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ミステリの祭典

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ALFAさんの登録情報
平均点:6.65点 書評数:204件

プロフィール| 書評

No.204 8点 飢餓海峡
水上勉
(2025/05/03 09:04登録)
昭和29年(1954年)9月26日、青函連絡船洞爺丸は折からの台風にあおられて座礁転覆した。犠牲者1155人、わが国最大の海難事故である。
大きな災害や事件は直接関係のない人々の心をも揺さぶる。作家の場合はそれが創作のエネルギーにもなるらしい。洞爺丸事故から二つの名作ミステリーが生まれた。
一つは中井英夫「虚無への供物」、もう一つがこの「飢餓海峡」。どちらも長大でミステリーの枠組を超えた作品となった。

物語は「海峡は荒れていた。」で始まり「海峡に日が落ちたのだ。」で閉じる。この間約1000p、読み手は主人公二人の10年におよぶ人生に付き合うこととなる。
身元のわかない水死者が二体残った。ミステリーとして申し分のない幕開け。対して終盤の自白部分はあっさりと物足りない。この犯人ならもっと粘り腰だろう。重厚長大な物語をエンディングが受けきれていない。ここは残念ながら減点部分。
荒々しいエネルギーに満ちた昭和20年代30年代を描く全体小説として読みごたえ十分。

余談だが、今や高級ブランドマグロで知られる大間が、救いのない寒村として描かれていたり、メリケン粉の窃盗でパクられた青年が下巻では運送屋としてプチ成り上がってたりといったディテール部分も楽しい。

余談ついでに、時代を読むミステリー、個人ベスト5は戦後昭和なら「飢餓海峡」「点と線」「けものみち」平成に入ると「火車」「白夜行」あたりか。
さて、令和はどんな全体小説ミステリーを生むのだろう。


No.203 8点 バランスが肝心
ローレンス・ブロック
(2025/05/02 07:23登録)
鮮やかなオチが楽しい第1短編集「おかしなことを聞くね」に続く第2短編集。
こちらはさらにバラエティ豊かで、ミステリーやサスペンスの枠はないに等しい。まさに「分類不能」短編集。なかには斜め上にオチて読み手を呆然とさせる作品もある。

そんな中で印象に残ったのは「安らかに眠れ、レオ・ヤングダール」 。なにも起きない "あるあるネタ" にカムフラージュされた男女の破綻が本筋か?そう思って読むと二人の会話の微妙な違和感が周到な伏線であったことに気づく。とても洗練された掌編。

表題作「バランスが肝心」はひねりの効いた笑えるサスペンス。唯一のマシュウ・スカダー物「バッグ・レディの死」は長編なみの読み応え。


No.202 7点 銅婚式
佐野洋
(2025/04/26 15:25登録)
8編からなる短編集。
どれもなかなかアクロバティックなプロットだが、乾いた描写によってリアリティを保っている。連城から情感を抜いたような・・・
その分、人物造形も浅くなるので各編の主人公が似たり寄ったりのイメージで残念。
お気に入りは「不運な旅館」、タイトルがブラックで笑える。
「カメラにご用心」はよくある不倫ものだが清張ならどう仕立てただろう。


No.201 8点 おかしなことを聞くね
ローレンス・ブロック
(2025/04/23 09:36登録)
テンポのいい文体、軽妙な言い回し、鮮やかなオチ。
いずれも短編ミステリーのお手本のような作品群。
お気に入りは、オチがシュールに決まる「おかしなことを聞くね」「夜の泥棒のように」そして正統派ハードボイルド「窓から外へ」。

作者自身の「まえがき」を含めて19編、バラエティー豊かで楽しい短編集。


No.200 5点 猫の刻参り 三島屋変調百物語拾之続
宮部みゆき
(2025/04/13 08:49登録)
シリーズ開始から19年、第十作50話目ということで百物語の折り返し点になる。作中で、百物語は途中で止めると大いなる災いを招くとなっているので、作者も命がけということか・・・

三編いずれもボリュームは中編ないしは長編レベル。なかでは「百本包丁」が読みごたえがあって楽しめる。母子のジブリ風味浦島太郎譚。
百物語より「地」の三島屋の物語の方が起伏が激しくなってきた。今後の展開に向けた布石か。
それにしてもこの淡々とした文体はどうしたことだろう?初期のスピード感や心に響く言い回しが懐かしい。


No.199 5点 日影丈吉傑作館
日影丈吉
(2025/04/03 08:49登録)
初読。なるほどこれが日影丈吉か・・・
奇妙な物語を紡ぎ出すパワーを感じる。一方でその物語がページの向こうで勝手に展開して完結してしまうような、置いてけぼり感があるなあ。
これに比べると近年のミステリー作家の読者へのサービス精神の豊かなことよ。

お気に入りは「かむなぎうた」。豊潤な物語のなかにヒヤリとするミステリー風味がある。なにやら不安なエンディングもいい。


No.198 6点 メイン・ディッシュ
北森鴻
(2025/03/10 10:33登録)
10編+1からなる連作短編形式だが本質は長編。青春ダークファンタジーとして味わい深い一方、ミステリー風味は薄い。青春の光と影そしてそれを引きずる十数年後、というのはよくある設定だが、やはりこれはひと続きの「青春」だろう。

ある重要人物の仮の姿と本来のキャラとのズレが気になる。
一方、主人公紅林ユリエの造形は確かでテンポもいいがギャグや比喩表現が今いち刺さらなかった。サムいというか・・・

作中作などの構成の妙は多いに楽しめるが、ディテールがついていかないもどかしさがある。


No.197 6点 インシテミル
米澤穂信
(2025/03/02 10:03登録)
この作家、芸風の広さに驚かされる。
ときには中世ファンタジー、ときには戦国の歴史小説、かと思うと地味な警察風俗小説にミステリーが組み込まれていたりする。
ここではデスゲームの世界にクローズドサークルの謎。精緻でロジカルな謎解きは楽しい。インディアン人形が減らないのは笑える。
最終盤のお嬢様の大ネタは今一つピンと来なかった。


No.196 6点 満願
米澤穂信
(2025/02/18 08:54登録)
6編からなる短編集。辛口でシンネリした話はどれも面白い。
ただこの作家、某有名長編でも感じたが、「推理小説」の「小説」と「推理」の繋がりがすっきりしないことがある。
「夜警」は重厚な警察小説部分とチェスタートンばりのトリック開示との繋がりが今一つで残念。連城なら畳み掛けるようなネタ割りで盛り上げただろう。
「満願」でも、苦学生から新進弁護士へと立身した語り手と犯人とのドラマ部分は味わい深いが、肝心の謎はショボイ。
そんななか、ストレートに楽しめたのは「関守」。ベタな展開ながらホラー版日本昔話みたいで楽しい。なんと言っても婆さんの人物造形がいい。


No.195 6点 深追い
横山秀夫
(2025/02/14 07:23登録)
都心から離れた三ツ鐘警察署を舞台とする7編の連作短編集。ミステリー味は薄め。
なかでは「引き継ぎ」がお気に入り。サスペンス+辛口人情話の趣がある。
「いま最も脂の乗った泥棒の一人・・・」の一文が笑える。そして「トニーの店」(笑)。横山秀夫のユーモアセンスもなかなか。
表題作「深追い」は、謎は魅力的だが主人公の心情と同様にキレが今一つ。

舞台が職住超接近の三ツ鐘署だけに、勤め人社会の息苦しさがひしひしと伝わってくる。身につまされる読者も多いだろう。

ところで横山作品には昭和の匂いがあると思っていたが、この閉塞感はやはり平成っぽい。昭和はもっとラフでユルかった。


No.194 6点 黒いトランク
鮎川哲也
(2025/02/10 10:16登録)
本格を代表する作家ながら、これまでいくつかの有名短篇を読む限りではトリックの説明文をノベライズしたかのような味気なさを否めなかった。
さすがにこの長編では、淡々とした叙述の中に時代背景や地方の風情が感じられて楽しい。梅田警部補の筑後柳河旅情などはしみじみと味わい深い。

精緻かつ壮大なアリバイトリックを丁寧に読み進めながら解いていくのはまさに本格の醍醐味。一方で犯人はほぼ初めから決め打ちで、フーダニットを探る楽しみはない。これってやはりミステリーとしては片手落ちでは?
まあそれも作風ということか。合う合わないは読者側の都合ということだろう。
精緻をきわめた、分単位のアリバイトリックの中にトラックのヒッチハイクなどという不確実な要素が突然紛れるのも違和感。


No.193 6点 時間の習俗
松本清張
(2025/01/24 09:08登録)
同じ30年代でも「ALWAYS 三丁目の夕日」は昭和のほのぼのファンタジーだが、松本清張の作品群は昭和のダークファンタジー。
アリバイ崩しの本格に振ったこの作品では、いつもの清張節は控えめで淡々とした描写が続く。

清張作品を味わうためのちょっとしたコツ・・・金額は0を一つ足して、年齢は10歳足すと馴染みやすい。
作中でコーヒーは30円。深い皺の目立つお馴染みの老刑事、鳥飼重太郎はなんと52歳でキムタクと同い年。現在のアラフィフは青年の面影を残す人もけっこういるというのに。
そういえばサザエさんの波平さんも確か54歳の設定だった。


No.192 5点 跳ぶ男
青山文平
(2025/01/15 09:27登録)
けっこう飛躍のあるプロットを圧倒的な筆力で読ませるのが青山作品の魅力だが、ここではちと跳びすぎた。
このエンディングはどうにも収まりが悪い。
いわゆる影武者ものとしてのストーリーは充分楽しめるのだが・・・


No.191 5点 火神被殺
松本清張
(2024/12/28 09:56登録)
さすがに昭和ミステリーの巨人、作品数も膨大なんだろう。これも未読だった。
5編からなる短編集。
ネタバレします。


楽しめたのは「奇妙な被告」。シンプルな一事不再理ものだが展開がスリリング。
表題作「火神被殺」はトリックは面白いが、長々と解説される古代史が本筋の犯罪には関係なくてガッカリ。蘊蓄がプロットによく馴染んだ「陸行水行」や「万葉翡翠」に及ばない。
「神の里事件」は新興宗教の闇を描いて、さては「神々の乱心」の下絵かと期待したが結局は卑小な殺人でガッカリ。
それぞれに他の名作や大作と共通のモチーフが見られて、清張ファンなら楽しめる。


No.190 6点 自殺の部屋
島田一男
(2024/11/08 16:31登録)
7編からなる短編集。

表題作を初めとして、ロジックは精緻だしテンポもいい。しかしイマイチものたりないのはなぜだろう。
考えてみると、ここには「刑事部屋」や「社会部記者」では感じた仕事場の匂いがない。刑事や記者達の連帯感やいさかい、タバコや汗の匂い。昭和という濃い時代を背景にした風俗小説風味もこの作者の魅力だったんだ。
なかでは「部長刑事物語」の人情ミステリーが楽しめた。

それにしてもあのコテコテの庄司部長刑事が銀座で私立探偵開業だなんて(笑)


No.189 8点 幻戯
中井英夫
(2024/10/20 21:26登録)
代表作「とらんぷ譚」の最後にジョーカーとして添えられた短編。

孤独に暮らす落魄の老マジシャン。その前に現れたのは亡き妻の生れ変りのような少女。
やがてロマンチックな幻想というより妄想は消えてあまりにも卑小な現実があらわに・・・
「認知」のズレを底意地悪く描き出す作者の筆はスリリング。
う~ん他人事ではないな。

マニエリズムの粋を極めた連作短編集の最後にふさわしい余韻。


No.188 7点 社会部記者
島田一男
(2024/08/30 08:00登録)
伯父が新聞記者だった。定年後は紳士然としたナリで飲み歩いていたが中身は結構ラフだった。現役時代はきっと生きのいい「ブン屋」だったんだろう。ちょうど作中の記者たちと同時期になる。

4話の連作短編からなる、第3回推理作家協会賞受賞作。
ミステリー色はやや薄いが記者の風俗小説としても面白く読める。
そういえば「事件記者」という人気ドラマもあったなあ・・


No.187 8点 蝶として死す 平家物語推理抄
羽生飛鳥
(2024/08/28 08:15登録)
平安末期から鎌倉へ、激動の時代を舞台にした歴史ミステリー。
ミステリーズ!新人賞の「屍実盛」を含む五話の連作短編だが、ひと続きの長編としても完結している。

主人公は平清盛の異母弟、平頼盛。平家滅亡後も源頼朝の信頼を得て宮中で重きをなした複雑な人物である。
ここでの頼盛は、優雅でしたたかで検視に長けた面白い人物像。

第二話以降は清盛の死後なので、翌年に刊行された「揺籃の都」とは時系列が逆になっている。初めて読む場合はそちらからの方が馴染みがいいかもしれない。
精緻な時代考証にロジカルな謎解きを織り込んだ傑作。


No.186 8点 刑事部屋(デカべや)1
島田一男
(2024/08/24 08:40登録)
「昭和」は長いから、その時代イメージは人によって様々だろう。
私にとっては昭和30年代こそがまさに「the昭和」。猥雑で活気があって妙にユルい30年代こそは、昭和の大トリ、バブル絶頂への長い一本道の始まりなのだ。
このあたりの気分は「ALWAYS 三丁目の夕日」などではなく「本当は怖い昭和30年代」の方が的確。
この連作短編にはその30年代の匂いが濃厚に漂っている。
時代背景と文体とプロットが一体になって、ミステリーを超えた全体小説としても味わえる。
作者島田一男は人気作家だったが今となっては影が薄い。巨大な松本清張とぴったり時期がカブったことや、平成以降は同様の作風と経歴(記者出身)を持つ横山秀夫の活躍があったせいかもしれない。


No.185 7点 揺籃の都 平家物語推理抄
羽生飛鳥
(2024/08/20 08:46登録)
舞台は平安末期の都(福原)、清盛邸。
厳重に警備されたクローズドサークルで起こる事件や怪異。
探偵役は清盛の弟、平頼盛。兄との確執を抱えていて謎を解かねば立場が危うくなる。
魅力的な設定と精緻なロジックで、歴史ミステリーとして楽しめる。
頼盛は、平家滅亡後も源頼朝の信頼を得て宮中で重職にあった複雑な人物で、この役柄によく合う。

人物が何だか現代的な印象なのと、謎の一部に無自覚の行動が絡むのが残念。

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