皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ] スクールボーイ閣下 スマイリー3部作 |
|||
---|---|---|---|
ジョン・ル・カレ | 出版月: 1979年07月 | 平均: 7.00点 | 書評数: 4件 |
![]() 早川書房 1979年07月 |
![]() 早川書房 1987年01月 |
![]() 早川書房 1987年01月 |
No.4 | 7点 | Tetchy | 2025/02/07 00:30 |
---|---|---|---|
スマイリー三部作の2作目の本書は上下巻820ページ弱の大著だ。そして1作目もなかなかにハードだったが、本書はさらに輪をかけて難しい。
物語は前作『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』から引き続いて始まる。前作でビル・ヘイドンというソ連の二重スパイの存在によって大打撃を受けた英国情報部“サーカス”は立て直しを図るべく、引退したジョージ・スマイリーを復職させる。 スマイリーが着任後、即手掛けたのはサーカスを崩壊の危機に陥れたソ連情報部の重鎮カーラへの復讐だ。彼はビル・ヘイドンが携った諜報活動の記録を遡行してカーラの弱点を探ろうとする。 スマイリーはその任務のために半ば組織から追い出されるように引退していた車椅子のソ連調査の専門家コニー・サックスを呼び戻し、更に中国調査の専門家ドク・ディサーリスを仲間に加え、カーラ復讐への第一歩である“ドルフィン”作戦を立ち上げる。それはビル・ヘイドンの過去の足取りを遡行することでカーラの攻撃開始点を突き止める作戦だ。 そして執念の調査の結果、スマイリーたちはパリから東南アジアへ通ずる送金ルートを発見する。そしてその金の受取人が香港の実業家のドレイク・コウ。そこへスマイリーが調査のために臨時工作員ジェリー・ウェスタビーを派遣するのだ。 そしてこのジェリー・ウェスタビーこそが本書の題名となっている“高貴なる”スクールボーイなのだ。ロンドン臨時工作員課程を受けながらも正式採用されず、そこをスマイリーに拾われた野心あるお坊ちゃまである。 さて今回の舞台は香港だが、中国人の残酷さを存分に思い知らされるかの如く、報復の連鎖が続く。ウェスタビーが核心に迫るほど屍の山が築かれる。 ジェリー・ウェスタビーの任務はやがてこれら既に死者として扱われていた人々の足跡を辿り、モスクワが援助した麻薬による国家撲滅計画の詳細と隠された金の流れとドレイクを隠れ蓑にして暗躍するソ連の“もぐら”ネルソンを捕らえることになった。 しかしやはりル・カレは難しい。物語の骨子を理解することとそれぞれのエピソードを繋げることがなかなか頭の中でピースが嵌るが如く埋まっていかない。 そして上の物語の流れを書くために内容を振り返るに至って、そこここに伏線が書かれていることに気付かされるのだ。 物語の後半はこのジェリー・ウェスタビーによる単独行が中心となる。ジェリーはやがてリカルドとコンビを組んで麻薬密輸を行っていたチャーリー・マーシャルという男の存在を突き止め、香港からベトナムに渡る。 私は本書がゴールド・ダガー賞を受賞した要因の1つはこの戦下のベトナムを見事に活写したからではないかと思っている。それほど本書におけるジェリーのベトナム行は迫力とリアリティに満ちている。 例えば最初に空港に民間機で降り立つシーンでのジャングルからの小火器の乱者を避けるために旋回コースを取りながら着陸する内容にまず度肝を抜かれ、現地に派遣されたマスコミの特派員は臨時の通信員を雇っているが1週間の1人の割合で死んでいるとのこと。 また外交官によって催されたパーティーでは参事官の公邸が会場でありながらも近いところで機関銃の銃声が轟き、ロケット弾が着弾し、遁走する単発機の爆音が鳴り響く。そんな中を“高貴なる”人々はそれらを肴に美味しい料理とお酒を愉しむ風景が描かれる。もはや彼らは正気なのか狂気なのか判らない。いや寧ろタイタニック号に乗っていながらいつ沈んでもその運命を受け入れる乗客のように見えるのである。 しかし何よりも一番謎めいているのが主人公のジョージ・スマイリーだろう。ずんぐりとした小男で決して目を引くような存在でない―即ちスパイにとって最良の外見を持っているわけだが―この男はしかしこれまで歴戦の諜報戦を渡り歩いた凄腕スパイであることがその口から出る言葉の端々から窺える。 しかし作者ル・カレはあまり彼の心情を描かない。特にサーカスでの会議や今回作戦を協同して行うことになったカズンズとの会議では沈黙を以て接し、なかなか発言に至らない。 諜報の世界は男の世界だと思われるが、実はそれに携わる工作員たちは女性によってその身を滅ぼす。 ル・カレはフレミングが創造したジェームズ・ボンドのようなスーパーヒーロー的なスパイから脱却し、スパイもまた1人の人間であり、その任務が辛く、長いものであることを自身の経験を加味して実状をリアルに描き、国家間のイデオロギーによって運命を左右される哀しき存在として描いたとされているが、ボンド作品に毎回彼と行動を共にするボンドガールがいるように、ル・カレの小説にも毎回そこには女の影がある。特に存在感が顕著なのはイギリス人女性リジー・ワージントンだ。本書の主人公ジェリー・ウェスタビーは香港のソ連のパイプ役ドレイク・コウの愛人である彼女に魅了され、彼女を欲するがあまりに任務を逸脱し、最終的にはその身すら滅ぼしてしまった。 しかしスマイリーのカーラへの復讐はまだ続く。本書の結末はまだ途上に過ぎない。再び一線から退けられたスマイリーがいかにソ連の大物カーラと対決するのか、気になるところだ。 |
No.3 | 8点 | 雪 | 2018/10/11 22:27 |
---|---|---|---|
宿敵であるKGB第十三局局長カーラの操る工作員「もぐら」によって壊滅的な打撃を受けた英国情報部〈サーカス〉。新たなチーフに就任したジョージ・スマイリーは、「もぐら」に揉み消された事案を丹念に精査することによりカーラに痛撃を与え、情報部を再建しようとする。そして浮かび上がったのは英国領香港に伸びるKGBの巨額送金ルートだった。
諜報世界の常識を越えた途方もない大金でカーラは何を狙っているのか?それを探る為、スマイリーは「高貴なる小学生」臨時工作員ジェリー・ウェスタビーを現地に派遣する。雑誌記者でもあるジェリーは送金口座の主である香港の大実業家、ドレイク・コウに接触するが・・・。 スマイリー三部作の中核を成す巨編。第一部「時計のネジを巻くとき」第二部「木を揺さぶるとき」の二部構成です。前半の種蒔き部分はスマイリー主体、後半の活動部分はジェリー主体。 まず「逆遡行」というアイデアが秀逸。組織を掌握しマズい事案を全て握り潰したことが、逆に己の弱点を曝け出す事になってしまうという反転劇。言われてみれば当然至極なので、完璧に叩き潰された筈のサーカス側が一転反撃という展開にまったく無理がありません。コロンブスの卵ですね。 第一部はこのへんの過程が丹念に描かれます。特に第一章と第二章はそれだけで独立した短編小説になるくらい完成度が高い。展開は遅いですがすこぶる面白かったです。 それに比べるとジェリー主役の第二部は少々雑かなあ。勢いに任せた部分があるというか。リジーとの恋愛部分がどうもピンと来ませんでした。そこまで入れ込むほどの魅力は無いような気がするんですよね。一部二章は好きなんですけど。 ラブスト-リーのみを主因に話を進めるのはル・カレの柄ではないと思います。唯一書いた恋愛小説も盛大にコケてたみたいだし、この作品でも「白馬の騎士(ギャラハッド)」とかちょっと。アンに未練を残したスマイリーが侘しく彷徨うとか、クロウ老人が父性愛を見せながら工作員からさりげなく、本当にさりげなく情報を引き出すとかの方がやっぱり好き。 色々不満もありますが一部が地味な分二部は名シーン連発ですね。ジェリーがインドシナ半島から撤退するアメリカ軍将校と邂逅するとことか。ここでアメリカが大きく失点したことがラストの苦い展開に繋がっています。「こんなのあり?」って結末ですけど。 10点満点から2点引いて8点。マイナスはダレた所や恋愛面など、主に二部関連です。 |
No.2 | 5点 | クリスティ再読 | 2018/08/23 22:40 |
---|---|---|---|
スマイリー三部作の「中」にあたる本作は、一番長いが、一番動きがある作品である。「ティンカー・テイラー」が動きがすくない地味な作品で、退屈か...といえばそうじゃなくて、抑えたサスペンスのいい作品だったのだがね。と歯切れの悪い書き方をしているのは、今回再読してどうも本作は気に入らない、のだ。
というのはね、本作の「動」の部分をベトナム戦争が担っているわけだが、本作でのベトナム戦争は、動乱の中に消えた男を、危険を犯して「スクールボーイ閣下」ウェスタビーが追いかける、という「背景」に使われているだけなんだな。どんな紛争でもベトナム戦争のかわりになっちゃうんだろう。ル・カレというと、イギリス帝国主義の尻ぬぐい役としての秘密情報部自体の役割について、大して懐疑的ではないために、ベトナム戦争、とは言っても「欧米人の植民地主義的な見方」を抜け出た視点があるわけではない。ここらを問題化したポスト・コロニアルと呼ばれる文芸批評のスタイルがあるんだが、一世代上のアンブラーやグリーンがなかなかイイ線行ってるように思えるのに対して、保守的なル・カレは「最後の植民地主義者」みたいなもので、後退しているようにしか思えないなあ。 大きな視点を欠いているので、大英帝国主義を担った「honorable」である主人公ウェスタビーの暴走が、何か身勝手なものにしか見えないのが弱いところ。本作の緻密な描写はこういう動きのある事件描写の、ダイナミズムを妨げる方向にしか働いていないようだ。というわけで、本作の発表当時の高評価は、ベトナム戦争が「リアル」だった時代の空気の共有感で成立したものなのだろう。 いい部分は秘密情報部vs他官庁&CIAとの権力闘争にリアリティがあるあたり。ここらはスマイリーの主観描写がなくてギラムの推測で書かれているので、今一つ真意が見えづらいのが難。 結論:本作は古びてる、と思う。残念。 |
No.1 | 8点 | kanamori | 2010/04/14 20:50 |
---|---|---|---|
英国情報部<サーカス>のスマイリーとソ連の工作指揮官カーラとの諜報戦を描いた<スマイリー3部作>の第2作。
前作で二重スパイ<モグラ>によって壊滅的打撃を受けた英国情報部は、カーラの資金移動のルートを叩くべく反撃に出る。 3部作の2作目となるとつなぎの物語と思われがちですが、前作の重くて暗い動きの少ない物語に対して、今作は東南アジアとロンドンを舞台に壮大なエンタテイメントに仕上がっています。準主人公の<スクールボーイ>こと臨時工作員ウェスタビーの役割もそれに寄与していて、3部作では一番面白い。 といっても、人物、情景の書き込みぶりは尋常ではないし、リアリズムを追求した地味なエスピオナージには変わりないので、読むのに相当の覚悟が必要です。 |