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ミステリの祭典

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Tetchyさんの登録情報
平均点:6.73点 書評数:1631件

プロフィール| 書評

No.911 7点 オッド・トーマスの予知夢
ディーン・クーンツ
(2011/01/22 21:53登録)
オッド・トーマスシリーズ4作目の本書はなんとエスピオナージュ。田舎町を牛耳る警察署長と港湾局の職員との軋轢。閉鎖されたムラ社会における一人のストレンジャーという図式に、来たるべき災厄を予知夢で察したオッドが奮闘する。

このシリーズの売りはオッドの霊が見える能力で、いつも早いページの段階で霊が登場していたのだが、今回は181ページ目でようやく出てくる。しかも定番の災厄の象徴ボダッハは一切現れないという異色さ。予知夢で大惨事が起こりうることを知りながら、なぜボダッハが現れないのか不思議でならなかったが、その理由についても作者はすでに準備済みだった。その内容については本書を当たられたい。

今回のベストキャラクターは元映画俳優のハッチことローレンス・ハッチスンとフランク・シナトラ。こういうキャラが出てくるなんて、クーンツはまだ枯れないなぁ。

解説の瀬名氏によれば本書以降、オッドシリーズは書かれていないとのこと。このまま棚上げにするにはなんとも割り切れなさが残る。いつかまたクーンツがシリーズ再開することを切に願おう。


No.910 6点 シャロウ・グレイブズ
ジェフリー・ディーヴァー
(2011/01/16 18:38登録)
映画の舞台となる町を探す、いわゆるロケハンを生業にしているロケーションスカウトのジョン・ペラムシリーズ第一弾。
映画産業に若くから関ってきた生粋の映画人であるため、初期のもう一つのシリーズ、ルーン物よりも物語に映画産業の色合いが濃く表れている。そしてこの設定が物語を動かすのに実に有効に働いているのがディーヴァーの上手いところだ。

セオリーに則った物語展開だが、実にそつがない。
そしてディーヴァーといえばどんでん返しが代名詞だが、本書でも最後の最後で思いもよらぬ真相が待ち構えている。しかしパンチも弱く、どんでん返しというほどの驚きはなかった。読者を最後まで飽きさせないサービス精神は窺えるが、巷間の口に上るほどの印象もないといった感じだ。


No.909 5点 犯罪文学傑作選
アンソロジー(海外編集者)
(2011/01/11 22:04登録)
いわゆる文豪と云われる非ミステリ作家たちの手になる犯罪を扱った作品を集めたアンソロジー。1951年に編まれた本書は現在日本で北村薫氏らによって日本の文豪らの手による作品集が編まれ、文化として継承されている。

全21編中、個人的ベストはウィキペディアにも載っていない作家デイモン・ラニヨン(その後ここのサイトの参加者miniさんよりラニアンという名前で現在呼ばれていることが判明。ウィキペディアにも載っています)の「ユーモア感」。その他にはトウェインの「盗まれた白象」、フォレスターの「証拠の手紙」、ラードナーの「散髪」、サーバーの「安楽椅子の男」、スティーヴンソンの「マークハイム」、ハーストの「アン・エリザベスの死」が印象に残った。これらは犯罪を皮肉ったものや一読考えさせられる内容を持っていたり、また現代でも通じる語り口に工夫が見られるものだ。例えば「マークハイム」や「アン・エリザベスの死」は幻想小説としての趣もあり、犯罪を扱いながらもジャンルを跨った作品になっている。特に後者は家族殺しという犯罪の真相が歪な味わいを残し、被告人の心の傷はちょっと想像がつかないほど痛ましい。

ただ訳が古すぎて非常に読みにくかった。すごく時間が掛かったなというのが一番の感想だったりする。


No.908 7点 分身
東野圭吾
(2010/12/29 20:06登録)
『宿命』、『変身』に連なる作品。
これら医学的ミステリの主眼が人間ドラマにあるように本書で描かれるのは母性。特に事件の発端となった、頑なに禁じていた我が子のTV出演を叱りつける事無く、受け流した小林志保の母性が印象に強く残った。

それだけに最後は駆け足で過ぎた感じがするのが残念。あのラストシーンが作者のやりたかったことなのは判るが、それゆえなんとも尻切れトンボのような結末に感じてならない。


No.907 8点 陰の季節
横山秀夫
(2010/12/23 19:39登録)
横山氏は殺人課を使わずに事件性を持たして警察小説が書けることを証明した。ここに出てくるのは警務課で主人公それぞれが就いている職務は人事、監察、婦警の管理、秘書課と事件に直接的に関わる部署ではなく、警察の内務をテーマにしながらも事件を描くという点が新しい。
しかも扱われる謎は云わば“日常の謎”なのだ。
辞任の時期が来たのに、なぜ辞めようとしないのか。
悪意ある告げ口としか取れないメモ書きの真意とその犯人は誰か。
前日に手柄を立て、マスコミにも大きく扱われ、一躍メディアの主役になった若き婦警はなぜ翌日無断欠勤し、失踪したのか。
ある県議員が議会で本部長を陥れるためにぶつける質問、即ち“爆弾”の正体とは何か。
これらが警察組織で起これば、事件性を伴い、背後に隠された事件・犯罪を浮かび上がらせ、十分警察小説になりうることを横山秀夫氏は見事に証明した。これは正に新たなジャンルの誕生とも云える発想だ。綿密な取材と落ち着いた文章と過不足ない引き締まった内容で横山氏はそれを高次元のレベルで成し遂げたのだから、確かにこれは歴史的快作といえるだろう。


No.906 7点 四人の申し分なき重罪人
G・K・チェスタトン
(2010/12/16 21:42登録)
本書をミステリとして捉えるか、寓話の形を借りた啓蒙書として捉えるか、ひとそれぞれ抱き方は違うだろう。私はそのどちらでもなく、その両方をミックスした書物、即ちミステリの手法で描いた啓蒙書として捉えた。
しかし約80ページ前後で語られる各編の内容はなかなか要旨を理解しがたい構成を取っている。舞台設定の説明はあるが、事件、というか出来事は筍式にポツポツと語られ、それが物語の総体をなす。つまり探偵役、犯人役が不在のため、物事を思うがまま、起こるがままに筆を走らせているように取れた。しかし最後にチェスタトン特有の皮肉と警告がきちんと挟まれているのはさすが。

個人的ベストは「不注意な泥棒」。これは話の出来云々というよりも自身の経験に同様なことがあったことで非常に共感できた部分があったからだ。

しかし知の巨人チェスタトンよ、もう少しすっきりとした文体で書けなかったものだろうか?


No.905 3点 ルチフェロ
篠田真由美
(2010/12/12 21:23登録)
本書はミステリ作家ならば誰もが一度は触れたくなるという、いまだにその正体が不明の、1888年のロンドンを恐怖のどん底に陥れた切り裂きジャック譚。通常切り裂きジャック事件の検証をありとあらゆる文献に残された証拠やデータから推測し、正体を解き明かしていく方法を取るが、本書ではその正体をあらかじめ17歳のイタリア人、アルドゥイーノ・デッラ・アルタヴィッラとして物語る。

しかしこれは前世紀最大のミステリであった切り裂きジャック事件の真相を論理的に解明する謎解きではなく、世に残る切り裂きジャック譚をモチーフにした幻想小説といった方が妥当だろう。
こういったロマン主義的な幻想小説はやはり苦手だ。知的好奇心がそそられるエンタテインメント性がもっと欲しいものだ。


No.904 7点 騙す骨
アーロン・エルキンズ
(2010/12/06 21:40登録)
毎年この時期になると訳出されるのが恒例となってきた。
本作はこのシリーズの原点回帰ともいうべき作品と云えるだろう。
スケルトン探偵シリーズと銘打っているだけに、本書の最たる特徴そして魅力は形質人類学教授ギデオン・オリヴァーの学術的な骨の鑑定にある。それが最近の諸作では観光小説の色合いが強く出ており、それがおざなりになっていた感がある。特に前々作の『密林の骨』では骨の鑑定そのものが添え物でしかなかったくらいだ。
それが本書では3つも骨の鑑定が盛り込まれている。
1つはミイラ化した身元が解っている死体の死因についての鑑定。
もう1つは白骨化した身元不明の死体の性別・年齢を解き明かす鑑定だ。
そして3つ目は最後の最後に本書の真相解明として大きく寄与する博物館に展示されている古代サポテク族の頭蓋骨の鑑定。
しかもこれら全てが専門家に一度検分され、身元が推定された物であり、それらをギデオンが鑑定することにより、覆されるという複雑な特色を持った骨ばかり。正に題名に相応しく専門家達を「騙す骨」なのだ。

心和む作品世界は第16作になっても衰えるところが無く、慣れ親しんだところに帰ってきた感があり、非常に読んでいて心地がよかった。


No.903 7点 流星航路
田中芳樹
(2010/12/05 21:36登録)
ミステリー色はさほど濃くなかったが十分楽しめた。安心して読める作品。


No.902 7点 死の開幕
ジェフリー・ディーヴァー
(2010/11/30 21:36登録)
ジェフリー・ディーヴァーと云えばどんでん返しと云われているが、最初期の本書も正にそう。なかなか予断を許さない展開を見せる。

ただ描かれる映像業界の内幕と爆発物処理班の日常そして爆発物処理の過程は確かに読み物として読み甲斐はあるものの、読書の愉悦をそそるまでには届かなかった。説明的で食指が動くようなエピソードに欠けた。あくまでストーリーを修飾する添え物の領域を出ず、プロットには寄与していない。この辺はまだ作家としてのスキル不足、若書きの印象を抱いた。


No.901 7点 ヴェロシティ
ディーン・クーンツ
(2010/11/24 21:28登録)
久々のクーンツのスピード感と畳み掛けるサスペンスが冴え渡る良作だ。本書はクーンツの数ある作品の中で1つのジャンルを形成している“巻き込まれ型ジェットコースターサスペンス”の1つだ。

今まではとにかく訳が判らなくて命を狙われるという展開だったが、本書の主人公、突然の災禍の被害者ビリーの場合は、自身に被害が及ぶのではなく、警察に連絡するか、もしくはしなくても誰かが殺されるという脅迫を受けるのだ。つまり問われるのはビリーの良心なのだ。

さらに正体の解らぬ犯人が勝手に連続して殺しを行うだけでなく、全てがビリーを犯人だと示唆するかのように偽造証拠を残し、さらに犠牲者とビリーとの関係性が徐々に狭まっているところが恐ろしい。

クーンツに興味を持った読者が取っ掛かりとして読むにはバランス的にちょうどいい作品だろう。本書の物語のサスペンスの高さと長さ(総ページ数600ページ弱で上下巻なのが納得しかねるが)はお勧めだ。クーンツ作品のスピード感(ヴェロシティ)を是非とも感じていただきたい。


No.900 7点 もっとすごい!!『このミステリーがすごい!』
事典・ガイド
(2010/11/21 22:45登録)
特に驚いたのはベスト・オブ・ベストの結果が10周年記念の時の結果と大差なかったことだ。これはどういうことなのだろう?
なんせ20年を総括するベスト・オブ・ベストの選出である。自分にとって大きな感動を与えてくれた、驚きを与えてくれた、読書人生のきっかけを作ってくれた1冊を選ぶのは選者の気持ちとして当然だろう。私でも間違いなくそうする。作品としてのクオリティよりも選者の思い入れが強く入った結果と捉えるのが妥当だろう。

この20年間のミステリシーンを調べるのに最良の資料となる本書。今後の私のミステリの旅は本書を片手に続いていくだろう。そしてそれに想いを馳せるとこの上もなく幸せを感じてしまうのである。


No.899 7点 記憶の放物線
評論・エッセイ
(2010/11/19 23:13登録)
『感情の法則』と同じ流れを汲む、読んだ本に纏わって思い出される彼の人生の日記、感傷日記である。

しかし、なぜか『感情の法則』の時に感じたあの同一性が感じられない。
免疫が出来た?そうとも感じたが、そうだろうか。ちょっと違うような気がする。恐らく、今回はこれは北上氏の物語であって、自分の物語ではないと感じたからではないか?
これらは私に訪れる、もしくは訪れないかもしれないまだ来ぬ時間を彼は既に過ごしていた、そういう隔世感を感じたのかもしれない。

時間は緩やかなれど、しかし確実に流れている。やがて時代も変わる。ここに綴られた北上氏の物語は彼の時代から息子らへの時代へ移りゆくことを肌身で感じた男の話なのだろう。だから自分の若い頃の話に思いを馳せる。

しかし私はまだそこまで老け込んではいない。ここに今回の乖離があるのか。違うかもしれないが、そういうことにしておこう。


No.898 10点 感情の法則
評論・エッセイ
(2010/11/18 21:23登録)
毎回取り上げる1冊の本になぞらえて、北上氏が思い出を語るエッセイ型ガイドブック。

タイトルは『感情の法則』だが、ここにあるのは北上氏の『感傷の報告』だ。そしてここにあるのは北上氏だけの感傷ではない。
そう、私も含めた誰もが抱いた感傷なのだ。いや私には感傷という言葉は高尚過ぎるかもしれない。誰もが犯した小さな過ち・失敗・苦い想い出だ。それは自分のその後の人生に影響を与えるほどの出来事ではないので、いつもは日常の些事や仕事の忙しさ、生活の慌しさに紛れて思い出すことはない、取るに足らないものだ。
しかし、ふと一人のときに思い出す、忘れられない想い出だ。
なぜあの時、私はあんな態度をとったのだろう?あんな言葉を云ったのだろう?あんな事をしたのだろう?またはなぜしなかったのだろう?そんなほろ苦い記憶をこのエッセイでは思い出させてくれる。

男も泣きたい夜がある。そんな時、ナイトキャップと一緒に読むには最適の一冊だ。


No.897 5点 UFO大通り
島田荘司
(2010/11/17 21:54登録)
御手洗潔物の短編には奇想がふんだんに盛り込まれているが、本書もとんでもない設定だ。
そんな魅力的な謎をいかに論理的に解明するか。これが本格ミステリそして巨匠島田荘司作品を読む最たる悦楽だが、しかし昨今の作品では逆に御手洗の登場と共に色褪せてしまうように感じてしまう。最近の御手洗物に顕著に見られる“全知全能の神”としての探偵というテーマを強く準えているため、快刀乱麻を断つがごとき活躍する御手洗の東奔西走振りを読者は手をこまねいてみているだけという印象が強くなってしまった。
謎が奇抜すぎて逆に読者が果たしてこの謎は論理的に解明されるのだろうかという心配が先に立ち、明かされた時のカタルシスよりも腰砕け感、これだけ風呂敷を広げといてこんな真相かという落胆を覚えることが多くなった。

もっと謎に特化した往年の切れ味鋭い作品を期待する。特に昔の奇想溢れる長編が読みたい。


No.896 7点 21世紀本格宣言
評論・エッセイ
(2010/11/16 21:45登録)
本書を読むにつけて、改めて島田荘司という作家が他の本格ミステリ作家と一線を画した存在である事を再認識した。
そう思うのは日本の歪んだ歴史を学ぶことから派生した都市論、宗教論、冤罪事件、そして最近では脳生理学の分野などに関心を持っているからだ。つまり他の本格ミステリ作家がコード型本格ミステリ、ならびにそれを越えようとする明日の本格、誰も読んだ事のない奇抜な本格ミステリを模索している、
つまりジャンルの深部へ目線は向かい、内へ内へ潜っていっているのに対し、島田氏の視点は、創作の外側で今起きている事、つまり外側へ興味が向かっていること、これが決定的に違う。
そしてこれがまた島田氏の孤高性を象徴しているかのように思える。

まあ、還暦を迎えてますます意気盛んな島田荘司。
やはり島田はこうでないといけないのかもしれない。


No.895 4点 推理日記1
評論・エッセイ
(2010/11/15 21:20登録)
まず面白かったのは『推理日記』の名の下、当初は○月×日なる日付が付いていた事。しかしこの趣向もたった5回で終わっており、作者自身もあまり必要も無いので止めたと述べている。
そして本作は佐野洋氏の推理小説界に一迅の風を起こそうとかなり張り切っている様子が伺える。
というのも思いっきり各作家の力作、乱歩賞受賞作、好評な作品に噛み付いているからだ。終いには当時の人気ドラマ『太陽にほえろ!』までにも噛み付く始末。
これがなるほど、さすが佐野氏だと唸らせるものならばまだいいが、この頃は若気の至り(とは云ってももう四十路を迎えているのだろうが)が先行して、自分の云いたい事をいいながらも、論理が成立しにくくなると逃げる傾向が強く見られる。
例えば各作家の作品を褒めつつも、実は1つ―2,3の場合も多々あるが―気になるところがあると開陳し、それが何もそこまで・・・といったような具合である。
議論を吹っかけるのだが、なかなか抗議も来ず、他の作者の意見と佐野氏の考えが違う事もしばしばなのも興味深かった(まあ、そういうことを正直に書いている事もこの人らしいのだが)。

特に西村京太郎のベストセラー『消える巨人軍』に対する重箱の隅の突きようはちょっとベストセラーに対する嫉妬すらも伺えた(他人の作品を作品の質に関係のないところで粗探しをするのは自分を貶める事になると思うのだが)。

特に生島次郎氏が
「佐野洋は一見論理的に見えるんだけど、その論理が非常に独善的なんだよなぁ。特に私怨が混じると」
という風な事を云った件は一番傑作だった(よく書いたね、佐野さん)。

以上のように、独善的な我の強さが目立ったエッセイだった。
この連載が始まったのが1973年でこれだけ暴れまくって今までよく続いたなぁと、驚いた次第である。


No.894 10点 世界ミステリ作家事典 [本格派篇]
事典・ガイド
(2010/11/14 21:39登録)
まさに全てのミステリファン必携の書。
こういう仕事は誰かがやらねばならなかった。日本のミステリ史の編纂でさえ、あの中島河太郎をもってしても成し遂げずに道半ばにして他界した。
しかし森氏はさらに広範な世界ミステリの作家事典を編むことを成し遂げた。しかも当時40歳という若さで。まさに驚嘆に値する。日本ミステリ界に森英俊氏を得た事は途轍もない幸運だと思うし、また至宝として扱うべきである。
恐らく本人はものすごい苦労をかけただろう。しかしそれが苦労であるとは感じなかったはずだ。半ば嬉々としながら作業をしていたはずだ。それはその続きの[ハードボイルド・警察小説・サスペンス篇]が数年後に編まれた事からも明らかだ。
本作の功績は刊行後国書刊行会が、そして8年後、論創社がミステリ叢書シリーズとしてこの森氏が掲げたまだ見ぬ傑作群を続々と訳出している事からも証明されている。そして森氏の掲げた作家にはまだまだ紹介されていない作家が山ほどいるのだ。
特に`97年当時に名前さえ知られていない作家達を積極的に物量的にもかなり多く紹介している事が世のミステリ読者の触手を動かして止まないのだ。
恐らく日本ミステリ一辺倒の方々には何の興味も持たない1冊かもしれない。しかしミステリを愛する者、特に海外ミステリをこよなく愛する者にとっては垂涎の書であるのは間違いない。なぜなら私がそうだからだ。7,000円は正直安いと思う。
正に森氏でなければ成し遂げられなかった仕事。今後この事典がせめて10年に一度は改訂される事を期待したい。そしていずれは彼の衣鉢を継ぐ者が現れんことを心の底から祈らずにいられない。


No.893 6点 島田荘司読本
事典・ガイド
(2010/11/13 23:42登録)
島田の2000年までの全作品の解説と島田を取巻く周囲の作家(とはいっても井上夢人と歌野晶午しかいないが)の島田荘司の印象、それと書き下ろしの創作・エッセイで纏められたムックみたいなもの。
島田全作品解題・解説はこういった本ならば定番なのだが、読者の知らない島田の素顔、横顔をもっと色んな作家に語って欲しかった。
また本書に書き下ろされた創作やエッセイはやはり島田の日本人論が展開され、最近これらを読まされてきた自分にとってはちょっと食傷気味だった。
しかし、この本が出た頃というのは充電期間というか迷走期間というか、島田本来の本格推理作家というスタンスが世に知らしめされなかった時期であるから忸怩たる思いがしたものだ。ここ数年の新作発表ラッシュを考えるとまさに本書は作者としての1つの区切りであり、新生・島田荘司誕生の序曲であった、そう読み取れるのである。


No.892 10点 フランキー・マシーンの冬
ドン・ウィンズロウ
(2010/11/12 23:39登録)
とにかく主人公フランキー・マシーンことフランクがカッコいいのだ。どんなタフな奴が来ても動じない度胸と対処すべき術を心得ている。
よくよく考えるとウィンズロウ作品の主人公というのは自身の信ずる正義と矜持に従うタフな心を持った人物だったが、腕っぷしまでが強い人物はいなかった。つまり本書はようやくタフな心に加え、腕っぷしと殺人技術まで兼ね備えた無敵の男が主人公になった作品なのだ。
今まで伝説の殺し屋と噂されるキャラクターは色んな小説に出てきたが、その強さを知らしめるのは単に1,2つのエピソードだけでお茶を濁される作品がほとんどだった。しかしウィンズロウはその由縁をしっかりと描く。だから読者は彼がまごう事なき伝説の殺し屋であることを理解し、その伝説を保たれるよう応援してしまう。

そして抜群のストーリー・テラーであるウィンズロウ、過去のパートそして現代のパートが共に面白い。
このイタリア・マフィアの悪党どもがそれぞれの思惑を秘めて絡み合うジャムセッションは全くストーリーの先を読ませず、以前から私が云っているエルモア・レナードのスタイルを髣髴させる。特に本作は悪役の描き方といい、ストーリーの運び方といい、そして女性の描き方も付け加えて、さらにレナードの域に近づいているように感じた。元々“生きた”文章を書くことに長けたウィンズロウだったが、本書はさらに磨きがかかっている。ここぞというところにこれしかないという台詞や一文がびしっと決まっているのだ。

そしてこれこそ私が待ち望んだ結末といわんばかりの、静謐さと希望が入り混じった思わず笑みが零れる極上の終わり方だ。
これが現時点での邦訳された最新作というのだから、期待が募るというものだ。次作も一刻も早い訳出を期待しますよ、東江さん!

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