麝香福郎さんの登録情報 | |
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平均点:6.78点 | 書評数:68件 |
No.8 | 10点 | アンドロイドは電気羊の夢を見るか? フィリップ・K・ディック |
(2020/01/30 20:03登録) AIやアンドロイドなど、高度な知性を有する人間と同等の存在、あるいは人間以上の存在が登場する中で、どうやって人間がその存在に立ち向かい、戦っていくのか。それを見る時、私たちは「人間」というものを理解していくのです。 この作品は、そんな「人間とそれ以外の存在の違い」を描く多くのSF作品の先駆けであり、完成系です。AIが発達しつつあるいま、人間の能力を超える可能性についての議論が現実味を帯びて語られるようになりましたが、この作品が描かれたのは、まだそんな時代の到来が予見されていなかった時代です。そんな時代にあって、この不朽の名作と言っていいSFの金字塔は、「人間(ホンモノ)」と「ニセモノ」の姿を事細かく描いています。 表題にもなっている「アンドロイド」と「電気羊」はニセモノです。第三次世界大戦で放射能が蔓延し、生き物の数が減ってしまっているために、本物の生き物は高価な値段で取引され、本物の生き物に対して「電気羊」などのニセモノの生き物が増えています。そして人間のニセモノとして存在しているのは「アンドロイド」。ある一点を除いて、人間と全く変わりがない生き物として描かれています。その一点とは、感情移入です。 何かを慈しむ能力を持ったホンモノであるにもかかわらず、ニセモノに対して慈しむ心を失っている世界。この社会はどこか矛盾していて、その矛盾を乗り越えていく主人公の姿を見て、読者は「人間」というものを探し考え、そして人間以外の存在が出てきた時、社会がどう変化するのか、空想するのです。 |
No.7 | 8点 | ノースライト 横山秀夫 |
(2019/12/27 19:55登録) 横山秀夫は、誇り高き「仕事人間」の奮闘を描き続けてきた作家といってよいのではないか。 「陰の季節」、「動機」、「クライマーズ・ハイ」「64」など職種や状況こそ違え、そこに一貫していたのは、職務に忠実であるがゆえに孤立せざるをえない男たちの怒りと悲しみである。彼らの圧倒的な存在感をつくり出したものが、作者自身の誇り高き職業意識だったことはいうまでもない。 「64」から六年ぶりに刊行された本書も無論例外ではない。青瀬稔は大学の建築科を中退して大手建築事務所で働いていたが、バブルの崩壊と同時に失職した。所沢で小さな設計事務所を経営する学友に拾われ、注文に合わせて図面を引く日々。久しぶりに血をたぎらせたのは信濃追分のY邸の設計だった。「平成すまい200選」にも選ばれた自信作だったが、施主一家はなぜか新居に住んでいなかった。 無人の家に一つだけ置かれていた「タウトの椅子」を手掛かりに「Y家の謎」と建築家ブルーノ・タウトの足跡を追う青瀬の前に、やがて意外な真相が明らかになる。 この物語の結末は比類なく美しい。小説の名手、横山秀夫は健在である。 |
No.6 | 7点 | 伏 贋作・里見八犬伝 桜庭一樹 |
(2019/09/16 10:50登録) 江戸市中で頻発している凄惨な殺傷事件は、人間離れした素早さと人の心を持たないような残虐な若者の仕業だった。人にして犬、江戸の民は彼らを「伏」と呼び、恐れおののいた。 幕府の懸賞金につられた食いつめ者は伏退治に明け暮れ始める。その一人、貧乏長屋に住む浪人の道節は、助っ人として祖父の下で猟師の修行を積んだ鉄砲の名手だった。二人は見物に訪れた吉原で花魁道中に遭遇する。だがその花魁・凍鶴も伏の仲間であった。滝沢冥土の筆による瓦版によって、吉原での伏との一戦の模様が記事となり、浜路は一躍名を売るが・・・。 曲亭馬琴の大長編小説「南総里見八犬伝」は後の世に多大な影響を与え、多くの芝居や文芸作品を生み出した。本書もまたその世界を下敷きにした歴史ファンタジーで、三つのパートを入れ子にした構成が特徴となっている。「現代」である江戸のパートでは、浜路たちと伏との激しい闘いが視覚的に描かれる。 父の馬琴に隠れ、息子の冥土がひそかに書き綴っている贋作・八犬伝の内容が二つ目のパートである。時代を中世にさかのぼり、伏誕生の由来である安房里見家の伏姫と妖犬・八房との因縁がゴシック風味を加えて描かれる。ここは原作以上に濃厚。さらに生を受けた森へ、伏たちが帰郷の旅をする最後のパートは、幻想風味たっぷりで味わい深い。 この三つのパートが混然となり、ロマンチシズムあふれる世界が見事に構築されている。時代小説特有の言い回しを用いず現代語を多用した文体と併せ、疎外されたマイノリティーの暴発という現代的なテーマが内包されていることも、作者の狙いでしょう。 信義や忠孝をキーワードとした勧善懲悪の物語を、新たな形で現代によみがえらせた作者の手腕は喝采ものである。 |
No.5 | 8点 | とっぴんぱらりの風太郎 万城目学 |
(2019/07/17 21:09登録) 大阪の陣の時代を舞台に、忍者たちの青春を描いている。 訓練中のミスをとがめられ伊賀を追放された風太郎は、京都でニート生活を送っていた。そこに、かつて仲間だった黒弓が訪ねてくる。黒弓は、商人の伊賀者から渡されたひょうたんを、清水寺の近くに届けてほしいという。風太郎が配達を先延ばしにしていると、怪しい老人、因心居士が声をかけてくる。これを契機に、風太郎は豊臣と徳川が繰り広げる謀略戦に巻き込まれていく。 忍者を育てる柘植屋敷で学んだものの、武術も頭脳も人並みの風太郎は、徳川の天下が固まり、合戦が減る社会情勢の中で再就職が出来ず、忍者へ返り咲くことに淡い期待を抱いていた。 風太郎を取り巻く状況が現代の戯画になっているだけに、流されるままだった風太郎が、時に助け合い、時に敵対していた仲間と共に、自らの手で人生を切り開く決意を固める展開には、共感も大きいのではないか。 クライマックスには、風太郎たちが腕ききの忍者と戦う壮絶なアクションも用意されているが、この死闘は、風太郎たちの再生をかけた戦いでもあるので、読むと勇気をもらえるでしょう。 |
No.4 | 8点 | 銀翼のイカロス 池井戸潤 |
(2018/12/13 20:45登録) 「倍返しだ!」の流行語を生んだテレビドラマ「半沢直樹」は、テレビ史に残る大ヒットとなった。この原作シリーズの第4弾が本書。大手都銀の行員・半沢直樹は今回、国家権力を相手にした闘いに臨む。 地位とメンツ、プライドを懸けた対決シーンの数々は厳しい言葉のやり取り。敗者は顔色を失い、唇を震わせ、涙する。勝者となるには知略と人脈が必要。そして油断した方が負ける。 テレビドラマで片岡愛之助が演じた金融庁の検査官・黒崎も登場。霞が関の住人として、絶妙な役回りを担う黒崎をはじめ、強烈なキャラクターの登場人物が物語に花を添える。ここ一番で発せられる、あの決め台詞は痛快そのもの。 |
No.3 | 8点 | 七つの会議 池井戸潤 |
(2018/09/26 20:11登録) 組織で不祥事が起きたとき、正義を貫くことの困難をオムニバス調に描いている。 「東京建電」は古い体質の中堅電機メーカー。男社会で縦社会。女性社員が自由にものを言える雰囲気はない。冒頭の理論から言えば、職場環境は最悪だ。業績を追求するあまりに強度不足のネジが横行し、幹部たちは隠蔽に走る。 実際に日本の大企業でも同様の事件が後を絶たない。組織内で一人一人にプレッシャーがかかると、間違いは起こり得る。心の中では不正をただしたいと思う人も多いのだろうが、上司の圧力や自分の地位を守るため、見て見ぬふりをしてしまうのかもしれない。 物語では、一見ぐうたらと思われていた社員が不正を告発する。「虚飾の繁栄か、真実の清算か」。最終盤の一文がピリッと効いて印象的。もちろんその社員が選んだのは後者。私も白と思うことは白と言える自分でありたい。そう強く感じた。 |
No.2 | 8点 | 新しきイヴの受難 アンジェラ・カーター |
(2018/08/04 11:05登録) おそらくは1970年ごろ、大学教員の職を得たイヴリンこと(俺)はイギリスからニューヨークへと飛ぶ。ところが、自分たちの権利のために闘う黒人や女性の戦闘的集団によって街はカオスと化しており、勤務先の大学も爆破され、(俺)は職を失ってしまう。 そんなさなかに出会ったのが、17歳の黒人女性レイラ。(俺)は彼女の体に夢中になるものの、すぐに飽きてしまい、妊娠を告げられると、むりやり堕胎手術を受けさせ、自分は親から送ってもらった金で買った中古車で、逃げ出してしまう。 という、ろくでもない男を主人公にした長編小説。しかし、ここまではほんの序の口。砂漠で迷ってしまった(俺)は、軽機関銃を持ち、電気砂橇に乗った女に捕らえられ、地下の街ベラウスへと拉致される。 そこは、巨体の(ホーリー・マザー)が君臨する女だけの街。マザーの施術によって、完璧な女性(新たなイヴ)に生まれ変わらされた(俺)は、自分の精子を用いる処女懐胎を強要されそうになり、逃亡。ところが、今度は7人の若い女性にかしずかれた(詩人ゼロ)というセクハラとパワハラの権化のような男に捕まり、性の奴隷にされてしまい。 と、ここまでが物語中盤。イヴリン/イヴが味わう奇想天外な冒険と、(俺)から(あたし)へと意識が移っていくことで変わっていく魂のありようを描いて、これはたしかにジェンダーをテーマにした物語ではある。でも、ゴリゴリのフェミニズム小説ではない。 スラップスティックかつオーバーアクション気味な展開によって生まれる、さまざまなトーンの笑い。そう、コミックノベルとしても冴えた一作になっている。 |
No.1 | 8点 | 下町ロケット2 ガウディ計画 池井戸潤 |
(2018/07/06 15:04登録) ロケットエンジン研究者のキャリアを捨て、実家の町工場を継いだ佃航平が主人公。前作では巨大メーカーが手掛ける国産ロケット開発計画で重要な位置を占めるべく、丁々発止と渡り合う佃の奮闘ぶりが描かれた。 続編である本書では一転して医療機器の開発に挑む。佃は福井の私立医大と地場の繊維メーカーと提携し心臓の人工弁開発に乗り出すが、大手医療機器メーカーと有力医大が行く手を阻む。佃を追い詰めるのは大手企業だけではない。社内にも考えを異にする若手が現れて佃とぶつかる。ハラハラしっぱなしの、てんこ盛り展開。しばしば「勧善懲悪」と言われる著者の作風。中心企業が知恵を絞って汗をかき、大手企業相手に一歩も引かずに立ち回る本書にもそうした面はある。ただ主人公をこれでもかと攻める敵役の極端なほどの存在感もこの物語の妙味。 医大のボス、大手メーカーの発注担当、医療機器の審査担当。いずれも大なり小なり権力者。権力を得ると人は簡単にそれを乱用する。彼ら敵役の人物造形があまりにも憎たらしい。読んでいると思わず佃に一体化し、一緒に歯噛みし、心拍数も上がる。 ドラマでは前作が5話までの前編、本書は後編に当たる。一度でもドラマを見ると、本で活字を追っても俳優陣の顔が勝手に浮かんできてしまう。それほど濃い演技を脳内で再生しながら読むのもまた一興だ。 |