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クリスティ再読さん
平均点: 6.43点 書評数: 1252件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1152 5点 ヒルダよ眠れ- アンドリュウ・ガーヴ 2023/07/14 13:20
さてヒルダ。改めて読み直すと「ヒルダって言うほど悪女だったのか?」と疑問に感じ始めちゃうのが、なかなかに厄介な話。今でいえば発達障害とか実はそういう「思い込みが強くて、周囲に気が使えないキャラ」で、勝手に周囲がヒルダを嫌うようになっていた....なんていうマギレが今では起きてしまっているのかもよ。

もちろん時代柄もあって、ガーヴはそんなこと考えてない。
どちいかいえば「幻の女」の被害者も「悪女」系だったから、それにヒントを受けて、調査が進むにつれ「証人が消える」話を「被害者のキャラが変わる」話にしてみた、というあたりなんじゃないかと思う。
でも、ホント皆さんご指摘の通りで恐縮だが、後半のメロドラマが退屈なんだよね。しかしだ、このメロドラマ調にガーヴっぽさを感じないわけでもないのが、痛しかゆし。困っちゃう。
まあシニカルな結末が好きなら、マックスと結婚したステファニーがどんどんと「ヒルダ化」するとかね、そんな不謹慎な想像もしてしまう。

そのくらい読んでいてモヤモヤし続けだった話である。

No.1151 8点 八点鐘- モーリス・ルブラン 2023/07/10 16:44
その昔って「ルパンは子供向け!」なんていう本格マニアに「八点鐘だけは読んでおけ」と勧めるタイプの作品だったのだけど、最近では読んだことない人が増えたのかな。

トリック至上主義の「教祖」の乱歩がこのオムニバス長編を高く買っていたからね。「類別トリック集成」の密室類型第三パターン(一番興味深いもの)の代表作が含まれていたり、乱歩自身が「オリジナル!」って自負したトリックの別パターンがあったり、足跡トリックの有名作、さらには今でいう「プロファイリング」の先駆作だってある。ルブランはトリックメーカーなのは間違いないんだよ。
でも大乱歩の威光もそろそろ薄れてきたから、それほど本作が読まれなくなってきた...と思うと淋しいものもある。

しかしね、改めて読み直すと、そういう乱歩の「読み方」が一面的だったようにも感じられるのだ。短編集ではなくてオムニバス長編である、と見た方がいいわけだし、全体を通じる「ロマンの香り」(女を口説いてるだけ、って言うんじゃない)の濃厚さにヤられるわけだ。けして「有名トリックの元ネタ集」ではなくて、そういう「トリック主義」に縛られないうまい使い方、ドラマの絡ませ方を楽しむのがいいと思うんだよ。

実に洒落た、ロマンチックな冒険(アヴァンチュール)譚。いくつもの宝石を埋め込んだ豪華なブローチのような。ルブランの筆が一番ノっていた時期だと思う。

No.1150 6点 丘の屋敷- シャーリイ・ジャクスン 2023/07/08 08:31
翻訳タイトルがバラバラで厄介だけど、原題「The Haunting of Hill House」に一番近くて最新の刊行がこの題だから、「丘の屋敷」にしておこう。この作品はマシスンの「地獄の家」やキングの「シャイニング」に影響を与えたことで有名なモダンな「幽霊屋敷モノ」の古典。怪異を外的な怪異というよりも、幽霊屋敷に滞在するチャレンジャーの精神に食い込んでくるような存在として描くあたりに「モダン」があるのかなあ。確かに「モダン・ホラー」っていったい何?と改めて聞かれると言葉に窮するのだが、本作あたりがその先駆作とは言っていいんだろう。

で...いやホントになかなか超常現象が起きないホラー。札付きの幽霊屋敷にチャレンジする4人の男女。その一人のエレーナの視点で、知らず知らずにこの屋敷の「何か」に精神がシンクロしていくさまが描かれる。まさに本人の主観が徐々に蝕まれていくわけ。ジャクスンの丁寧な心理描写を通じて「フィルター」がかかった状態で、読者は「怪異」に導かれていく。
そんな解読力がかなり要求されるホラーだから、「怖くない!」という声も大きいんじゃないかな。ポルターガイストくらいは起きるけども、あまり派手な事件が起きるわけではないし、怪異の謎解きがある、というほどでもない。
ジャクスンらしい心理主義で、「くじ」所収の短編に登場するような「主人公の神経を痛めつける無神経キャラ」も後半に登場。ラストにちょっと「くじ」風の味わいがあるかな。

というわけで相当地味な作品。本作を派手なエンタメに書き直したのがマシスンの「地獄の家」だと思う。タイトルだって「ヘルハウス」「ヒルハウス」と語呂が合っているじゃん?

No.1149 7点 キス・キス- ロアルド・ダール 2023/07/05 14:40
「あなたに似た人」の次の短編集。いや読んでの感想は

ダールって男性的な作家だなあ

というあたり。男性から見た女性の不思議さ・不可解さが大きなテーマになっているわけで、それがたとえば捕食者的な「女主人」というかたちをとったり、夫への復讐譚「ウィリアムとメアリー」(SF仕立て)、「天国への道」(オーソドックスな日常の悪意)、ガチの男女闘争譚を、策士策に溺れるの洗練された騙し合いに持って行った「ミセス・ビクスビーと大佐のコート」、やはりSF仕立てにした「ロイヤルゼリー」「勝者エドワード」、今でいうインセルの奇想小説の「ジョージ―・ポージー」と、手を変え品を変え同一テーマに固執しているわけだ(だから「おとなしい凶器」もそう読むべきなんだって!)。
だから逆に「クロードの犬」からのボンクラ三人組活躍譚(「牧師の愉しみ」「世界チャンピョン」)はカラー違いのホモソーシャルな「男らしさ」の小説になってくるのだろうな。結構ヘミングウェイの世界に近いと思っているよ。

というわけで本当は「あなたに似た人」の路線をさらに純化・強化した短編集が「キス・キス」ということになるんだろうと思う。
ごめん「来訪者」とか読んでない。そのうちやろう。

No.1148 8点 死体をどうぞ- ドロシー・L・セイヤーズ 2023/07/02 13:47
文庫600ページある大長編なんだけども、つるつる読めて楽しめる。
それでいて冗長じゃないし、しっかり「謎の解明」に焦点の当たった小説で、ある意味「これぞ本格」と言いたいくらいの作品。イギリスの「パズラー長編」というものを考えたときには、モデル的な作品としてもいいかもしれない。
セイヤーズの犯人は、決して超人的な悪の化身でもないし、犯行プラン通りに奇抜なトリックを決めてみせることもない。平凡な悪意をもって綿密なプランを立てたつもりでも、いろいろな偶然に翻弄されて、その結果「きわめて異常な状況」に陥る。それをピーター卿とハリエットが、あーでもないこうでもない、といろいろな方面からこねくり回して見せる「ミステリ」であり、実際その推理も一瀉千里とはいかずに、試行錯誤とミスや誤解の集積だったりする。
このリアルで平凡なあたりに、セイヤーズの筆が冴える。ピーター卿もハリエットも犯人も被害者も、それぞれ想像が絡み合った世界に生きていて、それぞれの「想像」がリアルとズレながらも、時にはヘンな構図を取りながらも次第に噛み合っていく....そんなプロセスの小説。だから真相が極めてアイロニカルなものになるのは当然。
だからこそ、そんな中に光る人間性をうまく掬い取り、さらにはアイロニカルな状況に置かれた人々の醸すユーモア、そしてツンデレなハリエットとピーター卿の恋の駆け引きが、長い小説を彩って飽きることがない。
(個人的には被害者の同僚のジゴロが「僕たちが売り買いされる人間だからといって、眼も耳も持たないと思ってはなりません」という人間の矜持が、実は真相に照応しているあたりとか、素晴らしいと思う)

No.1147 4点 震えない男- ジョン・ディクスン・カー 2023/06/27 23:58
創元の新訳で。
出だしとか意外に雰囲気がいいんだけども、幽霊屋敷に訪問してからは話が終始グダグタ。なんか間伸びしている。トリックはねえ、どうこう論評するようなものじゃないように思う。お約束みたいなものとして笑って済ますべきだろう。で、問題は終盤の真犯人をめぐるプロットの綾なんだけども...

17章で物理トリックが解明、19章末尾でドンデン、20章でさらに...で終わり。
本当に最後の最後で波乱があるんだが、いやこういう仕掛けをするんなら、もっと書きようがあるだろう?というのが正直な感想。ネタとしては「ミステリの宿題」みたいなものなんだから、大いにやるべきネタだと思っている。
しかし、カーは何でこんなもったいない使い方をするんだろうね。定型的なミステリの書き方この時期妙にこだわりすぎて、つまらなくなっているとしか思いようがない。

最後の真犯人の件、タイミングが難しいから無理筋だと思う...そういうあたりの粗さが、思いつきっぽく感じられるのが敗因じゃない?

No.1146 6点 アルザスの宿- ジョルジュ・シムノン 2023/06/26 15:07
さて評者は国会図書館デジタルコレクションで本作。
創元で出たが、メグレ物ではない単発のエンタメ。メグレ夫人の出身地がアルザスの設定で、よく「妹の出産」だなんだで帰省するし、名物シュクルート(ザウアークラウトだな)はメグレも好物。そんなアルザスの観光地ミュンスター(仏語だとマンステールと発音した方がいいようだ)の、シケた宿屋に寄宿する冴えない中年男、セルジュ氏。

セルジュ氏はぶらぶらしているくせに金欠のようで、宿の女主人に下宿代を請求されて「待ってくれ」とお願いする始末。でも、宿の雑用を気よく手伝って...と「居残り左平次」みたいなキャラでなかなか、いい。向かいのホテルに投宿したオランダ人銀行家の手元から、金が盗まれる事件が起き、容疑が身元不詳のセルジュ氏にかかった!
セルジュ氏はその容疑を晴らすが、銀行家夫人がセルジュ氏を謎の詐欺師ル・コモドールだと指摘する....ル・コモドールと対決するパリ警視庁ラベ警部がこのセルジュ氏に貼り付いて監視するが、セルジュ氏は詐欺師か?盗難事件の真相は?

というような話。セルジュ氏のキャラとその謎、それから宿の奥にある別荘に住む未亡人とその娘との間のロマンス含みの関係など、「セルジュ氏の謎」として小ぶりながらうまくまとまった作品。
考えてみたら、ホテル探偵居残り左平次って、結構いいネタだと思う。「幕末太陽伝」のフランキー堺のイメージでミステリだったら素敵だな。

シムノン版ルパンみたいな味わいがあって、フランス人のルパン好きと、シムノンらしさとがうまく拮抗して補いあっている。結構な珍味作。

(あ、マンステールって地名、何で聞き覚えがあるんだろう?って思ってたが、ウォッシュタイプのチーズで有名なのがある)

No.1145 5点 ヒッチコックを殺せ- ジョージ・バクスト 2023/06/25 22:24
まだ「ある奇妙な死」は評者しか扱ってないんだなあ。一応「ゲイミステリの金字塔」とまで言われた作品だったんだが、このジョージ・バクスト、1980年台のEQMMでは主力級で活躍していて、よく「EQ」に短編が載っていた。しかし長編の翻訳は2冊きり。紹介タイミングを逸した作家の一人になってしまった。

高踏的で文学的な「ある奇妙な死」とは違って、本作はメタな味わいを生かしたスパイスリラー。主人公は若きヒッチコック。前半は処女監督作「快楽の園」をミュンヘンで撮影中に、スクリプトガールが自宅のシャワー中(「サイコ」)、さらにその捜査に刑事が訪れている面前でピアニストが殺害されえ。ナチス台頭期の不穏な情勢。フリッツ・ラング夫妻と食事をするが、「メトロポリス」の脚本家でラング夫人のテア・フォン・ハルボウはしっかりナチスに感化...そんな状況下で、事件は未解決のまま終わる。
そして1936年のロンドン。「バルカン超特急」を準備中のヒッチコックの元に、ミュンヘンの事件で一緒に仕事をした脚本家から「見てほしい」といわれたシナリオが届く。それを持ってきた男はヒッチの面前で刺されて死んだ...このシナリオの導くままに、ヒッチコックはまさにヒッチコックの映画の筋書きそのままに追いつ追われつの追跡と逃亡の劇を演じる。

まあだから、メタなあたりが狙いの小説。ヒッチコックの映画の場面をそのままヒッチコックが演じるようなものだから、ファンアートっぽい印象もあるんだけど、そこはキャリア十分の作家だし、映画にだって関わっている人。映画のネタの嵌め込み具合など、堂に入ったもの。
しかしまあ、場面場面を優先することになるから、プロットはどうしてもはっちゃけ気味。どうやら文章に語呂合わせなどくすぐりが入ってて、それが面白味のようだけど、翻訳はこれが全然再現できなかった旨があとがきにある。
もっとガンガンと実在の映画関係者を出したらよかったのに。ラング夫妻くらいなのでそこらへんが不満なこともある。

狙いはわかるけど、もう一つ。「ある奇妙な死」は三部作だそうだから、続編を紹介してくれた方が嬉しかったな。

No.1144 6点 幻の下宿人- ローラン・トポール 2023/06/24 09:46
評者の世代だと
「善良な彼は、なぜ女装してパリの町を逃げまどうのか、なぜ女がトイレに入るのを覗くのか―平凡な日々の中の思わぬ恐怖の陥穽を描く!」
の惹句で馴染みがある本。1970年代のポケミスの宣伝ページに「ブラック・ユーモア選集」で紹介されていた本では、本作と「ジョコ、記念日を祝う」の2作が収録されていたが、河出文庫での再刊では本作のみ。これヴィアンの「北京の秋」と並んで気になる本、でしょう?

でブラック・ユーモアのはずなんだけど、実はホラーといった方がいい内容。楳図かずおもギャグが得意だったり、伊藤潤二のホラーが笑えたりするのはよくあることで、日常を別視点からヒネって脱臼したかたちで提示して、感情を震撼させることでは、似たようなものだと言えるんだろうね。

引っ越し先のアパートで友人を呼んで騒いだことで、家主&ご近所から強烈なクレームを入れられた主人公が次第に病んでいく話。その部屋の前住人は窓から飛び降りて自殺を図り、主人公も部屋の賃貸権を気にして前住人の女を見舞に行ったのだが、その女と同じ目に逢わせようと、ご近所は企んでいるようなのだ...追い詰められた主人公は次第に自殺した前の住人の女性と同一化していく

なんて話。サイコホラーだけど、下ネタとシュールな描写が多数。トポール自身、諷刺漫画家として世に出た人で、例のカルトアニメ「ファンタスティック・プラネット」にも関りがある。シュルレアリストとも言えるけど、カフェでのアンドレ・ブルトンの法王然とした姿を見てがっかりしたそう。サイコホラーなのか、オカルトチックな陰謀話なのか、シュルリアリスム小説なのか、下ネタお笑い小説なのか、よく分からないあたりに存在意義がある。

No.1143 4点 アルセーヌ・ルパンの第二の顔- アルセーヌ・ルパン 2023/06/18 11:56
ボア&ナルの贋作ルパンの3作目。前作「バルカンの火薬庫」で作者はバレたから、本作からは堂々と原著もボア&ナル作を謳っている。けど、新潮文庫では今までの流れから作者は「アルセーヌ・ルパン」のままで、小さく「ボアロー=ナルスジャック」のカバー表記。背表紙は「アルセーヌ・ルパン」単独。扉ページでは「ボアロー=ナルスジャック」で、文庫本体は「ボアロー=ナルスジャック」と一貫性がない上、カバー折り返しではシリーズの一貫性を維持して「アルセーヌ・ルパン」。知らんよ、ホントの作者とか。

今回は「奇岩城」で恋人レイモンドを失って、盗賊稼業を廃業中のルパン。でも奇岩城の財宝が、「爪」を名乗る盗賊団に強奪された!ルパンに挑戦する気マンマンの「爪」一味の正体を暴こうと、ルパンは秘かに「爪」一味に潜入した!しかし「爪」の首領はルパンの正体を見破って....謎の美女、妻を一味に殺された峻厳な検事、ルパンを慕って一味を裏切る青年などなど、ルパンと「爪」の対決の行方は?

こんな話。謎の美女に峰不二子テイストがあって、ルパンと濃厚なキスをしたりするシーンあり。ルパンが身元を隠して一味に潜入するあたり007っぽい味わい。いや007ってある意味ルパンの子孫なんだな、とか思う。
だから「ルパンっぽさ」はわりと薄いし、話も地味。さらに「爪」の首領の正体はお約束っぽいし、今回はルパンが翻弄されっぱなしで、ヤキが回ってる?

というわけで、新潮文庫3作の中では一番落ちる。
シリーズ次作のサンリオ「ルパン、100億フランの炎」は、すでにボア&ナル名義での人並由真さんのご書評があるので、そっちで。

No.1142 5点 死刑執行人のセレナーデ- ウィリアム・アイリッシュ 2023/06/17 21:37
ウールリッチには珍しい?ミッシングリンク連続殺人....なんだけど、ポケミス裏表紙の解説がちょいとバレてる。この頃の編集、結構雑だからねえ。

場面場面はなかなかイイのがあるんだよ。中盤で金持ち女のコンパニオンとして、青春と才能を空費したオールドミスが「わたしの最初の独唱会」のアイロニーに嘆く姿、知恵遅れの青年が殺人犯が吹くヤンキードードルの口笛を覚えきれていないのを証明するクダリなど、「悲しい人々」を描かせるとウールリッチの筆が乗るなあ、というのを実感する。
いやソツなく事件を記述して、田舎の島で負傷後の静養をするNYの刑事、そして島で出会う画家の女、出会いと恋を事件に絡めつつ....ウールリッチ節は出過ぎず、それでも出る時はしっかり。サクサク殺されていくスピード感もあるし、犯人と目された知恵遅れの青年を村人のリンチから救う幕間劇やら、ミステリとして悪くないといえば悪くない。

でもね、どこかしら「火が消えた」ような印象を受ける。嫌々書いているような、といえばそう。自分が得意で描きたい場面だけ、俄然筆が乗る。そんなワガママを押し通したような印象。

No.1141 9点 女王の復活- H・R・ハガード 2023/06/12 16:33
いやこれは凄い。「洞窟の女王」の序で、レオとホリーはアッシャの復活を求めてチベットに旅立った旨が書かれているが、その17年後、ホリーの死を告げる手紙と原稿が著者の元に送られてきた....チベット放浪17年、レオとホリーはようやくアッシャの手がかりをつかみ、奥地の神秘郷カルーンに向かう。カルーンの女王アーテンはアッシャの生まれ変わりか?さらにその背後の火山を信仰する拝火教団の巫女が二人を呼ぶ...アッシャがいよいよ復活!この2000年越の神秘の恋の行方は?

傑作「洞窟の女王」をさらに上回る大傑作。「洞窟の女王」を読んでおかないとダメなのがもどかしいほど。この「神秘の恋」が小説の絵空事でなくて読んでいて感官に迫ってくるほどの迫力。まさに「読むヴァーグナー」。拝火教団の儀式に「パルジファル」が、アッシャの復活の荘厳な場面に「ジークフリート」が、クライマックスに「イゾルデの愛と死」が、読んでいる評者の脳内に流れっぱなしでありました。あの神秘的で濃密な「愛と死」の世界が小説として描かれているようなもの。

もちろん神秘の女王アッシャの美と御稜威のパワフルさは「洞窟の女王」に輪をかけており、前世からの因縁でレオを巡って対立するアメナルタスとの最終対決でも一蹴。それでも「洞窟の女王」よりも柔らかさを増している印象。それよりもイイのは、ようやくアッシャと結ばれるレオが、神秘の女王に圧倒されるのではなくて、近代人らしい自我をしっかりと発揮し、しかも「純愛」で我が身を省みずに愛に身を投げ出すあたり。惚れるようなイイ男じゃないか。このシリーズの美点は、レオの主体性がキッチリ描かれているところだと思うよ。(ヴァーグナーだと意外にヒーローが状況に流されやすい)

まあさあ、「洞窟の女王」なんて原題が「SHE」なわけだしね。「彼女」なんて抽象的で短いタイトルで、それでも大納得のスーパーヒロイン。そのさらに大納得の完結編「AYESHA: The Return of SHE」。
(けどハガードやっちゃったから、本サイトでハワードの「蛮人コナン」やっていけない理由ってあまりない気がしてきた...ハガード+ラヴクラフト、じゃん?)

No.1140 5点 メグレとルンペン- ジョルジュ・シムノン 2023/06/06 18:19
そういえば船からドボン!で川に落ちて...で助かる、という設定は「第一号水門」でもそうだった。「国境の町」と連続して読んだせいもあるけども、また「川で生活する人たちの話」。シムノンって意外に「世界」のバリエーションは少ない作家みたいにも感じる。

で誰もが指摘するように雰囲気が明るめな作品で、表面的には世捨て人のルンペンの殺人未遂程度の事件。メグレが躍起になるのが不思議みたいなものだけど、ビー玉から殺されかけたルンペンに共感する場面が印象的。でもこの挫折したシュヴァイツァーみたいな元医師の造型をもう少し突っ込んでもよかったのかな、とかは感じる。元妻とか娘とか登場するわりにプロットに絡まないし。

メグレに謎解きを期待する、というのも何だけど、本作だとしつこく証言の矛盾を突いたり、意外な展開を見せるのは確かだし、「取り調べ小説」といえばそんな展開もある。まあ結局の後日譚でオチがついているわけだけども、ミステリとしての真相とかオチからはかけ離れているのも確か。でも作品の柄がどうも小さくまとまってしまうようにも感じる。
「ほんの小品」といった味わいなのが、なんとなく、もったいない。

No.1139 5点 メグレ警部と国境の町- ジョルジュ・シムノン 2023/06/05 17:45
「メグレを射った男」の書評で「入手は降参」と書きはしましたが、調べてみると「国立国会図書館デジタルコレクション」というナイスなサービスがあります。身分証明書の画像を送って認証してもらうとかネット上の手続きが必要ですけど、シムノンの創元絶版分はおろか、名のみ聞く春秋社の刊行本やらわっさわっさと読むことができちゃいます。
本書とか「国会図書館で読んだ!」とか声の多い作品ですからね、こんなサービスするなら当然の候補というものでしょう。ただし、OCRではなくて画像としてそのまま取り込んだものですから、やや使い勝手は悪いです。スマホでもPCモニタでも読みづらくて、ノートパソコンを膝に乗せて立膝で寝転んで読むのが楽ちん。
そんな怠惰な読書姿勢でですが、幻の作品、行きましょう。

ベルギー国境の町ジベを、半ば私的な依頼のかたちで訪問したメグレ。パリで会った女アンナ・ピータースの冷たいキャラに興味を引かれて、アンナの弟ジョセフが、婚約者がありながらも子供まで作った女の失踪事件の捜査に乗り出したのだ。食料品店兼で角打ちでジンを提供し、フランス国内でありながら国境の向こうのフランドル人の河川労働者を相手に、利益を上げているピータース一家。そんな余所者一家の長男が、フランスの貧しい一家の娘に手をつけて子供まで作りながらも、許嫁と結婚しようとしている...ジベの街のフランス人からはこの失踪事件が一家の仕業と目されて、不穏な空気が漂っていた。メグレはこの事件をどう収拾するのか?

川沿いの街ということもあり、シムノンお得意の舞台設定、さらにはベルギー国境の街。さらには小商売に成功したプチブル傾向の強い余所者と、貧しい地元民の対立....コテコテのシムノン、と言いたくなるくらいの作品。でも事件は意外に単純。アンナの独特の情の強いキャラはいいんだけども、どうも作品としてはうまく回ってない。瀬名氏は「オランダの犯罪」の焼き直し、と言っているけども、まあそんな感じもあるかな。
さらにオチも第一期にたまにある後日譚で、ここらへんも「オランダの犯罪」っぽすぎるね。

う〜ん、雰囲気にはいいものがあるんだけど、手癖で書き飛ばしたような、と言ってしまえばそれまでか。メグレは本作だとジンばっかり飲んている(苦笑、あ一度グロッグにした)。

No.1138 8点 洞窟の女王- H・R・ハガード 2023/06/05 13:27
「ソロモンの洞窟」がジュブナイルみたいな明朗快活路線だったのにがっかりはしたのだけども、本作の方に期待していたからね。うん、本作って前半は「ソロモン」と大差ないアフリカ冒険旅行譚なんだけども、「SHE(原題)」である「洞窟の女王」アッシャが登場してからは...いやいや評者ツボでした。

アッシャのキャラがイケない方は、楽しめない小説だと思う。2000年間失った男を待ち続ける不老不死の女王。もちろん権高い肉食系。ツンはもちろんだけど、たまにデレてこれがたまらないです。評者イゾルデやらブリュンヒルデといった魔女系ヴァーグナー・ヒロインにズッポリな人間なのでどストライク。
先祖代々受け継がれてきた伝承をもとに、養父のホリーと共にアフリカ奥地に旅立った「ライオン」と形容される美青年レオ。この一行は引き寄せられるかのように女王が統治する「死者の国」めいたアマハッガー族の国を訪れる...一行を人喰い人種でもあるアマハッガー族の手から救った、レオに恋するアマハッガー族の少女アステーンも登場。

でもさ、あっさり女王アッシャの魔力でレオに恋する少女も撃退、にもかかわらずレオはアッシャの魅惑の虜。「2000年越しのミラクル・ロマンス」だから問答無用な威力。これを読者に納得させるためにか、醜男の養父ホリーもアッシャの魅惑に終始圧倒されっぱなし。うまいフックになっていると思うよ。
まあだからこれが受け入れられない人は、全然ダメだろうね。アッシャは「惚れたら命取り、惚れられても命取り」、道徳なんぞ踏み躙って何も気にしない魔女。そんな「ロマンス」だから理屈じゃないんだよ。

お話だから、すんでのところでこの恋は成就せず、レオとホリーは命からがらヨーロッパに逃げ帰り、その手記を作者の元に残して、チベットに旅立った....

というわけで続編「女王の復活」で決着がつくらしい。やならきゃね。

No.1137 5点 大あたり殺人事件- クレイグ・ライス 2023/05/30 17:45
評者は「大はずれ」からの連続で本作。まあやっぱり、こういう風に続けて読むものだよ。

「大はずれ」でのモーナとジェイクの「カジノ」を巡る賭けも決着するし、これが一応全体的な仕掛けになっているわけで、連続して読まないとこの機微がわからない。それが真相とはそうリンクしているわけではなくて、わりとご都合主義的に決着がつく。肩透かしな感じ。

で面白味はジェラルド・チューズディという身元不明の男が2度殺される、という謎。この趣向はわりと面白いし、「なぜ同じ名前?」という謎の説明もなるほど。真相は多少伏線が張られているから、何となく想像はついていた。唐突というほどではないと感じるよ。

それでもやや落ちる?と思わせるのは、ヘレンの破天荒っぷりが本作だとやや大人しめなことだと思う。前半のジェイクとのすれ違いシチュエーション(間に挟まれて困るマローン)は面白いけど、後半話がグダグダになって間延びするから、やや引き延ばしすぎ...という印象はある。後半失速で減点。

マローンは陳腐な言葉を吐いた。「所詮、人間は空に打ち上げられる途中で面倒にぶつかり、そして消える花火なのさ」

こんな言葉を吐くマローン、実は飲んでばかりのクセに有能で「シカゴ一の刑事弁護士」。パブリックイメージより二枚目寄りだと思う。訳者あとがきで小泉喜美子がマローンに「田中小実昌、殿山泰司、阿佐田哲也のお三方を足して三で割る」とアテているのは、ちょっとワキに寄せすぎだと感じるがなあ。フランキー堺くらいでもいいんじゃないかしら。

No.1136 7点 大はずれ殺人事件- クレイグ・ライス 2023/05/26 21:43
ライスの作品を「ユーモア・ミステリ」と呼ぶと、時代の違いもあってその美質を捉え損ねることもあるのではないかと危惧する。「何を笑うかによって、その人の人柄がわかる」って言うじゃない?訳者の小泉喜美子が

結局、彼女のミステリは本当の意味での成熟した大人のための娯楽なのだと思います。

と書いているのがまさにそう。読んでいて、ジェーク=アステア、ヘレン=ロジャース、マローン=E.G.ロビンソンあたりの配役がアタマに浮かんでしょうがない。そう「ザッツ・エンタテイメント!」なんだよ。アステア映画もそうだが、いわゆる「スクリューボール・コメディ」のシナリオの「ユーモア感」というものは、極めて知的で技巧的なものであり、現実離れして「砂糖菓子みたい」と言われながらも洗練の頂点を示している。これをそのままミステリに導入したのがライスの作品だと言っていい(第二期クイーンもやっているが、ライスには遠く及ばない...)

しかし、公然と「絶対つかまらない方法で人を殺してみせる」という賭けをする女モーラと、それを受ける主人公ジェークという枠組みは、「ミステリの構成」として考えてみたらやたらと難しいことをしている。ジェイクがモーラの殺人の証拠を見つけたら、ストーリーは一貫するがミステリとしてはつまらない。モーラが実は殺していないのなら賭けは不成立で話の辻褄が合わないが、ミステリとしてはノーマル....いやいや、どうするんだ、これ。
しかしモーラの動機を巡る推理は、

犯人の正体を指摘するためには、動機の発見ではなく、動機が欠如していることを発見することだった

という逆説があったりね。と、実はミステリとしてはいろいろと論点があって「ミステリ論的」に興味深い作品だと思う。まあ必ずしもこの「仕掛け」が真相に関して効いているとまでは言えないので、評価はこのくらい。これを完璧にこなしたらミステリ史上の大名作でしょ。

とはいえ堅苦しいこと言わなくても、三人組の「映画みたいな」洒落た活躍を追っていけば、十分楽しめる小説になっている。

No.1135 5点 疑惑の影- ジョン・ディクスン・カー 2023/05/22 17:05
フェル博士登場作なのに主人公は熱血弁護士バトラー。
どうも皆さんこの設定に面食らわられているのかな。いやこれカーの「プレ歴史ミステリ」ではなかろうか。バトラーのキャラ設定には「ニューゲイトの花嫁」のダーヴェントや「火よ燃えろ!」のチェビアト警視の面影があり、確かに「歴史ミステリのカー」好みの主人公だ。
そしてやや時代がかった黒ミサの話とか書いていて、「時代設定を一世紀ほど遡らせた方が絶対面白いじゃん!」とカーが思わなかったわけがない。だから翌年には「ニューゲイトの花嫁」を書くわけだ。

ただし、全体の構成がうまくいってない感がある。いやミステリ的な骨格は大変面白いんだけど、「作者が読者に対してメタに仕掛けたもの」という感覚のものなので、ミステリ的な見地でのデテールの無理があると興ざめる。
その他、面白い場面を描こうとするために、やや状況に無理を感じるとか、「もっと丁寧に書けばいいのに...」と残念なところが多い。オカルトの扱いも中途半端にしか感じない。

移行期の失敗作だと思う。

No.1134 8点 九マイルは遠すぎる- ハリイ・ケメルマン 2023/05/17 08:43
どんな「名探偵の推理」であっても、ヘリクツといえばヘリクツ。
ミステリにとって一番イタい指摘に対して、「でも!」と言える立場があるとするならば、その「推理」が築きあげる堂々とした空中伽藍の美にあるんじゃないのかと、評者は思うのだ。
だから表題作の「凄さ」というのは、片々とした隻句から幻のように犯罪計画が浮かび上がってくる、強引極まりない力技に徹し、それで振り切ったことなのだと思う。
いいじゃない?ニッキィの推理が妄想だったとしても。それでも十分小説になるよ。

まあだから、表題作以外の作品は普通に「安楽椅子のミステリ」を書こうとした、というのが何となく感じられる。
それなりに、いい。しかしこの「それなりに」さが、表題作の異常さを逆に際立たせているようにも感じられる。

「九マイルは遠すぎる」みたいな短編は、「天から降ってくる」ようなもので、書こうとして書けるものじゃない。そう思う。

No.1133 7点 お楽しみの埋葬- エドマンド・クリスピン 2023/04/22 03:40
セイヤーズやり出したこともあって、イギリス新本格とかイギリス教養派とか呼ばれる作家たちの作品を改めて読むのもいいのでは...の狙い。

アマチュア探偵ジャーヴィス・フェン教授が縁もゆかりもない選挙区から無所属で選挙に立候補する話を軸に、恐喝事件に端を発しフェンの知人の警官が、フェンとニアミスみたいな状況で刺殺される事件を扱った本作、面白めの犯人とか、伏線が周到に張られていてミステリとしてナイスなんだけども、それ以上に諷刺的でコミカルな社会小説というか、ちょっとヘンでおいしい話が盛りだくさんな「小説」というあたりにいい部分があるわけだ。

・宿屋を改造することに憑りつかれた持主によって、フェンが泊る宿屋がどんどん破壊されていく
・宿屋で育てていた「ゴクツブシの豚」が売っても売っても戻ってくる
・ポルターガイストを同居人扱いにする牧師
....もちろん選挙戦と意外などんでん返しも笑える。だけども、こういうったヘンでオカシいイイ話が、ミステリとはまったく絡まない!

そうしてみると、ミステリを話の軸にはするけども、他の面白要素とは並列的なユーモア小説というあたりで楽しめばいいのかな~なんて思う。要するにミステリの風俗小説化といえばいいじゃないのかあ。小説として強くローカライズされているから、マニア主導の日本ではウケなかったんだろうなあ。

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クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.43点   採点数: 1252件
採点の多い作家(TOP10)
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