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ミステリの祭典

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平均点:6.01点 書評数:1812件

プロフィール| 書評

No.1372 6点 利腕
ディック・フランシス
(2017/08/11 22:58登録)
「大穴」以来、二度目の登場となる隻腕の元騎手シッド・ハレー。
D.フランシスといえば、シッド・ハレーという印象があるくらいだから、当然期待してしまう・・・
1979年の発表。何と「アメリカ探偵作家クラブ賞」「英国推理作家協会賞」のW受賞作!

~片手の敏腕調査員シッド・ハレーのもとに、昔馴染みの厩舎からの依頼が舞い込んだ。絶対ともいえる本命馬が、つぎつぎとレースで惨敗を喫し、そのレース生命を絶たれていくというのだ。馬体は万全、薬物などの痕跡もなく、不正の行われた形跡はまったくないのだが・・・。調査に乗り出したハレーを待ち受けていたのは、彼を恐怖のどん底へ叩き込む恐るべき脅迫だった! 「大穴」の主人公を再起用しMWA、CWA両賞に輝く傑作~

割と正統派の私立探偵小説、という印象が残った。
今回シッド・ハレーが請け負った調査はつぎの三つ!
①(紹介文にもある)ガチガチの本命馬がつぎつぎと惨敗していく事件、②元妻の今の彼氏が詐欺事件を引き起こした後始末、③英国競馬協会での不正事件
他の方も書かれているとおり、①~③はそれほど有機的に結び付いているわけではないので、ハレーは一人三役となって調査に挑むことになる。(①と③はまずまず関連しているけど・・・)
プロットの主軸となる①については、ハレーの懸命の調査が実り、終盤には僥倖を迎えることとなる。
そして、いくつかのピンチ(フランシス作品にはお決まり!)の後、ラストに決まるどんでん返し!
この辺のまとめ方は「さすが」の一言。

そして、本作を名作と呼ばせる所以が、シッド・ハレーの「生き様」。
どんなピンチを迎えようが、不屈の精神で乗り越えてしまう。
終章で元妻のジェニイがハレーに向けて放つ台詞!
強い男としての「孤独感」が浮き彫りにされる名シーンだろう。

ということでさすがの出来栄えなのだが、「大穴」のときもそうだったように、本作も世評の高さほどには感じなかったなというのが本音。
なぜだろう? 結構好きなジャンルのはずなのに・・・
まっ、そんなこともあるよね。
(熱気球大会のシーンは私も結構お気に入り。これほどの尺が必要だったのかというのは置いといて・・・)


No.1371 7点 さよなら神様
麻耶雄嵩
(2017/08/11 22:57登録)
講談社ミステリーランドの一冊として発表された前作「神様ゲーム」
その続編的位置づけの作品が本作。ジュブナイルとしては衝撃的だった前作を受けてのシリーズ化だけに・・・
一筋縄ではいかない臭いがプンプン・・・。2014年発表の連作短篇集。

①「少年探偵団と神様」=“一行目から真犯人の名前をズバリ公開”というのが文庫版の帯の言葉なのだが、そのとおり初っ端から真犯人の名前が神様から告げられる。が、しかし、当然読者はまったく知らない人物なわけで・・・
②「アリバイ崩し」=直球ズバリのタイトル。で、当然アリバイ崩しがメインテーマ。フーダニットは神様のお告げとは違う結果となっているが、これは・・・関係ないよね。アリバイは・・・あまり関係ないな。
③「ダムからの遠い道」=これもアリバイ崩しが一応のメインテーマ(②よりもこちらの方が正統アリバイ崩し、っていう感じだ)。これも神様のお告げとの齟齬があるのだが、真実は・・・っていう展開。
④「バレンタイン昔語り」=他の方も書かれているとおり、この④から物語の雰囲気が一変。一気に不穏な空気に包まれることになる。しかも、このラスト(=真の真実っていう表現かな)が強烈! 作者の底意地の悪さというか、ただならぬ才能が垣間見える。
⑤「比土との対決」=これもアリバイものといえばアリバイもの。主要人物までもが殺人者の毒牙にかかてしまうのだが、そこにはある大掛かりな仕掛けのための重要な伏線が隠されていた!(でも普通は気付かんよ!)
⑥「さよなら、神様」=タイトルどおり、神様が転校(=さよなら)してしまう最終章。そんなことより、ラストでは⑤で触れた作者の大いなる仕掛けが明らかになる。ホント、底意地悪いよなぁー

以上6編。
いやいや・・・さすがに麻耶雄嵩だわ!
前作も「悪意がたっぷり詰まった」ミステリーだったけど、今回も同様。
とにかく底意地の悪さ(クドいな)と悪意に満ちた作品に仕上がっている。

巻末解説で「探偵」という存在に対する作者のアプローチの方法が述べられているけど、ミステリという実に縛られた作品形態をここまで自由自在に操れる作者には敬意を表するしかない。
いわゆるミステリー的なサプライズ感は今ひとつのようにも感じたけど、ここまでの「企み」を見せ付けられたら、低い評価はできない。
とにかくスゴイ作家に成長したもんです。
(続編はあるのかな? ありそうだね)


No.1370 6点 D機関情報
西村京太郎
(2017/08/11 22:56登録)
1966年発表。
処女作「四つの終止符」、江戸川乱歩賞受賞作「天使の傷痕」に続く三作目の長編として発表された作品。
講談社文庫の新装版にて読了。

~第二次世界大戦末期、密命を帯びて単身ヨーロッパへ向かった海軍中佐・関谷は、上陸したドイツで親友の駐在武官・矢部の死を知らされる。さらにスイスでは、誤爆により大事なトランクを紛失。各国の情報機関が暗躍する中立国スイスで、トランクの行方と矢部の死の真相を追う関谷。鍵を握るのは「D」・・・。傑作スパイ小説~

私自身、「作者の初期作品は素晴らしい」と当サイトで何度も主張してきたけど、本作もその主張を裏付ける一冊だろう。
何より、この瑞々しさ!
やっぱり、というか当然、文章にも年齢は投影されるわけで、本作発表時の作者の年齢は三十代半ば。
これから専業作家として、何としても名を成したい、ヒット作を世に出したい、etc
そんな作者の熱気というか、心意気が行間からも伝わってくる・・・そんな「気」を感じさせられた。

で、本筋なのだが、
プロットとしてはそれほどの捻りはない。
極論すれば、「(スパイ小説として)よくある手」という評価になる。
第二次大戦中の欧州ということで、英米を主にした同盟国VSドイツという構図のなか、裏切りや狂信者、そして戦後の大局を見据える者など、様々な魑魅魍魎たちが跋扈する世界。
そのなかで右往左往するのが主人公の関谷中佐というわけだ。
あの人物は敵なのか味方なのか、はたまた敵の敵(=味方)なのか敵の敵の敵(=敵?)なのか・・・
化かし合いを演じることとなる。

そうは言っても、そこはやはり西村京太郎! ということで、リーダビリティはいつもどおり。
淀みなくラストまで一気呵成に読了してしまった。
でもまぁそこに物足りなさを感じる方は結構いるかもね。
ご都合主義と言えば全てがご都合主義だしな・・・


No.1369 7点 アキラとあきら
池井戸潤
(2017/08/01 22:51登録)
池井戸潤の文庫オリジナル最新作。
名付けて『アキラとあきら』。もちろん人の名前です。
すでにWOWWOWでドラマ化され好評を博した(という噂)・・・。(もはや絶対にドラマ化されるよねぇ・・・)

~零細工場の息子・山崎瑛(アキラ)と大手海運会社・東海郵船の御曹司・階堂彬(あきら)。生まれも育ちも違うふたりは、互いに宿命を背負い、自らの運命に抗って生きてきた。やがてふたりが出会い、それぞれの人生が交差したとき、かつてない過酷な試練が降りかかる。逆境に立ち向かうふたりのアキラの、人生を賭した戦いが始まった・・・。感動の青春巨編!~

これは・・・言うならば、「池井戸版・大河ドラマ」かな?
まるで一連の山崎豊子作品(「華麗なる一族」とか「日はまた昇る」とか)を思わせる大作だった。
本作。最新作とは言ったものの、実は『問題小説』誌に2006年から2009年にかけて足掛け三年間連載された作品の文庫化となる。
つまり、例の「半沢直樹」でブレークし、その後数々のヒット作を手がけることとなった作者が、まだ燻ってた時代の作品ということ。
初期作品では、「銀行総務特命」や「銀行狐」など、あくまでも銀行を主軸としたプロットが目に付いたが、本作では銀行が主要な舞台とはなるものの、銀行と相対する取引先企業にも同等にスポットライトを当て、重厚で深みのある人間ドラマに仕立てている。
巻末解説にも触れられているけど、稀代のヒットメーカーとなる池井戸潤の“萌芽的作品”に当たるのかもしれない。

ということで本筋なのだが・・・
「勧善懲悪」ストーリーはいつものとおり。むしろ本作ではいつも以上に「いい人」と「悪い、醜い人」の区別が明確。
これじゃまるで子供が見る特撮ヒーローものみたいで、そこまでデフォルメしなくても・・・という感想を持つ方も多いかも知れない。
でも、この「正義は勝つ!」っていうのを徹底しているのが、やっぱり作者のいいところなんだろうな・・・
『こんな奴やっつけちゃえ!』って思う読者の心情に応えるかのように、主人公が熱いハートでギャフン(死語!)と言わせるのだ。
まぁでも、人間って弱い存在だよねぇ・・・
特に「金」が絡むと、人間っていう奴はこんなにも卑屈になれるのかと思う。
人間の「欲望」が結集したものが「金」ということなんだろうな・・・なんて今さら思ってしまう。

ただ、全体的な評価としては、手放しで褒められるというレベルではない。
連載もののためか、置き去りにされた脇道も結構目に付くし、分量もここまでいるか?というほどのボリュームだ。
でも、そこそこ楽しい読書になるのは、やっぱり池井戸潤が好きだ、ってことなんだろうなぁー。


No.1368 6点 聖なる酒場の挽歌
ローレンス・ブロック
(2017/08/01 22:50登録)
マット・スカダーシリーズの第六作目。
シリーズ中1,2を争う名作「八百万の死にざま」のつぎに書かれたのが本作。
1982年発表。原題は“When the Sacred Ginmill Closes”

~十年前の夏・・・この当時を思い出すたび、スカダーの脳裏にはふたりの飲み友達のことが蘇ってくる。裏帳簿を盗まれた酒場の店主と、女房殺害の嫌疑をかけられたセールスマン。彼らを窮地から救うべくスカダーは調査に乗り出した。しかし、事件は予想外に奥深かった! 異彩を放つアル中探偵の回想をとおして、大都会NYの孤独と感傷を鮮烈に描き出す現代ハードボイルドの最高峰~

とにかく酒、酒、酒、ちょっと休憩を挟んで酒・・・というお話である。
バーボンをこよなく愛する男・スカダー。
やっぱりNYでもバーボンといえば、ジャックダニエルだったりワイルドターキーだったりするんだなぁと変なところで安心したりして・・・
(本筋とは全然関係ありませんが・・・)
本作は紹介文でも触れているとおり、遡ること十年前が舞台となっていて、前作「八百万の死にざま」を読了した方なら感じるであろう違和感は、恐らくそこからきている。

事件そのものはシリーズ他作品と比べても、正直大したことはない。
最後にアリバイトリックやら、ちょっとしたドンデン返しやらが出てくるけど、それは付録程度にしか感じない。
それは「回想の事件」ということに起因しているのか、はたまた、前作で最高潮の盛り上がりを見せた直後の作品ということで熱が入らなかったのか・・・
途中はやや冗長な感じすら覚えるほどだったのだ。

それが・・・物語も終わりのページに差し掛かった、まさにその時!
『私はもう飲んでいないのだ。一滴も。だから酒場にはもう用がなくなったのだ・・・』という独白。
そう、本作はまさにスカダーの酒、そして酒場に対する挽歌(エレジー)だったのだ!
なぜ人は、そして男は酒を飲むのでしょう?
河島英五ではないけれど(古いな!)、NYの片隅の酒場でバーボンを飲むスカダーの姿を想像すると、どうしてもそんなことが頭に浮かんでしまった。
とにかく、やっぱり、スゴいシリーズだなと再認識した次第。
(本シリーズは読む順番が滅茶苦茶になっているのがいいのか悪いのか? 不明)


No.1367 5点 家族八景
筒井康隆
(2017/08/01 22:49登録)
~幸か不幸か生まれながらのテレパシーをもって、目の前の人の心をすべて読み取ってしまう可愛いお手伝いさんの七瀬・・・。彼女は転々として移り住む八軒の住人の心にふと忍び寄ってマイホームの虚偽を抉り出す。人間心理の深層に容赦なく光を当て、平凡な日常生活を営む小市民の猥雑な心の内をコミカルな筆致でペーソスにまで昇華させた、恐ろしくも悲しい作品~
ということで「七瀬シリーズ」の第一作目である。

①「無風地帯」=要するに「家族ゲーム」を演じる一家のお話である。でもあとの作品に比べればまだまだ緩い。
②「澱の呪縛」=猛烈に臭い家。でもそれに気付かない家族たち。それを七瀬に知られたと「分かった」家族の反応が・・・たいへんビミョー。
③「青春讃歌」=昔の映画のような明るいタイトルだが、それとは真反対のブラックなラストが待ち受ける・・・。若くなりたい、若く見せたいという願望は決してなくならないんだろうね。
④「水蜜桃」=七瀬に始めてピンチらしいピンチが訪れる。もちろん「アッチ」方面のピンチなのだが、中年男性って奴は・・・
⑤「紅蓮菩薩」=只管に隠してきた七瀬の「テレパス能力」がバレそうになるピンチ! 心理学を専攻する大学教授の家に住み込むことになった七瀬に降りかかる災厄。これもラストがキツイ!
⑥「芝生は緑」=つまりは「隣の芝は青く見える」っていうこと。隣の奥さんってキレイで優しそうに見えるもんね、何となく。でも実際はどうかな?
⑦「日曜画家」=攻撃的な妻と長男に毎日攻められ続ける気弱な夫(父)。そんな夫に七瀬は同情するのだが、実はこの男も・・・。結局男(特にオッサン)ってこんなもんだよね・・・。
⑧「亡母渇迎」=これもラストがキツイ! しかも相当に!

以上8編。
読む前は、『お手伝いは見た!』(by市原悦子)的な作品かと思っていた。
当たらずとも遠からずではあるけど、それ以上に人間の弱さや醜さ、猥雑さ、エゴイズム、妙なプライド、保身、嫉み妬み、etc
そんなものが満載のお話となっている。

七瀬が人の心を読む力を持つ「テレパス」という設定であり、それも当然ということなのだが、特にオッサンたちには耳の痛い言葉や目を覆うばかりの場面がたっぷり出てくるので十分にご注意を!
(特に妻帯者は)


No.1366 7点 二人のウィリング
ヘレン・マクロイ
(2017/07/21 22:01登録)
1951年発表。
精神科医ヴェイジル・ウィリング博士を探偵役とするシリーズの九作目に当たる作品。
原題“Alias Bsil Willing”

~ある夜、自宅近くのタバコ屋でウィリングが見かけた男は、「私はヴェイジル・ウィリング博士だ」と名乗ると、タクシーで走り去った。驚いたウィリングは男の後を追ってあるパーティー開催中の家に乗り込むが、その目の前で殺人事件が起きる・・・。被害者は死に際に「鳴く鳥がいなかった」という謎の言葉を残していた。発端の意外性と謎解きの興味、サスペンス横溢の本格ミステリー~

導入部が実に見事なシリーズ作品。
そして、作品全体に仕掛けられたプロットも実にマクロイらしい企みに満ちている。
最近、作者の作品に接する機会が増えたけど、ハズレがないという意味では、クリスティに比肩するほどの存在。(あくまで私見ですが・・・)

まず導入部は紹介文のとおりなのだが、これは惹き込まれるよねぇ・・・
いったい何が起きているのか、という疑問を感じるまもなく発生する殺人事件。しかも、被害者は疑惑の人物ときている。
否応なくウィリングは事件に巻き込まれるのだが、謎のパーティーの参加者たちが全員クセ者ぞろいなのだ。
文庫版で300頁弱という分量なのに、作者の人物の書き分けは見事のひとことに尽きる。
ウィリングがひとりひとりと関わっていくなかで、読者はますます濃い霧のなかに迷い込むことに・・・

そして終章で突然判明するある事実。
これがかなり衝撃的だ。
似たようなプロットは割と目にするのだが、ここまで鮮やかなのはあまり記憶にない。
大げさに言えば「世界観が180度変えられる」とでも言えばいいのだろうか、実に作者のミステリーらしい仕掛けになっている。

しかも、相変わらず端正なストーリーテリング!
安心してお勧めできるミステリー! (そうでもないかな?)


No.1365 6点 死神の浮力
伊坂幸太郎
(2017/07/21 22:00登録)
“死神”の千葉を主人公としたシリーズ二作目。
2005年に発表された「死神の精度」は連作短篇だったが、今回は長編での再登板となった。
本作は2013年の発表。

~最愛の娘を殺された山野辺夫妻は、逮捕されながら無罪判決を受けた犯人の本城への復讐を計画していた。そこへ人間の死の可否を判定する“死神”の千葉がやってきた。千葉は夫妻とともに本城を追うことに・・・。展開の読めないエンターテイメントでありながら、死に対峙した人間の弱さと強さを浮き彫りにする傑作長編~

久しぶりの続編で、かなりワクワクしながら読み進めた。
前作(「死神の精度」)はよくできた連作だっただけに、当然に期待は高まることに・・・
その結果は後に置いとくとして、伊坂作品には強烈なインパクトを与える人物(人ではないケースもよくあるが)がたびたび登場する。
「ラッシュライフ」他に登場する黒澤、「陽気なギャング」シリーズの響野や久遠、「グラスホッパー」の鈴木、etc
そして、本シリーズの千葉も負けず劣らずの強烈な個性!
飄々としながらも、人間離れした(死神だから当たり前?)能力を発揮し、人間の常識に囚われない反応を示す・・・
伊坂らしい世界観や台詞まわしに最適なキャラクターだ。

今回のテーマはやはり「死」と「運命」ということなのだろう。
サイコパス・本城とのせめぎあいを通じながら、人間の逃れられない「運命」としての「死」を問いかけてる・・・そんな気はした。
誰にでも「死」は訪れる。それが早いか遅いかの違いだけで、「死」から免れる人間はいない。
「そんなこと当たり前だろ!」ということなのだが、誰もが「運命」を感じ、背負いながら日々を過ごしている・・・。
山野辺夫妻の「その後」の場面を敢えてラストに持ってきたのが、作者らしい実に憎らしい演出。
「死」という厳粛な結果が出たはずなのに、そこには何と言えないほのぼのした空間すら感じてしまう。
それこそが人間の強さということなのだろうと勝手に解釈した。

ただし、期待したとおりだったのかというと、「期待したほどではないかな」というのが正直な感想。
途中かなり冗長な展開が続くし、もう少し「構成の妙」が欲しかったかなと思った次第。
でもまぁ、さすがのエンタメ小説とは言える。続編にも期待。


No.1364 5点 鍵のない夢を見る
辻村深月
(2017/07/21 21:59登録)
~地方の町でささやかな夢を見る女たちの暗転を描き絶賛を浴びた直木賞受賞作~
「オール読物」誌を中心に発表され単行本化された連作短篇集。
2012年発表。

①「仁志野町の泥棒」=田舎の町によくありそうな話。主人公は子供たちなのだが、子供にとって、親たちの罪を知り、その現場を見てしまうことはやはり衝撃なのだろうな。
②「石蕗南地区の放火」=ずばり、ザ・自意識過剰“女”の話。人間どうしても周りと比較してしまうものだけど、特に田舎の場合は、人と人との距離が近い分、その傾向が強いってことかな。男目線からすると、「一生、勘違いしてろ!」って叫びたくなる。
③「美弥谷団地の逃亡者」=冒頭は呑気な逃避行としか思えなかったのが、徐々に不穏な空気が漂ってきて、ラストは「ひぇー」ってことになる。DV受ける女ってみんなこういう感じなのかな・・・
④「芹葉大学の夢と殺人」=なかなか考えさせられる一編だ。特に女性心理について。平凡な幸せが目の前にぶら下がっているのに、不幸せになるに違いない「男」を選んでしまう・・・。いい男って罪だよねぇ。でも、個人的にはこんな男は許せんけどなぁ。
⑤「君本家の誘拐」=ラストは育児ノイローゼ気味の主婦を襲う誘拐事件。ここに登場する夫(まるで昔の自分を見てるようだ・・・)なんて、主婦的には許せないのかもしれないけど、男って所詮そんなもんだぜ、って言いたくなる。余裕のない男なんて、ダメだと思うけどね・・・。

以上5編。
他の方も書かれているとおり、本作は確かにミステリーではない。
ミステリーっぽいタイトルや短評なんだけど、作中に「謎」は登場しない。
名手・辻村深月が、地方に住む小市民たちの揺れ動く心を実に丹念に、実に嫌らしく抉るように書いている。

特に女性心理については、かなりあけすけだ。
損と得、あいつより上回っている、バカにされたくない、もう少し報われてもいい・・・etc
それを汚いとか、打算的だと表現するのは容易いけど、人間誰しもそんなもんだよね。
読みながら、ついつい自分の行動や考え方を反省してしまった。
でも、そうそうは変わらないんだろうな・・・(だって人間だもの)


No.1363 4点 かくして殺人へ
カーター・ディクスン
(2017/07/09 19:42登録)
作者名義、HM卿登場作品としては十番目の作品に当たる長編。
原題“And So To Murder”。
1940年発表。創元文庫の新訳版で読了。

~処女作がいきなり大当たりしたモニカは、生まれ育った村を出てロンドン近郊の映画スタジオへやってきた。ここでプロデューサーに会うのだ。モニカの小説を映画化するかと思いきや、脚本は脚本でも他人の原作を手掛けることに。スタジオ内の仕事場で執筆を始めたモニカは、何度も危険な目に遭う。硫酸を浴びかけたり銃撃されたり、予告状も舞い込みいよいよ生命の危機である。義憤に駆られた探偵小説家のカートライトは証拠を持ってHM卿に会い、犯人を摘発してくれと談判するが・・・~

シリーズも十作目ともなるとクオリティの低下が目立つ・・・そんな感じ。
今回はカーがいったい何を書きたかったのかさえ、よく分からなかった。
トリックの鍵は真犯人の○○なんだろうけど、正直なところ、『よく確認しろよ!』って言いたくなる。
硫酸や銃まで持ち出してるわけだからねぇ・・・
そんな杜撰な殺人計画ってあるのかねぇ??

物語はHM卿の登場をもって風雲急を告げる。
もしかして事件の構図がガラッと変わるのか?と期待したわけだが・・・それほどものでもなかった。
サプライズ感の薄いフーダニットもなぁー、今ひとつ。
あと、モニカとカートライトの恋愛模様。
実に中途半端だ!
もっと書きようがあっただろうに・・・

有り体にいうと「駄作」という評価になりそうな本作。
それもこれも比較対象となるシリーズ前半作品がスゴすぎるせいなのか、本作がヒドすぎるせいなのか。
両方かな。
かくして、こんな評価になりました・・・


No.1362 3点 シャーロック・ノート
円居挽
(2017/07/09 19:41登録)
『剣峰成(つるみねなる)』と『太刀持(たちもち)からん』。そしてなぜか鬼貫警部・・・
新潮文庫NEXレーベルから2015年の発表。

①「学園裁判と名探偵」=恐らくシリーズ化されるであろう前提に立ったうえでの「導入部」的な位置付け。なのだが、いきなり訳の分からない世界観に戸惑うわたし・・・。なんだこの「星覧仕合」って?? ルールがよく呑み込めないままお話は進む・・・
②「暗号と名探偵」=剣峰成の秘められた過去に迫る第二編なのだが、ここでなぜか鬼貫教官(なぜ教官なのかは説明が長くなるから割愛)と丹那刑事のコンビが登場する。数多い名探偵のなかで、なぜこの二人?と思わざるを得ない。
③「密室と名探偵」=鬼貫&剣峰VS爆弾魔・降矢木残月(ふるやぎざんげつ)の闘い或いは知恵比べが描かれる第三編。密室とわざわざ銘打つほどのトリックなどはないので悪しからず・・・。結局、最後まで何が言いたかったのかよく理解できず一応完結。

以上3編。
一応連作形式になってるけど、特段最後にオチが用意されているわけではない。
このレーベルだし、ある程度ラノベ的っていうか、前衛的な作品なのかなーとは考えていた。
けどなぁー
こりゃ、理解不能だな。
すでに続編も出てるし、もう少し付き合うべきかもしれないけど、もういいなぁ・・・。

作者は言わずと知れた京大推理研出身のサラブレッド。
『・・・ルヴォワール』シリーズが未読なんだけど、果たしてどうなのか?
あまり先入観は持たずに手に取ることにするか・・・
本作はダメ。特に古いファンの方はスルーでOK。


No.1361 5点 モルフェウスの領域
海堂尊
(2017/07/09 19:40登録)
2010年発表。
「モルフェウス」とは、ギリシア神話にも登場する“夢を司る神”のこと(のようです)。

~桜宮市に新設された未来医学探求センター。日比野涼子はこの施設で世界初の「コールドスリープ」技術により人工的な眠りについた少年の生命維持業務を担当している。その少年・佐々木アツシは両眼失明の危機にあったが、特効薬の認可を待つために五年間の<凍眠>を選んだのだ。だが少年が目覚める際に重大な問題が発生することに気付いた涼子は、彼を守るための戦いを開始する。人間の尊厳と倫理を問う、最先端医療ミステリー~

これもまた一連の「桜宮サーガ」につながる物語。
といっても、田口・白鳥コンビが主役を務める「本筋」のストーリーではなく、あくまでサイドストーリー的な位置付け。
これまでの作品でいうと、「ジーン・ワルツ」=「マドンナ・ヴェルデ」の流れに相似している。
(芯の強い女性が主人公で、現在の法律の矛盾を問うという作品姿勢も共通)

今回のテーマとなる「コールドスリープ」。
ウィキペディアによると、2016年現在、全世界で約350人が冷凍保存されていて、日本ではまだ人体を保存する施設はないが、日本トランスライフ協会という団体が、アメリカ・ロシアの保存施設へ空輸するサービスを取り扱っているとのこと。
(知らなかった・・・)
ひと昔まえのSF小説では、こういう手の話がよく登場してきたけど、もはや技術的には可能な領域に入っているということなのだろう。
で、問題となるのは、社会的或いは法律的な取り扱いということになる。
まぁ「不老不死」というのは永遠の憧れというか、最終的な夢or欲望だしねぇ・・・
金に糸目をつけない方々にとっては、最も興味のある技術なのだろう。

ただ、「コールドスリープ」に対する海堂氏のスタンスは、これまでのAiなどと比べると微妙な感じだ。
そもそも本作執筆の動機がやや不純なだけに(佐々木アツシの設定に関する矛盾の解消?)、いつもなら流れるようにほとばしる台詞まわしも、本作はやや歯切れが悪い。脇役として登場する田口や高階院長もいつもの感じではない・・・
ということで、いよいよシリーズのパワーダウンが明白化してきた、ということかな。
一応続編(「アクアマリンの神殿」)も読むだろうけど・・・


No.1360 6点 嗤う闇
乃南アサ
(2017/06/28 21:19登録)
ということで続編。“女刑事 音道貴子シリーズ”の作品集第三弾。
警視庁刑事部第三機動捜査隊立川分署(長い!)から、隅田川東署(架空?)へ異動となった音道貴子の活躍を描く。
2004年発表。

①「その夜の二人」=誰に聞いても「あの人が他人に恨まれるなんて有り得ない」という被害者。しかし、こういう人でも、だからこそ、恨む人間はいるということで、世の中って捻れてるよねぇと思う一編。結局は“甘えてる”ということなんだろうけど・・・
②「残りの春」=これは・・・超高齢化社会を迎える日本にとって、避けては通れない問題なのか? いくら有名人であろうと、だからこそ、実は心の奥は寂しいということなのかな・・・。何だか哀しくなってきた。今回初登場のキャリア刑事と貴子のコンビ。彼女が「やれやれ・・・」と感じてる様子がありありと分かって面白い。
③「木綿の部屋」=『凍える牙』以来、各所でシリーズに登場する滝沢刑事が再び登場。今回は本当の事件ではなく、嫁いだ娘と旦那とのイザコザに滝沢と貴子が巻き込まれる・・・というお話。いやいや、娘を持つ男親、しかも妻のいない男親の心中、お察しします! でも男と女って不思議だよねぇ・・・。こういうのを愛憎渦巻くっていうのかな。
④「嗤う闇」=今回は貴子の恋人・羽場昴一がレイプの現行犯で捕まってしまうというショッキングな幕開け。貴子の唯一の拠り所となっていた昴一まで作者はこんな目に合わすのか、と憤慨していたが、事件は予期せぬ方向へ進む。結局、これも男の捻れた心が引き起こした事件ということで、男のジェラシーも結構根深いんだね・・・

以上4編。
冒頭に触れたとおり、本作から下町・隅田川東署へ転勤となった貴子。
これまでの重大犯罪とは少し趣が変わり、いかにも下町っぽい、実に人間臭い犯罪にスポットライトが当てられる。
彼女自身も、前作「鎖」で負ってしまった心の傷を若干引き摺りながらも、犯罪と向き合っている感じだ。

シリーズファンとしては、心の傷に負けまいと必死に頑張る彼女の姿を見ることができて、まずは一安心!
でも、そろそろ三十路も半ばを過ぎてしまった彼女の今後について、まるで親か親戚のように心配してしまう。
警察という男性社会のなかで、肩肘張って必死に努力している女性。
そりゃー応援するしかないよなぁー
(私が上司なら、絶対頻繁に飲みに誘うだろうなぁ・・・。断られそうだけど・・・)


No.1359 6点
乃南アサ
(2017/06/28 21:18登録)
最近、妙に気になる“音道貴子”である。
長編としては、直木賞受賞作「凍える牙」以来の登場となる本作。
2002年の発表。

~東京都下、武蔵村山市で占い師夫婦と信者が惨殺された。刑事・音道貴子は警視庁の星野警部補とコンビを組み、捜査に当たる。ところが、この星野はエリート意識の強い、鼻持ちならぬ刑事で、貴子と常に衝突。とうとうふたりは別々に捜査する険悪な事態に。占い師には架空名義で多額の預金をしていた疑いが浮上、貴子は銀行関係者を調べ始めた。しかし、ある退職者の家で意識を失い、何者かに連れ去られる!~

今回は刑事として、女性として、人生を左右するピンチに陥る音道貴子。
文庫版では上下巻分冊というボリュームなのだが、下巻は犯人グループに捕らえられた貴子の葛藤と恐怖、そして彼女を救う警視庁特殊班の救出劇が順に描かれる。
ライフルを複数所持する犯人グループに対し、慎重に慎重を重ねて捜査に当たる特殊班なのだが、時間を重ねるごとに貴子は徐々に疲弊していく・・・
読者としては、彼女の心理とシンクロし、「まだか、まだか・・・」と焦燥感を抱くことになる。
物語を大詰めを迎え、ラストも近いなか、ようやく解放される貴子は果たして今後刑事を続けていけるのか・・・

彼女の他にもうひとり、クローズアップされるのが犯人グループ紅一点の女性。
彼女が実に不幸なのだ。
ふたりの女性の運命が果たしてどうなっていくのかも本作の読みどころ。

まっ、いずれにせよ本作は完全にキャラ小説だな。
作者の彼女に対する思い入れが忍ばれるし、シリーズもののヒロインとしては、ミステリー界でも屈指なのかもしれない。
刑事ドラマのようなカッコ良さは一切なく、捕らえられ、レイプや死の恐怖でおののく、ひとりの女性、ひとりの人間として描かれる彼女。
やはり、どうしても気になってしまう存在だ。
ということで続編へつづく・・・
(「鎖」とは、まさに監禁された貴子を拘束していた存在であり、もうひとりの女性が失くしたくなかったものの象徴なのだろう・・・)


No.1358 6点 トレント最後の事件
E・C・ベントリー
(2017/06/28 21:15登録)
江戸川乱歩が激賞したことでも著名な歴史的作品。
今回、創元文庫からの復刻版にて読了。
1913年の発表。

~アメリカ実業界の巨人マンダースンが、イギリスにある別邸で頭を撃たれ殺害された。突然の死を受け、ウォール街をはじめ世界の投機市場は大混乱に陥る。画家にして名探偵のトレントは懇意の新聞社主に依頼され、特派員として現地に赴いた。そこで彼は最重要容疑者である美しき妻メイベルと出会うのだった。推理小説を旧来の型より大きく前進させ、黄金時代の黎明を告げた記念碑的名作~

紹介文のとおり、いろいろと“冠”や“形容詞”の付く作品ということで、心して読書にかかった今回。
読む前は、『赤毛のレドメイン家』と同じくらい“恋愛要素”が混じっているのかなという予想だったのだが、結果は「思ったほどではなかったな・・・」
『赤毛・・・』では探偵がヒロインに振り回される役所だったけど、本作のトレントはそこまでではなく、冷静な推理を展開する。
そういう意味でも、ごく普通のオーソドックスなミステリーとも言えるだろう。

若干違和感があるのは「構成」。
巻末解説で杉江松恋氏も触れられているが、全十六章から成る本作において、半分に達しない時点でほぼ全ての手掛かりは提出され、登場人物への事情聴衆も終了してしまう。後の半分の章について、冒頭からトレントの推理が披露されるのだが、それ以降、物語は迷走を始める。
迷いや離脱、そしてメイベルとの恋愛模様など、ミステリーの本筋からは些か脱線という具合に・・・
そして、ラストに、まさに、唐突に知らされる本当の銃撃犯!
これは現代風にいえば、「大どんでん返し」或いは「サプライズ」になるのだろうか?
(終章のタイトルが「完敗」であり、ラストシーンが「乾杯」なのはダブルミーニングなんだろうな・・・)

割と辛口に書いてるけど、別段レベルが低いわけではない。
評論家的にいえば、黄金期への橋渡しとしての役割を担った作品だろうし、楽しめる作品には仕上がっていると思う。
何より、第一次大戦前という時代に、ここまで洗練された物語を書けること自体、さすがは大英帝国ということだろう。


No.1357 5点 どこかでベートーヴェン
中山七里
(2017/06/22 21:05登録)
『ドビュッシー』『ラフマニノフ』『ショパン』のつぎは、いよいよ『ベートーヴェン』というわけで・・・
“音楽ミステリー”シリーズと名付けられたシリーズの第三弾(他に番外編あり)。
文庫版には、検事であり岬洋介の父親が探偵役となる短編(「コンチェルト」)も併録。

~加茂北高校音楽科に転入した岬洋介は、その卓越したピアノ演奏でたちまちクラスの面々を魅了する。しかし、その才能は羨望と妬みをも集め、クラスメイトの岩倉にいじめられていた岬は、岩倉が他殺体で見つかったことで殺人の容疑をかけられる。憎悪を向けられる岬は、自らの嫌疑を晴らすため級友の鷹村とともに、“最初の事件”に立ち向かう。その最中、岬のピアニスト人生を左右する悲運が・・・~

紹介文のとおり、本作は高校時代の岬洋介が主人公で、シリーズでいうところの「エピソード・ゼロ」という位置付けとなる。
既読の方ならご存知のとおり、初っ端の「ドビュッシー」から、ミステリー要素よりは音楽シーンの描写の迫力が話題となったのが本シリーズ。
もちろん、本作も例外ではない。
作中で洋介が披露するベートーヴェンの著名な交響曲「月光」と「悲愴」。
どちらも迫力満点で、文字を追いながらも、まるで本当に音を聞いているような錯覚すら覚える。
(ちょっと言い過ぎか)
ストーリーの山場となる文化祭での洋介のピアノ独奏シーン。
そこで訪れることになるある悲劇! 
これが、その後の洋介の運命につながっていくのだ(「ドビュッシー」や「ラフマニノフ」へね)。

あとは、途中、クラス担任の棚橋が、洋介の才能を妬みいじめを繰り返す生徒たちに放つ言葉!
高校生たちには残酷すぎる一面、世の中の真理を突き、ひとりひとりの心を抉るような言葉の数々が、中年を迎えた私自身へも深く深く突き刺さった!(何のことやら・・・)

で、本筋は、って?
うーん。特に語るほどのものはないなぁ。
最初からトリックは見え見えだったし、ミステリー要素は付け足しのようなもの。
やっぱり、シリーズファンでなければ、本作は面白くないってことだな。


No.1356 4点 サイモン・アークの事件簿〈Ⅳ〉
エドワード・D・ホック
(2017/06/22 21:03登録)
~まだ見ぬ人知を超えた存在と巡り合うため、二千年の歳月を生きる謎の男サイモン・アークの旅は続く~
ということで、シリーズ四作目となる本作。
四作目ともなると、二番煎じやネタの焼き直しが気になるところですが・・・

①「悪魔の蹄跡」=いわゆる“雪密室もの”かと思いきや、別段たいしたトリックがあるわけではなかった。まさにタイトル倒れの一編。
②「黄泉の国の判事たち」=どちらかというと“Why done it”(動機)がテーマとなるのだが、それってここまでの事件を引き起こすほどのことか?っていう気はした。
③「悪魔がやって来るまでの時間」=そんなこと!?っていうようなトリック。やっぱり欧米人にとっての中国人ってそういう存在なんだねぇ・・・。
④「ドラゴンに殺された女」=“ドラゴン”が住むという湖で起こる殺人事件。“ドラゴン”も正体は脱力ものだし、何より作品に切れ味が感じられない。動機もマンネリだしね。
⑤「切り裂きジャックの秘宝」=英国伝説の殺人鬼「切り裂きジャック」にまつわる一編なんだけど、これもなぁー正直よく分からないままラストを迎えてしまった。
⑥「一角獣の娘」=これが個人的ベストかな。高層ビルから飛び降り自殺を図るという衝撃的な冒頭シーンから始まる一編。前フリで出てきた人物が実はすべて関係者っていうのはホックの短編ではよくある手。
⑦「ロビン・フッドの幽霊」=“ロビン・フッド”といえば、当然弓矢の名手ということで、弓で射殺される事件が発生する本作。弓とアレではだいぶ違うと思うんだけどね・・・。
⑧「死なないボクサー」=年齢百歳とも二百歳とも噂される謎のボクサー”ムーア”。彼は本当に“死なない”ボクサーなのか、というのがメインテーマのはずだが、かなりアッサリ片付けられてしまう。殺人事件の方も相当アッサリ・・・

以上8編。
これは・・・シリーズものの典型的な「末期症状」。
平たく言えば“ネタぎれ”ということだろう。
“オカルト探偵”サイモン・アークという惹句も、看板倒れが甚だしい。

もともとシリーズ当初から、「サム・ホーソーン医師」シリーズに比べるとかなり落ちるという感想だったのだが、版を重ねるごとにレベルダウンしてしまったということだろう。
短編の名手としては、かなり寂しい中身&レベルに思えた。


No.1355 5点 春から夏、やがて冬
歌野晶午
(2017/06/22 21:02登録)
2011年発表のノンシリーズ長編。
他の方の書評を見ても、「叙述」がどうしても気になる作品のようだが・・・

~スーパーの保安責任者・平田誠は万引き犯の末永ますみを捕まえた。いつもは容赦なく警察に突き出すのだが、ますみの免許証を見て気が変わった。昭和60年生まれ。それは平田にとって特別な意味があったのだ・・・。偶然の出会いは神の導きか、悪魔の罠か? 動き始めた運命の歯車がふたりを究極の結末へと導く!~

冒頭で触れたとおり、既読の皆さんは「葉桜・・・」的な叙述トリックではないかと身構えていたようである。
私も「もしかして・・・」と考えないではなかった。
でもまぁ、さすがに二番煎じはしないよねぇ。
どちらかというと、「葉桜・・・」よりは、「世界の終わり、あるいははじまり」に近いテイストの作品だった。

ただ、このトリックというか、仕掛けは既視感あるなぁー
「ミステリー寄りの文学」というジャンルならこれでいいのかもしれないけど、やっぱり歌野だもんなー
当然「文学寄りのミステリー」を書こうとしていたんだろうし、だとしたら決して成功とは言えないように思う。
この「仕掛けの拙さ」は、ある登場人物自身の「拙さ」とリンクしているのは分かるんだけど、これが本作のメインテーマなのだとしたら、膨らませがいのないテーマだったのではないか?
そんなことを感じてしまった。

平田とまゆみをめぐる人々とのやり取り、会話もどこかの地上波ドラマに出てきそうで、正直「パッとしない」と思う。
小瀬木医師もなぁー、結局傍観者だしなぁー
・・・なんてことを考えた次第。
まぁ今回は小品ってことだな。
(なんだか偉そうな書評になってスミマセン。まっ、期待の大きさの裏返しということで・・・)


No.1354 7点 ささやく真実
ヘレン・マクロイ
(2017/06/12 21:39登録)
1941年発表。
精神科医ベイジル・ウィリング博士シリーズでいうと第三長編に当たる作品。
原題“The Deadly Truth”

~奇抜なパーティーや悪趣味ないたずらで常に周囲に騒動をもたらす美女クローディア。彼女が知人の研究室から盗み出した開発中の新薬は、“真実の血清”なる仮称を持つ強力な自白剤だった。その晩、自宅で主催したパーティーでクローディアは飲み物に薬を混入させ、宴を暴露大会に変えてしまう。そしてついに、悪ふざけが過ぎたのか、彼女は何者かに殺害された! 発見者として事件に関わった精神科医ウィリング博士が意外な手がかりから指摘する真犯人とは?~

ウィリング博士シリーズもそれなりの作品を読んできたけど、その中でも1、2を争う傑作ではないかと思う。
巻末解説の若林氏もご指摘のとおり、フーダニットへの拘りはシリーズ中でも最右翼。
マクロイというと、「暗い鏡の中に」や「幽霊の2/3」といったサスペンス色の強い作品の評価が高いし、私もどちらかというとそういう目線で見ていた作家だった。
ところがどっこい(←古い表現!)、これまた名作と評される「家蝿とカナリア」に負けず劣らずのド本格ミステリーが本作、というわけだ。

ストーリーは序盤から魅力的な展開を見せる。
毒婦クローディアに招待された5名の男女。自白剤により本心の暴露が始まり騒然となるパーティー。そして、ついに起こってしまう殺人事件。当然真犯人はパーティーの参加者のひとりと見られる・・・
冒頭から丹念に撒かれた伏線の数々も旨いし、作中に仕掛けられるレッド・ヘリングも読者を迷わせる。
特に今回は『耳』にスポットライトが当てられるのがポイント。
(ネタバレっぽいけど)てっきり「聞こえない」のが鍵なのかと思いきや、それを見事なまでに反転させるプロットの妙!

若干後出し気味の要素はあるものの、とにかく「端正」で「上品」なミステリーに仕上がっている。
さすがの完成度という評価で良いのではないか。
(サスペンス調より、こういう作品を評価してしまうのは好みかな・・・)


No.1353 6点 偽名
結城昌治
(2017/06/12 21:38登録)
表題作をはじめ、都会の片隅で何かしら暗い影を背負って生きる人間を描いたミステリー短篇集。
『喪中につき』など別の作品集からの転載もある模様。

①「偽名」=過去殺人を犯し逃亡した男。偽名を使って、ひっそりと生きてきた男が、時効寸前に昔の部下に秘密を嗅ぎつけられそうになったとき・・・。よくある手ではあるけど、味わい深い一編。
②「蜜の終わり」=タクシー運転手に浮気を嗅ぎつけられた男。ゆすりを続けられるうちに・・・。まぁ「因果応報」っていうか、男の方が自分勝手ってことかな。
③「影の歳月」=戦争時代の上下関係。暗い時代が後々まで人間関係に響いてくる・・・。そういう時代だったんだなぁーっていう感想。暗いし重い話。
④「夏の記憶」=電車で刑事に連行される冒頭シーンから始まる一編。カットバック手法で徐々に話の中身が顕になってくる・・・。よくまとまってる。
⑤「失踪」=これが個人的ベストかな。あちこちに借金を作ったどうしようもない男。事故死で得た保険金で借財のすべてをきれいにしたのだが、実は・・・。なんか・・・悲しいっていうか、オスの“さが”を感じる。
⑥「寒い夜明け」=これはラストが切ない・・・。昔の刑事ドラマでよく見たストーリーではあるけど。
⑦「雪の降る夜」=これもラストが切ない・・・。昔の刑事ドラマでよく見たストーリーではあるけど(×2)

以上7編。
実にしぶい、シブイ、渋~い作品集。
ひと昔もふた昔の前の日本、っていう舞台設定なのだが、時代を超えて人の心に訴えてくる何かがある。

やっぱりいつの時代でも、男は女を好きになるし、けど女は結婚すると人が変わるし、結局は金がものを言うし・・・っていうことなのかな。
読んでて暗く、重い気持ちになってしまったけど、軽い作品ばかり読んでると、こういう作品もたまにはいいかもしれない。
作者の力量は十分に発揮されている作品集でしょう。
評価はこんなもの。
(⑤→①→④かな。あとは一線)

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