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[ 社会派 ]
インターセックス
帚木蓬生 出版月: 2008年08月 平均: 1.00点 書評数: 1件

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集英社
2008年08月

集英社
2011年08月

No.1 1点 クリスティ再読 2025/04/17 21:55
久々に筆誅。2025年になって海外では行き過ぎたトランスジェンダー問題についての正常化が進行し、woke思想とともに導入されてきた「トランス女性は女性」というスローガンが公的に否定されるようになってきた。前年のパリ五輪での性分化疾患の女子ボクシング選手の問題が物議を醸すなど、本作のテーマがいろいろと取りざたされる状況である。
「インターセックス」という言葉は、実は現在では「差別的だ」としてとくに当事者からの強い反発を受け、さらには医学的にも誤解を招く役に立たない概念として、現在では忌避される言葉になっている。この本が拠って立っている議論は実はすでに否定された議論である。

評者自身、これらの問題について関りもあり、ネクスDSDジャパンという当事者団体とも交流がある。そんな立場からの書評として読んでいただきたい。あ、ミステリとしては何のヒネリもない「そうだろうね」という真相。比較的厚めの本だが、ミステリや小説としての内容は薄い。最悪の意味での「社会派ミステリ」。

1. インターセックスという概念は現在では医学的な意味を持っていない。現在では男女中間の性器の状態を持って生まれる子供たちの症例研究が進み、それらがさまざまな原因によって起きることが解明され、包括的に「男女の中間」と捉えることに意味がない。それどころか、男女という二つの性の発達上のバリエーションと捉えるのが適切であるとさえ言える。同時に疾患ごとに現在では「どのようなgender identityを持つ可能性が高いか」についても、標準となる知見が得られている。
このため現在では「性分化疾患」disorders of sex development、略して DSDs と呼ばれるのがふつうである。さまざまな原因によりさまざまな症状を示す疾患であるために、包括的な用語がふさわしくないことが、複数形として使われる理由でもある。
2. 現実の当事者には自らを「男女の中間」「第三の性別」といった捉え方をする人はごく少数であり、「男女の中間である」と決めつける表現でもある「インターセックス」という言葉に、当事者自身が傷ついているという状況がある。当事者の大部分は、gender identity の揺れがあるわけでもないのである。ただ性器の状態が一般と異なるということに過ぎないのにもかかわらず、「男女両性具有」「男女両方の気持ちがわかる」と誤ったイメージを押しつけられることに対する反発が、当事者であるからこそ強い。
3. いわゆるLGBT運動の中で、性分化疾患当事者に対する「アイデンティティ政治」として「インターセックス」という言葉が使われてきた経緯がある。この問題を政治・社会問題として捉えようとするLGBT運動には、当事者は否定的な感情を持つ人がほとんどであり、当事者から拒絶されて完全に失敗している。またLGBT運動の中で「身体的性別はグラデーション」として宣伝を行う傾向があり、この例として「インターセックス」が引き合いに出されることにも、当事者は強い反発を示している。

結論すれば「インターセックス」は、医学的でもなく、当事者に拒絶され、社会運動としても批判の的になっているのが現状だ。

男性と女性の区分を超越した人間存在、先生の輝くばかりの美しい身体はそれを具現したものでした

と本作のクライマックスでのべられるが、このような、一見人道的で「意識高い」態度が、現実には無意味どころか社会的な混乱と対立を導いてしまうだけなのならば、「社会派ミステリ」というものの「影の部分」を、ミステリ読者として強く批判していくべきであると思う。
ジャーナリズムならば誤りを認めれば終わるかもしれない。
しかし文芸として発表してしまったものならば、社会的な責任はどう取るのだろうか?


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