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ミステリの祭典

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ある詩人への挽歌
アプルビイシリーズ

作家 マイケル・イネス
出版日1993年07月
平均点7.56点
書評数9人

No.9 6点 弾十六
(2022/03/26 15:58登録)
1938年出版。教養文庫で読了。翻訳は読みやすいものでした。(語り手の主語を変える工夫は教養文庫でもやってます)
乱歩さんの評価が非常に高いので、いろいろ期待して読みました。なかなか工夫された作品、でもそれほどの傑作かな、という感じ。乱歩さんはあの変テコなキャラが気に入ったのだろうか。
スコットランド好きな私としては導入部の語りが良かった。JDCやマクロイのような旅行者の視点ではなく、地元民の目線。エジンバラ生まれの作者だから描ける世界なのだろう。イングランド人?アプルビイの関わらせ方も上手。
皆さまの評価を読むと、非常に高い… ああ、私にはブンガクっぽいのが合わないのかも、と思った次第。元ネタの詩「詩人たちへの挽歌」を読み込んだ上で、本作を読んだのですけどね。私の評価が低くなったのは程良いファンタジーのあるリアルっぽさをぶち壊す終盤の詰め込み方。JDC作品ならきっと許しちゃうんでしょうけど。そういう風に楽しめば良いのか。(雪が奪う体力を舐めてるんじゃないの?という思いもある。まあそれも野暮でしょうね)
作中現在はクリスマスなので、その頃に読むのがおすすめ。出来れば豪雪地帯で嵐の吹き荒れるクリスマスがベスト。
以下トリビア。
重要な日付がp313に明記されている。1936年11月30日。展開から考えて、この日以降のある日付の数か月後がクリスマスのはずなので、1936年のクリスマスなら日数不足。という事は1937年のクリスマスあたりの話、で確定だろう。英国消費者物価指数基準1937/2022(72.58倍)で£1=11325円。
p10 スザンナが年寄りたちにもたらしたもの(Susannah afforded the elders)◆聖書外典『ダニエル書補遺』の「スザンナ」のことだろう。
p18 今年の冬は大変きびしかった(It was a hard winter)◆これは書き込み過ぎ、「その冬は」で良いだろう。
p27 ニキティ・ニキティ、ニック・ナック(Nickety-nickety, nick-nack,/Which hand will ye tak’?)◆調べつかず。
p45 からすが猫ちゃん殺しちゃった(The craw kill’t the pussy-oh,/The craw kill’t the pussy-oh,/The muckle cat/Sat doon and grat/At the back o’ Meggie’s hoosie-oh…)◆調べつかず。
p54 エディンバラのマッキーやギブソンやその他二、三の有名店からの(from Mackie’s and Gibson’s and two-three other great shops in Edinburgh)
p58 紅茶ポット(teapot)◆ここには受け皿から飲む人はいなかったのかな。
p58 離婚法廷(Divorce Courts)◆スコットランドとイングランドの法律は異なることが多いので、離婚法も多分違うのだろう。
p62 色の黒い奴(dark chiel)◆「黒髪の奴」
p78 ペパーの幽霊(Pepper’s Ghost)◆Wiki「ペッパーズ・ゴースト」参照。英Wikiの方が詳しい。
p82 高地(ハイランド)では、人々の組織は昔から氏族(クラン)によって分けられてきた。(…) 低地(ロウランド)においては全然ちがっていて、その単位は家(ファミリー)である◆ふむふむ。知りませんでした。
p95 文机(bureau)
p96 フィリップ五世の頃のスペインの四倍金貨(a Spanish gold quadruple of Philip V)◆ 8エスクード金貨のようだ。重さ27.06g、直径36-37mm。
p96 ジェノヴァの23金の(a genovine twenty-three carats fine)◆13世紀のほぼ純金(23・2/3カラット)のフローリン金貨(Florin d'or)のことか。直径20mm、重さ3.48g。
p96 ジェームズ五世の冠を被ったの(a bonnet piece of James V)◆スコットランド王ジェームズ五世(在位1513-1542)がボンネットを被っている横顔が刻印されたデュカット金貨(鋳造1539-1542)、重さ5.73g、直径23mm。
p96 大モンゴルのコイン(the coinage of the Great Mogul)◆「ムガール帝国の」だろう。金貨は数種類あるようだ。
p107 カーリング◆日本でこんなに有名なスポーツになるとは…
p110 ティモール・モルティス、コントゥルバトメ… (Timor Mortis conturbat me)◆「詩人たちへの挽歌」の第四行目は、全てラテン語のこの文句の繰り返し。第一〜三行目はスコットランド方言の英語で記されている。
p118 十シリングの損(having put me back … ten shillings)◆多分、助けてくれた手間賃。
p118 ロールス(the Rolls)◆翻訳ではp118とp120に出てくるが、原文p118は the car で the Rolls は一回だけの登場。奥ゆかしいねえ。
p135 おお、アメリカよ、我が新しき土地よ!(Oh my America, my new-found land !)◆ Elegy XIX: To His Mistress Going to Bed(1654) by John Donne からの引用だろうか。
p137 十二月二十四日、火曜日(Tuesday, 24th December)◆直近は1935年。p313とは明白に矛盾する。英国人作家は日付と曜日に無頓着だから驚きはしないのだが。
p177 この家には運がない(There’s nae luck aboot the hoose,/There’s nae luck at a’,/There’s nae luck aboot the hoose/When our goodman’s awa…)◆スコットランドのフォークソング。Jean Adam(1704-1765)作。某Tubeでも聴ける。
p196 シグネット社に属する作家たち(Writers to the Signet)◆リーダース英和「Writer to the Signet [スコ法] 法廷外弁護士」、まあ南條さんでも間違えるネタなので仕方ない。イングランドの事務弁護士(ソリシター)に当たるのかなあ。良く調べていません。
p207 麦芽乳(malted milk)◆英国人James Horlick(1844-1921)が開発し、弟Williamとともにシカゴで製造、英国でも人気だった飲み物。ミロみたいなもの? ペリー・メイスン『不安な遺産相続人』(1964)にも登場していました。
p216 ウィルキー描くところの、スコットランドの教会の太柱(some pillar of the Kirk from the pencil of a Wilkie)◆ウィルキーはスコットランドの画家、と訳注にあり。具体的にどの絵のイメージなのかは不明。鉛筆のデッサンか。
p221 ジョン ・コトン(John Cotton)◆「訳注 パイプ煙草の銘柄」18世紀後半からのブランド名。エジンバラのメーカー。ヴィクトリア女王御用達(1840)で有名になった。
p264 スコットランドの検死について◆スコットランドにはインクエストが無い、という事実が、オルツィ『グラスゴーの謎』のお蔵入りの原因だった、ということを『隅の老人【完全版】』でごく最近に知りました。

No.8 8点 ボナンザ
(2022/02/10 22:51登録)
これは確かに前半はとっつきにくいが、慣れてくるとそれが味に感じられるのが不思議。シンプルながら推理の醍醐味と意外性を味わえる傑作だと思う。

No.7 8点 人並由真
(2022/01/24 04:25登録)
(ネタバレなし)
 1918年の歳末。スコットランドの古城エルカニー城では、学識があり詩集の著作もあるが、ケチで横暴な60歳代の城主ラナルド・ガスリーが、いささか常軌を逸した言動を見せていた。その奇矯が城下の村人たちの噂になるなかクリスマスの夜に、二人の若い男女が、成り行きから城の客として迎えられた。だがその夜、城では悲鳴とともに思わぬ惨劇が生じる。

 1938年の英国作品。
 旧訳ももちろん持っていて側にあるが、このタイミングなので折角だから刊行されたばかりの創元推理文庫の新訳で読んだ。
 これで『学長の死』『ハムレット』と、アプルビイものの初期長編3本を順番に読破だが、結局、これが一番面白かった。

 魅力というか楽しみどころに関しては、すでに本サイトでみなさんにあらかたそのポイントを言われてしまっているが、思っていた以上にドイルでチェスタートン。自分の場合は、まずその感慨が先に来た。
 (中略)の切断のくだりなど、情報が後出しじゃない? と細かい文句もないではないが、作者的にはちゃんとあの文芸設定で布石を打っていたのだろうから、不満を言ってはいけないか。いや、得点的に見ればまったくアリではありますが。

 本サイトでは読みにくいと悪評の序盤も、新訳のせいかほとんどストレスを感じない。ちなみに今回の新訳は話者が交代するたびにちゃんと一人称を差別化する工夫を施しており(「わし」→「僕」→「私」→「僕(最初とは別人)」……など)、その辺の気配りも実に良い。教養文庫版はこの辺はどうだったのかな?
 おかげでスラスラ読めたし、終盤の情報密度のコンデンスぶりも快感。

 個人的に、読み進める際に(中略)を作っていたおかげで、大ネタのひとつはハハーンと予想がついてその辺は当たったが、さらに波状攻撃してくる細かい文芸の仕込みにはシビれた。英国の先駆の二大作家ばかりか、本邦の戦後ミステリのあれやこれやまで想起する。

 イネス面白い、改めて本気でそう思う。次作4作目もこのノリみたい? なので、このまま続けてシリーズを読めるのが楽しみ。

No.6 9点 斎藤警部
(2019/06/19 17:25登録)
俺は連城が好きだ。本作の目を見張る反転劇も濃密な文章世界も愛情の対象だ。 クリスマスシーズン、雪に閉ざされたスコットランド古城で起きた偏屈城主の墜落死と来た!(だが館モノとも博多者とも言い難い) 英国式にたっぷりのユーモアがゴシックロマンの中核を浸食。「月長石」を思わす、時系列大いに謎めかせた手記リレー構造(おっと、、いや何でもありませんよ)と重厚でスムゥーズな旨味。謎解きなるモノの「解き」のみならず「謎」そのモンを大事に扱う小説だね。時計と役者の喩えはなかなかグッと来た。 でまァこれはネタバレとは似て非なりと思うんでふつうに書きますけど、真相はaかと思ったらbだった、かと思ったら実はcだった、んじゃなくてほんとはdだった、ってんじゃなくて、aかと思ったらa+bだった(・・途中略・・)結局の所a+b+c+d(±α)だった、という、多重解決ならぬ多段階上乗せ解決の喉越しが何とも魅力あります。 医師がどうしたとか、贅沢がどうしたとか、、ちょーっとばかし作り物の違和感軋むとこもありましたけどね。。気にしませんよ。 極上に良い意味で、最高にキメまくりの時の(クスリやってるって意味じゃありません)連城短篇のスライト劣化版、言い換えれば拡張版、と呼んでしまいたい。  

アンコール章前の実質的ラストシーンが本当に最高の、さり気ない◯◯(or◯◯◯)ダニットの大集結場になっている、こりゃ泣けました。 そしてラスラスの短いアンコール章もまた、繊細にして剛力な淡白い何ものかで溢れています。 そういや終盤の短い活劇シーンも悪くないアクセント。 しかしですな本作、再読してみたらきっと、初読時には単なる雰囲気づくりの文面にしか見えなかったありとあらゆる顕示的伏線の樹皮という樹皮が次々とボロボロ樹幹から剥がれて行く風景の壮観さにしたたか酔わされっぱなし、となる事でしょうな。

教養文庫、二賀克雄氏の巻末解説がまた本作の英国ユーモア精神を引き継いだようで、適所に皮肉を滲ます筆致と確かな内容が実に良い、ホンの数頁です。

No.5 8点 クリスティ再読
(2018/08/12 21:42登録)
本作というと、スコットランド方言が多いために翻訳が難しかったこともあって、乱歩が絶賛したにもかかわらず今はなき社会思想社から訳が出るまで、名のみ高い作品だったのをよく覚えている。「ラメント・フォア・ア・メーカー」って原題表記でタイトル覚えたよ。訳題を見てピンと来て、出てすぐに買った記憶がある。そういえば昔「神への悲歌」の仮訳題をみたことがあるが、内容的には Maker は造物主という意味ではなくて、スコットランド方言での「詩人」という意味なので、刊行邦題が正しい。
先行する「学長の死」「ハムレット復讐せよ」みたいな本格というよりも、ゴシック・ロマンスのパロディみたいに読んだ方が面白かろう。荒涼としたスコットランドの古城に住む悪者領主もいれば、その被保護者の恋に悩む少女がいて...とゴシック・ロマンスの舞台装置満点なくせに、思わず吹き出すようなユーモアがあるのがいい(シビル・ガスリーがナイスなキャラだ)。関係者手記による構成が、その都度の視点切り替えでリフレッシュするかのようで、読みやすく効果的である。「教養ある靴直し」イーワン老人の担当部分などスコットランドの寒村の生活の描写が情趣に富んでいる。
だからアプルビイ、あまり名探偵でもなくて、終盤に近づくにつれ、これでもか、というくらいに真相を何通りにも組み替えてみせる力技が、万華鏡のような眩惑感を誘う。これはこれでなるほどの風格がある。雪に閉ざされた古城という舞台で、この暑い中けっこうな納涼になったしね。終盤の手記と合わせて、地方色描写が雰囲気が出ていて、小説としてなかなかいいものである。そういえば昔イネスで訳されたのって「海からきた男」が冒険ものだった記憶があるが、そういう資質も本作で少しだけだが出ている。今でこそ結構読めるけども、フトコロの深い作家みたいだ。本作褒めるあたり、乱歩のセンスも侮れない。

No.4 6点 nukkam
(2016/09/05 00:22登録)
(ネタバレなしです) 1938年発表のアプルビイ警部シリーズ第3作の本書は江戸川乱歩や折原一が大絶賛した作品です。五部構成ですがそれぞれ異なる人物の目を通して各部を語らせているのが作品の個性です。第一部は(教養文庫版の)巻末で解説されているように読みづらい部分もありますが、それでも前作の「ハムレット復讐せよ」(1937年)に比べると格段に読みやすくなっています。どんでん返しの連続が圧巻です。

No.3 7点 蟷螂の斧
(2016/06/27 10:58登録)
序盤の読みにくさは我慢するしかない?。真相に至る構図は面白い。江戸川乱歩氏による1935年以降のベスト10の一冊。あとは、「殺意」「伯母殺し」「判事への花束」「クロイドン発十二時三十分」「野獣死すべし」「大いなる眠り」「十二人の評決」「検屍裁判」「幻の女」

No.2 7点 kanamori
(2010/08/30 18:57登録)
雪深いスコットランドの片田舎に立つ古城を舞台に、城主の墜落死の謎をメインに据えた本格ミステリ。
複数の人物の手記によって事件が語られていき、語り手が変わるごとに事件の様相が次々と変転していくという、重層的で多重解決もどきのプロットが面白い。
作者の他の作品と比べても、ゴシック・ミステリ的な雰囲気は異色で、好みのテイストですが、序盤の読みずらい文章は読者を選ぶかもしれません。

No.1 9点 mini
(2008/11/09 15:25登録)
社会思想社の現代教養文庫は倒産により埋もれてしまっているが、D・M・ディヴァインなど復刊要望が高い作家もいる
ディヴァインはいかにも本格オタクが好みそうだが、埋もれているのが最も残念なのが単品としてはイネスの「ある詩人への挽歌」で、英国教養派を代表する傑作である
これほどイマジネーションに溢れた物語性と文章で綴られるミステリーというのも滅多に無いだろう

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