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ミステリの祭典

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五つの季節に探偵は
私立探偵・森田(榊原)みどり

作家 逸木裕
出版日2022年01月
平均点6.50点
書評数2人

No.2 6点 SU
(2024/09/18 21:31登録)
クラスメイトから担任の教師の弱みを握って欲しいと懇願される第一話「イミテーション・ガールズ」は高校時代のエピソード。清廉な雰囲気を漂わせる若手男性教師を尾行することで、歪んだ事態の構図と対峙する探偵のそれ以上に歪んだ心理を描いている。
総じて名探偵の個性と共鳴した苦みの強い終幕を迎える事件が並んでいるのが最大の特徴である。貴重な香りを放つ鯨の結石(龍涎香)を盗んだ人物を突き止める「龍の残り香」では依頼人の望まない結末に事態を導き常軌を逸した執着は、第三話「解錠の音が」のラストで探偵を異常な行動に走らせることになる。切れの良い伏線回収さえ霞ませる名探偵の性質が常に誰かを傷つけ、他者との間に軋轢を生むのだ。

No.1 7点 人並由真
(2022/04/29 20:21登録)
(ネタバレなし)
 同じ作者の先行作『星空の16進数』(2018年)に登場した女性探偵・森田みどりの、旧姓、榊原みどり時代からの過去設定の事件簿を集めた連作短編(中編)集。

 2002年の女子高校生時代、初めて探偵の道を志すことになったみどりの「イヤー・ワン」的なエピソードから開幕し、最後は『星空』の刊行年2018年の時世の事件まで、数年ごとの間を置いた5本のエピソードが収録されている。
 この1~2年、逸木作品を読んでなかったのでしばらくぶりに予備知識なしで本書を手にしたら、「あの」森田みどりの再登場作品(設定上は前述のとおり過去の事件簿だが)であった。これは嬉しいサプライズで、思わず「おおっ」と軽く喜びの言葉が漏れた(笑)。

 人の本性を覗く、真実を暴く、その結果、誰が不幸になっても、その結果の責任を問われるのは、探偵の領分ではない、という主旨のことをうそぶくみどりのキャラクター。
 それは正にサム・スペードの末裔で、そして長編『迷路荘の惨劇』で職業探偵の因果を嘆いた金田一耕助なども想起させる。

 本作の諸編はそれぞれがそういうハードボイルド精神を背骨にした謎解きパズラーであり、特にフーダニットの形質に束縛されない各話ごとの意外な真実が暴かれる。

 ある種のホワイダニットの「イミテーション・ガールズ(2002年 春)」
 みどりのハードボイルド性が最も感じられた「龍の残り香(2007年 夏)」
 犯罪者の意外な狙い(これもホワイダニットだが)「解錠の音が(2009年 秋)」
 反転の演出が印象的、かつ人間の切なく暗い内面を覗く「スケーターズ・ワルツ(2012年 冬)」
 そして本書の積み重ねを経た決算的な趣もある「ゴーストの雫(2018年 春)」
 各編がスラスラ読めて、それなり以上の腹ごたえ。 
 きわめてまっとうな、連作形式の謎解きハードボイルドミステリだが、ひとつひとつの小説の出来はなかなかで、2016年のデビュー以来、書き手としての作者の成熟を感じさせるところだ。

 個人的に『星空』を刊行年か翌年に読んだときには、あの葉村晶に対抗できる可能性の国産女性私立探偵キャラが登場した、シリーズ化せんかな~と思っていたので4年越しのこの再会は嬉しい。
(まあもし、この数年の未読の逸木作品のどれかにみどりがすでに再登場していたら、それは評者がお間抜けということで・笑)。

 本シリーズはみどりのほかにもう一人、そのエピソードごとのメインキャラ(女性が多い)を作中に配して、その相手の周囲からみどりが事件の真相に切り込むというスタイルで基本的に一貫。特に最後の「ゴースト」のゲスト主人公、須美要との関係性はたぶん今後のシリーズの基軸のひとつにもなりそうで、その内いつか書かれるであろうみどりシリーズの第三冊目が今から楽しみである。

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