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平均点:5.87点 | 書評数:67件 |
No.67 | 7点 | 揺籃の都 平家物語推理抄 羽生飛鳥 |
(2024/11/19 19:58登録) 舞台となるのは一一八〇年、清盛が都を福原に移して間もない頃。頼盛は、平家にとって縁起の悪い夢を見たと言いふらしている青侍を捕縛するように清盛に命じられる。見つけて追いかけたまではよかったが、なんとその青侍が逃げ込んだのは清盛の屋敷だった。 もはや袋の鼠と悠長に構え、清盛の息子たちと清盛邸に泊まった頼盛だったが、翌朝、その青侍がバラバラに説だsンされた死体で発見された。しかも清盛の寝床から大切な刀が盗まれたという。館は見張りも多く、勝手な出入り菜出来ない。外には降り積もった雪。さらに封印された密室の中で事件が。 物理トリックから錯覚を利用したものまで、様々な仕掛けに満ちていて実にエキサイティング。しかも、この時代ならではの価値観や習慣を上手く事件に絡めており、その腕に感心した。 |
No.66 | 6点 | ヒートアイランド 垣根涼介 |
(2024/10/29 21:12登録) 大都会の夏は、ヒートアイランド現象のため熱がこもり暑い。その熱にうだりながら自らも行き止まりの人生に首まで浸かっているストリートギャングたちが、不正な大金を偶然に手にしてしまったために、本職のヤクザたちと命懸けの闘いを繰り広げることになる。 デビュー作の「午前三時のルースター」でテンポの良い文章を評価されていたが、本作ではリズムだけでなくメロディの美しさでも読ませる作家であることを証明してみせた。ここで扱われている主題は、時代を包む閉塞感をいかに打開するかという力強い問題提起である。 |
No.65 | 6点 | 先祖探偵 新川帆立 |
(2024/10/09 21:14登録) 依頼人の先祖を調査する専門の探偵、邑楽風子。高校卒業以来、興信所で働き二十六歳で独立、東京の下町に個人事務所を開いた。風子は何百年も前の先祖がどんな身分でも構わないではないかと思いながらも、遠い先祖をたどれる人を羨ましく思ってしまう。なぜなら彼女に母以外に係累の記憶がないからだ。 それぞれの依頼に応じた風子の調査を通じて、各編のタイトルに含まれる幽霊戸籍や消失戸籍など、特殊な事情が絡んだ戸籍をめぐる諸問題が浮かび上がってくる。本書は戸籍をめぐる蘊蓄ミステリとしての一面に加え、風子の両親探しという縦糸で全編が貫かれている。 誰から生まれ、誰と繋がっているのか。それを知ることが風子のアイデンティティの確立と不可分に結びついている。紙切れ一枚で示される戸籍から色々な感慨を覚えさせてくれる作品。 |
No.64 | 5点 | ダンシング玉入れ 中山可穂 |
(2024/10/09 21:04登録) 主人公は無敵の殺し屋。彼のターゲットは、宝塚歌劇団月組トップスター・三日月傑。主人公が三日月のことを尾行すればするほど、驚くのは彼女のストイックな生活。この中でどうやって殺しを実行するのか。そして彼に殺しを依頼した犯人は一体誰なのか。 読みどころはなんといっても、そのストイックな青春の在り方である。若い女性のイメージに相応する余暇をかなぐり捨てて、全身全霊で舞台という名の青春に没頭する。その姿は、まるでオリンピックに邁進するアスリート姿と同じようだと、主人公の殺し屋は驚きをもって語る。 トップスターの三日月もまた、殺し屋に狙われるという数奇な運命を抱きながら、ある意味「命懸け」つつ、舞台へ向かう。宝塚がテーマの小説という華やかな舞台を描いた物語を想像するかもしれないが、実のところはスターが舞台上で見せる姿の裏にある、ストイックに自分を追い込む日々を切り取っている。宝塚に詳しくなくても、鮮やかなノワール小説として爽やかな青春小説として楽しめる。 |
No.63 | 5点 | ディア・アンビバレンス 口髭と<魔女>と吊られた遺体 SWERY |
(2024/09/18 21:44登録) 語り手は、吾輩は紳士であると自称する口髭のポコ。この小説は彼が実話をもとに書き上げた創作という形で始まる。舞台はイングランドの片田舎。ある日、十七歳の少女が、木に逆さ吊りにされた上、全身の毛を剃られ、内臓を抜き取られて殺される。まるで魔女狩りを想起させるような現場だった。 警察署の刑事たち、肉屋、牛乳配達員、怪しげなバーの店主と村人たち。果たして犯人は誰か?動機は?なぜ少女は殺されたのか?森の魔女クラブとは何なのか?エミリーとポコは事件を探るうちに、この町に眠っていた暗い過去と向き合うようになる。 ストーリーは言うに及ばず、ポコの書く文章は、どこか気品があり、登場人物たちの会話は皮肉とユーモアに満ちている。 |
No.62 | 6点 | 五つの季節に探偵は 逸木裕 |
(2024/09/18 21:31登録) クラスメイトから担任の教師の弱みを握って欲しいと懇願される第一話「イミテーション・ガールズ」は高校時代のエピソード。清廉な雰囲気を漂わせる若手男性教師を尾行することで、歪んだ事態の構図と対峙する探偵のそれ以上に歪んだ心理を描いている。 総じて名探偵の個性と共鳴した苦みの強い終幕を迎える事件が並んでいるのが最大の特徴である。貴重な香りを放つ鯨の結石(龍涎香)を盗んだ人物を突き止める「龍の残り香」では依頼人の望まない結末に事態を導き常軌を逸した執着は、第三話「解錠の音が」のラストで探偵を異常な行動に走らせることになる。切れの良い伏線回収さえ霞ませる名探偵の性質が常に誰かを傷つけ、他者との間に軋轢を生むのだ。 |
No.61 | 5点 | ポリス猫DCの事件簿 若竹七海 |
(2024/08/28 22:24登録) 住民の数より多くの猫が住みつき、観光地となった葉崎市猫島。島唯一の派出所の勤務員は、七瀬晃巡査と、ポリス猫DC。 のんびりした猫島に放たれる、作者お得意の悪意が絶妙。人間のひき起す事件に猫が絡んでのドタバタ劇。個性的な登場人物に、適度なユーモアが加わったコージーミステリとなっている。猫好きならお薦めするが、そうでなければ薦めない。 |
No.60 | 7点 | 暴虎の牙 柚月裕子 |
(2024/08/06 21:18登録) 極道にとことん歯向かう愚連隊・呉寅会を率いる沖虎彦の波乱に満ちた青春を描いている。 マル暴刑事・大上も、日岡秀一も、そして尾谷組組長となった一之瀬守孝も、これまでのシリーズ二作に登場してきた男たちの全てを脇に回し、沖虎彦の苛烈な生き方を見事に引き締めている。 「孤狼の血」よりも前の年代から始まるが、最後は「凶犬の眼」の先まで描く物語である。つまり本書は三部作全体を包含する物語なのである。まるで男たちの挽歌であるかのような、余韻ある哀しいラストが心にしみる。 |
No.59 | 7点 | 同志少女よ、敵を撃て 逢坂冬馬 |
(2024/07/19 22:28登録) 一九四二年、母を独軍の狙撃兵に殺され、戦うのか死ぬのかのの選択を迫られたソ連の少女・セラフィマが主人公。 敵を討つ道を選び、狙撃兵となった彼女が、実際に人の命を奪う経験を重ね、戦闘の現場での女性の扱われ方のリアルを知っていく様を圧倒的な筆力で描き切った本作は、狙撃の攻防のスリルを生々しく体感させてくれるとともに、死の重さ(仲間の死)と軽さ(狙撃成績としての殺害者数)を両面で理解させてくれもする。さらに女性を最前線に投入したソ連の特殊性や、終盤に配置されたサプライズなどもセラフィマを通じて語られていて素晴らしい。 戦争が終わっても人生は続く。物語の最後にその真実を綴るのは厳しくも優しい。 |
No.58 | 5点 | 虚魚 新名智 |
(2024/06/25 21:27登録) 物語は三咲の同居人カナちゃんが釣り堀で釣り上げたら死ぬ魚がいるらしいと聞いてきたことに始まる。三咲は怪談オタクの西賀昇に協力を要請、彼は静岡県釜津市の名刺に、人の言葉を話す恐魚伝説があるのを見つける。二人は現地に赴くが、地元の人によると恐魚がいるのは東海道の難所として知られた隣町の狗竜川の河口だという。帰郷した三咲は川に憑かれていく。 序盤の展開からして怪談小説ぽいが、三咲が川に取り憑かれるのはもともとトラウマがあるからで、体験したら本当に死ぬ怪談を探しているのも、実はそこに動機があることが明かされるや、ミステリ的なサスペンスも生成し始める。中盤からはミステリとホラーがバランスよく展開している。 |
No.57 | 5点 | 私が大好きな小説家を殺すまで 斜線堂有紀 |
(2024/06/04 20:25登録) 人気小説家が失踪し、自室のクローゼットには何者かがいた痕跡が残っていた。そしてノートパソコンのドキュメントファイルには、その同居人が書いたと思しき小説が。 自殺しようとしていたところを小説家に命を救われた女子小学生は、成長とともに相手への依存を深め、小説家はスランプに陥って少女の文才に頼る。最初から噛み合っていなかった歯車が、動き出すにつれてさらに歪みを大きくしていく物語のようでもあるし、崇拝、愛情、嫉妬、情悪などの歯車が、運命という設計図のもと正確に噛み合って崩壊へと二人を導いているかのようでもある。出会ったこと自体が間違いだったとしても、やはりこの二人はこうなるしかなかったのかも知れない。 |
No.56 | 6点 | 推理大戦 似鳥鶏 |
(2024/05/14 22:20登録) 日本のある富豪が発見したという「聖遺物」を手に入れるために、世界中のカトリックそして正教会は、名探偵を送り込んだ。理由は聖遺物争奪のために行われる、前代未聞の推理ゲームに勝利するためである。迎えるのはその富豪である祖父の遺言でゲームを手伝うことになった廻と彼のいとこの大和、そして弁護士の山川。アメリカ、ウクライナ、日本、ブラジル各国から選ばれた強者たちは、全員が論理という武器だけでなく、特殊能力を有する超人的な名探偵ばかり。さてこの中で最も優れた名探偵は誰か。 まるで「アベンジャーズ」を想起させられるが、戦う相手がヴィランではなく同じ目的を持った「スーパー名探偵」というだけであながち間違っていない。特殊能力や派手な演出はやはり心を掴まれる。本題である聖遺物争奪ゲームはもちろん、前半パート置ける各国の名探偵が登場する短編も充実している。 |
No.55 | 6点 | 悲鳴だけ聞こえない 織守きょうや |
(2024/04/22 21:41登録) 表題作は、顧問先の会社でのパワハラの告発を二人が調査するが、目撃者はいても被害者が名乗り出ない状況が謎となる。以降、弁護士までが絡んだパチンコの打ち子詐欺の全容を暴く「河部秀幸は存在しない」、破産手続きを前にどうしても手放したくない財産を隠したい依頼人に懇願される「依頼人の利益」、偏った財産分与を記した遺言状の作成に苦慮する「無意味な遺言状」、子供たち三人による遺産分割協議が始まった矢先にもう一人の相続権を持つ人間の存在が発覚する「上代礼司は鈴の音を胸に抱く」の5編を収録。 極めて今日的な話題から普遍的な揉め事までを幅広く取り入れて、そこにトリッキーな解決を見せる。弁護士コンビの目を通して描かれる生々しくほのかな闇を垣間見せる人間模様が解明とともに浄化される気持ちになる。 |
No.54 | 5点 | 彼女は二度、殺される 秋尾秋 |
(2024/04/03 21:49登録) 死者を一時的に蘇らせる能力者・傀々裡師が秘密裏に活動する現代日本。主人公の九十九黒緒と一白夜は、それを管理する福音協会に所属する傀々裡師とその護衛役である武鬼のコンビ。二月の頭、二人は何者かに絞殺された周防家の娘・真珠を蘇らせるべく周防家に向かう。だが、いざ傀々裡を始めようとした時、真珠の遺体からは目と舌、両手の指が失われていた。 ミステリとしては特殊設定ものだが、謎解きの手法は至ってオーソドックで、アリバイ崩しや密室からの消失仕掛けなどがロジカルに解き明かされていく。 ただ、伏線が素直過ぎて真相が分かりやすいのは難点。また、死体を物扱いする独特なディストピア作りやグロテスクな犯罪趣向は好き嫌いが分かれるだろう。 |
No.53 | 6点 | 君待秋ラは透きとおる 詠坂雄二 |
(2024/03/11 21:44登録) 君待秋ラは、任意の対象を透明化する能力を持っていた。そんな彼女に接触を図るのは、国家の特別組織「日本特別技能振興会」。彼らの目的は何か。 手から鉄筋を生み出す匿技師と秋ラのバトルから始まり、幾度も異能バトルが繰り広げられる。だが本書の特色は、超現実的な匿技にも何らかの科学的説明が試みられているところにある。特に秋ラの透明化に関するロジックは秀逸。 そして後半に入ると、一人の謎めいた老女をめぐって、戦後日本史の裏面を絡めた伝奇色とともに本格ミステリ色を濃くしてゆく。作者らしいユニークで彩られた作品。 |
No.52 | 6点 | 虜囚の犬 櫛木理宇 |
(2024/02/16 22:54登録) とある男が死体となって発見されるところから始まる。その男の住居を訪ねた刑事は、その屋敷の離れで監禁されている女性を発見する。犬の首輪で鎖につながれている女性には、繰り返し性的暴行を受けた痕跡があった。犬用と思しきエサ皿で彼女に与えていたのは、先に亡くなった他の女性をミンチ状にしたものだと後に発覚する。 グロテスクなヴェールが覆い隠す複雑に入り組んだ人間ドラマ。なぜ女性を犬のように監禁していたのか、監禁していたのは誰なのか。一つ明らかになれば、また一つの謎が浮かび上がり、明らかになったはずの真実さえ闇に沈む。丁寧に緻密に作り上げられ、ページをめくる手が止まらない。 |
No.51 | 6点 | ブックキーパー脳男 首藤瓜於 |
(2024/01/28 21:11登録) 警視庁が異常犯罪データベースを整備する過程で、三件の殺人事件の共通事項が発見された。それが示すところは愛宕市。中部地方では名古屋に次ぐ大都市だ。そしてこの愛宕でも新たな殺人事件が発生。他の三件同様、拷問の痕がある。現地に赴いた警視庁の警視・鵜飼縣は、県警の茶屋警部とともに捜査を進める。 いくつもの悪意や欲望が絡み合う複雑な事件であり、登場人物も多い。しかしながら、それは作者にとって適切に整理されており、しかも物語の推進役である鵜飼も茶屋も突進力のあるキャラクターである。新鮮な着眼点による調査で意外な事実に着地する妙味もあれば、アクションの冴えもある一気に読ませてくれる痛快作だ。 |
No.50 | 6点 | 京都辻占探偵六角 431秒後の殺人 床品美帆 |
(2024/01/07 21:15登録) 表題作は、不貞を犯した妻を離婚協議中の写真館主・松原京介が妻との会見後、烏丸六角交差点の路上でビルからの落下物により亡くなる。警察は事故死と断定したが、松原を恩人と慕う駆け出しのカメラマンの安見直行は、妻と不倫相手の謀殺と確信、祖母のすすめる失せ物捜しの達人、六角法衣店を訪ねる。だが店にいた主人らしき青年、六角聡明は追い返されてしまう。 その後、六角はひょんなことから安見の捜査に協力することになるが、松原の死亡時、妻はタクシーに乗っており、犯行は不可能と思われた。松原の死は本当に殺しだったのかというわけで、ハウダニットの謎解き劇が繰り広げられる。 ミステリとしては一貫してハウダニットもので、第二話ではお洒落なカプセルホテルで、第三話ではミニシアターとシネコンの中間に位置するような劇場の寄席で、第四話では繁華街の準中箱規模のクラブで事件発生。舞台的にも道具立てという点でも、京都の現代都市としての側面を浮き彫りにしているところがミソ。また安見と六角が仲直りするきっかけになる出来事をはじめ、随所に怪奇趣向がまぶされている点も見逃せない。 |
No.49 | 7点 | わが名はレッド シェイマス・スミス |
(2023/12/12 21:18登録) 過去に起きた赤子誘拐事件と現在をつなぐ謎めいた構成やお得意の人を食った語りの妙もさることながら、視点を変え先の見えない展開で、話の着地点がどこに行くのかという興味で読み手を振り回しつつ、最後に残酷な真実を見せつける。エキセントリックなサイコ・キラーが絡み、予断を許さない作品。 |
No.48 | 7点 | てのひらの闇 藤原伊織 |
(2023/12/12 21:10登録) なかなか覗こうとしなかった過去が、鮮烈な形で浮かび上がり、男の生き方が問われることになる。破滅することも厭わない苛烈な精神性が緊迫感みなぎる闘いの中で屹立する。 暴力と陰謀に巻き込まれながら、高潔な姿勢を崩さない男の姿が力強く、作者らしい抒情性の中で捉えられている。 |