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ミステリの祭典

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詩人と狂人たち

作家 G・K・チェスタトン
出版日1957年01月
平均点6.33点
書評数6人

No.6 7点 クリスティ再読
(2020/04/08 23:54登録)
チェスタートンというと、ミステリのようでミステリでなくて、ミステリの向こうに何か別な真実を開こうとする、そういう間合いが珍重されるべきなんだろう。「木曜日の男」とか本作とか「童心」とか、そういう志向にマッチした作品になるんだろうけども、本作は「ミステリの彼方」の比重が「童心」よりも大きい。
まあだから、一番ミステリっぽい「鱶の影」の「足跡のない殺人」が腰砕けなトリックなのを怒っても仕方ないや。だけど本作はこの人独特の絵画的描写が冴えているのは、あながち主人公が詩人兼画家だから、というわけでもなかろう。チェスタートンの絵画性には、人間の外側にある宇宙的なセンスが潜んでいるわけで、このシリーズの独特な形而上性を指し示す隠喩が色彩としてほとばしっていると見るべきだ。

誰かが小切手を現金に替えに来たときに、代わりに銅を渡してやって、銅のほうが、鮮やかな夕焼け色をふんだんに帯びていると説明してやったら、どんなものだろう?

そういう見方だと、おそらくこのシリーズの白眉は「ガブリエル・ゲイルの犯罪」ということになると思う。まあこの話はミステリというよりも神学的寓話なんだけどね。キリスト教で言う「福音」は「good news」という意味なんだけども、チェスタートンの信仰というか理神論の要石は、どこからか「よき知らせ」を寄せてくる「外部」としての「神」ということになる。「外部」があるからこそ、人間は正気を保つことができるのだ、というまあ正論と言えばこれ以上もない正論が、チェスタートンが大切にした「幼児期に感じていたようなカラフルな幸福感」の中で、逆説めいて見えることがそれこそ最大の逆説なんだろうよ。
つまり、チェスタートンの正論を逆説と、ポエジーを狂気と、そう捉えてしまう一般読者の見方の方が、よほど歪んだ転倒した見地に基づいたものだ、とチェスタートンは言いたげなのである。
やはり「正統とは何か」を読まないと、チェスタートンの真意みたいなものはつかみづらいと思うんだよ。あえて言うけど、チェスタートンには韜晦も逆説も狂気も、これっぽっちもない。

No.5 10点 弾十六
(2019/08/14 23:22登録)
単行本1929年。雑誌連載は断続的。創元文庫の新訳(2016)で読みました。
昔からずっと好きで、ブラウン神父ものより評価してた記憶があります。再読はとても楽しかった。(新訳非常に読みやすいです。) ただし1929年の2作はいささか理に落ちてる感じが不満。でも⑴⑹⑻が本当に素晴らしいので殿堂入り10点です。
雑誌発表順にGKCを読む試みで『知りすぎた男』と交互に発表されていることから、記録は飛び飛びになっていますが、発表順に読むと違った面が見えました。
以下、初出はFictionMags Indexで調べ。カッコ付き数字は単行本の収録順です。(結構、順番を変えていますね。) 献辞は無いようです。

⑴The Fantastic Friends (Harper’s Bazar 1920-11, 挿絵の有無不明) 評価8点
最悪の状況で実際家(practical men)は役に立たない!と叫ぶゲイル。逆立ちをしてこの世の秘密を伝えるゲイル。狂気成分満載でロマンチックなチェスタトンの復活宣言です。原題のFantasticは翻訳では伝えるのが難しいですね… (この作品を読んでいる途中、どうしても最近の狂気による大量殺人事件を思い出してしまいました。無意味な大量死はGKCや西洋人が体験したWWIと同様のものでしょう。実際家が解決出来ないことを解きほぐす可能性を感じられる作品になっていると思います。)
(2019-8-10記載)

⑸The Finger of Stone (Harper’s Bazar 1920-12) 評価6点
犯行現場を含む土地全体が一種の密室という壮大な設定。科学界と宗教界の間には、当時、化石化の年数に対する論争があったのでしょうね。(調査してません。) 科学性皆無な話なのですが、発見以上に素晴らしいもの、というテーマが心を打ちます。
(2019-8-10記載)

⑵The Yellow Bird (Harper’s Bazar Feb 1921-2) 評価5点。
全ての旅の終着駅としての家。(『マンアライヴ』を思わせます。) 自由の意味。小品です。探偵小説への言及あり。
(2019-8-10記載)

※⑵と⑶の間はホーン フィッシャーもの3作を発表。

⑶The Shadow of the Shark (Nash’s and Pall Mall Magazine 1921-12): 評価5点
魅力的な不可能犯罪の設定(JDCの大好物)なのですが、解決はなーんだ、となります。GKCの興味は現代人の冷たい心情なのでしょう。ゲイルの不安定な心は作者の投影か。
ところで冒頭の「今は亡きシャーロック ホームズ氏(the late Mr. Sherlock Holmes)」というのはHis Last Bow(ストランド誌1917年9月号)の後、しばらく新作が発表されてなかったからでしょうね。(『マザリンの宝石』が1921年10月号に発表されてますが、どう見ても過去話で三人称という変則作ですからね…) もしかしてNash’sの挿絵はSteeleだったのかも。
(2019-8-12記載; 2019-8-14追記)

⑹The House of the Peacock (Harper’s Bazar 1922-1): 評価9点
全てが噛み合った素晴らしい構成。作者の目は被害者にも加害者にも同様に注がれています。ある種の鎮魂歌になるような作品だと思います。(今日の嫌なことが一気に吹っ飛びました。) でも孔雀って不吉だったんですね… 英初出はNash's and Pall Mall Magazine 1922-7と思われますが挿絵Frederic Dorr Steeleなんですよ。Webで見つけてビックリ。
(2019-8-12記載; 2019-8-14追記)

※間にフィッシャーもの2作、ブラウン神父もの3作。

⑻The Asylum of Adventure (MacLean’s 1924-11-1): 評価8点
いい話だな〜。心が洗われます。最高の締めくくり。初出はカナダの雑誌。英米誌には掲載記録がないみたい。何故だろう。
(2019-8-14記載)

※この間にブラウン神父もの、連作『法螺吹き友の会』、長篇The Return of Don Quixote。

⑺The Purple Jewel (The Story-teller 1929-3): 評価5点
作者的には5年前に一度幕を降ろしてるので、熱気が薄い感じです。でも穏やかな幸福感が良いですね。(単行本にするは枚数が足りないと言われたのかなぁ。)
p224 アプサント(absinthe): 飲みたいと言ったらレストランの主人にやめておけ、と言われました。味が酷いらしいです。ここでも「酔い心地がまことに異常」と言われてます…
p252 二千五百ポンド: 英国消費者物価指数基準(1929/2019)で63倍、現在価値2024万円。
(2019-8-14記載)

⑷The Crime of Gabriel Gale (The Story-teller 1929-9): 評価4点
その気持ちわかる、と言いたくなりますが… 解決後の長い説明がブラウン神父みたい。作者も咀嚼不十分なのでしょう。蛇足のエピソードがとても不気味です。(『アークトゥールスへの旅』のアレを連想しました…) ところで「詩人」ゲイルが詩を吟ずるのはこれが最初で最後ですね。
p120 雨男と言われている: that cloudless day having so rapidly overclouded, with the coming of the one man whose name was already associated with itがそのあたりの原文。「雨男」と言う概念は無い?
p132 小さな水滴が/小さな砂粒が/魂をよろめかせ/星々をも立っていられなくなる(Little drops of water,/Little grains of sand,/Make the soul to stagger/Till the stars can hardly stand.): "Little Things" is a 19th-century poem by Julia Abigail Fletcher Carney, written in Boston, Massachusetts. 原詩はLittle drops of water,/Little grains of sand,/Make the mighty ocean/And the pleasant land. ここではチェスタトン流に3-4行を変更。
(2019-8-14記載)

読み終わりましたので、短い概論。
「狂気」という言葉を軽々しく扱うのは甚だ危険なのですが、理性の枠からどうしてもはみ出してしまう人間性、とでも言いかえたら良いでしょうか。理性と人間性のバランスがミステリの本質なのだ、と(たまには)大げさに宣言しておきます。

No.4 5点 ボナンザ
(2019/07/13 22:45登録)
相変わらず逆説とユーモアが映える短編集。読了感は悪くないがやや読みにくい。

No.3 6点 E-BANKER
(2018/02/25 11:50登録)
~平穏な風景の中に覗く微かな違和感から奇妙な謎を見出し、逆説と諧謔に満ちた探偵術で解き明かす。画家にして詩人であるカブリエル・ゲイルの活躍を描く八編の探偵譚を収録。チェスタトンの真骨頂というべき幻想ミステリーの傑作!~
ということで、実に「難解」な作品集。
1929年の発表。新訳版にて読了。

①「風変わりな二人組」=まずはご挨拶がてら、とでも言うべき初っ端の作品。『この世界は上下さかさまなんです。僕らはみんな上下さかさまなんです・・・』、って???
②「黄色い鳥」=『君は二等辺三角形だったことはあるかい?』、って??? でもこの問いについては解答を与えてくれる。(なんとなく分かるような・・・)
③「鱶の影」=なんと“足跡のない殺人”という実に普遍的なテーマがここにきて登場! でもまさかこういうトリックとは、っていうかトリックなんていうものじゃない。でもまぁ、ミステリーっぽさは一番かもしれない。
④「ガブリエル・ゲイルの犯罪」=『君、野原に仰向けになって、空を見つめて、踵で宙を蹴ったことがあるかい?』、って?? ゲイル自身の犯した犯罪(?)にはやはり意味があった。
⑤「石の指」=これもゲイルの逆説的探偵法が示される一編。行方不明になったと思われた科学者(?)が意外な場所で意外な姿で発見される。犯罪の動機もこれは首肯できる。
⑥「孔雀の家」=個人的にはこれがベストかな・・・。十三人目のゲストとしてなぜか見ず知らずの家に招かれたゲイルが殺人事件に巻き込まれる。ホワイダニットも気が利いてて、通常のミステリー寄りの作品だろう。
⑦「紫の宝石」=うん。実にチェスタトンらしいプロットというか雰囲気。目の前に見えるものが真の姿ではないと、ゲイルの指摘により明かされる刹那。まぁ、よく見れば分かりそうなものだが・・・
⑧「冒険の病院」=最初はよく分からなかったんだけど、よくよく考えてみると、なかなか驚きの真相ではあるし、うまくできてると感心。ラストは“狂人”らしくというか、ゲイルらしい終わり方(なんだろう)。

以上8編。
なかなかの怪作。分かりにくさは「ブラウン神父」シリーズを遥かに凌駕している。
初心者や私のような底の浅い人間には辛い読書かもね。

でも、よくよく考えてみると、実に示唆に富んだ質の高いミステリーであることが分かってくる。
さすがにチェスタトン。並みの作家ではない。
再読すればもう少し良さが理解できるはず!

No.2 6点 nukkam
(2016/05/18 19:48登録)
(ネタバレなしです) 詩人で画家のガブリエル・ゲイルのシリーズ短編8作は1921年から1928年にかけての結構な年月をかけて発表され、1929年に短編集としてまとめられました。。このゲイルの描写がなかなか謎めいていて、ある作品では狂人の心を理解して狂人を助けようとしたり、ある作品では狂人になりきろうとして本当に発狂したのではと周囲を心配させたり、ある作品では自分自身を「狂人」と明言しています。通常の本格派推理小説の謎解きからかけ離れた作品も多く、最も個性的な「ガブリエル・ゲイルの犯罪」は、形而上学とか唯物論とか観念論とか難解な用語が多くて読者を選びそうな作品です。謎解きとして面白いのは「鱶の影」と「紫の宝石」あたりでしょう。「石の指」の突拍子もないトリックも(現実的かはともかく)強烈な印象を残します。最後の作品「危険な収容所」では予想もしない、さわやかとも言える読後感を残す結末にびっくりさせられます。

No.1 4点 Tetchy
(2008/09/28 11:08登録)
詩人ガブリエル・ゲイルが出逢う様々な狂人たちの短編集。
狂人は狂人なりの理論で行動しているという視座が1929年の時点で確立されているのがまず斬新。
しかし、詩人と狂人はオイラの中では2人とも相容れなかった。
あまりに奇抜すぎて、理解に苦しむところ多し。

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