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[ 本格 ]
高貴なる殺人
ジョージ・スマイリーシリーズ
ジョン・ル・カレ 出版月: 1966年01月 平均: 6.67点 書評数: 3件

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早川書房
1966年01月

早川書房
1979年12月

No.3 5点 クリスティ再読 2022/02/01 09:58
評者どうもル・カレは肌に合わない。けども行きがかり上はスマイリー全作くらいはしておこうか、とも思いなおした。再開して「鏡の中の戦争」「影の巡礼者」「スパイたちの遺産」はやる予定に入れる。
いや評者イギリス・スパイ小説って大体が大好きなんだけども、ル・カレ嫌い、というのは屈折しすぎてるのかなあ。アンブラー・グリーン・フレミングはおろか、モールやらビンガムあたりまで嗜好に合いまくったにも関わらず、ル・カレはダメ。ホイートリー・ブラックバーン・ラムレイの娯楽版でも好きなんだけどね....
その理由というは、やはりル・カレって「市民的」なんだよね。イギリス特有の階級対立の中で、スパイ小説というジャンルがエスタブリッシュメントの視点での「国家」への屈折した愛憎を描いた小説ジャンルだったのを、ぶち壊しにした「革命家」がル・カレのわけである。そのくせ、「国家」への忠誠心は斜に構えたエスタブリッシュメントよりも妙に「純」だから始末に負えない。そういう大衆性の方が、実は日本でもウケるのだ。
そういう資質が実は一見スパイと関係がない本作でも強く出ているわけで、本作のジャンルは「本格」というよりも実は「社会派」、なんである。

由緒あるパブリック・スクールの教員の妻が殺害された事件でも、平民の警察官では対等に扱ってもらえないこともあって、スマイリーが介入することになるのだが、スマイリー自身も「釣り合わない結婚」をした「成り上がり」の部類でもあるわけだ。この教員もグラマースクール出身の「成り上がった」庶民で、研鑽努力して周囲に合わせようと国教会に改宗までするのだけども、妻は平然と庶民的な非国教会信徒のまま、当てつけのように大学外での慈善活動にいそしむ。格式を重んじる周囲との軋轢もあるようだ....

イギリスは階級対立がそのまま宗教的な対立になりかねないややこしさがあるから、戦功と結婚によってようやく上流に潜り込めたスマイリーも、それから被害者の夫妻も、こういう「上流社会」ではマージナルな立場の悲哀を感じざるを得ないのである。

スマイリー・サーガって、そもそもそういう話なのである。「ティンカー・テイラー」で、スマイリーがいかに有能で上司の「コントロール」の信頼が絶大だったとしても、次代のアレリン派からは排除されることになるのも、スマイリーの立場の周辺性にも原因があるのだろうしね。

評者はというと、どうもイギリス人のそういった「偏屈な狷介さ」、屈折と開きなおりに妙に肩入れしたがるヘンなところがあるせいか、市民的な批判派であるル・カレと肌が合わないのは....まあ、仕方がないことだ。

No.2 7点 2021/02/05 16:01
 名門パブリック・スクールを擁する陰鬱な田舎町カーン。引退した大戦時の元スパイ、ジョージ・スマイリーは、ある殺人事件の捜査のためこの地を訪れた。被害者は現役スクール教師の妻。彼女は「夫に殺される」という投書を、スマイリーの旧友エイルサ・ブリムリーが編集する雑誌に送っていた。だが、警察の調査結果は夫を犯人とする説を否定し、事件の鍵が学園内にあることを示していた。伝統に固執し、外部との接触を嫌う学園関係者――そのかたくなな態度に懊悩する彼の前に現われたものは、第二の殺人事件だった! スパイ小説の巨匠が名門校の虚妄を描く、唯一の本格ミステリ!
 先頃お亡くなりになったエスピオナージマイスター、ジョン・ル・カレの『死者にかかってきた電話』に続く第二長篇にして、ただひとつの純粋ミステリ作品。1962年の発表で、今回は再読。初読の際には「あんまオモロないな」「この人スパイ物以外は駄目なんちゃう?」といった印象でしたが、偶々ブックオフで100円再ゲットしたのと、amazonレビューその他の高評価に釣られてリベンジアタック。じっくり読み返すと成程かじかむような寒気の描写も鋭く、皮肉なタイトルに暗示される醜悪な真相に至る過程で、英国階級社会のどうしようもなさを見事に暴き出しています。ぶっちゃけシムノン並みにすげえ地味かつ辛気臭い話ですが、それはそれでアリかと。
 被害者ステラ・ロードは北部ブランクサムの名家グラストンの娘ですが、英国国教会の信徒ではなく、彼女の夫スタンリーも普通校グラマー・スクールの出身者。この夫婦が上から下までガチガチの既卒OBで固めたパブリックスクールに乗り込むのですから、摩擦が起きない訳はない。改宗したとは言え周囲からは白い目で見られ、必死にカーン校に馴染もうとする夫との間にも徐々に亀裂が。そんな冬の夜、ロード家の温室のなかでめった打ちにされた血まみれのステラが、いったん招待先へ試験答案を取りに戻ったスタンリーによって発見されます。これもカーンのOBである地元の警察長官はスキャンダルを怖れ、被害者の所持品を盗んだと思われる "気ちがいジャニー" こと狂女ジェイン・リンの仕業として、全てを片付けようとするのですが・・・
 スマイリーとの邂逅の際に、〈銀の翼をひろげて、悪魔が飛んでいくのを見た〉と語るジャニー。十五回から二十回ちかく鈍器で殴りつけられた、無惨なステラの死にざま。カーンから四マイル北方の街道の溝に投げこんであった、凶器の同軸ケーブル。難民救済事業への献身や狂女に見せる優しさ、ハンガリーからの避難民をめぐる同僚の妻とのいざこざや、それとは裏腹の愛犬虐待などの、カーンにおけるステラの矛盾する言動。「郵便配達夫に犬が咬みついた」という明らかな嘘。「夜の長い季節のうち、夫に殺される」という言葉の真実。これらの諸要素が一つに纏められ、解明に繋がっていきます。
 厳密な定義も無い時期に、○○○○○を謎解きに組み込んだ先駆的な作品。読んだことは無いですが、レジナルド・ヒルに似た味わい、という声もあるようです。それでも処女作の方がシンプルでいいと思いますが、単純に切り捨てるのも惜しい出来。好みでないもののこの時期の重厚な英本格としては佳作か準佳作クラスで、採点は7点ちょうど。

No.1 8点 nukkam 2009/01/14 15:05
(ネタバレなしです) 英国のスパイ小説の巨匠ジョン・ル・カレ(1931-2020)による1962年発表のジョージ・スマイリーシリーズ第2作ですが、例外的に本格派推理小説の作品でスパイ小説ではありません。犯人の正体だけでなく、ある容疑者が犯人でない理由までも丁寧に推理説明しています。寒さと暗さの雰囲気や心理描写に秀でており、全体的には地味ながら全く退屈しませんでした。ル・カレと言えばスパイ小説のイメージが強いので異色作である本書は多分最も知られざる作品でしょうけど、本格派推理小説としては読んで損のない作品です。


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ジョン・ル・カレ
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