皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
クリスティ再読さん |
|
---|---|
平均点: 6.41点 | 書評数: 1327件 |
No.1227 | 5点 | 鉄の門- マーガレット・ミラー | 2024/02/18 12:36 |
---|---|---|---|
評者にだって、苦手作家というのは、ある。ミラーなんて本当に昔からそういう印象が強かったんだけど、改めて読み直して「苦手感」を再確認。いや女性作者好きだし、ロマサス好きだし...でもミラーはダメ。
まあミラーって「意識の流れ」とかね、確かに本作はそんなテイストの技法を多用しているんだけど、エンタメだからねえ、部分的な効果として使う程度のものだ。要するにホラー映画の意味不明で思わせぶりなインサートショットみたいなものである。そういうのに「カッコイイでしょう?」風な気取りが見えるのが、どうも印象が悪い。どうもこういう自意識過剰でそれを客観視しないあたりに評者の苦手感があるようだ。いや「気取る」のはいいんだよ、セイヤーズなんて気取った文章だけど、自己省察的なユーモアがあるからね。 まあ本作、そういう主観性が強い作品で、その中に謎を仕込んであるんだけど、おおよそ予測が付くレベルの謎。あと言うと、ダーシー巡査部長とかバスオム警部とか、ジャネット・グリーンとか端役まで心理を深掘りして、何か「イヤな奴..」風の印象が付いてしまうのに、やり過ぎを感じて印象が悪い。 考えてみれば「レベッカ」の焼き直しみたいなものなんだがなあ。 うん、評者はミラーは敬遠したい。 |
No.1226 | 5点 | 孔雀の道- 陳舜臣 | 2024/02/13 16:44 |
---|---|---|---|
ほぼ50年前のミステリになる。幼少時の事件の真相と母の真の姿を、日英混血の女性が追い求めるプロットによって、東洋と西洋の「比較文化論」めいたことをしようとしたストーリーになるわけだ。今更で読んでみると、古くなるのはそういう「比較文化論」めいた部分の方....協会賞同時受賞の「玉嶺よふたたび」の方は日中戦争を扱いながらロマンに軸を置いているので、意外に古くなりづらいけど、こっちの方が早々と賞味期限が来てしまうのは、何というかねえ。
まあ本作で興味深いのはこのヒロインの母の肖像、ということになるんだが、次第に明らかになるその奔放さが、今では逆に「そう珍しくもないや」と感じてしまうとなると、戦中の時代、それに出版当時の「新しい女」風の衝撃が感じ取られないことにもなるようだ。うん、この母の生き方に共感する部分は評者は正直薄い。 それでも手堅く書かれた母もの小説にミステリで味わいをつけて、またメロドラマを絡ませるという骨格は、わかる。少女小説風な甘口さというものか。 (けど評者、神戸はご縁があるので、登場地名の土地勘があって、そういうあたりが妙に面白く感じる。ご当地小説でもあるな) |
No.1225 | 5点 | 玉嶺よふたたび- 陳舜臣 | 2024/02/12 09:48 |
---|---|---|---|
陳舜臣の協会賞受賞作(の1本)。
陳舜臣らしいあっさり目の歴史ロマンに殺人とその真相が隠されている話。ミステリってホントはエゲツない色と欲がある世界ではあるけども、陳舜臣は「品がいい」のが強みの作家だ。そこらへんもいわゆる「ミステリ三冠」でとくに直木賞選考委にウケた理由のようにも感じている。 直木賞(1968)に「青玉獅子香炉」で先んじられ、名作の誉れ高い「炎に絵を」が惜しいところで協会賞(1967)を逃したことが響いて、やや変則的に本作と「孔雀の道」で1970年の協会賞受賞となったようなイメージを持っていたよ。とくに本作あたりはミステリとしては小粒というのもあって、「賞って水物」ってものだ...なんて感じるのは仕方がない。 まあそれでも中国で女性を巡る石仏彫刻競争の故事と、日本の菟原処女伝説(謡曲の「求塚」)を日中で重ねて、さらに戦時中の事件とイメージを重ね合わせる技が、ロマンの香りを引き立たせている。ちなみに菟原処女伝説の故事旧跡は陳舜臣の地元神戸にある。 |
No.1224 | 7点 | 分解された男- アルフレッド・ベスター | 2024/02/09 19:08 |
---|---|---|---|
本作って犯人と探偵が直接渡り合う「倒叙ミステリ」の良さがある。
評者コロンボ見ていても、犯人を応援するタイプなんだ。しかも心を読むエスパーが監視カメラのようにそこら中にいて、計画殺人が79年間も成功しなくなった未来の設定である。この困難な状況で計画殺人に挑んだ男のSFミステリだ。応援しなくて、どうする? エスパーによる監視をかいくぐる秘策やら、凶器の謎やらアイデア十分なトリックがあり、さらにはホワイダニットも最後の方まで引っ張ったりする。しっかりした倒叙ミステリだと思うよ。でさらに、この犯人が妙にかっこいい。「虎よ、虎よ!」の主人公ガリヴァー・フォイルの精神的な血族と言っていいくらいに「熱い」んだね。しかしこの「熱」を覆い隠すハードな自我の殻「自分だけの面目と道徳」があり、まさにハードボイルド・ヒーローという感覚。主人公で犯人は巨大星間コンツェルンの主ベン・ライク、ガリヴァー的な精神的巨人でもある。 でもね「虎よ、虎よ!」ほどの評価ではないのは、最終盤にこの「ガリヴァー的な巨人さ」が、誇大妄想的な安さを覗かせるあたりで、「虎よ、虎よ!」が破綻しながらもうまく回避できているのと比べると、贔屓した分だけガッカリ感も出る。妙なフロイディズムも評者は興ざめだな。 うんだけど、本当にアイデアの宝箱みたいな作品だと思う。ミステリ読者が読むべきSFの一つなのは間違いない。 |
No.1223 | 6点 | 名探偵登場 4- アンソロジー(国内編集者) | 2024/02/07 11:49 |
---|---|---|---|
創元の「世界短編傑作集」への早川ポケミスでの対抗馬が「名探偵登場」。「名探偵登場」が1956~1963に刊行で、創元の1960~1961より少し先んじているが、創元は「世界推理小説全集」版(1957~1959)がベースなので、本当にライバル的な関係と言っていいだろう。で、こっちは作者ベースではなく名探偵ベースでの全6巻。だから名探偵の出ない「密室の行者」とか「オッタモール氏の手」が収録できないが、代わりにクリスティはポアロとマープル、ハメットはオプとスペードで2作収録がある。
とはいえ乱歩選の創元の方がずっと定着していて、ポケミス「名探偵登場」の方がマイナーという印象。さらに作品も創元とカブりがちだし、他の短編集で読める作品が多いこともあって、「お買い損」なアンソロ....でも「名探偵登場6」だと創元が手薄な軽ハードボイルド系の作品が多いとか、そういう特色もある。 とくにこの「名探偵登場4」はというと、カブリの多い巻になる。評者も5/10が既に書評済。それでも再読に耐える作品が収録されているからまだいいや。 ・ジョン・ロード「逃げる弾丸」 他に収録ががないレア作。まあ最近でこそロードは紹介されているが...「アイデア勝負作家」と言われるけど、まあそういう短編。 ・アリンガム「ボーダー・ライン事件」 創元3(新5)で読む人が多いだろう。評者も好きなモダン・ディティクティヴな名作。 ・ミニオン・エバハート「スザン・デア紹介」 レア作。いわゆる「もしも知ってさえいたら(HIBK)派」。まあでもこれ、今でいえばロマサス。女性主人公の主観描写てんこ盛りで、昔だからのんびりしている。いかに今のロマサスが進化しているか、って思っちゃう。 ・ハメット「スペードという男」 創元なら「ハメット短編集」か創元4.3本しかないサム・スペード登場短編の一つ。評者にとってハメットとはオプ物短編。スペード短編は大した出来とは思ってない。 ・ポースト「大暗号」 創元だと「暗号ミステリ傑作選」に収録あり。アブナー伯父ではなく、パリ警視庁のヨンケル長官物。暗号物だけど一種のバカミス的味わい。 ・ストリブリング「チン・リーの復活」 河出の「ポジオリ教授の冒険」に収録。大名作揃いの「カリブ諸島の手がかり」に続く時期のものだけど、軽めの仕上がり。これもバカミス的なとぼけた味わい。 ・クイーン「チークの巻煙草容器」 「クイーンの冒険」収録。お得意の「手がかりの欠如」ネタで、まとまった「らしい」作品。 ・シムノン「メグレの煙管」 講談社「メグレ警視のクリスマス」収録。規模的には中編で、メグレ物短編をアンソロで何を選ぶ?と聞かれたら、普通に挙がる作品だと思うよ。読み応えあり。でもこれ日影丈吉訳で、そういう愉しみもあるなあ(リュカがみょうに下世話w) ・クリスティ「管理人と花嫁」 創元だと短編全集3、ハヤカワなら「愛の探偵たち」に収録。評者大好き後年の某名作の元ネタ。あれは「名探偵小説」じゃないからいいんだけども、元ネタはミス・マープルがアームチェアするパズラー。 ・フランシス・クレイン「青い帽子」 レア作。夫婦探偵としてたまに言及されるアボット夫妻物。いやこれカントリー風の味わいのある洒落た行動派ミステリで、キャラ描写もしっかりしていて面白い。日本人にはピンとはこない、アメリカ人の「偏見!」かもしれないものだが「へ~~」という笑える面白味があるオチ。未読作だと一番良かった。 このアンソロの選考基準に、ユーモア感みたいなものを感じたりする。意外。 ちょっと気になったのは、「シメノン」「エラリー・クイーン」表記。ハヤカワなら「シムノン」「エラリイ・クイーン」だと思うんだがなあ。社内で統一しないのかな。 |
No.1222 | 6点 | 伯母の死- C・H・B・キッチン | 2024/02/06 10:32 |
---|---|---|---|
いかにもイギリスっぽい良さがある作品だと思うよ。1929年のパズラーだというのが信じられないくらいに、主要キャラに生彩があって、しかも大恐慌直前のバブリーな時期の有産階級の金銭感覚にリアリティが出ている。
どうだろう、読んでいて一番近い印象なのが評者ご贔屓な、ライオネル・デヴィッドスン? 何と言っても主人公の株式仲買人マルコムの若さ溢れるちょいとケーハクなキャラ付けが印象がいい。一族のヌシみたいな大金持ちの「怖い伯母」に見込まれて株式運用を任せるために呼びつけられた...から始まるこの話、この伯母の毒殺の渦中にイキナリ投げ込まれるマルコムくんが、伯母が使用人扱いし始めた運転手上がりの夫に同情したり、ヘンな思惑から冒険したり、ビビったり、あるいは一族の鼻持ちならない伯父に反感を感じたり...という心情がよく描かれたユーモア・ミステリとして仕上がっている。 パズラーとしては地味だけど、上品なユーモア感覚が古くないあたりがこの作品のいいあたり。親戚って互いに比較されあって「意外に内心憎み合っている」なんて、シビアな観察もあったりする。心理のリアルさとユーモアが矛盾しないのが一番の美質かな。 解説で「約三十年後の本格探偵小説の姿をハッキリ示している」というのは、やはり「早すぎたイギリス教養派新本格」というカラーがあるあたりだし、50年代に流行した「巻き込まれ型パズラー」というべき「非名探偵小説」の先駆という位置づけになっていることだろう。ガーヴとか「二人の妻を持つ男」とかそういう後の展開を予想するのは不思議なことではない。 (作品の発表の年末にはウォール街大暴落が起きるんだよね....バブル真っただ中に書かれた小説だけど、事件後伯母の遺贈から、主人公が自分で買った優良株の配当が2%だというのは、意外なくらいに悪い) |
No.1221 | 7点 | メグレと殺人予告状- ジョルジュ・シムノン | 2024/02/02 15:13 |
---|---|---|---|
う~む、これ後期の秀作じゃないかしら。
どっちかいえば評者は「猫」あたりに近い世界に感じていたなあ。 今風に言えば、オタクな夫とそのオタクな趣味を嫌ってコレクションをゴミに出す妻。妻は夫のオタクな趣味を「気持ち悪い」「頭おかしい」と決めつけるが、そんな妻の姿に子供たちは辟易する... まあシムノンだから通例に乗って、これを厳めしい法律家の家に婿入りした庶民出身の弁護士の話として描いている。でもシムノン自身のこのパランドン夫人への嫌悪感が見え隠れするあたりも興味深い。殺人予告状に導かれてメグレがこの一件に事件前から介入することになるのだが、ミステリ的には「誰が被害者になるか?」というのが主軸の「謎」になるというユニークな構成。さらに予告状の意味もしっかりこの一家の病理に根差していて、「運命の修繕人」メグレらしい事件でもある。 海事事件専門の弁護士として成功していても、オタクで気の利かない小男なのを妻にバカにされ続ける夫が、なかなか類型を離れたリアルな造形で興味深い。そして所有意識が強すぎるために自他境界が曖昧になっているかのような妻.....いやいや、この手の人間には評者も閉口しているところだったりするんだ。そんなこともあって、推したい作品。 (あ、あと法文インサートは「片道切符」で効果をあげた手法だなあ) |
No.1220 | 6点 | 狼男だよ- 平井和正 | 2024/01/31 14:55 |
---|---|---|---|
さてウルフガイやろうか。「狼の紋章」は中学生の犬神明でジュブナイル、ロマンの色合いが強いエンタメだけど、本作のアダルト犬神明の方がちょっとだけ登場が早い。1969年だということを考えると、結構凄いなあ。皮肉屋で饒舌な一匹狼のルポライター、「陽気な狼男」で、ハードボイルドを気取るけど、コミカルなあたりに面白味が出る。
満月で変身こそしないが、どうやっても死なないくらいのタフさが真面目。この最初の中編集は「夜と月と狼」「狼は死なず」「狼狩り」の三本を収録。吸血鬼を思わせる殺人秘密結社の話の「夜と月と狼」、生物兵器を巡りCIAと中共諜報機関のライバルの林石隆と事を構える「狼は死なず」、芸能界の暗部と狼女の消息を追う「狼狩り」のどれもこれも、エロとバイオレンスの大サービス。 ...なんだけどもね、エロくないんだなあ。満月時の狼男は体力限界なんてない絶倫を誇るけど、心理的には不感症かというくらいに溺れない。バイオレンスも殺しても死なないくらいのタフさだし、意外にピンチにならない。それよりも「尻尾が股の間にひっこむ」とかしおらしい辺りに、「人(狼か)がいい」感じがある。 あとこの小説、風俗描写に固有名詞を出しまくるのが、忖度なくって妙に面白い。平然とチャンドラーを口真似してみたり、丸山明宏とニアミスするとか、佐賀潜や戸川昌子の名前が出てり、新宿ACBとかゴーゴー喫茶を徘徊し、関西から上京するSF作家大杉酔狂(判る?)の大騒ぎに閉口する。 人懐っこく楽しいには違いないけど、躁っぽい軽薄な騒ぎっぷりは好き嫌いが分かれるだろうなあ。伝奇バイオレンスの元祖の一つだけど、伝奇の「暗さ」みたいなものがなく、「オリジナルのないパロディ」といった印象が、この本の特色というものか。 |
No.1219 | 4点 | 飾窓の女- J・H・ウォーリス | 2024/01/29 18:57 |
---|---|---|---|
早川ポケミスは映画連動も数多いというのは昔からの話で、初回配本にだって本作が入っているわけだ。ポケミスの初版は1953/9/15 で、日本封切は 1953/10/1。まさに今出さなくていつ出す?というタイミング。映画はヒッチと並ぶミステリ映画の大巨匠フリッツ・ラング監督で、ギャング映画スターの E.G.ロビンソンとジョーン・ベネットが主演。ハリウッド時代のラングでも代表作級の評価が高い。
まあ実際今回、原作を読んでから映画を見たけど、平凡でイマイチな原作を実にサスペンスフルな映画に仕立て直したラングとライターの手腕が光る作品である。細かいところを原作から合理的に変えている(英文学者→犯罪学教授、弁護士→地方検事)し、オチも不完全燃焼感の強い原作から、映画は反則スレスレだけど効果的なオチに。ラストにロビンソンのアップを長回しで捉えるところに作品のフォーカスがキッチリ絞れていて素晴らしい。完全に原作を「喰った」映画である。 乱歩の解説を読むと、アメリカの兵隊文庫に採られて読まれた小説らしい。原作者の経歴を Wikipedia で見ても?だしねえ。乱歩は本作を倒叙の一種として捉えて書いているけど、いくら何でも無理筋だと思うよ。本作が倒叙だったらケインの「郵便配達」「倍額保険(深夜の告白)」だって倒叙じゃん。だからさあ、乱歩が言う「倒叙三大名作」とかあまり真に受けないほうがいいんだよ。 うん、映画見なさい。 |
No.1218 | 7点 | 猫町 他十七篇- 萩原朔太郎 | 2024/01/28 10:52 |
---|---|---|---|
以前ボードレールの散文詩集「巴里の憂鬱」を「ショートショートみたいに読んでみたらどうか?」という試みでやってみたが、この本の編者の清岡卓行も似たようなことを考えた。萩原朔太郎から「小説らしさ」を感じる散文詩や、朔太郎自身も「小説」という意識があった「猫町」などを集めて本にしたわけである。
でもね、萩原朔太郎といえば、乱歩との交遊も深く「人間椅子」を絶賛していたりする。評者も以前「月に吠える」収録の詩「殺人事件」を本サイトで取り上げるという暴挙をしてみたことがあるが、朔太郎が模範としたのはポオにボードレール。まさに「プレ・ミステリ」と呼んでもいい体質のある詩人なのである。 この短編集(あえて)だと、朔太郎自身が「小説」と銘打った「猫町」「ウォーソン夫人の黒猫」「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」はもちろん小説カテゴリで「猫町」なら幻想小説で問題ない。また「ウォーソン夫人の黒猫」は一種の「密室」を扱った作品だ、と読んだら面白い。本書には収録していないが水族館の水槽の中で自分自身を食べて消失する蛸の話の「死なない蛸」だって「密室物」である(苦笑、ちなみに初出は「新青年」だそうだ)。閉鎖された自室にいつのまにか居座る黒猫に悩まされるウォーソン夫人の話。もちろんこれポオの「黒猫」の本歌取りみたいな面もあるなあ。幻想小説のラインでまとめているわけだが、やはりポオの「群集の人」にインスパイアされた散文詩「群集の中に居て」も収録。 で問題はやはり表題作「猫町」。乱歩も本書の編者も指摘しているが、この話がブラックウッドのゴーストハンター、サイレンス博士物の一編「古き魔術」に「猫の町」の趣向が似ている。「古き魔術」はオーソドックスな黒魔術黒ミサ譚で、町中の人間が黒ミサに参加するために猫に変身する話だ。朔太郎の場合には田舎町に迷い込んだ主人公が、美しいが「街全体が一つの薄い玻璃で構成されている」危ういバランスが崩壊する局面で、町中が猫であふれかえる幻想を見る。でもこれは実は主人公の方向感覚の悪さから、見慣れた街なのに「知らない町」と錯覚して街を「裏側から」眺めていたことから起きた奇現象だそうだ。 このような錯覚を楽しむ感性は、たとえば谷崎潤一郎の「秘密」に見られるような「探偵の視点」とも共通性が高いわけだ。物事を見る視点をズラしてみると、ありふれた日常も冒険に変わる....こういうセンスはもちろん、シュールな感性とも親しいのだが、ミステリの抱える「ロマン」の部分とも極めて類縁が深い。そりゃ乱歩と朔太郎が精神的な兄弟みたいなものだというのも、頷ける。 国産ミステリの登場以前に、大正の日本にはミステリを受容する素地というのは形成されていたんだろう。 (あといえば、「猫町」といえば水木しげるの「河童の三平」で三平の死を描くエピソードが「猫町」を舞台にしている。ますむらひろしだってデビュー作は猫が人類を滅ぼすための会議を開く「霧にむせぶ夜」だもんなあ。猫擬人化は浮世絵からあるから、ニッポンの伝統芸でさえもある) |
No.1217 | 7点 | 殺人はバカンスに- ボアロー&ナルスジャック | 2024/01/27 16:54 |
---|---|---|---|
さてボア&ナルでも後期作品。ボア&ナルといえば心理小説の中にサスペンスを盛り込んで、という作風で一時代を築いたわけだ。「息詰まるような」とか言えば褒めたことになるサスペンスだが、ケナせば重苦しい。けどもね「青列車は13回停る」とか、短編は重苦しいわけではない。そういう重苦しさに作者たちも飽きたのか、前々作の「嫉妬」だと、プロットを優先して軽快に叙述していこうという姿勢が見えてきていた。(悪い、間の「砕けちった泡」は未読)
で本作はというと3組の「追っかけ」を通じてそのアヤを軽快に綴ったサスペンスで、ハッキリ言って、面白い。ほぼ一気読み。 極左テロリストと対立する政治新聞の主筆ジェルサンの別荘が、テロリストによって爆破された!しかしその際に、実行犯が重傷を負い逮捕された。テログループは重傷者と交換するために、ジェルサン自身を人質にすることを思いついた。一方ジェルサンは妻の浮気を疑いロンドンに赴くと見せて、探偵に妻フローレンスの監視を命じていた。果たして妻は家出を試み、ニースの恋人ルネの元へ急いでいた...ニースのホテルで妻は恋人と落ち合うのを、ジェルサンが発見するその時、テログループはジェルサンを捕捉した。テロリストははずみでジェルサンを殺してしまい、妻フローレンスと愛人の車のトランクにたまたま死体を隠してしまう。妻と愛人はその足でパリにとんぼ返りをしようとしていた... こんな話。バカンスの話で「民族大移動」とまで言われる高速道路の大渋滞を背景に、往復の追っかけの妙を楽しむ作品。でもこの追っかけに、手品で言えば「カップ&ボール」な仕掛けも隠されているのがオタノシミ。まあだけど、高速道路というか大渋滞がもう一人の登場人物みたいなトリックスターの役割を果たすのが興味深い。軽快なスピード感で綴られるプロットに快感がある。 (どうやら車に詳しい人だと、キャラと車の相性で楽しむことができるらしい。ジェルサンはボルボ、妻とルネはシトロエンDS、テロリストはプジョー504) |
No.1216 | 8点 | ねじの回転- ヘンリー・ジェイムズ | 2024/01/25 14:49 |
---|---|---|---|
先日やった創元「怪奇小説傑作集1」に、ジェイムズの「エドマンド・オーム卿」が収録されていたこともあって、本作やらなきゃねえ、と取り上げる。
大学の英語の授業でジェイムズの「荒廃のベンチ」がテキストになっていたんだ。いや、参ったね。「これが英語か!」というくらいに観たことのない単語が続き、文章もうねうねと....とトンデモない難解小説だったわけだ。 うん、以前新潮文庫で本作は読んだこともあるが「しんどい小説」なのは判ってる。今回の選択でも ・新しめの翻訳(古い訳は読者への配慮が薄い) ・単品収録(お腹いっぱいになる) で図書館で探した。光文社古典新訳文庫がいいかとも思ったが、貸出中。審美社(1993 野中惠子訳)が良さそうなのでこれを借りる。大型本!でも評者最近老眼が絶賛進行中だから、字が大きい方が助かる。 田舎で暮らす幼い兄妹の世話をする家庭教師の求人に20代女性の「わたし」は応募し採用される。兄妹は雇用主の甥姪に当たるのだが、一切の面倒を自分にかけないでほしい...という奇妙な制約に「わたし」は不審の念を抱くが、そのまま兄妹が住む田舎の屋敷へ。そこで家政を切り盛りするグロウス夫人とともに「わたし」はマイルズとフローラの兄妹の面倒を見ていく。天使のように美しく無垢な、と見えるこの兄妹だが、前任者の家庭教師ジェスル先生と下男のクウィントの「不品行」の噂や、幼いマイルズがなぜか寄宿学校を放校になった経緯など、暗い予感が屋敷には立ち込める....果たして「わたし」は不審な人影を目撃し、言い知れぬ恐怖感を味わった! こんな話。もうコテコテのゴシック小説だもん、本サイトで扱って何の文句もなく、後世のホラーへの影響も絶大なものだ。でも、この小説はなかなか一筋縄ではいかない。話の枠組みは明快なんだけど、完全に「わたし」の意識のフィルターがかかっていて、なおかつ決定的な描写を避けて「読者の想像で怖くなる」を狙っている個所が多いため、「何が起きたのか」の客観性が薄くていろいろな解釈ができてしまうんだ。明示的ではないが「信用できない語り手」とも読める。具体的な描写を避けて想像させるあたりは、マッケンやらラヴクラフトに継承されたわけだし、「わたし」の精神が侵食されるさまに重点を置くならば、シャーリー・ジャクソンだったりする。 だから、実は幽霊なんていなくて、「わたし」の妄想が昂じた話だったと解釈しても、不思議でもなんでもない。そういうあたりがさらに「恐ろしい」。幽霊として出現する前の家庭教師と「わたし」が同一人物だったとしてもオカシイわけでもない、それも「恐ろしい」。 考えれば考えるほど「こわい話」。ホラーというのが技巧的な小説の極めつけだ、というのが本書1898年の時点で証明されているわけである。 (おかげさまで、面白さを堪能できた。本作は訳書を選ぶのがまず第一) |
No.1215 | 7点 | 闇狩り師- 夢枕獏 | 2024/01/24 13:46 |
---|---|---|---|
ややミステリ色は薄いけど、80年代に大流行した伝奇バイオレンスのオリジネーターだもんねえ。面白さだったら保証付きみたいなもの。「伝奇バイオレンス」ってジャンルはホラーもオカルトもSFもアクションも謎解きもエロも剣豪小説もハードボイルドも全部ブチ込んだものだったわけで、何でもアリな世界観がウケたんだ、という気も今にしてみれば、する。
このシリーズあたりがオカルトホラー色が一番強いんじゃないかな。妖怪系といったらいいか。「蛟」やら「くだぎつね」といったそのものスバリなタイトルの作品も収録したシリーズ開始の短編集である。怪異に対抗するヒーローはと言えば、2m超えの岩石のような大男の九十九乱蔵。トヨタ・ランドクルーザーに乗って肩に猫又のシャモンを乗っけて仙道と「八卦掌の原型」と言われる拳法を使う「祟られ屋」。 なかなかこのヒーロー造形がナイスで、とにかく印象に残る。 この「伝奇バイオレンス」の先駆を考えてみると、風太郎も半村良もそうだし、ウルフガイも先行する。評者そのうちウルフガイやろうと思っているよ...でも、この九十九乱蔵を久々に読んで、連想したのは実は山田正紀の「謀殺のチェス・ゲーム」に登場した佐伯だったりする。自衛隊レンジャーのライバル立花に対抗し、チェスの「駒」として死闘を繰り広げるフリーのワンマンアーミー。九十九のランクル・アクションだって、「チェスゲーム」の大型トレーラーvs戦闘ヘリの描写を思い出す瞬間がある。いやそうしてみると、山田正紀だって「伝奇バイオレンス」の先駆者と言っていい? |
No.1214 | 8点 | 機械探偵クリク・ロボット- カミ | 2024/01/22 12:54 |
---|---|---|---|
いやこれ素晴らしいよ。「ルーフォック・オルメス」「エッフェル塔の潜水夫」より凄い。クリク・ロボットが代表作で評者は異議がない。
この本は中編集で「五つの館の謎」「パンテオンの誘拐事件」の2中編に、ハヤカワ文庫版はコント2つをオマケ。「推理バルブ」「仮説コック」「短絡推理発見センサー」「思考推進プロペラ」「論理タンク」「真相濾過フィルター」などなどをフル装備した機械探偵クリク・ロボットが、発明者のジュール・アルキメデス博士と共に、難事件に挑む!クリクは四角い顔にチロリアンハットをひっかけ、口にはパイプ(でも仕掛けで催眠ガスを出すぞ!)、金属的な声でしゃべったりもするし、録音したりTVで中継したり....のくせに、肝心な推理は判じ物のなぞなぞを印刷して口から出す(苦笑)。名探偵の思わせぶりってモノだ。 「五つの館の謎」は銃声が響いたのに、額に突き立ったナイフで死ぬ男。その真相を巡っての「本格推理」。いやちゃんと「合理的」な解決がある(苦笑)。これもなかなかイイんだが、偉人の遺骸を祀ったパンテオンからヴォルテール・ルソー・ユーゴ―・ゾラの遺体が身代金誘拐される「パンテオンの誘拐事件」はホントに素晴らしい。特に誘拐の動機やら完全犯罪?なオチが評者は大のお気に入り。確かにアメリカならマーク・トゥエインやチャップリンがパンテオンに祀られるよね~と大納得する。ユーモリストの面目躍如。 いちばんユーモアにあふれているのは、"死神"だということになるね。 メルヘン的なユーモアに満ちているから、子供向けと思われるかもしれないけど、実はユーモアをユーモアとしてしっかり理解するのは、大人の仕事なんである。 この本はダジャレが多いんだけど、しっかりダジャレを翻訳(というか日本語にアレンジ)した訳者のご苦労が偲ばれる。さらにカミ自身による挿絵が大量に入っていて、これがまた素晴らしい。 |
No.1213 | 5点 | チャーリー・チャンの追跡- E・D・ビガーズ | 2024/01/17 18:28 |
---|---|---|---|
う~ん、どうかなあ...
いや、本作ツカミは大変いいんだ。中華スリッパを履いて殺された弁護士の事件、そしてインドの奥地で蒸発した軍人の妻の事件、と過去の事件を追うスコットランドヤードの副総監がサンフランシスコに来訪。たまたまサンフランシスコを訪れていたホノルル警察のチャーリー・チャンは新聞記者の紹介で副総監と会食。そこで知り合ったサンフランシスコの女性次席検事と財閥の若主人の縁に引かれ、財閥の若主人が主催するパーティに。そのパーティの席で副総監が射殺された!副総監が追跡していた過去の事件の記録が見当たらず、この件が殺人の動機では... こんな話。うん、確かに面白そうではある。そして同様に蒸発した女性の事件2件に副総監は関心を寄せていた....「年月のカーテンの裏を覗きたい」とこの手の話は評者好物。 なんだけど、どうも中盤で話が停滞するのと、謎解きは大した話でもない。チャンの推理に関して、ミスディレクションというかややアンフェアな流れになっている部分もある。まあ女性検事・チャン・財閥若主人に加えて「チャーリー・チャンの活躍」にも登場するスコットランドヤードのダフ警部も追加登場、さらには地元警察の頭が固いフラネリー警部がヤラレ役みたいなもので登場、と捜査側のキャラが多すぎる気もするんだ。 事件のキャッチーさがもったいない、という印象。まあ評者、チャンのキャラはあまり好きではないしなあ.... |
No.1212 | 7点 | ブーベ氏の埋葬- ジョルジュ・シムノン | 2024/01/16 16:16 |
---|---|---|---|
さてそろそろシムノンも最近の翻訳に手を出すことにしよう。
河出の「シムノン本格小説選」なら9冊出たわけで、その昔の集英社のシムノン選集に並ぶボリュームの非メグレの出版になる。だからミステリ色の強いものもあれば、そうでないものもある。実際、シムノンの一般小説というと、ミステリ色が強いもの、自伝的な内容のもの、一種のピカレスク、「第二の人生」といったテーマのもの、性の問題を扱ったものと内容は多岐にわたっている。本作は比較的ミステリ色が強いものだけど、パリの街角で急死した老人の「さまざまな過去」が露わになってくる話。 女性関係もそうだし、若く血気盛んな頃には当時で言えば「アパッシュ」というような不良青年だった経歴も、さらにはパナマで名前を変えて結婚し、コンゴの金鉱山で一山当てて....と波瀾万丈の「過去」が、身綺麗な独居老人の背後に横たわっている。急死によってその死が新聞に載ったことで、そんな過去が芋づる式に明らかになっていく。それを淡々とした筆致で描く小説だけど、「人生的な興味」というやつで、つまらないわけが、ないでしょう? まあ評者だって、急に死んだら、ヘンテコな過去がいろいろと明らかになって....とかあるかもよ(苦笑) いや人間、実は誰しも「冒険」をしながら生きているものだ。つまらない日常さえも、その由来を探っていけば「冒険」という大仰な言葉でしか言い表せないような因果によって、織りなされているのかもしれないのだ。そういう面白みというのは、やはり「小説」の面白みであり、ミステリはそれを効率よく語るための形式なのだろう。 (ちなみにリュカ登場の作品だけど、上司の司法警察の局長はギョーム氏で、メグレじゃない、あと下積み刑事のムッシュー・ボーベールがナイスなキャラ) |
No.1211 | 6点 | 怪奇小説傑作集1- アンソロジー(出版社編) | 2024/01/13 22:53 |
---|---|---|---|
ほんとうに幽的が出るのかい?
教祖平井呈一の編纂によるクラシックな怪奇小説アンソロで、しかも一番のクラシックを集めた巻。さらには翻訳も平井自身によるもの。いやねえ、平井呈一の文章に洒脱な江戸戯作の香りを感じるのがいい。大時代を大時代で訳したブルワー=リットンの「幽霊屋敷」から、モダニズム色を出した訳のブラックウッド「秘書奇譚」に至るまで、あたかも活弁の如き平井の八面六臂の活躍ぶりをまず楽しんでしまう。うん、平井呈一って凄かったんだなぁ... でまあ、この巻にクラシック中のクラシックが集まっている。創元では例の「重複収録の回避法則」が働くために、怪奇小説の作者別短編集で、大定番が収録されない悪影響があるくらいのもので、傑作集を読まないなんてことがあり得ない級の重要アンソロである。 でも、怪奇小説の精華は短編にある、というのいうのも改めて感じる。ミステリはホームズの時代以降は長編主体のジャンルになっていると思うんだ。ミステリはミスディレクションを長くして風俗的要素を入れて、さほど冗長にならずに長編にできることが多いが、冗長な怪談は読者の緊張が持たない。だからまずアンソロや短編集によってその精華を味わうのが王道というものだろう。 そんなことを言いたくなるようなシンプルな切れ味勝負の「猿の手」「炎天」みたいな作品もあるし、見ようによってはコメディなブラックウッドの「秘書奇譚」もある。 しかし、マッケン「パンの大神」の錯綜した技巧的語り口ならば、これをラヴクラフトが精錬して自分の世界を築いたのがよく分かる。語り口の複雑化が読者の理解と記憶の容量を越えてしまっては何にもならないからこそ、この長さなのだろう。 そして名探偵登場!と言いたくなるようなレ・ファニュの「緑茶」。ヘッセリウス博士のようなゴーストハンターも、実はホームズの先祖の一人だと見ていけないのだろうか? 平井自身の解説の中で、ゴシック小説の「オトラント城奇譚」が、時代小説・怪奇小説・ミステリの共通祖先だという説を紹介しているが、まさに怪奇小説も「ミステリの別な流れ」のように見るのもそれなりの妥当性があるのだろう。 (このアンソロは、もともと東京創元社「世界大ロマン全集」の「怪奇小説傑作集」(全2巻)とやはり創元の「世界恐怖小説全集」(全12巻)をベースにして再編集したものになる。この本は平井自身の訳のものだけの巻というのもあり、世界大ロマン全集での1巻目から、ラヴクラフト「アウトサイダー」を抜いて「緑茶」をプラスした収録内容になっている) |
No.1210 | 5点 | 青ひげの花嫁- カーター・ディクスン | 2024/01/05 11:20 |
---|---|---|---|
中期でカーの筆がノっている時期。俳優が自分に送り付けられた青ひげネタのシナリオを読み、実は犯人が送ってきたのでは?と疑った。俳優は犯人をあぶり出そうと青ひげのフリをして送り元らしき海岸の街を訪れ、女性を引っかけて物議を醸す。緊張が高まるさ中、そのホテルの俳優に部屋に死体が転がっていた...という中盤までのプロットの出来が素晴らしい。いやホント、一幕物の芝居にうまく詰め込んだらウケるんじゃない?と思うくらい。
逆に言うとこの低評価は、不可能興味や死体の処理方法などの仕掛けがバレやすくて、ミステリとしては今一つという理由から。さらに最後の兵隊訓練施設でのクライマックスが冗長なので興を殺がれる。俳優がそもそも青ひげなのでは?というメタな疑惑を匂わせる中盤までのサスペンスフルな展開が面白いのに、最終的にはもったいない感が漂う作品になってしまった。暗闇で関係者総出で見物するくらいなら、登場人物を少し整理した方がいいんじゃないかなあ。 あと芝居の題名で「喉切り隊長」が登場しているのが、後年の歴史ミステリの言及みたいで面白い。 カーといえば、英版準拠or米版準拠とか原因で、創元とハヤカワで邦題が違うケースが多い(あと創元が砕けた感じの英題を意訳する傾向)が、本作はハヤカワの中で改訳でタイトルが大きく変わった珍しい例。 そりゃ"My Late Waves"→「別れた妻たち」は訳として微妙で、内容的には誤解しているから改題は仕方ないけど、「我が亡き妻たち」くらいにしなかったのが何か不思議。別作品と勘違いしそうだ。 こんなの改題するなら「おしどり探偵」とか何とかしてほしいよ。 |
No.1209 | 6点 | 三人吉三廓初買- 河竹黙阿弥 | 2024/01/03 13:55 |
---|---|---|---|
こいつあ春から、縁起がいいわえ
ミステリってその趣旨からも「おめでたい」は難しいところもあったりするからね(苦笑)お正月くらいは「お目出度い」ネタをやりたいわけで、今年は「三人吉三」。もうこのお嬢吉三の名セリフからしてお目でたい。夜鷹(街娼)が客が落とした大金を拾ったのを、女装の盗賊お嬢吉三が強奪する話なんだがなあ(だから大江戸ノワールのわけ)。 まあこの反語的なお目出度さ、にはどうやら理由があるようだ。江戸歌舞伎というものは、先行するいろいろな設定(世界)を引用して作るという作方があるわけで、三人吉三の場合には新春番組というのもあって曽我狂言の大前提がある。仇討の本懐を遂げるお目出度い話のパロディみたいなものなのだ。そしてさらに「吉三」とは、八百屋お七の恋人の寺小姓として取り沙汰される名前だったりするわけで、お嬢吉三が八百屋お七に見立てられて、最終幕で火の見櫓で太鼓(半鐘ではないが)を打つ。それが「一富士二鷹三茄子」の初夢のお目出度い夢見に重なる(富士=三人の構図、夜鷹、八百屋のナス!)。 まあこの話自体が「謎解き」の対象みたいなものだが、実は背景となる三人吉三の親世代の因縁やら、不良青年のお坊吉三の妹の花魁一重と通人文里の悲恋の脇筋、盗まれた家宝の名刀庚申丸とその購入対価百両が、関係者の間を転々とすることで話が縺れに縺れる。 大川端での三人吉三の出会いを待つまでもなく、親世代での因縁が重なっていて、お嬢と和尚は百両を落とした十三郎を介して義理の兄弟みたいな関係にあれば、和尚とお坊の親同士は仇みたいなもの。人間関係の複雑怪奇さが、ロスマク風と言っても過言じゃないくらいに重なり合う(苦笑)いやロスマクって歌舞伎風の因縁話だって言えばそうなんだ。 でこの話、時間経過が謎なんだけども、それでも舞台上では新春の江戸風景の中で、悪党たちが生き急ぎ死に急ぐ。それによって絡みに絡んだ因縁が解消されていく。そんなお正月の番組なのである。 |
No.1208 | 6点 | ベローナ・クラブの不愉快な事件- ドロシー・L・セイヤーズ | 2023/12/31 16:38 |
---|---|---|---|
少女漫画を男性が読んだときに、一番ノれないのは、男性基準で見たときの「ダメ男」が女性にモテまくるあたりだ、という意見がある。ダメ男が好きな女、というのはいつの世にも絶えることがないわけで、なら世の男性諸氏にも希望があるというものなのにねえ(苦笑)
本書の解説(大津波悦子)でも、本書に登場する女性たちに焦点を当てて話をしているわけだが、本書の女性たちはしっかり者が多い。それに引き換え男性たちには、とくに第一次大戦で負傷し精神的な傷を負ったフェンティマン大尉が、代々続く軍人の家柄にも関わらず戦後社会に落伍してけなげな妻の扶養のもとにあって、屈折している...いやこのフェンティマン大尉の肖像は、実はピーター卿の経歴ともダブるわけで、ピーター卿にしたら他人事じゃない。だからこそ、この小説はピーター卿を「救う女性」が登場するか?といったあたりの興味が深いわけだ。 で、満を持して登場するアン・ドーランドの肖像が、セイヤーズの投影か?「この不美人でふてくされた口下手な娘」、でも一番印象的な本書のヒロインなんだよ。 だから、とくに本書あたりは第一次大戦でいろいろ傷を負った「ダメな男たち」の代表選手であるピーター卿を巡るコージー・ミステリだ、と読むのがいいんだと思う。男性の特権的な居場所である「クラブ」をめぐって「不愉快(unpleasantness)」な事件が起きること自体が、クラブのホモソーシャルなコージー(快適さ)に安住できなくなったピーター卿の不安定な生き方を示している。そりゃ次作「毒」でハリエット登場、となるよねえ。 まあミステリとしては、ピーター卿の推理が全体的な真相では周辺的な部分の解明に過ぎないから、パズラー的な興味が薄いと評されることにもなるんだろう。セイヤーズって第一次大戦後のイギリス社会を活写する風俗小説的な部分に一番の生命があるしねえ。 |