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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ] スマイリーと仲間たち スマイリー3部作 |
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ジョン・ル・カレ | 出版月: 1981年05月 | 平均: 8.67点 | 書評数: 3件 |
![]() 早川書房 1981年05月 |
![]() 早川書房 1987年04月 |
No.3 | 8点 | Tetchy | 2025/03/09 01:27 |
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いわゆるスマイリー三部作の掉尾を飾るのが本書。英国情報部“ケンブリッジ・サーカス”にもぐらビル・ヘイドンによって壊滅的な大打撃を与えたソ連情報部の工作指揮官カーラとスマイリーとの戦いに終止符を打つのが本書である。
実に読みやすい。そして物語の流れが実に頭に入りやすい。今までの難解さは一体何だったのかと思わされるほどその展開はストレートであるように思えた。 冒頭の一介の老いたるロシア人女性から元英国スパイへ繋がり、そして彼が殺されることでスマイリーの復活へと繋がる。まさに映画を観ているかのような展開だ。この一連の流れが実に素晴らしい。 諜報の世界で生きてきた人々は運よく任務中で命を喪うことなく生きながらえても年を取れば厄介払いされ、決して悠々自適な生活が約束される者ではないことを思い知らされる。 それはスマイリー自身もさることながら彼の仲間や同僚も同様でそれぞれの境遇に変化がある。三部作の第1作で中心人物の1人だったトビー・エスタヘイスは既に引退し、ベナティと名乗って画廊を経営している。しかし彼はスマイリーの要請で今回カーラとの戦いに一役買うことになる。 彼はどんな人物に対しても決して自分の腹の内を明かさない。質問に対して沈黙で答えることが多々ある。しかしその沈黙こそが彼を一流と呼ばわしめる特質だろう。例えば元工作員ウラジーミル殺害事件の主任警部はスマイリーの沈黙に対して不愉快には思わず、寧ろ彼には沈黙の才があり、更には様々な顔を持つ修道士団であると評するほどだ。 そして彼の言葉もまた含蓄に満ちている。諜報の世界で永らく過ごしていた彼は怖いのは敵ではなく、味方だと呟く。この世界の厳しさと無情さを肌身に感じさせる言葉だ。 常にのめり込まず、冷静に身を引いて客観的に物事を見つめ、そして必要でないことは決して声に出して云わない。私は彼にプロ中のプロの姿を見る。 インテリジェンスを操り、英国政府や米国政府を撹乱させ、決して尻尾を掴ませなかった男が娘への愛情という理屈や論理で割り切れない感情によって正体を現わさざるを得なくなったというのは何とも皮肉だ。情報を操るのも利用するのも細工するのも結局は人間がやること。つまり人間の感情や欲望を揺さぶることが諜報の世界では実に有効打となるのだ。 諜報の世界は国のため、任務のためには自分の命さえも顧みない非情の世界だが、このスマイリー三部作を読むと全てスパイは女性への思慕にほだされ、自滅している。実は人間臭い世界なのだということをル・カレは語ってみせたのだ。 しかし長きに亘って繰り広げられたその戦いの結末は実に静かだ。カーラとスマイリー、2人の宿敵は相まみえても一言も交わさず、カーラは連行される。カーラが昔彼から奪った妻アンから自分への愛のメッセージが入ったライターを持参していた。そのライターは確保の瞬間にそれが路上に落ちる。スマイリーはそれを拾おうとするがしかし結局そうはしなかった。そのライターこそが全てを語っていたのだろう。 最後スマイリーはピーター・ギラムに「あんたの勝ちだ」と云われるが、彼は「うん、そうだな、そうかもしれない」と応えて終わる。彼は本当に自分が勝ったのか解らなかったのだ。 20年前にインドのデリーの刑務所でこちらの側に着くよう説得したゲルストマンというソ連の捕虜が後のカーラだった。その時にいつの間にか奪われたライター。彼は説得に応じず沈黙で応え、そして本国に送還されたが通常裏切り者として粛清されるはずがされずに現在に至った。そのライターから当時凄腕のスパイだった男の弱点を握り、そしてビル・ヘイドンという男をスパイとしてサーカスに潜り込ませたのだった。 その時からスマイリーはもう既にカーラに負けていたことを自覚していたのかもしれない。そしてカーラが捕獲されるその時までそのライターを持っていた事実を知り、スマイリーはずっとカーラの掌の上にいたのではないかと思ったのかもしれない。だから自分が勝ったことに確信が持てなかったのではないだろうか。 また別居中の妻アンはビル・ヘイドンとの愛人関係が終わった後も他の男の許で暮らしているが、実は彼女はスマイリーと寄りを戻したがっていることが作中でもたびたび出てくる。全てが終わった今、スマイリーは彼女との寄りを戻すのだろうか? 彼女との思い出の品であるライターを拾わなかったことがその疑問の答のように思える。 3作に亘ったスマイリーとカーラの対決は諜報戦という試合には勝ったが、アンを巡る勝負には負けた、そんな風に思えた結末だった。 |
No.2 | 8点 | クリスティ再読 | 2018/09/16 17:14 |
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スマイリー三部作というと、どうも「ティンカー、テイラー」「スクールボーイ閣下」だけがクローズアップされるきらいがあるけども、掉尾を飾る本作も前2作に負けないというか、勝ってる部分も結構ある名作だと思う。まあこの3部作、最初から読まないと面白みが薄いので、最後の本作に到達するまでが...はあるんだろうけども、これを読まないのはもったいない級の作品なのは間違いない。
基本は「ティンカー、テイラー」風の、スマイリーの行動中心の作品である。本作では被監視対象の亡命者「将軍」殺しを巡って、それが大事にならないように以前の担当者であるスマイリーに後始末を依頼する、というのが名目である。スマイリーは前作「スクールボーイ閣下」でウェスタビーの不始末の責任を取るかたちで引責して、引退状態なのを無理して再出馬するわけだ。だから「ティンカー、テイラー」以上に「孤独な戦い」を強いられる。もちろん、地味に関係者を回って話を聞いて...が主体なので、ほとんどハードボイルド私立探偵小説風の読み心地である。これがなかなか、いい。回る対象はほぼ昔の直接の配下や仲間たちなので、懐かしがる者もいれば、スパイ稼業に反発する家族を抱えていたりして、それぞれにそれぞれの人生感がある。元アレリン派で点灯屋のチーフだったヘスタエイスなんて、中東美術品バイヤーとしてそこそこ成功していて、過去のいきさつを蒸しかえすスマイリーに「ジョージ、いちどでいいからきいてくれ。たのむから、な、ジョージ。いちどだけでもおれにも説教のまねをさせてくれ」と引退スパイが「いまになってクレムリンめがけ騎兵隊最後の突撃かい」と年寄りの冷水なのを忠告するシーンが、情感ダダ漏れでいい。 結局スマイリーの調査はイギリス国内では済まなくなって、結局西ドイツで死体をみつけ、フランスで....と背景をスマイリーが把握したところで、スイスでの「スマイリー組」の作戦指揮になる。もちろん先程のヘスタイエスも昔取った杵柄でバックアップの点灯屋としてスマイリーを援護する。3部作の最後のなので、ちょっとした「同窓会効果」があって、うるっとくる。長らくお付き合いした甲斐があるというものだ。 作戦はカーラのプライベートの弱点を突くものなので、まあ言ってみれば「鉄の規律」対「人間の情」といった、わかりやすいあたりでまとめてある。前半の静と作戦の動、同窓会効果、結末と、エンタメのツボを押さえた職人的な面白小説、といったもの。グランフィナーレとしては上々。 あとねえ、三部作全体でみると、一番ヤな奴は政府の監視役のオリヴァー・レイコンだ。キラワレ者である曲者サム・コリンズがもう少し活躍してくれると評者はうれしかったんだが、本作ではただの提灯持ちでつまらない...「死者にかかかってきた電話」以来のお付き合いであるギラムくんの没個性は何とかならんか。 |
No.1 | 10点 | 雪 | 2018/05/26 19:23 |
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文句無しの10点、というかミステリのマスターピースの一つでしょう。
一般的には「寒い国から帰ってきたスパイ」、文学性の高い自伝的作品としては「パーフェクト・スパイ」ですが、最もエンターテイメントと筆力のバランスの取れた代表作と言えば「リトル・ドラマー・ガール」かいわゆる「スマイリー三部作」。 その棹尾を飾るのがこの作品です。 主人公ジョージ・スマイリーの年が年ですのでどうしても辛気臭く、その点では壮年の工作員ジェリー・ウェスタビーを主役に据えた「スクールボーイ閣下」に劣りますが、読み易さは断然こっち。 ただまあ功績無視の上引退した身を再三再四引っ張り出され(三部作都合二回目)、度々後始末を押し付けられるとなれば彼の愛国心も冷めようというものです。おまけに年齢はとうに70才を越えています。 元亡命者殺害事件の処理を依頼され気乗りしないスマイリーでしたが、失脚後の亡命者たちのあしらい、加えて公私含めた現役時代の宿敵・KGB第十三局局長カーラの名前が出るにつけ俄然様相が変わってきます。 私立探偵もどきにロンドン、東ベルリン、パリ、ジュネーヴと、全ヨーロッパを舞台に追跡を続けるうちに徐々に姿を現すカーラの秘密、そして失われる命。 ラストは冷戦を象徴するベルリンの壁を跨いでの、人生最後の賭け。 その時スマイリーの胸をよぎる思いは果たして何だったのか? 丹念かつ重厚な筆致で決して読み易いとは言えない作品ですが、できれば三部作通して読んでほしいと思います。 |