皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1378件 |
No.1318 | 7点 | メグレと政府高官- ジョルジュ・シムノン | 2024/11/12 21:38 |
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個人的には大変好み。キャラの深みよりもサスペンスで引っ張っていく3期初めあたりにしかないタイプの作品じゃないかな。重苦しいサスペンスが張り詰めていてそれを買う。
メグレが「救う」ことになる公共事業大臣ポアンと、メグレは自分との共通点をいろいろ感じて「嫌な」事件であるにもかかわらず積極的に介入していく。その共通点の一つがメグレ自身も「政治的な罠」にハメられて一時ヴァンデの機動隊に左遷された経歴があったりすることだ。だからメグレも政治嫌いを公言するのだが、レジスタンスから政治の世界に祭り上げられた、朴訥なポアン大臣が「意図的に証拠を隠ぺいした」とする疑獄から救おうとする。 メグレにしては珍しく敵役風キャラも登場し、正義派風の立場をうまくとって政界を操ろうとする代議士マスクラン。高級レストランでのメグレとの対決場面は腹芸の見せ場で結構。奇矯な正義感から問題の証拠書類を掘り出す変人学者ピクマールは、シムノンは描きにくいタイプだったのかな。ドロップアウトした元刑事というと、どうもシムノンは成功したキャラはいないが、今回もそれほどのキャラではない。 まあ、スカッとした解決ではないのが、シムノンらしいといえばシムノンらしいし、ちょっと松本清張風味のリアルも感じたりする。 トリビア的には、大臣の出身地に在住の友人に電話して、大臣の人となりを聞くシーンがあるが、この友人は「途中下車」に登場のシャボ―。あとこの時代では「最新」の扱いで複写機が登場するけど湿式らしい。青焼の仲間のようだ。懐かしい.... |
No.1317 | 9点 | 思い乱れて- ボアロー&ナルスジャック | 2024/11/11 15:45 |
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なぜか初読。いや~本作今まで読んでなかったのは情けない。素晴らしい。
ミステリと言うよりも、小説としての完成度が半端なくて、ボア&ナルの理想の集大成かもしれないや。 密会現場を押さえられたことで、逆上し夫を殺した間男。その死体を事故に見せかけて始末するが....というごくごくありふれた基本線。これを巧妙な味付けで読ませきる。殺された夫はシャンソンの巨匠。妻は夫の歌を歌って名を馳せた歌手、間男は若いピアノ伴奏者。事故として片づけられてほっとした二人のもとに、一枚のレコードが届く。そのレコードには、裏切った妻に捧げる夫の新作シャンソンと、夫の妻へのメッセージが吹き込まれていた。別に夫は旧知のレコード製作者にこのシャンソンを送り、レコード化を依頼していた... そんなシャンソン、夫を裏切り殺した妻としては、知らぬ顔で唄えるわけもない。夫の愛人らしい歌手が歌い大ヒット。それによって二人は追い詰められていく... この設定が秀逸。夫は死んだはず。しかし、二人の関係はお見通しで、他にどんな手を打っているのかわからない。そんなサスペンス。そして夫は本当の天才シャンソニエで、妻も、そして作曲者として売り出そうと狙っていた間男もその才能に圧倒されているため、余計にこの罠が恐ろしい。 だから、芸道小説としての面白さも強く出ている。夫の天才っぷり(ゲンスブールかいな)が説得力があるために、ミステリとしてしっかり成立しているわけだ。 後半に警察で妻が例のシャンソンを唄うシーンもあって、これがなかなかの名場面。いやぜひ映画化希望!と言いたいくらい。 それだけじゃなくて、実はこの小説、愛の不条理、とでもいった男女のすれ違いをしっかり描いた恋愛小説としての妙味も素晴らしいんだよね。 物が人間の愛を受けるように、男たちがおとなしく愛されていればいいとあたしは思った。人間はそれらの物をながめ、さわり、そして行ってしまう。あたしは男たちが言葉のない大きな風景みたいだったらいいと思った。 こんな女の愛と、一途に思い詰める間男の愛。それらが必然的な別れとなる中に、ミステリの真相が仕組まれている。実にボア&ナルらしい達成感のある名作だと思うよ。 |
No.1316 | 7点 | ミステリイ・カクテル(推理小説トリックのすべて)- 事典・ガイド | 2024/11/08 22:31 |
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大変なつかしい本。70年代というと、渡辺氏の「13の密室」などの「13の〜」アンソロ・シリーズも懐かしいんだが、これも同時期に出た本。乱歩の「類別トリック集成」に基づいてエッセイ風にトリック論をしてみた評論である。
乱歩という人は密室分類もそうだけども、マニアックにトリックをコレクションして分類することに情熱を傾けた。日本のミステリ界自体がこの影響を受けて「トリック至上主義」みたいなカラーが、アマチュアに至るまで形成されたわけである。まあこれ自体の功罪はいろいろと考えないわけでもない。無論こういうカラーは海外にはなく、日本の独自のミステリ受容ととらえるべきなのだが...それでも渡辺氏の「師・乱歩」への思いみたいなものが、今回強く読んでいて感じられもした。 乱歩は、おなじ本格物でもヴァン・ダイン、クイーン流の、あらかじめ犯罪にかかわる正確なデータをすべて提示して、作者と読者が犯人さがしの智的闘争をするというタイプを好み、フレッチャーやクロフツ流の、データがつぎつぎ変化して、読者が最後まで引きずり回されるタイプを好まなかったのである。 と乱歩を評しているあたり、乱歩という人の個性をよく捉えている。逆に渡辺氏が「13のアリバイ」は編まなかったのも、そういう師への想いがあったのかもと想像する。その分を鮎川哲也が「下りはつかり」などのアンソロで補ったのかもしれない。 だからか「類別トリック集成」から少しズレた話題である、「14.未完の悲劇」の章が昔からずっと気にかかっていたことを思い出す。さまざまな理由で完結しなかったミステリの話題を扱った章である。木々高太郎の中絶作「美の悲劇」、乱歩の中絶作「悪霊」、虫太郎の遺作「悪霊」、安吾の「復員殺人事件」(高木彬光が補作したことでも有名だが)、十蘭の遺作で妻によって完結した「肌色の月」...「ミステリ自体がミステリ」なこういう作品の「ミステリな運命」に改めて今回、出逢いなおしたことの感慨にふけったりするのは、評者も老いたからなのだろうか。 |
No.1315 | 7点 | パコを憶えているか- シャルル・エクスブライヤ | 2024/11/07 11:15 |
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最近スペインづいているからバルセロナを舞台とする本作。
ギャング組織vs復讐に燃える刑事...というと、実はカラーは「最悪のとき」とかに近いようにも思うんだ。ハードボイルド?といえばそうかもしれないけども、「パコを覚えているか?」という言葉から伺われる復讐譚・連続殺人から来るサスペンスもあり、また皆さんご指摘の意外な犯人とか、いろいろな要素が混ざっている。 確かに血の気の多いスペイン人という民族性(まあエスノ・ステロタイプとか言わんでくれ)をベースにして、カトリック信仰やら地域的な対立やらエキゾチックな要素がてんこ盛りのせいもあって、実はファンタジックな味わいが強く出てもいる。まあだから、やや強引なハードボイルドな要素も意外な犯人も、そんな雰囲気の中に融合していて、不思議な読み心地になっている。仕掛けが成功していることは否めないし、エクスブライヤというある意味正体不明(苦笑)な大家の懐の深さも推し量られる。 ちょっとした奇作(秀作なのは間違いないが)という印象。 |
No.1314 | 5点 | 新聞社殺人事件- アンドリュウ・ガーヴ | 2024/11/04 22:57 |
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ガーヴって「モスコー殺人事件」でも描かれたように、なかなか成功したジャーナリストだったようだ。さらに新聞記者主人公っていくつかあるしね。なら新聞社を舞台にしたミステリだって書きたいじゃないの。ガーヴ名義3作目が本作。
けどちょっと変わったミステリ。新聞社の閉じた人間関係の中で青酸カリを使った毒殺事件が連続する話。でもね、最初の殺人からもう犯人視点での描写もあって、読者には犯人は明白。それでも全体的なスタイルはパズラー風というか、普通にミステリ。けどけど犯人の心理主体ではないから犯罪心理小説でもないし、捜査側との攻防に主体を置いた倒叙でもない。こんなバランスのミステリを読んだことはないけど、それはどっちも中途半端で効果的じゃないからかな。 精神のバランスがおかしくなっている犯人像はリアルだが、こんだけオカしきゃ周囲が気づきそうな気もする。あと新聞社の内部事情の描写は当たり前だけどリアル。だから逆にちょっとしたメロドラマが二つもあっても、どっちもお約束っぽく今一つ。 設計を間違えたミステリ、という印象。ガーヴにしては読みどころがないようにも感じる。それでもリーダビリティがいいのがガーヴ(苦笑) |
No.1313 | 6点 | メグレと田舎教師- ジョルジュ・シムノン | 2024/11/01 17:39 |
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メグレの事務室の前「煉獄(水族館)」に居座り、自分が無実の罪で逮捕されかけているとメグレに訴えた男。メグレはその男(田舎教師)に同道し、護送を名目にボルドー地方の海岸沿いの田舎町を訪れた。カキを白ワインに浸して食べるために(苦笑)
というわけで、メグレは「田舎は嫌いだ..」と言いながらも、それが田舎出身者のコンプレックスの裏返しであることが暗示される。田舎町の人々 vs 不倫事件を起こした妻をかばって田舎落ちした学校教師、のありがちな対立の中で、孤立したインテリは、地元民ながら「村の嫌われ者」として爪はじきされる老嬢の死の責任を押し付けられようとしていた。 「メグレあるある」なビジター試合話で、「途中下車」とか「死体刑事」とか連想する作品は多いけど、本作がいちばんまとまりがいいと思う。少し力が抜けているというか、田舎教師の冤罪もどこまで村人がホンキか知れたものじゃないし、3人の子供たちの微妙な関係性がクローズアップされて、シリアスな味わいを意図的に弱めたようなあたりが、変化球になって成功しているのかな。 まあとはいえ、フランス人の「寝取られ亭主」に対する風当たりの強さというのは、外国人にはうかがい知ることが難しい感情みたいだ。挫折したインテリが抱えた不名誉が、この冗談みたいな事件をこじらせたようなものだ。ファンタジーにしては後味が悪すぎるが、それが作品の苦みになっている。 一人の女がこれほどまでに女らしさを放棄してしまっているのはめったに見たことがない。ぼんやりした色のドレスの下の体はやせて疲れていた。二つの乳房はおそらく空っぽのポケットのように垂れ下がっていることだろう。 田舎教師の不倫妻の描写だが、気の毒なくらいに辛辣。でもメグレ全盛期ならではの人間観察。 |
No.1312 | 6点 | 悪魔のようなあなた- ルイ・C・トーマ | 2024/10/29 21:14 |
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中学生時分、ボア&ナルの名作「悪魔のような女」と混同していた思い出があるよ(苦笑)改めて読み直し「タイトル似てるのダテじゃない」。
主人公ジョルジュは自動車事故で九死に一生を得たが、記憶を失っていた。付き添うのは「妻」を名乗るクリスチアーヌ。妻は自分をジョルジュ・ロムリーだと主張するが、自分にはジョルジュ・カンポとしての記憶が不鮮明ながらある...退院して南仏の広大な屋敷で、妻と友人のフレッド、ベトナム人の召使のキエムらに囲まれて療養生活を送る。しかし、妻が主張する自分の過去がどうにも自分のものだとは思えずに、ジョルジュは苦悩する。そして、続けて起きる不思議な事故。ジョルジュは妻と通じたフレッドが自分を殺すなり精神病院に入れて、財産を乗っ取る陰謀を企んでいると考え始める.... こんな話。いやはや、まさにボア&ナル調。「影の顔」とか「牝狼」とか「砕けちった泡」とか、似たような...とすぐに連想が働く作品が目白押し。でもタッチが意外なくらいに軽妙。心理描写よりも会話の方が多く、ボア&ナルの類作の重苦しさがない。アイデンティティの崩壊とかそういうネタなんだけども、さほど深刻にならずに自分が誰か分からなくなってオカしくなる人の話としてまとめられている。 いかにもボア&ナルな訳題だが、実は原題は「迫害マニア」だそうだ。こっちの方が適切だと思うよ(苦笑、だけど本当は「迫害偏執症」くらいが正確かも) |
No.1311 | 7点 | 宝石泥棒- 山田正紀 | 2024/10/28 22:27 |
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エスニックで豪奢な神話世界。
今本作を読むと誰もが「RPGっぽい」と思うんじゃないかな。よく構築されたファンタジー世界であるし、そのファンタジー世界の裏にあるSFのロジックが露になったときに、予感したものがベールを脱ぐ姿に惜しいような感情も持つ。言い換えるとRPGの「嘘くささ」がやはり嘘くさいものであり、そういう事情への幻滅感が「SF」の特性でもあるのかもしれない。 それでもこのファンタジーとSFの融合っぷりで連想するのは諸星大二郎の「孔子暗黒伝」なのだ。実際、東南アジア的な第一章、中国的な第二章、急転してSFとなる第三章という世界構成にも、評者は「孔子暗黒伝」の影を感じる。しかし、双六的な諸星に対して、RPGである山田正紀に「異常なほどの先駆性」を感じる、感覚の上で「断絶」と呼びたくなるものもまた別途興味深いところでもあろう。 いやマジでアニメ化希望(苦笑)主題歌は...「空なる螺旋(フェーン・フェーン)」といえばさ、 絹の道をゆく 東の風に乗り さあ五色の旗 なびかせて行こうよ 珊瑚や瑠璃ダイヤモンド あふれる楽園(ZELDA「Dancing Days」) |
No.1310 | 6点 | カディスの赤い星- 逢坂剛 | 2024/10/25 16:14 |
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さて1987年度協会賞受賞作。80年代後半の日本産冒険小説の盛り上がりの一翼を担った作品でもある。
PR会社勤務の中年男の主人公は、取引先の楽器会社からの依頼で、本場スペインからのギター製作者ラモスを招聘する企画を主導する。その老ギター製作者の内密の依頼で、とサントスという通り名のギタリストを探すことを依頼された..しかしこのサントス、実はラモスの元からかつてダイヤを埋め込んだギターを盗んだ過去があり、実はそのギターを何としても取り返したい、という裏の狙いがあった。主人公はこのギタリストが遺したわずかな手がかりを追っていく...ラモスに同行したその娘フローラと恋仲らしいギタリストのパコが、このサントスの息子では?という疑惑も浮上し、なおかつフローラの背後にスペインの過激派組織の影が見え隠れする。ラモスの怒りを買ってフローラはスペインに戻されるが、どうやらパコは例のギターを持ってスペインに渡ったようだ。主人公はフローラとパコとギターを追ってスペインへ.. こんな話。この作品読み直して、主人公の気取りっぷりなど、バブル期のイケイケな高揚感が甦るんだよね。実は作中ではフランコの死や過激派テロと絡めて1975年の話になっているんだけど、そうだとするとサントスがスペインに渡ってギターを盗んだのが1950年代になって、戦後じきで日本人の海外渡航が強く制限されていた時代になる。辻褄合わないよ。ホイチョイとパラレルな時代の物語として読んだ方が、ずっといいだろう。 というかね「Japan as No.1」のこの時代に日本人が「自信」を持ったことが、とくに海外を舞台とした冒険小説の隆盛に繋がったんだと思うんだ。そのような時代の証言が久々に読むと感じ取られて面白い。 作品的には、スペインでフランコ暗殺を止めようとするあたりから、話がつまらなくなってくる。前半のサスペンスを後半まで維持できないような印象。サントスの正体とか「意外!」と言わせたかったんだろうけど、どうも人物像との整合性に疑問符が付く。 前半面白いのに、その面白さを後半が台無しにしていると思う。評価このくらいにしておこうか。 |
No.1309 | 5点 | 章の終り- ニコラス・ブレイク | 2024/10/23 21:13 |
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評者三大苦手作家の一角だね。
森村誠一、マーガレット・ミラー、ニコラス・ブレイク。共通点は何だろう...ヘンに意識過剰でユーモアを欠いた文章かな。イギリス教養派なら始祖のセイヤーズからイネスでもクリスピンでもPDジェイムズでも全然楽しめるんだけど、ブレイクだけはダメ。 いやほんと読んでて楽しくない。アリンガムの「判事への花束」に似た家族経営の出版社での殺人に、インテリ遊民的な探偵が介入する話。キャンピオン氏も別に魅力的とは思わんが、ナイジェル・ストレンジウェイズは....う〜ん、人間と思えない。非アマチュアで依頼を受けて動く私立探偵だけど、ヘンにインテリ。彫刻家の彼女アリでも、慇懃というかヨソヨソしいキャラ。顔が見えない。よくこんなキャラをヒーローにしたなあ(困惑) 事件も、被害者の過去とこの出版社の人々との過去の因縁が暴かれて、そんななかで動機もいろいろ浮上。とはいえ著作の「迫力」をネタに議論する部分とか、作者の背景から「やりたい!」ことなんだろうけども、こういうのを正面切ってやられると、ベタにしか思えないんだ。作者は有名詩人だから「自分は、できる、資格ある!」と思ってやったんだろうけども、読者としてはそれほどの面白みや説得力を感じるわけではない。やはりフィクションには、「フィクションの論理」や正義があるんだと思うんだ。 反発とか苦手感を自分で意識していると、逆に悪い点をつけづらい。5点で勘弁して。 |
No.1308 | 4点 | 家康暗殺 謎の織部茶碗- 森真沙子 | 2024/10/22 18:31 |
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茶道ミステリのつもりだったが...確かに古田織部の死をめぐる謎についての歴史推理には違いない。茶道家元の長女が骨折入院し、男主人公がサポートするわけで、ベッドディティクティヴの定型をなぞっているわけ。それに加えて、このヒロインをめぐる次期家元候補の争いと一方の事故死という謎まで加わる...
それでも「歴史ミステリ」色が強くて、茶道ミステリというカラーは薄い。結局何をしたいのか?って戸惑いながら読んでいくような印象。歴史ミステリとしての着地点も?という感想だし、強引にこれを現代の事件につなげているけどもねえ。 確かに歪んだ織部茶碗って、飲み口がかなり限定されると思うよ。変なところからは本当に飲みにくいものだ。それがあまりちゃんと説明されていないし、毒を潜ませるにも限度があるというものだ。 まあ織部という人物って相当ヘンな人だったんだろう。井戸茶碗って業の深い茶碗だから、それこそ「お化け」が出そうなモノだけど、それを織部が4つに割って継ぎ直した「十文字」という茶碗を実見したこともある。いや、さらにオカしくなってて妖気みたいなものがあったからねえ。そういう意味だとこの作中でも少し触れられる、司馬遼太郎が珍しく織部みたいな茶人を主人公に書いた短編「割って、城を」が正鵠を得ている部分ってあると思う。 |
No.1307 | 6点 | 闇のオディッセー- ジョルジュ・シムノン | 2024/10/21 16:38 |
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大げさなタイトルである。
シムノンがこんな大げさなタイトルをつけるわけもなくて、原題は「くまのぬいぐるみ」という可愛らしいものだ(苦笑)成功した産科医の主人公が自らの築き上げたものに急に「人生的な疑念」を抱きだして、とある悲劇的な結末にたどり着くまでのほぼ一晩の「オディッセー」を描く短い長編。 下層階級から成りあがったうらやむべき成功者の中年男が、一見恵まれた立場にありながらも突如それに反抗して身を滅ぼす話は、シムノンの十八番中のオハコというべきもので、メグレ物でも名作「第一号水門」やら枚挙に暇ないが、とくに一般小説側ではこれが顕著でもある。だからこんな大げさなタイトルにもなるんだろうが、本作の主人公は医者なこともあって、病理的な描写が丁寧になされる。読んでいると一種の離人症状とか、パニック障害っぽいものが描かれて、反抗という意味で「ツッパった」主人公が何か気の毒なようにも感じてしまう。 とくにこの主人公の父が、官吏をしていたが政治的な対立の中でスキャンダルをでっち上げられて退職に追い込まれ、そのまま家に閉じこもって死ぬさまが主人公に重ねられて、悲惨さを感じさせる。そんな中で「くまのぬいぐるみ」は主人公の息子が幼い頃に抱きしめた縫いぐるみと、主人公が半ば強姦するするかたちで手を付けた病院掃除婦のかわいらしさの形容でもある。この女性は妊娠してセーヌ川に投身自殺をしたらしく、それを恨んだ?身内からの脅迫状が届いたりもするが、あくまで背景的で深掘りはされない。 まあそんな小説。ミステリ的な興味は薄いが、シムノンらしさは堪能できるし、あっさり読める。 |
No.1306 | 6点 | 飛花 山陰山陽小説集- 赤江瀑 | 2024/10/18 13:13 |
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意外だけど、あれほど日本伝統文化に強い赤江瀑に「茶道ミステリ」がないんだよね。不思議。しいて言えば「灯籠爛死行」が茶道と切り離せない路地の石灯籠を扱っているほかに、この山陰・山陽を舞台にした作品だけで編んだアンソロの巻頭作「鬼恋童」が、萩焼茶碗を扱っている。
赤江瀑といえば下関出身だから、萩焼はご当地物になる。「一楽二萩三唐津」と呼ばれるくらいに、萩焼は茶碗では別格の扱いの一つ。とくに「古萩」と呼ばれる長州藩の藩窯で焼かれた江戸中期までのものは文化財級の扱いになる。こんな萩焼の窯元に秘蔵される名器「白虎」を巡って、妖しい茶碗に魅入られた三人の陶師の話。これはなかなか、いい。骨董の虚実、「闇」と釉薬の奥深くに隠れた名人の秘密の技が隠される話。 このアンソロは全16作収録。代表作級、というと「原生花の森の司」「花帰りマックラ村」が入っているが、これらは以前の書評で扱っているので略。「ホルンフェルスの断崖」は珍しく監視・目撃型の「密室殺人」を扱っている(苦笑)が、結構これバカミスというかファンタジーというか、トンデモなトリック。しかし、赤江瀑だから過激派政治ドキュメンタリーの悪影響で...とか動機もヒドいあたり、なかなかの奇作。まあ、赤江瀑の「悪癖」といえば、奇抜なネタ同士がうまくかみ合わなくて、作品に昇華しないことがある、というサンプルみたいな気もする。 同様な失敗は、画家が目撃した絞殺死体の傍らに落ちていた「三景」の櫛と「髪」へのフェティシズムと復讐譚が絡み合う「闇夜黒髪」。もったいないな~~という印象。少し整理したらいいのに、整理できないのが赤江瀑。 歌舞伎では、この花道の切穴から出入りする人物には、特別の定まりがある。どんな人物でも、やたら勝手にこの穴を使えるというわけにはいかない。特殊な舞台効果に使われることを除けば、この『スッポン』は、妖怪変化、あるいは忍術妖術使いだけが通ることを許された。舞台へのあやしい出入道なのである。 と説明される、赤江瀑お得意の歌舞伎ネタ「美神たちの黄泉」だと、男性モデルの主人公の話がどうも余計...引用部だけでも実にソソるんだがねえ。 逆に、占い師が予知する自らの死と、それを行きずりで警告した喫茶店員の「予知・占い」を巡る「野ざらし百鬼行」とか、戦中戦後の「飢え」を巡る親子の葛藤を描いた「金襴抄」あたりが、シンプルで「いい」話に仕上がっているようにも思う。 肩に力が入った話に名作も多くてその印象が強烈な赤江瀑だけど、やや力を抜き加減で書いたのにもいい作品があるよ。 (ヘンさで印象に残るのは「サーカス花鎮」。ヘンな笑いが浮かんでくる...) |
No.1305 | 8点 | ずっとお城で暮らしてる- シャーリイ・ジャクスン | 2024/10/16 16:16 |
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「記憶」を使って、自分の周囲を再解釈して自分のためだけに再配置する行為。
「呪術」ってそういうものだと思うんだ。私たちの生活のこまごまとしたあたりに「呪術」は存在するわけで、そのような「呪術」とそれに囚われて自ら「祟り神」と化した姉妹の寓話。 うんだから、村人たちからの「悪意」が決定的に向けられた瞬間から、この屋敷は村にとっての「消すことのできない罪の象徴」と化し、それを姉妹は守り続ける....永遠に、生きながら伝説と化して。 これはホラー小説というよりも、ホラーの舞台裏を描き切った作品。やや特異な「真実」を突いてしまった寓話だと思うよ。 |
No.1304 | 8点 | 凍った太陽- 高城高 | 2024/10/15 09:19 |
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ハードボイルドの(日本での)チャンピオンは、専ら二十代の若者らしい。しかし彼等のハードボイルドは他のアメリカ文化の輸入と同様、単なる模倣であり、やりたいことをやる享楽主義、欲しいものはとる利己主義の代名詞に過ぎない。ヘミングウェイの持つストイシズムは一かけらさえ見いだせないだろう。(「われらの時代に」)
いや~ガチ。評者くらいの世代だと「名のみ..」となりがちな作家だったけども、ビックリするくらいのハードボイルド純度。ハメット、さらにそれよりもヘミングウェイに直結するクールさだから、チャンドラーの浪花節が好きな人には合わないだろうが、マンシェットが好きな人には向いてると思う。 描写がすべて、という「切り捨てた」スタイルだが、その中に浮かび上がる人物造型がいい。「賭けたら必ず当てる女」志賀由利、とくに一種のプロビバリティの殺人を巡る「賭ける」に初登場し、全4作に登場する「悪女」。ヤられる。ハードボイルドだから当然「外からの目」だけで客観描写されるだけだが、だからこそ内面を露ほども窺わせずに、読者はその運命が気になって仕方がない。最後に登場する「異郷にて 遠い日々」で由利の死が、事件に係り合った医師の目で語られるのだが、それこそテレーズ・デスケールー風の「悪の聖女伝説」めいたものさえ感じさせるほど。惚れた。 いや日本ハードボイルドの最高峰と言っても過言じゃないだろう。まあブンガクに寄った「廃坑」「火焔」とかもあるから、トッツキは悪いだろうが必読級。 (個人的には文庫2/3ページを費やしてマティーニを作る描写を丁寧にやってる「黒いエース」とか、ホントに心地いい...) |
No.1303 | 7点 | ハリー・ポッターと賢者の石- J・K・ローリング | 2024/10/10 09:15 |
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本サイトだと皆さん手を出しにくさを感じていたのかな。
このシリーズ、ミステリ的な手法が頻繁に使われていることは、きっと皆さまもお気づきのことだろうと思う。特に「秘密の部屋」とか「炎のゴブレット」あたり評者もコロリと騙されてたよ。ファンタジーグッズを絡めたSFミステリ的トリックと呼ぶべきだろう。あと、最終盤での杖の忠誠を巡るロジックなど、ミステリ的興味と呼ぶべきものをかなり満足させるシリーズであることは疑う余地はない。 それ以外に、評者がこのシリーズを扱いたい理由と言うのももう一つあるのだが、これはシリーズ終盤の話なので、ここでは措いておく。というわけで、まずは「賢者の石」。 あらすじは省略。シリーズ開始作であり、ホグワーツに着いて組分け完了までで本の約半分を費やす。だから「事件」はシリーズ中最軽量。それでも「一人二役」?なミスディレクションをさりげなく入れてあるあたり、侮りがたい。シリーズ開始作だから、予備知識なしで読みだしたらいかにも悪役風に描かれる例の人を悪役だと普通思うだろ。子供向けと思ってたらなおさらだ。小ネタ中心に描いていくのが、あとで関連性を示される(ドラゴン飼育話とか典型)のも、ミステリ的な趣向だ。 いや評者、一番最初に読んだときでさえ「クリスティ的な伝統ってあるんだな」と思ったくらい。本サイトで扱っても反則にはならない。 |
No.1302 | 7点 | 砕けちった泡- ボアロー&ナルスジャック | 2024/10/09 19:04 |
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金持ち女と結婚した整体師の主人公は、妻とのトラブルから不利な状況での告白書を書かれされて別居した。しかし、主人公にアメリカ人実父からの巨額の遺産が舞い込んだ。これが妻に知れたら遺産の大部分を妻に奪われかねない。しかし妻は交通事故を起こして重体。主人公が病院に行くと妻を名乗る女は別人だった....
こんな話。妻のはずの女が別人、というのはボア&ナルお得意の頻出パターン。でも、本作は後期らしさが目立つ「再出発作」みたいなニュアンスがあるのだろうか。何となくだが「悪魔のような女」とか「牝狼」を連想していた...でも心理主義的というよりも、奇妙な状況に追い込まれた主人公があれこれ真相を推理しながら自分の利益のためにジタバタを繰り返す小説。だから前期の重苦しさよりもアイロニカルな状況に囚われた主人公の奮闘ぶりに同情しながら読んでいく。重度の半身不随に陥った妻の介護&リハビリに奮闘する主人公の職業が整体師(作中ではキネジテラプートと呼ばれている)なのが、なかなか効いている。 でも状況に追い詰められて....だけどとんだ逆噴射をお楽しみ。そういえばフランスって夫婦共有財産制がデフォルトらしいね。夫婦別産制ベースの日本とは離婚時の財産分割の考え方が違うみたいだ。 |
No.1301 | 6点 | 茶室殺人伝説- 今野敏 | 2024/10/08 11:49 |
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武家茶道・相山流の家元のお茶席で起きた事故死。お点前のさ中、被害者は自らの胸に出刃包丁を刺して死んだ...死んだ男は茶席の亭主である次期家元と口論しているのを主人公紅美子は耳にした。死んだ男が紅美子の先生で水屋を任された女性幹部とも口論していたのを思い出す。この怪死はまさに利休と流祖との因縁とも関連する「秘伝」にも関りが?家元の次男の秋次郎と紅美子は組んでこの事件の解決に乗り出す....
茶道ミステリNo.4はこんな話。作者は高校大学と茶道部に所属していたそうで、お点前の描写のリアリティと精度が素晴らしい。このところ読んだ「茶道ミステリ」ではベスト。利休の賜死の真相を含む「秘伝」は、作者が茶道と同じように武道に凝ったことからのアイデアだろうね。扇子は帯刀の代わり、ということになっているから、空想としてはまあありか。だから殺人プロセス自体のバカミスっぽさに眼はつむるけど、終盤が無理筋の因縁話でリアリティがなくなってくるのが難。 でもお点前描写の良さと、家元のキャラクターに「こんな先生だったらいいよね」な理想があって、素直に共感できる。これを加点して6点。けど、この作家、妙な社会批判をしたがるクセがあるんだな.... |
No.1300 | 6点 | 震える山- ポール・ソマーズ | 2024/10/07 21:41 |
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いやガーヴよりガーヴらしい!
新聞記者の主人公は、偽電話でおびき出された女性の街ネタ話から、その父が不可解な状況で拉致された事件に係り合う。父は軍事の秘密研究に携わる物理学者。果たして誘拐を告げる手紙が軍需省に届いた...身代金は3万ポンド。家族にも出せない金額だが、これを主人公の新聞社が負担して特ダネを狙うこととなった。この身代金の受け渡しに主人公と物理学者の娘が赴くことになった... うん、繰り返すけどホントにガーヴ。いろいろ見てみたけど、要するにソマーズ名義ではこの新聞記者のヒュー・カーティスがシリーズキャラクターになっているようで、それが差別化? ガーヴだと本当に毎回別主人公だからね。で、ガーヴに親しんでいると、本作の「追っかけ」は「地下洞」みたいだし、真相は「**事件」みたいだ。軽く主人公とライバル社の女性記者とのスクリューボール風恋愛も織り交ぜて、達者に語られる。ガーヴの長いジャーナリスト歴からか、「書きやすさ」を感じながら書いてたのではなかろうか。 意外な真相というわけでもないが、いつもの安定ガーヴ印。 |
No.1299 | 6点 | 運命の宝石- コーネル・ウールリッチ | 2024/10/04 21:05 |
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晩年のウールリッチって、「ウールリッチ節」は健在でも場面場面にムラがあり過ぎ。詠嘆調の美文、でも惰性で書いているだけとか、詠嘆がやり過ぎて作者が飲み込まれてる?と思うこととか、いろいろバランスが崩れて???と読者を嘆かせたわけだが、完成した最終作の本作は、いうほど悪くない。
昔の原型作があるためか、それともペーパーバックオリジナルで(皆嘆くけど)逆に「ブラックマスク」時代を思い出すとかあって、いいくらいに肩の力が抜けた?なんて思うほどに、復調が感じられる。まあ傑作と言うほどでもないけど。 大粒のダイヤモンドが、ルイ15世時代のインド駐留の仏軍兵士~恐怖政治下でギロチンに怯えるパリの貴族~南北戦争直後のニューオリンズで没落した南部土地貴族~真珠湾直前の東京に潜むアメリカ人スパイの間を流転する話。このダイヤはご期待通り「呪いのダイヤ」で持主がすべて悲惨な運命に逢うというトンデモ呪物。ホープダイヤとかそういう話だね。だからミステリか、と言われたら厳密には違う。エキゾチックな連作奇談というタイプのもの。 いい点は舞台設定が興味深い時代であること。ジャコバン党恐怖政治のさなか逮捕された貴族たちが、地下牢でそれでも体面を維持し、娯楽として自分たちが矜持をもってギロチンにかかるさまを予行演習する話とか、悲惨な中に運命を笑い飛ばそうとする人間性を感じたりする。南北戦争直後の南部といえば、「風と共に去りぬ」とか「国民の創生」で描かれたような、北部から流入したヤンキーと解放された黒人が横暴の限りを尽くしたために、敗戦の南部人が対抗組織としてKKKを作るとかね、今時の「政治的に正しい」じゃ話題にできない。そんな時代のラブロマンス+決闘の行方。この2つの話が読ませる。 最後に東京が舞台の話は、日本人だと分からんくもないけども...う~ん、というところでまあこれ仕方ない。晩年のウールリッチとしては欠点が目立たない作品にはなりそう。 で、とりあえずウールリッチ/アイリッシュの長編はコンプ。短編は引き続き読むつもりだけど、長編のベスト5。「暗闇へのワルツ」「死者との結婚」「暁の死線」「幻の女」「聖アンセルム923号室」。わりと穏当? 長編としてのまとまりが、やはり「暗闇~」「死者との~」は断トツにいいからね。 |