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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ] 影の巡礼者 ジョージ・スマイリーシリーズ |
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ジョン・ル・カレ | 出版月: 1991年12月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 1件 |
早川書房 1991年12月 |
早川書房 1997年08月 |
No.1 | 6点 | クリスティ再読 | 2022/04/14 13:30 |
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ベルリンの壁が崩れたら、スパイもスパイ小説も一気に日陰の身に落ちぶれた...まあ、実際そうだし、そうするとル・カレのような作家も「今後どうするか?」が難しい問題になるわけでもある。本作は壁崩壊後の状況をスマイリー引退後のスパイ養成所での特別講義(それに「ロシア・ハウス」に登場するネッドの引退も)にひっかけて、新人養成所での「今後のスパイの心得」講義の形式で小ネタを披露する短編集(大体11話収録)。ネタは小規模なものが多いから、雰囲気はル・カレ版「アシェンデン」。
なので、ヘヴィなネタの場合には、ツッコミが不十分かな...なんて思う話もある反面、小ネタの話は切れ味がよくて楽しめたりもする。ル・カレってオーソドックスな小説作法は上手だから、「息子の秘密活動の成果は?」と退役軍人の父がスマイリーに尋ねる話とか、なかなかイイ人情話に仕上がってたりもする。 まあ、短編での切れ味を云々するつもりなら、やはりル・カレお得意の「スパイ官僚」直球ネタよりも、アシュンデン的な「斜めから見たアイロニカルな話」の方が、出来がいいに決まってる。「実は馬鹿馬鹿しい話」というのが短編だと生きるのである。アラブの王族の妻の買い物を監視する話とか、教授とラッツィの漫才コンビの話とか、変人の暗号係への誘惑の話(これはやや長い)とそういうのが、いい。 逆に明らかに力が入っている、ネッドと兄弟のように訓練を受けたベンの職場放棄の話やら、クメール・ルージュの地獄を切り抜けたハンセンの話とか、もう少しツッコめるのでは...なんて思う。 たとえば、ベンの父は第二次大戦の暗号解読で業績を上げて、で、このベンの職場放棄にはネッドに対する同性愛感情が下地にある。フィルビー事件にも同性愛関係が使われていたわけだけども、暗号解読となるとやはりどうしてもアラン・チューリングの一件を連想する。チューリングが自殺に追い込まれたのは、ケンブリッジ・ファイヴの二重スパイ事件で風当たりが強くなって..とかいう事情があるようだ。アンブラー・グリーン・フィルビー・フレミングの世代の、左翼思想と同性愛を巡る問題というのは、世代論とからめてなかなかややこしい問題もありそうだ。でもル・カレの本作はまあ、そういうことは突っ込めない。あまり上の世代への理解がないんじゃないのかなあ(ティンカー・テイラーでも同性愛の件はツッコめてないし)。 ちなみに、スマイリーの初期設定もこの世代(1900年代生まれ)だったのだが、三部作あたりでこれが10年ほど繰り下げられたようでもある。まあそうじゃないと、本作の講義時点でのスマイリーの年齢が80歳を超えてしまう。「スクールボーイ閣下」がベトナム戦争終結を背景にしているから、この時70歳なら定年とか言わなくても、スパイ機関のトップだと激務過ぎるからねえ。 で、クメール・ルージュの地獄を生き延びたハンセンの話は、「地獄の黙示録」とか「ディア・ハンター」みたいなハリウッドのシリアス文芸系に通ずるものが大きいように感じる。アジアの論理に飲み込まれる西洋人、と秘境小説の一種みたいに捉えているようにも感じるのだ。これって悪い意味でのオリエンタリズムみたいに評者は思うのだが、いかがだろうか?(ちなみにベトナムをソ連が支持したことから、英米はクメール・ルージュを支持しているんだよ....いやいや、スマイリーの手だって、汚れてるさ) スパイ小説と言っても、たとえばアンブラーだったら冷戦に依存する部分がほとんどないから、ソ連が崩壊しても作品にも困るようなこともなかったのだろうけども、ル・カレのスパイ小説はやはり冷戦に依存する部分が極めて大きいように思う。スマイリーも「老兵は死なず、ただ消えゆくのみ」でもあろう。(そのつもりだったんだろうけども、「スパイたちの遺産」で再登場してミソつけちゃったようだね) |