home

ミステリの祭典

login
臣さんの登録情報
平均点:5.90点 書評数:660件

プロフィール| 書評

No.480 3点 アンフェアな月
秦建日子
(2015/11/04 10:26登録)
生後3ヶ月の乳児誘拐事件が発生。犯人は見合った額を出せという。いちおう営利誘拐といえるのだろうが、イラストレーターとして働く母親との二人暮らしで、金に余裕があるわけではないのに、犯人はなぜ誘拐したのか。
この謎の提起の仕方はなかなかうまい。

数年前、「推理小説」を読み終えたとき、怖い物見たさに、同じ著者の作品をあと1冊だけ読もうと決意しました。そんな決意がなくても、喉元すぎれば熱さを忘れて、いずれ読んでいたとは思いますが(笑)。
じつは最近、同シリーズの映像版を鑑賞しました。つまらんはずなのに、このドラマ、意外に秀作かもと思ったことが、今回の読書のきっかけです。でもそのドラマは、秦氏ではない、他の脚本家の作品でした。やっぱりねw

真相はありがちな面と、予想外という面があり、全体としての評価は微妙。まあ並みのレベルか?
ただ、空白行を多く挟んだり、黒いページで白抜き文を入れたり、無言の会話文を連続させたりで、視覚的なテクニックが多すぎる。それによってサスペンスを際立たせているのか。いや、シンプルなプロットを複雑に見せようとしているだけでしょう。
商業的に成功した作品ですが、個人的な嗜好には、やはり合いませんでした。


No.479 6点 ヴァイオリン職人の探求と推理
ポール・アダム
(2015/10/30 10:46登録)
ヴァイオリンの名器に関する薀蓄が適度にあり、好ましい。
ストラディバリウスやグァルネリウスは楽器を超越し、もはやアンティークなのか。小説の中でも語られていたが、楽器としての価値が高いのに、弾きもせず、ただ集めて、人にも見せず飾っているだけなんて馬鹿げたことだ。
とはいえ多くの著名な演奏家も持っているわけだから、実用価値と骨董価値の両性を具備した芸術品ということか。
日本では、偽のストラディバリウスだと後でわかっても、堂々と、「音が気に入っている」と言ったすごいプロもいる。でも悔しかっただろうな。

本編の推理の対象は、イタリア内の離れた土地で相次いで起こった2つの殺人。被害者は、主人公の親友でもあるヴァイオリン職人と、変わり者の老コレクター。幻の名器の存在が事件の背景にあるのか?
事件を追うのは63歳のヴァイオリン職人・ジャンニと、若き刑事・グァスタフェステ。
捜査はけっこう広範囲にわたるせいか、遅々としている。でもこのゆったりとした流れがかえっていい。
ジャンニの、がつがつせず優しさのある人柄が小説の雰囲気に合っている。女性や子どもへの接し方もいい。酸いも甘いも噛み分けた域に達したということなのか。

謎解きを楽しむというほどではなかったが、小説としては十分な出来だった。


No.478 6点 魅入られた瞳
五十嵐貴久
(2015/10/19 10:07登録)
シリーズ第2弾
新人探偵・井上雅也は、やり手商社マンの美人妻を診療内科へ送迎する仕事を社長の金城から任される。
前半は雅也の情けない語りにユーモアがあり楽しめるが、総じて単調。後半は一転してスリリングな展開となり、ど派手なアクションもある。

作りがシンプルで、さらっと読める程度のミステリーです。読者が謎解きに参加するような話ではありません。が、やはりいつものように自分の脳力で推理していましたw

真相につながる伏線の書き込みがもう少しあってもいいかなとも思いますが、軽いテレビドラマ風の探偵モノなので、このぐらいが存外いいのでしょう。
シリーズ第1作も雅也の視点で、今回も彼の視点です。私立探偵社のわりに所帯が大きいので、他のメンバーの視点にしても面白いのではと思います。


No.477 4点 夜行観覧車
湊かなえ
(2015/10/13 10:00登録)
作者お得意の家族物です。
デビュー作の『告白』にはもちろんおよびません。ついにここまできたか、という感じさえします。
殺人ミステリーとするなら、その解決は解決らしくしてほしいものです。本題が動機に重点があるとしても、ラストは中途半端すぎる気がします。
超辛口ホームドラマとして読めば6点ぐらいにしていたかもしれませんが、殺人があれば、その殺人がどんなものであっても、やはり期待してしまうので、そんなふうに読むのはむつかしいでしょう。

数年前、テレビドラマを観ました。ラストの真相に拍子抜けはしましたが、その後じっくり考えて、これはこれで問題なし、と納得したものです。原作を、テレビ版と同程度かそれ以上だろうと期待していたのですが。


No.476 5点 母性
湊かなえ
(2015/10/13 09:34登録)
「母の手記」と、「娘の回想」と、さらにもう一人、だれだかわからない視点の「母性について」とで構成されている。
この母(主人公)と、娘(主人公)と、父親の3人家族は、台風で家と、母の母とを失い、父親の実家に住むことになるが、その実家の姑による母や娘に対するいじめがとにかくひどい。
父親がかばうかというとそうではないし、母親と娘がいたわりあうかというと、それもあまりない。
そんな希薄な家族関係の描写が面白いし、しかも複数視点で書いてあるから、謎めいていてなお面白い。
どうして3人で一致団結しないのか、というやきもきした気持ちにはなったが。

じつはこの家族関係の描写が、後半語られる驚愕?の真相の大きな伏線、ヒントになっています。
ミステリー的な作りや真相にはたよりなさが感じられますが、その他に訴えたいものがあったのでしょう。というか、なぜそうなったのか、というホワイの部分に主眼を置いたミステリー作品なのでしょう。
あっというまに読めますが、ミステリー的な味わいは、その後、じわじわとわき上がってきます。


No.475 5点 赤い館の秘密
A・A・ミルン
(2015/10/05 13:45登録)
『くまのプーさん』の作者が書いたミステリーということで有名な作品です。

注目すべき点は、ギリンガムとベヴリーのコンビによる、小説の全体に流れる穏やかな雰囲気でしょう。それに尽きます。
ようするに、サスペンスといってもハラハラするようなものはなく、謎解きミステリーとしても今となれば、褒めるべきところはほとんどない推理小説といえるでしょう。
とはいえ、探偵や警察の立場で誰が殺したのかということは考えずに、あくまでも小説の読者の立場で、館の主であるマークとはどんな人物なのか、そして彼はどこへ消えたのか、ただそれだけに着目して読めば、ミステリーとしての価値を見出せるかもしれません。

ところで、作者がこの作品を書いた理由は、ホームズへの対抗心からなのか、ホームズへの敬意からなのか、あるいはたんにユーモアで茶化したかっただけなのか、いずれだったのでしょうか。


No.474 6点 アヒルと鴨のコインロッカー
伊坂幸太郎
(2015/09/29 09:48登録)
いまや当代切っての超人気作家。本書は代表作と言えるが、どの作品も売れているようなので、どれもこれもが代表作なのかも。
身の周りや、いろんなところから、伊坂、伊坂・・・とうるさく聞こえてくる。
青春小説も青春ミステリーも好きだが、あまのじゃくの性格のせいか、この著者の作品を読みたいとはさほど思わないし、ほとんど読んでもいない。
世間で読まれていても、このサイトだけは別、と思っていたのに、こんなに書評数があるなんて意外だ。

たしかにこの種のミステリーを好むが、もっと驚きたいし、サプライズはラストにもっと近いほうがよい。
基本的には、刑事や私立探偵、素人探偵など、積極的に捜査する人物が登場する推理小説がよい。と言いながら、ミステリーもどきを多く初期登録しているじゃないか、と指摘されそうだがw

それに、伊坂にしろ、村上春樹にしろ、文学的に見てすぐれているのだろうか。これがまずよくわからん(そのくせ、村上さんにはノーベル賞を取ってもらいたい)。似ているとのうわさだが、それもよくわからん。伊坂や村上の小説は万人受けするのかなぁ。時代なのかなぁ。

ぼやきはこれぐらいにして、いつものように冷静(?)に評価すると
真相およびカットバック構成は、ミステリー的に〇。こういう構成はおおいに疑うべきなのに簡単にだまされてしまった。
さんざん文句を言いながら、そんなアホな、と言われそうだが、けなすところは少ない。


No.473 6点 緋色の迷宮
トマス・H・クック
(2015/09/24 10:43登録)
かつて読んだ記憶シリーズも、それ以外のものも、語り手の重苦しさはみな同じようなものと感じていたが、本作はちょっと違うような・・・。身近なテーマだったということだけなのかもしれません。

8歳の少女エイミーが行方不明になり、その直前に彼女のベビー・シッターをやっていた15歳のキースに疑いがかかる。キースは主人公エリックの息子で、やや引きこもりがちな少年。エリックの兄のウォーレンも、ホームで暮らす父親も、問題があるようだ。事件後、妻との間も次第にギクシャクしてくる。

本来ならエイミーは生きているのか、誘拐なのか殺人なのかということがいちばんのテーマになるはずだが、本書では、エリックと、疑いを持たれた息子や妻、兄、父との家族関係の描写に多くのページが割かれている。
家族を描いたサスペンス風味の一般小説という感じか。
こういった少女失踪事件も、視点を変えればこんな描き方ができるのだと感心した。テーマが万国共通の家族関係だから、主人公に感情移入しやすいはず。

ラストは予想外だった。やはりミステリーだった。
合格点だが、「緋色の記憶」には及ばず。


No.472 6点 紅楼の悪夢
ロバート・ファン・ヒューリック
(2015/09/05 13:49登録)
ディー判事は、立ち寄った楽園島で起きた密室事件をルオ知事に押しつけられて、部下のマーロンとともに捜査することになる。そして次の事件と、さらに30年前の事件も。
歓楽地の事件で、里正(村長、元締めみたいなものか)、花魁、妓女、博士、書生、骨董商など、雑多な人物たちが登場する。歓楽地で骨董商というのもなんか変な感じだな。

トリックよりもおもに人間関係の面白さがある。
いかにも悪そうなやつもいれば、そうでないのもいる。人物間のどろどろ感もある。マーロンたちのアクションの見せ場もある。
ディー判事の最後の謎解きはちょっとした驚きだった。伏線は軽すぎて忘れていたw

国内の安っぽい2時間ドラマにそのまま使えそうなストーリーだった。
総合的に見ても、軽さと、重さと、滑稽度(挿絵によるものか?)と、男女のせつなさとが混在したような、なんかバランスがイマイチのように感じた。
まあでもプロットには変化があって楽しめたほうかな。


No.471 5点 処刑までの十章
連城三紀彦
(2015/08/31 10:38登録)
少ない登場人物の中で、いったい誰がどんな役割を演じているのか、その辺りを探りながら読むのがいちばんでしょう。

突如蒸発した靖彦、その妻の純子、靖彦の弟の直行。残された二人がいっしょに聞き込みしながら、靖彦を捜索し、さらなる事件に遭遇する、それだけなら普通の推理小説だが、そこは連城氏らしい味付けになっていて、幻惑的なサスペンスが創出してあります。
互いに腹の探りあいに発展していくところや、登場人物の事件への関わり方が徐々に解明していくところは、それなりに楽しめます。

ただ、肝心要の謎の解明はあっけないし、それが事件にどう関わっているのかも中途半端な感があります。最後までもやもや感は拭い取れません。
結局、中途のサスペンスだけが唯一の楽しめる要素だったようで、総合的にはちょっと?という感じでした。


No.470 7点 リカ
五十嵐貴久
(2015/08/20 10:01登録)
小説の世界だけでなく、現代の実社会においてもありがちなこと(そんなわけはないと思いたい)。単純だけど本当に怖い話だった。

小説の中でも語られていることだが、インターネットというのは悪魔の住処。魑魅魍魎が跋扈するわけのわからない世界だ。
主人公がかかわりあった出会いサイトなどの疑わしいサイトにアクセスをしなくても、善意の利用者が、何らかの拍子で、交通事故のように被害をこうむることだってある。ということがわかっていても、便利だから使ってしまう。

しかしそれにしても、作者による、主人公を痛めつける技は凄い。もっと早めに気づけよ、他にも方法があるだろ、と言いたくもなるが、でも逃げ場なしにするからこそ面白い。
本編のラストも加筆したエピローグも特段のひねりはないので、ミステリ好きの読者よりも、重畳的に襲いかかってくる恐怖を楽しみたい方におすすめです。

リカの描き方があまいという意見もあるようだが、正体がはっきりしないからこその恐怖だってあるはず。
リカは実質的な主人公といってもよく、頭も良さそうだから、女版レクターのような位置づけで書いたのではないだろうか。
終わり方も怖いが、ある意味、続きがありそうなラストだ。調べてみると、『リターン』という続編があった。リカが成長して戻ってくるのだろうか?


No.469 4点 瀬戸内海殺人事件
草野唯雄
(2015/08/15 09:13登録)
タイトルは平凡ですが、かなりの変格です。
そもそも、なぜ、刑事でも私立探偵でもなく、失踪人の家族でもない、和久と明美というヘンテコな男女コンビが、捜査、捜索をしなければならないのか。しかも死体はない。
さらに、その捜査過程はちょっとした冒険小説みたいで、違和感がある。
そして最もおかしなことは、読者への挑戦がついていること。
二人のやりとりは軽妙、行動は滅茶苦茶だから、ユーモア小説かと思ってしまうぐらい。

解説にもありますが、著者は本格、サスペンス、ホラーなどを書く、作風が多彩な作家です。
大昔読んだ『山口線貴婦人号』がお気に入りで、本格物のヒット作を求めてときどき読んでいました。でも、炭鉱が舞台の作品が多く、あまりにも縁のない世界なためか、ほとんど記憶に残っていませんw

本作はお遊び感覚にも見えますが、初期に書かれたもので、いろいろと試してみたかったんだろうなと想像します。
仕掛けは抜群だと思いますが、物足りなさがそれを上回りました。


No.468 6点 幽霊座
横溝正史
(2015/08/07 09:40登録)
『幽霊座』『鴉』『トランプ台上の首』。金田一モノ中編3編が収録されている。

表題作は歌舞伎の世界が舞台。しかもその劇場、特に舞台裏の奈落が舞台となっている。舞台設定としては抜群だろう。映像化を狙ったような内容だ。
100ページ程度の話で、17年前の失踪事件から始まり、連続殺人も起き、派手な展開なのだが、やや尻すぼみ。舞台は日本的だが、いかにも海外ミステリーを参考にしているなという感じがする。
『鴉』。これも過去の失踪事件が発端となっている。『幽霊座』もそうだが、人間関係がミソ。これら2作は、その辺りを楽しむのがいいだろう。
『トランプ台上の首』はタイトルどおり、生首を見つけるところから始まる。なぜ、首だけが残してあったのか。その他、謎だらけで、ミステリーとしてはもっとも楽しめた。しかし、「蜘蛛」の謎は、ふつうに考えればわかるはず。

3作とも中編なのでやや物足りなさはあるが、横溝らしい雰囲気のある作品群といえる。
異なる作品でだが、等々力警部と磯川警部の両警部が登場するのも本書の楽しみの1つだ。


No.467 4点 ボトルネック
米澤穂信
(2015/08/03 10:03登録)
パラレルワールドを背景とした作品。
こちら側とあちら側。似ているけど、あちら側には自分はいない。そのあちら側に入り込んでしまう。
間違い探しという発想は面白い。SF要素、ファンタジー要素、青春小説要素があり、わりに好きなタイプなのだが、最終的には魅力を感じられなかった。
恋人の死の謎はあるが、その謎解きがメインではないし、ミステリーとしてもかなり苦しい。

あまり読まない作家さんなのでよくわかりませんが、人気のある作家さんにはちがいありません。
でも本作は、エンタテイメント作家なのに、読者のことを考えずに、自己満足的に、いかにも売れないように書いてしまったのでは、と思います。
一流のエンタテイメント作家なら、たとえば東野氏や宮部氏なら、自分の満足のために、つまらない作品を書きたいと思っても、その気持ちをぐっと抑えて、まず読者を楽しませることを第一義に考えるはずです。
着想がいいだけに惜しい気がします。


No.466 6点
小杉健治
(2015/07/28 09:35登録)
第41回日本推理作家協会賞受賞作。残念ながら直木賞は逃している。

夫殺しで裁かれる弓丘奈緒子。本人は殺しは認めるが、その動機に起因するであろう自身の不倫は認めない。一方、水木弁護士から引き継いだ原島弁護士は、無罪を主張する。夫には愛人がいる。奈緒子には隠された家族的な過去がある。そのあたりが関係しそうなのだが・・・。

裁判の一部始終が、子どものころ奈緒子に憧れを抱いていた取材記者の視点で語られる、終始、法廷場面という作品です。
一般の推理物なら刑事や探偵の聞き込みがあるし、法廷物であっても弁護士らによる調査があるのがふつうです。苦労して得た事実の積み重ねが読者を納得させるものですが、本作にはそれがいっさいありません。これを都合よすぎると感じないではない。
しかも、本作のような味もあり重みもある話は、文章もそれなりに重苦しくしたほうがいいのではとも思います。読みやすいことに文句を言うのはちょっとぜいたくかもw
とはいえ、広範囲の方々におススメできる作品といえるでしょう。


No.465 5点 櫻子さんの足下には死体が埋まっている 
太田紫織
(2015/07/23 09:26登録)
定義ははっきりしないが、まさにライト文芸だろう。
お嬢様・九条櫻子は骨が大好きな骨収集家。この櫻子さんと、語り手の高校生・館脇とが日常の中で人の死に関わる事件に遭遇し、その事件を短時間で解決する、連作推理モノ。

櫻子さんは安楽椅子探偵的に、あくまでも第三者の立場から事件に関わり、さらっと核心を披露するが、ワンポイント推理なので、読者がその推理を楽しむほどではないし、あっと驚くようなこともない。推理小説として見ればイマイチな出来かも。
やはり、会話などを楽しむためのキャラクタ小説なのだろう。

櫻子さんのキャラはたしかに新鮮ではある。
話し方からは宝塚の男役を連想するし、そんなトーンの声が聞こえてきそうな気もする。
館脇からすれば美人で笑顔が素敵だそうだが、魅力的かというと、かなり微妙だなぁ???
男目線からすれば、櫻子さんのあわてふためく姿を時折り見せたほうが可愛げがあってよいと思うのだが・・・。
女性なのでなんとなく「櫻子さん」と敬称を付けたが、呼び捨てで十分だったかも。


No.464 6点 フランス白粉の秘密
エラリイ・クイーン
(2015/07/16 13:28登録)
地道な探索や聞き込みにより手がかりが開示されていき、真相に近づいていく、現代ミステリーのお手本のような推理小説らしい推理小説です。

今風のミステリーを読みなれているので、途中で他の事件が起きたり、探偵が危機に陥ったりするサスペンス要素が足りないように感じますし、時間軸の交錯や多重的な描写がなく、ストーリーが平板な印象も受けます。
でも、サスペンス性が豊富すぎれば物語が面白くなりすぎて謎解きどころではなくなるし、凝った構成であればさらに話がこんがらがるので、この程度が存外いいのでしょう。
物語の流れは悪くなく、それが物語性をカバーしていてスムーズに読めるので、十分です。

解決編は、その理由付けは違うだろうというのがあり、死体隠しに関する謎がちょっとましかなという程度です。最後の演出もあり見せ場ではありますが、解決編にいたるまでの道筋のほうが楽しめたように思います。まあでも、これだけのページを割いて説明してくれれば、降参するしかありませんね。
現代の小説を読んだときには、もっとちゃんと説明しろと思うこともありますから、丁寧すぎることにマイナス要素はありません。


No.463 7点 交渉人
五十嵐貴久
(2015/07/04 12:34登録)
病院に立て籠もるコンビニ強盗たち。彼らに対峙するのは、交渉人の石田警視正。彼には、かつての部下である女性警部・遠野が補佐としてつく。
交渉は難航しながらも、解決へ向けてたんたんと進んでいく。
そして解決へ、という流れのはずだったが、事件は思わぬ展開へ・・・

渾身の力をこめて書いたデビュー作、ではなく2作目だったようです。
最終ページには参考文献まで掲載されています。気負いも感じられるし、十分に準備し、推敲して書いた、賞に応募したのではないかというほどの作品だと思っていたのですが。
最近読んだ「南青山骨董通り探偵社」は、著者がベテランの域に入って書いた、余裕の箸休め的な作品ということなのでしょう。

(以下、ネタばらし傾向な文章となっています)

石田の交渉には余裕がある。米映画の「交渉人」の交渉にくらべれば、たしかにゆったりしている。
でも個人的には、遠野警部が不振がらずに補佐していたわけだから、作中における「交渉人」の仕事を疑うことはなかった。
むしろ、すさまじい筆力に感心するばかりだった。
ただ動機はありきたり。しかもその動機を終盤に延々と語るのは、あまりにも普通すぎる。
そこにドラマがあるのだけど、さらにひと工夫ほしいな、という感じはした。

かなりの出来だと思っているが、これまでの書評を見ると、そうではないような感じもする。
たぶん、否定的な書評から読み取れる本書のミスは、交渉人の仕事はこんなものだと、遠野警部の視点を交えて念を押しながら描いてあるのに、その仕事があまりにもゆったりとスムーズに進むので、早い段階でこんな仕事じゃないはずと読者に思わせてしまったこと。だから、きっと犯人はアイツだろう、ということになるのだろう。
これが著者のわずかなミス。

まあでも、超弩級・社会派警察サスペンス作品だとは思います。


No.462 6点 二重逆転の殺意
姉小路祐
(2015/06/29 10:00登録)
たいそうなタイトルだなあ。見当たり捜査ってなんだろうか?

序盤は題名に似合わず、警察官による、大阪のお笑いの雰囲気が漂っている。
70ページをすぎたあたりで、大阪からかけ離れた青海埠頭で企業再建という詐欺に絡んだ殺人が起こり、推理小説らしくなる。
中盤以降は、種々の事象が事件に絡み合うかのように、はげしく場面が変化していく。変化があるわりには読みやすい。しっかりとしたプロットによるものだろう。

見当たり捜査とは、全国の指名手配犯の顔写真を手帳に貼り、特徴を頭に叩き込み、街を歩きながら犯人を見つけるという、大阪の捜査共助課の仕事。だから捜査員は全国の都道府県警察の手伝いをするだけで、担当事件を持たない。
そこの署員、浦石らによる見当たり捜査と、浦石の妻である、生活安全部の姫子による少女補導とが、青海の殺人事件へとつながっていく。
犯人はあっさりと逮捕されるが、じつは、このあとの裁判で驚愕の事実が明かされていく。

終始退屈することなく面白く読めた。
導入部は、回想による人物描写など十分すぎるほどの説明があるから、とてもわかりやすい。エンタテイメント小説の導入部の書き方として上等だと思ったが、ていねいすぎるので「文学」とはほど遠いようにも感じた(あくまでも素人目線)。調べてみると、横溝正史ミステリ大賞佳作を受賞しているが直木賞とは縁がなかったようだ。
でも、読みやすくストーリーもいいので、2時間ドラマ御用達の大衆小説家としては、これで十分。著名性は西村京太郎、内田康夫、和久峻三には及ばないが、彼らを追いかけて量産型のエンタメ作家を目指してほしい。

仕掛けはよく使われるアレ。工夫はあるが、タイトルがネタバレ気味なところが惜しい。


No.461 8点 オリエント急行の殺人
アガサ・クリスティー
(2015/06/23 09:56登録)
列車内での殺人。犯人は10数人の乗客、乗員の中の誰なのか。
クリスティー作品の中でも人気の作品。
仕掛けが有名で、その後の流用もあります。
好きな点、上手い点としては、被害者が一人ということ、ポワロの最初の推理の対象人物があの人だったこと、そしてポワロの謎解きの締めくくり方、ですね。

本作は2度読み、3度読みにも耐えられる内容となっています。
といっても、伏線を確認しながらという理由ではなく、つぎのように解釈したからです。

この作品はじつは、ミステリーというよりはむしろ
(ここから少しネタバレ風)

忠臣蔵なんですね。
直近の年末か年始にテレビで放映された、三谷幸喜版の「オリエント」を観て、そう思いました。
このドラマには第2部があって、そこで、あだ討ち(殺人の実行)までのエピソードが明かされる。これが第1部と同じぐらいに面白い。
こんな作り方、楽しみ方もあるのだなと感心しました。そして今回の再読。
背景を想像しながら再読すれば、忠臣蔵と同じように、なんどでも楽しめます。

当然ですが、本格ミステリーとしての価値は、仕掛けを知らずに読む1回目にあります。
その際に、フェアと感じるか、アンフェアと感じるかは読者しだい。
私は、本書が本格ミステリーであると標榜する以上、アンフェアと判断されてもしかたなしとは思います。が、それでも当時楽しめたので、潜在的に忠臣蔵を感じとっていたのかもしれませんw

以上の理由で、再読でも面白い。
本作のジャンルは、本格ミステリーではなく、本格ミステリー風復讐モノ超娯楽作品なのです。

好きな作品なので以上のように擁護しましたが、正直なところ、再読はやはりねぇ~(笑)。

660中の書評を表示しています 181 - 200