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ミステリの祭典

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僧正殺人事件

作家 S・S・ヴァン・ダイン
出版日1950年01月
平均点6.61点
書評数36人

No.36 8点 SU
(2023/07/04 18:25登録)
マザー・グースの歌詞に彩られた死体が次々と登場する。読者は童謡が語り掛ける「無邪気な死」と実際の「無残な死」を同時に目の当たりにする。そのギャップはいつの間にか渾然一体となり、作品に緊迫した空気を生む。
また、ファイロ・ヴァンスの推理も魅力の一つ。特に数学や物理学、天文学に関するペダントリーは一見冗長だが、最終段階で心理学に基づく犯行動機の推理と鮮やかに結びつく。いずれにしろ圧倒的な知識をもとに組み立てるヴァンスの推理は、証拠を一つずつ積み上げていく帰納法的な推理とはまた違った輝きを放っている。

No.35 7点 ALFA
(2023/01/22 09:37登録)
結構突っ込みどころのある作品だが今なお本格ミステリの名作として風格を保っているのはなぜか・・・     
以下ネタバレしますよ




その一 「加齢による能力の枯渇と若き才能への嫉妬」というとても現代的かつ普遍的な主題であること。
その二 並外れた才能と、紙一重の狂気とをあわせ持った犯人のキャラ立てが面白いこと。
その三 ただようゴシックホラーの雰囲気と本格ミステリとしてのエンディングがよくマッチしていること。

余談だけどニューヨークってピカピカの現代都市のイメージだけど結構「ゴシック」な場がある。フリックコレクション(美術館)のような豪壮な館などがあって、ここに出てくる二つの邸宅もイメージしやすい。
もちろんマザーグースの見立てもその雰囲気づくりに役立っているし、「僧正(BISHOP)」なるワードも何やら中世めいていて効果的。

余談を重ねると、見立て殺人の「効果」なるものがよく書評のネタになる。たしか横溝のところでも評者同士が派手にケンカされていたと記憶するが、当方にはこれが不思議でならない。現実の事件に「見立て」がないのでもわかるように、この効果はあくまでもメタな部分つまり読者への効果として考えないと意味がない。要は大きな矛盾さえなければ雰囲気作りに効果があれば十分なのだ、くらいに割り切るべきでは?

余談ついでに、この時代の名探偵たちってけっこう神の代理で犯人を裁くよね。クイーンしかり、クリスティしかり。
これって現代コードではやはりNGじゃないかなあ。痛快だけど。

No.34 7点 ROM大臣
(2021/12/06 15:07登録)
本格ミステリのスタイルで描かれているにもかかわらず、冒頭から大詰めまで悪夢のような不条理さに覆われた異色編である。
童謡殺人の不気味さは言うに及ばず、ほとんどの登場人物が理論物理学や数学やチェスといった抽象的思考に溺れ、自分だけの内面世界に立て籠もっているのも異様である。そして。宇宙的スケールの概念に憑かれた犯人の誇大妄想的な思考径路を、持てる知識のありったけを駆使して追体験しようとする探偵ヴァンスもまた、善悪を超越し、法を勝手に捻じ曲げて憚らない点では、犯人と同じと言えるのではないか。透徹した理由と知性が、その極点において狂気へと転化する恐ろしい逆説を描いており、超自然的な要素は皆無であるにもかかわらず、優れた幻想小説・恐怖小説としての禍々しい存在感を放っている。

No.33 5点 バード
(2021/01/31 08:12登録)
ストーリーは面白かった。だから点数は5点。ただ、現代的には目に付く点も多く、ミステリとして陳腐に感じた。『グリーン家』は古さも許容して楽しめたので、やや残念。

<気に入らない点抜粋 (ネタバレあり)>
1 見立て実現の労力とリスクが釣り合ってない。特に、ドラッカー殺しなんて真犯人が真っ先に疑われるんじゃ。

2 心理面の考察は面白い側面もあるが、ヴァンスが似た内容を繰り返し語りすぎで本作はくどい。
例えば、「僧正は~を知ることができた人間だから、ディラード家やドラッカー家の関係者である」と度々強調しているが、何回も言わなくても分かる。

3 途中まで全く物証が無くて犯人を絞れないのに、終盤にポンと見つかる証拠に強く物語の都合を感じた。
もちろん、ヴァンスが心理面から真犯人を推定した結果見つけているので、一概にご都合でないことは理解している。しかし、項目2で述べたように、しつこい心理面の考察に少しうんざりしていたので、私には粗に見えてしまった。

No.32 6点 ミステリ初心者
(2020/07/15 03:03登録)
ネタバレをしています。

 推理小説を読んでいると、さまざまな本で名作として紹介(?)されている僧正殺人事件。一度は読んでおかなくてはと思い、本棚から引っ張り出してきました(笑)。うちにあったのは、どうやら1959年の創元推理文庫のもの。印刷が薄いページがあったり、字が変になっていたり、字が小さかったり、訳が古かったり、とにかく読みづらかったです(笑)。
 内容は非常に本格色が強いプロットで、楽しめました。以前読んだグリーン家がいまいちだったので期待していませんでしたが、やはり見立て殺人はワクワクしますね。元ネタのマザーグースは一切わからないのですが、知っている人が読めば。なおワクワクすることでしょう(笑)。wikiを見てみると、見立て殺人部分が横溝やクリスティーの名作にも影響を与えているようなので、そういう意味でも評価できます。また、チェスの話はかっこよかったです(知らないのでよくわかりませんが(笑))

 推理小説部分はというと、今読むとさすがに少々物足りなさを感じます(笑)。キャラ的にはアーネットソンが露骨にあやしい…がアリバイがある(たぶん)。次に怪しく、はっきりとしたアリバイがない(たぶん)教授があやしいのですが(というか、登場人物が死に過ぎていて自動的にわかってしまうが)、王位を窺うものの話をヴァンス達にした時点で、いよいよ役満でした(笑)。
 個人的には、もうすこし論理的に犯人が当てられる問題形式のフーダニット要素か、アリバイトリック要素があるとよかったです。

 ところで、ヴァンスは間接的に人殺ししちゃっていますが、最後は犯人の自殺でよかったのでは(笑)

No.31 6点 虫暮部
(2020/04/07 10:08登録)
 動機については、形而上的だが非常にリアルだと感じた。これで小説的展開がもっと上手ければなぁ……『グリーン家殺人事件』もそうだが、連続殺人なのに現在進行形ゆえのサスペンスがあまり無い。この作風及びファイロ・ヴァンスのキャラクターは連続殺人に向いていないのでは。
 そして、解決編には曖昧に片付けられている部分があり、山田正紀『僧正の積木唄』へと続く。

No.30 8点 YMY
(2020/03/31 19:07登録)
マザー・グースの歌詞に合わせて人が殺されていく、いわゆる童話殺人もの。本作はその嚆矢となった傑作。犯人は正気なのか。とにかく犯人の狙いが分からないことで恐怖感が増す。もし現実の事件だったとしたら、こんにちでいう劇場型犯罪の元祖的な犯罪。

No.29 4点 レッドキング
(2019/05/23 18:57登録)
「マザーグース童謡」の見立て殺人。容疑者は(「爺やはイカン」を除き)6人・・4人の科学者とその家族の女2人。キャラのエキセントリック度(「常識的には怪しい」=「ミステリ小説的には無実」)の高い順にA>B>C>D>E>Fと容疑者がいれば、ミステリ的には、「一番まともそうな人」のFが「意外な犯人」となるべきところだろうが、「グリーン」の前例があるせいか、「二番目に普通」のキャラのEが犯人で終わる。この時代は、まだこんな「意外な犯人」で驚かすことができたんだろうなあ。読者もすれちゃったから作家も犯人造形大変だな。

No.28 6点 弾十六
(2019/05/16 01:53登録)
The American Magazine 1928年10月号〜1929年3月号(6回分載、挿絵Herbert Morton Stoops)、1929年2月20日出版。創元文庫の新訳で読了。
前年の「グリーン家」同様、本格ミステリ史に残るベストセラー。(1929年第4位)
確かに冒頭からグイグイ引き込まれる流れ(童謡殺人なんてそんな阿呆な!)が素晴らしい。エキセントリックなキャラたちも良い感じ。でも途中で失速、なんだかグズグズした展開、隔靴掻痒という感じです。小説が下手だな〜という感想を持ちました。前作より色々やってくれるので評価はこっちの方が上です。
ところで、ゆがんだ母親といじけた息子の描写があり「グリーン家」でも似たモチーフが…この設定、作者にこだわりあり?
以下、トリヴィア。
作中時間は「グリーン家」の翌年1921年4月。
銃は三十二口径の真珠貝の握りのリボルバー(a small pearl-handled .32)と三十八口径のコルト自動拳銃(a .38 Colt automatic)が出てきます。「小さな鉄砲」(p142, a little gun)という単語だけでヴァンスは「三十二口径だ!」と断定するのですが、二十五口径弾(25ACP)が1905年にポケットピストルFN M1905(長さ114mm)とともに誕生しており、コルトなどもこの口径でポケットサイズのピストルを製造してるので「小さな鉄砲」のナンバーワン候補は25口径のはず。(22口径銃は的当て目的な感じなので銃身が長い傾向あり) 32口径と断じた根拠はあるのかな? (威力を考えると最低でも32口径は欲しいという犯罪者心理を分析した?) なお「小さい銃」というイメージだけなら41口径レミントンM95ダブル デリンジャー(長さ123mm)が最も有名か。当時の38口径コルト自動拳銃はM1908 Pocket Hammerless(380ACP, こっちが有力)かM1903 Pocket Hammer(38ACP, やや弱い弾で20年代初頭には廃れた)。
p133 日本人給仕(Japanese valet): 名前すら出てきません。完全な脇役。
p149 十五ドル: 死者の所持金。消費者物価指数基準1921/2019で14.28倍、現在価値23886円。
p234 『ロスメルスホルム』(…)ニューヨークじゃ、今またイプセンばやりだな。(Rosmersholm, [...] There’s a revival of Ibsen’s dramas at present in New York.): メジャープロダクションのニューヨーク公演を調べると1923年〜1926年に14本のイプセン劇が上演されています。1918年3本(全てアラ ナジモバ主演)ですが、1919年〜1921年は全く無し。1907年5本がその前の山。このような時事ネタでは作者がうっかり作中時間と整合性が無いことを書いちゃってます。なおRosmersholmに限ると1904初演?, 1907, 1924, 1925年のNY公演あり、作者は後の二つのどっちかを観たのか。(“Ibsen in America”のリストによる)
p234 ウォルター ハムデン(Walter Hampden): 1928年『民衆の敵』NYハムデン劇場の主演で有名。1925年『ロスメルスホルム』公演もハムデン劇場で上演したのかも。(調べつかず)
p249 日本家屋の鬼瓦さながらに(like a japish gargoyle): japishはヴァンス全集中に3箇所用例あり。他の二つはwith a japish smile(grin)。jape+ishの意味らしい。「いたずらっぽいガーゴイルのように」が正解?
p267 メトロポリタン劇場に、ジェラルディン ファーラーの『ルイーズ』を聴きに(to the Metropolitan and heard Geraldine Farrar in “Louise.”):ここでは4月15日(金)に観劇したと書かれてますが、実際は1921-4-13上演。1921-4-15だと昼の部Lohengrin英語版(Orville Harrold主演)、夜の部Il Trovatore(Claudia Muzio, Giovanni Martinelli他)。日替わりで色々な演目をやるのですね… (MET Opera Database調べ)
p357 イプセンの『幽霊』の舞台を観に行った(a performance of Ibsen’s “Ghosts”): 1920年代のニューヨーク公演は1922, 1923, 1925, 1926年。(上記のリストから)
p360 イプセンの『王位を窺うものたち』(Ibsen’s ‘Pretenders’): 米国初演はミネアポリス1978年(生誕150周年記念)のようです。
p363 [イプセンには]ゲーテの『ファウスト』にあるような審美的な様式、あるいは哲学的な深み[を見出せない]: こーゆー誰も反論する気にならない例を持ち出すところが薄っぺらいですね…
p391 最近では、日本の乃木大将の気高い行為…(And in modern times let us not forget the sublime gesture of Baron Nogi): 聖書のサムソン、ユダ、歴史上のブルータス、ハンニバル、クレオパトラ、セネカ、デモステネス、アリストテレスなどと並び称されています。でも唐突に現代(1912年)の例が1件だけ。

No.27 4点 いいちこ
(2018/01/12 20:54登録)
まず、「登場人物を殺しすぎてしまい、根拠はないが、犯人が察せてしまう」というプロットが失敗。
それにもかかわらず、捜査陣の無能ゆえに、犯人を断定する決定的証拠が得られず、心理的な駆け引きで犯人を特定するプロセスや、登場人物の行動の不合理性など、本格ミステリとして高く評価することはできない。
作品の本質としてはむしろ、見立て殺人を活かしたサスペンス・スリラーと考えるべきだろうが、犯行動機の納得性、見立て殺人の必然性など、その視点でも高い評価は難しい

No.26 6点
(2016/11/30 19:04登録)
見立てはしっくりきません。意味不明という気がしてなりません。そもそも見立て殺人というジャンル自体、一般的にそう言えることかもしれませんが・・・
『グリーン家』とは、ひと味もふた味も違います。どちらがいいかは判断しがたし。

登場人物は比較的多数ですが、わかりやすく書いてあります。
それに、何人もの人が死んで容疑者が減っていっても、すぐに犯人にたどり着かないようにうまく作ってあります。
蘊蓄の適度なちりばめ方も、読みやすくていい印象を受けます。

登場人物たちの職種もよし、アーチェリーもよし、チェスもよし。
動機がイマイチ、というかなぜそこまでするのか、という滅茶苦茶感もよし。
陰湿な内容になりそうなのに、それほど暗くないのもよし。
サイコ系にできそうなのに、すこしゆるみがちなサスペンスもよし。はっきりいってスリルは感じられないが、このジャンルでは逆にそこを気に入ったりもしています。
そして、どんでん返しもよし。犯人はなんとなく想像できましたが、決着のつけ方の工夫には感心し、なぜか新鮮に感じました。

とにかく、人物よし、蘊蓄よし、ラストよし、そしてなんとなくのアンバランス感もよしの好作品でした。

No.25 5点 makomako
(2016/10/10 21:12登録)
 40年ほど前にグリーン家を読んですぐ後にこの作品を読み、その後ヴァンダインを読まなくなった。
 なぜそうなったのか忘れておりもう一回読んでみることとしました。勿論内容などはすっかり忘れていて、実に新鮮な気分で読んだのです。
 マザーグースの見立て殺人。天文学のような学問をやっていると人間など単なるものとしか思えなくなる?そんなことなら天文学者はとんでもないやつばかり?とても承諾しかねる人物が登場して、しかもファイロヴァンスはそれを面白がっている。
推理小説としてのお話としては多分につまらない薀蓄(今となっては古臭い薀蓄となったものもあるが)でごまかしているところもあるが、まあ良いでしょう。ただ私にとってはこんないやな人物が登場する話は、不愉快だなあ。
 若い頃もうヴァンダインは読みたくなくなったのが再認識されました。

No.24 7点 nukkam
(2016/08/31 12:10登録)
(ネタバレなしです) 1929年発表のファイロ・ヴァンスシリーズ第4作で前作「グリーン家殺人事件」(1928年)と並ぶ代表作とされる本格派推理小説です。「見立て殺人」の古典としてミステリー史上の重要作品でもありますが、もう一つ特筆すべきは動機でしょう。当時としては異様過ぎる動機だったかもしれませんがむしろ現代の犯罪を知る世代にとってはより理解しやすいのではと思います。もっとも登場人物が物理学者、数学者、科学者など理系が多かったのは私にとっては辛かったです(笑)。

No.23 10点 青い車
(2016/01/20 23:25登録)
プロットの巧みさはヴァン・ダイン全作のなかでも随一です。現場周辺の詳細な見取り図を多数取り込むことで不気味な連続殺人がリアリティを帯びており、犯罪実録を読んでいるような面白さがあります。ファイロ・ヴァンスの推理は他の作品でもそうであるように根拠に乏しく「粗いプロファイリング」に近いのですが、それを差し引いても終盤の二転三転する展開のスピーディーさは今でも十分通用するもので、本作を多くの作家が参考にしたのも納得です。館ものの王道パターンを確立した『グリーン家』も捨てがたいですが、僕は開放的な空間で独特なムードを創り上げた『僧正』を推します。

No.22 7点 ロマン
(2015/10/29 20:03登録)
展開、キャラクター描写は現在でも色あせることなく、むしろ後世の作品に影響を与えるだけあって一級品。犯人を推定する証拠が不十分ではあるが、科学的捜査が確立していない時のプロファイリングを主としての推理物と考えれば興味深く読める。後半での犯人とのやり取りとどんでん返しにはまんまと踊らされてしまった。

No.21 8点 クリスティ再読
(2015/10/18 08:45登録)
ヴァン・ダインというとアメリカでは「忘れられた作家」だそうだが、今回改めて読んで本作の強みと弱みでいろいろ考えることがあった。
というのは本作はバブル小説なんだよね。アメリカが第一次世界大戦の戦勝で自信をつけ、戦後の好景気に乗じて背伸びをして...の最中で書かれてウケた、ちょっと知的でスノッブな娯楽小説がヴァン・ダインのわけだ。ニューヨークのおしゃれで知的でアートな生活のデテールをガジェットとする、知的ヒーロー小説というコンセプトだから、状況が急転直下した後の世代、大恐慌と不景気と戦争の世代にとっては、そういう背伸びがやたらと気恥ずかしく、しかも流行遅れなものに感じられたに違いない。要するにファイロ・ヴァンスのペダントリという奴は、「なんとなく、クリスタル」のブランド注釈と似たり寄ったりなものだと思えばいいわけよ。
で、ミステリとしては、パターン確立期のマイルストーンのわけで、今の時点での「本格ミステリっぽさ」で判定するとかなりキビシイことになりかねないのだが、評者の見るところ本作はオリジナルなホラー小説として出色のできのように思うのだ。ヴァンスのペダントリと最新科学知識の応酬がクリアな朦朧体といった効果を生んで、明晰なんだが得体の知れない恐怖感をあおっている。またドキュメンタリタッチの筆致と、冷たくジメジメした湿度感のミスマッチ感覚が素晴らしい。そういえばヴァン・ダインはラヴクラフトとは同世代で生没年も相前後しているね。読みようによってはコズミックホラーかも。
というわけで本作は、第一世代の紹介者たちの因襲的な評価は頭から全部捨て去って読み直した方がずっと面白い。

付記:斎藤警部さん同様に、昔の創元の文庫のカバーが、僧正・グリーン家とお揃い色変わりで極めてお洒落だったのが評者も印象深かった...そりゃ杉浦康平大先生だもの。複数書影が登録できるようになったので、ここは初訳じゃないけど追加しようじゃあありませんか。

No.20 8点 斎藤警部
(2015/07/15 13:06登録)
明瞭に「グリーン家」派の私でも、この作品の、読んでいて背筋が伸びるような、周囲の空気を冷却浄化してしまいそうな厳粛たる雰囲気には敬意を表さざるを得ません。

この小説の眞犯人は。。まるで登場シーンから「はい、私が犯人です」と言わんばかりに私には見えましたが、まさかの「異様な動機」までは気付かなかったな。。怖ろしい人もいたものだ。
ラスト怒涛の眞犯人追い詰めシーンは、凄かったです。 刻まれますね、記憶に。

昔の創元推理文庫のカバー(茶色い手、グリ-ン家の緑と対になっている)が美しくて、ちょっと不気味で、好きです。

No.19 10点 初老人
(2014/04/17 20:40登録)
マザーグースの童謡にのせて静かに、そして着実に進行する連続殺人、というプロットも魅力だが、この作品の肝はなんと言っても読者と探偵をミスリードする手法だろう。自分は初読時完全に作者の罠にはまり、鮮やかに一本取られた。 今でもなお色褪せる事のない、必読の名作。

No.18 5点 ボナンザ
(2014/04/09 14:58登録)
グリーン家以上に玄人好みの作品。
不気味な作風がうまく彩りを与えている。

No.17 8点 メルカトル
(2013/03/13 22:22登録)
随分前に読んだのに、なぜか強く印象に残っている一冊。
見立て殺人というものにあまり耐性がなかったせいなのか、衒学趣味にうまく惑わされたせいか、その辺り自分でもよく分からないが、とにかく当時としては面白かった。
ラストの、二人の教授の対決は見ものだったが、ファイロ・ヴァンスの行動でやや後味が悪くなってしまったのも事実。
ストーリーを盛り上げるためには、仕方なかったのかもしれないが、一探偵がそこまでして良いものかどうか、大層疑問に感じたものである。
が、それを差し引いても、ミステリ史に残る名作だと思う。

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