数 | 4人 |
No.4 | 6点 | 雪 | |
(2021/06/09 08:21登録) 風が滅法強い夜だった。夜目にもはっきりと判るほどの埃をたてて関東地方に吹きまくった生暖い強風は、はね飛ばされた第二バイオリン奏者の右手から離れた楽譜をあおって舞い上げ、別々に違う方角へと飛び散らす。彼の軀をワラ人形のようにはね上げた乗用車は一瞬スピードを落として停車しかけたが、すぐにまたスピードを加えて大井町方面に逃げ去った・・・ ある交響楽団員が抱えていた、三枚の暗号楽譜を巡って続発する殺人事件。楽団長・伊藤紫郎が野心に燃えて世に問うた題名のない新作曲は、事件を受けた新聞により "殺人交響曲" と名づけられた。その名に相応わしい旋律が演奏会場を荒れ狂う時、果たして何が起きるのか? 複雑にからんだ人間関係がサスペンスを生み出す、蒼社廉三の第二長篇。 珍本全集で読了。収録作は先の『紅の殺意』を除いて年代順に 地球が冷える/大氷河時代/地球よ停まれ/殺人交響曲/戦艦金剛(中篇版)/宇宙人の失敗 となる。いずれも1961(昭和36)年6月から1964(昭和39)年7月にかけ各誌に掲載されたものだが、「地球が冷える」以下の四短篇はすべてSF作品。内容的には未来小説に留まるものの、その発表が宝石賞受賞の「屍衛兵」と、同時期あるいは先行しているのを見ると興味深い。1958(昭和33)年の小説家デビュー後、およそ興味の及ぶ限りのジャンルに貪欲に食い付いた作家と言える。 表題作は音楽業界での成り上がりを狙う楽団長に加え、掴んだ楽譜を機に地位を得ようとする業界ゴロ等や、劇団を潰してダンシング・チームの結成を計り己が儲けに繋げようとする後援者らが入り乱れ、他の登場人物たちも色と欲とで彼らに繋がりまくる展開(若干の例外はあるけれど)。進行は割と遅いが、第三楽章からは殺しても死にそうにない精力家の大食漢等、意外なキャラがガンガン消されていくのでリーダビリティーはかなり高い。 その反面楽譜の必然性などを含め満足のいく解決ではなく、意外性を狙った犯人もある程度見当が付く。小説テクニック自体は向上しているが、全三長篇の中では一番落ちるだろう。 「戦艦金剛」原型版は第二次世界大戦末期、台湾の基隆北方で沈没した帝国海軍の高速戦艦・金剛の砲塔内で起きた "鋼鉄の密室" 殺人事件の真相を、ヘンダーソン基地艦砲射撃~レイテ沖海戦までの経過と並行して暴く戦記ミステリ。戦闘中に嫌われ者の砲術兵曹長を殺したのは果たして誰か? という謎が、共産党員の犯行と私怨との二つの線で揺れ動く。と同時に、部隊内に蠢く〈反戦細胞のキャップ(ボス)〉の正体を突き止めるエスピオナージュでもある。鉄扉に閉ざされた現場に拳銃弾を送り込む為の、ある盲点の存在は見事と言える。 『殺人交響曲』5点に『戦艦金剛』7点。SFは年代的に参考程度に見て、総合点は6点。全般になかなか器用だが、戦記もの以外でこの人独自の味わいとなるとかなり厳しく、大河内常平あたりと比べると作家としてはやや下か。 |
No.3 | 6点 | ボナンザ | |
(2020/12/14 22:15登録) 珍本集で読了。舞台設定と内容の凝りようは中々で、近年の本格ものと比べても見劣りしない。紅の殺意は設定は地味だが、同傾向の入り組んだ作品。戦艦金剛もタイトルからは想像のつかないフーダニット。 全体的に凝りすぎて犯人が分かるころには誰が犯人でも驚かなくなる感はあるが、この時代に既にこのレベルを量産していたことを評価。 |
No.2 | 5点 | nukkam | |
(2016/12/04 01:28登録) (ネタバレなしです) 1963年発表の長編第2作です。轢き逃げ事故で死んだヴァイオリン奏者が持っていた楽譜が散逸し、ばらばらに拾われた3枚を巡って様々な人間が入手しようと画策します。拾った側も善意の第三者にはならず、コン・ゲーム(騙し合い)の様相を呈する展開が前半です。直接的な官能描写こそ少ないですが男女間の乱れた関係描写が絡むところはkanamoriさんのご講評で指摘されているように通俗色が濃いです。後半になると新たな犠牲者が出てサスペンスが盛り上がりますし、前作の「紅の殺意」(1961年)と同様に容疑が転々として謎解きの興味も高まります。しかし明確な探偵役がおらず自白頼りの解決になっていることや重要証拠と思われる楽譜の暗号がきちんと読者に提示されていないなど、本格派推理小説として評価すると全部で3作書かれた長編ミステリーの中では1番劣ると思います。とはいえ悲劇的かつ印象的な締め括りなど人間ドラマとしてはなかなかの読み物に仕上がっています。 |
No.1 | 6点 | kanamori | |
(2016/06/24 18:56登録) 日下三蔵編”ミステリ珍本全集”の第11回配本は、戦記ミステリ「戦艦金剛」で知られる蒼社廉三。本書には「殺人交響曲」「紅の殺意」の長編2本に、単行本初収録になる中編ヴァージョンの「戦艦金剛」、ほか4篇の短編が収録されています。 表題作の「殺人交響曲」は、楽団のバイオリン奏者が轢き逃げ事故を装い殺され、その現場で拾った謎の楽譜3枚を巡って、4組の男女がアレコレ暗躍するといった音楽ミステリ。人間関係がかなり錯綜しており、その人物相関図を整理するだけで大変。また、明確な主人公が置かれておらず、どの人物に焦点を絞って読めばいいのか分からないことが、リーダビリティを下げているように思います。後半になって、ようやく連続殺人が起こり、本格ミステリらしくなるのですが、全般的に通俗スリラー色の強い作品でした。 中編版の「戦艦金剛」は、長編版ではやや冗長に感じられた戦局情報が最低限に抑えられており、戦艦の砲塔内での密室殺人を中核に置いた端正な本格ミステリになっています。 短編は意外なことに全てSF小説。「地球が冷える」と「地球よ停まれ」は、暗黒星や彗星の接近による人類の終末危機、「大氷河時代」はタイムスリップもの、「宇宙人の失敗」は宇宙人侵略ものと、いずれもテーマ自体は定番で新味はないのですが、素朴な味わいがあってそれなりに楽しめました。 なお、「紅の殺意」は別途改めて寸評したいと思います。 |