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ミステリの祭典

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メルカトルさんの登録情報
平均点:6.04点 書評数:1835件

プロフィール| 書評

No.815 7点 天国からの銃弾
島田荘司
(2017/12/30 22:17登録)
再読です。 
約二十年ぶりに読みましたが、内容は表題作のほんの一部以外はまるで忘れていました。そのせいで、予想以上に楽しめました。島荘、さすがの安定感で安心して読めました。

『ドアX』 まさかと思ったら、そのまさかでした。滅多に使わないと思っていた島荘にとっての禁じ手が見られます。希少価値ありではないでしょうかね。面白いです。
序盤から、そんな完璧な女いないだろうと思いながら読み進めました、怪しい雰囲気は十分感じられるんですけど。意外な展開にやられます。

『首都高速の亡霊』 冒頭からいきなり手に汗握るような緊迫した場面です。その後、中盤はやや冗長ですが、お得意の社会派の側面をちらりと見せます。結局、偶然に次ぐ偶然に唖然とさせられますが、まあリアリティより小説としての面白さを優先させた形になっているわけですね。

『天国からの銃弾』 やはりこれが一番の出来です。無駄な描写が一切ないのはこの作者にしては意外と珍しいのではないでしょうか。ただ、真相に到達するまでの過程が端折って(思い浮かばなかったのか)あり、そこがやや不満ではありました。
しかし、ある条件下で風俗店の屋上にそびえ立つ自由の女神像の目が光る謎は、とても魅力的で、ストーリーを引っ張る牽引力となっていますね。ラストの畳み掛けるような展開もスピード感があり、主人公の老人がクールでカッコいいです。


No.814 6点 深夜百太郎 出口
舞城王太郎
(2017/12/27 21:59登録)
舞城王太郎版百物語ってことです。出口があるなら当然入口もあるはず、と思われた方は鋭い、正解です。本来なら入口から入るべきですが、世評を信じて敢えて出口から入りました。面白いと言うか、怖いと言うか、ただストレートな怪談話ではなく、目線や角度が普通の感覚とは違ったものとなっています。

東京都調布市と福井県西暁町の二つの舞台の物語が交互に並んでいます。最長で25ページほどでも、50もの怪談がズラリと揃うと壮観ではあります。
少年や若い主婦を主人公にしたものが多く、実に不可解な出来事や幽霊などの怪異が襲いますが、どこか切迫感がなくリアリティに欠ける気もしますが、それも独特の読み味なのかもしれません。不条理であったり、不気味だったり、気色悪かったり、心底怖かったりします。また必ずしもオチがあるとは限りませんし、整然と理屈で片づけられていない場合も多々ありますが、まあ怪談や都市伝説なのでこれはこれで良いのでしょう。
一話に一枚ずつ有名らしき写真家の作品が挟まれていますが、こちらは物語とはあまり関係なさそうなのが多く、あまりピンときませんでした。たまにハッとするような写真もあるにはありますが、多くはこんなものかなと首を捻りたくなる感じです。

個人的には七十太郎(七十話)の『保留中の黒電話』が最も印象に残りました。15ページの中に泣かせる要素が満載で、思わず落涙する私なのでした。感動の物語です、怪談なのに。


No.813 6点 侵蝕 壊される家族の記録
櫛木理宇
(2017/12/24 21:47登録)
幼い弟の事故死以来、沈んだ空気に満ちていた皆川家の玄関に弟と同じ名前の少年が現れた。平凡な女子高生の美海の母は彼に同情し家の中に入れてしまう。その後少年の母親と名乗る、白ずくめの衣装に肘まである手袋、白塗りの厚化粧の女が皆川家に寄生し始める。

単行本『寄居虫(ヤドカリ)女』を加筆・修正の上文庫化された作品を読みました。

薄汚れた服を着、やせ細った少年朋巳や、厚塗りの化粧で正体不明の女葉月が平凡な一家に「侵蝕」していく様は、内心そんな馬鹿な、所詮絵空事だろうと思いながらも、リアルな描写力に圧倒されて思わず知らず物語に入り込んでしまいます。
じわじわと父親の不在がちで母親と三人姉妹の皆川家の心の中に侵入し、マインドコントロール或いは支配していく巧妙な手口には、嫌悪感を通り越して感心すら覚えます。そして次第に家族は崩壊し、やがては姉妹同士で監視し合うという究極の末路を迎えようとします。
ここまでは不気味で陰湿なホラーそのものですが、終盤突如としてミステリの趣向が前面に押し出されます。これまでの話は何だったのかと思わせるほど、読者を翻弄し欺きます。伏線を回収し、謎であったり怪しげな挙動だったり、過去の事件などもひっくるめて見事に全てをひっくり返します。いわゆるどんでん返しとはまた一味違った形での衝撃が読者を襲います。
興味のある方は読んでみるのもいいかもしれません。ホラーも好き、本格も好きという方にお勧めです。


No.812 6点 柚木野山荘の惨劇
柴田よしき
(2017/12/20 22:05登録)
人里離れた柚木野山荘で作家仲間の結婚披露宴パーティが開かれる。飼い猫の正太郎を連れて参加した桜川ひとみだったが、土砂崩れで山荘は孤立し、事件(事故?)が次々と起こる。
猫探偵正太郎は幼馴染の犬サスケ、美麗な雌猫トマシーナとともに真相に迫る。

猫探偵正太郎シリーズ第一弾。

序盤なかなか事件が起こらずウズウズしていましたが、何やら予期せぬ方向にストーリーが進展し、あららと思った矢先にやっと第一の事件が起きます。しかし、やはり毒殺というのは地味ですね。ここでは誰に毒を仕込む機会があったのか、その方法は?というありきたりな展開になります。これは過去の例に漏れず、当たり前の進め方ですね。
ただし正太郎の一人称なので、その点では異色と言えるかもしれません。また、猫と犬が意思の疎通どころか会話までできてしまうのがこの作者の世界観だと思います。いかにも猫好きな人が書いたのだろうなと思わせる作品に仕上がっているのは間違いありません。
探偵役は正太郎の元飼い主である親父さんこと浅間寺竜之介で、一応の解決を見ますがどうにもスッキリしない気分が残ります。何故なんだろうと考えていると。


【ネタバレ】


結局親父さんの推理はダミーで、主役で正真正銘の探偵である正太郎が真相を見破ります。これにはさすがに意表を突かれます。まさに前代未聞の解決には、目から鱗が落ちるとはこのことかと唖然とさせられます。


No.811 8点 屍人荘の殺人
今村昌弘
(2017/12/16 22:04登録)
最初に断っておきますが、本作が新人初の三冠を達成したから読んだわけではありません。それは読み始めてから知りましたが、結果から言えば大変面白かったですね。読んで正解でした。

「カレーうどんは本格推理ではありません」というセリフから始まる導入部はこれから語られる本格ミステリのストーリーの楽しさを予感させ、ワクワクします。
そして異常な状況下での異常な連続殺人事件。加納朋子氏によれば、「新しい形のクローズドサークルですね」とのことだそうです。果たしてこれは人間の仕業なのかそれとも・・・。私のような能天気な読者にはとても真相には迫れません。
見事な手際で過不足なく伏線を拾い集めての解決には唸らざるを得ません。ほんの些細な出来事もおろそかにせず、読み解く覚悟が読者には必要です。これで「読者への挑戦状」でも挟まれていれば言うことなしでしたね。
プロの作家にすら「この手があったのか」と言わしめた新機軸の閉鎖空間。フーダニット、ハウダニット、ホワイダニット(これは犯人の告白によるもの)すべてを網羅した完璧なロジック。適度な緊迫感と少々のユーモア、ほのかな恋愛感情もこの傑作に花を添えています。


【ネタバレ】


主な登場人物の中に探偵らしき人物が二人いて、てっきり二人の名探偵による対決が見られるものと思っていましたが、残念ながら一人は意外な形で退場します。
個人的にははっすーさんと同じように、いなくなる探偵のほうに好感を抱いていたんですけど。それすらも作者の想定内だったんでしょうね。それにしても勿体ない気がしてなりません。
また、虫暮部さんがおっしゃるように、男に弄ばれたからといって二人も女子が自殺するのはちょっと不自然な感じがしました。


No.810 4点 ラガド 煉獄の教室
両角長彦
(2017/12/13 21:45登録)
第十三回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。

ある中学校の教室に男が侵入し、全生徒が見守る中、女子生徒を殺傷する。その男は、同じクラスの自殺した女子生徒の父親だった。それを警察が犯人を帯同させ再現するという導入部はなかなかに興味を惹かれるものでした。

しかし、全編を通していったい何がしたかったのかさっぱり分かりません。よってジャンル分けもその他にするしかないという感じです。
とにかく何もかも足りないところだらけで、まあ評価に値しない作品となってしまいますね。個性が足りない、文章のキレもいまひとつ、プロットもこなれていない、全体的に荒削り、謎の数々がそのまま説明されず残ってしまっているなど、数え上げればキリがありません。最も気に入らないのは面白みがないってことです。
これが「新感覚」と言えばそうなのかもしれませんが、やたら教室内の生徒の動きを表現した図解が挿入されており、正直ウザいです。唯一目新しさと言えばこれくらいでしょうか。読後感もカタルシスを得られるには程遠く、モヤモヤした気分しか残りません。
読み進めながら、そのうち何らかのサプライズが訪れるだろうなどと期待した自分がバカでした。デビュー作ということを差し引いても、褒められたものではないとの結論に達しました。


No.809 7点 世界は密室でできている。
舞城王太郎
(2017/12/10 22:15登録)
評判の悪かった『密室本』の中でもなかなかの逸品というか、珍品だと思います。デビュー作の『煙か土か食い物』が肌に合わなかったため、敬遠していました(多分一生読まないだろうと思っていた)が、これは読んで正解でした。おそらく評価や好き嫌いがはっきり分かれる小説だと思いますが、クセのある文体も慣れればそれなりに楽しめますし、突っ込みどころ満載ではありますが、バカミスを超えた馬鹿馬鹿しさも広い心で受け止めることができれば、十分ミステリとして成り立っていることが解ってきます。
次々に密室事件が起こりますが、正直その真相に対しては拍子抜けの感が否めません。しかし、その発想の突飛ぶりが際立って、なるほどと読者を力づくで納得させます。特に最後の密室は目を見張るものがあり、よくもこれだけのものを考えたと拍手を送りたくなりました。

また青春小説としても見るべきものがあり、友情、ほのかな恋心、お互い慰め合ったり励まし合ったりの人間関係など、主人公の友紀夫とルンババ、エノキの年相応の青臭さが胸に沁みます。
締めくくりも暖かな余韻を残す印象深いものとなっています。
こんなことなら食わず嫌いはやめて、せめて『九十九十九』だけでも読んでおけばよかったと今さらながら思います。現在絶版で入手困難なんですよね、残念です。


No.808 6点 ヴァルプルギスの火祭
三門鉄狼
(2017/12/07 22:00登録)
「面白ければ何でもアリなんです」とは本書に寄せた京極夏彦氏自身の言です。確かに面白いし、中禅寺秋彦、榎木津礼二郎、関口巽の孫たちが活躍するという時点で単なるパスティーシュから逸脱しているのも興味深いです。更に木場修斗という木場修太郎とは関係ないらしい刑事や青木刑事(多分名前だけ同じ)まで登場しますので、かつての『百鬼夜行シリーズ』のファンの方も納得だと思います。

本作の肝は『陰摩羅鬼の瑕』を土台にし、それを踏襲したうえでの「殺人事件」と本家からヒントを得た独創性のあるトリック、全篇を覆う由良家の異常性などです。
読んでいて何となく違和感を覚えるのは、そうした一連の流れの故です。

無論、榎木津玲菓は祖父ばりの特殊能力を発揮しますし、中禅寺秋穂は例の着流し姿で憑き物落としをおこないますし、関口辰哉はやや情緒不安定なところを垣間見せます。ちなみに高校生と中学生の彼と彼女らの口調は祖父にそっくりそのままと言っても差し支えありません。私は何度も本家の祖父たちが言葉を発しているような錯覚を覚えました。それほど似ているのです、つまり、作者の並々ならぬ『百鬼夜行シリーズ』への傾倒ぶりが伺えるという訳です。

何作か『薔薇十字叢書』を読みましたが、作品の出来、プロット、トリックなどは本作が最も優れていると思いました。京極堂(秋穂)の博識ぶりや立て板に水の如き論理も堂に入っており、シリーズ屈指の本家取りと言っても良い気がします。


No.807 7点 チェインドッグ
櫛木理宇
(2017/12/05 22:17登録)
主人公の筧井雅也は元は優等生だったが、今は鬱屈した生活を送る大学生。そんな彼の元に一通の手紙が届く。差出人は世間を震撼させたシリアルキラーの榛村大和。人当たりのいいベーカリーの店主として地元の人から愛されていた彼は、十代の少年少女を拷問、殺害した罪で五年前に逮捕されていた。二十四件にも及ぶ大量殺人容疑をかけられていたが、立件されたのは九件のみ。そのうちの一件だけは冤罪だと訴え、それを再調査して無罪を立証してほしいというのが榛村の願いだった。

『チェインドッグ』を改題文庫化された『死刑にいたる病』を読了。

雅也はまず過去の榛村を知る人々に聞き込み調査をおこないます。尋ねる人によって全く違った証言を得た雅也ですが、実際に本人と面会を重ねるにつれ、榛村に次第に惹かれていく自分に戸惑います。榛村は稀代の連続殺人鬼ではありますが、ある意味インフルエンサーとも言えると思います。彼は周囲の人々に少なからぬ影響を与え、時には精神的に支配してしまいます。それは洗脳にも似た人心掌握術であり、彼がただならぬ魅力を持っていることを証明します。
雅也は榛村の過去を探っていくうちに、意外な事実を知るにつれ、榛村の狙いが一体どこにあるのか、冤罪というのは本当なのか、冤罪だとしたら誰が真犯人なのかなど彼の真意に悩みます。こうした緊迫したムードが流れる中、雅也は自分の変化を周囲から指摘され、良くも悪くも榛村の支配下に置かれることに気付かないまま翻弄されます。

正直これほど面白いとは思いませんでした。題名も『死刑にいたる病』のほうがピンときますね。しかも、単行本のほうの装丁は誤解を招くおそれがありますので注意してください。過去の有名なシリアルキラーについても触れられており、そちらも興味深く読みました。ダークな雰囲気の本作は、本格ミステリとは言えないですが、本格好きにも勧められる作品であるのは間違いないと思います。


No.806 6点 月神の浅き夢
柴田よしき
(2017/12/02 22:05登録)
連続警察官殺害死体遺棄損壊事件-それは警視庁の若い男性刑事ばかりを狙った、猟奇的な事件だった。死体は両手足、性器を切断されて木に吊るされていた。この事件を解決するために、村上緑子は警視庁から要請を受ける。

女刑事RIKOシリーズの第三弾にして最終作。

主な登場人物だけで二十人を超えるなかなかの力作だと思います。警察関係者は勿論、容疑者、被害者と関係の強かった縁者、芸能プロダクション、暴力団、元刑事の私立探偵などが入り乱れて、捜査は混迷を極め迷走します。読んでいる途中でやはりこの作品はシリーズ第一作から順番に読むべきだと悟りました。主人公緑子の過去に関わりのあった人物が次々に登場し、本筋とは関係ないサイドストーリーやエピソードを織りなします。
描写力は確かなものがあり、各キャラの造形も見事に表現されています。また、本作は警察小説としての側面も無論ですが、緑子の刑事として母として人間として、そして女としての生き様を描いた小説としても捉えることができます。
二転三転するやや複雑なストーリーですが、大作のわりに事件そのものは意外と単純な構造なので、読み疲れたり飽きたりということはありません。
やや残念だったのは、殺害の動機が突き詰められていなかったことでしょうか。まあ納得がいかないというほどではないですけどね。


No.805 7点 猫探偵正太郎の冒険 1 -猫は密室でジャンプする-
柴田よしき
(2017/11/27 22:11登録)
猫あるあるや猫トリビアが満載でほのぼのとした連作短編集。

家で飼っていたトラ猫もこんなことを考えていたのだろうか、こんな気持ちで生活していたのだろうかなどと、ちょっと切なくなってしまいました。
取り敢えず猫好きは一読の価値ありです。

肝心のミステリに関しては、本格あり、倒叙物あり、悲しい人間ドラマありと、様々なジャンルが収録されています。個人的にお気に入りなのは『正太郎と花柄死紋の冒険』です。人間が殺されるのはミステリだから慣れていますが、猫が殺されるとなると話は別です。その痛々しさが胸を締め付けます。
トリックやどんでん返しにさほど見るべき点はありませんが、見事なストーリーテリングぶりで、非常に読み心地がいいと言いますか、女性作家ならではの柔らかいタッチが心に響いてきます。掉尾を飾る『正太郎と田舎の事件』は最長の作品ですが、この人はこんな本格的な密室も描けるんだという認識を新たにしました。
本来なら6点が妥当な線だと思いますが、正太郎の魅力と同居人の天然ボケぶりに加点しました。


No.804 6点 怪人二十面相 乱歩奇譚
黒史郎
(2017/11/24 22:17登録)
法が裁けない罪人を次々に《断罪》していく怪人二十面相。これらの「事件」は二十面相自ら焼身自殺を公開して幕を閉じたと思われていた。しかし、この事件を境に新たな後継者と名乗る者たちを生んでいた。心神耗弱により無実とされた変質者に妹を惨殺された加賀美刑事もまた・・・。

アニメ『乱歩奇譚』のノベライズ作品第二弾。

序盤の加賀美刑事と先輩である中村刑事の活躍が、いわゆる警察小説とは一線を画しており、これがたまらなく面白いのです。少々残酷なシーンがありますので、苦手な方は避けたほうがよいかとは思いますが。
後に高校生探偵の明智小五郎が登場しますが、こちらのストーリーはかなり風変わりな青春小説風で、同級生の浪越諒に対するいじめや彼との並々ならぬ友情が描かれています。勿論小林少年や『人間椅子』に出てきた羽柴も登場します。が、キャラクター小説としては優れているものの、やや物足りなさを感じたりもします。
ただ、最終章はそれぞれの視点から事件を振り返り、大変いい味を出しています。ああ、名探偵明智小五郎はこうして生まれたのか、いやそんな訳、ないですね。これはあくまで乱歩を敬愛してやまない人々によって生み出された「物語」なのですから。パスティッシュとはまた意味合いが違うと思いますね。


No.803 6点 乱歩城 人間椅子の国
黒史郎
(2017/11/21 22:14登録)
少年コバヤシは今日もアパート椋鹿館の屋根裏に裸で這い回り、住人たちの言動を覗き見ていた。或る日、不在の一人を除いて全ての住人が殺さているのを発見する(『屋根裏にも散歩者』より)。

江戸川乱歩の世界を大胆不敵にアレンジした、謎と狂気の乱舞する連作短編集。
椋鹿館の主は変態探偵の明智傷、若き女性です。先日書評した『人間椅子 乱歩奇譚』の高校生名探偵とは全くの別人です。コバヤシという少年も勿論中学生で明智の助手だった人物とは別人です。のちに少年は《屋根裏》と呼ばれるようになり、明智傷の助手となりますが、他にも老若男女の助手《目羅博士》《パノラマ島》《白昼夢》がいます。
明智傷は奇妙な殺人事件ばかりを選り、助手と共に解決に結び付けていきますが、これらを本格と考えると裏切られます。ですので、ここに収録されている短編は幻想が支配する妖しくも怪しい物語と捉えるのが正しいと思います。但し、ストーリー性はほとんどなきに等しく、それぞれの登場人物の産んだ奇妙奇天烈なホラ話といった趣が強いです。だからと言って、消化不良に終わるのかというとそうではなく、キッチリとオチはつきます。意外性はありませんが、人間の変態性を暴く明智のサディストのような探偵ぶりに、これまでにない強烈な読書体験をすることになります。
たまには変格探偵小説をという方にお勧めです。


No.802 6点 少女禁区
伴名練
(2017/11/18 22:05登録)
表題作と『chocolate blood,biscuit hearts.』の少し長めの短編二作から編成される小品。

『少女禁区』は呪術などが横行する異世界で、「私」が少女からあらゆる屈辱的な行為でおもちゃにされる物語。やや古めかしいテーマを扱ったジャパニーズ・ホラーですが、文章はそれなりにこなれており、独自の雰囲気は感じ取ることができました。
中盤まで先行きの見えない不安定感が逆に読者をページを捲らせます。そして巫女が出現する辺りから面白さが倍増し、ややベタですがいかにもな世界観が広がります。ミステリ的な一捻りもあり、ラストまで飽きることなく楽しめます。
最後のオチについてはありだと思いました。評者の荒俣氏は甘口すぎるとのご意見でしたが、確かにそれまでに伏線らしきものがほとんどなかったため致し方ないのかもしれません。ですが、私は悪くないと感じましたね。

『chocolate blood,biscuit hearts.』はネット広告サービスから身を起こし、世界的な大財閥にまでのし上がった、今は亡き父親の呪縛から逃れるために、姉弟が決死の想いで脱出に成功するというストーリーです。
彼らはまず大金を手に入れるため、非倫理的な、今でいうユーチューバーのような映像を提供していきます。
これはホラーと言うよりも、SF系のミステリの趣が強いと思います。こちらも捻りが効いており、その意味でも意外性が感じられる好編です。


No.801 4点 パンドラ 猟奇犯罪検死官・石上妙子
内藤了
(2017/11/17 21:56登録)
死神女史こと石上妙子の東大法医学研究室在籍時代。若き日の彼女は法医昆虫学者で客員教授のジョージと共に、少女連続失踪事件の謎に挑む。

「猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子シリーズ」のスピンオフ作品です。シリーズを読破した読者にしか分からない、若き日の石上妙子のこれまで明らかにされていなかった謎の部分が公になり、コアなファンはスッキリしたと思います。が、作品の出来はイマイチと感じました。
本作の一番の読みどころは石上の生き様でしょうか。彼女の内面を鋭く抉る描写は確かに読み応えがあります。そして興味深いのは、人間の死体に群がるシデムシの生態ですね。シデムシの母虫は幼虫を給餌して子供を育てるが、餌が無くなると子供を食い殺してしまうという、なんとも無慈悲で合理的な自然の法則は、読んでいて辟易とします。
しかし、肝心の少女連続殺人の犯人は【主な登場人物】を見ればほぼ分かってしまいますし、動機が謎のまま残ります。これはいかんでしょう。そしてもう一つの謎も謎のままです。パンドラの甕を空けたら最後に残ったのは希望ではなく謎だったではシャレになりません。これでは消化不良に終わるのは当然です。なぜAmazonであれほど高評価なのか私には理解できませんでした。
畢竟この小説は、石上妙子というキャラの魅力を楽しむための本だということなのだと思います。


No.800 6点 崩れる脳を抱きしめて
知念実希人
(2017/11/14 22:03登録)
医療ミステリとしても恋愛小説としても良作だと思います。思いますが、私にとっては若干低刺激と言いますか、もう一つ突き刺さるものがなかったのが残念です。あくまで個人的にですので、一般的にはもっと評価は高くなるのではないかと思いますが。

主人公の若き研修医、碓水蒼馬の初恋と脳腫瘍でいつ命が尽きてもおかしくないユカリの初々しくもほろ苦い交流。しかし、それを根底から揺るがす出来事が起こります。全般的に程よい起伏が感じられ、テンポよく物語は進行します。傷つきやすい蒼馬の揺れ動く内面を的確に捉える描写はさすがの手際ですね。

ラストにサプライズが待っていますが、ミステリ的にはありがちな趣向なので、ある程度ミステリを読み込んでいる人なら、容易に想像がつくでしょう。それをうまく隠しきれていないのと、やり方によってはもっと世界が反転する様を衝撃的に表現できたのではないかと思うと、やや不満が残ります。
ですが、一現役医師としての知識は勿論間違いないと思いますし、作家としての手腕を認めないわけにはいきませんね。


No.799 7点 人間椅子 乱歩奇譚
黒史郎
(2017/11/11 22:07登録)
始業前の教室。中学生の小林少年は目が覚めると、教壇の上に担任教師の死体が胡坐をかいて座っているのを目撃する。しかし、その死体には頭部が欠損しており、その姿はまるで椅子のようであった。
やがて容疑者として身柄を拘束された小林少年は、高校生で名探偵の明智に「自分の力でこの事件を解決して見せろ」と言われるが・・・。

本作はアニメのノベライズ作品です。原案は江戸川乱歩、原作は乱歩奇譚倶楽部だそうです。私もその辺りの事情には疎いので何とも言えませんが。いえ、ちょっと待ってください、そこの貴方。「所詮アニメだろう?そんなもの読めるかい」そう思われるのも分かりますが、これが意外と面白いのです。
乱歩とは方向性が違いますが、その変態的なスピリットは脈々と受け継がれています。人間でもない、椅子でもない、まさにそれは「人間椅子」であります。
ミステリとしては小粒に違いないですが、主にフーダニット、ホワイダニットに特化した優れた作品だと私は思います。少ない登場人物の中から果たして小林少年は誰を犯人として指摘するのか、そこにはしっかりと伏線が張られているのも高評価。
担任教師の心理状態、真犯人の心の闇なども克明に描かれており、単なる『人間椅子』をモチーフにしただけの紛い物とは事を異にします。


No.798 6点 優しい死神の飼い方
知念実希人
(2017/11/09 22:12登録)
ホスピス「丘の上病院」に余命幾ばくもない患者たちの未練を断ち切り、地縛霊とならないように派遣された死神。彼はなぜかゴールデンレトリバーの姿となり「仕事」に向かおうとするが、あまりの寒さのため死にかけのところを若い看護師菜穂に救われる。そしてホスピスに入り込むことに成功した死神は、患者の未練をその能力で探っていくが・・・。

第4章まではいわゆる日常の謎系ですが、それ以降物語はそれまでのハートフルな「いい話」から死神と菜穂の冒険活劇の様相を呈します。死神が救った三人の患者を始め、菜穂の父親である院長や彼女が憧れる医師の名城ら、個性的な登場人物はかなり上手く描き分けられており好感が持てます。
現状、このような口当たりの良い、まろやかで感動できるミステリが持て囃される時代なのでしょうが、まあ良し悪しは別として本サイトの本格好きなマニアには、間違ってもお薦めは出来ません。
しかし、悪食の私にとっては決して見逃すことのできない作品ではありました。エピローグは涙なくして読むことができません。
ただ、多産系の作家にありがちな文章の「軽さ」だけはいかんともしがたいものがあります。読みやすければ何でもいいという訳ではないと思いますので。さすがの私も。しかし、本作が一般読者に受けている理由は私なりに理解できる気がします。


【ネタバレ】


第1章に一点だけ、心理的に矛盾していると思われる箇所があります。命がけで好きな男を戦争から守るために駆け落ちしようとしている女が、大事なものを忘れるはずがないということです。


No.797 6点 奇偶
山口雅也
(2017/11/08 22:34登録)
一部では『匣の中の失楽』に次ぐ第五の奇書と呼ばれいているようですが、これは版元である講談社発信であり、一般には単なる奇書と呼称されるべき作品だと思います。
本格ミステリかどうかは意見の分かれるところだと思いますが、あまりに不確定性原理、確率論、人間原理などの衒学が溢れかえっており、その辺りが奇書と言われる所以なのでしょう。少なくともミステリであるのは間違いないですが、本格かどうかは疑問です。
奇偶とは奇数と偶数から転じて、丁半博打のことも意味します。そのタイトル通り、カジノのクラップスで4回連続六のゾロ目の奇跡に立ち会う主人公の火渡は、その4回すべてに賭けて勝ち続ける小人に取材したり、逆に負け続けた太極柄のネクタイの男がサイコロ型の電飾の落下により圧死したりするストーリーの流れは非常に興味深く読みました。
その夜、偶然眼の疾患により右目の視力を失う火渡は、偶然に次ぐ偶然に何らかの意味を見出そうと、新興宗教にのめり込んでいきます。
その後は面白いとか面白くないとかの次元を超えた奇書ぶりを発揮して、個人的には訳の分からなさが勝って、どう評価してよいのかすら判断できない状態です。

本作は山口雅也が残した、唯一の超異色作であり、ある意味氏最大のアダ花と言っても良い作品だと思います。


No.796 7点 がらくた少女と人喰い煙突
矢樹純
(2017/11/06 22:17登録)
がらくた集めが生きがいの中学三年生の少女、陶子。その前に現れた心理カウンセラーを名乗る桜木静流。彼は陶子の病名を強迫性貯蔵症と診断するが、実は彼も人に言えぬ神経性の疾患を抱えていた。
二人は治療と称して狗島という孤島に渡るが、到着したその日に陶子の伯父が首なし死体となって発見される。さらに彼らの前に四肢を切断された死体が・・・。

どことなく横溝正史ワールドを彷彿とさせる本作は、人を食ったようなタイトルとは裏腹に骨格のしっかりした本格ミステリです。それにしてもこのタイトルはミステリ読みの心をくすぐるかなりの吸引力を持ってはいませんか?
勿論、がらくた集めが事件の解決に有機的に結びつています。というのは大げさかもしれませんが、それなりの役割を果たしているのは確かです。また、桜木の相当風変わりな異常嗜好も大いに事件に関わってきます。そのため、余計な誤解を招いて混乱を引き起こす引き金にもなっていますが。
首なし死体の謎(なぜ切断されたのか)は、現実的に可能かどうかは別として、新たな切り口と言っても良いと思います。斬新かどうかは分かりませんが、少なくとも私のつたない読書経験上では初めてです。
二人目の死体の四肢切断の理由については、あまり期待を寄せないほうが賢明です。探偵である桜木自身もあまりそのことを重視していない雰囲気は感じましたので、まあそうだろうなと。

この作者の本業は漫画の原作らしいですが、そんなことしている場合じゃないでしょうよ。もっとミステリを書かなきゃダメでしょう。ちなみに本作がミステリは二作目のようです。

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