空さんの登録情報 | |
---|---|
平均点:6.12点 | 書評数:1530件 |
No.950 | 7点 | 黒の殺人鬼 チェスター・ハイムズ |
(2017/04/09 23:34登録) 棺桶&墓掘りコンビシリーズを読むのはこれが2冊目。前回読んだシリーズ第2作の『狂った殺し』では意外にまともに警察小説っぽい感じだった2人でしたが、この第5作では派手に暴れまくってくれます。と言うか、相手がとんでもないことをしでかすので、彼等も普通に対応をしてはいられないようなところもあります。事件の重要関係者を逮捕する場面の乱闘も相当なものですが、雪の街でのカーチェイスには驚かされました。映画『オーメン』の有名ショッキング・シーンにさらに途方もない状況を加えた出来事が起こり、しかも本作の方が10年以上早い! 2人の荒くれ刑事も、これには愕然としています。 終盤近くなるまで、こんな事件をどうまとめるのだろうと心配しいたのですが、突っ込みどころはいろいろあるものの、とりあえずまとまった説明をつけてくれていました。片岡義男の訳文(セリフ)は自然とは言えないのですが、味があります。 |
No.949 | 6点 | 絶叫 リンダ・フェアスタイン |
(2017/04/02 22:50登録) アレクサンドラ・クーパー検事補シリーズの第2作。通常はアレックスと呼ばれていて(仲の良いマイク・チャップマン刑事は「クープ」なんて呼んだりもしていますけど)、それだと巻末解説にも書かれているように、性別がはっきりしません。原題の "Likely to Die" は、たぶん作中で「"まず助からない" という状態」と訳されているものなのでしょう。 この作家、コーンウェルに絶賛されたそうですし、解説でもアレックスはケイ・スカーペッタ検屍官と比較されていますけれど、本作を読んだ限りでは、それは表面的な設定上の共通点に過ぎないと思えました。コーンウェルみたいないかにもなエンタテインメント小説ではなく、リアルなモジュラー型警察小説タイプで、じっくり型、そして文章も緻密です。 ただ犯人判明シーンだけは、唐突なご都合主義偶然(犯人がその日時まで待った理由が全く不明)なのががっかりでしたが。 |
No.948 | 5点 | 密室の訪問者 中町信 |
(2017/03/29 23:28登録) 惜しい作品だなあ、というのが読み終わっての第一印象でした。 タイトルの密室―というより密閉された庭でしょうか―での殺人のアイディアは、プロローグの明らかな叙述トリックをうまく生かして(この叙述トリックは誰でも気づきそうですが、さらにひねりを加えています)、切れ味があります。現実には時間的に問題がありそうですが、犬が鳴いた、また鳴かなかった理由もうまく説明されていて、発想には感心させられます。またその前に起こる「事故」の真相も意外で、関係者が事実を隠していた理由も納得できます。さらにダイイング・メッセージについては引き出しに関する推理が鮮やか。 と、アイディアについては褒めるところも多いのです。しかし「事故」のあまりの偶然、メッセージの不自然さ、密室殺人後に起こる連続殺人の安易さ、小説としての薄っぺらさなど、不満もまた満載なのです。 |
No.947 | 6点 | ピアノ・ソナタ S・J・ローザン |
(2017/03/25 10:19登録) 邦題のピアノ・ソナタは、シューベルト最晩年の変ロ長調(第21番)で、本作の語り手であり中心探偵役のビル・スミスが練習している曲です。個人的にはピアノ曲ならむしろショパンなどの小曲を聴きたいところなのですが。そのショパンの演奏をビルは、殺人事件の捜査で表向き警備員としてもぐり込んだ老人ホームで聴くことになります。弾き手の老婦人アイダは、ビルの聴き方で彼がピアノを弾くことを見抜きます。邦題に加えそんなこともあり、音楽が何らかの伏線になっているのかと思っていたら、そうではありませんでした。ただアイダはなかなか魅力的な人物で、ビルが事件の背景を知るきっかけを作ることにもなります。 ハードさも穏やかさも兼ね備えた作品で、おもしろいことは間違いないのですが、真犯人を指摘するビルの「推理」が実際には根拠不足なのと、悪人たちが最初から悪人らしすぎるのは気になりました。 |
No.946 | 6点 | 守銭奴の遺産 イーデン・フィルポッツ |
(2017/03/21 22:12登録) 「別冊宝石」に『密室の守銭奴』のタイトルで収録された抄訳(1953年3月)を読んだことはあるのですが、こんなストーリーだったっけ… その旧題の密室トリック、巻末解説では、「この作の弱点ともいえる」とし、密室ミステリ研究科ロバート・エイディが酷評していることも述べていますが、原理的にはそんなにひどいとは思いません。最近本格黄金時代の某巨匠1930年代後半の大作を読んだ時にも、本作のトリックとの類似性を感じたものです。その某作品(密室ではない)では蓋然性と伏線に充分気を配っていたのに対し、本作では細部がおろそかで図版もなく説明不足のため、ほとんど実現不可能に思えてしまうのでしょう。 一方犯人の人格造形と動機は、非常に印象的です。ただ犯人の二面性ということについては、チャンドラーの『プレイバック』の名セリフだって、そう言えるのではないかとも思ってしまうのですが。 |
No.945 | 5点 | 雷鳥九号(サスペンス・トレイン)殺人事件 西村京太郎 |
(2017/03/16 23:36登録) 中編の表題作と短編4編を収録、光文社文庫ではトラベル・ミステリー傑作集となっています。 表題作は犯人にではなく、凶器の拳銃にアリバイがあるというアイディアを使っています。最初の(犯行時刻では後の)殺人の状況から、方法の原理は予測がつきますが、おもしろい効果はあります。とはいえ、もう一つの殺人の死亡日時推定にそんな正確さはあり得ないでしょう。また犯人は、クリスティーを始めとしていくつも前例のある企みを狙っているのですが、その企みがあからさまで、しかも法律的に危険極まりないと思われるのも、有名前例作に比べると、細部への配慮に欠けていると言わざるを得ません。 他の短編では『幻の特急を見た』が、十津川警部が普通とは逆に容疑者のアリバイを証明するという発想がおもしろいと思いました。『夜行列車「日本海」の謎』は十津川警部の直子夫人に殺人容疑がかかるのが楽しめます。 |
No.944 | 6点 | 狩りの風よ吹け スティーヴ・ハミルトン |
(2017/03/12 22:53登録) 元マイナーリーグのキャッチャーで、その後警察官の経験もある私立探偵アレックス・マクナイトのシリーズ第3作、ということになりますが、アレックスは人探しを依頼してきた30年ぶりの旧友ランディーに、自分が「本物の探偵じゃない」と言っています。私立探偵の許可証を持っていることを、しぶしぶ認めるハードボイルドの探偵役というのも、妙に笑えます。 そんなとぼけぶりが、ピッチャーだったランディーとの会話にも表れていて、ランディーの昔の恋人探しの二人旅はしゃれたハードボイルドらしく、大いに楽しめます。 それが途中から一転、ハードな内容になってきて、ランディーは散弾を受けて入院、その後意外な人間関係が明らかになってきます。ただ、真相がそうなら、以前のその人物の言動は不自然だったのではないかと思えるところが散見され、また終わり方があいまいさを残したままなところは気になりました。 |
No.943 | 5点 | 二度殺された女 ドロシー・ユーナック |
(2017/03/09 23:12登録) いかにも力作という感じはします。しかし… 夜のニューヨーク住宅街路上で看護師が「二度殺された」事件、そのタイトルが表す意味がテーマの作品かと思いながら読み進んでいったのですが、半分ぐらいで犯人が(別件で)逮捕されてからは話が妙な方向にねじれていきます。最後の方は、警察小説の分野には収まらないほど話が大きくなっています。最初の、深く掘り下げてもらいたかったテーマが霞んでしまい、おそらくそれ以上に深刻でありながら、むしろ平凡ともいえる問題にすり替えられ、さらにクライマックスはリアリティが希薄になってしまっているのです。 特にテーマがそれるきっかけになる第29章で突然明かされる内容は、そのことに今まで誰も気づかなかったなんて考えられず、ばかばかしくなってしまいます。主役の女刑事ミランダの最後まで毅然とした態度はいいのですが。 |
No.942 | 6点 | 伽羅の橋 叶紙器 |
(2017/03/04 18:09登録) 第2回ばらのまち福山ミステリ文学新人賞受賞作です。 選者の島田荘司は「この作者は、いうなれば下手糞なボクサーであった。…(中略)…しかし、目の覚めるような右ストレートだけを持っていた。」と評して、その破壊力を褒めています。しかしこの必殺パンチをトリックや意外性と勘違いしてはいけません。第11章の、ヘリコプターで空撮される大阪のある情景、その迫力ある描写とそれに続く場面こそが本作のハイライトです。これは確かに島田荘司が好みそうなシーンだと思えます。 登場人物たちに語らせる昭和20年終戦直前の出来事も生々しく伝わってくるのですが、受賞後にたぶんかなり手を加えられたと思われるのに、完成度の点ではまだかなり不満は残ります。謎解きシーンの挿入の仕方もそうですし、また主人公四条典座(のりこ)のキャラ、「あ、あの」の連発はコメディならいいのですが、この深刻なテーマには合いません。 |
No.941 | 5点 | 脅迫 ビル・プロンジーニ |
(2017/02/28 21:34登録) 名無しのオプ第7作(共作含む)の原題は "hoodwink"、動詞で「だます」という意味です。少なくとも本作に関しては、邦題の方が内容に合っています。第3作『殺意』(未読)にも登場した作家ダンサーから、妙な脅迫のことを聞かされるところから話は始まるわけですから。この脅迫の意味が分かれば、事件全体の構造もある程度見えてくるという仕組みです。 第1回のシェイマス賞の受賞作ですが、パルプ・マガジンの大会が背景となっていて、パルプ・マガジンへのオマージュに満ちているところが特に好まれたのかもしれません。スペードやマーロウの名前が繰り返し出てきて、ほとんどハードボイルドのパロディと言ってもよさそうなぐらいです。まあ密室殺人ですから、カーへの言及もあるのですが。2つ目の密室トリックはアメリカ超有名作家の某作品と似た発想ですが、小屋内部の状態が読者にわかりにくいのが難点でしょうか。 |
No.940 | 5点 | フレッチ/死の演出 グレゴリー・マクドナルド |
(2017/02/24 22:46登録) 一応ユーモア・ミステリとして登録しましたが、人によって当然笑いのツボは異なるにしても、吹き出すとか大笑いするとかいった感じはありません。気の利いたセリフやリアクションでニヤニヤさせる、あるいは本来なら困った状況もユーモラスに捉えてみせるタイプと言えるでしょうか。まあ、フレッチがモクシーとその父親を一種の避難場所として密かに連れて行った家に、大勢の映画関係者が押しかけて来るはめになるあたりが最も単純に笑えるシーンでしょうか。 これまた一応ですが、メインになる殺人は不可能犯罪です。浜辺で数台のカメラに捉えられていた映画プロデューサーが刺殺されながら、刺された方法がわからないという謎です。ところがその不可能性が、あいまいな印象を受けるのです。途中で殺人方法についての議論も出てくるのですが、殺人状況設定が明確にされていないのが、トリック自体の出来よりも不満でした。 |
No.939 | 6点 | パリ症候群 岸田るり子 |
(2017/02/20 21:58登録) フランスを舞台にした5編を収めた短編集で、『砂の住人1―クロテロワ―』と『砂の住人2―依頼人―』とは、当然密接な関係があります。その2編と冒頭の表題作はシンプルな話で、特に表題作はミステリと言えるかどうか疑問なほどです。パリで自殺したいとこの動機は何だったのかということで、実に地味なのです。この表題作と『砂の住人2』は1冊の本にまとめるにあたっての書き下ろしで、『砂の住人2』は1の補完であるとともに、表題作のチョイ役を主役にした作品でもあります。 後の『すべては二人のために』と『青い絹の人形』は逆に、どちらも多少強引かなと思える真相が一応明かされた後に、さらにシニカルなひねりを加えています。どちらかというと、最初の3作のシンプルさの方が、個人的には好みではあります。 ちなみに、表題作で言及される日本語情報誌 "Ovni" とは、Objet Volant(英語のFlying) Non Identifié の略、つまり未確認飛行物体のことです。 |
No.938 | 6点 | 仕立て屋の恋 ジョルジュ・シムノン |
(2017/02/16 19:56登録) 先に映画を見た後で読んだ作品の再読。 パトリス・ルコント監督による映画の原題は、"Monsieur Hire"(イール氏)で、小説の原題よりさらにそっけないものです。コメディー映画から出発したこの監督の才能を証明する作品として絶賛された映画は、仕立て屋イール氏を演じるミシェル・ブランとその店を映す冒頭からどきっとさせるような映像派ぶりを発揮してくれます。小説の方の職業設定には、臣さんも書かれているように、実はこの邦題は合いません。 本書カバー写真からもわかるとおり、主役のブランは禿ですがむしろエレガントな紳士的風貌なのに、小説では「変人で、落ちつきがない」人物に描かれています。また小説ではだらしなさそうなアリス役のサンドリーヌ・ボネールは清楚な感じで、どちらも小説の印象とはかなり違います。 なお、本作はデュヴィヴィエ監督により "Panique" のタイトルで1946年に最初に映画化されています。 |
No.937 | 5点 | 三つの道 ロス・マクドナルド |
(2017/02/12 22:43登録) 最初ケネス・ミラー名義で発表された第4作は、まさにハードボイルドだった前作『青いジャングル』とは全く異なり、記憶喪失を扱ったプロットだけ見れば、書き方によっては奥さんのマーガレット・ミラー風にもなりそうな、サスペンスものでした。まあアクション・シーンもありますし、さらに主人公が愛より大切なものは「正義だ」と言ったりもするのですが、「本とか映画のなかをのぞいては、正義なんかどこにもないわ」と反論されています。 三人称形式で何人かの主要登場人物の視点を切り替えていく手法は、ミステリ的な狙いとしてはわかるのですが、全体的なまとまりという点では疑問です。かなり早い段階で、真相の見当はついてしまう読者が多いでしょうが、最終章のまとめ方は、意外でした。 なお井上勇の翻訳は、ヴァン・ダインやクイーンはかなり好きなのですが、ロス・マクについては相性が悪いように思えました。 |
No.936 | 5点 | 奥入瀬殺人渓流 梓林太郎 |
(2017/02/08 23:50登録) 梓林太郎を読むのは本作が3冊目ですが、初めてのアリバイ崩しものでした。トラベルミステリに多い時刻表の盲点を使ったものではありませんが、列車にどうやったら間に合うかという図々しいトリックもあります。 長野で山岳救助隊員である紫門一鬼(しもんいっき)を探偵役とするシリーズの第1作だそうで、北アルプスで起こった遭難事件に疑問を感じたことから、個人的に調査を進めていくという展開です。仕事の合間に少しずつ関係者に質問を重ねていくのですから、かなり長期間の調査です。 で、タイトルの奥入瀬渓流(青森県)での殺人は、その過程で関係ありそうな過去の事件として登場してきます。これは刺殺なのですが、他の事件は事故として片づけられていたもので、たとえ犯人の自白があっても、殺人として起訴できるかどうか疑問なほど不確実な殺人方法(未必の故意があると言えるか…)でした。 |
No.935 | 8点 | 忙しい蜜月旅行 ドロシー・L・セイヤーズ |
(2017/02/03 21:45登録) ポケミス版の深井淳訳での読了ですが、初版1958年という古さにもかかわらずこなれた訳は気持ちよく読めました。しばしば引用されるシェイクスピア等で使われる古語もかえってアクセントになっていると思えます。 実はセイヤーズ、恥ずかしながら初読です。それなのに最終作からというのも、単なる気まぐれでして。食わず嫌いだったわけではなく、セイヤーズが次々に創元から翻訳されていたのが、個人的にミステリから離れていた時期にちょうど重なっていたせいなのです。 「推理によって中断される恋愛小説」というサブタイトルを付けたり、作者前書きの中で「この恋物語は探偵小説にはまったくの余計な筋だという人もありました。わたしもその一人です」なんていうふざけた調子を楽しんでいたら、真相解明後の祝婚後曲ではぐっとシリアスになってくれます。Tetchyさんみたいにシリーズをずっと追っていなくても、充分楽しめました。 |
No.934 | 6点 | ドリンダが踊るとき ブレット・ハリデイ |
(2017/01/30 22:20登録) マイケル・シェーンのシリーズ第20作。まあそれまでの作品で邦訳があるのは6割程度ですが。 前半は、ヌード・ダンサーをしているドリンダをめぐり、調査というよりトラブル解決にシェーンが奔走する話で、ハードボイルドらしい感じで進んでいくのですが、その事件が解決しないまま、巻半ばでドリンダとは無関係な殺人事件が起こるという筋書きになっています。だからと言って単なるモジュラー型ではないのは、謎解き要素にもこだわる作者らしい企みです。 トリックそのものにはかなり早い段階で気づいてしまったのですが、これは古典的なパターンに則っているからであり、出来は悪くありません。ただし、シェーンによる最後の推理部分より前に、これでは誰でも真相の見当がすぐについてしまうのではないかと思えるようなことが書かれているのは気になりました。その部分は入れる必要はなかったでしょう。 |
No.933 | 6点 | 鷗外の婢 松本清張 |
(2017/01/26 17:58登録) 収められた2編どちらも160ページぐらいで、長編と呼ぶにはちょっと短い作品です。 『書道教授』は犯罪小説で、中心となるのは浮気をした挙句、相手の女を殺してしまうという、ごくありふれた話です。かなり早い段階から、彼が後に警察に語った内容を書いていて、その点ではひねりなどないことを作者は明示しています。ところがそこに書道教授を登場させることによって、謎解き的な要素も盛り込み、またずうずうしい死体処理のアイディアを入れているところがおもしろくできているのです。 一方表題作は、それとは全く異なるタイプの作品です。「婢(ひ)」の訓読みは「はしため」、作中で「いまでいうお手伝いさん」であると説明されています。鴎外か小倉に軍医部長として赴任していた時の女中のことを主人公が調べていくうちに、古代史がらみになり、事実と虚構の境がはっきりしないところがおもしろい作品でした。 |
No.932 | 6点 | 揺りかごが落ちる メアリ・H・クラーク |
(2017/01/22 22:38登録) メアリ・H・クラークの第3作。この作家は初読ですが、本書はいかにもサスペンス小説らしい作品でした。 タイム・リミット、ご都合主義が過ぎない程度の偶然、捜査側と殺人犯側、両方の視点を交差させて描きながら、とりあえず謎(犯人の過去の秘密)を終盤まで保持する構成、それに絡む当時のたぶん最先端技術についての問題提起などが盛り込まれています。安易に何でも適当に取り込んでというのではなく、程よくブレンドされていて、前半はむしろじっくり、その後タイム・リミットに向けてのサスペンス盛り上げと、とりあえず文句はありません。 ジャンルは違いますが、どことなくコーンウェルにも通じるような小説技巧が感じられます。miniさんが第2作『誰かが見ている』について、完璧すぎて欠点がないのがかえって弱点と書かれていますが、確かにそう言えるかもしれないような作風です。 |
No.931 | 5点 | 黒い金魚 E・S・ガードナー |
(2017/01/16 23:46登録) 原題は "The Case of the Golddigger's Purse"。 金鉱探しと何の関係があるのだろうと思っていたのですが、辞書を引いてみると、gold digger には金目当ての女の意味もあるんですね。なるほど、それならメイスンが弁護することになる被告人のことで、納得いきます。 その女を弁護することになるまでの展開がかなり複雑な事件です。邦題の黒い金魚に関する最初の依頼は殺されることになる男からのもので、さらに殺人事件の後もいろいろあって、メイスンとしては逮捕されたその女の弁護を、依頼を受けたからでなく自ら買って出ざるを得なくなるのです。そこまでは充分楽しめるのですが、予備審問が終わる前に結局解き明かされる事件の真相はさすがに複雑にし過ぎです。 また、決定的証拠と思える被告人の指紋の件も、またもう一つ被告人に不利な時刻の件も、このようないい加減なご都合主義はいただけません。 |