home

ミステリの祭典

login
メルカトルさんの登録情報
平均点:6.04点 書評数:1835件

プロフィール| 書評

No.775 6点 本棚探偵の冒険
喜国雅彦
(2017/09/05 22:49登録)
エッセイ集、本棚探偵シリーズの記念すべき第一巻です。
『冒険』とうたっているだけあって、それにふさわしい内容となっています。例えば「ポケミスマラソン」。ハヤカワ・ポケット・ミステリを古書店を廻って、一日に何冊見つけられるかに挑戦するという、真に馬鹿馬鹿しい企画だが、その疾走感と奇跡的なオチは楽しい以外の感想が思い浮かびません。他にも「小説『兄嫁の寝室』」など、実に怪しげなタイトルのものなど様々なエッセイの域を超えたエッセイのラインナップが楽しめます。
さらには、京極夏彦、二階堂黎人、山口雅也、我孫子武丸、北村薫らが登場し、それぞれの人間性を発揮しております。口絵で描かれた彼らは本物そっくりで笑えます。これは面白くないわけがありません。みなさん古本が大好きなんですね、喜国氏だけでなくミステリ作家の本に対する狂おしいまでの偏愛ぶりが垣間見えます。
本来第二巻『回想』第三巻『生還』が間に挟まっているんですが、これらは現在入手困難な状態です。勿論古本なら手に入りますが、私は彼らのような「古本者」ではありませんので、残念ながらそこまでしてそれらを読もうとは、今のところ思っていません。悪しからず。


No.774 6点 地獄の道化師
江戸川乱歩
(2017/09/03 22:28登録)
小学生の時に「少年探偵団シリーズ」の一作として読みましたが、非常に感動しました。一応図書室にあったものは全巻読破していますが本作がシリーズ中では最高傑作だと思いました。しかし何せ小学生でしたから、顔のない死体などには全く慣れておらず(多分初めての体験だったと思いますが)、意外な犯人という観点からも一読者としてまだまだ未熟でした。
当然大人になってからあらすじなどほぼ忘れてしまっていましたので再読してみましたが、乱歩としては本格ミステリの色合いが濃いとは言え、分かりやすい犯人像や比較的すんなりとしたプロットに違和感を覚えました。「あれ?こんなんだったっけ」みたいな感覚でしたね。つまり拍子抜けですか。やはりミステリばかり読みすぎて免疫ができてしまったせいか、この程度では驚きや感銘を受けないような体質になっていたんですね。
子供の頃の感動は薄れ、擦れた一ミステリファンとしての私が、この作品を素晴らしいと絶賛することを許しませんでした。さすがに読まなければよかったとは思いませんでしたが、夢のような体験が苦い思い出に変わるのをどうしても避けることができないという、辛い経験をしました。


No.773 4点 人生相談。
真梨幸子
(2017/09/01 22:18登録)
目次を見てみると「居候している女性が出て行ってくれません」「大金を拾いました。どうしたらいいでしょうか」とか、中には「西城秀樹が好きでたまりません」などふざけたタイトルが並んでいます。これらは要するにある新聞に投稿された人生相談の内容を表したものです。9タイトルありますが、作者の目論見としてはこれらを短編扱いとし、最終的には一気にひとまとめに収束させるというもののようです。
狙いは分からないでもないですが、とにかく登場人物が多すぎるし、その上人間関係が複雑に絡み合っているため、一読しただけでは全てに理解が及びません。読者は必ずやカオスの渦に放り込まれることでしょう。だからといって二度読みするほど面白くもなく、なんともツマラナイ小説に仕上がってしまっています。確かに私の読解力は人並み以下ですので、一概にこれを非難するわけにはいきませんが、もう少しわかりやすく人間関係を整理してもらうことはできなかったものかと思います。
殺人も起きたのか起きてないのか判然とせず、大筋は飲み込めたものの、はっきり言って何がどうなっているのか最後までよく分かりませんでした。Amazonでは意外と高評価を与えている方もおられ、この小説をよく細部まで理解できるものだと感心せざるを得ないという感想しか思い浮かびません。
まあしかし、これだけの複雑な事件やらなんやらを考え付くのも一つの才能なのは間違いないでしょう。個人的には低評価ですが、読む人が読めばちゃんとした評価が得られるのかもしれませんね。


No.772 6点 どんどん橋、落ちた
綾辻行人
(2017/08/31 22:28登録)
さすがに叙述トリックの名人、綾辻行人。どれもこれも奇想天外な叙述に特化した短編ですね。しかしおふざけが過ぎたせいか、評価が割れているのも納得ではあります。
人が必死に犯人探しに夢中になっているのに、それを足蹴にするようなトンデモトリックには腹を立てる読者も少なくないでしょう。しかしよくよく読んでみれば、決してアンフェアとは言えず、正々堂々とある意味くだらないトリックを仕掛けている辺りは、さすが新本格の旗手と言えると思います(皮肉です)。
表題作は島田荘司編集のアンソロジー『奇想の復活』で読んだんですよ。ですから誰よりも早く読んだのが自慢ではあります。その際このトリックには驚いたと同時に腹立たしさも覚えました。他の真面目な本格ミステリを尻目に、一人異次元の世界で遊んでいるような感覚で、らしくないなと感じました。これが綾辻渾身の一作だったとは・・・残念な気持ちでいっぱいになりましたよ。そんな遊び心に溢れた人だったとは意外でした。
なんだかんだ言っても、結局この短編集のレベルは低いとはいえず、作者の名前と内容のギャップに不評を買っているに過ぎない、不遇な作品集なのではないでしょうか。


No.771 7点 本棚探偵 最後の挨拶
喜国雅彦
(2017/08/28 22:03登録)
第六十八回日本推理作家協会賞〈評論その他の部門〉受賞作。喜国雅彦とは漫画家であります。しかしその名前は、ミステリファンにとっては馴染みの深いものだと思います。どこかで見たことあるという人は少ないくないはずです。そんな彼が自らを本棚探偵或いは古本者と名乗り、探偵小説にまつわる様々な事柄に挑戦していく様を熱く語ったエッセイが本書です。
例えば少年探偵団の小林少年の「書遁の術」を真似て、香山滋全集の背表紙などを複製し、それを隠れ蓑にして本棚の中に忍び込んでみたり、玄人並みの手際で私家版『暗黒館の殺人』を作成したり。
それらの過程を一々カメラに収め、写真や口絵を掲載しています。まあ興味のない人にとっては、「それがどうした」ってことになるんですが、これがまた実に読ませる文章で綴っていますので、飽きが来ることはありません。中でも最後の『黒函紙魚の会』はプロの作家並みの短編ミステリに仕上がっており、感心することしきりでした。推理作家協会賞受賞は伊達ではなかったようです。
柄にもなくエッセイなど読んでみましたが、意外な面白さに舌を巻くと同時に、喜国氏のチャレンジ精神や行動力が羨ましくなった私なのでした。


No.770 5点 妖鳥
山田正紀
(2017/08/27 22:15登録)
妖鳥=ハルピュイアとは頭部から胸にかけてが女性で、下半身及び翼はハゲタカという、ギリシャ神話に登場する伝説の生物です。
雰囲気としては一歩間違えば『姑獲鳥の夏』に近いですが、勿論作品の出来としては遠く及びませんね。ただ、読んでいて酩酊感を味わえることは確かです。かなりの大作ですが、山田正紀らしく輪郭がぼやけた感じは否めません。舞台は聖バード病院で、アルバイトで勤務する医師、篠塚の視点から始まり、以降刈谷刑事と記憶を失いどこかに閉じ込められた「わたし」の二つの視点で物語は進行します。
ミステリ的には冒頭の、外側から目張りされた無菌室で意識不明の患者が絞殺されていたという謎にプラスして、何故死期が近い患者が殺されたのかという謎のハウダニット、ホワイダニットが提示されます。さらには篠塚が何者かに襲われ窓から落下しますが、なぜか落下する地点が数十メートル移動していたという謎が。捻りはないですが、それなりに納得のいく真相でなるほどとなります。
それにしても、牛乳を水で薄めてどんな味がするのでしょうか。「わたし」の精神状態がかなり危ないです。


No.769 8点 斜め屋敷の犯罪
島田荘司
(2017/08/26 22:11登録)
プロの作家のみなさんにはとても受けが良いらしく、綾辻行人氏などは『占星術殺人事件』よりも本作のほうが好みに合っているとし、高評価を与えている本作。しかし、私的にはなかなかに評価が難しいのです。決してバカミスとは思いませんが、例のトリックはやはり賛否両論あろうかというのは理解できる気がします。確かに大トリックには違いないと思いますが、個人的には『占星術殺人事件』には遠く及ばないんですよね。
しかし、最もエキセントリックな御手洗が読めるのは本作ではないかと感じます。人の誕生日は覚えるのに、人の名前は間違える、しかも何度も間違えて呼んでも訂正しようとしない。この性質はこれ以降なりを潜めるので、変人・御手洗潔が最も顕著に表に現れる作品とも言えるでしょう。
私が一番気になるのは、なぜわざわざ斜め屋敷のような建物にしたのかという点です。別に普通の建築物でもトリックには差し支えないわけですし。まあそのほうが雰囲気は出ますし、私の読み違いかもしれませんけどカムフラージュですかね。その辺りうろ覚えな部分がありますので、大目に見ていただきたいと思います。


No.768 6点 大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう
山本巧次
(2017/08/25 22:03登録)
江戸時代の事件の証拠物件を現代の先端技術で解析するというアイディアは、なかなか面白いと思います。しかし、事件そのものがあまり魅力的ではなく、殺人事件もおまけ程度で、軽んじられているところも食い足りなかったりします。
さらには、謎解き要素が少なく本格ミステリというより、主人公おゆうの冒険譚という意味合いが強いので、本格志向の読者にはかなり物足りないかもしれません。フーダニットもハウダニットもホワイダニットも、いずれも科学捜査によりすぐに解決してしまい、推理が入り込む余地はほとんどありません。その辺りがやや拍子抜けでした、残念ながら。
どんでん返しにはちょっと驚きましたが、何よりラストの落としどころが、もし正解があるとすれば、大正解だったと思いますね。見事に着地が決まりました。
全体として面白かったとは言い難いですが、後半は新人にしてはよく描けていたと思います。シリーズ化されるのも無理からぬことだと、そこは納得ですかね。


No.767 6点 魔神の遊戯
島田荘司
(2017/08/23 22:20登録)
本作は御手洗潔シリーズにおける、最も異色な作品だと私は思います。理由はあとで述べます。
舞台はネス湖畔の小さな村。旧約聖書に擬えられた、魔神の仕業としか考えられないような連続バラバラ殺人事件。人間業と思えない凄まじい力で引きちぎられた猟奇的な死体。まさに島田ワールド全開な様相を呈しており、いかにもならしさは作品の出来不出来に関わらず、読む者を引きずり込まずにはいられないでしょう。しかし、どこか違和感が・・・この違和感の正体を見破れれば本作に施された仕掛けは意外と簡単に解ってしまいそうです。
他の方も書かれていますが、死体にかけられた無理な力のトリックはあまり感心しませんね。まあ島荘らしいと言えばらしいのですが。


【ネタバレ】


島荘は○○トリックは使用しないという先入観を利用したことが、先に述べた異色作と言うことになりはしないかと思います。
よく注意して読めば、このミタライはややおとなし過ぎるし、特有のアクの強さがあまり感じられません。そういった違和感に疑問を感じれば、仕掛けられたメイントリックには気付きやすいでしょう。
私は勿論騙されましたけれど。


No.766 5点 御手洗潔のメロディ
島田荘司
(2017/08/21 22:12登録)
再読です。
第一話『IgE』は超人御手洗潔の天才ぶりを遺憾なく発揮した本格ミステリです。二人の依頼人の一見全く関係なさそうな依頼をかなり無理やりっぽく繋げ、一つのストーリーを築き上げてしまう御手洗の頭脳に只々ひれ伏すだけです。しかし、四つの短編の中では最も評価されてしかるべき作品ですね。この頃はまだ花粉症の効果的な市販薬がなかった時代なのでしょう。
『SIVAD SELIM』はミステリではありませんが、なかなか好感の持てる逸品です。外国人高校生の身障者のためのコンサートにぜひ御手洗を招いて演奏をしてもらいたいとの依頼を断る御手洗。石岡の必死の頼みにもどうしても首を縦に振らない。仕方なしに石岡一人で審査員を引き受けることに。石岡君の天然ぶりに読んでいるこちらも観客同様大爆笑となります。
『ボストン幽霊絵画事件』はまあそれなりって感じですか。御手洗シリーズは三人称よりも石岡君の一人称の文章に限りますね。この作品に関しては、舞台が外国というだけで身構えてしまい、あまり面白さがストレートに伝わってきませんでした。出来自体もイマイチな感じがします。
最後の『さらば遠い輝き』はレオナの御手洗に対する想いが、一方通行にせよまあその熱量が伝わってきます。しかし、レオナ・ファンでなければ取るに足らない作品かと思われます。
第一話、第二話はまずまずですが、それ以外はどちらかと言うと凡作の部類に入るんじゃないでしょうか。


No.765 6点 黒龍荘の惨劇
岡田秀文
(2017/08/11 22:07登録)
この手の作品は昔で言えば横溝正史、今なら三津田信三が代表格でしょうが、彼らに挑戦するようにわらべ歌に見立てた首なし死体が次々に現れます。ただ、おどろおどろしい雰囲気はあまりなく、淡々と描かれます。そのため、強烈なインパクトに欠けると言いますか、とんでもない大事件なのになんだか登場人物も命が狙われている切迫感が感じられません。これには理由がありますが、敢えて書きません。
事件はページ数が残り僅かになってもまるで解決しそうになく、伊藤博文が長広舌を披露したりして大丈夫か?と思わせますが、柱となる大きなトリックが謎の大部分を支えているため、いくつ謎が積み上げられていても芋づる式に解決します。
しかし、私的にはあっと驚くようなトリックとは思えず、何と言いますか、裏技的な印象ですかね。あまり現実的なものとも言えないと思います。少なくとも大きなカタルシスを得られるようなものではありませんでした。
わざわざ時代設定を明治時代にしたのも、現代では通用しないトリックであり、その点において残念ながら高評価とならないのではないかと。そう思います。
探偵の月輪はあまり名探偵らしくない言動で、目立ちませんね。もう少し個性的に描いてあげたほうが、それだけでも評価が高まった気がします。


No.764 6点 T島事件 絶海の孤島でなぜ六人は死亡したのか
詠坂雄二
(2017/08/06 22:29登録)
実に惜しいと思います。あとわずかで傑作になり損ねた残念な作品といった感じがします。それはサブタイトル通り、奇数章で描かれる、孤島でホラー映画のロケハンを行ったすべてのスタッフが死亡していく様がかなり退屈だからです。特に記号化された登場人物たちが見事に無個性で、単にセリフを喋って行動して死んでいくのを淡々と描いていますが、ある意味ドキュメンタリータッチで、何の面白みもなく延々読まされては、正直苦痛さえ感じてしまうというものです。
この事件は大部分がカメラにおさめられているのですが、警察も犯人追及を放棄したように、それぞれの事件が事故なのか自殺なのか殺人なのか判然としません。結局は『そして誰もいなくなった』へのオマージュなのか、それとも何か斬新な仕掛けが施してあるのか、それすらも最後まで五里霧中という仕組みです。
偶数章で探偵社に勤める探偵たちがああでもないこうでもないと推理を戦わせますが、それすらもなぜかもどかしく感じられて仕方ありません。名探偵の月島凪の不在が痛いです。


【ネタバレ】

最初の三件が殺人、殺人、自殺でここまではいいです。しかしその後は期せずして起こった事故、殺人、自殺というのがどうにも釈然としません。これらは「呪い」として片づけられますが、真相として納得がいかないというか、偶然に過ぎるきらいがありますね。
最終章ですべてがひっくり返りますが、なんとなくすっきりしません。ここでもっと驚愕の事実が明らかになっていれば、それまでの低迷ぶりをすべて吹き飛ばせたのにと思うと残念です。ただ、この章の存在感は個人的には好みです、いかにも捻くれた作者らしいと思います。


No.763 7点 アンデッドガール・マーダーファルス1
青崎有吾
(2017/08/02 22:24登録)
「怪物」が跋扈するパラレルなヨーロッパを舞台にした、本格謎解きミステリ+アクション娯楽小説、ですかね。
実に面白く楽しいです。かなり風変わりな探偵と「鳥籠使い」の探偵助手、そしてメイドの静句。三人の個性的な登場人物のやり取りだけでも楽しめます。その他にも灰色の脳細胞の小男の警部や、名前だけですがルールタビーユも出てきます。その辺り、ミステリファンの遊び心をくすぐる技に長けているとも言えそうです。
第一章は吸血鬼が主役です。特殊な舞台設定を存分に生かしたトリックや謎解きは、さすがに作者らしく、端正で過不足のないものとの印象を受けます。そして真相が判明した後のアクションシーンも、おまけとして十分すぎるくらいなサービス精神でもって描かれています。
第二章は人造人間がメインテーマです。ダミーの解決編も悪くないですが、真相は解りやすく、多くの読者の予想通りでしょう。ですが、その見せ方が堂に入っているので、「分かってるからとっととやってくれ」とはならないと思います。そしてまたしてもアクションシーン。やや長いですが、それなりに読み応えはあります。
続編は評価が低いようですが、どうしますかね・・・。


No.762 6点 風ヶ丘五十円玉祭りの謎
青崎有吾
(2017/07/28 22:04登録)
裏染天馬が日常の謎に挑戦する連作短編集。
全体として平均的な出来で、突出した作品や他より劣るような作品はない模様です。
表題作は祭りの屋台のおつりがどこも50円玉で返ってくるという魅力的な謎に対して、裏染が暴く真相はかなり拍子抜けの感は否めません。
最も面白かったと思うのは『もう一色選べる丼』で、学食のすぐ外に放置されたどんぶりの謎に挑んでいます。ただ、裏染は犯人を左利きだと断定していますが、実際自分で試してみたところ、必ずしも左利きとは限らないことが判明しました。まあケチを付ける程度のレベルですが、このように限られた枚数の中で論理を展開して完璧な解決に導くのは難しかったようで、ややこじつけがましい点がないでもないと感じます。しかし、やはり本作もロジックに特化した本格ミステリであるのは間違いなく、今この範疇での第一人者は青崎氏だというのは万人が認めるところだと思います。
まるで関係ない話ですが、香織の名が出るたびに松村香織の顔がちらつくのには参りました。


No.761 6点 動く家の殺人
歌野晶午
(2017/07/27 22:06登録)
【ネタバレ  未読の方は要注意】

デビュー作『長い家の殺人』が個人的にどうもイマイチでしたので、あまり期待していませんでしたが、比較するとかなり読みやすく垢抜けた感じがします。
いきなりの名探偵信濃譲二が殺されたという記述には、一瞬えっと思いましたが、勿論眉唾ものです。信濃の免許証を盗んだなりすましのことです。ですから、突き詰めればアンフェアと言えるのではないかと思います。まあしかし、読者を引き付ける意味では成功しているでしょうね。
『動く家』というタイトルですが、まず家ではありません、劇場です。しかも劇場には何の仕掛けもしてありません。一応ダミーのトリックは存在しますが。そのダミーに見事に騙されたうちの一人は私です。
最後に本物の信濃譲二が登場して謎解きをしますが、大麻所持の罪で逮捕されます。なるほど、だからシリーズ最終作というわけですね。名探偵をネタにした作品は他にもありますが、本作はどちらかというと小ネタの一つ的な扱いのような気がしました。


No.760 6点 十字架
重松清
(2017/07/25 22:46登録)
吉川英治文学賞受賞作。
1989年9月4日、あいつが死んだ。中学2年の二学期が始まった直後だった。遺書には僕、真田裕のことを「親友になってくれてありがとう。ユウちゃんの幸せな人生を祈っています」とあった。親友でもないのに。
同じ学年の中川小百合にも「迷惑をおかけして、ごめんなさい。お誕生日おめでとうございます。幸せになってください」と。何ら関係のなかったはずなのに。
いじめのせいで自殺したのは明らかだったけれど、僕と中川さんは重い十字架を背負わされた・・・。
というわけで、いじめた人間ではなく、いじめを見て見ぬふりをした同級生に主眼を置いた点で目新しさがあるのかもしれません。テーマがテーマだけに落涙ポイントは随所に見られますが、盛り上がりに欠けるというか、かなり地味です。ですが、二人の中学生の心理状態を、克明に描き切ることにより問題提起をしているのは間違いないでしょう。
ただ、自殺した藤井俊介の父親は自分を責めずに、真田や中川ばかり責めるのはどうなのかという気がします。また母親は二人に同情しており、それぞれの立場に置ける人間模様が浮き彫りになります。
辛い経験をした二人の中学生の微妙な立ち位置、どんな想いで大人になっていくのかなどが一つの読みどころになっていきます。いじめ問題そのものよりも、自殺した後に残された者たちの悲しみ、生きるための拠り所などを丁寧に描いた佳作と言えると思います。


No.759 7点 きみの友だち
重松清
(2017/07/21 22:28登録)
交通事故で一生松葉杖を手放せない身体になってしまった恵美ちゃんと、生まれつき腎臓が悪く、学校を休みがちな由香ちゃん。二人はある事件を境にクラスの誰とも付き合わない無二の親友になる。彼女らを中心に周りの関係者一人ひとりにスポットを当てて、描かれる青春群像劇。というか、連作短編集或いは連作長編。
目が痛いです。泣きすぎて。特に『花いちもんめ』はいけません、恵美ちゃんと由香ちゃんの友情と最後の別れ。これを涙なくして読める人がいるのでしょうか。いや、絶対いませんよ。
時系列がバラバラですが、人間関係が分かりやすいので混乱することはありません。
例えば中学校のサッカー部の3年生で、だけどサッカーが下手で補欠、女の子にも縁がなくてバレンタインのチョコレートを貰ったこともない。そんな冴えない男子を主役にして切ない短編を淡々と描いてしまう、作者の力量は相当なものがあると思います。私はこの作家は初ですが、これまで読んでこなかったことを恥じるくらいの素晴らしい作家なのかもしれません。
最終話以外、主人公のことを「きみ」と呼んでおり、では果たして誰がそう呼んでいるのかが、この作品に仕掛けられた最大の謎です。その点だけはミステリっぽいと思うのですが、その謎は最終話で明らかになります。蛇足と言う人もいますが、決してそんなことはない、ほのぼのとした味のある締めくくりだと思います。


No.758 5点 蜃の楼
和智正喜
(2017/07/18 22:15登録)
タイトルは『しんのたかどの』と読みます。蜃とは蜃気楼のことで、古書によると大蛤とも龍とも言われています。
物語は簡単にまとめると、連続神隠し事件が起こる昭和二十七年、時空が歪み真か幻か一応主役の関口が時をかけるというもの。霞が関ビル、国立霞ヶ丘競技場、サンシャイン60、スカイツリーなど、時空を超えて関口の前にそれらの建築物が現れます。
やりたいことは解らないでもないですが、正直訳が分からない部分も多々あります。神隠し事件など全くもって説明されません。この「奇書」の前ではそんなもの些事だと言わんばかりに。これはどうなんでしょうか。
所詮パスティシュなので、京極堂はただの解説役。榎木津は珍しく調査らしきことをしようとしてコケます。木場は一応刑事らしき行いをしますが、あまり目立ちません。鳥口も敦子も出てきますが、まあなんと言うか、やはりまがい物感は拭えませんね。
どうしても本家が書かないと締まりがないです。それらしい雰囲気を出そうという努力の跡は見られますが、本物とは程遠いとしか言えません。


No.757 7点 妖婦の宿
高木彬光
(2017/07/17 22:30登録)
何と言っても表題作に尽きますね。他の方の書評でも分かるように、すこぶる評価が高いのが読めば納得できます。
本作は探偵作家クラブの新春の例会で、犯人当ての余興として読み上げられた作品ですね。これは有名なエピソードなのでご存じの方も多いと思います。
実際読んでみると、読者の心理を逆手に取っての密室は見事であり、大袈裟ではなく日本の密室物を代表するミステリと言っても過言ではないでしょう。今では入手困難になっているかもしれませんが、未読の方には是非読んでいただきたいですね。
これは騙されますよ。しかも意表を突いた真相には驚かされるばかり。
余談ですが、高木彬光の初期の作品は長編、短編問わず傑作、佳作が多いので、いずれまたブームを起こして復刻されると嬉しいと思います。


No.756 8点 エクソシスト
ウィリアム・ピーター・ブラッティ
(2017/07/16 22:09登録)
みなさん、読まれていないんですかね。いまさら申し上げることもない、ウィリアム・フリードキン監督のアメリカ映画の名作『エクソシスト』の原作です。日本では映画が超有名ですが、本国アメリカでは原作も大ヒットしました。
映画はリーガンが悪魔に憑りつかれてから悪魔払いの儀式までがメインに描かれている印象ですが、原作はクリス・マクニールとリーガン母娘の愛情や、カラス神父の精神科医としての苦悩、母親との微妙な関係などに重点が置かれています。特にリーガンの変貌ぶりを目の当たりにし、果たして臨床的に神経系の病なのかどうかがカラス神父を通してかなり執拗に描写されています。勿論、ホラー、オカルトの側面もおろそかにされてはいませんが、故意に怖がらせようとかと言ったアプローチの仕方はしていません。
当然宗教的な事柄も絡んできますが、日本人として理解に苦しむような難解な事柄は書かれていませんので、その点は心配いりません。
どうしても映画の影響で怖さが先に立ってしまいがちですが、本作の本質は愛と自己犠牲の物語だと思います。ラストのカラス神父の行動はキリスト教とかの宗教の壁を越えて、感動的ですらあります。
映画も素晴らしいですが、原作も十分読み応えがあり名作と呼んで差し支えないと思います。

1835中の書評を表示しています 1061 - 1080